ブログネタ
クラシック に参加中!
茅ヶ崎の風景
ある晴れた日、茅ヶ崎駅に降りた。
この街の南側にはカフェ・オダラ(cafe ODARA)という小さな喫茶店があり、二年ほど前にも訪ねたことがあった。

CAFE ODARA (このブログの二年前の記事)


この店の飯田次郎マスターは、師匠が堀内隆志さん(カフェ・ヴィヴモン・ディモンシュ)ということでも分かるように、ボサノヴァに大変詳しい方で、お店に飾られていたオス・カリオカス(Os Cariocas)の「私の恋人(A Grande Bossa Dos Cariocas)」も、マスターが国内盤の解説を書いている。

私の恋人
私の恋人/オス・カリオカス





アントニオ・カルロス・ジョビン(A. C. Jobim, 1927-1994)は疑いも無く20世紀最高の作曲家の一人だろう。何しろボサノヴァという音楽の一つのジャンルを、共同でとは言え、作り上げたのだ。多くのクラシックの名曲がそうであるように、ジョビンの傑作はCMで、街角で、そしてカフェで皆が気付くか否かに関わらず、今日も流れ続けている。

私はジョビンのCDを買うたびに、いつも「あぁ、この曲聴いたことあるなぁ」と感じる。聴き手に心地よさを感じさせる彼の曲は、様々な場面で使われていて、我々は知らず知らずのうちに感謝することも無くその恩恵に与っているのだ。しかし、全ての曲には作り手がいる。時に「イージー・リスニングの大家」と侮られながらも、ジョビンは聴き手に恩恵を与え続けた。そういう人なのだ。



「無意味な風景(Inútil Paisagem / Useless Landscape)」はアロイージオ・ヂ・オリヴェイラ(de Oliveira, 1914-1995)の詩に曲が付けられた。

君はもう来ないかもしれない
二度と来ないかもしれない
それなら道端に生まれる花に何の意味がある? (訳:荒井めぐみ)


愛する人がいなくなることも、風景が変わることも止められないが、それだけでなく愛する人の不在が風景の意味までも変えてしまう。


オス・カリオカスの演奏はYouTube に無かったので、ジョビンとエリス・レジーナ(Regina, 1945-1982)の演奏でどうぞ。
Elis & Tom (III) / Inútil paisagem

上で紹介した「私の恋人」に、この曲も収められています。



開高健記念館(旧開高邸)
カフェ・オダラを出て、茅ヶ崎市の南部を東西に貫く鉄砲通りを東に進み、そこからラチエン通りを南へ向かった。海の間近になる頃に、かつて開高健(Kaikou, 1930-1989)が住み、今は記念館となった大きな家がある。湘南の海が近いせいか、空がとても大きく明るい。

自分は開高健の本を読んだことがない。晩年、ある雑誌にモンゴルのあたりで大きな魚を釣っている記事が出ていたのを、なぜか憶えている程度だ。
開高健のモンゴル大紀行―未知の大地に幻の巨大魚を追って―

このブログとその周辺を注意深く読んでおられる方なら、すぐお分かりだと思うが、横浜逍遥亭に感化されて行ったのである。

開高健の墓参り

悠々として急げ


平成が始まった時、開高健とその妻、一人娘の三人がこの家に住んでいた。今は誰もこの世にいない。「悠々として急げ(Festina Lente)」という碑銘を思いながら、記念館を後にした。

悠々として急げ

クラシック - livedoor Blog 共通テーマ


カフェ・オダラに関しては、私の記事より何倍もためになる takakodeli さんのブログ「野菜ソムリエの湘南ライフ」の記事をどうぞ。以前、お邪魔したこともあります。

cafe ODARA に逃亡 茅ヶ崎(takakodeli さんのブログから)