チェブラーシカ [DVD]

いまや誰もが知っているチェブラーシカ(Чебурашка)。
我々はなぜ、この「正体不明」な生き物に魅了されてしまうのだろう。

その答えを探していたところ、チェブラーシカの映画サイトに、ロシア・東欧文化の碩学、沼野充義(Numano, 1954- )東京大学教授が寄せた文章を見つけた。

「チェブラーシカ」ソ連的用語集─無邪気なアニメをよりディープに楽しむ(?)ために



文章は、チェブラーシカの映像から炙り出されるロシア社会の現実を平易な言葉で説明していく。まず、この愛すべき主人公はオレンジの箱に入れられ、ソ連に入ってくるが、そのオレンジについて。

南国の新鮮なフルーツは、旧ソ連時代の人々にとって、特別輝かしいものに見えた。バナナやオレンジ、さらにコーヒー豆などは、ロシアでは栽培されないので、外国からの輸入に頼らざるを得ない。しかし、東西冷戦時代にソ連がこういったものを輸入できたのは、アジア・アフリカや中南米の親ソ的な国からだけだった(オレンジの最大の産地はアメリカ合衆国だが、もちろん、ソ連がアメリカからオレンジを輸入することはできなかった)。当然、こういったものは店頭で見かけることなどめったにない贅沢品となり、たとえばアフリカから輸入された新鮮なオレンジがどこかで売られている、などということがわかれば、人々はそれを買うため店に殺到し、一種の「祝祭」的な賑わいを呈することさえあったようだ。(中略)われらのチェブラーシカもまさに、そのオレンジの積荷とともに寒いロシアにやってきた。だから、チェブラーシカにはソ連の灰色の日常を打ち破る、祝祭的な贈り物の要素がその出自から備わっていたのである。



4939102254チェブラーシカ (ピクチャー・フレンズ)
プチグラパブリッシング
プチグラパブリッシング 2001-07

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チェブラーシカが入っていた箱には、横にしっかりラテン文字で「ORANGES」と書かれていた。つい日本人はそのラベルを見過ごしてしまいそうだが、よく考えればソ連から見ると「敵性語」の英語であり、当然ラテン文字は、ロシアで使われているキリル文字とは全く違う。ロシア人の小さな子供では読めないだろう。因みにロシア語で書くと「Апельсины」になる。

実は、出自からしていろいろと考えさせられる主人公なのであった。南国では何と呼ばれていたかは分からない。「チェブラーシカ」という名は「ばったり倒れてばかりいるもの」という意味で、箱を開けた果物屋に付けられた。このあたりは英国にたどりついたパディントンを連想する。



さらに、私は気付かなかったが、意地悪おばあさんとして登場するシャパクリャクについて、沼野は(ソ連から見て)「どことなく外国人風である」と指摘する。確かに、ロシアのおばあさんといえば、マトリョーシカのようにスカーフを巻いている太った女性のイメージがある。

となると、ワニ(当初の主人公ゲーナ)に、正体不明の生き物、それから外国人と、全てが「異邦人」の物語になってしまう。子供向けの話だからと言えば、それまでかもしれないが、どこかソ連を象徴しているような気がしてならない。1991年に消滅するまで、ソヴィエト連邦は恐らく史上唯一の地域名も民族名も入らない国家だった(注:ソヴィエトとは労働者の議会のこと)。



ここで思い出したのは「自壊する帝国」だが、今日は深入りしないことにする。この帝国とはソ連のことである。興味のある方は読んでほしい。

4101331723自壊する帝国 (新潮文庫)
佐藤 優
新潮社 2008-10-28

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私はチェブラーシカにどこか懐かしさのような感情を抱いている。社会主義国に住んだことはないので、どうして懐かしさを感じるのか私にも分からないが、どこか70年代ぐらいまでの日本に通じるものがあるように思えてならない。思えば、戦後高度経済成長した日本は、実は「世界で最も成功した社会主義国」だったという意見もある。




あとは実際に文章を読んでいただくとして、この日本にとってもロシアにとっても異国からやってきた寂しがりやな正体不明の生き物――いつも自信なさげに俯き加減に話している愛すべき主人公は、もしかしたら我々自身を映した影なのかもしれない。

だから、どこかでばったり倒れていないかと、いつも気になるのだ。






おととし、ゲーナについて書いていたのを思い出しました。
ゲーナが好き