エジプト紀行242ブログ

『韓非子』について
 
 韓非子は紀元前3世紀に書かれた。


『韓非子』の著者・韓非は、悪までも悪人でもない、むしろ悲劇の人でした。


韓の国は隣の秦という国におされ、亡国の手前でした。韓非は、潰れかかった韓の国の息子であった。


韓の国を救うために日々、必死に学問をしていたのである。


韓非は、荀子と言う先生に習い、「何とか国が助かる方法が無いものか」と書いたのが『韓非子』でした。

幼い頃から、重度の吃音(どもり)で、口で喋るのはたいへん苦手でしたが、努力して名文家になった。

 

韓非子は、「人間の本性は悪である」との視点に立ち、帝王たる者が天下を統一するための秘訣を書物に著しました。
 
 しかし、書き上げた時には、残念ながら秦に滅ぼされた音でした。しかし、皮肉にも、彼の才能を評価したのは、韓の敵国だった秦の若き王、秦王政(のちの始皇帝)でした。

秦王政は韓非の著作を読んで感動した。

「ああ、余はもしこの人と一緒に語り合うことができたら、死んでもいい」思って、韓非を自国に呼び寄せました。皮肉にも韓非子は、秦によって採用されたのです。

後の秦の始皇帝は韓非子が作ったといっても過言でありません。

 

しかし、韓非は始皇帝の家臣によって毒殺されます。


 秦王政は『韓非子』を熟読し、やがて中国最初の皇帝・始皇帝となりました。それから後も、『韓非子』は帝王学のバイブルとして読み継がれました。

諸葛孔明も、『韓非子』を筆写した程です。

 

 

 

それでは、悪魔の書韓非子の要点は何なのでしょうか。

  

 明主の導りてその臣を制するところの者は、二柄のみ。 二柄とは刑徳なり。 何をか刑徳と謂う?曰く、殺戮をこれ刑と謂い、慶賞をこれ徳と謂う。

人臣たる者は、誅罰を恐れて褒賞を利とする。故に、人主は、自らその刑・徳を用いれば、群臣はその威を恐れてその利に帰する。

 

訳文

優れた君主が、家臣を制御するそのよりどころは 「二柄」 (にへい) のみ。 「二柄」 とは 「刑」 と 「徳」 をさす。 なにを称して 「刑」 「徳」 というか? ここでは、誅殺 【ちゅうさつ】に処する権限を 「刑」、褒賞 (ほうしょう) をさずける権限を 「徳」 とよぶ。

 人臣というものは、刑罰をおそれて褒美をほしがる。 だから、君主みずから刑徳をもちいれば、家臣たちは「恐怖」し、また 「利益」 をもとめる。

かりに君主が、「賞罰の威利」 を自身がきめずに、ある家臣の意見をきいて賞罰をおこなうとすれば、国中の人々はその臣をおそれて君主をあなどるようになり、その結果、その家臣に従い、君主から去ってしまう。ということになろう。これは君主が 「刑徳を失う」 ことによる禍 (わざわい)なり。

 たとえば虎が、犬を服従しうる根拠は 「爪」と「牙」にある。 虎から「爪」と「牙」をうばいさり、犬にそれをもちいさせれば、虎は逆に、犬に服従させられる、こととなる。ここで君主は 「刑徳」 により臣を制御するもの。 君主から刑徳をうばいさり、家臣にそれをもちいさせれば、同様に、君主は逆に、家臣に制御される、こととなる。

 

人間は、殺すか、金を与えるか二つに一つだという、恐ろしい帝王学です。

今日までの世界の政治や経済もこのDNAが入っているのかもしれません。

文化大革命の毛沢東しかり、この韓非子が生きていたような気がするのは私だけでしょうか。

         今の中国にもこの思想が根底で生きていたら、恐ろしいものを感じます。

追記

日本の伝統を勉強しましょう。

日本の自然を利用しましょう。