時代を映すインフラ ―ネットと未来― (丸善ライブラリー)
この本は、なかなか読ませる。著者はいずれも国立情報学研究所アーキテクチャー
科学研究所の教授と准教授。アーキテクチャーというと、どうしても建築関係では
ないかと想像する。 しかし、この著書の中には、建築に関する話は一つも出てこない。
話題は、もっぱらネット関係。

二人の先生とも 専門はもっぱらネット関係ではないかと推測。ところで、この本の面白い
ところは当初の私はもっぱら電話関係で苦労をさせられた。 その苦労話を、まるで見て
いたように話をしてくれる。 とっくに忘れていたことまで話を続けてくれ、思い出させて
くれる。  このため、私は全面的に両先生を、完全的に信頼してしまった。

そして私では専門的な話が出来ないので、プロの息子からいろいろ聞いて頂けないかと
メールした。ところが息子からは、「自分が面白いと感じたのなら、自分で電話すべき」 と
断わられてしまった。 たしかに息子の意見には、一理がある。 そこで、私の考えと
行動力をまとめて、両先生に問う形にした。 この方が疑問点が分かるし、どうした点に
躓いているのかもご理解いただけると考えたわけ。

 両先生が丸善から頼まれたのは、「ネット関係で分りやすい本を書いて欲しい」 と
いうこと。しかし、ネット技術を分りやすく解説的に書くということは非常に難しく、すぐ
壁にぶち当たった。 そこで編集担当者にアドバイスを求めたら、「年代に関係なく、興味が
持てる本がいいですね‥‥」 と言うことになり、ネット最前線のやさしい解説書からかけ
離れたものになった。 私にとっては最悪の選択。 つまり、不幸極まりのないものになって
しまった。

この本の主人公は、一橋未来という高校生で スマホを自在にこなし、ネットの仕組みに
強い興味を持っている理系の人間。 それと主人公とお幼馴染で、文系ながらネットの
仕組みに関心が高い若い高校生・竹場真凛。主人公・一橋未来の祖父は、神保一徹と
いって元通信社に勤務していて各種の現場に明るい。 その妻は 元通信社のコール
センターに勤めていて、電波に関しては1寡言を持っている。
この祖父夫妻には3人の女の子がいる。 その長女・瞳が嫁いだのは、IT企業に勤めて
いて、各種の 通信システムの開発に従事している一橋輝夫で、主人公・一橋未来の父母。
この外に次女が婿に迎えたのが 神保優と言う国立情報研究所に勤務している叔父で、
SINET (全国の大学や研究機関が参加している ネット) 担当者であり、やたらにネット
情報に詳しい。 このほかに、まだ未婚の叔母に当る3女の神保 舞は元プログラマー。
女子高時代はピッチ (1996年生まれの携帯電話の俗称) のモニターをやっていて、日に
数千ラインの プログラムを書いた経験の持ち主。
ともかく、ネットに詳しい人間に囲まれていて、私のもっとも苦手とする一家。この本は、
初期の電話世代、ピッチ世代、スマホ世代、SINET世代と、各世代ごとに分けて話を
展開してくれている。

私がネットに触れたのは、通信端末と言えば固定の電話機しかなかったバブルの時代。
ともかく黒い固定電話で一家に一台の時代。 ともかく、プッシュホンと言う便利なものが
なく、穴に指先を入れて、回すしかなかった。 どの電話機も必ず電話線に繋がっていた。
テレホンカードが出てきて、10円玉や100円玉を気にする必要がなくなったのは、いつ
ごろのことだったろうか?そして、正確な曜日は忘れたが、フレッツISDN (フレッツ光を
採用したインターネットサービス)が普及して、私は担当者の意見を取入れて台北市に
本社のある「acer」のパソコンを、社内でも自宅でも使うようになり、ことインター
ネットに関しては困るということがなかった。 もちろん、価格的にも検討させたので、
acer の選択は、今まで間違っていたなどとは考えたことはない。 何一つ困ったことが
なかったので、担当者に信頼を置いてきた。したがって、私はスマホのことはよく知らない。
もちろん、各自には携帯電話を持たせたし、私自身も持っている。
しかし、歳をとったせいか 携帯電話で文字を読むのは困難だと言う先入観がある。
もし私が間違っていて、携帯電話てすべてが 間に合う時代になっているのなら、明日から
でも 携帯で全てを間に合わせたい。

この本によると、携帯電話によるネットの普及で、過去に比べて格段に過ごしやすく
なってきたし、今後20年間に20~60倍ものネットの普及が見込まれると言う。 
私が意固地になって、それを止める必要はことさらない。




この本は、たしかにおもしろい。 しかし、眠れなくなるほどのことはない。 途中で私は読捨てたが、お陰さまで朝までグッスリ眠れた。
ともかく、「ヨーロッパで3色旗が多くなった理由は、ある国の国旗を真似たから!」  と言うような疑問が318項目も続く。 よく318項目も集めたと感心する。 しかし その中で私が面白いと感じた項目は160~200項目程度。
正直言って、半分は関心がない項目ばかり。 しかし半分の項目では販売に影響するだろう。どうしても、318項目が必要だったのだろうと同情する。 だが、半分になったからと言って 価格が半分になるわけではない。 318項目を揃えて、価格が950円と言うのは安すぎる。 たから 屁理屈をつけたくもなる。 もうすこし、少しは読者のことも考えて貰いたい。  関心の乏しい項目に付きあうには、それなりに負担が増大するということを‥‥。
なかでも、とくにおもしろかった9項目だけを選んで、紹介したいと思う。

●北が上にくる地図が、世界の標準ななったのは、なぜ?
その理由はいたって単純。 世界で初めて科学的な世界地図をつくったのは、北半球に住む天文学者・プトレマイオスだったから。 時期は2世紀の後半で、ローマ帝国時代。
●日付変更線が太平洋のど真ん中にあるのは、どうして?
1884年に27ヶ国が参加して国際子午線会議が開かれ、イギリスのグリニッジ天文台を通って北極と南極を結ぶ「緯度」がまず決められた。 これを0度として 東周り180度と西周り180度に線を引けば、地球の反対側に12時間の時差が出来る。 太平洋の真中だったので、誰も住んでいなく、不便を感じる人が出さずに済んだ。 めでたしめでたし。
●そもそもアジアと言うのは、どこからどこまでのこと?
地球の陸地の1/3、人口は半分以上を占める広大なエリアがアジア。 しかし、どこからどこまでをアジアと言うかは非常にあいまい。 各国によって異なる。 日本の外務省がアジアとしている国は、以下。    インド、インドネシア、カンボジア、シンガポール、スリランカ、タイ、日本、韓国、中国、ネパール、パキスタン、バングラデシュ、東ティモール、フィリピン、ブータン、ブルネイ、ベトナム、マレーシア、ミャンマー、モルティブ、モンゴル、ラオス。
●世界で4番目に大きな湖だったアラル海が、なぜ消滅寸前なの?
カスピ海のことは良く知られている。 なにしろ面積は日本の総面積に匹敵する広さがあるので、湖であっても海と呼ばれていきた。  その西側にアラル海と呼ばれる湖があった。 旧ソ連のプロジェクトでアムダリア川とシムダリア川が干上がり、4番目に大きかった湖は消滅寸前。
●オランダの1/4は埋立地。あの沢山の風車は何に使われているの?
オランダへ行って驚いた。  なんと海抜0メートル地帯に、ロッテルダムとかアムステルダムと言う大都市がある。 オランダでは干拓地の造成と水位管理のために風車は欠かせない必需品。南西風の強いオランダでは13世紀頃から小麦の粉ひき、油絞りなどに 風車が使われ、16世紀になると風車が改良されて米の脱穀、煙草の製造、羊毛の圧縮、大麻叩き等にも使われ基幹産業に。
●ドイツが世界的なビールの産地になれたのは、なぜ?
ドイツには6000種ものビールがあり、醸造工場は1200以上。 なんと世界の醸造工場の40%以上を占めているというからお見事。  ドイツでは6世紀後半から多くの修道院でビールが造られ、これが各都市の醸造工場に変質してゆく。 ドイツのビールが世界的に注目されるようになったのは15世紀にバヴァリア地方で開発された「ラガービール」。 このラガーヒールは、酵母の桶を底に沈ませて発酵させる。 醸造過程でいったん「ラガー」と呼ばれる倉庫に貯蔵することから、ラガービールと呼ばれるようになった。
●アメリカは、アラスカ州をロシアからいくらで買ったの?
アメリカ最大の州はアラスカ。 何と148万平方k㎡。 アメリカがロシアから買ったのは1867年で720万㌦。 換算すると5セント/ヘクタールにもならない格安価格。
●青森県のリンゴ栽培は、いつ頃から盛んになったのか?
青森に西洋リンゴが紹介されたのは1869年。 それから6年後に国から青森へ3本の苗木が送られ、夏の涼しさと秋の冷込みがリンゴの生育にぴったりだったので、1909年には北海道を抜いてトップに踊りり出た。 現在では国産リンゴの半分以上のシェアを持っている。
●神田に古書店が集まるきっかけになった理由は?
発端は江戸時代。 江戸幕府直轄の数学機関の晶平坂学問所が1790年に神田湯島に古書店を開いたのがきっかけ。 その後 多くの大学などが設立され、神田は若者の街として発展。


セブン・イレブンは日本をどう変えたか



もう46年も昔のことである。
当時、ダイエーを創業し、グループのCEOだった中内功の名は轟いていた。
その中西功CEOの覚えのよい田島義博氏の 「流通革命」 を読み、箱根で「ホームビルダーのトップセミナー」 を計画した。 講師と課題は以下で、約60余名の参加者に感動を与えた。
 ●住宅産業のソフト技術  S・シスキンド氏 (BAB社建築担当取締役)
 ●これからの日本経済と政府投資の役割  下村 治氏 (日本開発銀行設備投資研究所長)
 ●売上100億円目標の経営戦略  渥美俊一氏 (日本リティリングセンター・チーフコンサル)
この日の目玉は、何と言っても渥美俊一氏。 氏の話を住宅関係者に聞かせたくて、このトップセミナーを企画したと言っても過言ではない。 ともかく、最新の画期的な経営手法を理解していただきたいと考えた。 もちろん、渥美氏の理論は、スーパーなどの大型小売店チェーンを中心とした科学的なものを、たっぷりと聞かせてくれた。
しかし、それ以外に鈴木敏文氏を中心とする 「セブン・イレブン」 という 新しい小型店舗でのチェーン化の動きもあることは知っていた。


当時のスーパー理論はすごいものだった。 私の友人などは徹底的にアメリカの流通理論を勉強して、きちんとした理論武装のもとで新しい大型のスーパーが、やがて メーカーに変わって低価格攻勢力で、日本でも主流になるであろうことを話してくれた。
これに対して、当時イトーヨーカ堂の取締りをやっていた鈴木敏文氏の 「スーパーによる大型のチェーン化は必要だ。 しかし、大型のスーパーだけで日本の流通業をすべて変えられるものではない。 たしかに アメリカにはセブンイレブンという小さなチェーン店がある。 私は喜んでこのチェーンと提携したか、残念ながらその品揃いなどを見ても参考にになる点が少ない。 また、アメリカには小型のチェーン店が成功した例がない」。
しかし、70年台は大型のチェーン店が急成長している時代。 アメリカのセブンイレブンはどこまでも例外的な存在と考えられていた。 少なくとも私の友人で、勉強している者ほどそう考えていた。 しかし、鈴木敏文氏は別の読みをしていた。
1つは、いくら大型スーパーが伸びても、これはどこまでもとこまでも自動車を中心する文明社会の副産物。 やがて、自動車にも乗れない高齢化時代がかけ足でやってくる。 たしかに 大型スーパーのチェーンは急成長した。 しかし良く見ると、地元の小売店の売上を横取りしているだけ。 本当に、新しい需要を生んではいない。


そして、やがて大型店舗でのチェーン化は、日本では次第に行詰りを見せてきて 「セブン・イレブン」 方式の小型店舗にによるチェーン化が主流になってゆく。
「セブン・イレブン」 に匹敵するものとして、「ローソン」 や 「ファミリーマート」「ミニストップ」 などが挙げられるように なってきている。 しかし、小型チェーンの本家・本元である鈴木敏文氏は、特別に偉ぶることがなく平然と言ってのける。
「これは私の直感ですが、いつまでも 大型スーパーだけが威張っておれる時代が続くわけがないと考えていた。 小さな店を再生することが、この先、絶対に必要になると考えていた」 と。
この著の記者の 「冷静に先を読まれていたのですね‥‥」
との質問に対して、鈴木氏は次のように答えている。
「たしかに、先を読むことが経営にとっては大切な仕事。 未来はどうなるかを考えるから、いま何をすべきかが分るのです。 ほとんどの人は 過去の延長線で物事を考える。 大手スーパーが傾いたのも、過去の実績に拘ったから‥‥。 私はお客さんの変化を見ながら、いつも置いてきぼりを喰わないように してきただけ。 オデンやおにぎりを最初に売った時、「そういうものは家でつくるもの。 店では絶対に売れない」 と笑われた。 また、銀行業務を始める時も、公共料金収納の代理業務をやってみて、24時間営業と言うのは お客にとっては大変便利だし、お金の出入れだけたと800万円する末端機が200万円で済むと分ってから取上げたまで‥‥。 なに一つ新しいことはやっていません」 と公言してはばからない。


本著は7章からなっている。 それにプラスして、創業者・鈴木敏文氏の考えも紹介している。 本来は8章から成る力作である。
1章は食、2章は家族、3章は地域社会、4章はものづくり、5章は震災、6章は社会インフラ、7章は未来と、年商1兆円を越すまでに大きくなったセブンイレブンを、うまくまとめていて、私にとっては格好の読物‥‥。 しかし、同社は名誉顧問に納まっている鈴木敏文氏を抜きには語れない会社。 したがって同書を取上げるには、昔話が必要だと思い、付加させていただいた。


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