2005年09月26日

叙勲

1ee1c3ba.JPG従七位
端寶單光章
「ずいほうたんこうしょう」
公務等に長年にわたり従事し、
成績を挙げた方に授与される。

端寶:
勲一等から勲八等まで8種。
宇志麻治命から神武天皇へ奉納されたという瑞宝で、
その鏡珠の形は伊勢の神宮の神宝に模したといわれている。

父の勲章を戴いてきた。  
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2005年09月11日

四十九日法要

pic_0581.jpg朝10時、お寺にて四十九日と百日法要。
その後お墓詣りして、父の冥福を祈った。

育老日記を読んでいただいた皆様に感謝です。
有難う御座いました。  
Posted by uoco326 at 17:52Comments(2)TrackBack(0)介護

2005年08月24日

その後の手続き 2005/8/24(水)

かな書道父とちょび犬のいない生活に慣れてきた感じ。
30年前に母が亡くなった時は四十九日まで気配があったけど、
父の気配をまったく感じないのはお散歩に出たっきりなのかな。  続きを読む
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2005年08月05日

ちょび犬も逝きました 2005/8/5(金)

pic_0566.jpg今日の午後、ちょび犬も逝きました。
15歳まで頑張ったし。
今頃あちらで父と散歩してるかも。
介護犬お疲れさま。  
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2005年08月03日

葬儀後日談 2005/8/3(水)

30日に父が亡くなって、1日御通夜、2日告別式。
斎場の後に納骨。
2年間の介護生活もこれで終わった感じ。
やるだけやったので、悔いは無いかな。

新聞の死亡欄に載った後日談:
父の死亡記事が出た後に、
「ごみを片付ける会社」とか「霊園」とかの電話が多数。
残された家族が必要とする商売の勧誘がこうやってくるんだね。

御通夜の後日談:
通夜の日にちょび犬が変な鳴き方をした。
後で考えたら足などを掴まれた時に嫌がるような鳴き方。
父が散歩に連れて行こうとしたのかも。
そのままあちらに連れて行かれるのは困るので、
葬儀が終わるまで1泊で動物病院に預けた。
人が居なくなった家に空き巣が入るという話を聞いたので、
灯りを付けたり、戸締りを強化。

葬儀の後日談:
以前父が通っていた病院関係の人が参列してくれて、
告別式の後にその人が職場の病院に戻ったら、
別の職員がうちの父の霊が憑いてるのを見たそうで。
父の霊は「頭が痛い」って言ってたとか。
頭痛かったんだって思ったら、なんか辛いやね。
火葬の時間くらいに霊は消えたそうで。
入院してた病院じゃなく、
いつも行ってた病院に行きたかったんだろうな。

葬儀が終わった夜の後日談:
長い事連絡を取っていなかった友人から、
「なんとなくどうしているかなと思って」と電話がある。

父があちこちに挨拶で回っているんだろうな。  
Posted by uoco326 at 10:07Comments(0)TrackBack(0)介護

2005年07月30日

逝去しました 2005/7/30(土)

死亡届父が今朝7時30分に逝去しました。
死亡診断書に消化管出血と書いてありました。

生前のご厚情有難う御座います。
  
Posted by uoco326 at 12:14Comments(7)TrackBack(0)入院

2005年07月27日

病院から緊急連絡 2005/7/27(水)

pic_0289.jpgご近所の葬儀手伝いで式場にいた時、
病院から緊急の連絡が留守電に入っていた。
「具合が悪くなったのですぐ病院に来るように」という内容。
ちょっと信用出来ない言動をする看護師からの連絡だったので、
すぐに病院に確認の連絡を入れた。
お昼に別の看護師に交代していて、今は容態が安定しているとのこと。
タール便が出て、かなり状態は悪かったけど、その後安定したらしい。
姉にも緊急連絡が入ったので、電話で報告した。
帳場の作業が一段落してから病院に行く。
酸素管を鼻に付けていた。
しばらく様子をみてから、また式場に戻った。
夕方姉が仕事を早めに切り上げて病院に行ってくれた。  
Posted by uoco326 at 21:53Comments(0)TrackBack(0)入院

2005年07月26日

また熱上がった 2005/7/26(火)

sora4昨日からまた熱が出てきた。
両脇に保冷剤を置いている。
看護師が口腔内のケアをほとんどしてくれないので、
行く度に歯ブラシと口内清拭をする。
普通の病院はもっと細かくやってくれるのに。
前歯と唇が体液でくっつくような感じ。
雑菌が原因の肺炎で高熱を出す場合もある。
何度か看護師に言ってケアをしてもらったのだけど、
あまり細かいことはやらない病院らしい。
小さい病院だとこれがあたりまえなのかな?
しかも1週間に1度の着替えというのはどうなんだろう?
点滴を途中で止めても清拭と着替えはして欲しい。
着替えが症状を悪化させるとか、弊害があるのだろうか?
家族がやるからと手を出さないつもりなのだろうか?
なんだかなぁ。  
Posted by uoco326 at 13:49Comments(0)TrackBack(0)入院

2005年07月22日

熱下がった 2005/7/22(金)

hana2話しかけて返事をする日もあれば、
宙を見つめたまま動かない日も。
たまたま行った時間で反応が違う。
夜中に看護師が話し掛けると反応するらしい。
今日は熱冷ましの冷却剤は使用してなかったので、
熱は下がった様子。
腕を動かすと痛みを感じるのか、眉間にシワを寄せる。

  
Posted by uoco326 at 21:42Comments(0)TrackBack(0)入院

2005年07月18日

呼吸が早い 2005/7/18(火)

nekoここ数日あまり変化が無かった。
今日は姉と一緒に病院に行く。
声に反応して目が動いた。
両脇に保冷剤があったので、熱が出たのかも。
温めたタオルで清拭すると、呼吸が早くなった。
ちょっと辛そう。
両手足のマッサージとヒゲソリと口内清拭。
話しかけると頷く。  
Posted by uoco326 at 17:40Comments(0)TrackBack(0)入院

2005年07月13日

輸血 2005/7/13(水)

夕日2主治医から姉に輸血確認の連絡が。
ヘモグロビンのレベルが5と危険な状態になった。
(基準値・男性:14〜18g/dL)
今日一本、明日もう一本輸血するらしい。
両手足がむくんでいたので、姉がマッサージしてくれた。
父の反応は良く、話しかけると返事をする。
何かを話したりしていた。
輸血の管が詰まって看護師が管を差し直したら、
外れた血があたりに飛び散った。
明日替えのタオルケットを用意する予定。
  
Posted by uoco326 at 20:06Comments(4)TrackBack(0)入院

2005年07月12日

中心静脈点滴 2005/7/12(火)

中心静脈点滴今日は熱が上がったらしく、
両脇に冷却剤(タオルを巻いたもの)を入れていた。
話し掛けても反応が悪い。
清拭してヒゲソリとマッサージをした。


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2005年07月09日

熱下がる 2005/7/9(土)

ちょびカンガルーここ数日あまり変化のない状態。
熱も36℃に下がった。
胸に付けていた心電計のコードも外された。
話しかけると反応して頷く。
入院している犬の話をした。
「ちょびは、先月末繋いでいた鎖が切れて行方不明になって、
この前の日曜日に溝に落ちていた所を発見して、すぐに入院。
今はまだご飯食べられないけど、少し元気になったよ」
と話したら、目を細めた。ちゃんと解っている様子。

口腔内を歯ブラシ使用して、汚れた粘膜を剥がした。
ヒゲソリと体の清拭とマッサージ。
顔色白っぽい。

※画像:ようそ症(蝿蛆症)で頭の毛を剃って、カンガルーみたいになったちょび犬  
Posted by uoco326 at 13:57Comments(0)TrackBack(0)入院

2005年07月05日

発症から2年 2005/7/5(火)

松葉牡丹叔父が亡くなった日に発症した父の痴呆症も、
まるまる2年が経過したことに。
いろいろな事があったので、
2年しか経過してなかったということに愕然とする。

日曜日に叔父達が来てくれたお陰で、少し反応が良い。
酸素量が安定したとのことで、酸素管も鼻から外されていた。
全身の清拭とマッサージをした。  
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2005年07月03日

叔父達のお見舞い 2005/7/3(日)

ピーターパン午前中叔父達が来てくれた。
一緒に病院に行く。
姉も同時刻に病院に来てくれた。
叔父達の声掛けに反応して、頷いたり声を出したり。
左の二の腕がむくんで腫れてしまっている。
主治医から症状の説明があった。
前回説明とほぼ同じ状態。
あまり良い状態とは言えない感じなので、
叔父達に会わせる事が出来て良かった。  
Posted by uoco326 at 19:01Comments(0)TrackBack(0)入院

2005年07月02日

凄く痛い 2005/7/2(土)

sora7午後姉と甥が来てくれた。
甥が大きめのトラックを用意してくれたので、
特養の荷物を引き上げに行く。
父の部屋には別の利用者がすでに入居していた。
荷物はまとめて霊安室の前の倉庫に置かれていた。
特養の窓を3つの鍵で開けてもらって荷物を搬出。
自宅に戻ってから、今後使用しない物を思い切って捨てることに。
姉と甥が清掃工場に2往復搬送してくれた。
その後、病院に行く。
甥が話し掛けたら、父は良い反応をした。
姉がツボ押しをしたり、甥が手をさすってくれたり。
いつも左手を動かすと痛がるのだけど、
今日は「凄く痛い」と言葉が出た。  
Posted by uoco326 at 20:49Comments(0)TrackBack(0)入院

2005年07月01日

手足の先が冷たい 2005/7/1(金)

isu足の付け根に点滴が付けられた。
より心臓に近い静脈から栄養分を送る為だとか。
話し掛けると反応して頷いたり、何かを喋っている。
体を温かいタオルで清拭して、マッサージした。
手足の先が白く血が通っていないような状態だったのが、
少し温かみが戻ってきた。
上着も着替えをして、さっぱりした感じ。  
Posted by uoco326 at 10:40Comments(0)TrackBack(0)入院

2005年06月28日

返事した 2005/6/28(火)

sora1今日は調子が良いのか反応があった。
体を拭いて、ヒゲを剃ったら何かを喋り出した。
相変わらず内容は解らないけど。
「今度おじさん達がお見舞いに来るよ」と言ってみたら、
「あい」と返事した。
視線がこちらを向いている。
久しぶりに会話をしたような感じ。
「また来るからね」と帰り際に伝えたら頷いた。  
Posted by uoco326 at 21:55Comments(0)TrackBack(0)入院

2005年06月25日

特養退所 2005/6/25(土)

tori午前中個室からICUに移動。
単にナースステーションの隣というだけで、
症状が重篤になった訳では無いらしい。
話しかけても反応は無い。
叔母が亡くなった事などを父に話した。
聞こえているかどうかは解らないけど、
閉じた目が動いているので、夢を見ている感じ。

夕方主治医と症状の確認と特養の相談をする。
血圧は100前後・酸素量90%以上で安定。
毎日タール便が1〜2回出るので、
出血を止める薬と、心臓を強くする薬を点滴している。
この状態では特養に戻るのは難しいし、
回復したとしても医療関係の施設じゃないと無理だろうと。

その後特養に行って、退所手続きをしてきた。
大きな荷物は後日搬出することにした。
  
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2005年06月24日

叔母逝去 2005/6/24(金)

白松葉牡丹父の症状は相変わらず。
主治医の話では特養に戻ることは無理だろうと。
栄養を直接胃に入れる事も難しい状態らしい。

夜、東京の叔母が亡くなったという連絡が。
通夜と葬儀の準備が忙しい中で叔父から電話があった。
叔母は享年90歳。
父と同じような症状で2ヶ月以上の入院後、
叔父の手を握り返したり、目で追うような感じで亡くなったと。
ほぼ同じような看護と介護の状態を経験した叔父は、
寂しいながらもほっとしたという感想を漏らした。
正直な言葉だと思った。  
Posted by uoco326 at 21:43Comments(0)TrackBack(0)入院