けぇ がるね?日記

ネパールの首都、カトマンズから発信しています。

貨物扱いで戻る人もいる

これまで19年間、ネパールで突っ走ってきた。しかし、最近、何とも云えない閉塞感がのど元までこみ上げてきて。耐え難くなってきた。今日から2ヶ月、ネパールを離れることにした。

家庭は円満です。その点だけは、ご心配なく。

さて、カトマンズ国際空港の出発ロビーは、もう、満杯。見たところ、座席の数の3倍くらいの人が詰め込まれている。外国人観光客以上に、田舎から出てきたばかりのネパール人男性で「むんむん」している。海外への出稼ぎに向かう人たちだ。東南アジアや中東の景気は冷え込んでいるはずなのに、どこに向かうのか?もしかして、発展が続くアフリカ?出稼ぎの人たちが握りしめたボーディングパスは、西に向かう便のもののようだ。

カトマンズの雑踏の中でさえ、まごついてしまいそうな感じの男性もいる。見知らぬ国で彼らを待つ仕事や生活の、歯車がひとつ狂ってしまえば。言葉の通じない外国で、自分のことを守れるんだろうか。他人事ながら、心配になった。

外国人観光客の多いタイ航空の乗客は、片隅に押し込まれる。まるで、通勤列車のよう。誇張でなく。行きが苦しい〜っ!

さて、待合室の真ん前に止まったタイ航空機体前方の貨物室から、貨物扱いの荷物が下ろされていた。ブルーシートがかけられた貨物の、一番上に.....えっ?

どう見ても、棺桶としか思えない形状の、長細い。木の箱があった。出稼ぎ労働者が海外で事件事故に巻き込まれ、遺体として帰国することもある。そんな不運な人の棺なのだろうか。

無謀とも見える希望を抱えて旅立つ人がいれば、貨物扱いとなって無言の帰国をする人もいる。そんな人生が交錯する、国際空港の毎日。

ああ、やっとボーディングの声がかかった。狭い通路で、最後の、おざなりなボディチェック。こんなチェック、やった意味があるんだろうか?と、乗客から不満の声があちこちで上がっていた。

突然の交通封鎖、ゼネスト、大気汚染、水不足、停電で観光客に試練を与えるネパール旅の最後の締めくくりは、空港待合室での家畜扱い。2011年はネパール観光年だそうだが、せめて、乗客を人間扱い出来る空港施設に拡充してほしい。深い、深いため息が出た。

タイ航空で3時間、巨大なバンコク・スワンナプーム空港に着き、心なしか、肩のあたりが軽く感じられる。しばらく、しばらく、ネパールのネの字も思い出さないぞ! 

大統領府、王宮化か?

私が密かに私淑する、谷川先生のサイト。ネパール大統領府の職員に、勤務中の民族服着用の大統領令の記事

かつてこの国に王室があった頃、王宮の敷地内に足を踏み入れるネパール人は、民族服の着用が強制されていた。最大限譲歩しても、男性はトピーという民族帽は必須であった。

王室職員は全員、上から下まで民族服。オレたちは、庶民とは違うんだよ!的に、王さまの威を借りて、肩で風を切って歩いていた。まあ、そういうものが権威であろうし、心正しい人は正しく権威で世間の尊敬を集め、そうでない人はそうでない。どこの国でもあり得ること。

さて、おっちょこちょいの私は、大統領府をかつての王宮のような「服装コード」で権威づけるための動きか?と勘ぐり、早速、大統領直属の某補佐官(プロトコールとしては国務大臣と同格)の携帯に電話してみた。彼は、こんなに偉くなるずーっと以前からの仲良し。

「ねーねーダイ(兄さん)、兄さんも民族服着てるの?」

「がはははは。それは、公務員たる職員だけだよ。彼らは毎年、服装費を支給されているからね。ボクたち特別職は、以前のまんまだよ。民族服じゃないよ。それにしてもバイニ(妹)、何でそんなこと気にするの?」

「大統領府が、昔の王宮化してきたのか?と気になったからよ」

電話の向こうで、一瞬、ギクッ!とした雰囲気を感じた。


ヤダブ大統領は元々、コングレス党コイララ党首の懐刀のアシスタントくらいの役割を、誠実に務めてきた政治家であった。議会から選出された選任国家元首として、当初は「安全パイ」と目されてきた。

それが、国軍参謀長の解任取り消し以来、政府を超越し、当時のダハール首相を辞任に追い込むなど、政治的手腕が急速に、凄みを増してきている。政府や、コングレス党コイララ派との力関係に変化を感じる。

元々医師であり、国内外のことをよく理解する知識人であったヤダブ大統領に、潜在的能力があった。加えて、地位は人間を作り上げるもの。かつてのヤダブ氏と、今のヤダブ大統領は同じ人間であり、違う立場と権力を手中にした存在である。これに仕上げを加えるとすれば、権威付けであろう。

権威は形式を生み、服装コードという形式がまた、権威を再構築する。そうしてぐるぐる回っていた王室と王宮権威に取って代われるのは、大統領と大統領府が、現在最前列にいる。

現在マオ派が「大統領の権限を見直すべく国会で審議すべし」と主張しているのも、こんな背景がある。

シンガポールで病気療養中のコイララ元首相と、急遽彼の地に飛んだダハール前首相は、コイララ氏の帰国直後に対処すべく妥協点の合意に達したとの報道もある。しかし、これ以外の政治勢力がどう云うか?

マオ派政党の活動家以外、市民からは冷ややかな目で見られているマオ派の街頭抗議活動第三波も、来週から再開されると云われる。マオ派自身、市民の支持なしに続けていくのは辛かろう。このまま街頭と国会が空転を続けると、予算も承認されず、来年5月末の新憲法公布も不可能となりつつある。

いつものネパール式に、最後の最後のギリギリで、今回も辻褄を合わせるのだろうが.....もやもやとして、不安である。
 

不眠症に効く、冬のネパール

ネパール秋から冬の季節の風物詩、ネパール俳句の季語にも定着しつつある(ウソ)計画停電が、明日水曜日から延長される。1週間あたり16時間

現在、週に6日。毎日夜2時間ずつの停電が、週に2日昼間に2時間ずつ追加されるそうだ。くわしいスケジュール表は、明日にも公開されると思う。

今年はインドからの送電網が稼働しているため(去年は大洪水で流出していた)、去年ほど過酷な停電にはならないだろうと云われる。それでも最長、1日10時間〜12時間の停電が予測されている。

生活や業務に深刻な困難を生じる 停電ではあるが、一点、素晴らしい側面がある。それは、夜、ぐっすり眠れること。停電前に炊事や夕ご飯を済ませ、停電で暗いと、自然な眠気がやってくる。そして睡眠も、深くなるような気がする。眠る前に明るい部屋にいることが、睡眠障害の一因になるらしいが。暗いと、幸せな睡眠をゲットできる。

不眠に悩む皆さん。この時期、夕方〜夜の暗いネパールに来てみてはいかがだろう。旅行会社さんも、ゆっくり眠れるネパールツアーなんて、いかがだろうか?もの悲しい長時間停電を、売り物にすることは出来ないだろうか? 

閣議は踊る?

世間的には、マオ派による「文民統制を掲げた、大統領への権勢抗議活動」やら、「新憲法起草」などが深刻な問題なのだが.....元々山屋であり、この国の文化と大自然が本籍地である私には、別の関心事項があって困る。いや、別に、困ることもないんだけど。

そんな私の関心事項のひとつに、地球規模の気候変動からヒマラヤの環境を守る!という事がある。メディアの人間として伝えること。そして、今年6月の氷河湖マラソンのように、自分もキャンペーンの当事者として参加して、自分の身体で痛い目を見ながら考えたり、アピールしたりする。

さて、ネパールでも、12月のCOP15国連気候変動会議@コペンハーゲンを前に、官民によるキャンペーン活動が一部で(あくまで、一部の話)盛り上がっている。

ネパール政府としては、当初この問題の担当であった環境相が、カトマンズにおける南アジア会議の失敗の結果か?担当を森林土壌保全相に変更というドタバタ。

加えて、海面の水位上昇で国土が沈没しつつあるモルジブ政府が水中閣議を開いたことに影響を受けたのか......ネパールは大臣うち揃い、エベレストのベースキャンプで閣議を開いて、ネパール政府の意気込みをアピールするぞ!とぶち上げたのは良いものの、首相の病気やカトマンズの政情を受け、先週の予定が延期。今週の予定も囁かれたが、昨日の閣議でまたまた延期が決定された。ヘリで閣僚を空輸計画で、元々、ベースキャンプという可能性はなかった。タンボチェ僧院前の広場にテントを張って......ということで地元との折衝も続いているが。さて、ますます寒さの増すヒマラヤ。どうなることか。

不確定要素が否定できない山岳路線に、ヘリで閣僚が乗り込むという、国家的危機管理体制も難しい点があるだろう。ここはひとつ、コペンハーゲンに乗り込む首相と大臣だけで、サクッ!とやってのけるべきであったのだが。メディアへのアピール力はあるからね。


一方民間は。ここ数年来地道に、時に華々しく、ヒマラヤの環境登山や清掃活動、イムジャ氷河湖イベントを主催してきたダワスティーブン・シェルパくんは、英国系TVドキュメンタリーチームと一緒に、現在エベレストのC1C2にいる。映像で世界に伝えるため。彼は12月、ネパール政府の代表団の一員としてコペンハーゲンにも乗り込み、ヒマラヤ最前線からの状況を報告することになっている。

政府側もここに来て、大臣や官僚だけでは、国際社会に何もアピールできないことを気付いた様子。ダワくんに助けを求めている感がある。

(c) iDEAS Miki@Goal
(写真は、イムジャマラソン・ゴールにワシを出迎えてくれたダワ。身長166センチのワシがこんな小柄に見えるところから、シェルパとベルギーの血を引くダワのデカさを想像願いたい。)

ヒマラヤに登るネパール人は沢山いるが、国際舞台での発言できる人材は殆どいない。国際舞台で発言できるネパール人は沢山いるが、そんな人たちはヒマラヤ登山はしない。

ダワくんの場合、ヒマラヤ登山家としても立派。しかも、シェルパ族でヒマラヤの民族を代表できる。パパはネパール登山界の重鎮。でもって、ママはベルギー人で、英国の大学を卒業し、英語、ドイツ語、オランダ語、もちろんネパール語のトリリンガル。

ダワ。若干25歳のキミに大変な負担がかかっているのはオバサンも知っているけれど、でも、キミしかいないんだよ。ここはひとつ、頑張って。オバサンも応援するから.......と、今年は6月、7月取材させてもらって。先日再度取材したものは、COP15会議直前にまた放送されるはず。

私もまた、出来ることをやり続ける。 

出稼ぎネパール人社会って?

一時期、在日ネパール人とのトラブルに関する質問が続いた時期がある。その時ぼんやり感じたのは、どうやら、ネパール人が日本で働いている「業種」の中で、日本人との恋愛絡みの問題が発生しやすい「業種」があるんじゃないのか?ってこと。

言い換えれば、日本人と結婚して日本に住んでいるネパール人を別にすれば、日本で働くネパール人(いわゆる、日本への出稼ぎ)の業種別分布に偏りがあるのではないか?ということ。そしてその、従事人口の多い業種は、日本人との出会いの機会が多いであろうこと。

最近カトマンズで、日本で長年、事業主(経営者)として成功を収めている在日ネパール人の方たちとお話しする機会に恵まれた。そこで私が感じたことをひとことで表現するなら、

階級社会のネパールを、日本在住のネパール人社会も、そのまま引きずっている。日本の中で、小さな、ネパールの階級社会を形成しているようだ。

いろいろな情報が正しく、多方面から伝わり、母国ネパールと日本とのネットワークも広げられるのは、多くの場合、ネパールのエリート層出身の方たち。大使館や、大学・大学院留学生や研究者。または、母国や外国で高い教育を受けて専門職をもち、いろんな理由で日本に住み着き成功した人たち(日本人との結婚を含む)。または、ネパールでは非エリート層出身であっても、持ち前の賢さとバイタリティで日本で成功し、エリート層の人たちに対しても臆することなくつきあえる、サクセスストーリーなネパール人の方たち。

一方、それほど熟練を要しない業種。本来専門職であるはずなのに、そうじゃなくてもビザが取れてしまって来日している人たち。例えばコックさんの中には、ネパールやインドの一流レストランやホテルで研鑽を積んできた立派なシェフもいるが、(私が聞いた話では)インドの中級、またはそれ以下のレストランで働いてきた人たちが、コネを使って日本に来ている例も多いとのこと。中には、全然料理の出来ない人さえいるらしい。これらの人たちの場合、東京にあるネパール大使館や、社会的地位を築いた在日ネパール人社会との付き合いは、ほぼ皆無のようだ。

階級意識の高いネパールだから、サクセス・ネパール人の方でも、一線を引いているのだろう。

人間はみんな同じと教育される日本から見ると腹立たしいだろうが、階級があって当然の社会もある。近年では、教育や社会的地位から落ちこぼれると、伝統的優位層から転げ落ちるため、ある面厳しい競争社会のネパールには、ネパールの考え方もある。

さて、母国の社会に守るべき地位のある人たちの多くは、家族も一緒に日本で住んでいる。これと違って出稼ぎの場合、単身が基本だろう。若くて独身であっても、母国に妻子がいたとしても、数年単位で異国で暮らす身は淋しい。身近に、日本人の温かな肌があれば、寄り添いたくなる気持ちも人間として当然であろう(海外に単身の日本人でも、同様に起こりえることだ)。

しかしその後、社会的、法的にどう責任をとるのか?という点になると、日本とネパールの倫理観や法律のしばりには大きな差がある。ネパール母国や外国で責任ある立場にいるネパール人には、自制心や自己規制もある(そうじゃない、困った人もいるけれど)。比べて、日本には数年。お金を稼ぐだけのつもりのネパール人の場合、背負っているものが全然違うのではないだろうか。

階級によって、住む世界の違うネパール。

国が守ってくれないから、時には法律に反しても、自分や家族を守らないと生きていけないネパール。

まず人を疑ってかからないと、失敗してしまうネパール社会。


普通のネパール人に、いきなり刺身を食べてもらっても美味しさが伝わらないのと同じで、普通の日本人に、ネパール料理の本当の美味しさは分からない。その多くは、レストランの雰囲気やサービスで「美味しい」気分にさせられている。カトマンズでも、旅行者に人気のネパール料理店は、雰囲気やアトラクションが良ければよい程料理は美味しくない。

それと同じように、ネパール社会の経験なく、ネパール語も理解できない日本人が、どのネパール人が信頼できるのか?分からなくて当然だと思う。そこに恋愛が介在するなら、余計に、何も見えなくなってしまう。

社会的な地位が高い人の中にも、人間として卑劣な人がいる。厳しい生活をしている人の中にも、心正しい人がいる。ネパールだって同じこと。

ただし、それを、あなたは見抜けますか?

「私の彼は、そうじゃありません。誠実な人です!」

って、10年後でも胸を張れたら、とても素敵なことですが。

人間を見るとき、本人をしっかり見極めることが大切です。しかし同様に、相手の属する文化や倫理観、社会の中でのポジションを冷静に判断することが必要なのではありませんか?

傾向と対策があり、その上で、例外も存在するのです。 

ばらばら、ネパール

今日はマオ派が、カトマンズ盆地への陸路出入り口の交通を封鎖している。当初、カトマンズの国際空港も封鎖する!と計画されていたが、

「アンタら、国際線止めたら、国際社会で大問題になりまっせ!分かってまっか?ええ加減にしなはれやぁ〜」

と、在カトマンズの外交団がマオ派トップに交渉してくれたおかげで、空路封鎖は回避された。各国大使のみなさん、(*^ー゚)b Good Job!

本当に国際線まで止められていたら、国際ニュースとして世界に配信され、ネパールのイメージダウンは避けられなかった。この手のニュースは報道したくなくても、泣く泣く取材して配信しなきゃならぬのでね。で、おかげでキャンセル出ました......と、観光業界のみなさんに恨まれる。

陸路封鎖も今日1日だけとのことで、カトマンズ首都圏内の交通は通常通りで、市民生活も平静である。盆地外との交通は止まっているにしても。


さて、ネパール各政党の指導者たちのインド外遊が続いている。マオ派トップは中国に行ったし。現状では、来年5月末の期日通りに新憲法は発布できない。この事態を如何に打開するか?もしくは、新憲法が出来なかった場合どう対処するのか?近隣の大国と相談したり、支援してもらうことなしには、ネパール国内政治は動かないのであろう。悲しい現実である。

一方、80歳を超える高齢であり、未だ、ネパール政治全体に影響力を残す長老政治家G.P.コイララ氏は、持病の呼吸器障害で入院した。毎年寒くなると、肺炎を患っている。明日からはシンガポールに治療に行く予定であったが、呼吸が困難になった模様だ。

ネパールの政治家は高齢になっても引退しない人が多く、壮年期の業績に泥を塗る老害をまき散らすことも、気にしない人がいる。大変残念なことである。コイララさんも一線から退き、心豊かで世間からも尊敬される老後を送っていただきたいのだが。政治の激務に対応できる健康状態ではないのに、これ以上、何に命を削ろうとしているのだろうか?

娘への禅譲?

ネパールの政治指導者たちが、外国に、療養に、ばらけてしまっている。問題解決のため、再集結するのは、いつなんだろう。このまま寒さで固まって、来年、春の頃まで、静かなゴタゴタばかりが続くのだろうか。この場合、晩春に大転換が予測される。

そうなる前に、冬の間に、何らかの解決策が実行されるか?

これ、占い師の領域かも。

寒い、カトマンズ

11月に入り、日中の日向では30℃を少し下回る暑さになる。半袖が快適。しかし朝晩は、最低気温が7〜9℃まで下がる今日この頃。

毎年この時期は、真冬より寒い。寒く感じる。

身体がまだ「夏仕様」のままで、寒さに対応できないのだ。日本のように、季節が徐々に変化する国とは違い、大陸なネパールでは、夏から初冬に急激な変化をする。

つい先日まで、朝晩でも、シャワーを浴びたような汗を流しながらランニングしていたのに、今は身体が温まって気持ちいい程度。よりスピードを出しても、汗も少ない。気分良く、長距離も走れてしまう。


さて、マオ派による街頭抗議活動が続いている。大統領の権限を制限することを、国会で話し合うべく揺さぶりをかけているのだが、市民の参加は低調。マオ派が動員した人だけがデモや座り込みをしている感である。

11/10には、カトマンズの国際空港も封鎖する計画で、去年のバンコクのような騒ぎになるのか?国際線まで止めたら、こりゃ、出したくないけどニュースになっちゃうな。困ったなぁ。と思っていたら、さすがにこれはマオ派がキャンセルを発表。しかしながら当日、地方からカトマンズへの陸路エントリー・ポイントは封鎖するそうだ。 

デモ隊と治安部隊の間に突発的事件が起こらない限り、現在の抗議活動はそれほど深刻な事態は引き起こさないだろう。心配なのは来年5月。このままでは新憲法は期日通りに出来ないだろう。その時、ひとつの転機が引き起こされる懸念がある。

2001年王室虐殺事件以降、ネパールはヤバい橋を渡り続けていて、我が家などもう、どんなに深刻な予測を話し合っても

「あはははは。今から心配しても仕方ねーや。その時考えようよ」

で、全てを片付けている。そういう事態になったときは、仕事の上でも鉄火場になる。毎回毎回、火事場の馬鹿力で乗り切るしかないんだよね。粛々と。 

スノーマンのケーキ♪

今日はカトマンズ市内での用事(私が住むのは、南隣のパタン)をいくつか片付け、友人に会うため、ジョチェ(フリーク・ストリート)にある老舗カフェ「スノーマン」に行った。

ここは1950年代から営業し、70年代はヒッピームーブメントの聖地ど真ん中でいろんな旅人が通り過ぎていき、今や、外国人以上に地元の若者たちにも愛される存在である。名物カスタードプリンは、世界の旅人を感激させてきた。チーズケーキをはじめとする、甘いものが美味しい。

ホテルのケーキのように気取ってはいないが、素朴で、懐かしい美味しさ。心に甘い、優しくて不思議なケーキである。

今日もどのケーキにするか迷って、チーズケーキにした。余力あったらプリンも食べようかな?と思ったが、胃袋が大人になった。プリンまで到達できず、残念。 

このカフェに来たことある、今はカトマンズにいない皆さん。「あー、食べたい。スノーマンのケーキ!」という心の叫び。聞こえますよ。日本や外国には、もっと美味しいスイーツありますが、あの味は、別なジャンルの美味しさですよね。

お父さんの跡を継いだ2代目オーナーが、昔の美味しさをそのまま、変わらず守ってくれていてありがたい。

街は変わり、自分も流され変わっていくけれど。スノーマンが変わらず存在していてくれることは、しみじみうれしいものである。 

ネパール料理の可能性は?

私のツーリスト時代からの古い友人で、ネパール人で、私がネパールに移住してきた同じ時期に、逆にカトマンズから東京にやって来て、知る人ぞ知る、美味しいネパール料理で有名なインド・ネパール料理店を経営するUと、数年ぶりに会った。いゃぁ〜、いろんな話をして、心の底から楽しかった。

私が、今の私になる前からの親しい友人だからね。

さて、友人曰く、

「常連さんはネパール料理を食べに来てくれるけど、それ以外のお客さんは、インド料理を注文する人が多い」

とのこと。友人の店では、インド料理は、インドで修行してきたネパール人コックさんが作る。しかしこれらのコックさんは、ネパール料理は得意じゃないようだ。ネパール料理については、オーナー自らが腕をふるっている。

多民族国家ネパールでは、民族ごとに料理の味付けが違う。国民食ダルバート(ネパール風の香辛料料理+ごはん+レンズ豆のスープ)であっても、カトマンズのネワール族。タコーラのタカリ族など、特に料理が美味しい民族のダルバートは美味しいことが多い。ネパール風お好み焼きのチャタマリなど、ネワール族だけが作る料理だってある。であるからして、インド料理を修業したネパール人コックさんでも、民族が違えば「彼の作るネパール料理はイマイチ」という現実があり得るわけだ。

現在まで、ネパール料理をひとつの料理文化として修行する文化は、あまり聞いたことがない。たまたま料理上手の民族の、料理上手な家庭に生まれた人だけが体得できる。この点から見ると、ネパール料理。特に主食であるダルバートについては、偉大なる家庭料理の域を出ていないのではないだろうか?

本場カトマンズであっても、ネパール人が食べて「これは、美味い」と感じるネパール料理レストランは、高級店になればなるほど少ない。軽食たるモモやチャタマリ、ウォーなどになると、庶民的な店こそが美味しい。

この点、インド料理は、世界に誇るインドの食文化として堂々たる地位を誇っている。カトマンズのインド料理も美味しいが、インドに行けばもっとスゴイ。舌が極楽!とうっとりするインド料理店があり、カトマンズの味とは比べものにならない。ただし美味しい店は高級であり、値段もとびきりである。またバターやクリームを多用するため、夕食に食べると翌日のお昼過ぎまで胃もたれがする。

インド料理を修業するって道も、確立している。

一方インド人の家庭で食べている料理は、ネパールより多少オイリーで香辛料も強いが、レストランよりあっさりしたものである。家庭食とレストラン食の落差が大きいし、あの外食のカロリーを家庭でも再現したら、長生きは出来ないだろう。この落差については、日本だって、家庭の味と料亭の料理は別物だし、フランス料理、中国料理など、食文化として確立している料理ってえのは、そういうものではないかな?

この点、ネパール料理は(ネワールの軽食料理など、軽食や酒の肴系をのぞけば)ダルバートである限り、レストランと家庭の差が小さいような気がする。

お叱りを覚悟で云うなら、ネパール料理ってのは、食文化としてまだ確立していないって云うか、発展途上の食文化ではないだろうか。 

そんな流れの中で、日本におけるネパール料理店が「ネパール」だけでなく、インド料理やチベット料理とのコラボレーションメニューを提供しているのではないだろうか。ネパール人のほとんどが毎日食べているダルバートでは、日本で勝負できない......という部分はないだろうか?

それはレストランの姿勢だけではない。ダルバートの美味い/不味いを判断できる日本人だって、数は少ないぞ。ネパール旅行に来てまあ、一度くらいは経験として食べてみるけど、心から美味しいと思っているかな?観光客に人気のネパール料理屋の料理には、不味いところも多いよ。超有名店でもね。店の雰囲気とか、ダンスでごまかしている。もちろん、本当に美味しい店もあるが、特にツアーの場合、味よりもビジネス上手な店に予約を入れられちゃうこともある。

レストラン激戦の日本では、より多くの客に味が分かってもらえて有名なインド料理に流れてしまうのは、ビジネスとして仕方ない部分があるだろう。東京の現場で確認していないのだが、ネパール料理を売り物に人気あるレストランの場合、しつらえがネパール風で立派だったり、各種イベントに力を入れているような印象がある。もちろん、味も美味しいと思う。

次回日本に行ったときは、東京のネパール料理店にも行ってみたいのだが......6〜7年に一度、しかも短期間しか行かないため、毎日友人たちとの約束で、結局、日本食になっちゃうんだよね。


と、本日、この記事の下書き書いていたら、急激にインド料理が恋しくなって。すいませんです。タパタリのインド菓子店併設のインド菜食料理屋でインドカレーを食べてしまいました。ダルバートは毎日、自宅で食べてますから許してください。 

誰が相手にしてくれるのか?

まずはこのサイトを見てもらいたい。
ネパリ・タイムス(10/29までならここ)
ネパリ・タイムス当該記事(上記以降固定URL)

先週帰国した、マオ派プラチャンダ=ダハール前首相中国訪問時の写真に注目してほしい。向かって右側、にこやかに話をしている相手は、胡錦涛国家主席である。

マオ派筋からは、中国共産党からの招待であった今回の訪問では、党の指導者プラチャンダ氏は、中国の胡主席とも会談するなど、実り多いものであった。中国はネパールのマオ派訪問団をVIP待遇に処してくれたという話が伝わっていた。

「ほら、スゴイでしょう。この写真を見てくださいよ」

という事なのか。カメラマンの名前を見ると、プラチャンダ氏の子息プラカーシュ・ダハール氏である。今回の訪問に同行していた彼が撮った写真が、今週号のNepaliTimesのトップページを飾った次第。

しかし、よく考えてみよう。

この写真の二人は、立ち話をしている。胡主席の背景には、沢山の人も見える。この写真が撮られたのは、胡主席が主賓で開かれたある式典の時で、どうしても主席と会いたがったプラチャンダ氏一行も、外国来賓として招待してもらった。そんな状況で、非公式に立ち話をしただけである。

胡錦涛主席や中国共産党が、ネパールのマオ派を「隣国の偉大なる毛沢東主義者」として認識しているなら、北京の格式ある場所で、公式に会談する機会を設定しただろう。例え現在、マオ派はネパールの野党であろうと。

胡主席が、マオ派首脳がネパールでいい話をしやすいように、軽く立ち話をしてくれただけであろう。中国の対インド戦略や、ネパールにおける中国の人権問題戦略のため、持ち駒として、マオ派が使える可能性あるうちは、無視することはない。しかし、毛沢東思想を理解する上で不可欠な、中国の古典文化や歴史的兵法の素養のないネパールのマオ派に対しては、毛沢東主義を「標榜」する者に過ぎない。と、見下しているのではないだろうか。

この写真に対してNepaliTimes紙がつけたキャプションにも注目しよう。

Hu cares?

フー・ケアーズ?Huのフーは、胡錦涛の中国語音フー・チンタオのフーであり、同時に、裏の意味として、Who cares?のフー。

Who cares? 誰が気にかけてくれるのか?

意訳すれば、誰も気に留めてくれないよ!という、編集部の強いメッセージを感じる。

それにしても、この写真キャプションの根拠となる情報の出所が気になる。私の筋が得た情報と、同じソースだろうか?だとしたら、わざと情報が放出されているのかもしれない。更に、その裏に、捻った真実があるのだろうか?

いずれにしてもネパールのマオ派は、中国共産党に対して、いい気にならない方が賢明だ。分かって、喜んだフリをしているだけか。そうだろうか。どんなだろう。

 

恐るべし、登山政治の世界

ネパールと云えばヒマラヤの国であり、エベレストを盟主とする高峰は、ネパールにある世界のブランドである。

そのネパールの登山界を国際的に代表する、某団体。1990年民主化より以前、国王親政パンチャヤト体制では、王族がその団体のトップであった。

「登山なんて、ネパール人は外国人の荷を背負う3K業界」

と、ネパールの登山界が自国内で見下されていた時代には、当時、最も高貴な血筋と認められていた人がトップの座にいることに意味があった。

その後、アーリア系ヒンズー上位カーストと、山岳系諸民族の間での権力闘争の時代があった。結局、ヒマラヤ登山の一番近い場所出身の山岳民族系の会長が続き、それより標高の低い山岳民族の人たちが脇を固める黄金期があった。

なのに、ここ2年ほど、山岳民族同士による、まるで南北朝の争いのような状況に落ち込んでいる。より北の方の民族は人格者のリーダーをいだくが、より南の民族は誠実な智恵もの揃い。南朝の方が当初、世間の同情や支持を集めていた感じがある。

この件は、政府観光省の仲裁が入り、マオ派政権時代には団体がマオ派に乗っ取られ、で、南北朝の間では、ネパール最高裁に裁判として提訴され、互いに非難合戦。嗚呼。

しかし北朝の皆さん。したたか。この団体の上部組織。アジアの国際的団体の会長を輩出。で今回、その会長は、更にその上の世界的団体の中心的ポストに推薦され.....アジアの団体には北朝から彼の支持者を会長に押し上げることにしたらしい。

それを、こっそりやるのではなく、本日記者会見を開いて発表するという大胆さ。いやはや......ホントに上手くいくのかいな?日本をはじめとする、アジアの加盟団体のみなさん。ネパールの内紛について知ってるぞ。

今年6月のイムジャ氷河湖決壊防止イベントは、南北朝の政治対立とは関係なく、このおじさんたちの息子や息子世代の若者が立ち上げた。若者たちの志に打たれて、私も、たった一人の外国人ランナーとして走った。いろんなメディアにリポートも出した。頑張った。

今日の記者会見では、

「氷河湖イベントは、我々が開催したものです。ここに来ているミキさんも、一番最初のランナー登録者として、001のゼッケンで完走してくれました。来年も参加してくれます。来年も、彼女は001です。来年は、アジアや世界の団体も主催者として参加してもらいます」

と紹介されてしまった。おいおい、おっちゃんたちの団体じゃなくて、息子たちがやったでしょ!まあ、父ちゃんたちがスポンサーだったけど。この件については息子たちがやってて、いい活動だと南朝側も認めてくれてるのに、父ちゃんたち、イベントを政治化するのか?来年も走りますって、私、まだ云ってないぞ!辛いんだよ、あの高度で走るのは。勘弁してくれよぉ。

前日、偉いさんから直接、記者会見に来てくれますよねと電話あったのは、ランナーとして紹介する腹づもりがあったからかぁ?してやられたり。 

南朝、北朝側どっちも、ずーっと家族で仲良く付き合ってくれている兄さんたちばかりだ。喧嘩されると、私は悲しいのだ。困るのだ。第一、登山を政治化してほしくないのだ。

この手の団体の場合、日本や先進国の場合、かつて第一線で登山を実践していた方たちが中枢を閉める。しかしネパールでは、登山家ではなく、登山やトレッキングをアレンジする会社の経営者が中心なのだ。ネパール人登山家は、第一線を退いたあと、登山隊ガイドの総監督として現場に係わり続け、業界団体とは一線を画すことが普通。

ネパールの団体で偉くなる人たちは、皆さん英語が堪能。山岳民族特有のにこにこ笑顔とホスピタリティだけでなく、抜群に頭もきれる。アジア人同士でなく、アメリカやヨーロッパの登山家、議員、貴族の方々なんかとも仲良くなれるグローバル・ネパール人なんだが。

自国の団体がゴタゴタしているのに、そんなに世界の頂点を目指して大丈夫なのか?

「心配いらないよ。問題ないよ。ミキはボクたちの仲間だからね。一緒にネパールの登山界を盛り上げようね」

と、にこにこ笑顔で優しくしてくれる、大好きな兄さんたちなだけに、すごく心配なのだ。登山政治は、程々にしてほしいのだ。

南北朝の皆さんがもう一度手に手を取り合い、みんなで一緒にネパール登山界の発展に邁進してくれるなら、気候変動からヒマラヤを守る活動に取り組んでくれるなら。不肖、オバサン。もう一度肝臓ぶちこわしても、イムジャのレース走りますけどね。それがネパールのためになるなら。

でもなぁ.....今のままでは。 

ブログには書けないこと

ブログというのは、どなたさまが読んで下さるか見当もつかない世界である。匿名で発信していても、ネパールのような狭い社会であると、発信者が誰か?何となく分かってしまうもの。

だから、私は本名を隠さないし、書く内容には、自己規制をかけている。本当に面白い、コアな出来事は、問題につながることも多い。だから、書けない。全然問題になりそうもない事象については、書いてもつまらないから書かない。ちょうどその中間あたりのトピックスをさがしたり、表現をぼかしたりする訳だが.....

時々、「書けない」「でも、面白すぎる」「ちょっと書いちゃおうかな」「いや、長い目で見たら書くべきじゃない」という葛藤が起きる。

自分のブログも、他人さまのブログも、そこに書いてあることだけが全てではない。書かないこと、書けないことという「失われたピース」を想像しつつ、過去の記事や、先々の記載に隠されたヒントを見つけて、イマジネーションを膨らませることが、状況分析では大切なのだ。

と、このブログは、それほど大したものではないのだが。

あー、でも、面白い出来事に遭遇した。書けないけれど。 

マオ派のお茶会

ネパールの政党は、秋の祭りシーズンに、盛大なお茶会を催す。今日は、毛沢東主義派共産党(マオ派)のお茶会がカトマンズ中心部であった。

ここにはマオ派の指導者、活動家のみならず、現職閣僚、他の政党の主要政治家、政府高官、外国大使などの偉い人から、普通の人まで、とにかくものすごい数の人が集まった。

我々の業界も、特定の政党に偏ることなく、いろんな政党の方たちと知り合いになっておく必要がある。何度かお会いして話をしたり、インタビューをしたりすると、コングレスにも、統一共産党にも、マオ派にも、その他の政党にも、個人として尊敬できたり好感を抱く政治家が増えてくる。こちらが外国メディアだと云う事で、丁寧な対応くださったりして、ありがたいことも多い。

この点、どんなに偉くなっても忙しくても、現首相のネパールさん(統一共産党)ほど、気さくで丁寧な方もいない。しかも、相手のことをちゃんと憶えている記憶力。抜群に人柄がいい。ただし、いただくコメント自体は「言語明瞭、意味不明瞭」なこともあるけれど。ネパール首相には、今の率直な気持ちなどを尋ねるに限る。政情の説明を求めてはいけない。

統一共産党内にはこれを補って、外国人に論理的説明をしてくれる別の人がいる。

コングレス党は、以前はコイララ元首相がインタビューにきちんと答えてくれたが、最近、ご高齢で、ちょっと.....しかしこれまた、同じ政党とは思えないほど右から左まで、いろんな論客政治家がいるので困らない。こちらのことを知っていてくれて、安心して率直なコメントをくれるので助かっている。

さてマオ派の場合、雑談では面白いことを云うのに、マイクとカメラがあると、党是をそのまま、紙に書いたことを読み上げるような発言しか出てこない人も多い。しかし、自分の言葉で答えてくれる政治家が何人かいる。論理的な説明なら前通信情報相マハラ氏など、明瞭な発言で説得力ある。プロパガンダ的ぶち上げコメントなら、ダハール=プラチャンダ前首相に限る。カメラ映えするし。

さてさて、王制打倒!で反政府活動を繰り広げてきた歴史あるマオ派の茶会に、ギャネンドラ国王直接政治時代、国王直任で閣僚を務めた政治家たちの何人かも、にこやかに出席していた。時の流れというか、ネパール社会の懐の深さというか、訳の分からなさというか.....

広い会場を埋め尽くす人混みのあちら、こちらで談笑するマオイスト・リーダーたちを見るに

「この人たち、二度とジャングルに戻る(地下活動に戻る/武装活動に戻る)ことはないだろう」

と思った。だって、あまりに、普通のネパール人になっちゃってるもの。かつては痩身でギラギラした目つきだったのに、すっかり福々しく、優しい目つきだもんね。

同時に、リーダーたちを支えてきた元ゲリラ兵士たちの去就をどう決着するんだろう?と、漠然とした疑問も浮かんだ。

いずれにしてもマオ派も、ネパールという国も、先行き大変である。 

バイ・ティカの日

今日は、姉妹が兄弟の幸福と長寿を祈って儀礼をする日。バイ・ティカ。これにて1ヶ月、ダサイン〜ティハールと続いてきた、フルボリュームの祭り月間も終了する。

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日本のみなさんにもおなじみ、ネパールならS旅行!のキャッチフレーズでネット検索出てくるS旅行社のネパール法人社長Rさんが「私」のお兄ちゃん(亭主の兄さんではない!)。お姉ちゃんたちにも「末っ子の妹」としてかわいがってもらって、20年近く経つ。

血がつながっていなくても、国籍や宗教が違っても、受け入れてくれる優しさ。懐の深さが、ネパールの素晴らしさだ。ありがたい。とてもうれしい。


さて、先日は、ウプレティの母から、お手製のお菓子が大量に届いた。米の粉に砂糖を混ぜて水でとき、表面にゴマをたっぷりつけて、ギーというバターで揚げた「アナルサ」というもの。大きさは、南部せんべいくらい。愛情とカロリーたっぷりのお菓子で、ゴマの香ばしさで、ついつい、1枚、2枚と食べてしまう。うちの義母お手製アナルサは、特に美味しい。

それが、70枚!

普通に2週間くらいは保つが、大変な量なので、ラップで包んで冷凍している。レンジでチンして食べているが、冷凍庫にぎっしり。とにかく、半端な量ではない。

その量に、義母のおっきな愛情を感じる。

電話でお礼を言うと、

「息子も孫も好物だし(実は孫は食べないんですよ、おかーさん)、おまえだって実家が外国で遠くて淋しい思いをすることも多いから、嫁じゃなくて娘だと思って、沢山食べさせたくてね」

私のような鬼嫁に、なんと優しい姑なんだろう.....ありがたい。言外に、我が家の嫁なんだから、もっと太りなさい!という義母からのプレッシャーも感じつつ、食べた分走るようにしながら、ばくばく食べてます。おかあさん。


と、私を取り巻くネパールに、感謝! 

ラクシュミ・プジャ

富と幸運の女神ラクシュミを、我が家にも招きます。今年も。

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ラクシュミ・プジャの夕方

ラクシュミ・プジャの今日、夕方。自宅屋上からヒマラヤを望む。

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直メイルと電話はご容赦ください

このブログや掲示板について、みなさまが心にかけてくださっていること。とてもありがたく、うれしく、いつも感謝しています。

でも、直接のメイルや、電話でいろんなことを云われるのは正直荷が重いです。私のことを思ってアドバイスくださることは分かっていますが、勘弁してください。過去においても、仕事が切羽詰まっているとき、掲示板へのスパム書き込みが削除されていないことをお叱り受けまして、対応しきれず、一時期掲示板を閉鎖したことがありました。

結果的に、私のネット発信を止めることになります。

そこまで気にするな!というご意見もあるでしょうが、人間、トドメになってしまうポイントって、あるんですよ。

もし、このブログや掲示板の存在が、あなたの小さな楽しみになれているとしたら。お願いです。ネットの存在としての私に、立ち入り過ぎないでください。

人間としてこの世に生きている私と、ネットで発信している私は「同じだけど別」だということ、ご理解ください。 

しばらく更新しません

いろいろ書くべき「礼儀」というか「儀礼的おわび」もあるのですが、書く元気ありません。ごめんなさい。しばらくこのブログ、お休みします。

はい。デザインを変更してから読みにくいことはよく分かっていますが、直接電話してまでお伝え下さる方もいまして。有り難いことですが、ぷっつん、切れました。

しばらく、ご無沙汰します。さようなら。 

オバマ氏をめぐる世間話

本日、カトマンズ在住の多国籍ランニング軍団のトレイルランニング。で、寄ると触ると、オバマ大統領のノーベル平和賞受賞の話となる。ばりばり米国政府筋も含む仲間たちからは

「もしかして、辞退するのでは?」(もうもらうと云ってるよ、と、ツッコミはいる。)

「オリンピックのシカゴ誘致で恥かかされて、で、急に持ち上げられてもなぁ」 

「この現状をアメリカ国民として受け入れるのに、あと数日必要だと思う。正直なところ」

と、そんな感想が飛び交っていた。

「でさぁ、日本の小浜市が大喜びで大騒ぎなんだって」

という私のプレゼン、バカ受け。でも、そんなファニーな出来事が、既存メディアで大きく報道されること自体、日本は平和な証拠だよ。ミキ、平和な祖国を持ってること、誇りに思えよぉ。と、ナマ暖かなやりとり。

2時間ちょっと、秋空の郊外で汗を流した。 

先行き、考えてみれば暗い

ここしばらく、政治の先行きについて予測したり考えたりするのを避けていた。その代わり、目の前で起こったことに粛々と対処することにしている。今年は特に、ヒマラヤにおける気候変動の巨大な現場を追いかけていたりして、そちらで充実していたし。

私は元々、ヒマラヤ方面の人間であることを思い出し、実感していられた。

しかし、そんな、おめでたい日々もあと数ヶ月かもしれない。

来年5月末、新憲法制定のための議会が2年の満期を迎える。現在、憲法制定のためのプロセスは大幅に遅れている。決定的にマズいのは、議会の三分の二以上の賛成が、新憲法制定にも、現在の暫定憲法の改正にも不可欠であり、イコール、主要政党の挙国一致体制が必要。しかし、どうにもこうにも、過半数以上の団結が出来ないでいる。現在、挙国一致体制のための話し合いは進んでいるが、まとまる気配が見えない。

さて、では、期日通りに新憲法が出来なければどうなるか?暫定憲法の規定によれば、国家的な「罰ゲーム」状態に移行する。この時、本来政治的存在ではなく、国家の象徴であるべき存在が、巧妙に政治的な含みを持たされていたことに、多くの人が気づかされるだろう。マオ派が、国軍のカトワル前参謀長の処遇について固執している原因も、根っこは「そこ」につながっている。

国家というものは、「権力」で国民を黙らせることは出来ない。短期間は何とかなっても、それが続かないことは、過去の国王親政崩壊でも明らかだ。

一方、国民の愛国心に立脚する国家としての「権威」は、侮れない強さがある。日本の方に愛国心と云ってもピンと来ないかもしれないが、ネパール人は、どうしようもない祖国を、心の底では熱狂的に愛している。

かつてのネパールは、天にサガルマータ峰(エベレスト)をいただき、地に釈尊生誕のルンビニを抱く、世界唯一のヒンズー王国としての権威を誇っていた。宗教的権威付けは、それとセットであった国王が前時代的ヘタを打ち崩壊。現在、国王に変わる国家元首(大統領)は政治的に微妙な立場となり、政治的に批判される。副大統領は、冬場のオバケのように、いるんだかいないんだか分からない。

政界の権威であるべき首相は、2つの選挙区で重ねて落選し、裏口から(政党推薦枠で)議員に返り咲いた人。同じく選挙で落ちた人が外務大臣となり、重鎮たるパパは「外相では不十分。副首相にしろ」と云って聞かない。晩節を汚すことを、全く恥じない父と娘。国の指導者たる人たちが、よってたかって自国の権威を傷つけている。

国家権威の背景にある、武力の国軍も、以前のような一枚岩ではない。忠誠を誓うべき権威が揺らぎ、結果、国軍の中の「愛国の対象」に揺らぎも見える。硬いクルミは1度たたきつけても割れないが、目に見えないひびが入る。2度3度たたきつけることによって、そのひびが大きくなり割れる。同じように国軍には、微妙なひびが入っていると見える。

ネパールを厄介なものにしないためには、期日通りの新憲法制定が不可欠なのである。もう少し経てば、いろんな人の口にのぼるだろうが、それはとてもシビアな問題なのだ。

とりあえず、これから秋〜冬の間は何とかなると思う。

問題は、その後のような気がしてならない。
懐かし時計
※この時刻は、閲覧しているパソコンのものです。
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「けぇ がるね?」とは....

自分ではどうしようもない出来事だ!と嘆く「ふり」をして、責任回避・自己保身を図る、極めてネパール的な常套句。
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