けぇ がるね?日記

ネパールの首都、カトマンズから発信しています。

エベレスト、続報 Apr. 23_12:00

未確認ではあるが、信頼できる筋からの情報。

今期エベレスト登山を全面停止に追い込みたい特定の政治勢力が「山の麓」からベースキャンプに乗り込み、オルグしているそうだ。外国メディアへの「ベースキャンプ現地情報源」も、この勢力からのものに偏っている。

本日カトマンズで再度関係者が協議し、明日、登山関係諸団体やネパール政府観光省責任者がヘリでベースキャンプに赴き、現地で直接交渉を行う計画があるとのこと。観光省次官、出来れば大臣が乗り込むとのこと。

ここ数日の事態推移に注目したい。同時に、ヒマラヤ登山も特定の政治勢力に浸食されようとしている噂の事実関係を確かめたい。高所ガイドやスタッフの安全と補償を名目に、自派勢力の資金源として絡め取ろうとする動き。これはカトマンズで、ホテル労働争議で行われたことの焼き直しだ。人の命を、同じくネパール同胞の特定政治派閥が搾取する可能性について、許し難いものを感じる。 

ネ政府の回答と、エベレスト続報

昨日4月22日。エベレスト登山に従事するネパール人高所ガイドやスタッフに対する補償改善について、ネパール政府は以下のような回答を出した。

ヒマラヤ高所ガイドの死亡保障保険金額をこれまでより50万ルピー増額し、150万ルピー(約150万円)とする。今回の事故で亡くなり、現行保険額しか受け取れない遺族には差額を政府から支給する。

怪我や病気の治療に対する補償額を30万から40万ルピーに増額。

外国人が
支払う全ての山の登山料の30%を地方開発のため郡開発委員会に拠出しているが、そのうちの5%を山岳救援基金に拠出する。救援基金は負傷者のリハビリやキャパシティビルディング、死亡遺族への援助や山岳救助に使用される。基金の運用ガイドラインを2ヶ月で作成する。

山岳事故慰霊公園建設予算を、次年度予算から支出する。


この決定を受け、エベレストベースキャンプでは今後の登山活動について協議が続いているようだ。事故で隊のシェルパを失い、既に登山活動を中止し決定したグループも若干出ている。 

現地にいる外国人登山者(家)のブログに拠れば、大多数は今後の行動について未だ協議中である模様だ。シェルパの間には不安感がぬぐい去れていない。深く信頼されている高僧が「これ以上の登山はやめるべきだ。更なる死者が出る」と発言したとの未確認情報も拾えた。同時に、命の値段の軽さや、政府側の対応に収まらない怒りが蔓延しているとも聞く。政府高官が現地に飛び、ガイドやスタッフたちと直接対面すべきだとの声もある。

また同じガイド(シェルパ)と云っても、大手登山代理店の正社員として年間雇用されている人材と、遠征ごとに臨時雇用されるフリーランスという立場の違いにより、登山継続に対する意見の違いが出ているとの指摘も出ている。 

欧米系大手商業登山隊を主催する外国人著名登山家2名は急遽ベースキャンプからカトマンズに飛び、本日政府当局と直接交渉に臨むとの情報もある(私の知る限り、シェルパからも顧客からも大変尊敬されている外国人登山家)。

昨日から外国ニュース通信社から「今シーズン登山中止」とのセンセーショナルな見出し報道が出ている。しかし実際のところ、まだまだ先行き不透明である。結論は出ていない。と見るべきだ。 

エベレストジャンプ、中止

エベレスト登頂後、ウィングスーツを着用しパラシュート降下とその生中継を計画していたディスカバリーチャンネルは、今回の雪崩事故を受け、計画の中止を発表した。公式サイト発表
ディスカバリーチャンネル・エベレストジャンプ生中継日本語サイト
計画の詳細日本語情報外部サイト


今朝UPしたネパール側エベレスト全登山隊の今後の動向であるが、BC現地情報がカトマンズにはないので、今後の見通しについては明言できない。全て中止となった場合、スタッフへの補償、外国人登山者の支払った登山料の扱い等、大きな問題となるだろう。

これは私の全くの推測であるが、商業登山隊に限れば現在の時期は高度順化の期間中であろう。6千メートルまでの順化であればエベレストでなくとも、付近の、登山料が比較的安価で許可取得も容易な山で可能である。粛々と、エベレスト以外の山で順化を行っているパーティーもあるだろう。 

世界のてっぺんに行きたい!という望みは誰にも否定できないものであり。これに向かって努力を続けてきた世界中の登山者がいる。登ってなんぼ。顧客を登らせてなんぼ。の、現場のガイドたちスタッフもいる。事故を深く悼みつつ、1週間後の登山活動再開を願う人たちも少なくないと思う。

同時に、命は安くないことを主張するのは当然の権利。カトマンズの登山代理店業界には、カトマンズの政治勢力や複雑な地縁血縁ごとの利害関係が絡んでいること。これが政府との交渉にどのような影響を与えるのか? 現場の人たちを置いてけぼりにした交渉にならないこと。現場の人たちとそのご家族の今年、来年、将来を、より確かなものとする結果が導き出されること。願うばかりである。

春の登山シーズンはまだ、始まったばかり。

エベレスト登山、停止中。中止の可能性も。

今朝の報道から
The Himalaya Times (ネパール)
e-Kantipur (ネパール)
The Gurdian (英国) 

4月18日に発生したエベレストアイスフォールでの雪崩は、13人死亡、3人行方不明、9人負傷(うち7人重傷)という、過去にない大規模な事故となった。死傷者、行方不明者は全員ネパール人高所ガイドやスタッフである。現地では行方不明者の捜索が続いていたが、現場の危険性がこの継続を難しくしている模様だ。

事故の犠牲者に哀悼の意を表し、同時に登山現場の安全確保と(外国人からの高額な登山料* を徴収する)ネパール政府による保障体制の確立を求め、昨日から1週間、ガイド、スタッフたちによる全ての登山活動を停止することとなった。要求の内容は、
 事故死亡者遺族や怪我によって今後の登山活動に参加できなくなった犠牲者に対し、1千万ルピー(約1千万円)の補償金を支払うこと。
 全ての山の登山料収入の30%を拠出し、山岳救援基金を創設すること。
 今シーズンの登山活動を辞退するスタッフに対して、基本給を支給すること。
 スタッフに対する山岳保険金の倍増
 レスキュー活動に対するヘリの活用を進めること。
などである。

4月18日を追悼の日とし、今年をエベレスト追悼の年とすることも、現地からアナウンスされた。

エベレスト・ベースキャンプだけでなく、カトマンズでも政府と登山代理店の話し合いが行われる。この内容如何では、今年春の(ネパール側)エベレスト登山全てが中止される可能性もある状況となっている。

「オレたちの命の値段を、これ以上安く値踏みするな!命がけで、エベレストという国の威信を守る現場の人間に、ネパール政府は敬意を払うべきだ」

という、現場からの、あって然るべき主張だと思う。これまで長年の不満が、大事故をきっかけに爆発しようとしている。


* 登頂の可能性が一番高い、春シーズンエベレスト登山料は、外国人1人あたり1万1千ドル。ネパール政府はこの春だけで、3億円規模の登山料収入を得ている。
 

登山の安全と、生活の問題

今朝のネパール英字新聞で、あるシェルパ族登山家/観光業事業家の意見が紹介されていた。
 
ネパール政府は今年春のシーズンだけでエベレスト登山料として3億ルピー(約3億円)の収入があった。また、登山以外の下界での様々な事故補償に1千万ルピーを支出している。しかし、命がけでネパールのイメージを世界に知らしめている登山ガイド/シェルパに対する保障はない。このままでは20年先には、高所ガイドに従事するシェルパはいなくなるだろう。

もちろん、国家による保護や保障は必要だ。同時に、現場に従事する高所ガイド個人も、高度な技能を有する専門職として確立することが不可欠なのではないだろうか?ヨーロッパのガイド同様に。この場合、高所ガイドは登山技術だけでなく、語学能力や登山に対する専門知識が必要となり、これを客観的に審査し、格付けする公平な機関と権威が不可欠である。ネパール政府やネパールの登山界に求められるのは、このようなマネジメントである。

しかし、現場でガイドたちが、命をかけて稼いだお金で師弟に高い教育を受けさせる。教育を受け、外国人と対等にやりとりできるようになった子供たちは高所ガイドにならず、街での仕事に就く。先進国に移住する。カトマンズでトレッキング手配の旅行業に就く。ヒマラヤに帰るにしても、ロッジ経営等安全な仕事に就く。という図式がある。かつてナムチェ。クムジュンは有名ガイドを多数輩出したが、既にこれら地区の経済・教育水準が上がり、若者たちは高所登山に従事したがらない。かつて登山で名声を得た父親たちは、自分の息子や娘を登山に送らない。これらの地域では危険な登山に従事しなくとも、ロッジ経営やトレッキング等、より安全な仕事で安定した生活を営むことが可能なのだ。

例えば、危険な荷揚げとなるBCからC2までを人力でなく、高所ヘリでエアリフトすることは出来ないだろうか?しかしこうなるとその代金は、危険の代償に稼ぐ現場のシェルパではなく(荷揚げ1回に付きいくら、という歩合制である)、カトマンズのヘリ運行会社に吸い上げられてしまう。

エベレスト登山ではシェルパに対する安全が叫ばれる一方、価格競争による顧客のぶんどり合戦もある。安全第一でマネジメントされる価格の高い手配で「命の安全を買う」登山者がいる一方、低価格で挑戦する人たちもいる訳だ。 

シェルパに頼る商業登山は「ダっセーよ!」と云うと、「じゃあオレたちの生活どうしてくれんだよ?」という、多くのシェルパさんや業界の声が聞こえてくる。「世界のてっぺんに行ってみたいのです」という、世界中から集まる多くの顧客(や、ごく少数の登山家)たちの願い自体にも、ケチをつけたくない。

難しい問題である。今年春の登山シーズン、始まったばかりである。残り40日間が、安全に恵まれることを祈るしかない。

エベレストでの雪崩事故

ヒマラヤの氷河とは?  

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2011年撮影

今朝夜明け前の時間、ネパール側エベレスト・ベースキャンプ(BC)からキャンプ1(C1)の途中で雪崩(氷河の崩壊?)が発生し、現地報道によれば遠征隊のネパール人シェルパ15人が巻き込まれた。現在のところ6名の死亡が確認され、行方不明となった9名の側索がつづいているという。

この事故の背景には、ネパール側エベレスト登山ルート特有の危険と、現在の商業登山の現実が感じられる。

BCからC1の間は氷河地形の中でも、特に「アイスフォール」と呼ばれる「氷河の滝」であり、氷河の底が急峻かつ狭い谷になっている。氷河はそのまま流れる事が出来ず、氷と氷の間には深い裂け目「クレバス」が生じる。そのため、氷河上のルート崩壊は頻繁。敬意を込めて「アイスフォール・ドクター」と命名された専門のシェルパチームが、アイスフォール帯の登山ルートを設営。毎日巡回し保守点検も行っている。

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2011年撮影。この写真はエベレスト氷河のものであるかどうか確証ありません。イメージ映像です。

それでも尚、アイスフォール帯の通過は、ネパール側からのエベレスト登山において、デスゾーン(標高8千メートル以上の地点)と並ぶ、一番危険な場所と考えられている。近年の商業登山隊では、顧客たる外国人登山者に対し、一番少ない回数のアイスフォール帯通過で登頂に成功出来るような措置が執られている。エベレスト直前、BCへのトレッキング途中にあるより安全な別の山での高度順化であったり、身体の負担を軽減させる酸素の有効利用であったりするわけだ。  同時に、顧客のための上部キャンプへの荷揚げ/荷下げとルート工作は高所ガイドたるシェルパの背中にかかっている。結果、何度もこの地点を通過する事となる。

誤解を恐れずに云うならば、アイスフォール帯の通過はロシアン・ルーレット。ただし、どの拳銃にタマが入っているか?予測できて、かなり回避できる(プロによるルート工作、保守管理。経験による天候や氷の状態予測。高度順化をしたうえでの迅速な行動等) 。しかし、それでも、毎年何度もそこを通過していれば、どんなに屈強かつ足の速い人であっても、不運につかまる危険性がある。

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2010年撮影。カラパタールからのエベレスト。

ざらり、とした気持になる。エベレストの頂を目指す全ての人の安全を。願うばかりである。
 

ネパールの緊急通報電話番号と、その問題

The Himalayan Times紙に拠れば、元ネパール国営Nepal Telecom以外の携帯電話からは、警察と救急車依頼の緊急無料通報番号にしか電話できないそうだ。以下備忘録も兼ねて、ネパールの緊急通報電話番号をあげる。

100 警察オペレーションセンター
101 消防署(火災のみで、救急は管轄外)
102 救急車依頼(火災は101)
103 交通警察(交通事故等)
104 行方不明の子供捜索
105 カトマンズ地区国軍
106 国軍警察
1111 ネパール政府首相直属「目安箱」(政府の不正、不便等の相談) 

Nepal Telecom (NTC) の携帯電話からは上記の番号全てに繋がる。ネパール最大手の民間Ncellの場合、警察(100)と救急車(102)のみ通話可能。

UTL等、大手2社以外のキャリアの場合、どの緊急番号にも繋がらない。 

この原因であるが、1から始まる緊急電話番号システムはNTCが構築しており、そのネットワークに他社回線が繋がらない事である。NTCはこれらを無料公開していると主張するし、一方民間はNTCが非協力的で回線接続に消極的であるとの見解。事実大手民間Ncellは、警察と救急車については独自に自社ネットワークを構築し、サービスを提供している。

普通に生活している部分では、緊急時に警察と救急車に連絡できればまず問題ないのでNcellで良いが、問題なのは、普通の電話回線への繋がりやすさである。警察は別として、一般サービスの信頼性は低い。いざという時公共サービスに頼るのではなく、個人対個人のネットワークでの救援を連絡する方が確実である。そんなとき、家族や親しい友人の携帯に「繋がる電話回線」が不可欠だ。

しかし、回線能力を超えてSIMカードを販売しているため、時間帯やエリアによっては「Network Busy」で絶望的に回線が繋がらない。 このためネパールで販売される携帯電話機の多くは、2枚のSIMカードが一台で使える機種である。NcellとNTC、別のキャリアのSIMを入れておき、その時々の状況で使用している。

マハーバーラタ、再び

ネパールで広く信仰されている宗教のひとつ、ヒンズー教。この宗教の教義や、価値観を学ぶ上で大変役に立つ宗教的叙事大河神話ストーリー「マハーバーラタ Maha Bharata」。原典を読み解くのは長大すぎるし、日本語訳は今ひとつ、抄訳の感が免れず。そうなると、テレビドラマとして作成されたものが一番取っつきやすい。

BR Film社制作による1988年テレビシリーズのオープニングとクロージングソング。



ネパールでも国営テレビで、私の記憶では1991年あたりから放送されていた。インドだけでなくネパールでも大人気となった。私もネパール移住直後、ヒンズー教徒たる連れ合いとの生活立ち上げ期であり、ヒンズー教を信仰する社会の価値観を知る上で、こんなに勉強になったものはない。

私にネパール/ヒンズー教的価値観を植え付けようと、連れ合いはそれこそ、ストーリーの意味や背景を逐一丁寧に教えてくれた。それが後日、大変な事態の原因になるとは夢にも思わず......

マハーバーラタというのは、平たく云えば古代インド王族同士の遺恨がもたらす大殺戮のお話しであり、人間だけでなくヒンズー教の神々までが入り乱れて展開する。ウィキペディアでの解説はこちら。


そんなマハーバーラタが去年秋より、インドの衛星テレビチャンネルStar Plusで再度、最新版が制作され絶賛放送中。放送後にはyoutubeにも、放送版がUPされている。これはその第1話。



四半世紀の間のCG技術の進化を感じさせるものであり、登場人物のキャラクター設定もより現代的である。1988年版では「神話ではそういうことになっているから」的で、何故親族内の遺恨が積み重なったのか?端折られている感があった。しかし現在のものは、善側の中にある弱さ。悪役側にとっての言い分がきちんと描かれている。

マハーバラタという、ヒンズー教徒にとって絶対的な真実と盲信の手垢にまみれた神話を、異教徒として冷静に解釈してみよう。一言で言うなら、

屁理屈が成立するなら、どんな悪行を行っても良い。慈愛あふれる年長者であっても、武力で倒しても良い。前世からの業であれば、どんな悪行でもそれを貫き通せば死語天国に行ける。結局人間はみんな死ぬ訳で、最後は無に帰るのだから何があっても/何をしても恐れる必要はない。

と云うものだ。善と考えられているクリシュナ神は、慈愛あふれる祖父(の世代)に弓引く事を躊躇うアルジュンにそんな事を説くし、クリシュナは妻以外に何千人もの愛人がいるし、その中で一番相思相愛なのは人妻(ラダ)だ。神さまであれば、他人の奥さんであってもオッケー!貞淑の鏡な王妃たちにも、結婚前の隠し子がいることぼろぼろ。言語道断なのは王との間の息子たちが亡くなった後、嫁たちに対し、結婚前に生まれた(王との血縁ない)自分の隠し子と子を為せ!と命令する皇太后がいたり。で、実際息子たちをもうけてこれを王位に就かせちゃう。そしてこの息子たちの甥だの嫉妬と反目が、世代を重ねるごとに深く大きくなっていく。

善の王子は実はギャンブル依存症。財産、国土だけでなく、家族や妻までも賭で取られてしまう。人身売買よ。

しかしそれら全てが、神の名の元に正当化されてしまう。

悪の王子側は、そりゃお行儀悪いけど、身分や出自に拘らず能力ある人間を認めて友情を深めるし(ドゥリヨーダンとカルナ)、ファミリーを売ったりはしない。

しかしそれら全てが、神の名の元に邪悪とされてしまう。

世の中、邪悪でイイのよ。それが神さま(=世の主流派)に裏書きされればね。反対に、どんなにイイとこあったって、神さま(=世の主流派)に認められなきゃダメなのよ。

なーんか、現代のどこかの国の社会の原型のような気がしません?こーゆー価値観を容認するってことは、今生きている人間の人生観にも反映されている。 

1988年版を逐一丁寧に説明してもらい、調べ物をして補強し、日本人の頭で考えて理論武装した。そう、かわいそうな連れ合いの教育から、こんな毒花が咲いたという訳だ。 わたくし、1988年版も最新版でも、狡猾な悪者とされるシャクニに共感するところ大なのだ。みんなが嫌うドゥリヨーダン王子の、たったひとりの理解者。しかも頭は良いし賭博の天才だし、クリシュナのようなイイ子ぶっりをしない潔さ。

よし、ガンバレ!シャクニ大先生!!と、最後に負けてしまう事は数千年の昔から決まり切っているのに、今日もまた、シャクニとドゥリヨーダン大悪王子側を応援する私は、仲良く連れ合いと一緒に最新版マハーバーラタを見るのであった。

いろいろあるが、夫婦は仲良しで。主義主張は異なれど..... 

mahabharat
Star Plusチャネルにて、月曜から土曜まで、ネパール時間20:45(インド時間20:30)から。絶賛放送中。週6日放送とは!大河ドラマであり夜の連ドラでもあるとは.....

 

ネパールの通信事業重点は、音声からデータへ

本日のネパール新聞報道The Himalayan Timesから(元記事)

ネパール国内の通信事業を管轄・管理するNepal Telecom Authority(ネパール通信事業庁) 最新のレポートに因ると、

固定電話、携帯電話を合計した電話回線の数は約2千3百万となり、全国民2千6百49万人の86.82%が何らかの電話回線を保有していることとなる。これは2008年統計15%と比較して大きく躍進している。ただし国民の多くに携帯電話が普及したこともあり、回線増加率は鈍っている。

携帯電話回線の保有は、全国民の76.8%である。

インターネットデータ通信の普及率は30%を超え、8百14万回線となった。 2008年統計では1%以下であった事と比較し、急激に増加している。現在インターネット使用者の95%は、持ち運び可能なデバイス(携帯電話、タブレット、ノートパソコン)を使って接続している。

ネパールでのスマートフォン価格最安値は5,000ルピー(約5千円)となっている。

ネパールの通信事業各社のビジネス戦略は音声からデータにシフトしており、今後データ通信でのシェア確保が、企業存続のカギとなるであろう。


*-------*-------* 以下、解説 *-------*-------*-------* 

電話回線の高い保有率については、携帯電話契約の値段が安く簡単になったことにより、一人が複数の回線契約をする事例。また日本と違い、料金前払いのプリペイド契約が一般的である結果、使い捨てSIMとなっている回線契約数も統計に入っていると思われる。

現在実際に使用されている回線数については、Nepal Telecom Authority(ネパール通信事業庁) のウエブサイトを確認したが、2014年に入って更新されておらず情報は得られなかった。さすが、ネパールのお役所クォリティ!

携帯電話は急激な回線増加に、設備拡充が追いついていない。例えば、都市部では一番メジャーなNcellのプリペイド回線は日中〜夕方、トラフィック過多で繋がらないことが多い。このような事態のため、一台の機器にSIMカードが2枚入る携帯電話機が普及し、NcellとNTCという異なるキャリアの回線を使い分ける事も一般的である。蛇足であるがこのNcell、プリペイド回線には全く繋がらなくても、企業向け(だが、申し込めば個人でも契約可能)のポストペイド(料金後払い契約/日本同様)回線には繋がることが多い。回線に優先順位をつけているのではないか?

以前はインターネットは個人でパソコンを保有したり、ネットカフェに通う一部の個人や事業所に限定されていた。現在は安価なスマホ普及により、携帯からの接続が急増している。カトマンズの中流階層においては、ほぼ月収並みの高価なスマホ(見るところ、邦貨5〜6万円前後)を購入する場合もある。ハイエンド・アンドロイド端末やiPhoneが、ステイタスシンボルとなっている。

カトマンズ首都圏だけでなく、地方の村落部においても3G回線圏内が広がってきている。近未来のネパールにおいては、電話同様に(もしかすると、そのうち逆転して)データ通信が重要なファクターとなるだろう。村のオジちゃん・オバちゃんも、スマホでLINE使って、海外出稼ぎしている子供たちと長電話する日も近いか?

ウルトラトレイル in カトマンズ、反省記〜5

さあ、亭主が来るまで迎えに来てくれたら帰ろう。帰ってシャワーだ。と思っていたら、大会主催者とリチャードが何やら相談している。何々、え゛っ、入賞って?

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正規の50kmを走ってないんですけど.....と云うと、ネパール側主催者が驚いて

「そんなこと、内緒にしてればウルトラ完走者として認められるのに」
「いいえ、みなさんが知らなくても、私自身が知ってることですから」と、私。
「なんと誠実なんですか、あなたは!」
「.....」

リチャード曰く、50km部門じゃなくて、33km部門での入賞だから。あの状況の中、ゴールまでたどり着いたことは立派だよ。と。

有り難くご厚意をいただくことにした。メダルと賞状、そして賞金5,000ルピー(約5千円)とパタンのレストランでのペアディナー券。なかなかに豪華だ

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夜はリゾートに生バンドも入って大騒ぎ。夜明けと共に泥んこになって、夜はナイトライフで楽しもう。というノリね。何があっても、それを楽しみとしてエンジョイする、心と身体の強さと柔軟さだ。

この夜、男性参加者の中で2人と連絡が取れないと云うことであった。その後事故の報告はないから、何とか大丈夫だったと思う。しかし大雑把だなぁ。つくづく、ショートカットコースで明るいうちにゴールした自分の判断は、正しかったと思う。


最後に、入賞者の記録。男性
1st : Upendra Sunwar - 7hrs 03min oo sec
2nd : Sundar Karki - 7hrs 05mins 00sec
3rd : Hom Lal Shrestha - 7hrs 06mins 04sec

女性は50km完走ただひとり。東ネパール、オカルドゥンガ出身のMira Raiさん、23歳。記録は9時間台(誰もゴール記録を取っていなかったということ)。あのコース、あの天候、途中1時間あまりの雨宿りを考えるに、素晴らしい記録だ(詳細は写真をクリックTrail Running Nepal英文記事にリンク)。

mira-rai-kathmandu-50km
http://trailrunningnepal.org/mira-rai-nepali-young-trail-runner/ 

今後彼女には、ネパールを代表する女性トレイルランナートしてのサポートが寄せられる計画だ。ネパール国内で開催されるステージレースへの参加も決まったそうだし、近い将来、国際レースでも活躍してもらいたいものである。ネパール国内ではあまり知られていないが、トレイルランニング界ではネパールランナーは世界的レベルの男性選手が何人もいる。 次は女性ランナーが、世界に飛び出すことを願ってやまない。

これまで無名であったMiraさんの才能が発掘されたことだけでも、今回の、あまりにあまりなウルトラレースも開催された価値があった。よね。

おわり 

ウルトラトレイル in カトマンズ、反省記〜4

チトランバンジャン峠からは稜線を登り返してその後急激に下り、その後は小さく上り下りして最後にゴールのハッティバンまで樹林帯の下り道。残り約13km。

そんなところで、ヒョウにつかまってしまった。4本足じゃなくて、空から降ってくる方の。峠でのGPS標高表示が低かったのは、低気圧の前線が近づいて気圧が低くなっていたからなんだ!

ゴロゴロという雷鳴はそんなに近くないけれど、みるみる空は黒くなり、直径1センチもありそうなヒョウと雨が降ってきた。わー!と、丁度出てきた民家の軒先に避難した。30分ほど雨宿りし、ヒョウと雨が止んだところで先に進む。雷は恐いけれど、日没前にゴールしなきゃドツボだ!

正規の50kmコースと合流する尾根上の最高標高地点には、意外なことにしっかりした茶店があった。ここには最後のチェックポイントがある筈なんだけど、係員は誰も見かけない。と、スタート地点で見かけたもうひとりの女性参加者。うら若いネパール人おねえちゃんランナーが飛び出してきた。

「わぁ、おばさまが来た!私ね、ここまで来たんだけど独りだけで、雷とヒョウが恐くて雨宿りしてたのよ。一緒に行く人いればもう恐くないわ。私も行くわ」

足の速い彼女だが、私に合わせてくれる。そりゃ独りでは心細いよね。だが、さっきより激しいヒョウが降ってきた。わあわあわあ。みるみるトレイルが真っ白になる。

IMGP1311

もう引き返せないし、とにかく前に進もう。今まで何度も行ったことがあるチャンパデビまで行けば、ゴールも近い。コースは所々トレイルだが、殆どは石積みの道と階段だ。とにかく石積みを追っていけばよい。が、一箇所、彼女が「そっちじゃなくてこっち」と、トレイルの道を指し示す。向こうにはきれいな石積みの道が見えるのに。見ると木の幹に赤いリボンが結びつけてある。私は見落としていた。でも、向こうじゃないのかな?とも思いつつ先を行くと、ものすごい急傾斜の下りとなった。もうこうなったら下って下ってどこかに着くだろう(後日地図で確認したところ、私が行こうとしたコースは別の尾根にあるシェスナラヤン寺院に向かうものだった。彼女と出会っていなければ、最後に、別の場所に下山してしまうところだった)

彼女はものすごいスピードで、もう見えなくなった。自分がどこに向かっているのか混乱してきた頃、突然、チャンパデビの祠に飛び出した。

IMGP1318

力の女神チャンパデビに挨拶を。

あ゛、周りは深い冷たい水たまりになっていたのに気づかず、足がずぶ濡れだ。ええい、ままよ。ゴールは遠くない。きれいな石積みの階段を下る。何てことのない道なのに、脚が終わってる。ストックを頼りによたよたと下るしかない。そのあとは少しの登り返しなのだが、その少しの登りにあえぐ。ルートセッターが4本脚の方のヒョウに遭遇した樹林帯に入る。道がぬかるんでいて滑りやすい。転ばぬように気をつけながら、もう遠くないゴールを目指して走る。客観的に見れば早歩き?てなスピードだったかもしれないが、やっぱり走っていた。

まだゴールは見えないが、フェスティバル参加者のためのテント村が見えた。あ、ゴールゲートだ。誰もいないけど、気にしないや。そしてリゾートの門まで。

あ、誰かいるぞ。

「おめでとう〜、おつかれさま」

やっとやっと、大会のちゃんとした役員に迎えられた。33kmコースの筈だが、自分のGPSは42km強の距離を叩き出していた。ずいぶん遠回りしたんだな。

そのままリゾート内の大会本部にしつらえられた、ガスストーブの前に連れて行かれた。走るのを止めると、震えが来るくらいの寒さだ。しばらくして、リチャードもやってきた。

IMGP1322
 
30分ほど後、カトマンズから湯たんぽとテルモスにコーヒー、ポップコーンと着替えを持って亭主と息子も車で到着。ああ、やっと終わった。のだが、実は、まだ終わっていなかった。

つづく 

ウルトラトレイル in カトマンズ、反省記〜3

村の子供たちが云うに
「この先の森では、時々追いはぎが出るゼ。危ないから行くのは止めな」
「ところで、お菓子もってるんだろ 。オレたちにちょうだいよ」
って、お菓子強盗かよ、オマエら。

しばらく行くと村のおばちゃんが云う。
「ここから先は女がひとりで歩く場所じゃないわよ。誰かと一緒に行きなさい」
って、その誰かがいないんじゃない......

手書きの概念図見ながら考えた。この先、樹林帯の強烈な上り坂だ。その横に、傾斜はそれ程じゃないけどものすごく遠回りのジープ道がある。よし、地元のバイクが行き来するだろうジープ道を行こう。遠回りでも安全だ。

IMGP1302

GPSウォッチの表示を標高に切り替えて、2,500mの高さの峠を目指して歩く。予想通り時々バイクが通りかかるが、みんな二人乗り。ネパール人は山道を行く時歩きじゃなくて、バイクや車であっても出来る限り誰かと一緒に行く。それが安全対策なのだ。1台だけひとりのバイクがやってきて、ヒッチハイクしたくなる気持をランナーの理性で押さえた。 

標高表示はまだ2,300m だ、まだ登りだな。と、前を見ると、チトランバンジャン峠のチェックポストがある。あれ?

コース説明ではやっと半分過ぎの距離(遠回りルートをした私のGPSでは、既に32km)。ここからウルトラコースはチトラン村に下り、山脈の麓を回り込み再度稜線まで登り切り、その後はゴールまで稜線を行く。 時間は午後2時。このままでは明るいうちのゴールは無理だ。チトランに下らず真っ直ぐ南下すれば、33kmのショートカットコースが設定されている。

残念だけど、ショートカットしよう。

そう決めて行こうとするが、チェックポイントの係員からチトランに行け!としつこく云われる。ショートカットコースのことを効いていないようで、33kmコースならこの下のチトランが30kmだからその先まで行けばいいじゃないか。と云う。そこから先にエスケープルートは全くないのに。お話にならない。

村の人に尾根筋ルートを確認するが、ここでもまた「女ひとりでは行くな」で辟易。地元の人の言うことは正しい。実に正しい。しかし今日の自分は、トレイルランナーな訳で。元々無理なことをやりに来た訳よ。って、説明しても理解してもらえないのは当然だ。 

本日最後の無謀な頑張り!と足を先に進めた。あれ、ゴロゴロとかいう音が聞こえるのは気のせいかな?あれ、心なしか空が暗い。あれ、あれ、え゛ーーーっ

つづく 

ウルトラトレイル in カトマンズ、反省記〜2

事前の連絡では、スタート地点たるカトマンズ盆地北西部までのシャトルバスは、始発のパタン午前6時発。だが6時半になっても全然来ない。コースセッターのナランが電話で確認したところ、13.5km参加者の直接ハッティバン(ウルトラコースではゴール)に行くバスしか手配されていないという。あ゛、こんなにいっぱい人がいたのは、殆どみんな13.5の方だったのか!ウルトラ組は6人。すぐに路線運転の乗り合いマイクロバスを止め、みんなで代金シェアでチャーターしてスタート地点に向かった。出だしからこれかよ。参るなぁ。

バラジューの北側にあるナガルジュン国立公園ゲートには、合計16人のランナーが集結。そのうち女性は私と、もう一人の(ネパール人)女の子。薄いコットンの半袖Tシャツとジャージのスラックス。手に1リットルの飲料水ボトルという超軽装の彼女はスリムで、いかにも走れそう。一方彼女の母親世代のオバハンたる私は、日本から買ってきた折りたたみ超軽量ストックを久しぶりに使うぞ!な、フル装備。

スタート前のコースブリーフィングが始まった。

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説明するのはコースセッターのナラン(写真中央横向きの男性)。前夜届いたメイルとほぼ同様の内容に引き続き、注意事項。

「ヒョウに注意して下さい」

「は?」

「コース上には野生のヒョウが出る可能性あります。事実ボクたち、マーキングで走ってた時、ゴール手前の樹林帯で大型犬ぐらいの大きさのヒョウに、結構至近距離で遭遇しちゃってもう。恐かったぁ〜」

ええい、ままよ!と、午前7時45分スタート。最初は石段の上りが4km弱続く。最初はゆっくりと、今回はスィーパーをつとめてくれる世界的にも有名な女性プロトレイルランナー、リジー・ホーカーさんといっしょに最後尾につける。リジーは何度もネパールで走っているが、今回は結構深刻な故障中で走れず、歩いてスィーパーをしてくれていた。

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仏塔のあるジャマチョはポカポカと暖かく、この天候がこのまま夕方まで続いてくれることを祈った。2km程ジープ道を下り西に折れる。分岐点には国立公園内を警備する国軍兵士が立っていてくれて、誘導があった。結構ちゃんと、レースマネジメントしてるじゃない......

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ここからは、絵に描いたように美しく、走れて身体にも優しい五つ星のトレイルだ。ここを快適に飛ばさないなら、トレランをする意味がない。「やっほ〜」と、歓声上げて走る。きっとリジーも走るだろうと思ったら歩き続けたようで、後ろから彼女の気配が消えた。

樹林帯を抜けたところで、軽装の国軍兵士から「こんにちは、ニホンジンですか?」と、日本語で声をかけられた。ビームドゥンガ上の駐屯地にいる太尉殿で、カトマンズの日本語学校で身につけたらしい。 更に下って、カトマンズ郡とダディン郡の境界線上にある村、ビームドゥンガ。ここで最初のチェックポイント。何度も行きつけの村の茶屋に設置されていたが、ここにはレース係員ゼロ。茶屋のオバちゃんがコーラと水をくれる。ゼッケン確認なし。しばし休憩し、再スタート。バトバンジャンの峠までひと登り。そして、トリブバン国道上のタンコットまで下る。のだが、人の気配濃い村落部に下るに従い道はいくつも分岐していて、マーキングは見つからない。村の人たちに道を尋ねながら下って、国道が見えて、どんどん走って、あれ?

タンコットより更に西のナーグドゥンガ方面に出る道に迷い込んだみたいだ。引き返し、方向転換して、地形に当たりをつけながらタンコットに着いた。しかし、あるべきチェックポイントの場所には何もない。あれ〜?ここで主催者から携帯に場所確認の電話があった。チェックは無視して良いとのことなので、そのまま次のポイント、チトランバンジャン峠へ向かった。この登りが今回、最大の急傾斜である。

タンコット警察脇の、人家が点在するジープ道をどんどん先に進む。とにかく進む。このどこかで、尾根筋まで一気に登る樹林帯トレイルに入る筈なんだが......

「おーいオバちゃん、そっちはヤバいぜ」

突然背後から、呼び止める子供の声が。

つづく 

ウルトラトレイル in カトマンズ、反省記〜1

今年で3回目となったHimalayan Outdoor Festival。カトマンズ盆地の外輪山南側の景勝地、ハッティバンリゾートをメイン会場に、マウンテンバイク、ボルダリング、キャンピング、トレイルランニングなどのアウトドア関係が一堂に会し、昼間は泥んこ、夜は生バンドとビールでダンス!というお祭りである。近年カトマンズには、欧米のアウトドア用品の正規代理店や販売店も増え、それらがスポンサーとして名を連ねている。今年のメインスポンサーは、The North Face。協賛企業一覧バナーはこちら。
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さて、トレイルランニングについては穏健に13.5kmの周回トレイルと、今回から50kmウルトラトレイルレースが加わった。ウルトラはカトマンズ盆地の外輪山北西部にあるナガルジュン国立公園ゲート(バラジューからカカニに向かう道路の途中)をスタートし、ビームドゥンガ〜(トリブバン国道上の)タンコット〜チトラン・バンジャン〜チトラン村〜ファケル〜ダンラ〜チャンパデビ〜ハッティバン。

8km

過去、アンナプルナのトレッキングルートで行われた71kmと50kmのウルトラトレイルを走ったが、それらよりずっと厳しい今回のコース。アンナプルナの50km冒頭8kmはロードで、ちゃんと走れる。しかし今回は全て上り下り。加えて、外国人トレッキングのためのルートは出来る限り急傾斜を避けて、穏便な設定で形作られている。カトマンズの場合、地元で生まれ育った人たちの(車道がなかった時代に作られた)生活のためのトレイルだ。ものすごい急傾斜でも、最短距離で結ぶことを至上としている。

加えて、トレッキングルート上の村は、村の観光経済に寄与する外国人に優しい。一方それ以外の場所では、地元の人たちと明らかに違うランナー。特に外国人を見る目は冷たいことがある。何故なら村の経済に外部の人間が寄与することは殆どないし、地元の人たちが苦労して、本当は車やバイクで移動したいところに、快適な生活をしていると思われている格好の部外者が、脳天気に遊びで走って乱入してくるからだ。

もし、生まれた立場が逆だったら......私だって。

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自分の実力から考えると、当然13.5kmの方に行くべきだったが。今回は思うところあって、敢えてウルトラに挑戦することを決めた。コースの概要はメイル添付で送られてきたGPSログのみ。さすがに不安になって自分の手書きでコース概念図を作ったレース前夜。夜9時半になってやっと、コース説明のメイルが届いた。以下、届いた文面をそのままコピーしたい。

Hello everyone, 
Sorry for late email. 
Bus 6am from St Xaviers Jawalakhel >  Rangasala > Sorakhutte > Balaju Chowk > Nagarjun Gate Army post. 

If you are lucky, chiya at hotel there, then when everyone is there, start. The course is marked with holi powder paint (注釈: ホーリー祭りで使われた色の付いたパウダー), yellow, red. And material in trees. If you have google earth, study the route with the attached file. There may or may not be race numbers. If not, give your name to check point people. Please take enough money to buy extra food/water for the journey - limited food/water will be available. 

Checkpoints:
CP1: Bhimdunga chia pasal
CP2: Thankot Traffic Checkpoint
CP3: Chitlang Bhanjyang
CP4: Chitlang village
CP5: Danda - after the climb from Phakel on the pass before Champadevi. 
Finish: Hattiban. 

Description: 
  1. Start to Jamacho - climb direct from start to summt. 
  2. Continue on ridge and road for 2km. Look for turn to right, west on small road. Marked with yellow powder paint. Don't continue down main jeep road too far. 
  3. Follow that road to army checkpoint on edge of valley overlooking Dhading. 
  4. Turn left at army camp, follow top of ridge to Bhimdunga chiya pasal CP1.
  5. Climb up from CP1 following markings climbing up but not to tower. Pass around hill on east side, descend to Thankot checkpoint. 
  6. Pass police post on left around hill, then continue right, out of valley on jeep road for 1.5km.
  7. Then climb up ridge, up to chitlang bhanjyan on jungle trail. 
  8. From chitlang bhanjyang, to take shortcut 33km route, continue over the hills. To take 50km route, go down into valley. Checkpoint is there somewhere 9803982339
  9. Continue around east to phakel, climb up to danda - water / biscut available - continue to hattiban .
この程度の説明で、50kmを走れと云う。文章を日本語にして、さっき作った概念図の下に手書きで加えていたら。外からものすごい水音がする。あ、雨だ。しかも、ものすごい豪雨。マズいぞ!雨でマーキングの粉なんか流れて消えちゃうじゃないか。が、まあ、仕方ない。とにかく寝よう。

当日早朝、集合時間、集合場所によく知った顔、新しい顔が続々集結。結構な人数じゃん。女性も何人もいるし。だが我々ウルトラ組は、のっけから強烈な仕打ちを受けることとなる。

つづく

私の嫌いなネパールの祭り、ホーリー

アンタ、どんだけネパールが嫌いなの?って。私の嫌いな祭り、ホーリー(祭りの概要はクリックで)が日曜日にやってくる。はい、春の訪れと豊作を祈願する祭りで、仲間内で当日水や色粉をかけ合うのについては何も不満ございません。

問題なのは.....

祭りの一週間前、カトマンズ旧王宮広場に「チール」という色とりどりの布で飾られた柱が立てられます。これ以降1週間は、ホーリーの遊び解禁と相成るわけで。で、道行く見ず知らずの人に、家の屋上や窓から水をザパーッ!とふっかけようが、水風船を投げつけようがお構いなし。住宅街をジョギング中、色水をぶっかけられたこともあり。水風船だって、4階建て5階建ての家も多いカトマンズ。当たるとアザが出来るくらい痛いこともある。甚だしい場合は、汚水を投げつけてくるから。

腹が立つのは、隠れて、道行く無防備の人を攻撃するってこと。卑怯千万であるが、抗議すると「コレハ、ネパールノ ブンカ フウシュウ デース」と鼻の穴をふくらませるDQNが多いこと。

ホーリーとは、卑怯と弱いもの虐めがネパールの伝統文化であることを、子供に教え込む祭りである。 この延長線上に、バンダもチャッカジャム(交通封鎖)もあるわな。

ネパールの老人は嘆く。昔はこんなじゃなかった。もっと穏やかに楽しく、仲間同士で楽しむ祭りだったと。

しかし、今年、ホーリー前の無差別水攻撃が目に見えて収まっている。今までぬるかったネパール警察が今年は、知らない人に水や粉をかけることを厳禁。アルコールや大麻をキメてバイクや車を運転するのも厳罰に処す。やった場合は逮捕して司法手続きに送る(去年までは拘束だけで釈放していた)。家の屋上からやった場合は誰か分からなくても、その家の持ち主を逮捕する。 と。

毎年店先で売られる水鉄砲が、今年は殆ど見かけない。 

いいぞ、警察。つーか、毎年の乱痴気騒ぎに、市民が疲れたのかもね? ホーリー当日、ご家族親戚、ご近所、お友だちで楽しく、節度ある一騒ぎは良いものよ。それこそ、素晴らしいネパール ノ ブンカ デース!

ホーリー、ヘーィ(ホーリー万歳)! 

私の嫌いなネパール Nata Parcha と Bhaujyu 〜2

申し訳ない。すぐに続きを書くようなことを云いながら(その1記事)1週間も間を開けてしまった。引き続き、

私がどうしても好きになれないネパール語/文化
Nata Parcha ナタ パルツァ 親戚です(縁戚です)
Bhaujyu バウジュー 兄嫁、または自分より目上の男性の妻に対する呼称「義姉さん」
について、意固地な考察を続けよう。

日本人の常識では考えられないほど、地縁、血縁、一族、家族の結束が固いのがネパール。政府、為政者や有力者が何も保護してくれない(危害を加えられる事は少なくない)社会体制が長く存在したため、自分、家族、親族での相互扶助と防衛がないと生きていけなかった為。という側面がある。

初対面のネパール人同士では、出身地や家族構成について根掘り葉掘りたずね合う。民族やカーストが同じ場合、特に伝統的に通婚が可能なグループ同士となると、広い親戚のどこかで、血縁や婚姻関係で繋がっていることも多い。

「おお、では、ナタ パルツァ(親戚)じゃないか!

と、喜び合う。先日私もとある初対面のネパール人から「ナタ パルツァ」と云われたのだが、どういう関係かと聞くと、うちの亭主の母方の従兄弟の親戚筋とこの人の親戚が結婚している.....らしい。で、続いて

「だから、あなたのご主人はボクのダイ(兄さん)にあたるし、あなたはバウジュー(兄嫁)なんですよ。ね、ね、ねっ、ボクのバウジュー!」

はっきり云いましたわ。

「私はネパール人じゃないし、日本人としても大変変わった考え方をするので明確に云います。私の考えでは。そして多分、現代の日本人の多くも、その程度の関係は親戚とは考えません。ですから、私はあなたの兄嫁でもありません。私には名前がありますから、画一的な呼称であるバウジューと呼ぶのはやめて下さい」

「は?でもね、ボクたちのネパールでは、あなたはバウジューな訳で。ね、ね、バウジュー」

コイツから後日フェイスブックの友だち申請が届いたが、秒殺で拒否。何故、私がここまで頑ななのか。それは、ネパール人の、目上に対する絶対服従と表裏一体にある、際限ない甘えに起因している。ネパールの人間関係。特にネパール男性にとっては、

父親、父の兄弟(父方のおじ)、兄、先生に対しては、絶対服従。
母親、姉、母の兄弟(母方のおじ)は、絶対的に庇護してくれる、甘えられる存在。

でもって、甘えられる男性の妻はもちろん、絶対服従系男性の「妻」は、夫の側の厳しさをフォローすべく優しさを振りまく寛容が美徳とされている。ネパールの考え方では、

バウジュー(兄嫁)は、母親と同じ

文化、習慣、価値観、順法精神と、全く異なる常識のネパールと日本。ごく限られたネパール人と折り合っていくだけでも心身すり減るのに、全く関係ないネパール人から「親戚だ」の「兄嫁だの」云われても、対処できましぇん。し、したくないわ。

具体的事例を書くのは控えるが、単に遠縁に当たると云うだけで、丸投げのブン投げで日本に行きたいだの(就労目的がバレバレ)、ビザを取る手助けしてくれだの、就職世話してくれだの。過去、努力しないネパール人をどれだけ薙ぎ倒して、自分の怪獣の言動を確立してきたか。本当に近い親族のある人は、一流ホテルの厨房での経験を元に、私たちに相談も迷惑もかけず自分で技能ビザとって、日本で成功して、家族も呼び寄せてる。逆に、彼らがネパールに一時帰国した時はお土産もらってる。

「あのね、私の場合はね、縁戚があってもなくても。あなたと私が個人として尊敬に値する存在で、個人として確立した良き存在であれば、仲の良い友人や知り合いになれる訳。それを飛び越えて縁戚を主張する人とは、私は絶対付き合いませんからね。経験上、そういう人とは不愉快なことが多いから」

今回私にバウジューと言い続けた人は、こちらで社会的経済的に確立された立派な人であり、私に何か集ろうとか、依存しようとしていないこと。分かっていた。が、許せよ。私をこんなにしたのは、ネパールなんだから。


バウジューと同様に、またはそれ以上にズブズブの甘えの構造に浸れる相手として、「マイジュー(Maijyu: 母方のおじの妻)」と云うのがある。うちの亭主の女きょうだいの子供たちにとって、私は、(ネパールの常識から考えて)理不尽に恐くて厳しいマイジューであり、親密な関係を築いていない子供たちが多い。だって、(日本の)常識では考えられないほど甘えようとするから、拒絶。しかし、ひとり。プロの報道写真家として確立して、今、対等な大人同士として仲良く付き合える子がいる。そいつだけなのよ、社会的に自立したのが。S、君は偉いよ!

結論として私は、ネパール社会の目上に絶対服従にセットされている、際限ない甘えの構造が嫌いである。と云うことなのだ。ねぇ、自立しようよ。精神的に。

私の嫌いなネパール Nata Parcha と Bhaujyu 〜1

私は基本的にネパールで幸せに暮らしている。その基本には、寛大なネパールの方々に受け入れてもらっているという認識があり、感謝の念もある。が、やはりこの国で生まれ育った訳でなく、ニホンという異文化の価値観を強く強く維持している意固地なオバサンでもある。

今日は、私がどうしても好きになれないネパール語/文化
Nata Parcha ナタ パルツァ 親戚です(縁戚です)
Bhaujyu バウジュー 兄嫁、または自分より目上の男性の妻に対する呼称「義姉さん」
について紹介しよう。

近年こそ、異なる民族やカースト、宗教間での結婚も社会的に容認され、いわんや国際結婚も増加しているネパールである。しかし、あまりに「違いすぎる」バックグラウンドの男女間では、家族の圧力で結婚に至る前に交際を断絶させられることもあるし、未だ、仲人がマッチメイクしたお見合い結婚の割合が高い。

「ラブ・マリッジ(恋愛結婚)は離婚する人多いですね。ですから、恋愛結婚は良くありませんね。お見合いがいいです」

と、ドヤ顔で云うネパール人は年配者だけでなく、まだ若い人にも多い。ああ、ネパールでは未だ離婚は社会悪なのであろうか!ネパール人、しなきゃいけないガマンは出来ず、しちゃいけないガマンを強要し、みんなで不幸になって傷をなめ合う「井戸の中のカエル」は、海を知らない。 

離婚しないこと=良いこと。離婚=悪いこと。という思い込みの上に、離婚も出来ない自由のない人生のマイナスは無視し、本来異なる座標軸に乗せるべき恋愛/見合い結婚と離婚について、乱暴な論理で語る。「ネパールでは、離婚はダメですね」って、ネパールじゃなくて「ボクの考えでは」「ボクの家では」だろーが!

結婚した以上、互いにガマンしたり妥協しあったりするべき側面は大きい。年数を積み上げて、幸せな家庭を築き上げることは大きな喜びだ。でも、世の中には良い離婚もある。離婚できる自由のある社会は、人間が生き易い。と、「私は」思うよ。

あ、話がそれました。ごめんなさい。本題は、その2として今週中にUPします。

旅先快適洗濯術

国内外でのホテル宿泊時、みなさん洗濯はどうしてますか?短期間なら汚れたまま持ち帰れますが、長期の旅行・出張や、大きく汚れてしまった衣類がある場合、旅先でも洗濯してしまいたいもの。ホテルのランドリーに頼むのが基本ですが、でも、安価な衣類なら新品変えちゃう料金!常識の範囲内なら浴室で洗っちゃって許されますよ、ね。ね。「うん」と云って....

ただこの場合、手で絞ると衣類がなかなか乾かない。布が傷む。と云う問題。これを解決すべく、以下をご覧あれ。

1.洗濯後軽く手絞りした衣類を、バスタオルの上に並べる
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2.バスタオルで衣類をくるくる巻いていく
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3.足で踏みつける
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4.衣類干しは旅の必需品(100円ショップで現地調達もあり)
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ちょっとそこの奥さん、社長さん、ダマされたと思ってお試しあれ。衣類の水分がかなり絞れます。空調聞いたホテルなら、一晩でかなりのものが乾きます。外国のホテルであれば、ハウスキーピングにチップ払ってもバスタオルもう一枚もらってトライする価値あります。私のようないつもひとり旅の人間には、浴室に2人分のタオルが完備されていると「にま〜っ」であります。

もひとつ小ネタ。普段は柔軟仕上げ剤使ってるみなさーん。洗濯洗剤(粉でも液体でも/洗濯機でも手洗いでも)をそのまま入れず、空きボトルにまず入れて、ぬるま湯足してフタしてシェイクして、泡泡にした洗剤液作ってこれで洗濯してみてください。いつもの洗剤だけでふっくら、しかも汚れ落ちよく、洗剤臭さも残りません。これ、赤星たみこさんの受け売りです。室内干しでも臭くない!


バンコクでの経験しかありませんが、長期滞在者のためのサービスアパートを短期滞在ホテルとして運営している場合、館内にコインランドリーあることがあります。また、下町にあるホテルの場合、近隣にコインランドリー見つかる可能性アリです。ホテル館内のコインランドリーより、ずっと安いし。 

最近の私、ホテルにプールあるかないか?より、至近のコインランドリーがポイントです。

大量に洗濯ある場合は、地元の人が利用している洗濯やさんにまとめて出しちゃうこともあります。ホテルで出すよりずっと経済的で手間いらず。翌日〜2/3日で仕上がります。ただし、靴下などの小物は紛失したこともあり。ランニングの高価な(なくなると困る)テクニカルウェアなどは、やはり自分でケアします。 

良い旅を! Bon Voyage!!

SajiloとRaamro

汎用的に使われるネパール語の形容詞ふたつ。
Sajilo     サジロ 簡単/与しやすい/(意訳)便利
Raamro  ラムロ 良い/好ましい


これは私のネパール語能力が乏しいのかもしれない。ので、掲示板やFBで思い違いをご指摘いただけると有り難い。この部分、どなたに向かってお願いしているか、分かるでしょ。その「どなたか」さん。

ネパールでの仕事では、日本とネパールの「間」に入って交渉したり調整したりという、いわゆるコーディネーション業務が、私の得意分野である。有り難いことに近年、コーディネーションに加えて、より専門性を発揮できる業務も任せてもらえるようになった。しかし、思う。日本人とネパール人。日本社会とネパール社会を「つなぐ」。コーディネーションする能力について、これまた確固たる専門職である。そう、胸を張れる自分もいる。

日本側からは、複雑怪奇で理解出来ない(理解しようとすると面倒だから)ネパール組織に対して、日本の言い分を浸透させるツールとしての私。ネパール側も、予算を握っている日本組織に対して、私を通じればネパールの希望を伝えられるだろう。という、優越感/劣等感と損得勘定混じった感情。それぞれの国側から、日本語とネパール語で伝えれば、私の中で然るべき翻訳、解釈を経て相手側にアウトプットされるであろうという期待。有り難いことである。結果は出すけどね。

専門職としてのコーディネーションは基本的に有償であり、業務として発注された時に最大限発揮できる。お金の問題が一番。そして、仕事としてそれなりの大義名分を背負わないと(首から下げたIDカードとか、名刺とか)、世の中に切り込めない。怪獣スーツを着ないと、スーツアクターがステージでウルトラマンと対峙できないってところか。もちろん金銭が絡まずとも、自分が一個人として「これはやるべきだ」と確信を持てることも出来るのだが、こんな出会いは世の中限られている(でも、たまにある)。

さて、コーディネーションを期待される時、ネパール側がよく云ってくれるのが「あなたがいるとサジロだから」というもの。このサジロ。「あなたがいるとこちら(ネパール側)に便利(簡単)だから」というニュアンスが感じられて仕方ない。自分たちは一段高いところに立ち、私を使い回そうという黒いものが感じられる。

日本側がネパール側の主張を受け入れなかった場合、「あなたがいるのに、何故日本側を説得できないのか?」と、間に入った人間=私の能力が足りない、または私の過失のような態度を取ることが多い。立派な、偉い、高い階級にいるネパールの方たちは、絶対に間違わないのだ。と、思い込んでいる。彼らは(彼ら、である。ネパールの女性たちから、このような理論で責められることは少ない)。

一方、私に空しさを感じさせないネパールの人たちは、全く同じ状況でも、サジロとは云わない

「あなたがいると、ラムロ(好ましい)から」 と云ってくれる。

ラムロと云ってもらえると、こちらの気も強くなる。これはなんとしても、頑張ろう!と思う。でも、ラムロを使ってくれる人とは沢山出会えない。ラムロと云ってくれる人は、実はその人の方が私を助けてくれることが多い。例えば、うちの息子がバンコクに留学した時。アパート探しなど、私のタイ人の友人が助けてくれた。生活立ち上げの時は私も息子に同行することになった。その時、ネパールの家族は「おまえが一緒に行ってくれれば、ラムロだし安心だ」と声をかけてくれた。特に、孫が外国に行くことを心から心配していた義母が。

サジロとラムロの違いについては、ネパール語ネイティブである連れ合いに云わせると、違うニュアンスを込めて使い分けていないと云う。ので、私の思い込みなんだろう。が、気になるんだな。


仕事で衝突すること多かったあるネパール人。業務が完了し、挨拶に行った時。こう云われた。

「あなたはネパールの言葉も状況も分かるし、理解しようとするからつい、あなたの責任ではどうにも出来ないことまで何とかしてもらおうとして無茶な主張をぶつけてしまった。ボクたちにとってはサジロ(便利)だったけど、あなたにとっては実にガハロ(Gaahro 困難)だったと思う。分かっちゃいたけど、つい、やっちゃった。でも、キミと仕事出来たことはラムロ(良い経験)だったよ。忘れないからね」

私にサジロを求める相手にも、衝突しながらも誠実にぶつかって、ラムロと感じてもらえる結末に持ち込むことが、大人としての自分の、ネパールに戻ってからの進む道なのだ。と、最近やっと思えるようになった。

同時に、自分で抱えるだけでなく、仕事を人に振り分けることも増えてきた自分は、他人に対してもサジロじゃなく、ラムロな関係を求めていくべきなのである。「心」があるのは、私だけではないのだから。

何故ネパール人の年齢は不確かなのか?その5

ナマステ掲示板ネパール身の上相談フォーラム連動企画。その1(両国の戸籍制度)その2(暦の違い)その3(複数の暦ごとに誕生日も複数存在) 、その4 -1(ネパール人の嘘) に続き、ネパール人の年齢(誕生日)の不思議について。今日取り上げるのは、

3.ネパール人の「嘘」、傾向と対策 -2
このテーマも5回目。そろそろ結論としよう。 生年月日や年齢を詐称する/操作することは、ネパール社会ではどの程度悪いことと認識されているのだろうか?

私の個人的感覚だが、それ程大したことではない。良くないけど、すごく悪いことではない。と、考えられていると思う。これまで述べてきたように、そもそも自分の暦でない西暦での誕生日は単なる記号であって、自己のアイデンティティーに根ざしたものではない。選挙で負けたら、大政党でさえも「不正選挙だ。認めない。政治的配慮で議席を認めよ」と、ドヤ顔で主張する社会である。年齢制限ある応募なら、数年くらい年を操作してもいいじゃないか。正直者はバカを見る。ネパールで成功するためには、(狡)賢くないとダメなんだ。というのが、私が感じているネパールの価値基準である。

嘘についての基準も、文化によって差違がある。だから、ある部分の嘘は、日本人にとっては嘘であっても異文化の人にとっては「嘘じゃない」こともある。相手が嘘じゃないとして主張する部分は堂々としているので、つい、その場は凌駕されてしまうだろう。そして人間関係がある程度進めば、グレーな嘘は嘘と認められない。認めてしまうと、全てが崩壊してしまうから誰も触れられない。事態になりはしないだろうか。だ・か・ら、一部のネパール人が嘘つきなんじゃなくて、嘘に対する文化的物差しが違うことはないだろうか?

もちろん、ネパール社会と外国文化・社会の違いをきちんと理解して、外の社会での良識やルールに合わせていけるネパールの人たちは沢山いる。しかし、非難を恐れずに云うなら、良識あるネパール人の場合、外国人とビジネスや共同運営事業はすることあるが、恋愛したり結婚する機会は多くない。厳しい階級社会であるネパールにおいては、自分の属する文化・民族・階級の相手を選ぶというのが、良識のひとつ。 

敢えて異民族と恋愛したり結婚しようとする場合、そこに、「何か」が介在することは、当然。と、それくらいの気持でいるべきだ。本当に嘘のないネパール人と出会えたなら、それはあなた。そんな幸運は一生大切にして下さいね。同様に、嘘はネパール側だけですか?日本側は正直ですか?日本に良い男性はゴマンといるのに、外国人との恋愛や結婚を選択する背景や原因には「何か」あるかもしれません。相手だけでなく、自分の中にもある何かと向き合うことは、厳しいけれど大切なことかもしれませんね。

相手の嘘の背景を知り、その傾向を探り、対策を施す。自分自身、ネパール人男性の外国人配偶者として。そして、他所のうちの大切なお嬢さんと(出来れば他所の奥様とはやめてほしいが)恋愛を重ねていく年頃の、ネパール人イケメンの母親として。考えることしきりである。
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