けぇ がるね?日記

ネパールの首都、カトマンズから発信しています。

2005年08月

ちょっと、ひと休み

最近、ネパールの政情、すごいんですよ。でね、政治家の言い分も「アンビリーバボー!」きゃ〜っ、てえな事がいろいろあるんですが。

最近、ちょっと、息切れ気味。ブログもスローダウン。(身の上相談)掲示板へも、レスしなきゃと思いつつ、出来ないでおります。回答・情報レスを寄せてくださる皆さま、ありがとうございます。

この週末、「メルマガ」の方で、今週のネパール情勢を総括したいと思います。総括って.....それほどのことかって.......ごもっともです。

温和しいのは、トランプの「キング」くらい

未確認情報だが、ギャネンドラ国王「国連総会出席」外遊日程情報がある。正式日程は後日、ネパール宮内庁から発表される。
 
9/9 ネパール出発、ドイツフランクフルト到着(2〜3日程度滞在)
      欧州各国駐在ネパール王国大使・総領事との会議
      フランクフルト出発は9/11頃か?
 
9/14〜16 ニューヨークにて、国連総会出席
 
国連総会では、ネパール代表団を国王自らが率いる訳であり、国を代表して、本会議場でのスピーチもある。また、アナン事務総長をはじめとする各国首脳との、個別会談がどの程度実現するのか注目される。ブッシュ大統領は「会う予定ない」と、駐ネ米国大使が明言している。
 
それにしても、国連の準備で忙しいはずなのに、ギャネンドラ国王はネパール国内地方視察中。余裕のヨシコさんを「ぶちかまし」中である。
 
国際社会の首脳外交では「寂しい想い」「疎外感」「孤立感」を味わうこと必至であるから、その前に、生暖かい自国民の熱狂的歓迎を堪能しておこう!と云うことなのか。それとも、個別首脳会談の目処がほとんど立っていないから(中国あたりは会うだろうけれど)、事前準備はそれほど忙しくないのだろうか?
 
ネパールに限らず、特にアジア地域の王様というものは、種々の問題や過去を抱えている。どんなに「名君」の誉れ高い陛下や殿下であっても、「実は★▲●◆」なんだよねぇ.......と、ひそひそ話のネタには事欠かない。この手の話、その国の「王室にコネを持つ人たち」にぶつけてみると、ビクッ!として周囲を見渡した後、小声で、「いったい誰から聞いたんだ」と聞き返される。いゃぁ〜、ネパールだけではないのよね。
 
だから、王様は何をしても良いとは云わない。しかし、陛下とか殿下とか呼ばれる人たちは、どこの国でも、「常識の外側」で生きている側面がある。これを隠して国民の前では、いかに、常識の価値観で素晴らしく見せるか・行動できるか?という、イリュージョンの力こそ、王族としての実力なのではないだろうか。
 

じゃあ何故、ネパールに居るのか?

本日、ある方から、「最近ネパール社会やダンナに対する不平不満が満載だけれど、何故アンタはネパールに住み続けているの?」とのご質問をいただいた。ごもっとも。サクッと回答したい。
 
だって、ネパールに住んでいる方が、私の人生楽しいんだもの。
 
極論を言えば、ネパールで安定して暮らすために、ネパール人と結婚した。そして我が亭主は、私が望む以上の「スリリングで面白い」ネパール人生を、私に与えてくれている。元々ジャーナリストだった亭主が、たまたま日本関係の仕事をするようになり、その手伝いをするうちに私まで、業界に潜り込むことが出来た。
 
私が、事務屋さんだった前職を辞し、メディア業界に入れてもらってからここ8年ほど、ネパールで起こった大事件はほぼ漏れなく、自分の目で現場を見る機会に恵まれた。例えば2001年の王宮惨殺事件だって、王宮内部の事件現場以外の主なイベントは、ほとんど現場に立ち会って、自分の目で見たもんね。「だから何なんだ!」と云われればそれまでだが、こんな経験、普通は出来ないゼぃ。
 
国王、首相、大臣、一流の知識人、そして、偉大なる市井の人々まで、ネパールをネパールたらしめている様々な人々と出会い、意見を交換し、自分の人生を豊かにする糧を日々いただいている。日本にも「ネパール・オタク」は数多く存在するが、私ほど幸せな「ネパール・オタッキー人生」を送っている人間はいないだろう!と、胸を張ることが出来る。
 
云ってみれば、「グリコのおまけ」か「チョコボールの金のエンゼル連発」のようなものであり、それでもなお、グリコやチョコボールも「より美味しくあって欲しい」と、まあ、欲が深いだけ。
 
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さて今日は、久しぶりに、コングレス党首ギリジャプラサード・コイララ氏のスピーチを生で聴いた。ギリ爺、死ぬまで党首を辞めるつもりはない模様。ネパリ・コングレス党は、コイララ家の所有物なのね。スピーチ内容については、明日改めて整理したい。自己の過ちを絶対に認めない。自己を正当化する論法は、バウン的論法の究極であり、芸術的にまで腐り果てていた。
 
コイララ党首に挑戦を挑む、コングレス党学究肌政治家、ナルハリ・アチャルヤ氏とも話をした。コイララ氏と比べて、人間としての「まとも」さが感じられる。共和制を掲げるアチャルヤ氏の目指すところが、どの程度過激路線なのかは今後、注目して理解したいと思う。
 
今月下旬からカトマンズで開催予定の「コングレス党大会」では、新党首選出が行われる。下馬評では、都市部市民のブーイングにもかかわらず、コイララ爺さん再選の可能性高し。長年の政治生活で培った、ネパール全国の支持者基盤は厚い。
 
また、執行部自己批判のための臨時党大会開催の声が高まる、ネパール統一共産党。マダヴクマール・ネパール総書記は、何とか党大会を回避するべく必至である。党首の椅子を、手放したくないのだ。
 
斯様にネパールの2大政党は、トップリーダーのエゴ丸出し。これでは、広く国民の支持を得ることは不可能であろう。情けないこと、この上ない。
 
今日もまた、いろいろ見られて、ああ面白かった。

ネパール男は、「中世」に生きる

この前のブログでは、自嘲気味に、ネパール男の理解し難さを俎上に載せた。その後、掲示板への書き込みを読んだり、自分の文章を読み返したりして、説明が不十分であると感じた。以下、補足である。
 
ネパール人に対して「失礼だ!」とお怒りの向きもあろうが、ネパールに首まで浸かって溺れそうになっている、アホなジャパニの戯言(たわごと)とお許し願いたい。
 
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ネパール男、心の奥底には「中世」的価値観が潜んでいる
 
 云うまでもなく、ネパールの社会は激しい競争と謀略が、些細な日常から国家的政治にまで張り巡らされている。ネパール男は、自己と一族郎党の命運と名誉を背負って、外の世界でへとへとになっている。
 同時にネパールは、宗教に基づくカーストと、社会・経済に基づく階級により、人間が区別・差別される厳しい社会である。国内において、一度も差別されないのは「国王ただ一人」である。その国王だって一歩、国の外でのヒエラルキーの中では、「ジョージくんはキミには会わないよ」などと、西欧列強から見下されるわけである。
 日本に暮らすネパール男性たちも、「日本人社会」とのストレスは厳しいものがあるだろう。時には、ネパール人としてのプライドが傷つけられたり、周囲から理解してもらえない疎外感に駆られるだろう。
 そんな時、ネパール男は、家庭の中での「優越感」が必要なのだ。日本人にとっても、家庭は安らぎの場所である。しかしここで、深くネパール男を理解するためには、ネパール男は「18世紀〜19世紀の時代に生きている」ということを忘れてはならない。
 ネパールでは「妻にとって、夫は現人神」であり、「母にとって、息子は小さな王様」である。また、「女は幼くして父の家に暮らし、長じて夫の家に暮らす。夫亡き後は息子の家に暮らすものであり、現世に女の家はない」とも云われる。夫や息子は、家庭内に君臨するのは当然のことである。そうして、女たちの絶対的愛情の元で、階級社会で傷ついた自尊心を癒すのである。
 何故そこまで言い切れるのか?だってあなた、王宮内で国王一家が皆殺しされたり、跡を継いだ国王が国家の全権を掌握したり。これって、安土桃山時代とか、江戸時代の「封建社会」の出来事ですよ。その社会が前時代的であるって事は、その国民の文化も影響を受けるでしょう。
 であるからして、家にいるネパール男を21世紀の人間として判断するのではなく、封建・身分制度が当然であった江戸時代の人間として捉えれば、理解しやすくなるのではないだろうか。最大限譲歩して、開国攘夷の明治時代か?
 戦後民主・自由主義の価値観の中で、ネパール男を考える.....ってこと自体、その出発点が間違っているのだよ。諸君!
 
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ネパール社会には、現代女性のための息抜きがない
 
 我が亭主など、必要以上に友だちと飲みに行く。そこで、日頃のストレスを発散させているのであろう。
 しか〜し、私たち日本人妻が「健全にストレスを発散」させる場所は、殆どない。日本であれば、仲の良い女友達と飲みに行ったり、ドライブをしたりなどなどできるが、ネパールの伝統的価値観では許されないのだ。
 伝統的ネパール女性にとっては、季節ごとに巡り来る宗教儀礼や祭りが、晴れの日としてストレス発散できる機会である。しかし私たちにとって、そのような場所は、はっきり云って「長時間居るのは辛い」だけでしかない。
 ネパールに移り住んだ私が、ネパールで暮らす上で失った楽しみ。それは、健全なナイトライフであり、ストレス発散の場所である。男同士の夜遊びを堪能している亭主を見るに、時に、私の心に凶暴な炎が燃え上がるのを止められない。
 もちろんカトマンズにも、ナイトクラブもディスコも、深夜営業レストラン・バーもある。しかしそういう場所に、然るべき男性の同伴「なし」で行くというのは、カトマンズ都市生活者の価値観でも「破廉恥」な事である。ネパール人と共に暮らす私としては、非常に行きにくいのである。
 私は偶に、ひとりで映画を見に行く。ひとりで昼間のレストランに行き、食事をする。これが我が家にとって、黙認され、許される最大限の「女の一人歩き」なのである。
 
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「やってられるか、(゚Д゚ )ゴルァ!! と毒づきつつ、気がついたら15年暮らしていた」
 
 
 

クロスオーバー・レス、詰め合わせ

最近、実は、気の滅入る出来事が多い。って、泣き言を言っても仕方ないのだが、今日は演歌調で、空の下ブログ、掲示板などへのレスをまとめてここにUPしたいと思う。お許しあれ。
 
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ぶるーぽぴーさん@ブログへのレス
 
 ご声援、心にしみてうれしいです。ありがとうございました。さて、最近の私、考え過ぎなんでしょうか?曲がりなりにも「ジャーナリスト」なんちゅー肩書きを使っていますから、ネパールにドカン!と何事かあった場合、状況判断のための「情報」を掻き集めるのが仕事です。
 最近、近い将来何かが起こる......との確信が、私の心の中で膨らみ続けています。それに備えて情報収集・分析・現場取材を重ねているわけです。それが、最近のブログにも反映されています。しかし本来私の職業生活において、趣味で発信しているブログでの発信が厚いというのは、失意の日々に他ならないのです。本職での発信が求められている場合、ブログは薄くなります。だって、お金をいただいて発信するものより先に、ブログで情報を流すわけにいきませんもの。また、業務命令が出た中で知り得たことは、業務でのみ発信すべきですから。
 ネパール大好き!な皆さまは別にして、日本の一般視聴者やメディアというのは、何か大きな事件が起こらない限り、ネパール情勢には興味を示してくれないようです。もしくは、日本人がひとり巻き込まれたりすれば、大事件になるわけです。
 今の私は、日々心に「危機感」が引っかかっています。ネパールという国全体への危機感。自分や家族の安全に関する危機感。
 これを信頼できる誰かと共有したり、お互いの持つコアな情報を交換したり、互いの分析を検証しあったり。こういうやりとりが、ほとんど出来ない毎日です。ただ単に自分の持つ情報と分析だけで、自家中毒になっています。
 情勢に敏感になる日々が続いていますが、それが仕事として結実しない毎日は、実に厳しいものがあります。しかも、どんどん厳しさが増す現状を、誰かと情報を共有したり共感できる機会は、非常に限られています。
 ブログ発信が無ければ、気に病みすぎて病気になっていたでしょう。
 
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みなさま@身の上相談掲示板へのレス
 
 ネパールと日本。「よく似ていますねぇ〜」などと目を細めて笑えるのは、表面的にネパールを見ている人にだけ云えること。実際ネパール社会に飛び込んでみれば、日本の常識が通用しないことだらけなのです。
 特に、その「家族観」は大きく異なります。
 私が身近に見聞きするのは、都市部のヒンドゥー家庭の事例です。これらの社会では、男性は一歩家を出れば、出し抜くか蹴落とされるかの、ストレス度が非常に高い「謀略社会」を生きています。実に些細なことから国家的政治まで、ネパール男の世界は、誰も信用できない社会なのです。
 その反動として、ネパール男は「家庭内の女性」に対し、絶対的な信頼と服従を求めるのでしょう。女性の些細な行動に対する規制・介入に始まり、自分の支配下にある女性(妻、娘、母、弟の嫁など)が全面的に自分を支持し、全面的な愛情で応えてくれることを、伝統的にネパール男は望むのです。そこに「理性」の入り込む余地はありません。
 日本の自由・平等な社会で育った私たちにとっては、相容れないものがありますね。一方日本からは、「日本が近代化の中で失ってしまった良さが、ネパールの家族にはある」との声もあるでしょう。
 ここで考えたいのは、日本の戦後教育を受けた私たち日本女性は、「封建的男女観を突き崩し、男女の間に平等な社会を構築するのが正しい」という価値観で教育され、生きてきたってことです。現在の日本では女性が強くなりすぎ(男が弱すぎ)、家庭内で父親に対する尊敬が薄れ、それが健全な家庭生活に支障を生み出している部分もあるでしょう。
 しかし私たちネパール人と結婚した日本人妻は、男女の性差以前に、人間としての平等が踏みにじられている階級社会のネパールにおいて。もしくは、封建的価値観を心の核に持ち続けて日本で生活するネパール人男との間で。文化と文化。価値観と価値観の摩擦を繰り広げているのです。厄介なのは、文化や価値観に「正しいも間違いもない」ってこと。たいへん難しい、多分一生解決しない問題です。
 また往々にして、ネパール人は「自分の主張は出来る」が、「相手の主張も聞き、妥協点を探る調整能力が弱い」場合が多いのです。オレの云うことが聞けないなら、なら、出ていけ!ですね。
 お前は何故、そこまで言い切れるのか?だってアナタ、ネパールの政治を見ていたら、「そのもの」じゃあありませんか。
 ネパール男性の日本人嫁のみなさん。私たちみんな、ネパール人と結婚した時点で「負けてる」わけですよ。勝とうとなんて思ったら、離婚するしかないですよ。結婚を永続させる秘訣は、「如何にして、自分のマイナスポイントを減らすか」じゃあないでしょうか。プラマイ・ゼロの引き分けに持ち込めたらもうアナタ、日本人嫁の大勝と思わなくては......ね。
 そして、「もう、どう考えてもアカン」と云う状態になった場合は、腹をくくるしかありません。ネパール男は「情で攻めてくる」場合が多いのですが、必要ならば「鬼」にならねばなりません。そうしないと、男のずるさを断ち切ることは出来ないでしょう。
 「鬼」になるのも人生。「菩薩」となって全てを許すのも人生。あなた次第。
 
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カトマンズ市内の治安について
 
 ガソリン製品の値上げにより、カトマンズ市内大学周辺で「学生と機動隊むの衝突が激化の一途をたどっています。
 しかし今のところ、街全体が騒乱状態になっているわけではありません。幹線道路も、平常の交通です。ただ、市内各所に分散する大学周辺の「路地」において、投石や催涙弾の応酬があるというところです。
 一部英語ブログや掲示板だけを見ますと、カトマンズ首都圏全体が「大変な状態」になっているかのような印象を持たれると思い、敢えて、平静な日常生活が続いていることをお伝えしたいと思います。

新聞漫画、ドキッ!

本日日曜日、ネパール最大発行部数の「カンティプール紙」の風刺漫画が過激であった(UWBサイト参照)。
 
ゴミ捨て場のコンテナから、コングレス党首コイララ氏が「死んだ馬」を担いで、伏し目がちに歩み去っている。その馬には「立憲君主制」と書かれている。
 
説明しよう。最近都市部の知識人や、学生運動活動家は、「王制の廃止と共和制の実現」を主張しはじめている。しかし、ネパール最大の政党であるコングレス党コイララ党首は、「共和制に反対し、立憲君主制を固持」する態度を表明している。
 
コイララ氏は「王室嫌い」で有名な老政治家であるが、それでは何故、立憲君主制の必要性に拘っているのであろうか?
 
これは推測であるが、コイララ氏はインドや中国という超大国との国際政治の観点。社会基盤やシステム整備が脆弱な国内事情。などを鑑み、王室を排除した共和制という革命的な政治体制が、ネパールに大惨劇をもたらす可能性を深刻に捉えている可能性がある。
 
もしくは、共和制を主張する党内の次世代リーダーや学生活動家が主流派となり、自己の派閥が求心力を失うことを恐れている可能性もある。
 
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それにしても、立憲君主制度を、ゴミ捨て場にうち捨てられた死んだ馬に例えるとは!過激すぎる風刺漫画である。掲載紙の編集長は、その日のうちに政府から、事情説明のための呼び出しを食らったそうである。
 
また、新聞に掲載された漫画ではゴミのコンテナ、風雅な飾りの中に「ゴミ捨て場」との文字が書かれていた。しかし、UWBサイト版では「王立ゴミ捨て場」と、更に過激な文字が書かれていた。両方とも、漫画家バッサヤーン氏の手書き文字の筆跡である。この漫画は新聞社のサイトに掲載されていないため、UWBがわざと、掲載版と異なるものをアップしたのだろうか?
 
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それにしても、2.1直後は国軍将校や内務官僚により厳しい検閲を受け、反体制的報道が規制されていた。その後は、メディア自身による報道の自己規制も見られた。
 
ところが昨今、新聞、雑誌、テレビを擁する民間「カンティプール・グループ」を中心に、反体制報道が過激の度合いを増している。今日の風刺漫画は、ひとつのピークを象徴するものであると云える。
 
一方、政府系報道機関も象徴的動きを見せている。政府御用新聞「ゴルカ・パットラ」名称のネパール語スペルが、旧態依然とした大昔の綴り方に突如変更された。
 
また、ネパールの隅々まで電波の届くメディアである、「国営ラジオ・ネパール」のニュース開始前の音楽(ジングル)。王孫殿下の誕生日から、民主化以前パンチャヤト国王親政時代の、古式騒然としたジングルが突如復活した。その後しばらく経って、メロディーはパンチャヤト・ジングルのまま、電子楽器で新たに録音したものに取って代わった。
 
私は密かに、このメロディーを「パンチャヤト音頭」と呼んでいる。私のような外国人でさえ、「ぴゃっぴゃらぴゃーらら」としたパンチャヤト・ジングルを聞くたびに、気持ちが逆撫でされてイライラする。
 
国民を馬鹿にした、体制に反感を抱かせるような国営メディアの姑息な挑発。そして、民間メディアの過激度を増す報道。これは何を表しているのだろうか。現体制は、体制批判報道を引きだそうとしている、とさえ見える。
 
中国の紅い皇帝・毛沢東のやり方では、ヘビを穴から追い出しておいて(対立派の批判を放任しておいて)、そして、一挙に叩くわけである。陛下のスタイルは、如何なものであろうか。ドカン!とメディアが、痛い目を見る日が来るのではないかと考えるのは、私の心臓が「ぴよぴよ」ひよこなんだろうか。
 
このブログだって、自粛しておくに越したことはない。
 
しかし、書けなくなったら強制的に書けなくなる訳である。ええい、ままよ。と、書けるうちは書き殴れ!書き垂れるべし!!今の「気持ち」は、今しか書き残せないから。

楽主満 国家主席ご指導による、学習の日

今日のネパール、「ラクシャ・バンダン」の祝日。ネパールでは、年長者から手首に紐を巻いてもらい、祝福を受ける。
 
バウン、チェトリ(ブラーマン、クシャトリア)などの男性は、上半身(身体に直接かけるため、服の上からは見えない)にたすきがけする長い紐「ジャナイ」を、新しいものに取り替える日でもある。また、9種類の豆を煮たスープ「クウォティ」を食べ、暑さと農繁期の重労働で疲れた身体に滋養を与える......って、我が家のような「農作業から遊離した」人間も、スパイスの効いたクウォティを、「美味い、ウマい!」と食べてしまう訳である。
 
インドでは今日、姉妹が兄弟の手首に「ラキ」という綺麗な飾り付きの紐を巻き付け、幸福を祈る。ネパールでは、同じ目的の宗教儀礼が今日でなく、秋のティハール大祭最終日に行われる。ネパールとインド。同じサンスクリット文化の上にあるのだが、似ているようで、違う風習があり、それでもやはり、深いところで繋がっていたりする。
 
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さて我が家。朝一番で亭主から右手首に紐を巻いてもらう。何故なら、私にとって「夫は神であり」、私に祝福を与えるに最もふさわしい人間と、伝統的に考えられているからである。亭主は我が家の「国家主席」と、後の記述につなげるために規定したい。
 
クマイ(西の)バウンである我が家では、男女ともに紐を巻くのは「右手首」。しかし結婚前に下宿していたタクリ(現王家と同じ民族)民族の家では、男性は「右手首」、女性は「左手首」に紐を巻いていたりと、ネパール国内でも文化・風習は複雑である。
 
その後、国家主席たる亭主は、「お寺に行って、新しいジャナイに替えてくるわ。その後お母さんちに寄って、家に帰ってくるから。その後出勤しよう」と。その時分かったのだが、今日、亭主が社長の我が社は、スタッフは休みとなっているらしい。
 
国家主席殿が外出してしばらくすると、寝室で主席の携帯電話が鳴っている。敵はうっかり(もしかするとわざと)、携帯を忘れて外出をしたのだ。まあ、いいか。すぐ帰ってくるし.......と思っていたら、何時間経っても帰ってこない。
 
我が家の主席殿は、大変気まぐれでいらっしゃる。そのままずるずると夕方までお帰りにならず、結局私も「祝日で休み」となる。今日は事務所から日本の実家に、とある書類をFAXすると父に約束していたのだが。お父さん、悪いのはあなたの婿です。ごめんなさい。
 
我が亭主.....いや、楽主満(ラクシュマン)国家主席に代表されるネパール男は、自分より目下(と認識される)人間の行動を規制することに対して、無頓着なのである。事前に連絡をしたり、待たせている人間に状況を知らせたり、そういう「文化」はない。しかも携帯を持たずに外出している主席殿に、居場所を探してこちらから連絡するのは、癪にさわる。
 
一方、走資派、米国帝国主義、階級の敵といくら非難されても、江青女史は.......じゃなかった、私は、民主・自由・平等主義の戦後教育を受けて育った人間である。こういう場合、主席に面と向かって「アンタ、何考えてんのよ!」などと政治論争を挑むのは適切でない。
 
江青女史には......もとい、私には、ブログという闘争手段があるのでね。うひひひ。「百花斉放・百家争鳴」なのである。そして今日は手元に、大変興味深い本がある。読書・学習!である。
 
と、今日のブログ、何だか変な単語が使われている......と、お気づきのアナタ。そーなんですよ。その読んでいる本てえのが、
 
李志綏 著 「毛沢東の私生活」 の日本語版。20年以上、毛沢東の主治医兼側近を務めた、李博士がアメリカに亡命後執筆した本である。現代ネパールを理解する上でも、大変に役立つ書籍である。
 
いや、毛沢東について書かれた書籍を読んで、ネパールの毛沢東主義武装組織を理解できるわけではない。毛沢東を語るとき忘れてはならないのは、彼は「紅い皇帝」として、共産中国に君臨したという事実である。
 
そう。この本は、この国において、「陛下」を理解するために役立つのだ。
 
権力闘争、政治闘争のまっただ中において、権力が過剰に集中する場所や個人の疑心暗鬼。心身の過労。そのストレスを、毛主席はどのように発散させたか?全てがネパールと一致しないけれど、地方視察のくだりなど、読んで思わず「にやっ」とした。権力の中枢で疲れ果てた国家主席は、無邪気な大歓迎にあふれた地方視察を好む。
 
また、皇帝たる国家主席は、「過ちをおかさない」と考えられるが、判断の基準となる「情報が間違っている」事はある。つまり、最高権力者は「自ら過ちを犯すことはないが、騙されることはある」と考えられていたこと。
 
この時、政治野心のない「清廉潔白の士」が皇帝を諫めることは出来るが、政治闘争の中にいる人間の進言は、皇帝の信頼を得ることが出来ないということ。そして、最高権力者の回りにいる人間に「清廉潔白の士」なんてえのは、普通絶対に「いない」こと。
 
え゛っ?私は、中国文化のことを語っているだけ......なんだけれど、どっかの国の今の状況に当てはめると、人間って普遍だと思う。
 
そしてこのヒエラルキーの下にある、家庭にいる小皇帝・小国家主席を理解するためにも、なかなか応用が利く(かもしれない?)名著なのである。
 
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今日はまたインド人ジャーナリスト氏から電話で、第一次インド独立闘争(セポイの反乱)について、様々な教示を受けた。先日観たヒンディー映画 Mangal Pandey のおさらいなのだが、この映画の持つ、現代ネパールにおける「意味」や「過激さ」があったから、是非是非押さえておきたかったのだ。
 
また劇中、Mangal の最期の言葉となる「ハッラー・ボール!(攻撃せよ)」の、歴史・言語的解釈について、大変納得できるレクチャーを受けた。
 
いやはや、家にいても何だか、いろいろ楽しいね。
 
明日は、外出するぞ!出来なきゃ、「ハッラー・ボール!」武装蜂起する。
 
 

Mangal Pandey - The Rising

昨日午後、亭主の仲間たちから声がかかり、急に映画を見に行くこととなった。カトマンズ市内、Jai Nepal映画館でのラストショー。お題は勿論、
 
Mangal Pandey - The Rising (マンガル・パンデ 〜 ザ・ライジング)
 
Mangalインドの視点に立つと「第一次インド独立戦争」であり、日本の世界史の教科書では「セポイの反乱」と記載されている、1857年、大英帝国インドにおける大事件を題材に取った作品である。インド共和国の独立記念日に併せて上映開始された、インド愛国心むんむんの超大作!である。
 
作品紹介はいつもの通り <(_ _)> 感謝!
 
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さて、東インド会社軍隊のインド人兵士は、「シパイ(ネパール語でも兵卒という意味)」と呼ばれていた。ここから日本における「セポイ」という表記が生まれたのではないだろうか?
 
19世紀中盤、インド人シパイたちが中心となった、東インド会社に対しての反乱が契機となり、その後大英帝国は、「ネパール人傭兵部隊」を大規模に採用することとなる。この映画の題材となった反乱はその後、イギリスに雇われたネパール人傭兵部隊が大きな役割を果たし、鎮圧されたのである。
 
白兵戦において世界最強!世界の紛争地にその名を轟かす「ネパール人・グルカ部隊」は、こうして生まれたのだ。
 
当時のラナ将軍ネパール政府は、傭兵を大英帝国に派遣することの見返りに、辛うじてネパールの独立を死守したのである(もちろん、その他の理由もあったが)。もしシパイたちの反乱がなければ、ネパールもイギリスの植民地になっていた可能性がある。そうなっていれば、その後のネパールは、インド共和国領になっていたかもしれない。
 
カトマンズでは、ネパールなりの視点での、この映画に対する矜持があるわけである。これが端的に見えたのは、ラストシーン。殉死したマンガルの声に呼応して、インド国民や藩王たちが立ち上がった。インド人将校ゴードンも、マンガルとの友情のためインドの側に立って戦い......
 
亭主と仲間たちは、今にも拍手しそうに拳を上げていた。
 
そして90年後、インド共和国は独立を果たし、ネルー首相がインド国旗を高らかに掲げるのだった.......
 
と、インド国旗が画面に映されたとたん、彼らの拳は「膝の上」に、力なく下ろされた。
 
南アジアのアメリカ!たる超大国、インド共和国。その巨大なる国家と接する小国、ネパール。インドの脅威と覇権に対する恐れと警戒心。インド文化に対する憧れ。そして、ネパール人としての誇りが、彼らの胸中に駆けめぐっていた。それでもやはり、インドと喧嘩をしては生きていけないネパール。ネパール人のインド観は、愛憎複雑なのだ。
 
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さて劇中、藩王(マハラジャ)たちの使節が、マンガルたちシパイに、共に反英闘争に立ち上がってほしいと話し合いに来るシーンがある。きらびやかな衣装と宝石を身につけた使節に、マンガルがぶつける言葉があった。
 
「われわれはまた、藩王がその地位に戻るために戦うのではない。藩王の奴隷に戻るのはイヤだ。私たちは、私たちの自由のために命をかけている。国民自らが統治する体制を目指すのだ!」
 
わ゛ぁ〜っ!マンガルって、共和制に言及している。現在のカトマンズで、このセリフは刺激的すぎる。ネパール国内で上映される映画は、全てネパール政府の検閲をパスしなくてはならない。よくもまあ、カットされなかったものだ。役人、寝てたのかしら?
 
インド共和国では19〜20世紀の国民が命をかけて勝ち取ったものが、ネパールでは、21世紀の私たちの世代の行動にかかっている。そう思うと、背筋がぞくぞくした。
 
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それにしても、インド人はこうして、世界に誇れる「独立の歴史」を持っている。私たちネパール人は、圧倒的インドの歴史の前に、うなだれるしかない。だから、この映画に対しては、心の奥底で「嫉妬」を感じる。
 
だからだろうか。マンガルの親友であるインド人将校、ゴードンに感情移入してしまった。ゴードンと、彼に命を救われた美しいインド人寡婦との恋愛が、心にしみた。美しかった。
 
白人専用娼館での喧嘩騒ぎで、獄に繋がれイギリス人たちにリンチを受けるマンガル。ゴードンがその窮地を救ったとき。平然とイギリス人に立ち向かっていたマンガルがゴードンの顔を見て、安心したように膝から崩れる。国籍や文化を越えた友情に、自分でも驚くほど、突然、涙が湧いてきた。
 
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技術的観点から見るとこの映画、映像が平面的に過ぎた。
 
説明的な感じの中ロングショットが多すぎて、編集にもメリハリが足りない。またダンスシーンなど、カメラアングルが陳腐に過ぎたと思う。そして、被写体深度が深すぎ。映像の全ての場所に、ピントが合っている。
 
特に「ホーリー祭」のダンスシーン。主役の二人が背景とバックダンサーに、映像的に埋まっていた。主役に合わせてピントを絞る。背景はピンを飛ばす......って感じのショットが欲しかったなぁ。湖の中のシーンは美しかったけれど。
 
マンガルが一人で、ラングーン部隊と対峙するシーンも。むやみにロングショットの長回し。うーーん。映画って、アップの芸術じゃあないのかい?
 
また、照明の当て方も疑問。もっと陰影をつけて、マンガルやゴードン、女性たちの内面からの悩みや喜びを表現できたと思うのだけれど。
 
もしかすると、わざと、昔のイギリス映画風に撮ったのかしらん?
 
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映画全体としては、複雑な歴史的事実を「大胆な解釈で白黒はっきり」させた脚本。ヒンディー語と英語の台詞は、実に細かいところまで気が配られている。特に、イギリス人たちの喋るヒンディー語が、ゴードンの流ちょうさと他の将校のブロークンさが、心憎いまでの映画デザインであった。
 
また、北インド各地の「歴史的建造物」がロケ地として使用されており、本物の持つ重厚さが画面からにじみ出ていた。
 
インド亜大陸に生きる人間として、是非とも観る価値のある、重厚なインド映画である。また、Jai Nepal映画館での上映は「英語字幕」付き。この字幕がまた、実に分かり易い英語なのがブラボー!である。
 
カトマンズ在住のみなさん、映画館に向かって走れぇ! 映画公式サイト

偶然とは考えにくい出来事

最近またまた、政治絡みの内容が続いてしまった。今日はガラッ!と様子を変えて、Nepal Art Souvenirショップ絡みのお話し。
 
ネットサーフをしていたら、とある日本のネットショップを見つけた。そこには、アートスーベニアと同じ商品も取り扱いがあった。ここまでは、世の中普通にある話。
 
しかし、である。
 
その商品の説明文が、アートスーベニアのものと【ほとんど同じ・同一】なのだぁ〜!こちらの方は6月下旬から掲載している説明文であるし(もちろん、無い知恵を絞った私のオリジナル文章)、見つけたサイトの方は、つい最近の掲載である。
 
もちろん、世界には「偶然の一致」はある。しかし、文章の細かい言い回しまで、「そのまんま」じゃない。勘弁してよ。こっちもあなたも「商用サイト」でしょうに。いやはや、モラルっちゅーもんを考えよう。
 
と、マイルドに、某ショップマスター氏に、注意と反省を喚起したりする (-_-;)

どうする?政党、どうなる?市民運動

今日午後3時半から、カトマンズ旧市街のど真ん中「旧王宮地区」にて、ネパール市民集会主催による2回目の街頭集会があった。
 
今回の集会は、国王親政に反対する詩の朗読、パフォーマンス、歌と、前回に比べて、演説の殆どないものとなった。集会デモ許可地域ではあるが、やはり王室の所有物である旧王宮に面した場所と云うことで、それなりに配慮されたのであろう。
 
聴衆はざっと見渡してカウントしたところ、3000人以上と思われた。ステージに対する反応から、コアな支持者はその三分の一と見えた。いずれにせよ、ネパールでは何かあると、ギャラリーが膨れ上がる。これらの数字を「多い」と見るか、「まだまだ盛り上がっていないな」と判断するかは私の仕事ではない......ことにする。それにしても、私服の公安が聴衆の中に、「うようよ」いたな。
 
今回は、旧市街地に多く住む「ネワール民族」の支持を得るため、ネワール語によるパフォーマンスもあった。
 
さて、聴衆の中に5〜6人、プラカードを持った人がいた。ひとつは、あの方の写真に「ネパールの最重要指名手配」の文字。もう一種類は、第二次大戦前から戦中にかけてドイツを支配した「某総統」の写真とあの方の写真を並べて、間に「イコール」。どちらもコンピュータで作成し、印刷したものをボール紙に貼り付けていた。
 
集会も中盤となった頃、会場警備をしていた機動隊の数が「ささっ」と増えた。そして、ヘルメットを被りだした。高い場所から見ていた私は、「衝突だぁ」と直感した。100人ほどの機動隊員の中、精鋭部隊数人が観客席に入り込み、プラカードに向かって突撃する。聴衆は立ち上がり、雄叫びを上げながら機動隊員の行動を阻止しようとする。ステージから右側の寺院の基壇に座っている聴衆からは、反王制のスローガンを叫ぶ声が聞こえはじめる。
 
この時司会者はマイクを通じ、聴衆に「慌てないで、みんな座ってください、落ち着いて行動しましょう」と呼びかけ続けた。同時に、世間でも名の知れた若手知識人たちが群衆と機動隊の間に割り込み、スクラムを組んで、身体を張って人の流れを止めた。
 
15分あまりの出来事だったが、見事な現場処理であった。私の見る限り、一人のけが人も逮捕者もなく、投石もなかった。そして集会は、その後も続いたのであった。ネパール市民協会の活動は、回を重ねるに従い、急速に統制が取れてきていると見えた。
 
それにしても、多勢に無勢の機動隊。聴衆の中の私服が協力するにしても、いったい何をしようとしたのだろう?騒ぎが静まった後、顔見知りとなっていた警部と目があった。彼の顔が「やってられないよ」と、同情を求めるように苦笑いしていた。
 
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さて、この集会には、群衆から少し離れた場所に数多くの政治家の顔も見えた。そんな中に、政治家であるが理知的で誠実な態度で、以前から好感を持ってお付き合いいただいていた某元閣僚氏がいた。彼は大変うれしそうに、ディズニーランドに遊びに来ているような笑顔だった。挨拶をすると、
 
「おお、ミキ。見てご覧よ。運動はどんどん燃え上がって、活発化してきているよ。うれしいじゃないか。頼もしいじゃないか」
 
「そうですね。でも、市民活動と政党はどのようにして連携を取るんですか?さっきからステージでは、政治家の不正に対する糾弾が拍手を集めているじゃあないですか。彼らは、国王親政に異議を唱えているだけではないでしょう」
 
そんなやりとりとなった。彼とはお互い、時に本音をぶつけ合える信頼があると思っている私は、
 
「いっそのこと、政治家たちは市民の前で、過去の失政や不正を素直に謝罪すればどうでしょう。そうでもしないと、プロ市民も一般市民も、政党政治家に対する不信は拭い去れないのと違いますか?」
 
その瞬間、知的な彼の顔が、ムンクの絵のように捻(ねじ)れた。
 
「市民に許しを請うなんて、もってのほかです。良質な多くの政治家たちは自分たちの過ちに気付いて、更正の道を歩んでいます。そう、もっと時間をかけて。半年くらいの時間を費やして、市民運動と共に盛り上がりを期待しなきゃならないんですよ」
 
半年....半年だって?そんな悠長なこと云っていたら、ネパールの政治体制は、「ミャンマー型軍事政権」に移行してしまう危険性はないのかい?と、この部分はぐっと飲み込み反論せず。
 
肩を落として、会場を後にした私であった。
 
政党と連携できない市民運動は、単なるパフォーマンス。反省を行動で示せない政党は、広く市民の支持なんて受けられない。

何故マオ派は、外国人に手出しをしないのか?

云うまでもなく現在のネパール、国内に毛沢東主義反政府武装組織(以下、通称マオ派)を抱え、この9年間に政府・反政府・一般市民併せて11,231人もの、ネパールの命が失われている(INSEC発行: 2004年ネパール人権白書による)。
 
この惨劇を、マオ派は「人民戦争」と呼び、階級の敵を武力で制圧することにより、ネパールに真の民主主義国家を打ち立てるための正統なる政治闘争と位置づけている。一方王国政府現体制は、マオ派をテロリストと位置づけ、徹底的な武力による討伐を推し進めている。
 
双方の武力の間で、恐怖の生活を続けているのは、カトマンズなど都市部を除く村々に暮らす、ネパール国民の大多数である。どの勢力も、言葉では「人権保護を遵守する」と謳っているが、生きるか死ぬか、殺すか殺されるかの戦いの中では、武器を持たない市民の人権が踏みにじられること。世界中の戦場で、内紛地域で報告されてきたことである。ネパールも、その例外ではない。
 
マオ派による強制連行や政治教育は、時に聖域であるべき学校にまで土足で上がり込んでくる。政府治安部隊の治安維持活動において、反政府側の疑いをかけられた人間が拘束され、その行方が途切れる事態もある。国際的人権監視団体によれば、ネパールは世界的に見ても、「失踪大国」なのだそうだ。
 
カトマンズ首都圏に暮らす私たちのように、「明日を夢見て今日の床につける」人間は、この国では非常に恵まれた存在であると云える。
 
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その一方で、マオ派は【外国人はその攻撃対象としない】と、明言している。また、カトマンズやポカラ、主要トレッキングルートなどの治安は現在まで、旅行するに支障ない安全が確保されてきた。アンナプルナ山群の一部など、トレッカーがマオ派からの寄付を要求される事例が報告もされている。しかし、寄付をすれば領収証まで発行され、手荒な事は起こらないのが普通。
 
ネパール観光評議会(NTB)をはじめとする、ネパールの観光振興を目指す団体。そして観光業界の団体各種は、【ネパールは外国人にとって安全な旅行地である】と、繰り返し表明している。
 
確かに、マオ派による交通遮断を無視して、マオ派活動地域の道路を走行していた車両に爆発物が投げ込まれ、外国人登山者が重軽傷を負った事件など(これはネパール人と間違われたと思われる)ごく少ない例外を除けば、外国人が殺されたり、攻撃の対象になった事例は「ない」と云っても差し支えない。
 
外国人が普通に旅する旅行先に限って行動し、自分たちは外国人だと外から見て分かる行動をする限りにおいて、ネパールほど、自国民の生命が脅かされる事態の中、外国人が安全に旅行できる国は、世界でも他にない!と云える。
 
不思議な国だと思う。何故なんだろう?
 
NTBなど、「ネパールは安全です」とヒステリックに触れ回る前に。ヨーロッパなどの大使や、ネパールを訪れる世界の著名人に「ネパールは安全です」と、記者会見で云わせる前に。
 
 何故ネパールでは、ネパール人と外国人の安全性に、エベレストと日本海溝ほどの落差があるのか?
 
 マオ派が外国人に手出しをしない根拠は何なのか?
 
 外国人の安全は、何が元になっていて、何のバランスが崩れたとき安全神話が崩壊するのか?
 
真剣に、科学的・社会学的リサーチと分析をすべきだと思う。
 
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私が思うに、マオ派は諸外国からの政治的、または武力での「介入」を避けたいと考えているのではないだろうか。外国人への無差別攻撃は、国際社会からの非難を浴びやすい。
 
ヒマラヤの麓、外国の目が届きにくい場所で、政府・反政府共に、こそこそ自国民だけで殺し合っているのが現在の姿である。このように、殺戮の度合いが拡大しようとも「ネパール国内問題」である限り、マオ派は「ガイジンには手を出しません」路線を貫くと思う。
 
反面、この問題に諸外国が介入してきたとき。または国連が、正式に仲裁をはじめたとき。特に、平和維持のために外国部隊が投入されるような事態になれば......マオ派は容赦なく、外国人をも攻撃対象に加える可能性がある。そしてネパールは、仁義なき報復合戦という国際テロの泥沼に、首まで浸かることになりはしないだろうか?
 
そうならないために、今、何故マオ派は外国人を攻撃しないのか?多方面からの真剣な分析が必要なのだ。そして次のステップとして、ネパール人も攻撃対象から外すためには何をすべきなのか?シビアな情報分析と共に、全ての政治・武装勢力による「勇気ある妥協」が無ければ、数年のうちにネパールは、崖から転げ落ちるような暗転を避けられないであろう。
 
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現状においては、日本人が「普通の旅行やトレッキング」をする限り、ネパールは安全が確保できる旅行先だと思う。少なくとも、今年の秋など、まだまだ大丈夫だと思う。
 
でも、ずーっと先のことは予測できない。ネパールへの旅は、お早めに!
 
そして、ネパールでも日本でもインドでも、アメリカでもイギリスでも、どこの大学・研究所・シンクタンクでもいいから、何故ネパールでは自国民は命の危険があるのに、外国人の安全は確保されているのか?研究してくれないだろうか。もしくは不肖私に、手ほどき願いたい。
 
学問の世界が相手にしてくれないなら、各国、インテリジェンスのみなさま。CIA、MI6、日本国内閣何とかセクションでも結構です。印・パはちょっと.....強烈すぎますが。
 
真剣に、対応お待ちしています。

お盆休み、いただいております

昨日、今日、突然ですが「お盆休み」をいただいております。明日には多分、通常勤務態勢に戻れると思います。
 
実は、その、急な発熱など......鬼の霍乱でございます。何も考えず、ただただ汗をかきながら、どっぷり寝ております。なんて素敵な、お盆休み (T_T)
 
病人食は、亭主が買ってきてくれた「田村レストラン謹製・海苔巻き」と「アイスクリーム」。毎日がダルバート(ネパール式のカレー料理)な我が家では、病気になると食べられる日本食!
 
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日本人会商工部会、ブログ連盟。毎月1日と15日は、「共通お題」での競演と相成った模様。今回のお題は「おいでよ、ネパール」です。
 
http://www.cometonepal.com/ から、ご覧下さい。

インドにケンカを売り始めた、ネパール

ネパール国軍では、インド製の銃火器が大量に使われている。ネパールに地理的にも近く、価格的にも手頃で、インド政府からの軍事援助で無償供与されたものもある。
 
この中に、INSASライフルと呼ばれる銃がある。カトマンズ市内でも、国軍兵士が肩にかけている姿をよく見かける。このインド製のライフル銃についてネパール国軍は、インドに対し「ケンカを売る」としか思えない姿勢を見せ始めている。
 
金曜日、定例の国軍記者会見の席上、スポークスマンであるグルン准将は、先日のカリコットでの国軍とマオ派武装組織の戦闘において、INSASライフルの性能に問題があったと指摘した。この戦闘では、マオ派の死者を上回る、43人の国軍側死者が出ているだけでなく、70人以上の国軍兵士が捕虜になっている。
 
この惨敗の原因のひとつとして、長時間続く戦闘の中、インド製INSASライフルを休みなしに使用した結果銃が熱を帯びると使用不可能となり、熱を冷まさないと再使用できなかったと、ネパール軍は指摘した。
 
これに対し本日、在ネパールインド大使館は抗議の声を上げた。曰く、INSASライフルはカシミールの最前線でインド国軍により多数使用されており、この手の障害は報告されていないとのこと。パキスタンという長年の敵対国と対峙しつつ、武器生産においても南アジアの超大国としての高いプライドを持つインドである。亜大陸で広く使用されているインド製ライフル銃の性能に対して、記者会見で不満を述べること。
 
これはネパールが、インドという「国家に対してケンカを売る」行為である。
 
国王を大元帥に仰ぐネパール国軍の、インドに対する強烈なメッセージとなる。そして現在の国際情勢を考えるに、インドとケンカすること=アメリカを敵に回すことである。インド・シン首相のワシントン訪問時、ブッシュ大統領との記者会見では、インド米国協調体制が高らかに謳われたばかりである。
 
そうなるとネパール。南アジアの中で、孤立の道を進むのであろうか?
 
いや。ネパールには、もうひとつの巨大なる隣国がある。北のお隣さん。そう、中華人民共和国。ネパール王室は伝統的に、共産中国との信頼関係も培ってきたのである。
 

ビンティニュース再開、うれしいです

日本語によるネパール・ニュースの決定版、「ビンティ」のニュース配信が再開された。心底、ほっとした。うれしい。
 
高津さん、まずは無理せず、体調維持第一でお過ごし下さいね。
 
さて、ネパール在住の某氏によるブログ、±8788(ぷらまいはちななはちはち)が興味深い。日本から派遣され、ネパールで仕事をしている企業人の立場から、ネパールを愛する姿勢。社命で出会った国と、誠実に対峙する姿が、他のネット発信とは違う大きな魅力である。
 
ビンティお休み中には、ネパール在住者によるいくつもの「ブログ」が立ち上がっている。それまで「ビンティに頼りきり」であった印象もある、ネパールからの日本語発信である。しかしここに来て、「高津チルドレン(って、実際は同年代やちょっと年下くらい)」と云える、ビンティに影響を受けてきた在留邦人のネット発信に注目したい。
 
これら「ブログ連盟」は、次にネパールで「深刻なる政変」が起こったとき、日本の既存メディア、新聞テレビの報道に「一矢報いる」存在となる。
 
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ネパール中西部カリコットにおける武力衝突。マオ派に捉えられ、捕虜とされている国軍兵士に対する、国際法を無視した虐待が行われていると、国軍側は主張している(以前もここに書いたとおり)。
 
しかし、その存在が噂されている「証拠映像」の公開は「無い」ままである。毎週金曜日の国軍定例記者会見でも、広報担当グルン准将の「言葉」と、生還した兵士への「インタビュービデオ」だけであった。
 
この件に関連した、国連の注目すべき動きが感じられる。また、無視できない筋からの、ネパールの行く末を俯瞰する「未確認情報」なども入っている。明日日曜日夜に発行予定のメルマガ、「ネパールの空の下で」にて書きたいと思う。
 
このメルマガ、ショップ(Nepal Art Souvenir)商品情報だけではない。不特定多数の方の目に、数日にわたり触れてしまう「サイト」には書き辛い、社会情勢・分析・予測に関わる内容については、メルマガの方で書くことも多い。興味ある方は是非、読者登録(こちらのサイト下の方に、メアド登録ウィンドウ有り)いただきたい。

忙中閑あり、知的喜びあり。

疲労回復には「岩塩」が良いですよ。数億年前からの、天然のミネラル満載ですから。
 
と、そんなことを聞いた覚えがある。そのせいか先日、某所で、粉にした「ヒマラヤ岩塩」を衝動買いしてしまった。先日の悪夢事件以来、ああ、何だかお祓いでもしたい......そうだ、塩でお清めだ。なになに、粉にした岩塩とマッサージオイル、そしてエッセンシャルオイルを混ぜてペーストにして.....ふむふむ。
 
本当は、バスタブに張ったお湯に岩塩を溶かして入浴すればよいのだが、カトマンズの中流家庭に「バスタブ」なぞ「ない」のだ。深刻なる水不足+水浴び文化だから、シャワーが一般的。
 
昨日は急に思いついたため、オイルも用意がない。ええい、ままよ!と、少量のお湯に岩塩を混ぜたもので、塩粒残ったまま手にとって、身体をごしごし洗ってみた。
 
あ゛っ......気持ちいい刺激。
 
うほっ......硫黄の臭い。
 
あれっ......肌がつるつるに。温泉に入った感じ。
 
クセになること間違いなし!の岩塩バスタイムであった。そして風呂上がり、15分ほど経ったら。あら不思議。身体が中から「ぽ〜っ」と温かくなり、「とろ〜ん」と幸せな眠気が催してきた。そのまま墜落するように、深い眠りを味わった。寝起きもすっきり。元気満々。
 
岩塩。恐るべし。さすがはヒマラヤに眠る、太古のミネラル。
 
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今日金曜日は、週刊英文紙 Nepali Times の販売日。週の出来事をおさらいする。コラムをじっくり読む。毎週楽しみにしている、頭の体操である。
 
今日は朝から雨が降っていた。そして、いつもある場所に新聞が見あたらない。あれ?あ゛ーーーっ!なんと Nepali Timesは哀れにも、門に挟まって雨でぐしょ濡れになっているではないか。新聞配達くん、ちゃんと中まで届けてよぉ、てえなこと、ネパールで求めるのは無理。
 
ぐっしょり冷たい新聞を前に、しばしブルーに佇んだが、気を取り直してアイロンのスイッチを入れた。そう。アイロンがけをして乾かすべ!一枚ずつ慎重に紙を剥がし、ドライアイロンで急速乾燥。インクが落ちて、文字が読みにくくなるけど仕方ない。アイロンも、真っ黒。熱いうちに、水で濡らしたぞうきんでごしごし。そうじゃないと、次にアイロンかけする洋服が汚れてしまう。そうこうしてるうちに出勤時間。読む間の無かった新聞を抱えて事務所に行く。
 
そうしたらなんと、事務所にも同じ新聞が配達されていた!配達員の手違いで、二ヶ所に届いてたのね......無駄な努力のアイロンがけをしたわぃ。
 
事務所に届いたフレッシュな Nepali Times を読んでいて、「毎週恒例、今週の写真五連発」記事を見て、ぎゃふん。モリアーティ駐ネ米国大使の講演会聴衆として居並ぶ、各国大使、ネパール外交官のすぐ後ろ。会場の壁のくぼみから半身だけを見せ、口をへの字にしてメモ帳片手に立つ金太郎のような人間.....
 
あ゛っ、わ・た・し じゃないかよ。勘弁してよ。
 
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午後、トリブバン大学本部の研究所での講演会に乱入。毎日、ニュースのしっぽを追いかけて混乱している私にとって、知的にリフレッシュさせていただける貴重な機会となった。
 
K先生、ありがとうございました。
 
ネパールの政情は「先行き大きく不安」であるけれど、このように、コアな知識人・専門家のお話しを直に聞ける。柄にもなく質問などして、ご教示いただけるという機会は、日本ではなかなか巡り会えないもの。
 
政治問題から、文化宗教問題まで、どっぷりネパール・オタクな話に浸れた時間だった。こういう事を「しあわせ」と感じる自分である限り、ネパール人生は楽しいものだ。

何故、ネパール情勢は分かりにくいのか?

昨日は、混迷を極めつつあるネパール情勢を「分かりやすく」整理しようとして、「自爆」してしまった。わぁ〜っ (@_@)
 
それにしても国際情勢というのは、本来複雑怪奇で、全体像を捉えるのは難しいものだと思う。例えば、「大量破壊兵器を絶対持っているサダムを倒すのは正しい、善だ、イケイケどんどん!」と【分かり易く】始まった筈のイラクだって、一皮剥けたら、混迷と複雑怪奇と、西側先進諸国の侵攻を正当化するシナリオ崩壊じゃないか。
 
覇権を国是とする国際的巨大権力と利権は、本来複雑な国際情勢を、おせんべ囓りながら寝転がって見るニュース・ショーでも、【分かり易く説明可能】なレベルの善悪、白黒に仕立てあげる。
 
現在までのネパールは、地方での悲惨な武力衝突も、政党内部での権力闘争も、カーテンに隠された王宮内部での出来事も、国内問題のレベルでかろうじて留まってきた。
 
また、例えば私のような「なんちゃってニホンジン」でも、やろうと思えば国王とマオ派幹部以外なら、首相だって大臣だって党首だって、誰とでも会えてしまう「小さな社会」のこと。あっちの情報もこっちの言い分も、正しい情報も操作された情報も、大きなことから小さなことまで耳に入ってしまう。
 
そしてネパールは、多民族とカースト階級社会であり、各種グループの権力闘争、深謀遠慮は日常茶飯事。他人を疑うことは、ネパールで生きる中では「水や空気」のようなものである。
 
こんな国家内部での権力闘争、政治闘争、武力闘争は、「ぐっちゃぐちゃ」で「誰が敵で誰が味方か解らない」、国民置いてけぼりの「理解不可能・不可思議」であるのは、【当然】なのである(ああ、遂に開き直り)。
 
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ネパールの問題が、インド亜大陸全体の「地域紛争」となったとき。ネパールの問題が、国際的テロ討伐を錦の御旗として打ち立て進む、アメリカを盟主とする「国際問題」に膨れ上がったとき。
 
ネパールにおける【善】と【悪】は、漫画を読むように分かり易く、私たちの前に出現するだろう。
 
ネパールの問題は【複雑で理解できない】状態のまま、ネパール国内の努力により解決されるべきなのだ。
 
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ネパール中西部カリコット郡での武力衝突は、マオ派の捕虜となった国軍兵士への「国際法を無視した虐殺」という、新たなる局面を迎えようとしている。マオ派はこれを否定している。
 
明日には、はっきりとした証拠も公表されるであろう。
 
いやはや。交戦状態の元での「人権」という、国際的スタンダードに直接触れる問題となる恐れがある。諸外国や国際機関の「仲介」という名の「介入」なしに、ネパールの問題は解決しないのであろうか。

サクッ!と説明してみよう、ネパール

最近、不肖わたくしの許容範囲を超えた「情報過多」状態である。アホが真面目に考えようとするから、悪い夢など見るのである。今日は、混迷を極めるネパール情勢を、「週刊子どもニュース」の池上パパ(カムバ〜ック!)のごとく、サクサク整理してみたい。
 
別名、ミキの備忘録......<(_ _)> それじゃあスクープ君、いってみよ〜
 
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国 王
 サクッ!とはじめた2.1体制であるが、その後停滞感漂っている。パンチャヤト時代そのものの閣僚任命。
 最近、出てこない。国王自らの発言を聞く機会なし。多党制民主主義、人権問題の重視などきれいな言葉を多用。行動はそれに反比例。
 諸外国、国連に対する、わざととしか思えない「意固地」な行動。
 
内 閣
 国王万歳!メディアに対する締め付け。国民よ、黙って陛下について来い。何をしているのか不明な閣僚もいる。
 地方選挙実施日程、秋にも発表の予定。この他最近、政治体制についての「国民投票」も視野に入れるとの発言あり。
 マオ派に対する敵視。同時に最近、マオ派との対話可能性を認める発言有り。
 
政 党
 マオ派との対話、総論賛成各論もたもた。マオ派に近づくのを反対する声もある。足並み揃わず。
 国民に対する謝罪、声も態度もなし。
 党内若手、知識人から「立憲君主制支持撤廃」「共和制による完全民主化を目指すべき」との声が、コングレス、UMLなどで上がっている。現執行部、立憲君主制への支持捨てきれずか?
 コングレス党、8月末の党大会。UML、臨時党大会開催に向かうか?
 学生運動との連帯態度見えず。
 メラムチ汚職の件、民主コングレス党以外に抗議行動広がらず。
 
学生運動
 ガガン・タパ氏、不敬罪で審議中。カリスマ度急上昇中。政党からの支援なし。
 
マオ派
 ここ数日来、武力闘争激化。
 バッタライ氏復権の模様。メディアへの露出高まる。
 政党側へ、連帯の秋波を送る。
 
知識人たち
 プロ市民による「市民運動」活発化。
 ロクタントラという言葉、流行の兆し。
 政党をエンパワーする必要性、認めている。国王との対話・連携に懐疑的。マオ派への即刻停戦呼びかけ(連携は???)。
 共和制革命を求める声から、現状での共和制は国を滅ぼすとの声まで、知識人内部で主張に隔たりがある。
 8/16、バサンタプールで大集会を予定。
 
アメリカ、インド、国連
 政党と国王が妥協し協力することを希望。
 マオ派を敵視。革命を、南アジア地域に拡大させるものと観ている。
 9月、ギャン国王−ブッシュ会談不可能か?モリアティ大使による否定。
 和平交渉への「仲介」を念頭に置いているのか?平和維持軍派兵の可能性は?
 
国 民
 首都圏市民、けぇがるね?と困惑。
 カトマンズ盆地外の状況は?????
 
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う〜む。やっぱり「わからん」わい。 
 
大変分かりにくいネパールの現状を、明確に的確に、短い言葉で分かりやすく、説明するにはどうしたらいいのか?考えれば考えるほど、悶絶身悶えなのだ。

終わりよければ、良し!とする

今日は夕方まで、不運続きだった。
 
まず明け方。恐怖で気絶(二度寝したとの噂もあり)するほど、怖い夢を見た。ショックで顔つきまで変わっている私に、亭主はあくまで無関心。
 
午前中、夢のショックで頭がぼーっとしたまま。カリコットの事件、状況把握など。人が死んだ話は、やはり悲しい。
 
午後になると、体調まで悪くなってきた。それでも午後3時から、モリアーティ米国大使の講演を聴きに行く。これが終わった後、会場と同じ建物内に別件仕事のあった亭主は、スチルカメラとカバンをぶら下げていた私に、ビデオカメラ、三脚、そして、剥き出しの銀行キャッシュカードを全部持たせてドロン。
 
会場駐車場に停めていた事務所の車に荷物を全部置いたところで、キャッシュ・カードが無いことに気付く。どこかで落としたのだが、どこにも見あたらない。亭主に携帯で連絡すると、
 
「俺は仕事中だ!カードを落としたくらいで、地球が落っこちたような騒ぎ方をするな」と、静かに冷たく宣告される。
 
頭がぼーっとしている私に、両手いっぱいの機材+剥き出しでカードなど持たせるからだ!自分が仕事をしている間に、私を銀行ATMに送ろうなんて考えるからだ!せめて車まで、一緒に機材を持っていってくれればこんなことにはならなかったのに。
 
謝る気が起きない。
 
その後、すぐ近くにある銀行に向かい、亭主はカード使用停止と再発行手続き。私は車内で、ぼーっとしたまま、疲れ果ててうとうとする。
 
我が亭主。欧米人の女性と結婚したなら、3ヶ月で離婚だろうな。まあ、敵も私に対しては、云いたいことはエベレストの標高ほどあるだろうけれど。
 
*-------*-------*-------**-------*-------*-------*
 
何を、そんな、「怖い」夢を見たかって?ネパール近未来、最悪のシナリオ系の夢。
 
夢の中で傷つけられた身体の部分が、起きた後、ずきずき痛んでいたのが不思議。正夢か?タイムトリップしてきたような、リアル感があった。最近、気に病みすぎなのか?
 
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夜。ずーっと以前からお会いしたいと願っていた方と、とある方のご紹介で、はじめて会えた。夕食をご一緒しながら、脳細胞も「お腹いっぱい」になる、充実した時間をいただいた。感謝!
 
朝から夕方までの、もや〜っとした不快感は、スカッ!と消えてしまった。
 
久方ぶりに、何だか日記のような文章になっている。まあ、今日は良いか。寝るべ。

ヒンディー映画、「サルカール」

ヒンディー映画評や、ニューデリーでの留学生活について、ユニークかつインド愛にあふれる発信を続けている「これでインディア」。今日はこのサイトで紹介されているヒンディー映画、「サルカール」を、カトマンズ市内ジャイ・ネパール映画館で観てきた。
 
映画のあらすじ、解説についてはこちら(クリック)。アルカカットさん、いつも感謝しています。カトマンズの在留邦人の間でも、まず「これでインディア」をチェックしてから観に行こう!ヒンディー映画 〜が定着しています。
 
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さてこの映画。ヒンディー映画界の鬼才、ラムゴパル・ヴァルマの監督・制作作品。私たちの世代には懐かしい、フランシス・フォード・コッポラ監督の名作、「ゴッドファーザー」に対する、インド版オマージュである。
 
映画評についてはアルカカットさんの記事に脱帽なのだが、ミキ流ウォッチは、スクリーンの【上手(かみて)」「下手(しもて)】に注視した、ヴァルマ監督の映像表現を中心に語りたい。
 
Sarkar劇中、庶民の味方であるマフィアの頭領サルカールと、次男のシャンカール、その一家。そして、敵対する一味が、時に時勢の優劣シーソーゲームを繰り返す。
 
グループ内部の力関係、そして敵対する同士の力関係においても、その時「パワー」を握る優勢な登場人物は、必ず「上手」、観客席から観て向かって右側のスクリーンに登場する。視線は下手側に向かう。
 
劣勢、または序列が下の登場人物は、スクリーン向かって左側(下手)から上手側に視線を送るわけである。
 
これは、人間の心理的配置理解なのだが、スクリーン上手側に登場する方が、何となく強そうに見えてしまう。また、ギャング映画には「個人と個人の敵対する視線が火花を散らす」表現がつきものであるが、この映画はアップを撮るとき、味方同士は顔の同じ側、敵対する同士は別の側として、編集作業を通じて観客の心理に訴えるセオリーがきちんと押さえられていた。
 
映画中盤、サルカール側が劣勢に立たされるシークエンス。ムンバイの街を俯瞰しつつ、フレームが横移動する「パーン」ショット。普通「こっちからこっちだよな」と感じる逆方向にフレームが動く。観客に苛立ちや心地悪さを感じさせる演出が、わざと為されていた。
 
映画制作では当たり前の配慮かも知れないが、その配慮が大変に効いていた。またラスト近く、汚職政治家とシャンカールが対決するシーンでは、シャンカールを演じるアビシェク・バッチャンの顔をより格好良く見せるため、敢えてこのセオリーを無視したショットが、大変効果的に挿入されていた。
 
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さて、本家「ゴッドファーザー」は、シリーズ映画化された。本作品サルカールも、次作は父親の若い時代を描く。その後のシャンカールを中心とした抗争を描く。または、シャンカールが「殺した」と思われている長男ヴィシュヌの復習劇.......と、続編を作るネタがいっぱいなのだ!
 
父を裏切り暗殺しようとしたヴィシュヌ。父の命の危険間一髪で救いに入るシャンカール。そして次のシーン。ベットに横たわる父を中心に、落ち込んだ家族がひとつ部屋に集まっている。そこに、憔悴しきったシャンカールが入ってくる。ベッドの父の横に腰を下ろしたシャンカールがひとこと。
 
「兄貴の始末は、俺がやってきた.......(一筋の涙が、頬を伝う)」
 
天井を見上げて言葉ない父親、サルカール。そして、大きく目を見開いてふるえる長男の嫁。
 
ここでシャンカールが、兄を殺すシーン自体は映画に出てこない。血を分けた兄弟である弟が、「もう二度とムンバイに顔を見せるな」と兄を追放し、家族や組に対しては「殺した」と伝えた。そんな伏線として、次作で利用できるだろう。また、長男ヴィシュヌ役を怪演したケーケー・メノンを、本作品だけの登場とするのは惜しすぎる。
 
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私がこの作品の「続編」を確信したのは、ラストシーン。民衆に敬愛される父親から「カメラがすーっと移動して」、今や若きサルカールと呼ばれるようになった息子のシャンカール。
 
このカメラワークの、上手と下手の使い分けである。まだまだ父親サルカール、このまま老いてばかりではないゾ。ふふふっ。
 
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この作品では、ヒンディー映画界の、いや、インド世界の生きる「世界遺産」と呼ぶにふさわしいアミターブ・バッチャンが、マーロンブランドを越える存在感を示している。
 
実の息子、アビシェーク・バッチャンがシャンカール役。実の息子として競演したわけだが、バッチャンJr.が大変な素晴らしい。特に、父親が暗殺されようとしていることを知り、バッチャンJr.が拘置所の狭い階段を駆け上がるシーン。父バッチャンのかつての形容詞、「怒れる若者」のカリスマが、息子バッチャンに降臨した瞬間であった。
 
ヒンディー映画界の潮流は、松竹の歌舞伎のごとく、親から息子、娘、孫に継承されていくんだなぁ〜 感動で背筋が震えた。
 
コッポラ映画は、抗争シーンであっても最小の効果音で静かな世界の中、哀愁を帯びたニーノ・ロータの旋律が響く。しかしサルカール。ハードボイルドに不必要なダンスシーンは一切ないが、どうしようもなくヒンディー映画である。感情表現を表す「ダダダン」「ガガガガン」という効果音が、ドルビーサラウンドで響きまくり。せっかくのバッチャン親子鬼気迫る演技に、水を差している感じもした。しかし後半になると、過剰な効果音さえ気にならなくなるストーリー運びの緊迫である。
 
映画音楽についてだが、これまたどうしようもなくインドを覚悟しよう。ヒンドゥー宗教音楽から題材を取った「ゴーヴィンダ、ゴーヴィンダ、ゴーヴィンダ〜」という曲が、サルカールのニーノ・ロータである。宗教界と闇の世界のつながりを暗示しており、大変勇気ある表現であった。
 
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映画の冒頭、
 
【秩序(システム)】が機能を停止したとき、【力(パワー)】が世界を支配する。
 
という一文が、スクリーンに登場する。
 
そして、サルカールという題名。庶民の味方であるマフィアの頭領に対する「敬称」として映画で使われている。
 
ネパール語で「サルカール」とは、「神の化身である国王陛下や王族」に対する尊称である。または、「政府」という意味である。「御上(おかみ)」という侍ことばが、ぴったりする。
 
現在のネパールで観た映画「サルカール」は、私にとっては、私の生きている世界のストーリーである。血の臭いが、映画館の漆黒の中に座っている、私の脳裏に渦巻いていた。
 
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映画「サルカール」公式サイト(英語ですが、観るだけでも楽しめます♪)
 
この映画、ジャイ・ネパール映画館では今週木曜日まで。カトマンズ在住の皆さま、急ぎ観ましょう。金曜からはアミール・カーン髭でむんむんの歴史大作、「ザ・ライジング」と、注目作が続きます。

日本の梨 と 焼き鳥 in カトマンズ

先日お知らせしたとおり、今日はパタン市内 Hotel Himalaya にて、第三回日本梨フェスティバルが開催された。
 
日本の梨1この日本梨「豊水」「幸水」「菊水」は、カトマンズ盆地とその近郊で生産されたものである。
 
あいにく朝から強い雨が降り続き、最初は出足が低調であった。しかし午後から雨が止み、数多くのネパール人そして在留邦人が、瑞々しい季節の味に誘われて集まった。毎年、ネパール人の参加者が、確実に増えている感がある。そしてまたカトマンズ首都圏において、「日本の梨=高級だけれど非常に美味しい特別な果物」というイメージが定着してきた。
 
ネパールにも在来種の梨があるが、こちらは歯ごたえありすぎの硬さで、水分量が少ない。美味しくない果物の代表選手、と云えるほどである。三年前第一回のフェスティバルは、日本の梨が「柔らかな歯ごたえと果汁にあふれる美味しい果物」であることを、ネパールの人々に信じてもらうことから始まった。
 
現在カトマンズでは、日本種の梨は小売店では1kg あたりRs.140前後で販売されており、ネパールの夏の果物「マンゴー」の、2倍以上の値段である。現状では高級果物として、舌の肥えたネパール人に好まれている感がある。お使いものとしても、「わぁ、日本の梨!こんな高価なものをわざわざありがとう」と、大好評である。
 
今日の会場では、市場より安いお買い得価格での即売も行われ、人気を博していた。また、Hotel Himalaya謹製の「梨を使ったケーキやパイ」の販売もあった。こちらのお菓子の味も、毎年向上している感がある。
 
日本の梨2日本の梨は、その栽培に手間とコストがかかることに加え、生産量がまだまだ少ない。今後、まずはカトマンズ首都圏で梨の流通が増えることにより、生産量の増大と価格の低下が期待されている。せめてマンゴー並の値段になれば、もっと多くのネパールの人たちに、日本種の果物として親しんでもらえるだろう。また、中東などの諸外国に輸出することも可能であろう。到達すべき道は遠いが、前向きに進んでいってほしい。
 
だからこそ、付加価値農産物としての果樹栽培農家を勇気づける、今回のようなフェスティバルは、毎年続けていくことに大きな意味がある。これを第一回から主催しているのは、ネパールのNGO、Love Green Nepal(LGN) である。そして今年から、日本梨をはじめとする果樹栽培の技術移転に、長年努力を続けてこられたJICA / JOCV と、ネパール政府農業省が協力・協賛として加わった。今日の会場にも、JOCVの若者農業ボランティア、そして、農産物流通を専門とするJICAシニア・ボランティア(SV) が、LGNメンバーと一緒に活躍する姿があった。
 
ネパール政府、そして日本の政府開発援助を行うJICAが、特定のローカルNGOと一緒に企画をするのは、大変難しい規定や制約があると聞いていた。その垣根を取り払うため、ネパール政府とJICAを説得し実現の原動力となったのは、農産物流通の専門であるJICAシニア・ボランティアの方々であったと伺った。日本でそれぞれの専門分野における経験を積まれ、リタイアされた後、ボランティアとしてJICAから派遣されている方々である。このような社会経験豊富で、かつ実社会での実行力にあふれたSVのみなさんだからこそ実現できた「政府とNGOの縁結び」であったと思う。
 
今年も、ネパール産の日本梨は美味い!8月いっぱい、旬の味を楽しめる。
 
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夕方からは、カトマンズ市内ババルマハルにある老舗日本料理店VanVanにて、第一回「久美ちゃん焼き鳥の宴」が開催された。在留邦人20人ほどが参加した。
 
これはカトマンズに暮らす日本人の間で、「伝説の絶品焼き鳥」として評判のS家秘伝の焼き鳥を、もっと多くのみなさんに楽しんでもらおうとする試みである。タレを使わない塩味と内緒の隠し味で、炭火で焼く焼き鳥はジューシーな美味さ!また、普通のお店の焼き鳥に比べて2倍はあろうかというボリュームで、ひと串Rs.50(約75円)。
 
はふはふ。熱々でおいひぃ〜。しあわへぇ〜。もぐもぐ (^O^)
 
最近、なかなかいい話の少ないカトマンズで、日本人が集まって楽しもうよ!という企画でもあり、今後も月に1回のペースで開催されるそうである。久美子ちゃん、幸子さん、ありがとうございます。
 
会場となるVanVanレストランは、鍋物、餃子、ラーメンなども美味しく、焼き鳥との相性もバツグン。次回の「久美ちゃん焼き鳥の宴」には、より多くのみなさん、おいでませ。日程については直前に、日本人会商工部会HP http://www.cometonepal.com/ に掲載される予定。
 
商工部会HPはかなりこまめに更新されており、これまた、こまめなチェックをすることにより、邦人関連のイベントや企画情報をゲットすることが出来る。楽しい集まりも、そして仕事も、みんなで作り出していこうよ!という意気込みを感じられる発信である。
 
今日は昼夜連チャンで、美味しい集まりに参加させていただいた。満腹ぅ。
 
どこかの国の首相官邸では、現首相と前首相が「干からびたチーズとサーモン」だけで、缶ビールを流し込んだそうな。それに比べると、今日のカトマンズはすごかったゾぉ〜っ!

ネパール市民協会、路上集会敢行

本日午後3時より3時間に渡り、カトマンズ市内ニューバネソールの道路を封鎖して、「ネパール市民協会」による路上市民集会が開催された。なおこの集会場所設定は、メイン道路の交通を遮断しない配慮が為されていたことを特に付け加えておく。
 
また、カトマンズ首都圏は「平和的日常」が続いていた。街全体が刺激的な味付けになっていないことも、記してアピールするものである。
 
2005.8.5_1
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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この集会には、コングレス党首のギリジャプラサード・コイララ氏、統一共産党書記長のマダヴクマール・ネパール氏をはじめとする、主要政党の党首や幹部が招待されていた。普段は当然のごとく演説をする彼ら彼女らであるが、今日は市民の声を「じっくり聞かされる」ために出席した。
 
集会の冒頭司会者は、今日は政治家による演説は許さないこと。市民だけが発言することが宣言された。高齢のコイララ翁は途中で退場したが、他の政治家たちは最後まで、席を立つことはなかった。
 
演壇には風刺詩人や知識人、ジャーナリスト、作家、人権活動家などが次々に登壇し、ネパールの平和と民主化のためのアピールが続いた。途中激しく雨が降る一幕もあったが、集会は続行された。
 
私が一番期待していたのは、週刊英文紙 Nepali times のレギュラー・コラムニスト、C.K.ラル氏(冒頭、横長写真)の演説であった。彼はネパール政府の現役官僚であり、王制の廃止と共和制を主張する「前衛知識人」に混じって演壇に立つのは、職を失う危険がある。集会に先立つ数日前、このことを問う私に対して彼は、
 
「自分が失う危険があるのは、公務員としての立場だけ。カトマンズ盆地の外のネパール人は、命を失う危険と隣り合わせて生きています。知識人として、発言しないわけにはいかないんですよ」
 
と答えてくれた。また、一部前衛知識人による「革命的な共和制の実現要求」を大変憂慮するラル氏である。この件については、メルマガ過去ログを参照されたい 〜クリック。
 
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ラル氏の登壇は、集会も終わりに近づいた頃。最後から3番目の登場である。この手の集会では、注目度の高い人ほど最期に演説する。
 
彼の発言内容は、事前に私に語ってくれた内容を踏まえたものであった。直接的に「共和制実現要求への憂慮」を非難するのではなく、
 1.政治家、知識人がまず、民主時代の自分の失敗を反省すること。
 2.健全なる市民社会と政治の必要性。
 3.国軍が王権の元にあるのではなく、国民主権の下の軍隊となること。
 4.マオ派は、武力闘争を即刻中止すること。
 5.国王は、自分の分をわきまえた場所に留まること。
などを、穏やかに、時に力を込めて主張した。
 
また、現在の国王独裁は、長続きしないことを確信を持ってスピーチし、市民に希望を失わぬよう勇気づけた。
 
そして、この市民活動自体についても、政治化することなく、また知識人が自分の社会的野心を実現するための運動になってはいけないと、厳しく釘を刺した。事実、今日の集会での発言者の中に、国王独裁体制打開後の「首相職」「大統領職」の席に着く希望を、軽々しく自分の身内には漏らしている御仁もいる。
 
ラル氏の演説は、聴衆を必要以上に鼓舞する「実現不可能な、刺激的単語」の使用を、意識して避けていた。聴衆からは、深い同意の声と拍手があがっていた。
 
現在のネパールに必要な知識人とは、実に彼のような人間である。
 
私は、自分がネパール語を理解できる人間として、この場所に立っていることの幸運を感じた。
 
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その後演壇に立ったのは、国民による共和制実現を叫ぶ、過激な人権活動家、クリシュナ・パハリ氏である。その刺激的演説は、聴衆の大喝采を浴びていた。
 
私は......拍手できなかったけれど。だって、社会基盤の脆弱なネパールにおいて、彼の主張する「共和制革命」は、国民の命をかけた危険すぎるギャンブルだもの。
 
トリは、市民協会会長パンデ博士。う〜ん。会長さんですから、最後ですね。実質的には、ラル氏とパハリ氏の演説で終わっていた感がある。
 
「国王独裁・専政政治」は「許し難い」ことでは一致をみる市民協会である。しかし、節度ある王室の存在を容認すべきとの意見から、王室そのものを廃止してしまえ、追放してしまえとの主張まで。論客の、論点の振幅は大きすぎる。
 
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さて、今日の集会には何人くらいの参加があったのだろう。

司会者は、お集まりいただいた「5万人のみなさん!」と檄を上げていたが、周辺警備に当たっていたネパール警察の警部さん(とても気さくに、丁寧にいろいろ教えてくれた)曰く、「千人ってところでしょう」.....はぁ?

主催者発表5万人も、警察見解千人も、実態を捉えていない。このあたりに、現在のネパールが抱える問題が透けて見える感じがする。

私自身の推測を書くことはしないが、もっと集まってくれないと、情念うねうね、本物の市民集会とは云えないよな.......というのが正直なところ。8月16日(火)には、カトマンズ旧王宮の「バサンタプル広場」でまた同様の集会を開催するそうだ。さて、どれだけ集まるかな?

次回の目玉は、政治家が壇上で「懺悔」じゃないかな?などと、勝手に想像している。もし既存政治家・政党の国民に対する「お詫び」を引き出せたら、市民運動は意味あるものになるんじゃないのかな。

「王様に完璧にしてやられた内閣」で大臣をしていた、以前から顔見知りの某政治家と会場の端の方で出会ったので、「政党より最近、市民活動の方が過激ですねぇ」と声をかけたら、バツが悪そうな顔をして逃げられてしまった。ははははは。

2005.8.5_2

今日の路上。ステージに近いあたりは熱気むんむんであったが、後方はのんびりしていた。

屋台のポップコーン売りなども出ていて、トウモロコシを炒る芳ばしくも美味しそうな香りが、あたりに漂っていた。

カトマンズらしい。

ネパールを訪問した日本人観光客の数

先日某所で、ネパールを訪問した「日本人観光客」の数につき、勘違いから間違った数字を云ってしまいました。手元にある資料(ネパール観光白書2001)で確認してみましたところ、
 
     日本人   観光客全体
1999年 38,893人  491,504人
2000年 41,070人  463,646人
2001年 28,830人  361,237人
2002年         275,468人
 
とまぁ、2002〜2004 の日本人観光客の数は、気が滅入りそうなので調べる気が起きませんでした。
 
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本日、ネパール観光評議会 NTB から届いた資料メイルによりますと、
 
1月〜6月までに空路到着した日本人観光客、前年度比42%マイナス。前年度だって低調だった筈ですから、42パーセントも更に減っているというのは......大変厳しい数字です。
 
来週あたりNTBに行って、統計資料の最新版をもらってこようと思います。

凶暴なり、ばなな猫茶屋

今日の午後、ほぼ1ヶ月ぶりに、パタン市内のばななきゃっとカフェ ←クリック に行ってきた。
 
何故そんなに「久しぶり」だったかと云うと、「しばらく行かない方が良いぞ」「何だか危険な香りがするぞ」という、第六感に従っていたわけである。ネパールのような不確実性むんむんな社会に暮らしていると、野生の「感」がなければ食われてしまう.......嗚呼、野生の王国。
 
さて、ヘルシーな「豆乳プリン」と「アイスコーヒー」をいただき、ちっちゃな看板娘ちゃんに遊んでもらって、さあ、さっさと帰らないと身に危険が及ぶぞ........と、会計を済ませて退散するところで、ももはんサフニの甘いささやきが。
 
「みきはん好みのTシャツと、大きなサイズのサンダル入荷してますよん♪」
 
ばなな猫画伯直筆、ガネーシャTシャツ Rs.350 (550円弱)
パキスタン革職人手作りサンダル Rs.550 (850円強)
桃の手作りジャム大瓶 Rs.250 (390円弱)
 
お買い上げぇ〜 (*^_^*)
 
そうなのだ。ばなな猫茶屋は、カフェとしての魅力以上に、そのオリジナルグッズが「凶暴なる魅力」で、むんむんと迫ってくるスポットなのだ。しかも「私好み」「私サイズ」の品物が勢揃いしていたから、行ったら買っちゃうぞ!という危険信号が電波に乗って届いていたのだぁ。
 
しかし、今日私は悟った。アート系グッズにおいて、ももさんに逆らおうとしても無理だってこと。小銭を握りしめ、ばなな猫の強力磁場に流される喜びに浸るしか、解脱に至る道はない。南無、南無〜っ。
 
さて、桃のジャム用に「まほろばの食パン」も買ってあるし、ガネさまTシャツとサンダルで、どこに出かけようかな?最近柄になく「硬い話」ばかり書いていたが、こういう「あほブログ」が書けた今日一日に、ぽわ〜んと感謝 (^人^)

日本人と働くことによる、「文化」伝搬

本日午後、パタン市内「カフェU」にて、某日本人の皆さまたちとのミーティング。雨も降らず、木陰が涼しかったので、外のテーブルにて。ここは、駐車場からも見渡せる視界の中にあった訳です。
 
実り多い話し合いも終わり、全員鞄片手に立ち上がって、
 
「今日はありがとうございました」 〜ぺこりとお辞儀を交わしていました。
 
そうしたら、出席者のひとりである日本企業関係者のドライバーさんが、何も声をかけていないのにエンジンをかけ、車を「すっ」とこちらに回してきたのです。
 
う〜ん、すごいぞ!相手の動きを注視して次の行動を予測したり、指示されなくとも行動に移したり....などというのは、普通のネパール人の行動様式には【ない】ことです。絶対にない。あり得ない。
 
それが、ある日本企業に勤めるドライバーさんは、日本人の動きを見て、速やかに次の移動が出来るよう、自然な行動で機敏に車を動かしたのです。日本人と仕事をする中で、【次を見越して機転を働かす】という【日本文化】が、しっかりネパール人社員に伝搬されていることを感じました。
 
この会社では、文化のレベルの仕事を、普段から行っているってことですね。
 
日本では普通のことですが、ここネパールでは、普通あり得ないことなんですよ。日本在住のみなさんにも、この感動を伝えたいと思いました。
 
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さて今日はカフェUにて、「シュークリィム」が楽しめました。日替わりの手作りデザートですから、毎日あるとは限りません(その他のケェキも、とても美味しいですよぉ)。
 
今までも何度も書いたのですが、私にとってシュークリィムは、大好きな祖母との想い出が詰まったケェキです。またカフェUのシュークリィム、懐かしい美味しさなんですね。今は亡き祖母も、私が幸せを感じたこと、喜んでくれていると思います。
 
いかん、いかん。おセンチになってしまったわい。

政治的孤児、ガガン・タパ

デウバ前首相の汚職容疑での有罪評決・投獄後、もうひとつの審判が注目を集めている。
 
7月27日逮捕されたネパリ・コングレス党の学生組織NSUの前幹事長、ガガンクマール・タパ氏(28)に対する、特別法廷での審議である。その罪状は、ネパール市民協会主催のデモ行為において、デモ集会が禁止されている区域内に侵入して「反王室」スローガンを叫んだという、「不敬罪」である。タパ氏写真はクリック。
 
今日午前中から、一週間の拘束期限を延長するか否かの審議が続いている。朝10:50、カトマンズ郡検察に連れてこられたタパ氏の支持者が、その建物の回りに集まってきた。30分後、検察から特別法廷まで警察のバンで移送されたが、車の前後に支持者のデモが付き添い、タパ氏支援のシュプレヒコールがあがった。
 
警察の移送車はデモ隊に挟まれ、人の歩くスピードで前に進んでゆく。まるで、結婚式の行列のようであった。特別法廷への入廷後は、建物の前で支持者たる若者たちが、王制の終焉と共和制による国家運営スローガンを、しばらく叫び続けていた。
 
現在タパ氏の名前は、単に学生運動のリーダーの範疇を越えて高まりつつある。リンクした写真ではまるで「ふっくらした河童ちゃん」のように写っているが(もっと良い写真を探したが見つからなかった)、最近の彼は無精ヒゲに眼光鋭く、カリスマ性が降臨しつつある雰囲気。実物のタパ氏を見るに、よれよれのTシャツ姿であっても、いつもぱりっとした伝統服のデウバ前首相よりずっと、清潔で毅然とした印象がある。褒め過ぎかな?
 
さて、ギリジャ・コングレス党の青年活動家である筈のタパ氏に対して、コングレス党をはじめとする既成政党のサポートは皆無である。若手リーダーとして名を上げる彼に対して、ギリジャ・キャンプからの冷たい仕打ちが感じられる。出る杭は打たれる......というか、椅子取りゲームに新参者は入れてあげないよ。というところか。
 
政党組織という「親」から見捨てられ、政治的孤児となったタパ氏には、それでもイデオロギーを越えた学生活動家たちがサポートしている感がある。兄弟姉妹に囲まれるお兄ちゃんか?
 
今後もタパ氏の求心力に集まる若者たちに対し、政党側からの理解が示されなければ、どうなるのだろう?多分、知識人や人権活動家を中心にしている「ネパール市民協会」活動に合流してゆくと思う。この協会には、前衛的共和主義者も少なくない。反面、革命的共和主義体制は現在のネパールには支えきれないものである。と、異論を唱える中道派知識人も多数存在する市民協会である。
 
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ここから先は、私の推論の色合いが濃いことをお許し願いたい。
 
このまま、政党側の政治的モラルが弱体化すると仮定しよう。そして、最近「政党との和平交渉」に前向き姿勢を見せる、マオ派である。そして、残るは王室勢力である。
 
王室側は、来年4月までの市レベルの地方選挙実施を目指している。そして最近の諸外国の圧力を鑑み、国政選挙も前倒しで、出来るだけ早く行いたいと画策している様子がある。
 
もし仮に、国王、マオ派、政党側の国政選挙に向けての基本的合意が取り付けられたとしたら.......マオ派に対する支持は、本当に安全な環境での投票が行われた場合、どの程度のものであろうか?
 
政党への支持は、このままでは減少することはあっても、増大するとは思えない。国民は、民主主義の名の下に政党が行ってきた利己主義を、忘れることが出来ないでいる。そして現在も、政党側からは反省の行動も、声さえも聞こえてこない。
 
市民活動派は、選挙に対する組織力が脆弱である。確固たる票の取りまとめ能力に、大きな疑問が残る。
 
となると、資金力、組織力、票の取りまとめ能力に優れている「国王支持派」の議席確保が躍進するのではないだろうか?
 
もちろんこれは、全勢力妥協の上で、国政選挙が行われたら?という、多分に非現実的な想像に立脚する妄想に過ぎない。そしてまた、次に実現する国家レベルの選挙は、新憲法制定のための評議員を選出する「制定会議」のためのものである可能性も無視できない。
 
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しかし......である。現在のような、既存政党の「国民から遊離した、国民の視点から不透明に見える政治活動」。今後今以上に支持を集めそうな、「カリスマ予備軍に対する政党の無関心」。全国的組織力が弱い「市民活動の都市部での台頭」が、結果として、支持者の細分化をもたらす危険性はないであろうか?
 
結果として、漁夫の利を得る勢力が「選挙で勝ってしまう」図式を生み出す可能性はないだろうか?
 
現在のネパールに必要なのは、空想的理想主義に基づく「共和制革命」でもなく、毛沢東の共産主義でもなく、絶対王制でもない。
 
全ての政治勢力が正しい政治力を持ち、支持者を組織した中での話し合いであり、健全な選挙で選ばれた中央・地方議会に立脚する国家。これこそが、必要な姿だと思う。
 
ネパール国内に存在する2つの、「武力を背景とした勢力」勢力拡大闘争の影で、民主主義を掲げる政党や市民活動が、結局はスポイルされていく危険性を感じるのは、私の思い違いであろうか?

素敵なブログ、みつけたよぉ〜

最近、ネパール在住者のブログ開設が続いています。そんな中で、普通のカトマンズ暮らしの中でみつけた出来事を、一本筋の通った爽やかさで発信しているサイトを見つけました。
 
日々のネパール情報 http://blog.livedoor.jp/himact/
 
読んでいて、共感すること、教えられることが沢山あります。みなさま、是非ご覧下さいませ。
 
またブログ発信者の方が関わっていらっしゃる
 ヒマラヤン・ガーデン・ホーム http://www.himalayanhome.com/
 ヒマラヤン・アクティビディーズ http://www.himalayanactivities.com/
のサイトからも、真面目で優しい気持ちが伝わってきます。
 
ネパールで、自然体の旅行をしたいけれど.....いきなりタメルの見知らぬ環境はちょっと不安。と、感じておられる皆さま。上記の二社はおすすめ出来そうです!日本語メイルOKだそうですので、直接コンタクトを取られてみてはいかがでしょう?

第3回、日本の梨フェス in かとまん

LGN_2005いきなりですが、日本の「梨」な訳です。

LOVE GREEN NEPAL 主催、第三回日本梨フェスティバル!【展示即売】

日時 8月6日(土) 11:00 - 17:00

場所 パタン市 Hotel Himalayaガーデン

協力 ネパール政府農業省

協賛 JICAネパール事務所/ H. Himalaya

会場では、日本種の梨が1kg Rs.100前後というお買い得価格で販売されます。

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JICA / JOCV(青年海外協力隊)の長年の技術移転によりカトマンズ近郊では、日本種の「豊水」「幸水」「長十郎」梨が生産されています。

ネパール産の日本梨、ジューシーで、お世辞抜きで美味しいんです!

しかし4年前までは、JICA関係者以外の口にはいることは殆どありませんでした。美味しいのと生産量が少ないこともあって、関係者のラインだけですぐに「完売」しちゃっていた模様です。実は私、そっち関係の仕事をさせていただいていた頃は、カトマンズ市内の事務所に売りに来てくれた日本梨を買えました。亭主も、まだ小さかった愚息も、「日本の梨ぃ〜、おいしぃ〜」と、味を覚えてしまったのですね。

そっちの仕事を辞めて、フリーになってからは、日本の梨を一度も食べられませんでした。ただで食べさせてもらおうなんて云いません。買って食べたかったわけですが。関係者のルート以外では、売っている場所がなかったのです。

そんな現状が打破されたのは3年前。ネパールの環境問題NGO、LOVE GREEN NEPAL が、ネパールにおける日本梨の流通と販売に乗り出しました。契約農家から直接買い上げ、等級別のパッキングをして、カトマンズやパタン市内の果物店やスーパーなどに卸売りをしてくれています。

それまでは、王侯貴族の、あっ、いえ、日本の援助関係者の口にしか入らなかった、ネパール産の日本梨が、お金さえ出せば私たち一般人も買えるようになりました。幻の果物、日本梨の民主化が、ここネパールで実現したわけです。民主化万歳!

いやはや、「食いものの恨み」は怖いですね。

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さて、LOVE GREEN NEPALはネパールのNGOとして、環境問題と付加価値農業振興に大きな役割を果たしてきました。

環境保全のためにも、地域住民の経済状態を向上させる必要がある。そのための付加価値農産物生産です。ネパールのNGOとしてはちょっと異色の、梨の市場開拓と流通という活動は、先進性に富んだ試みです。

このような活動が、ネパール人のNGOにより為されていることに、大きな希望を抱くのは私ひとりではないでしょう。

LOVE GREEN NEPALの活動には、日本政府開発援助 ODA も大切な支援をしています。日本政府・草の根無償資金協力により、梨をはじめとする付加価値農産物の流通に欠かせない「冷蔵倉庫」の建設などが達成されています。

そして今年の「梨フェスティバル」には、JICAネパール事務所も協賛とのこと。招待状にJICAのロゴマークを見た私は、大きな喜びに包まれました。JICA、偉い!ブラボー!!ぱちぱちぱち(拍手)。

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カトマンズ首都圏にお住まいの皆さま。来る土曜日は是非、梨フェスティバルにお越し下さい。ネパールで、美味しい日本の梨を食べましょう!

このフェスティバル以降は、カトマンズ、パタン市内の「やる気のある果物店・八百屋さん」「スーパー」でも販売開始されます。

日本梨が広く沢山販売されることが、生産量拡大に結びつきます。そしてそれは、価格の低下と安定に結びつきます。結果として、現在はカトマンズ首都圏の外国人と中流以上ネパール人に限られた日本梨の購買層が広がり、生産農家の繁栄と共に「日本の援助」が結実するのです。

日本の梨がひとつの「お手本」となり、頑張る生産者がきちんと儲かる社会を、少しずつ広げていくこと。このような活動は、ネパールの民主化根本的な部分に寄与するものであると信じています。

ネパール産の日本梨を食べて、ネパールのより良い明日に希望を繋ぎましょう!えいえいおー。論理が飛躍しすぎですか?

日本の新聞、ネパール取材体制について

ネパール日本人会商工部会ブログの記事(日本の新聞について、ネパールのニュースは誰が取材して記事を書いているのか?←クリックで元記事)に対して、ひとつの情報として書いてみます。
 
まず新聞。朝日、読売、毎日、共同通信の「通信員」がカトマンズに居ます。ネパール人のベテラン・ジャーナリスト揃いで、各社英語でレポートをそれぞれの支局(ニューデリー、イスラマバード、バンコクなど)に送っています。新聞系の通信員はそれぞれ、錚々たる顔ぶれですよ、ホント。
 
テレビについては、NHKとフジの通信員がカトマンズに居ます。が、フジTVに関しては旅行会社が担当しており、ジャーナリストではありません。
 
以上の(日本の既存メディアに限った話)通信員の中で、日本語によるニュアンス込めた状況報告やレポートが、カトマンズに居る人材だけで出来るのは、NHKだけです。
 
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さて、では実際誰が取材しているかと云いますと、カトマンズには普段居ない(デリー、イスラマ、バンコクなどの)支局の特派員が、遠隔地から取材をしている会社があるんですね。カトマンズの通信員は、ほとんど活用されていない社もあります。悲しいですが。
 
一方、毎日、共同、NHKは、現地の通信員がカトマンズの状況をその都度送っています。特に毎日新聞は、ネパール人社員の「署名記事」が紙面に載ることが少なくありません。
 
ここで考えたいのは、「現地で取材する人間」と「記事を書く人間」が別々である場合が少なくないと云うことです。最近気になるのは、日本の新聞関係の記事で、カトマンズの通信員が送った内容とニュアンスの異なる新聞記事が掲載されること。もしくは、現地に確認しないで支局で書いていると思える新聞記事もあることです。ネパールに通信員を置かない社は、これ以前ですが。
 
では、支局にいる特派員が何を元に記事を書いているのか?ここから先は、(大きく外れていないであろう)推測です。
 
メディアの世界には、ロイター、AP、AFPなどの「ワイヤー・ニュース」てえ存在があります。これらの各社は、新聞記事の「元」になる「ニュースの素材や情報」を電信で、メディアに向けて「卸売り」するニュース・サービスなんです。新聞記事に「ロイター伝」とか、明記されていることあります。
 
世界中のメディアで「採用されてナンボ」なワイヤー・ニュースですから、情報の書きぶりは【刺激的】とならざるを得ないのでする。例えば、ネパールの国内線の事故があったとしたら〜
 
ネパールの首都カトマンズと○▽★を結ぶ国内航空路で▽◎◆△事故発生。現在に至るまで、外国人乗客についての安否は不明。
 
この飛行機に「外国人が乗っていた」事実が確認できなくとも、外国人が【乗っていなかったことが確定】されるまでは、外国人乗客についての安否は不明........と書いても、ウソではないでしょ。
 
であるから、バンコクあたりで、【ネパールって、ああいう国だもんな】と先入観むんむんで、ネパールについての「刺激的味付けの強いワイヤー・ニュース」だけ見ながら、英語を日本語に翻訳しつつ記事を書いたりすると、もう........ネパール在住のワシらを激怒させる記事の出来上がりなんですね。
 
ところで、ネパールでワイヤー・ニュース各社から取材して記事を書いているのは、これまた主にネパール人ジャーナリストな訳です。ロイターのGさんは、知的で気さくな紳士だし。APのBさんは若手バリバリのイイヤツだし。AFPのK御大は大ベテランだけど偉ぶらないおじさんだし。
 
みんな、いい人たちです。きっぱり。でも、ワイヤーという性格上、記事は短い文章で断定的になる訳です。
 
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2001年6月の大事件とか、2.1とかの事態になると、アジア各所の支局や東京から、日本人の優秀な国際部記者がカトマンズに来ます。
 
こんなとき、ネパール人通信員も日本人と一緒に取材に従事するわけですが.......時に「日本人的予定調和」でものを見がちな日本人記者に対して、穏やかに、必要あればケンカ覚悟で、ネパール人ジャーナリストとしての「現実」を見せて、日本人を納得させることが出来るか否か?
 
このあたりは、各社ネパール人通信員の無鉄砲さというか、阿呆さ加減にかかっていると思うのですね。みなさん、紳士的で頭の良い方たちが多いですからね。でもって、ネパール人が主張したことが、実際にどんな記事になったか?日本語が読めなければ、確認する術もない訳ですが。
 
その点、毎日新聞さんは頑張ってます。ご高齢なネパール人記者(社員)さんは、自分の送った記事が正しく日本語に翻訳されているかどうか?ポイントが削除されていないかどうか?日本語の堪能なカトマンズ在住者に電話して、確認とってるんですわ。これ、実話。
 
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ネットからはビンティが、日本の報道各社の貴重な・重要な情報源になっています。
 
で、この「空の下」もチェックされている特派員さんいらっしゃるようです。カトマンズで、新聞社の特派員さんに「あっ、空の下さん。見てますよん♪」などと云われると、恐縮して......小声で「こんなの読まずに、自社の通信員の云うことをもっと良く聞いてよ」と、呟いたりする訳です。
 
ネパールのような、常には「放し飼い」な国の報道って、本当に難しいですよねぇ。
 
えっ?何でそんなに詳しいのかって......世の中、深く追求しない方が幸せなこともありますよね。はい。自爆。

今日の話は、「噂話」に過ぎません。

普段、このブログに書く内容は出来る限り【自分の目で見たこと・体験】か、【裏をとった話】とするよう心がけている。しかしこれから書くことは、カトマンズの某所で聞いた【噂】に過ぎない。
 
話の舞台が主としてニューヨークの国連本部であるため、確認の取りようがない。申し訳ない。そしてまた、「そんな馬鹿な」と無視できない筋から聞こえてきた噂でもある。
 
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先月、1週間にわたってネパールを訪問した、国連アナン事務総長の特別顧問、ラクダル・ブラヒミ氏。アフガンやイラクなど、国連のコミットメントが本当に必要な場所に「だけ」派遣されてきた、アナン氏の信頼厚い大物である。
 
ブラヒミ氏とギャネンドラ国王の会見は和やかなものであり、ブラヒミ氏は好印象を抱いていた。しかしその会見終了直後、内閣の拡大改造が発表された。新閣僚には、パンチャヤト国王専政を「表」で「裏」で支えてきた御仁が多数任命された。そのことを知ったブラヒミ氏は、深い失望と共に強い怒りの感情を抱いた。
 
国連本部に提出されたブラヒミ氏の「ネパール報告書」は、現体制に対して非常に厳しい評価を下したものであった。その内容は、国連本部の方が「ソフトに修正」を試みる程であったらしい。
 
9月の国連総会に、ネパール国王は代表団を率いて参加する予定(実話)。この時、ブッシュ米大統領との2国間首脳会談をセッティングしようと、ロビー活動が行われている。さすがの陛下も、ブッシュ大統領の言い分には耳を傾けるのでは?と、切なく期待する声あり。
 
最近、国王は周囲に相談することなく、ひとりで考えて決定を下しているではないか?と見られる。同時に、神の加護を願う宗教儀礼が非常に活発に執り行われている模様。
 
王家の守り神は、現世利益を与えてくれる力の女神「カリー」である(この段落部分は実話)。
 
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以上、一部私の知っている実話もあるが、基本的には噂話。それ以上でも、それ以下でもないことをご理解いただきたい。

United We Blog! フッカツダー!!(゚∀゚ )三

昨日「ハッキング」され、サイトがダウンしていた、ネパール・ニュース系有名英語ブログ United We Blog! (UWB!) が復活している。
 
最新記事を見ると、ハッキング後、実に数多くの人たちが心配していた様子が分かる。同時にコメント欄には、「UEB!オマエら自作自演だろ〜」などという香ばしいカキコもあり、ああ、まさに、ネパールに限定した「2ちゃんねる」に匹敵するキャラと化したブログだなぁ.....と感じ入る。
 
新規再開サイトは、以前のような「ブロガーくん二人の写真」などが削除されている。このご時世、この体制下では「実名を晒した英語発信」というだけで充分危険なのだから、顔出し削除は当然の防衛策と思う。それでも、一部リンクをたどっていけば、あるブログ発信者個人の情報が、本人により無防備に公開されていたりもする。
 
大丈夫かよ?
 
しかしまあ、玉石混淆の情報鉱山であるUWB!の存在は貴重である。これからも、UWB!の坑道に入って、ニュースや情報の原石を見つけたいと思う。大切なのは、ひとつの情報ソースに依存せず、多方面の情報と付き合わせて考えること。
 
そして、自分自身、【現場で取材】するってこと。
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