けぇ がるね?日記

ネパールの首都、カトマンズから発信しています。

2006年06月

Amulの生クリーム

先日、植物性粉末コーヒークリームが品切れ中〜と、書いた続き。

卸屋さんに再入荷したらしく、ネスレ社のCoffeeMateがぽつぽつ、スーパーの棚に並びだした。ネット検索をしてみると、身体のためにはミルクから作ったクリームの方が良いらしい。

と云うことで、カトマンズでも手に入るAmulブランドの生クリーム。1リットルパックとデカいのが(-_-;) だが。少量砂糖を入れ「まぜまぜ」して、濃いめに入れたコーヒーに浮かべると......美味い!じゃないか。

カロリーが心配なのだが、まあ、日に1度くらいいいか。寝起きのコーヒーの習慣になりそうだ。

野暮ですが、一応

このブログ題名の下に、無断転載お断りの一文を入れた。

まあ、ネットの世界では防ぎようがないので、ニュース性が高い写真の場合、著作権者の名前を「べたっ」と画像に貼り付けたりしてきたが......

出典を明記し、オリジナルのURLなどもリンクした上で記載するのは「引用」であり、これは紙の論文の世界でもよくある仁義である。

ではネット上で、紹介したい他人の写真があった場合は......「ここにこんな写真があります」と、写真掲載URLを貼り付けるのが礼儀ではないかな?画像を「お持ち帰り」して、自分のサーバー上にUPするのはいただけない。

今回「見つけてしまった」他人のブログ(複数)は、ご本人に悪気はなかったのだろう。または他人の写真を転載することを、深く考えずにやっている感じもある。「ミキさんありがとう」と書いてある人もいて(一方的に書かれても困るのだが)、笑ってしまった。

が、なんかちょっと、違和感が残る。

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記事であっても論文でもブログでも、こういう点にきちんと配慮があると、文章やサイトに対する信頼性が高くなる。

ネットにおける著作権について、asahi.com の著作権についての記載は分かりやすく、一般論に応用しやすいと思います。これも(こういう記載の仕方も)、ネットにおける「引用」ですね。

米国のマオ派不信、極まる

昨日カトマンズ市内のロータリークラブ会合にて、駐ネ米国大使モリアティ氏はネパールの現状を、1917年のロシア革命に擬えた分析をぶち上げてくれた。

スピーチの全文(英語)

まぁ、アメリカ政府が共産主義を嫌うのは、ワシらが鯨を食べて「実に美味い!」と思うのと同じだからなぁ。文化の根幹。

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ロシア国民は1917年、2月革命において、民主主義の実現に希望を抱いていた。新憲法制定のための憲政会議選挙も、翌年予定されていた。しかしこの喜びと不安定の状況の中、レーニン率いるボルシェビキ共産主義者たちは、他の政党に対する暴力的攻撃的支配により、新憲法制定を退け、共産主義共和制を作り出した。2回目のロシア革命(10月革命)の完了により、全体主義国家が形成されたのである。

と、スピーチの中にはこのような趣旨の発言があった。

モリアティ氏が「2月革命」に擬えているのは、今年4月の「民主動乱供1990年が機法廚任△襦「10月革命」については、マオ派党首プラチャンダ氏も、もし現在の和平交渉が決裂した場合は、ネパール版10月革命の可能性について言及済みである。

モリアティ氏は、マオ派が完全に武装解除しない限り、米国政府は支持できないという立場を取る。それ以上に、米国の国益を代表する氏は、彼の政府の、マオ派共産主義に対する不信感を隠さない。

米国は、マオ派と国軍だけでなく、多国籍軍を巻き込む内戦という、最悪のシナリオも可能性のひとつとして検討しているらしい。そういう「未確認情報」も流れてくる。米国は、ネパールのマオ派が、武力を背景とした(暴力)革命=ネパール版10月革命を敢行する可能性について、真剣に分析している模様なのだ。

事実、4月の民主動乱においてはカトマンズ首都圏においても、マオ派の動員が原動力のひとつとなっていた。市民と7政党の、専政王制を倒すための美しい政変.....ではなかった。マオ派に「仕組まれた」動乱であった。だからこそ、7政党側は国会の権威を盾に、なりふり構わず、マオ派に振れた流れを押し戻そうとしているのだろう。

問題なのは、米国が、極左共産主義が(ネパールにおいて)権力の一翼に就くなら、いっそネパール内戦の方が「米国の国益」と判断し、そう画策しているのか否か?という点だ。このような政治姿勢が、世界の不安定を招いている事実。これをネパールで、近い将来、実感したりしたくない。

南アジアにおける米国の盟友は、現在、インドである。極東においては、我が祖国日本である。霞ヶ関の、マオ派に対するスタンスは?

サイバラ、ネタぁ?

巨大スイカに絶句するサイバラ.......

これ、ネタですか?送り主は、高須の克っちゃんなのでせうか?

こんな平和が、恐い

今年は2月の地方選挙。4月の民主動乱......と、切ったり貼ったりしているのを見ながら仕事をすることが多かった。ついこの間までは、メディア規制法施行するもんねぇ〜、ゴルァ!という環境だった。

それが一転、今の緩んだ日常は何だ?

濃い紫のチベタンドレスができあがり、仕立てが完璧で、ヤッタ〜!先日、亭主がカラチ出張のおみやげに買ってきてくれた布で仕立てたクルタも出来上がり、えへへへへ。もらった布はサクッ!と仕立てて、着て見せなきゃね。

それにしても、亭主殿の見立ては、ピンクの布地。ああ、45歳のおばさんに、ピンクだよ!亭主が私に「着てもらいたい系」のイメージと、はっきり系が好きなマイチョイスの落差に、くらくらする。でもね、自分じゃ選ばない色柄だからこそ、もらう楽しみがあるって。

よし、明日は「ピンク」のクルタで出勤だぁ〜。だーーっ、有り得なーい。

ザ・かぼちゃ

昨日、夕方の精神修養ヨガの場所でもある「カフェU」さんで、日本種の南瓜を分けていただく(KTMニューロード裏の、ガイジン御用達八百屋さんでも買える)。ネパールにもローカル種のものがあるが、日本種よりコクが足りないのだ。

家に帰って、剥いて、まずレンジで「チン♪」してから煮付けてみる。何時帰ってくるか分からない敵など待たず、夕ご飯は早めのわたし......自分で作ったものだが、おいちい (=^0^=)

夜中に帰ってきた亭主が、空腹で、ぱくっ。う、美味い!と好評。

ネパールで暮らしていて思うのは、ここの野菜は「野菜の味」がして、実にうれしい。人参も甘〜い。チン♪して、ちょっと塩をふるだけで、ばくばく食べられるのだ。

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あしゅしゅさんから「チベタンドレスって?」というコメントがあった。

うふっ、明日取りに行くのだぁ。機会があれば、画像もあぷーしますので。デヴダース系とはちと違いますが、華やか系になる見込み。

それにしても最近のブログ、平和すぎやしないか?ま、いいか。

第2回トップ会談か?

マオ派最高首脳のプラチャンダ氏と、No.2のバタライ博士が昨日、ネパールガンジ(中西部の中核都市)から陸路カトマンズ入りしている。

バンコクで治療(呼吸器疾患と前立腺)を受けているコイララ首相も、火曜日帰国予定である。

今週中にも、第2回トップ会談が実現するであろうか?また、これ以外の場所でもプラチャンダ氏の肉声と出会える可能性がある。ネパールは、突然情報が入ってきて動くことが多い。

面白い週になりそうだ。

雨期ですわ

雨の日本格的に、雨期が始まった模様。

用があって外出していたら、2時半頃から急に大粒の雨が降り出し、みるみる土砂降り。この時期、バッグに折りたたみの傘は欠かせない。

と云いつつ、しっかり傘を忘れ、仕事場のベランダに洗濯物干しっぱなしだった.....わたしは、アホでんねん。運良く通りかかったタクシーで、仕事場に帰り着く。助かった。

雨期のカトマンズ盆地。しっとりと緑美しく、なかなか素敵なのだ。

過去の記憶

カトマンズというのは「不思議都市」だ。

その方面に心を閉ざしていれば別だが、ごく普通に、いろんなものが見えたり出会えたりすることもある。路傍の地母神や、アジマ、バイラブ、ガネシュのお寺やシャクティピット(力の溜まっている場所)が、至る所にあるからね。

先日、私の手元に、数百年を経た「石さん(宝石ではなく、「ザ・石」)」が来てくれた。日本で云えば、室町時代。チベット文化圏を、転々としてきたもの。とても不思議な縁で、ひょい、と私のところに来てくれた。

「そういうのって、過去生で自分の持ち物だったのよ」

と、そんな話を聞く。石の感触が、懐かしい。

チベタンドレスぅ〜

昨夜は、残念!ワールドカップも終わった。4年後の雪辱じゃ。

さて、普段はジーンズかトレッキングパンツ。パーティーの時はサリー。私の服装に「中間」はなく、カジュアルかフォーマルしかない。クルタは、ほとんど着ない。

そんな私が、ここ数年来着てみたいと思いつつ、なかなか機会の無いのが、チベタンドレス。チュバとも云う(らしい)。今日、カトマンズの「活きた菩薩さま」Lさんに背中を押してもらい、カタシンブーのチベット布屋さん通り(タメルから、アサン方面に向かう途中)でオーダーしてしまったぁ。パーティー用の、派手系。

出来上がりは来週早々。何処に着ていくんだぁ?

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その後、タメルの「一太」でランチをいただき(ごはんの炊き方が上手)、和さんの「ロータス」でかき氷。

そうしたらまあ、和さんとコモロさんともう一人以外、スタッフの顔ぶれがガラッと変わっていた。ネパール全土から集まってきた青少年たち。まだ慣れない様子で、よく云えば初々しい。ロータスに行く楽しみが、また増えたわん♪この少年たちが成長し、カウンター内でキビキビ働くようになる様を、定点観測したい。

辞めずに、がんばれぇ。

大河出現@パタン

昨日午後から、久しぶりの大雨が降った。

5月から6月上旬まで、異常なほど雨が続いたが、いざ、田植え!の時期になってカラカラ陽気が続いていた。今朝も曇り空で、時々「ぱらり」と湿った陽気。水冷式で涼しい。

さて昨日、夕方出先に向かうときは晴れていたのだが、帰る段になって、バケツをひっくり返したような雨、雨、雨......「足」は自転車。小降りになるまで、しばし雨宿り。カッパは持っていたので、全身濡れることはなかった。

パタンのドビガートまで来たところで、道路に排水が溢れ出し、河となっていた。しかも、自転車。気分は殆ど「徒渉」となり、足首まで水に浸かってしまった。FMラジオによれば、今日も夕方雨が降るらしい。

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今年1月から再開したヨガであるが、最近、力業にも挑戦中。三点倒立(ヘッドスタンド)やブリッジ。元々身体が固いわたしなのだが、継続しているとある日突然「えっ?」てな感じで、出来なかったアーサナが出来るようになるもんで。

まだ完全に出来ないヘッドスタンドも、そのうち出来るかな?

さて、このヨガクラス。午前中または午後4時頃で、1時間のビギナークラスをもうひとつ作ろうか?と相談中。場所は、ジャムシケルのカフェU。指導は、カリカスタン「アロギャ・アシュラム」のベテラン先生。健康増進だけでなく、ダイエットにも効果有り。

関心ある方は、「だんらん」レストランの内藤さんにご連絡あれ。

カフェUな、シアワセ

パタン市内ジャムシケルに移転した、「カフェU」さん。

私がホームグラウンド(おいおい)とさせていただいている「ばななきゃっとカフェ(通称ばなな猫茶屋)」とはまた趣の違うスイーツが、実に絶品である。特に、シュウ・クリィムには悶絶されっぱなし......丁寧に作っていただいた感満点の「ランチセット」も、ウマい。おいちぃ〜

それにしても、パタン至近距離で営業中の「ばなな猫」さん、「だんらん」さん、「カフェU」さんが、みんなすご〜く仲良しなのが、これまたイイ!ハッピーな、パタン暮らしなのだ。

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カフェUで時々出会える、「カボチャのプリン」が昨日あったのよん♪

最近、食生活の改善中。ずいぶんと小食になり、身体も軽くなったのだが、久しぶりに「幸せ系スイーツ」を食べたかった。そのツボにはまった、カボチャプリンさん。ああ、美味しかった。ほくっ!としたカボチャ風味+濃厚ミルクのクリィミィ。

なかなか沈まない夏至の夕暮れ、カフェUの風通しの良いテラスでいただくスイーツは、実に印象深かった。ありがとうございました。

時々シビアなネパール暮らしだけれど、こういうゆったりした時間を持てることは、何ものにも変えられない醍醐味だなぁ。

▽☆◎を入れないコーヒーなんて

カトマンズ盆地に、ここ数年で急増した「スーパーマーケット」。

巨大系「バトバティニ」「ブルーバード」や、一瞬日本のスーパーのように見える「ナマステ」、そしてポカラから首都圏進出した「セルウェイズ」など。日本のスーパーから、生鮮食品を抜いた品揃え.....と云えば説明がつくか。

外国人居住の多いパタンでは、個人経営の「雑貨屋さんの発展系ミニスーパー」も多く、小さくても、ガイジン好みの品揃えで便利。私が主に行くのは、セントメリー女学校近くの「アジマ・スーパー」。女主人の気さくな笑顔が気持ちいい店である。

さて、このアジマだけでなく首都圏中の商店で、最近「粉末コーヒークリーマー」が品切れ中。商標名で云えば Coffee Mate (ネスレの商品と、安価なタイ製カーネーション・ブランドあり)。

似たようなインド製「粉末クリーマー」や、外国製の粉末ミルクの素はあるが、どうにもコーヒーが甘ったるくなってしまう。うへっ.....

前述アジマで聞くと、問屋が次の商品輸入をする2週間後まで、この状態が続くそうだ。外国製マヨネーズも(カトマンズ中)品切れ状態とのこと。えっ?では別の問屋と考えて当然だろう。しか〜し、ここネパールでは、スーパー向けの問屋さんは1〜2軒しかないらしい。だから、特定の商品が品薄になれば、ネパール中から消えるのだ。

液体の生クリームを使うしかないかな?と思いつつ、我が家では先日偶然、事務所近くの店の棚の奥から発掘(?)した、CoffeeMateの大瓶がある。

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私がネパールに通い始めた頃(20年前)は、化粧品は云うまでもなくシャンプー、石鹸から歯磨きブラシまで、日本から持参していた。それが昨今、欧米系やインドのブランドの商品が溢れかえっている。

今のカトマンズで入手できないのは、日本語のコンピュータ・ソフトと日本語キーボードくらいか(わたくし、カナ入力なのだ!)。

逆を云えば、CoffeeMateごときの品切れが「目立つ」程、他の商品が豊富と云う事だ。

ああ、痛い!

ネパール中西部の山岳地帯、スルケットからジュムラに向かっていたイエティ・エアの国内線が墜落。6人の乗客と3人のクルー全員死亡した模様である。

日本人を含む外国人は「居なかった」。全員ネパール人。

イエティには、家族ぐるみで仲良しのパイロットがいる(マナン出身のT)。心配で彼の携帯に電話したら、「やあ、ミキ、元気か?」と元気な声が返ってきて一安心。

しかしその後、事故の詳細が現地から入って.....ああ。キャプテンは、別の知り合いだった。絶句。

行いは律し難しか?

昨日夜、世界ヒンドゥー連盟会長、元国軍幹部で元英国大使、そして、ギャネンドラ国王の側近と目される、バラトケサル・シン氏が、学生たちにより路上でリンチを受けた。

シン氏と2人の息子たちが乗った車と、バイクの接触事故があり、これに怒った息子たちがバイクの運転手に暴力をふるったのが原因と伝えられている。現場のすぐ近くには、学生運動の盛んな「アムリト理科大学」があり、ここの学生たちの、バイク運転手を助けるための介入が、シン氏に対する暴力行為に発展したと見られる。また、シン氏の車は放火された。

パンチャヤト旧体制下、ギャネンドラ国王専政と、常に国王支持のタカ派として「ブイブイ」云わせてきたシン氏であるから、学生たちの行動はヒートアップしたのだ。う〜む。某皇太子殿下も同様だけれど、「自重する」てえ行動規範は、王室派の辞書にないのか?

自省することの欠如した社会だからなぁ.......

やはり、ネパール

2週間で「暫定憲法草案」を提出するという、ネ申でも躊躇しそうな責務を負わされる暫定憲法草案委員会に対し、決定から3日経つのに未だ、正式な辞令が出ていないのだそうだ。

一方、国会内最大勢力であるネパリ・コングレス党内では、「党に相談せず、勝手にマオ派と合意しやがって!」と、非難の声も上がっている。

ああ。やはり、ネパールは、ネパールだ。

今後の成り行きを、息を詰めてではなく、生温かく見守りたい。

マオが政府にやって来る

2週間で暫定憲法草案を起草し、1ヶ月で「マオ派も参加した暫定政府」を樹立するそうである。この、不効率混沌カオスのネパールで、出来たら、神業である。

さて、本当に、マオ派も参加した政府が成立したと仮定しよう。

あなた、バリバリの共産主義。しかも統一共産党みたいな「口だけ(組織力はすごいけど)」共産党じゃなく、人民解放軍を持つ、やる時ゃやる共産主義者たちですのよ.......

まず間違いなくマオ派は、主要閣僚のポストを要求するだろう。もし、マオ派から「外務大臣」出ちゃったりしたら......おりしも今年は、日ネ外交関係樹立50周年。記念行事にも、ガッツポーズで「ラル・サラーム」のマオ派幹部も招待されるだろう。ホント?

厚い民間交流だけでなく、皇室と王室の交流の歴史もあり......と表現されることの多い、日−ネ友好。今後は、毛沢東主義共産主義者ともお付き合いしなきゃならない。対処できるのか?

我々メディアの人間は、鬼が出ても蛇が出ても「それなりに対処」するのが信条。なかなか面白そうな理論のやり取りが出来そうなマオ派だから、ニュースの新局面が開けるだろう。

しかし、今後、外務省は大変だろうなぁ。

反政府武装組織も包括する政府の出現。ネパールは、未体験ゾーンに突入ですぞ。何が出てくるのか?ああ、ネパール人生、予測不可能。

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憲法制定会議の選挙は、現在の見通しでは来年3月〜4月ということ。取り敢えず、今年秋の観光シーズンには影響が出ない模様。

来年春のシーズンの様子については、今から心配しても仕方ない。

ネパール人の依存症

某ネパール国営放送局(って云ったら、2つしかないじゃん。因みに、ラジオじゃない方)の某幹部より電話があった。

「旧知の日本人に手紙を書いたのだが、日本語に訳してくれないか?」

「えっ、相手は英語分からない日本人なの」

「いや、彼はネパール語も出来る。手紙はネパール語で書いてあり、こちらで英訳するのは面倒なので(って、アンタ、放送局の幹部でしょう).....」

云々。あ゛ーーっ、う゛ざってぇ!と思いつつも、無下には断れない相手なので「じゃあ、こっちにFAXしてよ」と、嫌々ながら云うと、某放送局幹部は、

「じゃあ、あなたが日本語に直したものがきちんと翻訳されているかどうか確認するために云々......」

ブチッ!キレた!!

「第三者を巻き込まなきゃ意思の疎通できない相手と、難しいことやり取りするのは止めなさい。私ゃ、知らんよ」

あ゛ーーーーーっ、ネパールの役人根性。他人にものを頼む時も、妙に威張っている。依存心の塊。ぐわーーーーっ。そのうちマオ派の上司が光臨してきて、駆逐されるぞーーーーっ。

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閑話休題。

私はデーモン小暮閣下のファンなのだが、2006年1月15日の記念すべき、デーモン閣下のNHK大相撲解説も、偶然、カトマンズで見ている。クローズアップ現代も見ている。これまた偶然。

つながるテレビ@ヒューマンでも、閣下の大相撲レビューは見逃せない。近い将来、是非閣下の横綱審議委員ご就任を祈る信者は、私だけでないはず。

マオ派連立政府へ

c77990e8.jpgまずは昨日掲載した写真である。(クリックして拡大いただくとよく分かるのだが)プラチャンダ議長とDr.バタライ(お揃いの服装)以外、政府側は「先生に叱られている子供」のような表情である。

向かって左から、(背後霊のように写っている)Dr.バタライ、プラチャンダ議長、統一共産党ネパール書記長、シタウラ内相(コングレス)、民主コングレス・デウバ党首。

政府−マオ派の8項目合意の中で注目されるのは、早期に暫定憲法を作成し、マオ派を含む暫定政権を樹立する。そして、政府は国会を解散しマオ派は人民政府を解散する。という条項。

新憲法制定に向けての「制定会議選挙」は、この暫定政権により日程が発表される。選挙を公正で自由なものにするため、期間中、双方の武力監視のため、国連の強力を仰ぐ。また、選挙に対しての国際監視団を受け容れる。

民族、宗教、地域などによる過去の「硬直したヒエラルキー」を再構築すると云う趣旨の条項もあった。ヒンドゥー至上主義による、国王が頂点に立つ「既得権社会」への挑戦である。

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昨日、猛暑の中、首相官邸の外で記者団は1日待たされた。私も朝10時過ぎから、夜7時前に官邸の中に入るまで9時間待った。

官邸の外には、各社記者団とマオ派兵士が多数詰めかけただけでなく、一般人の野次馬もいた。場所ににあった「警備」や「手配」は、政府側により、殆ど何も行われていなかった。

やっと官邸に入っても、日没後の暗闇の中、会見場となったのは「庭に張られた大きなテント」であり、ここには裸電球のひとつもなかった。真っ暗。コングレス党を中心とする現政府の、組織力の無さが如実に表れていた。

プラチャンダ議長からも、この点を大いに皮肉られていた。そのためだけではないのだろうが、政府側の表情は本当に冴えなかった。病身のコイララ首相は、長時間の会談で消耗したのか会見には現れず。

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プラチャンダ氏

プラチャンダ議長の印象であるが、第一級の「芸人」と思った。その話芸は、人を引き込む魅力がある。

アメリカやインドをはじめとする、国際的列強諸国の戦略が我が国にも及んでいる。しかし我々は21世紀社会に対し、人民の苦しみを自らの手で解放することに成功した国、ネパールとしてのメッセージを送ることが出来るのだ。

と、イラクをはじめとする、国際パワーゲームの苦境にネパールも陥るのでなく、自国の政治勢力が主体となった平和再構築への意欲を見せた。この話の中で、ネパールに生まれた釈尊ブッダと現在の和平交渉を同列にする表現があり、「宗教を引き合いにした共産主義者らしくない、でも、ネパール人の心を直撃する表現だな」と感じた。

さすが、話芸のプロ!

この気力に、政府側政治家は精力を吸い取られたのかな?丸1日、交渉だったものね。外で待ってた私たちも大変だったけど、あなたたちも余裕無かったのね。その程度の組織力なのね.......

今後マオ派を含む政権では、既存の政党はかき回されるだろうな。翻弄されるだろうな。と、そんな予測が見えた。

プラチャンダ大いに語る

c77990e8.jpgまずは写真です。左の写真をクリックいただきますと、拡大します。向かって左側。人差し指をさして喋っているのが、マオ派トップリーダーのプラチャンダ氏です。

記事については、明日土曜日UPします。

コイララ−プラチャンダ会談へ

昨日午後2時過ぎから、(日本人にもお馴染み)パタンのホテル・ヒマラヤにて、政府-マオ派の第2回和平交渉が行われた。

前回と比べ短時間(2時間程度)の話し合いであったが、これに先立つ非公開の準備会談があったらしい。昨日の結論としては

1.コイララ首相、プラチャンダ氏、7世党党首の会談を早い時期に行う

2.停戦監視委員会の設置(31名の委員)

3.和平交渉オブザーバーの任命(5人の人権活動家、市民活動家)

4.停戦中の人権監視を、国連機関に依頼する

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これに従い、コイララ-プラチャンダ会談が本日、6/16既に首相官邸で行われている。今朝、マオ派リーダーたちはヘリで、ポカラ近郊から到着した。

続報は後で。

コイララ氏の残り時間

コイララ首相の地元、ビラトナガルからの報道によれば、コイララ氏は今朝、故郷の自宅で支持者に対し、以下の趣旨の発言をした。

どのような政治勢力であれ、適当な余地を与えられなければ、反社会的行動を行う可能性がある。だから、自分は王制に対し(廃止するのではなく)、象徴的立場を与えたい。

マオ派に対しても、議会政治の世界に戻るべく、和平交渉の継続とそれに基づく(政府とマオ派)双方のアクション、国連関与の重要性を述べた。

健康に対する不安は禁句の政治家としては、異例な発言もあった。

自分は高齢であり、また現在の健康状態から考えても、この世に留まれる時間はそう長くない。しかし現世にあるうちに、分裂したコングレス党の再統一を実現したい。

コイララ首相の健康問題は政局だけでなく、マオ派との和平にも影響する。シトウラ内相、マオ派トップリーダーであるプラチャンダ氏ともに、「早い時期の結論」を求めているのは、コイララ氏の目の黒いうちに筋道を確立したい!との意向もあるのではないだろうか。

統一共産党党首ネパール総書記は、6ヶ月以内の「憲政会議選挙」を呼びかけている。今年は10月中に、秋の2大祭が終了する。早ければ、11月12月〜翌年3月頃の間に選挙だろうか。いずれにせよ、政治的な大事件は「秋の大祭(ダサインとティハール)終了後」の「農閑期」にしか、スケジュールできない。

「農繁期」は、政治どころではないのだよ。

それにしても、コイララ氏の病状が気になる。

禁煙社会、来る

昨日、ネパールの最高裁が下した判決。

「ネパール国内社会的場所での、喫煙を禁じる」

「新聞雑誌での、タバコの宣伝を禁じる」

ええ〜っ!テレビ・ラジオ等エレクトロニクス・メディアでは「酒とタバコの宣伝禁止」されていることに、追い打ちをかけた。うひょ〜っ。ネパールもシンガポール並みかい?法律では。

カトマンズの国内線空港待合室。鳴り物入りで改装後は「禁煙」となっている。隅っこにパーテーションされた、金魚鉢状の「喫煙コーナー」もある。待合室に入る前の手荷物検査では、ライター没収の筈。

でも......みんな、ぷかぷか吸ってるだわ、タバコ。

最高裁の判決を受け、今後政府は、禁煙のための法令作成が必要。どの程度真剣に、政府が取り組むのか?また、法律制定後の行政努力も必要。コイララ首相自体、呼吸器の深刻な問題を抱えつつ、ヘビースモーカーだもんね。

慰めあいの日

オージー相手に、あかなんだわ.....ニッポン (-_-;)

ワシらサポーターの、何が足りなかったんじゃろか?せつない。18日のクロアチア戦は、何をしたら勝ってくれるんじゃろか。と、在留邦人同士で、タメイキをついた.......はぁ〜っ。

飲酢に挑戦

暑かったり涼しかったり......う〜ん、身体が怠いゾ!

この1月以来、5ヶ月で6垳採未靴弔帖文気太りすぎだった)、ヨガで体調を整えたりしているのだが、最近疲れ気味。う〜ん.....

最終手段だ!と、お酢を飲み始めた。私は酸っぱいものが苦手なので、今まで踏み切れなかったのだ。日本にいる友人(東京のmomoさん、元気?)に以前から勧められていたけれど、実行できなかった。

今日、行きつけの(ガイジン御用達)雑貨屋さんで、イタリア製のワインビネガー黒酢を買う。仕事場で、牛乳とハチミツで割ってシェイク。鼻をつまんで、意を決してごくり。

あれ?ヨーグルトドリンクみたいで、けっこうイケてるじゃん。

ばなな猫はん謹製豆乳で割ったらどうかな?ばななmomoはん、買いに行きますね。豆乳。

何だか身体がぽかぽかしてきて、利尿作用もあるみたいで、いい感じ。こういう事って、続けてはじめて結果が出るんだよね。お酢パワーで、身体も柔らかくなるのかな?わーい、人体実験だ。

頭の中の信号機

ネパールに限らず、海千山千の社会に暮らしていると、頭の中に「信号機」が出来てくるのではないか?と思う。

何か「判断」が必要なとき、瞬時に「赤」か「青」が灯る。「黄」が出ることは、滅多にない。それはネパール社会に対してだけでなく、日本や日本人に対してもね。

届くメイルや電話、相手先のウエブサイトを透視すると、先行きのことが「ぼわっ」と見えてくるんだな。諸々。

ネパール暮らしで身につけた、超能力。念力。

同時に忘れてはならないこと。自分の頭の中に「信号機」があるって事は、相手さまにも、私のことが「赤」「青」「黄」で判断されているって事。

人の振り見て、我が振り直せ。亡くなった祖母の口癖だった。

ネパールにおいでよ!

まずは、村上世彰氏に関する新聞記事をご覧いただきたい。

朝日新聞読売新聞

「菓子パンとチョコレートが好物」って.....ぷぷっ.....四十過ぎのおじさんが、なんとまあ可愛らしい。多分、六本木の何とかベーカリーのメロンパンと、ゴディバのチョコとか、こだわっているんだろうけど。

でも、「コアラのマーチ」だったりしたら......いや、保有する奈良の竹林での「タケノコ掘り」が大好きらしいから、チョコレート菓子は「たけのこの里」や「きのこの山」かもね。

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裁判の決着がついて、司法のもろもろ全て終わってのことだが、村上くんも堀江くんも、一度ネパールに来てみない?ねぇ、トレッキングでもしてみようよ。自分の足で歩いてさ。

村上くんは、ネパール経済立て直しの秘策とか、捻り出してくれそう。必要とあれば、ネパール蔵相とのアポくらい取ってあげますゼぃ。論議好きだから、マオ派とも意見交換してもらったらいいね。

村上くん堀江くんが、山を見つめてレモンティーをすする。鼻水拭き拭き、遠い目......こういう企画、ダメですかい?現地のコーディネーションは、やりまっせ。わたし。

私にヘナはダメなのか?

最近、我が亭主が何故か疲れ切っている。今朝は目の下に「くっきり」クマがあるのに、早朝から撮影に行った。私は行かなくて良かったので......家でごろごろさせてもらっている。

出来る限り週5回のペースで通うべく努力しているヨガのおかげで、私はよく眠れて朝はすっきり目覚められる。今日も朝から、ベッド周りのシーツやら布団カバーをサクサク洗濯。水不足のカトマンズでは、手洗い。脱水だけ洗濯機。大物の洗濯には、体力がいる。

その後、ネパール・コマダムの休日の定番「ヘナ」をする。鉄鍋に準備しておいたヘナ+アマラペーストを髪に塗りつけ、3時間ちょっと、蒸し暑くぽかぽかした気候の中過ごす。

しかし....何だか喉がおかしくなって、鼻水が出てきて、微熱まで。

ああ。ヘナをすると毎回具合が悪くなるのは何故?いつもこう。

チーズバーガー!

今日のお昼、つい、ふらふらと、ばなな猫茶屋に引き寄せられて.....食べました。チーズバーガー

いや、これが、もう、しっかりとした、照り焼きマヨネーズピクルス味。ネパールではじめて、主張あるハンバーガーと出会えました。う〜っ、苦節21年。生きててよかった。美味いぞ!実に美味い!!悶絶〜っ。

カトマンズで食べる、他のレストランやカフェのハンバーガーは、高校時代部活の帰りに食べた「自販機のバーガー」みたいで、フニャフニャしているのね。何だか、へなちょこ。

今日は実に、ガツン!と主張あるバーガーを食べたわい。欲を云えば、サイドのフライドポテトがもう少し太いといいな......ももはん、頼みまっせ。

週末、ガーデンのパラソルの下で、缶ビール片手に豪快にかぶりつくのがヨロシイ。わはははは。文句あっか (゚Д゚ )ウマー

プラチャンダ、大いに語る

ネパール時間の夜9時から1時間強、マオ派トップのプラチャンダ氏のインタビューが、カンティプールTVで放送された。

BBCに続き、テレビ出演は2回目。ネパール国内テレビとしては、はじめてである。BBCの時は抽象的な発言に過ぎなかったが、今回はずいぶん具体的な内容であった。

その中でも注目されるのは、7政党側に準備さえあれば、マオ派はすぐにでも連立政権に参加するとのこと。政党はこれを拒み、死に体であるはずの国会の権威で、様々な社会変革を図ろうとしている......と、政党の態度を鋭く批判した。

まず実現すべき課題は、和平であろう。国内問題の改革や外国との話し合いは、その次に行うべき。和平実現のためにはまず、マオ派を含む挙国一致政治体制を作る。そして、憲法制定会議の選挙を行う。

というのが、プラチャンダ氏の主張である。

マオ派としては、現在の和平交渉を失敗に終わらせることは出来ない。政党側が(国王に代わって)マオ派を武力攻撃するなら、国民が立ち上がり、非常なる危機状態に陥ると警告した。同時に、そんなシナリオは考えたくないと打ち消しもした。

マオ派の、少なくとも理論派のリーダーたちは、政治の本流に戻りたいようだ。これを妨害しているのは、政党以上にアメリカとインドではないか?という疑念も表明していた。

インド訪問中のコイララ首相は、明日金曜日帰国する。その後、プラチャンダ氏のカトマンズ入りの画策が進むのではないだろうか。もうすぐ、カトマンズで本人の顔を見られるような気がする。

その時は......また、走らなくては。

大型テレビとブロードバンド

ワールドカップ熱は、カトマンズでもヒートアップ中。

で、市内の家電店にて、大型テレビが普段の数倍の勢いで売れているらしい。不景気とか云いながら、あるところにはお金がある模様。

我が家は友人たちと集まって、市内某所で「液晶プロジェクター」の大画面でワイワイ!ビール片手に観戦の予定。この機材、カトマンズではセミナーなどに多用されるもの。ちょっと大きなNGOとか事務所には、あるんだな。テレビを繋げると、スクリーンに投写できる仕組み。

また、ホテルやファミレスでも、大画面観戦+食事パッケージあり。

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さて、久方ぶりに(うちの亭主がやっている)ネパール・ビジネスニュースサイトを見てみたら.......ノートパソコン用のモバイル・ブロードバンドが計画中らしい。

インドでお目見えの、アンテナ付きのPCカードを差し込む形式だと思う。これが来たら、特に、カトマンズへの出張者は楽になりそう。値段にもよるが、会社でカードを確保しておけばいいもんね。ふむふむ。

実現までに数ヶ月かかりそうだが、注目!である。

パワーアップしたい

ヒマラヤから帰ってきて、しばらく元気だったのに......最近のカトマンズ、暑いようで涼しく、扇風機をつけたまま寝たら、鼻風邪を引いてしまった。

これ、毎年のこと。うちの亭主は、夏は扇風機がないと眠れない。私は、扇風機の風に当たると身体が怠くなる。では、寝室を別にしましょう.......なんてえことは、ネパールでは認められない。ボクのこと、そんなに嫌いなのね!と、全く別のリアクションが出てきてしまう。

昨日のヨガでは、先生から「どーしちゃったの?疲れてるね」と、声をかけられた。身体の動きを見ると、分かるらしい。

つー事で今日はパタン郊外からはるばる、カトマンズ北東部にある某巨大スーパーまで遠征(?)してきた。ここはネパール最大の物量を誇る小売店。時々、中国製の強壮剤でガツン!と効くヤツが手にはいる。品切れのことも多いのだが、今日は運良くゲットできた。

ぱわ〜あっぷ.....するかな、わたし?

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おはるしゃん、ネパールがネパールであるうちに(?)おいでませ。

ちゃり現さん、となると、大統領は某スラージ君ですかい?50周年に、ネパール・トヨタは公式参加しないようですね。う〜む。レイド・ヒマラヤを「トヨタカップ」にすれば、レースクィーンも出現するのでは?あっ、某ネパおやぢが怒るかな。

私的には、「ネパール・日産-ルノー共和国」が良いです。ゴーンのおっちゃんに、この際仕切ってもらいませんか?あの手の「強面」に、弱いのですわ、をばは。

ネパールの国名は?

掲示板にて指摘があり、気になったので調べてみた。

現在、ネパールの正式国名は何か?ネパール外務省筋の話では、「ネパール王国」らしい。英語で書けば、Kingdom of Nepal である。

5月18日に国会で採決された宣言では、ネパール政府の名称は His Majesty's Government から、Government of Nepal に変更された。国王の権利も、大幅に制限された。国歌についても、変更されることになった。ヒンドゥー教至上主義(国教)も廃止され、世俗国家になった。

しかし......である。国名については、明言がなかった。また、現在も国王はいるし、これを国家元首とするという点についても、変更するとのアナウンスもない。であるからして、ネパール王国はネパール王国のまま、と考えるのが妥当であろう。

一方、東京にある「駐日ネパール大使館」は、「王国」標記を排除したバナーを、ウエブサイトで使いはじめた。サイト自体には未だ「ネパール大使館」と「ネパール王国大使館」標記が混在している。

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さて、「ネパール」という名称は、本来「カトマンズ盆地」を指す固有名詞であることをご存じだろうか?今でも地方のご老人などから、「いつネパール(カトマンズ)に戻りますか?」という表現を聞くことがある。

カトマンズ盆地を表す表現で、私が好きなのは「ネパール・マンダラ」。聖なるカトマンズ盆地は、ひとつの閉じた宇宙である。

「ネパールの空の下」というサイトタイトルも、実は、聖なる曼荼羅世界のネパール=カトマンズと、国としてのネパールを併せて意味する、マトリョーシカ状の世界観なのである。よりネパール的表現をすれば、ネパール(カトマンズ)盆地に点在する小仏塔チーバー(チャイトヤ)と、巨大なるマハー・チャイトヤとしてのスワヤンブーのようなもの。ネワール仏教のオタク話で恐縮。

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で、今後、「ネパールの空の下」世界における「ネパール」の国名標記であるが、通常は「ネパール」とする。正式には「王国」が尻尾に付くことは知っているけれど、このご時世で王国に固執する事は、別な意味を持ってしまう。

同時に、国歌を象徴とする国家体制があやふやな現ネパールでは、政治体制としての国家を論じるのではなく、文化としてのネパール世界で代用したい。本来、このような「国体があやふや」な状況は、国際政治的にも、対マオ派的にも、良い状況とは云えないんだけど.....ね。

問い: 来年のネパール国家、国名は何になっているか答えよ。

答え: ネパール国/ネパール共和国/ネパール王国/ネパール人民共和国/インド共和国/中華人民共和国

さて、どれだ?

雨期の山岳地フライト

一緒にナムチェに行った、ネパール人の仲間たち。6/1からずーーっとルクラで待って、待って、待って.......

先ほど、5日遅れでカトマンズ帰着とのこと。いやはや。

ネパール人は、国内線料金が(外国人と比べて)安価に設定されていますが、雨期の山岳路線では、「高い金払った者が最優先」であります。はい。ネパール人には、非常に辛いものがあるという事で。

ネパール人も、外国人と同じ高額料金を支払えば、優先的に乗せてくれます。ですから時にカトマンズから同行するネパール人ガイドさんが、お客と同じフライトに乗るため、この方法を取ることがあります。

資本主義の村、ナムチェ

エベレストの麓、シェルパ族の村、ナムチェ。

今から21年前、私がここにはじめて訪れたときは、夜、ゼロワットの電灯が「ぼわっ」と淋しく灯るだけの(それとて、夕刻から夜10時まで)侘びしい村だった。

c17979c3.jpgそれが今や、ターメの水力発電所から電力が安定供給され、蛍光灯は明るいわ、クラブもあるわ、電気温水器でホットシャワーがんがん。自前のV−SATを備えた、ブロードバンドのネットカフェもある。電話、出来て当然。「ハロ〜!今、ヒマラヤからよぉ〜っ」

我が家のナムチェでの定宿、ホテル・ナムチェは行くたびに増築。トイレとシャワー付き、ツインの個室は、部屋の中にコンセントのプラグもある。デジカメやビデオの充電も、部屋で出来るのだ。食事も美味しく、何より、オーナーのドルジェ兄さん、アンマヤさんの若夫婦が気っぷ良くにこやかで、泊まるたびにシアワセ感満点なのだ。スタッフの面々も、みなキビキビしていて気持ちいい。

今回もここに2泊でき、うれしかったっス。

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さてナムチェには、カトマンズのタメルにあるものは殆どある。中でも、トレッキング用品を扱う店が目を引くだろう。

毎年アメリカに仕入れに行き、アウトレットものの「マウンテンハードウェア」やら「ノースフェイス」などを、日本で買うより割安で扱う、ツェダム兄さんの店は、そこがヒマラヤ山中であることを忘れる品揃えだ。もちろん、全てホンモノ。

それ以外の店は、「なんちゃって」ブランドの、カトマンズで作ったコピー商品ばかりだったのが.......今回、様子が変わっていた。

何だか、どの店も、ホンモノの(本物に見える)ブランド山グッズで溢れていた。値段は、信じられないほど安い。何故だ?

知り合いの、若者シェルパが「にや〜っ」と笑って教えてくれた。

これらは全て、チベットから直接ナムチェに運び込まれた(ナンパ・ラ経由)「中国製コピー商品」なのだという。中国では何故か、ホンモノを作るためのマテリアルが、コピー工場に横流しされているらしい。たまたま私が履いていた、ホンモノの某ブランドのトレッキングパンツのコピーがあったのだが、布の触感は同一。ベルトの留め具が、ちょっと違うだけ。縫製もしっかりしていて、これではちょっと気付かないわ!

国境の税関も通っていないため、激安値段での販売できるらしい。

さて、私は、トレッキング用デイ・パックをナムチェで買った。背負っていったのが、随分くたびれていたから。えっ、コピーを買ったのかって?私はそんな事しませんよ。買うのはいつも、オリジナル!

中国広州に本社がある One Polarという、中国の山道具ブランドのオリジナル。中国経済は、いろんな意味で偉大すぎる。

雨のヒマラヤ、いとをかし

テンジンとヒラリーによる、エベレスト初登頂記念日5月29日。毎年恒例、標高5,300メートルあまりのベースキャンプから、3,400メートルあまりのナムチェまで駆け下る、世界で最も過酷な市民マラソンがある。

その名は、テンジン・ヒラリー・エベレストマラソン。ちゃんと、42.195kmのコース設定をしているところが憎い。

全員集合今年、ちょっとした縁があり、このマラソンの観戦ツアーに参加することとなった。ご一行さまは、ネパール人報道陣10名あまり。いつも取材現場で顔を合わせる、気さくなヤツらである。しかも今回、亭主抜き!うっしっし(彼は去年行っている)。

本来、5月27日にカトマンズ〜ルクラに飛ぶべきところ、悪天でフライト・キャンセルとなった。この出来事が、今回の「雨のヒマラヤ、トレッキング」の先行きを予告するものであったとは。誰も考えなかったもんね。だって私たち、脳天気なネパール報道陣だもの!

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翌5月28日。やっと飛んでルクラ。ここから主催者と一緒に、ヘリでナムチェ入りするという「大名旅行」だったのに.......急にガスが出て、ルクラに足止めとなる。

マラソン開催日の29日も、朝から雨。これはもう歩くしかない!しかも、普通は2日かけて歩く道を、1日でナムチェに行く!と、計画性無い我らネパール報道陣は、勇んで朝8時過ぎルクラを出発した。

おいでませ、エベレスト

ルクラ〜パグディンを2時間10分。パグディン〜モンジョも2時間10分という、驚異的スピードで飛ばす。モンジョでダルバートを食べて、食休みの仲間たちに

「私、ちょっと先にゆっくり行くわ」

と声をかけ、ひとり先行した。正直そこまでの歩くスピードが速すぎて、これはバテるな......と。ゆっくり歩こう。モンジョからラルジェの吊り橋まで1時間。ここからナムチェまでは、急な登りが続く。とにかくゆっくり。でも休まずに登る。仲間たちは追いついてこないが、気にせず行く。通い慣れた道だから。そうしたら何と、1時間45分で着いた。ナムチェ。自己新記録。

午後4時半にロッジに着き。荷物を下ろして早速マラソン観戦。

金銀銅今年1位になったのは、この地域で農業を営むディパクラージ・ライさん(写真中央)。3時間28分27秒という、脅威の記録。2位はシェルパ民族の男性(向かって右)。3位は、ルクラ駐在の武装警察官(向かって左)。

3人とも、3時間半前後の好記録であった。

女性一位外国人男性の1位は、英国軍将校で6時間1分24秒。外国人女性トップは、13時間49分21秒。

さて、ネパール人女性のトップランナーは、ナムチェのとなりターメ村のアンダミ・シェルパさん。夫は病死し、3人の子供をひとりで育てるお母さん。

「名をあげることにチャレンジしてみたかった」

と、本人の弁である。

夜は祝勝会が、ナムチェの「クラブ・ダンフェ」にて開催された。あ゛ーーっ、昼間はさんざん歩いて、夜はガンガン踊ってしまったわい。こういう場所があるあたり、ナムチェはヒマラヤ山中の「タメル」だ。

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ヒマラヤの春5月30日は、マラソン観戦に来られていたVIP、パキスタン大使ご一行さまと一緒。ゆっくり、ゆっくり、シャンボチェとクムジュン。ホテル・エベレストビューと回ってナムチェに戻る。

あいにくの雨で山は見えないが、白、ピンク、黄色のしゃくなげや高山植物が美しかった。登山隊の荷物を下ろす、ヤクさんたちともご対面。

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5月31日。朝ご飯を食べ、朝7時半にナムチェ発。ゆっくり下る。

パグディンでダルバートを食べ(ネパール人はね、トレッキングでもこれなの)、午後3時過ぎルクラ到着。

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6月1日。雲多いが、朝一番の便が到着。我々は、第3便の席だ。今日の天候では飛ぶのは無理だな......と思いつつ、空港に行く。

数日来からの悪天で間引き運行となっており、フライトを求める乗客で大混乱。泊まっていたロッジのディディ(お姉さん/おばさん)がカウンターの後ろで、こっそりボーディング・パスを確保するのが見えた。目があったら「にやっ」として、私に第2便のボーディングパスを握らせてくれた。えっ、なぜ?なぜ?押し込まれるように荷物をチェックインし、セキュリティ・チェックに進む。

ルクラ仲間たちの顔は、待合室にない。そのうち、飛行機が来た。乗った。飛んだ。カトマンズに着いた。

今日6月4日に至るまで、残された報道陣の仲間たちは、カトマンズに戻っていない。天候は、ずっと良くない。ルクラに足止め。嗚呼。

ネパールの国内線は、外国人とネパール人では料金体系が違う。ルクラやジョムソンなど(山岳路線)では各社、高い料金を払っている(しかも外貨で)外国人が優先席に、早い便の座席となる。安い料金のネパール人は、二の次三の次である。嗚呼。厳しい。

ヤツらはカトマンズに戻ってきたら、吼えるだろうなぁ。

夢の中から、現実に戻る

昨日午前、カトマンズに戻りました。ちょこっと、エベレスト街道のナムチェ、クムジュンを回ってきました。

異常に早いモンスーン(としか思えない)不安定な天候のため、運行スケジュールがガタガタのルクラ便が(運良く)飛んでくれました。

より正確に云えば、一番最後のフライトしか取れていなかったのに、泊まっていたロッジの姉さんが、早いフライトのボーディングパスを「これで行きなさい」と、手渡してくれたのですね。本来乗るはずだった便は、その後キャンセルされた模様。はい。

ヒマラヤの春春のヒマラヤは雨降り、曇り空で顔を出してくれませんでした。その代わり、しっとり湿った爽やかな空気と、咲き誇る花たちが迎えてくれました。左の写真、クリックで拡大します。是非ご覧下さい。

ああ、私のネパールは美しい!実感しました。

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マオ派カトマンズ大集会

そして今日。カトマンズ市内中心部「クラマンチ」にて、マオ派の大集会です。ネパール警察筋の情報では、最大15万〜20万人の参加者があった模様。左の写真、これまたクリックで拡大します。

集会参加者の6割は、地方から動員された人たち。500台ほどのバスやトラックが徴用されたそうです。

会場には、マオ派トップリーダーであるプラチャンダ氏の巨大写真が飾られ、真っ赤な共産党旗が揚がっていました。

先日来、政府との交渉団としてカトマンズに来ているマハラ氏、シャルマ氏、グルン氏をはじめ、女性リーダーのパンパ・ブサール女史、人民軍指揮官のひとりプラバーカル氏などの面々が壇上に並びました。

「ヒザ、かっくん。はぁ〜っ」系のサプライズは、党首プラチャンダの「父親」が、全マオ派活動家の「親」を代表して出席したことですわ。

マオ派リーダーの主張としては、現在の国会は国王により再招集されており受け容れ難い。マオ派を含む、より大きな政治体制の中から、マオ派を含む連立政府を作り、憲政会議の選挙を実施すべきとのこと。

現在の国会下院を「国家の最高権威」と規定し、新たな既得権を確立しつつある7政党に対し、巨大な動員力を見せつけ、圧力をかけるのが今回の目的と思われます。

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国王親政から現政府への過渡期、警察などを中心に、国家権力の空白が生じました。このため、カトマンズ首都圏では「押し込み強盗」が頻発し、一般的治安状況が一時的に悪化しています。

これは、マオ派問題と直接的な関係はないと思います。

知り合いのネパール人も被害に遭い、金品だけでなく、ご家族に怪我人が出てしまいました。家人が恐怖で叫び声を上げてしまったところ、強盗に頭を殴打されたそうです。

外国人旅行者に対する危険は少ないと思いますが、カトマンズ居住外国人には、被害も及んでいます。ククリ(ネパールの山刀)や銃(本物かどうかは不明)で武装した集団に押し入られたら、もう、お手上げですわ。はい。

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