けぇ がるね?日記

ネパールの首都、カトマンズから発信しています。

2006年08月

ネパールのごめんなさい

今日は某、世界的に有名なクーリエ会社の、非常に初歩的ミスで混乱させられた。どんなに有名な多国籍企業でも、ネパール人の手にかかればもう、小学生並みのミスをやってくれる。

業務上、時々国際クーリエを使う。普段はDHLだ。全く問題ないとは云わないが、ネパール支店の経営者から実務の「ドン」まで知っているため、対応がスムーズ。DHL、いつもありがとう!

しかし今回、このDHL以上に有名な、「某」多国籍クーリエを使うこととなった。まあ、業務上の成り行きで。ここのネパール本部はカトマンズ市内にあり、遠い。仕事場に近いパタンに、洒落た支店がある。昨日荷物を、このパタン支店に持ち込んだ。

しかしこのパタン支店と、カトマンズの本部が必要な連絡をしていなかったため、私だけでなく東京の客先にまで迷惑をかける事態となった。パタン窓口の担当者は、自社内の確認をせず、非は私と東京にあると云った口調。こちらで東京と連絡を取り合い、クーリエ側のミスであることの証拠を取り付け、再度交渉。

まったく、小学生並みの、カトマンズとパタンの間の連絡欠如が原因と判明。言い訳をする窓口に対し、「なぜわざわざ高い金を払っているのか分かっているか!郵便局で送るよ!!これが国際的企業の態度か!!!」と激怒したら、やっと云いました。

「ごめんなさい」

謝罪をしないネパール社会。ネパール人の口からごめんなさいが出たら、それ以上の追求は止めることにしている。ただし、「まず最初に謝るべきだったのよ。だって100%あなたのミスですからね」と、釘は刺す。

また明日、この会社からクーリエを出す。云う事は云う。怒るときは思いっきり怒る。でも、遺恨は残さない。ミスを認めた相手とは、その後、とことん仲良くする。私のことを覚えてもらう。

結果......ミスがなくなる。

国際的スタンダード?ネパールでは期待できまへん。その代わり、人間関係を作ることで仕事が進むんですわ。はい。

それにさぁ、私も失敗することあるし。そんな時は、全身全霊で謝る。

ティージのご馳走

明日は、女性の祭り「ティージ」である。ヒンドゥー教徒の女性たちは断食し、夫の幸運と長寿を祈る。未婚の女性たちは、素晴らしい配偶者と出会うことを祈るのである。

稲も育つその前日、今日は、家や実家にご家族ご一同うちそろい、ご馳走を食べる習慣がある。

お米を牛乳で煮て、ドライフルーツや香辛料を入れ、甘く味付けした「キール(乳粥)」や甘いお菓子などが定番だ。午前中は亭主の実家で、ウプレティの母たちと一緒に過ごしてきた。

カトマンズ郊外の実家の周辺は、田んぼが広がっている。あと1ヶ月半もすれば、稲刈りが始まる。

さて、最近ヨガのおかげで胃が小さくなり、7堊蕕擦浸笋任△襦J譴録心蕕如屬覆爾發辰反べない?やつれたようだが、病気なのか」と心配してくれた。「おかーさん、大丈夫。ヨガをやっているからですよ」と、やっと安心してくれた。

が、母としては、以前のまん丸い顔の方で太っていた頃の方が福々しくて良かったのに......と、残念そう。お腹いっぱい食べられて、太っているのが(村の社会の)幸せの印。こう云うところに、ネパールの急激な価値観の変化が見え隠れしている。

はっ!私はガイジンだから、元々伝統の価値感外だったわ。今、インドではダイエットブームの風が吹きまくっている。だから早晩、カトマンズにもやって来る。

それにしても、香辛料って催眠効果がある。午後イチで出勤したが、眠くて眠くて仕方ない。いやはや、ネパールご家庭の幸福は、近代資本主義的能率第一主義と相反するのか?私が怠け者なだけか?

ネハ

明日は真っ赤なサリーと金の装身具で飾り立てた女性たちが、シヴァ神のお寺参りに繰り出す。グループごとに歌ったり踊ったり。断食と普段のストレスを発散させるため歌ったり踊ったりする光景も見える。

大人だけではなく、ちびっこレディたちも新しいクルタなど買ってもらってうれしそう。姪っ子はついこの間まで赤ちゃんだったのが、小学3年生。

光陰矢のごとく、私も歳をとったものだ。

王権と宗教

男女を問わず、国王の長子が時期国王となる.....と、ネパール閣議で決定された。その後、国会で承認されたのかな。

この件について、ネパールにおけるヒンドゥー神学の権威に話を伺う機会があった。先生曰く、

「パラス皇太子が次期国王になった後、長子であるプルニカ王女は国王になれる。しかし彼女の子供は国王になれない。何故なら、子供を授かるためには結婚が不可欠で、結婚によって彼女は婚出した【王家の外】の存在となる。だから、王家の人間と認められない(女王の)子供は、玉座に就けない」

ヒンドゥー教は、厳格な男系主義を採る。家を継いでいくのは、男子でなくてはならない。女子は、結婚後夫の家の者となる。前述の先生の発言背景には、王家は「シャハ家」のみである!とのポリシーがある。

しかし、現内閣の思惑は、将来、ヒンドゥー教では「シャハ王家の者と認められない」人間を玉座に就ける。イコール、数十年計画でシャハ王家を滅亡させる。結果、ネパールの王制を有名無実化させる。そういう目論見が感じられる。

もしかすると、女王の「夫」として有力な政治勢力「家系」の男子を送り込み、王権を政治利用するつもりなのだろうか?コイララ王朝なんて.....ね。まさか。

もちろん憲法改正が行われて、王制が廃止されれば状況は違ってくる。このような論議自体がナンセンスになる。しかし現在、コイララ首相を中心とする勢力は、自分の代では王権問題を「うやむや」にしておき、子・孫の代まで問題を先送りしようと考えているのだろうか。

王制という、国家の根幹であった体制が揺らいでいる。ネパールを考える時、このような根本を見落とさないことが大切なのだ。土台が脆弱になっているのだから、全てのことが不確実なのは当然のこと。

王制をどうするのか?決めるのはネパール人である。

凶暴化する自分

幸せは歩いてこない、だから歩いていくんだね.....が信条の私であるが、最近、小さな事でイライラが爆発する。アメリカの住宅街でアライグマが凶暴化し、ペットの犬猫を襲っているらしいが、同様である。

何をするにも障害の起こるネパールが、その原因。停電だとか、番組表のないテレビ放送とか、日本では考えられないだろう。そこで起こる様々なアクシデント。でも日本に対しては、言い訳は極力したくない。しかし言い訳をしたい時に、私を頼るネパール人。

路上でタイヤを燃やしたいのは、実は私なのだよ。

今週は「父の日」やら「ディージ(女性が夫の幸運を祈り断食する)」など、ご家庭の絆を強める行事が連続する。それはそれで、はぁ、いいことですね。しかし、それにどっぷり漬かっていると仕事になりまへん。

私の回りの(ネパール人)家庭婦人たちは、世界中でネパールと同じ祭りが、同じように祝われていると信じている人も少なくないのですわ。ヒンドゥー教が「世界標準」と思っている。そしてまた、「いいじゃないか。祭りなんだから仕事が遅れたって仕方ない」と、心の中で逃げているネパール男。

知らんぜよ、もう。

と、2〜3年周期で襲う「ネパール嫌い病」で、沸々としているわたし。周囲のみなさま、触らぬ神に祟りなし。凶暴化している私に、近づかないよーに。

数日、または数週間で、自然治癒するぜよ。

ネパールが嫌いになる

最近、仕事で、ネパールのテレビ番組をビデオに録画している。日本であれば、何の困難もなく簡単に出来ることである。

番組の放送日と時間は。週刊テレビガイドで確認。ハードディスク付きのDVDデッキでタイマー予約。そーだよね。

が、ここネパールでは、各テレビ局のウエブサイトにある番組表が古くて使えない。テレビガイドなど、ない。新聞に番組表の載らない局もある。ケーブルネット配信の調子で、突然番組がぶち切られる。受信状態が悪い。

そして「停電」という悪魔。当然、タイマー予約など使えるはずがない。

しかも今日、艱難辛苦を乗り越えて録画中、亭主の仕事で事務所に来ていた人が、電源を抜いてくれた。番組の山場だった。このためだけに仕事場に残っていた、私の時間を返してほしい!

こういう事って、日本では理解も想像も出来ないだろうなぁ。

雄牛のウンコのような国だ。ここは。くそー!

父の日

36d2e70c.jpg今日のネパールは、父の日でした。ヒンドゥー教の祝日です。

息子たち、嫁たち、娘たち、婿たちご一同様、両親の元に集結し、祝福を交換し、お父さんにプレゼントを渡します。その後はご馳走。社会情勢の落ち着かないネパールですが、家族の絆はしっかり強いのです。

写真のお父さん、2002年春放送されたドキュメンタリー、「アジア古都物語」の重要な登場人物であった方。仕事がきっかけで、今に続くご縁を得ている、果報者なわたくしでした。

更に凶暴なり、ばなな猫茶屋

今日の仕事場、朝11時から夕方5時まで「停電」だぁ!

昨日はパタン市街地が同様だったらしい。配電網を修理していると云う。仕方ない。朝から、ノートPCのバッテリーが続く限りで仕事をし、出来たところまでで東京に送信。そしたら昼時。ばななきゃっとカフェに自転車で向かう。

ミルクレープランチはあっさり、レモンと紫蘇のパスタ。今日のお目当ては、デザートの「ブラックベリー・ミルクレープ」。ばなな猫はんが予告登板していた、凶暴そうなスイーツである。

ふむ。見た目は写真の通り。クリック拡大で、より美味しそうでっせ♪

ぱくっ.....ふむ。バナナのミルクレープより、大人の雰囲気。さては、ぱなな猫、リキュールを入れたな。いやはや、大人の甘さである。

御主、またやってくれたのぉ。悶絶じゃ。花丸。

時に、無法地帯なのか?

昨日書いた「レストラン襲撃」は、かなり非道い事件であった模様。

パタンのリングロード、グワルコ地区を中心とした25件ほどのレストランに、ゼネスト2日目の20日午後、ならず者の集団がやってきて乱暴狼藉をしたそうだ。家具や備品を壊す、ガラスを破る、金目のものは持ち去る、殴る蹴る。

レストラン従業員1人の死者まで出た。

また女性従業員の中には、着ているものをはぎ取られ、裸で路上に連れてこられて集団暴行を受けそうになった人もいるらしい。

この様子を、警察官は傍観していたと非難の声が上がっている。

4月の民主動乱以降、警察の治安維持活動が急激に低下している。7政党による現政府の、統治能力の無さが、現場の無気力として反映しているのだ。このような無体な出来事も放置され、強盗事件など凶悪犯罪も増加している。

旅行者にとっての危険度が増したとは云えないが、私たち在住者にとっては、夜の戸締まりをより厳重にするなど、気をつけている。

民主主義をやる気があるなら、政府もマオ派も政治家も、そして国民も、ここらで真剣に考えるべきだ。そうでなければ近い将来、ネパールは、国家が破綻する。

そんな心配が、心をよぎるのだ。

実に、終わっている

抗議行動が終結した今朝の道路(リングロード・パタン側)。

今朝の道路

 

 

 

 

 

 

それにしても車が少ない。乗り合いマイクロバスもほとんど走っていないなぁと思ったら、道路沿いのレストランの前に人だかり。窓ガラスが割られていた。

昨夜、コテソールからパタン側にかけて、リングロード沿いの「女の子のいる」レストランが十数軒襲撃を受けたらしい。この手のレストランは、カトマンズにおける一種の「風俗店」である。これを受けて今朝、その手のレストランオーナーたちが道路封鎖をしていたらしい。

私が車で走った朝10時頃は、封鎖が解除された直後だったらしい。4月の民主動乱兇如▲蹈タントラ(一種の民主主義を指す)がやって来たカトマンズは、もう、みんな好き放題をやっている。

何時何が起こるか、予測がつかない。(´〜`)

石油製品値上げ撤回

路上の抗議活動を受け、ネパール政府は本日午後、石油製品の値上げ撤回を閣議決定した。これをもって、路上の抗議活動終結。明日以降は日常生活に戻る見込み。

アホかいな?いろんな意味で、終わってるわ、この国。

徒歩で通勤

昨日から突然始まった「石油製品値上げ抗議行動」は、今日はゼネストに発展した。幹線道路上で古タイヤが燃やされ、タクシーやバス、自家用車の通行が止められただけでなく、商店のシャッターも閉められていた。パタン市内からは、抗議デモも出た。

水くみ自宅から仕事場まで、歩いて1時間ちょっとの道のりである。今日はスニーカー、帽子、デイパック、折りたたみ傘と万全の準備で家を出た。

ただ歩くのではつまらないので、パタン旧王宮方面に寄り道した。まずはスンダラの水場。今朝も水くみの人たちが、普段の様子。この水場、混雑するのは朝6時〜7時台。通りかかったのは10時頃なので、人出は減っていた。

謎の友情クラブ進んで旧王宮のちょっと手前。昔からず〜っと気になる看板がある。

「ネパール・日本 友情クラブ」

写真をクリックして拡大いただけると、よりはっきり分かる。日本語を勉強する人が多いパタンの街には、親日家も多い。日本に留学した人、日本とビジネスをする人も少なくない。

でも.....何でしょう?このクラブは。情報お持ちの方、教えてください。すごく気になるわん♪

パタン旧王宮パノラマさて、旧王宮に着いた。パノラマ写真でも撮ってみるべ。左の写真、クリックしてみてくだされ。最近のデジカメと、付属の画像処理ソフトは優秀だわい。

とまあ、パタン旧市街は概ね平穏だった。

リングロードや幹線道路、カトマンズ市内では一部暴力的行動もあったらしい。車による移動は慎みたい。それにしても、焼けこげた古タイヤの煙と鼻をつく臭いが、カトマンズの「よくある出来事」になった。

悲しい。

明日も注意

石油製品値上げに対する抗議活動。明日月曜日も継続しそうだ。

大使館からは在留邦人連絡網で、外出は極力控えるようにと連絡があった。やれやれ。夜、静かになったのでこれから、亭主のバイクで家に送ってもらう。彼は事務所に引き返し、徹夜作業が待っている。

私もリサーチ業務中な為、明日は徒歩で出勤だ。事務所に泊まってもいいのだが、自宅を二人とも留守にするのは、治安管理上良くないし。と、そういう判断。

あ゛ーーーっ、ネパールらしい展開になってきた。

石油で「火」がついた

昨日、ガソリン、軽油、灯油、プロパンガスの値上げが発表になった。

ネパールでは石油製品の流通は、政府系石油公社がコントロールしている。卸売り価格は、政府により決定される。このところの国際価格高騰により、石油公社の赤字が日々膨れ上がっていたのだが.....

伝統的(?)な、石油公社放漫経営も、庶民の非難の的。値上げする前に、経営努力をせよ!と云うのだが、そういうまともな感覚はネパール政府の辞書には「昔も今も」存在しない。

2006.8.19_1そうなるともう、街頭での抗議行動が始まってしまう。

この写真は今朝のリングロード。カトマンズ、パタンの郊外周回道路の至る所で、古タイヤが燃やされていた。クリックで拡大いただければ、手前の青年がうれしそうに笑っているのが確認できる。お祭り騒ぎである。

「石油の値上げに市民が抗議している」と片付けるのは簡単だが。どういう種類の市民なのか?パタンで見てきた私と、カトマンズ市内を見てきた亭主の一致した見解は、何らかの勢力が動員をかけている雰囲気があるというもの。

マオ派かもしれないし、王党派かもしれない。社会不安を扇動することが、自派の利益になる人たちがいる。また政府7政党の学生組織も、今回の値上げを厳しく批判している模様。混沌、である。

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2006.8.19_2バスもタクシーも走っていなかったので「こりゃ、いかん」と、徒歩でパタン市街地に入った。

王宮のある旧市街は普段通りに感じたが、パタン病院近くのクマリパティの幹線道路では、リングロード同様の通行妨害が行われていた。

徒歩や自転車はお構いなしだが、車やバイクは停車を求められ、険悪な雰囲気である。曰く、石油製品値上げに抗議するため、今日は車やバイクは動かすべからず!と、群衆から突き上げられるのだ。

2006.8.19_3これまたクリックいただければ分かりやすいが、通行止めの場所には警察官も出動している。しかし、何をするでもなく傍観するばかり。

万が一、車が群衆に襲われても、助けてくれる人は誰もいない。今日は土曜日の休日だが、途中、休日登校していたらしい小学生を満載したスクールバスが走っていた。小さな子供たちにまで無体なことはしないと思うが、恐い思いをしているだろう。胸が痛む。

政府とマオ派の和平交渉は、双方の歩み寄りが見られず難航している。政府内も、7政党それぞれの思惑が交錯している。

きっかけさえあれば、火が付いてしまうのだ。

変な天気

8月のカトマンズ。異常な気候である。

最高気温こそ30℃を超えないが、湿度があって蒸し暑い。加えて、ぴたっ!と(雨期の)雨が止んだ。日々ピーカン。

水力に発電を頼るネパールだ。小雨の影響で、早ければ9月頭から計画停電が始まるのでは?とも噂されている。嗚呼。

昨日は朝、自宅屋上からガネシュヒマールが見えた。デジカメでばちり。ネパールの空の下タイトル画像にした。ブログからお越しのみなさま、一度http://japanepal.com/ もご覧下さいまし。

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ラクシュマン・シンところで、昨日のブログを見た亭主殿よりコメント有り。

「ターバン男はRだけじゃないよぉ」

Rさんのグジャラート・ターバンを見て、シーク教徒の友人Hさんが「ターバンの本場はワシらじゃあ!」と、亭主の頭にシーク式のターバンを巻いてくれまひたわん♪

サルダール・ラクシュマン・シン!

と、亭主殿もノリノリで喜んでた。これまた、結婚式の、仲間うちでの余興でふ。

インド総集編/後編

結婚の儀式は、8/9の夜、挙行された。

ラクシュマン到着この日午後、カトマンズから亭主も到着。新郎とその一族から「ミキはもう家族同然だが、ご亭主はどうした?まだ来ないのか」と、いかにも南アジアらしいお小言をいただき続けていたので、ほっ、とした。

写真向かって左端は、新郎の叔父さん。ムンバイから駆けつけたそう。我が亭主は、カラチで買った黒のクルタで決めてまふ。私は(ネパールのバウン嫁)定番の真っ赤なサリー。

白馬の新郎さて新郎君、自宅から白馬で会場に向かわねば「ならない」のだ。インド結婚式における決まり事らしい。

多分、彼に乗馬の経験はない。危なっかしく騎乗の人となり、自宅から車道までの数百メートルを進む。ブンチャカ楽隊と、打ち上げ花火が先導する。この異様な雰囲気にもかかわらず、白馬は非常に大人しい。結婚式用に、訓練されたレンタル白馬だ。新郎を振り落としたら、大変だものね。

車道からは新郎、花で飾り立てた車に乗り換えた。白馬は、レンタルやさんが乗り全力疾走で儀式会場に向かった(車で20分離れた場所)。会場の門で、再度新郎が乗らねばならぬから。

いよいよ、結婚式結婚の儀式を行うのは、インド国軍将校クラブの広大なガーデン。

新郎とその一族・友人の到着後、しばらくして、花嫁さんも登場。婚約式の時も美しかったが、今日はもう、女神のような神々しさである。覚悟を決めた表情の新婦と対照的に、新郎は視線が宙を舞っていた。

この夫婦、かかあ天下で決定だわ。

ターバンさん会場には、謎のターバン男も登場していた。

実はこのターバンさん、新郎の同僚で私たち夫婦にとっても仕事仲間のRさん。出身地のグジャラート式のターバンを巻いて出席したという。

「だってさあ、儀式とか、それだけじゃあみんな退屈でしょう。僕ら友人は多少奇抜なことをして、雰囲気を盛り上げなきゃね」

と、実に偉い。出席していた日本人は皆、ターバンさんと記念写真を撮っていた。これぞインド!という、ステレオタイプなおふざけ写真は、みんな撮りたいものね。私も。

ボク、捕まっちゃいました聖なる火(ホーマー=護摩)の前での儀式は、真夜中過ぎに行われた。この場に及んでも、新郎君の目はうつろであった。写真をクリックして、拡大画像をご覧いただきたい。

聞くと、この日、緊張のあまり38℃台の熱を出していたそうだ。

仕事ではいつも、ねえ、ちょっと、そんなに突っ走らないでよ!という感じの威勢良さなのだが、彼にも気の弱いところがあったのね。意外な一面に、好感度UP。彼からも「仕事仲間であるミキが、わざわざカトマンズから駆けつけてくれたこと忘れないよ。これからも仕事仲間であり、あなたはボクの姉さんだから」と、心を込めた家族式抱擁ハグハグしつつ、コテコテ南アジアな言葉をもらう。

そう云ってもらうと、来た甲斐あったわ。新婦のSさんも、ずっと昔から知り合いだったかのような気がする女性。女性同士、手を握りあってお話ししたりする。

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とまあ、新郎家のプライベート空間にも入り込ませてもらった1週間であった。それだけに、ご家族一同さまと仲良くなれた。

インドの(いや、このご家族のと云うべきか?)、私も楽しむしアナタも楽しまなきゃソンよ....という感じの結婚式は素敵だった。私の「軸足」は常にカトマンズだが、時々、こうして隣の国に来てみるのは楽しいね。

人の心に触れ、インドが(も)好きになってしまったわい。

季節は、秋に

今日は、クリシュナ・アスタミー。クリシュナ神の誕生を祝う。

秋の空パタン旧王宮にあるクリシュナ寺院には、参拝する善男善女の列。

見上げると、秋の空。

 

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さて、秋と云えば「ネパールの観光シーズン」である。

楽園への招待

一歩、ネパールに足を踏み入れてはいかが?光り輝く、旅人の楽園が待っている。

そこがネパール人にとっても楽園かどうか?は、まあ、今後の推移に期待が集まるわけでR〜

インド総集編/前編

1週間続いた、インド人同僚の結婚式@ニューデリー。

インドに来た私がニューデリーに到着したのは、8/6午後。新婦のお兄さんが(インドの)国軍将校ということで、今回、軍のゲストハウスに泊めてもらう。時節柄、テロ?なんて二文字が頭をよぎったりもしたが、とにかく格安(ダブルで1泊25〜30ドル)で泊まることが出来る。最近、料金急高騰のインド大都市ホテル。ちょっとしたホテルなら、1泊最低100ドル以上。高級ホテルなら、300〜500ドルもしてしまう。そんなの、払えましぇん。

さて、1週間続く儀式とは?8/6婚約式。8/7ダンス大会。8/8(掌の)メンディー大会。8/9結婚式。8/10お休み。8/11披露宴。

婚約式では、両家の間でまず贈り物の交換がある。特に新婦側から新郎側へは、家族全員、特に女性陣に対してサリーや金の装飾品が贈られていた。「うちの娘を、ひとつよろしくお願いしますね」という感じ。金(ゴールド価格)高騰のご時世、大変な出費だろうな。

婚約式メインイベントは、指輪の交換。にこやかな新婦と対照的に、新郎の表情が硬い(写真クリック下され)。彼は彼女にぞっこん惚れているので、相手に不満があるわけではない。

新郎君。30代中盤まで、何と、350回ものお見合いを繰り返してきた「選り好みくん」である。ひとり息子である彼は、家族を大切に想ってくれて、知的で、社会性のある女性を捜し求めていた。新婦は専門職を持つインテリ女性であり、美しく、そしてインドの伝統的価値観の持ち主である。じゃあ、いいじゃん!と思うのだが、彼は今度は、こんなボクで彼女を幸せにしてあげられるのか?とまあ、悩んでいた様子。

翌8/7の夜は、新郎宅での「ダンス大会」である。多分新婦の家でも、新婦側の親族が集結して同様だったと思う。

ダンス新郎の一族は、インドの関西系と評される(おいおい)パンジャーブ(地方出身)の人たち。みんな長身で、男性陣は180〜2メートル近い人がごろごろ。女性も170以上が普通。166センチある私でさえ、ガリバー旅行記。そんな大型のみなさまが、腰をふりふりパンジャーブダンスに熱中。

カトマンズの結婚式でも最近、ダンスフロアが設えられていることが少なくない。しかしそこで踊るのは、新郎新婦の友人。子供や若者ばかり。しかしインドでは、ダンスをリードするのは「おばちゃま」たち。ダンスは嫌いでない私も、誘われるままに「ボレボレ!」とパンジャーブスタイルで頑張ってしまった。

新郎側女性陣、特におばちゃまたちと仲良しになりましたわ。

実は、亭主は前半の3日間来ておらず(8/9にカトマンズから来た)、私ひとりだった。回りはインド人も日本人も仕事の知り合いが多く、新郎家族がエスコートしてくれていたので安心して楽しめた。

が、インドからの記事「腰をふりふりふりふり」をカトマンズで、根暗系の我が亭主に「ミキって、インドでこんなことしてたのよ」とご注進下さったお節介なカトマンズ在住邦人がいたようだ。何とセンスのないお節介!(゚Д゚ )ゴルァ!! 亭主の「ジトリ目」をいただいたわ、ふん!

メンディー8/8は、掌にメンディー(ヘナ)で吉祥模様を描くイベントがあった。

新郎宅にメンディー職人が呼ばれており、おばちゃまたちからチビッコまで、列を作って模様を描いてもらう。インドの関西系社会では、引っ込み思案は御法度である。私も、メンディーにトライなのだ。メンディー(ヘナ)は植物性染料で、掌だけでなく髪染めにも使われる。

まず掌に油を塗り、ケーキのデコレーション絞り出し極細版のようにしたメンディーペーストで、職人さんに模様を描いてもらう。1時間ほど乾かし、最後に菜種油を再度塗り、乾いたメンディーを落とす。その後数時間は、水で洗わない。と、翌朝、くっきりとした模様が掌に浮かび上がる。2週間程度掌に残る模様は、自然と徐々に消えるのだ。

ここまでの日程は、結婚式に向けた、いわば「ご両家による決起集会」のようなもの。彼らはヒンドゥー教徒であり、基本的には我々ネパールにおける結婚式と同じ。

しかし大きく違うのは、今回のインド結婚式は「楽しかった!」ということ。家族全体で、特におばちゃまたちが先頭に立って、この際みんなで楽しんじゃおうよと、超積極的なのが印象的であった。

ネパールの場合、全体的に引っ込み思案。何にしても「まあ、そんな事恥ずかしい」とか云っちゃって、小グルーブでおしゃべりをする程度。ガイジンたる私には、退屈で仕方ない。

好調な経済で、社会全体が上がり調子なインド。混沌とした社会不安で、未来が見えないカトマンズ。国情の違い、民族性の違い。そして今回、偶然、性格も経済的にも明るいインド家族にぶち当たったのかな?

後編につづく.......

インドより〜4

米国政府はインド国内、特にニューデリーとムンバイにおけるテロ攻撃を警告。インド国内空港、厳戒態勢。

どっひゃ〜!な報道がてんこ盛りの中、空路帰ってきました。

ニューデリーのインディラ・ガンディー国際空港は.....はぁ?いつも通りでした。機内持ち込みに液体やジェル類は厳禁だったが、1個までなら手荷物OK。携帯電話持ち込みも問題なし。

ただし英国方面への便は、透明のビニル袋に入れたパスポートや航空券、財布だけであった。携帯電話などの電子機器も厳禁。

一番の打撃は、空港内の免税店なのではないかな?液体だから酒類は持ち込めないし、化粧品や香水類もダメだから.....が、免税店の袋に入ったウィスキーらしいものを持った人がいたのは......何?それ?って感じ。ともあれ、免税店はがらがらの閑古鳥でしたわ。

インドより〜3

新郎新婦報告は多分、週末の帰国後。

とりあえず、新郎新婦の写真をあぷ〜っ!

インドより〜2

ふくらはぎが「筋肉痛」である。

昨夜9時頃から始まった、新郎一族の(結婚式を盛り上げるぞ〜、決起集会)宴会は、とにかく踊れ、踊れ、踊ったれぇ!で、ホテルに帰り着いたのは深夜2時過ぎ。へとへと。

新郎である友人は、北インドの関西系(?)としてその名をはせるパンジャブ出身の家族。家族全員長身で(友人は2メートル近くある)、押しが強くて、にぎやか。ヒンディーやパンジャビ映画音楽に合わせ、女性陣がノリノリ。踊るのは嫌いでない私も、ついつい、サリーを着た腰をふりふりふりふりしてしまった。

おばちゃま方から、あなたニホンジンみたいだけど何でサリーを着られるの?しかも、パンジャビダンスはどこで覚えたの?と、一挙にまとめてご親族一同さまと仲良くしてもらう。

ははははは。ヒンディー映画の見過ぎなのさ!腰をふりふりふりふり。

新郎君はずっと仕事仲間であり、上司筋の方たちも来られていた。普段、顔をしかめて「どーするの?この状況」と鉄火場を処理するのが使命の我が業界である。一転、こうした脳天気な磁場の中、日本人、インド人、スリランカ人入り乱れてダンス!ダンス!!ダンス!!!しちゃったりすると、みんなの意外な側面が見えてきたりして新鮮なのだ。

ヘナと、その結果が今朝の筋肉痛。今夜は、歌と踊りと掌にヘナで吉祥文様を描く日。また夜中に、腰をふりふりふりふりだわ。

インドの勢いを感じた。こりゃ、経済も発展するわ。脱帽。

インドより〜1

数年来ぶりの夏休み。友人の結婚式参列のため、デリーに向かった。

(私が乗る)ジェットエアはカトマンズに30分遅れで到着したが、サクサク搭乗を行い、頑張って飛んだ(?)模様で、ニューデリーには10分遅れで到着。さすが、インド亜大陸で唯一信頼できると評判の航空会社だ。離陸して、機内食を食べたら、もう着陸態勢。いつも思うが、カトマンズとニューデリーは「地理的」には近いんだよね。国内移動感覚。

イミグレで入国手続きして、荷物を受け取り、税関を通過し、空港の外で迎えの車に乗り込む。そのまま、宿泊場所に連れて行ってもらう。今回、花嫁さんのお兄さんがインド軍の軍人で、我々外国からのゲストは「国軍のゲストハウス」に部屋を予約してもらっていた。

海外安全情報〜インドでは8月15日の独立記念日を前に、テロの危険が懸念されています。っちゅーのが、ふと、頭をよぎるが......まあ、悲観的なのは良くないよな。考えすぎるのは止めにする。

私のインド人友人は婿さんの方で、イギリスに住む叔父さん家族、日本から、スリランカから、ネパールから(わたし)のゲストも同じ場所に泊まっている。到着早々、新郎のパパがにこやかに迎えてくれる。友人は350回もお見合いを繰り返し、30過ぎても結婚に妥協をしなかった剛の者。やっと伴侶に巡り会い、本人以上にパパとママが大喜びしている。

Wedding夜はニューデリー市内の中華レストラン大宴会場を貸しきりで、婚約式。両家が金の装飾品やサリーなどを贈りあう。メインイベントは、新郎新婦の指輪交換。儀式が行われるステージ前にはカメラが並び、両人、式場付きカメラマン氏の指導のもと、数々のポーズを撮らされていた。ヒンディー映画のポスターを再現するような姿。二人とも、一生懸命。普段シリアス顔の新郎君も、見たことがないような「笑顔のいい顔」を、カメラマンからずーっと強要されていた。

おつかれさま。

式のあとは、真夜中のディナー。これは一連の結婚式の「始まり」に過ぎず、これから1週間。毎夜毎夜、様々なセレモニーが続く。

新郎パパは外国人招待客の手を熱く握り、「明日も、あさっても、必ず来るんだよ。おとーさんはうれしいよ。外国からも、息子の結婚を祝いに来てくれて。おとーさんはうれいしよぉ」と、こちらまでほのぼのしちゃう。

おとーさん。儀式の数だけサリーを持ってきてますからね。毎夜毎夜、がんばらなきゃ。と、熱いデリーの日々が始まったぁ〜!

近況

今週中盤から、急に仕事が入っていた。ここ数ヶ月来の懸案が、急転直下で形になった。あきらめず、伝え続けていくことが大切なのね。

感謝。

真摯に明るく活動を続ける日本人。懐広く、厳しい環境でも挫けないネパールの人たち。そんな出会いが、今度もあった。

感謝。

今日のお昼で仕事が終わり、午後は日本からのお客様とランチ。熱い思いで共感。夕方帰宅し、しばらく熟睡。今回の仕事、毎日早朝から外回りだった寝不足解消。

さて、明日の昼の便でニューデリーに飛ぶ。1週間、夏休み。わーい!

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