けぇ がるね?日記

ネパールの首都、カトマンズから発信しています。

2006年12月

謹賀新年

2007年、年賀状 ←クリックどすえ〜

今年最後の、諸々

えー、まず、「西原理恵子のおくられてうれしくないポストカード」集+ミキ楽器の袋に入ったギブソンのギターピックを、「これ、ミキさんが大好きだから持ってきました」と、カトマンズ在住の邦人Mさんに託けてくださった方へ。

MさんからLさん経由で、手元に届きました。ありがとうございました。どなたなのかお名前分からず、この場を借りて御礼申し上げます。

これからはじまる「怒濤の1月を」、りえぞう で乗り切ります。

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いつも通っているカフェUヨガが、今日から、(カフェが)年末年始の休暇に入った。またここしばらく、夕方にも仕事のため......ラメ先生のアシュラム(パシュパティ寺院近く)での、朝7時〜8時のクラスにしばらく通うことにした。朝ヨガも、気持ちいい。

ネパール人ばかりの教室で、ばったり、知り合いの、ダージリン出身の某有名女性歌手と一緒になる。いつもきちんと髪をセットしてメイクしている彼女が、寝起き直行であったためしばらく分からなかった。向こうも、まさか私と、超ネパール・ローカルな教室で一緒になるとは考えていなかった模様で、二人して「もしかして、あなたは......」って声をかけ合って、大笑い。

夜明け前に家を出て、乗り合いバスで、朝の空いている道をすいすい。ドアトゥードアで、行きも帰りも片道25分。昼間なら、30分〜渋滞に巻き込まれればヘタをすると1時間近くかかる道。

それにしても、ラメ先生が毎日バイクでパタンまで教えに来てくれて、恐縮している私たちに「いや、ボクの気分転換になってるから」と云ってくれる真意を垣間見た。

習いに来てる若い兄ちゃんとお嬢ちゃんが、傍若無人!「先生、出来ないわぁ」「あなたが集中していないからでしょう。喋る前に、やってみなさい」とか「ボクは毎日通っているのに、分かりません」「毎日って、今日で3日目でしょ」というような、先生と、若者たちとのやり取りが連続。

パタン教室ではいつもにこやかなラメ先生だが、声に棘があったぞ。

他人にものを教えるのって、大変だね。

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完熟アボガドをゲット。生クリームと混ぜてペーストにしたものを、トーストにぬった食していた。昨日ちゃりに乗っているとき、突然、脳細胞の豆電球がひらめく。

そうだ!パスタだよ。

タマネギ、ピーマン、ベーコンを白ワイン入りで炒めたあとに、固ゆでパスタをぶち込み、塩コショウで味付けし、弱火にしたところで「アボガド+生クリームペースト」を入れてさっくり混ぜてみた。

アボガド・カルボナーラだね。結構いけるよ。

パタンの夜遊び

パタン市内ナラヤニ・コンプレックスビル(元のホテル・ナラヤニ)にあるバー、ABSOLUTE (アブソルート)は、なかなかのものだ!

金曜日の夜は深夜12時まで生バンドが入り、ネパール人で超満員。

昼間はあの外国援助機関、あの銀行、あの企業などで「ネパール人の偉いさん」としてすまして仕事をしている面々が、煮え煮えの酔っぱらいになって遊んでいる。

しかしまあ、いい大人なので、タメルのバーやディスコのように酔いつぶれたり、女の子を巡って乱闘していたり......と云う事態は、絶対に起こり得ない。ただし、昼間は紳士的に "Hi! Miki Jee, how're you?" などと云うヤツらが〜

ヘーイ、ミッキぃ〜がお〜っ!というノリで、挨拶もハグでキメる。

また日本のカラオケ式に、客が生バンドを従え、歌う。懐かしの洋ものロックでシャウトしていたのは、某世銀のカトマンズ事務所エグゼだったりする。ネパールの民謡ロックを絶叫していたのは、某、森林関係で日本人にも有名な「ネパ・こまわり君」って、長野方面でN岡さん、吹き出してますね。

まあ、バンドのレベルはそれほど高くない。音楽にウルサイ皆さんは、エジプト大使館近くのMoksh(モクシ) の方がお勧め。1974ADのメンバーが経営してますわ。私的には、Moksh の客筋の方が好きね。

ネパール版エグゼたちの夜遊び姿を垣間見つつ、スコーン!と楽しむには、アブソルートは完璧のスポット。カクテルも美味しい。値段も、財布に優しい設定。何より、安全。カトマンズに比べて、良くも悪くも静かだったパタンであるが、ここに来て、革命的ナイトスポットや昼間のレストラン・カフェが急増中。タメルより、いい感じ。

うちの亭主、アブソルートに心酔してますわ。私も連れて行ってくれるところは、ネパール男としては偉いよね。でもね、あーゆー場所では、ちゃんとエスコートしなさいよ、妻を。

よく仕事して、よく遊んでます。最近。はい。

12/30ラジオ

速報.....と云うのもおこがましいですが。

明日12月30日、日本時間朝8時15分頃、NHKラジオ第一放送「世界の歳末」にて、カトマンズからのレポートがあります。

お耳汚しですが、時間があったら聞いてみて下さい。

言葉に出来ない

さくさく和平プロセスが進めば、問題は起こらない。しかし、そうはネパールの問屋が卸してくれるはずもない。

現在、インド国境のタライ地方各所で、局所的な衝突や事件が連続している。民族や、政治勢力が、自分たちの主張を「力ずく」でねじ込もうと躍起になる。この波紋が、カトマンズ首都圏はじめとする全国に広がると.....恐いものがある。

ネパール人である前に、自己の属する民族のアイデンティティーで行動すること。それを、政治的に利用しようとする勢力があること。パンドラの箱は、開けられたのか?もしそうだとすれば、開けた張本人は、民主主義。

民主主義という、イデオロギーに問題があるのではない。

しかし、民主主義という「システム」を構築しようとするなら、この、世界標準のシステムが劇薬になり得ることを、肝に銘ずるべきなのだ。正しい使い方をすれば、非常に有効なシステムとなる。これは疑いようもない。

現在のネパールのように、適量と正しい時間に、民主的システムと云う薬を服用できない患者は、危険にさらされる。

分かっちゃいるけど止められない、ネパール。

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12/27〜28と続いた、ネパールの医療機関ストは終了。

いろいろ考えたり、書きたいことは山積みなるも.....ここ1ヶ月は、気持ちと時間にゆとりがない。諸々、言葉にならないこと多し。

何やねん、これ?

ここ4日間、ハートと実行力ある画期的な医療をカトマンズから、ネパール全国に。カトマンズから、世界に。広め続けて、世界的にも高い評価を得ている(が、日本ではあまり知られていない)ネパールのある組織と個人を取材していた。

えっ?ホントか?ふふ。来年早々、ご覧いただけるはず。

その同じ時期、ネパール唯一の小児病院である「カンティ小児病院」で、死亡した患者(生後8ヶ月の乳児)の家族が、医師に暴行を働くと云う事件があった。これがこじれて、今日から、ネパールの医療機関は急患と救急を除いて閉鎖となっている。ネパール医師会は、医療現場における医師の安全確保を主張している。

患者の家族も暴力はいけないが、(特に、公立病院の)医師や病院側にも、時に高慢と無視が感じられることのあるネパール。

最初に書いた、世界的にも画期的な、ハートのある医療も存在するネパール。同時に、不条理医療が蔓延り、暴力に訴える患者の家族もいるネパール。

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ネパール中西部の中核都市、ネパールガンジでは、インド系住民とネパール系住民の暴力的衝突により、昨日、今日と外出禁止令が出ていた。敵対する民族が経営する商店等への、焼き討ちが発生したという。

結局、マオイスト系の「平和大行進」が出て、事態は鎮静化に向かっているらしい。

国王を戴いた国家体制から、より民主的な体制への転換期。全てが不確定な、この時期。各方面が、それぞれ、勝手なことを主張している。暴力を使って。

ネパールよ、壊れないで.....

Merry Christmas!

いろんな事が重なって、絶対不可能なはずだった今年のクリスマス・イブのお祝いが.......奇跡のように、亭主も共に、楽しい時を過ごせました。しかも昼間は、バリバリ仕事をこなした上で。

誘ってくださったKちゃん、そしてOご夫妻のおかげです。

願いを叶えてくれる神さまって、いるみたい。

大掃除と自由

明日から1ヶ月ちょっと、「怒濤の青息吐息」がはじまってしまう。今日はその直前の、貴重な休日である。

何をするか?いろいろ考えたが、大掃除に決めた。年末だしね。

重点的に整理したのは、書籍や資料。

Book

 

 

 

 

 

 

国王親政の間は特に、本の入手と管理に気を遣ってきた。

いくつかの問題作は、カトマンズ市内行きつけの本屋で本屋のオヤジと二人で周囲を見回しつつ、カウンターの下からこっそり出してもらい、急いで鞄にしまい込んだ。持ち帰ったあとも、カバーをかけて何の本か分からぬようにして読んだ。その後は、秘密の本棚にしまっていた。

もう、そんな苦労をする必要はない。多分。

部屋がすっきり片付き、明るい気分で新年を迎えよう。

年末年始ゼネスト中止

12/31と1/1に実施するとアナウンスされていた、マオ派によネパール全国ゼネスト

(バンダ)は、中止 となりました。

プラちゃんおやぢ!迷惑なんだよ。最初から、云うなよ。(゚Д゚ )ゴルァ!!

と、そんな感じですわね。

ネパール人の忘年会

新年は西暦の4月中旬という、世界標準に背を向けたビクラム暦なんちゅーのを、政府公式暦としているネパールには、本来、西暦の年末年始もクリスマスも関係ない......

筈なんだけど、近年、カトマンズの遊び人たちには、忘年パーティーという遊びが広まりつつある。おかげさまで、今日金曜日も明日土曜日も、夜はネパール人だけの忘年会が連ちゃん。そのあおりで、日本人会による純正忘年会は「パス」ですわ。

さて、今夜は、某(ネパール語)週刊新聞主催による忘年会。豪華ホテルの宴会場で、カクテルとディナーのあとは延々、ディスコタイム付き。楽しむのはいいんだけど、会場の音響が最悪。ただ単に大音響と低音バズーカがあるだけで、脳細胞が破壊されそうなサウンドバランスだ。

主催者から、なぜ踊らない......と云われるも、アナタ、音を何とかしなさいよ。

この手のパーティーにつきものの「夫人たちが固まる席」というのが、スピーカーの横。知り合いの広告代理店さんから、「うちの妻を紹介します」と、夫人席に連れて行かれ、どうぞあなたも座ってくださいと勧められたが......耳が割れそうで、ご辞退する。

それにしても、奥様方はずーーっと、スピーカーの横で固まって座り続けており、ネパール婦人の我慢強さは素晴らしい。

おい、オトコ連中。酒ばかり飲んでいないで、自分の奥さんのことも、ちょっとは気にしろよ、オイ。妻が難聴になるぞい。

それにしても、今日のネパ忘年会の出席者は、一騎当千の方たちばかり。ここでは書けない種類の、非常にディープなインサイド情報をいろいろ仕入れられた。

好奇心の、お腹いっぱいですわ。ありがたいことです。

予想 X 最善 ◯

ああ、もう、年末年始のゼネストですか?

マオ派は単に、政府にプレッシャーをかけているだけで、直前にゼネストは回避されるよ.....という見通しもある。

ほとほと、疲れた。

状況分析はするが、予想はしないことにする。その時々に降りかかる「障害物競争」において、最善を尽くすだけですわ。

割り切らないと、仕事を、ネパールでやる気が起きない。

覚悟を決めて、五感を研ぎ澄まし、前後左右を見ながら走る。

許し難き、確信犯

普段は「ほげ〜っ」と、のんびり過ごしている私だが、ごく希に、きちんとして出席すべきレセプションへのお誘いを受けることがある。

今日が「それ」であった。カトマンズ市内某所において、某国のとあるお祝いで、(カトマンズであるから)肩肘張らない雰囲気だが、本来、非常に正式なレセプションに、夫婦でご招待を受けた。

ここでは、招待客がおおよそ集まったあと、国歌が奏される。この前に、到着しているのがマナーだと思う。そういうことを気にしないのもスタイルだが、私にとっては、絶対にそうしないと恥ずかしいのだ!

そんな事を百も承知。毎年招かれている我が亭主なのだが.....仕事場から出るべき時間になっても、全然現れない。う〜む。またかよ?という感じ。いつものこと。

私はひとり、会場に向かった。その途中、携帯が鳴る。

「何で一人で行っちゃうの!オレは行かなくていいの?」

と、立腹している亭主。後から来ればいいじゃない。私は「恥を知る人間ですから」、きちんと到着すべき時間に間に合うべく行動する。

マナー違反をして私が恥ずかしい思いをすることなんて、関係ない。オレさまを待ってるべきだろう。というのが、誇り高き最高位カースト男性(ネパール社会での最強)としての、亭主殿の論理。

結局亭主が会場に着いたのは、国歌も終わったあと。何人かから「あら、ご主人は随分ゆっくりご来場なのね」と云われる。そう。こういう事って見られているんだよな。

で、レセプションもお開きとなり、招待客が殆ど会場をあとにした時間に、ネパール政府副首相アミク・シェルチャン氏がやって来た。

いやはや、ネパールの文化では、偉い人間は遅れていく。偉くなればなるほど、失礼なほどに大幅に遅れるのが当然!な訳だ。

仕事場に戻り、亭主に対し、

アンタは、小さなアミク・シェルチャンだ!と、怒る。

普段、その某国の人間からプレッシャーを受けている(と、彼本人が逆恨みをしている)から、こういう席で無意識に、こういう態度を取るのだろう。我が亭主ながら、非常に情けない。じゃあ、私だけ行くわよ!と云えば、拗ねる。

マオバディと、一緒じゃねーか。

因みに、我が亭主をはじめとするネパールのジャーナリスト連中は、王宮の儀式に呼ばれると朝からテンション高く準備して、15分前には王宮ゲートに集結する。ギャン兄さんに呼ばれると、時間の前に到着するヤツら。

ああ。

こんな男と一緒に、日本人としての恥を知る人間として、カトマンズで生きていくのは、非常に辛いものがある。

錦はもう、織れませぬ......

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《追記》 凹んでいても仕方ないので、夕方、タメルの「(本物)ノースフェイス」ショップのバーゲンに行き、買い物をして気分を直しましたわ。

があがあ、アヒル。

突然の、ゼネスト

今朝、さあ出勤しよう!としたら、どうも街の様子がおかしい。

マオ派の呼びかけによりカトマンズ首都圏は、午前10時〜午後4時まで(カトマンズ盆地外は、正午まで)、ゼネストだ......と、今朝になって知った。わあ!

パタン郊外の仕事場までは、スト前の時間帯だったため車で移動できた。しかし今日は、カトマンズ市内で何件ものアポがある。明日に延期したくない種類のものばかり。

うむ。歩いてでも、行くしかない。

2006.12.19

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ネパール生活者にとっては、見慣れてしまったいつものゼネスト風景。商店はシャッターを閉め、車やバイクの走行も封鎖され、幹線道路は「歩行者天国」状態。いや、歩くしか、他の選択肢がないだけだが。

時々、救急車、多少のバイク等が走り去る。市内ではマオ派支持者により、スト破りのバイクが焼き討ちされたりという事態もあったらしい。スト時に出る、空港と市内を結ぶシャトルバスさえ、一時、走行を止められた。このサービスを主催する、NepalTourismBoardがマオ派と交渉し、事なきを得た。

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この(時間を区切った)ゼネストは、昨日の閣議で、日本を含む14カ国に派遣される(ネパールの)大使人事と、国家人権監視委員会人事を強行採決した事に対し、マオ派が抗議してのものである。

この決定については、コングレス党以外の政府内部からも、非難が噴出している。マオ派が政権に参加する前に、駆け込み人事的決定が強行されたのだ。

一部情報によれば、マオ派は12/31と1/1にも、再度のゼネストを計画しているらしい。政府側との話し合いがつかなければ、ネパールの年末年始は、いきなり、ストライキとなるのか?

勘弁して欲しい。

CDで「読む」、ネパ名作

ラナ将軍家独裁から、トリブバン国王の大政奉還に、民主勢力として重要な役割を果たし、その後、ネパールではじめて、選挙の結果に基づく首相となった、ビシェシュワルプラサード(B.P.)・コイララ。

ガネシュマン・シン、クリシュナプラサード・バタライ、プシュパラル・シュレスタ、マンモハン・アディカリなどと共に、ネパール政党政治の第一世代旗手として。ネパール文学者として。ヒンディー映画界でかつて大活躍したヒロイン、マニシャ・コイララの祖父として。現在まで、ネパールで尊敬されているB.P.である。

彼が晩年、カセットテープに吹き込んで口述筆記した「B.P. コイララ 回顧録(アートマブリターンタ)」は、1940年代〜1970年代のネパール政治・社会を理解するための名著である。絶対読むべき、本なのである。

が....ネパール語なんだよね。いや、読めるんだけど.....ネパール語の本って、英語の本を読む以上に「努力」と「忍耐」を強いられる。亭主が読んで感激して、勧められて、読んでみて、途中で挫折して、投げ出していた。

そんな私に、天の恵み。BP

 

 

 

 

 

 

 

なんと、「B.P. コイララ 回顧録」CD朗読版が出た!

BBCラジオ国際放送で、長年、ネパール語放送の顔(声)として活躍してきたカゲンドラ・ネパリ氏が、BBCから退職したあと取り組んだ労作である。

長年、ラジオ・アナウンサーとして鍛え上げられたカゲンドラ氏のバリトンは、実に聞きやすい。すっ、と、耳に沁みる。テンポが良い。B.P.の時代が、三次元的に立ち上がってくる。生い立ちから始まり、B.P.とマヘンドラ国王夫妻との関係や、その後、政治犯としての獄中生活など、実に興味深い。

B.P.はじめとする政治家を逮捕し、(元祖)国王クーデターで全権掌握したマヘンドラ国王とB.P.が、大変な仲良しであった時代があった。ラトナ王妃(当時/現皇太后)が、B.P.のスシラ夫人をお気に入りであったとか.....うーむ。知らなかった。

ガネシュマン・シンはじめとする、偉人伝的な美化されてしまった巨人たちの、若気の至り的裏話も、ネパール・フリークにはたまらない。

またコングレス党草創期には、政治的活動の一環として「武力闘争」も行われていた事実が語られている。ラナ一族の内紛にからみ、B.P.がラナ家の一派に爆発物を手渡すも、いつになっても爆破が行われず気を揉むところなど、実に正直に吐露されていた。当時の政治状況下でB.P.の存在は、現在のプラチャンダ議長に似通っている部分もあるか?

上級レベルのネパール語(ヒアリング)能力と、ネパール近代〜現代史の知識がないと理解できない。反面、それらの知識さえあれば、実に、実に興味深い内容である。文字で追わなくても、耳で読めるという点が、素晴らしい。

私のような「耳で聞くと理解できるが、(ネパール語を)文字を追うのは億劫」という人間には、福音である。しかも、CD 8枚組で600ルピー。邦貨、1,000円もしない。中流以上のネパール人なら、買える値段。

文字の読めないネパール人にとっても有用であるが、経済的に恵まれない階級であるこれらの人たちにとっては、手が出ないだろう。しかも、CDプレイヤーが必要。と、これを云うのは酷だけれど。

カゲンドラ氏はこれに続いて、ダーヤマンシャムシェル・ラナの歴史的名作「セト・バーグ(白き虎)」のCDブックを制作中とか。これまた、待ち遠しい。

耳で読めれば、ネパール文学の名作も、読めてしまうのだ。

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"Aatmabrittaanta" CD Version, Jagadamba Publications

縮約・朗読 by Khagendra NEPALI / 定価 Rs.600

かとまんクリスマス

亀の歩みでも、和平!な、ネパール。

観光客は急激に増加し、10月〜11月〜年末年始など、飛行機の座席も満杯。ホテルも活況を呈している。

つい数ヶ月前までは、「お客さんがいなくて、もう....いつでも予約してくださいね。部屋はすぐにご用意しますから」と云っていた某ホテルなど、掌を返したように。

「部屋?ありませんよ。予約が満載でね。えっ、いつなら部屋の空きがあるって?そーねぇ。来週にでもまた電話してくださいな。いひひひひ」

と、おそ松くんの「イヤミ」そっくりなマネージャーが、鼻の穴を膨らましている。どこのホテルか?そんなこと、口が裂けても言えません。☆ガル◇ッ◎のあ・そ・こ!なんてね。いやはや。オーナー夫妻や他のスタッフは、皆〜んな、いい人たちなんだけど。

部屋さえとれれば、設備も完璧で素晴らしいホテル。でも最近、団体旅行客の予約で埋まっている。個人予約は、時期によって非常に難しくなっていた。

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ナガルコットなら、「ニヴァ庭ロッジ(日本人経営)」や「フォート」など、温かな心遣いでもてなしてくれる、良い宿が沢山あるので救われている。

団体客だけでなく、個人や小規模グループのお客さんにも、細やかな心遣いをしてくれるところに、好感度満点。

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さて、カトマンズの「居心地の良いホテル」として知られる、ホテル・シャングリラのロビーには、

Xmas

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスマス・スペシャルとして、「お菓子の家」が出現中!クッキーとホワイトクリームで作られていた。

今年は心なしか、どのホテルも、去年より大きな心のこもったクリスマス飾り付けをしている。観光業界全体が、上向き、明るいムードに包まれている。

実に、数年ぶりのうれしさだ。

マナスル式典、報告

12/11〜12。日本隊によるマナスル登頂50周年を祝う式典が、カトマンズにて挙行された。主催は、ネパール登山協会。

まず12/11。過去から今年までの登頂者を市民が祝福する「パレード」と、「市民による顕彰セレモニー」があった。が、運悪く、季節外れの大雨。申し訳ないが、私は、これらの現地に行くのをパスしてしまった。

だって、強烈に寒かったんだもの!

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続いて午前11時からは、カトマンズ市内のハイヤット・ホテルにて、記念式典があった。主賓は、オリ副首相兼外相。ゲワリ文化観光相や、ビドゥ森林土壌保全相も臨席。

下の写真は、オリ副首相から表彰を受ける、50年前の(第2次アタック)登頂者。日下田實さん。ご高齢の筈なのに、大変お元気で朗らかな方でした。

その下は、ギャルツェンノルブさん(故人)と共に初登頂を果たした、今西壽雄さん(故人)のお孫さん。お祖父さんに代わって、表彰状を受け取られた。

マナスル50

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本側来賓(山岳関係者)の祝辞には、「50年前、日本隊がマナスルを登頂できたのも、ひとえにネパールとネパール人のおかげ」という、謙虚な、厚い友情が語られていた。素晴らしかった。

この部分、ネパール側にきちんと伝わっていることを願いたい。

快適に暖房の入ったホテル宴会場で、引き続き、ランチ。

夜は、パタン市内のホテル・ヒマラヤにてパーティー。しかしこれ、誰が主催だったの?誰に聞いても、はっきりしなかった。夜中まで、非常に盛り上がったらしい。私は、ネパール人社会の強烈なる義理(尊敬するネパ先輩お嬢さんの結婚披露宴)のため、行けなかったけど。

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翌12/12午前中。日本隊のマナスル登山許可取得の立役者、故・西堀栄三郎先生の顕彰碑除幕。場所は、カカニ。

記念碑

 

 

 

 

 

 

在留邦人の大先輩、宮原さんのご尽力で完成したものである。

カトマンズ在住の山屋たちも参加し、(参加者)少人数ながら、ほのぼのとした、心に沁みる式典であった。

西堀先生のご子息お二人ともお会いでき、感激した。だって私、子どもの頃から、西堀先生の「南極越冬」をはじめとする、冒険・探険の大ファンなのだもの。マナスルを語るとき、西堀先生を忘れるべからず。

って、さすが!宮原さん。

こういう素晴らしい先輩に恵まれているから、不肖私も、カトマンズでグレることなく(?)暮らしてこれたってもの。

この日の夜は、ネパール登山協会主催の夕食会だったが。プログラムの通知が間際であったため、日本からの参加者はみんな、トレッキングや諸々に出発したあと。同時に50周年を祝った「ローツェ」の関係者である、ヨーロッパ系山屋さんの顔は見られたものの、日本人は.....殆どいなかった。

毎回毎回、仕切りの甘いネパール登山協会である。さっさと自分たちで計画をして、ネパール側に振り回されない日本側の行動は、日本人の基準として、実に正しい。

何故こんなことになったか、ネパール側は全然反省していないのも、実にネパール的である。

「ニホンジン来ないなら、身内だけの無礼講だぁ」

と、ザ・打ち上げモードが炸裂していた。

へへへへへ。この席で私は、ネパールちっくに楽しんだだけでなく。ふふふふふ。超人メスナー氏と共に、人類初の「エベレスト無酸素登頂」で知られる(山岳界の)巨人、ピーター・ハーベラー氏と親しくお話しさせていただいたりした。

ハーベラー氏や(今回は来ていなかったが)メスナー氏から、「やあ、また会えたね。元気にしてた?」と声をかけていただけるのは、カトマンズ在住の役得だね。

このぉ〜、幸せ者ぉ〜な、自分。

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よくよく考えたら、今は、シベリアの空は真冬で寒いので、鶴になって飛んでいくのはヤメにした。

更に考えたら、私は鶴じゃなくて「アヒル」だった。

があ、があ。

鶴は、飛んでいきたい

カトマンズの日本人社会。

いつも大変お世話になっている。ありがたい。しかし、私はあまり、邦人社会に顔を出さないし、仕事のお手伝いなどの貢献も出来ていない。

忙しい.....という言い訳は出来ない。だって、私の数倍忙しい方だって、熱心に活動している方がいらっしゃるんだから。それより問題は、私はネパール社会に暮らしていると云うこと。ネパールの価値観の中で暮らしていると云うこと。

例えば、夫婦揃って日本人の家庭なら「行こうよ!」とすぐに話がまとまる日本のイベントも、ネパール人の価値観から見て「それより大切」と思われる行事に重なると、行けないこともある。

普段、野放図を装っているが、ネパール人にものすごく気を遣って、顔色をうかがいつつ暮らしている。それがもう、習慣になっているからね。仕事も、たまの息抜きも、ヨガも、すべてにおいて気を遣いつつ、自由を確保しているんだな。

現実的に、夜間の外出などは、帰りの足が確保できないと行けないし。

ああ。それでもネパールの目から見れば、信じられないような自由を謳歌していると見られている、わたし。

11月下旬のように、マオ派関連のニュースが「いつ起こるか分からない」状況になると、日々、仕事場でスタンバイすることを(日本からではなく)ネパール側から求められる。それは、ネパールの優先順位から見て「正しいこと」だから。日本人の価値観は、押し通せない。

仕事の取材だって、企画が通らないと出来ないしね。カトマンズで盛り上がっていることも、すべて、企画としては通らないし。

ああ。結局、言い訳だな。

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時々、日本国籍などうち捨てて、ネパールに帰化してしまおう。という思いにとらわれる。

しかし結局、ネパール人になりきれる訳でもない。

結局、日本人でも、ネパール人でもない訳だ。

この、荒涼とした世界に一人で立っているような感覚はなかなか説明も出来ないし、自分で選んだ生き方だしね。

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と、ちょっと腐っていたら。ネパール人社会のつきあいで、慰められた。

同じ日に、

「あのとき、ネパールの与ひょうさまに命を助けていただいた私ですが、これ以上、錦を織ることは出来ませぬ。つうは、シベリアの空に飛んでいきます」

と、思わず世を儚んでしまいそうな絶望にも見舞われた。

「世界最強の相手に、戦いを挑まされているプルートゥ」

という、気がすることもあるし。

私がネパール社会から期待されている姿。

ネイティブな日本語能力と面接力を駆使して、ネパールのためになることを、日本からガ〜ンがん引き出すブルドーザー。そこで日本人にどう思われようと、ネパール側の利益のため、絶対引くな!押しまくれ!!なんだよな。

と、弱音は、何の役にも立たないね。誰も理解してくれないし、ね。

日本の責任も果たせないし、ネパールのご期待にも、添えませんわ!

ナイトバザール

相変わらず、突っ走る日々が続いている。1月末まで、この調子。

このご時世、仕事をいただけるって、有り難いことです <(_ _)>

と、ぷち多忙を装いつつ、昨夜は、タメルで行われた「クリスマス・ナイトバザール」に行ってきた。ネパール在住アート系邦人のショップや出店もあり、実に楽しかった。タクシン前首相(謎、系のウソ)にも会えたし.....ね。

会場には、Aさんの悪だくみ(!)による、達郎のクリスマスソングが流れていた。ああ、あの「バブル経済真っ最中」の、東京での大学生活@それなりにブイブイ!を想い出してしまったじゃないか。

 " ゚☆,。・:*:・゚★o(´▽`*)/♪Thanks♪\(*´▽`)o゚★,。・:*:・☆゚ "

さて、明日月曜と火曜日は、マナスル50周年で、(関係者一同)大騒ぎなカトマンズ。へへへへへ。

不肖わたくしは、ネパール側関係者として、楽しませていただきます。

仕事が充実しているから、遊びが楽しい今日この頃。

ノルビック病院

最近、何かと気ぜわしい。

朝、自宅でメイルチェック。出勤。仕事場でぱしぱし文章やメイル作成。外回りのリサーチ業務。夕方、20分間自転車+1時間ヨガ。また仕事場に戻って仕事。帰宅。寝る前に、再度メイルチェック。

と、日本でなら「普通じゃん」とか、ヨガも出来るなんて「余裕こいてる!」と。その程度なのだろうが。ここカトマンズでは、「最近、真面目に仕事してるよな」と感じるに充分な忙しさである。

おかけでここしばらく、「ばなな猫茶屋」にも「だんらん」にも、全然行けない。ランチタイムを取れないので、家から弁当持参なのだ。

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そんな中、先日11/21。

政府とマオ派の「包括的和平協定調印」を、現場である国際会議場で撮影取材(待ち時間長く、難しい文面の要点を抜き出し即座に日本語訳と、緊張した)。その後、街角で市民に囲まれて喜ぶ内務大臣を取材。

仕事が完了し、携帯電話でその日最後の報告を入れているとき。

突然、倒れてしまった。

強烈な回転性のめまいに襲われ、立っていられず、そのまま、まるで映画のシーンのようにぶっ倒れた。幸運にもどこも怪我をせず、意識はあったし、すぐに平静に戻れた。

しかし、カトマンズの業界友人・知り合いの真ん中で起こった出来事だったので、非常に恥ずかしかった。また、一緒にいた亭主が「CTと心電図とって精密検査だ!」とずいぶん心配していたので、この日曜日、念のため病院に行ってきた。

カトマンズ市内タパタリの、ネパールらしくない、ノルビック病院

私立の、綺麗な大総合病院である。大きな手術等で入院すると、ネパールらしくない請求書も来るらしい。ここに、(ネパールの医学部卒業後)日本で脳外科の専門教育と医学博士号を取得した、日本語ペラペラの脳外科医、バサンタ・パント先生がいる(外来は夕方)。

パント先生は、この業界でネパールNo.1なだけでなく、アジア地域でも著名な脳外科医。たまたまこの先生とは、医学部卒業直後から家族ぐるみで仲良くしてもらっている。

「先生、やっぱり、精密検査ですよね」

と、心配性の亭主を尻目に、私の診察を終えたパント先生。にこーっと笑顔で仰った。

「全然心配なし。単なる疲労。この程度でCT撮ってたら、うちの病院の機材は幾つあっても足りなくなりますよ。耳の平衡感覚も、問題なし」

当然だよね.....毎日、こんなこと出来るんだから。

サソリのポーズ

 

 

 

 

 

 

 

サソリのポーズ。特別出演は、ラメ先生。

髪の毛でよく見えないが、頭、(両手で支えて)浮かんでる。ゆくゆくはもっと腰を曲げて、足の指先が頭に付かなくてはならない。

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「それより、あなたの方が太りすぎ。人間ドックはどうですか?」

猫とおじさん

 

 

 

 

 

 

と先生から、我が亭主殿に、有り難い忠告をいただく。

ノルビック病院、1日人間ドックがネパール人は約100ドル(7千ルピー)。外国人は料金が2倍。ネパール人と結婚している外国人(女性)の場合、ネパール人扱いをしてくれる。

カトマンズでは、ベターな医療環境が整いつつある。インターナショナル・クリニックやシーウィックなど、外国人専門の小規模クリニックだけでなく、専門医療が必要な場合、ノルビックは頼りになりそうだ。

ただし、お金はがっちり必要。いやはや、何だかなぁ〜

マナスル50

マナスル祝賀

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年5月に挙行されるはずが、政情激変のため12月に延期になっていた「マナスル登頂50周年記念式典」が、来週に迫っている。

ネパール登山協会NMAが中心となり、ネパール政府やWWFなど関係諸団体との共催による「ヒマラヤ観光国際会議」と連動して、様々な催し物が開催される予定である。

12/11 朝8時〜10時半 カトマンズ市内サヒドゲートからカトマンズ旧王宮地区への祝賀パレード。

12/11 夕方6時半〜7時半 カトマンズ旧王宮地区(バサンタプール)。1956年日本隊によるマナスル初登頂記録映画、野外上映会。

は、みんなで、その場で参加できる。

どの程度素晴らしい「仕切り」になるのか?は、ネパール側の問題なので、保証できないけれど、ね。

この時期カトマンズにいらっしゃるなら、どうぞ。

ザ・タフネゴシエーター 〜番外編

今でこそ、カトマンズの不可能を「可能」にする!などと、ブイブイ云わせている私であるが、最初からこんな「怪獣」だった訳ではない。

21年前はじめてネパールを訪れてから数年間は、私も普通のツーリスト。20代の日本のおねえちゃん。右も左も分からず、右往左往。

当時の私って、純真で可愛かっただろうね。

そのころの私を知っている(今は亡き彼の奥さんと、私が仲良しだった)某ネパール人氏から、電話があった。彼は、彼の業界では世界的にも有名な、賢い人である。歳も、私より随分上。

彼が最近情熱を傾けているという、社会奉仕活動関連のためにボランティアを探している等、私に対して2〜3の依頼。

普段、ネパールの人たちに「お願い」して、「協力」してもらえなければ不可能な仕事をしている私である。「でも、ネパール人が君に依頼をした時、いつも冷たいよな」と、常々、連れ合いから批判されている私でもある。よし。面倒くさいが、引き受けよう。

某ネパール人氏の依頼のうち、これはこの人(ネパール人)に聞けばすぐ埒があくよ。これについては、某日本の機関に連絡して、こういう方法であれこれ.....と、すぐに対応。

彼はすぐに、私が紹介したラインに連絡を取った。私もそのあとで、紹介した個人に電話して、どういう話しになったか確認する。このあたり、きっちりフォローアップするのが責任でしょう。どういう話しになってるか、確認もしておくべきだし。

そうしたら!

「ねえ、ミキが紹介した彼(某ネパール人氏)って、こういうビジネスのためにボクにこんな頼み事をしてきたんだよね。こんなことも云うんだよね。ねえ、ボクに迷惑がかかる内容だよね。知っててボクのこと紹介したの?」

社会奉仕じゃなくて、ビジネス。しかも、私の知り合いの不利益になること多大なる、迷惑な話だった。

がーーっ!

ビジネスなら、違う頼み方や人の紹介の仕方があるわい。非常に恥ずかしい思いをして、紹介した知人にお詫びする羽目となる。

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怒りを感じつつ、別の依頼についても別の場所に連絡を取る。しかし今度は、

「こういう人から連絡があったら、ビジネスなのか社会奉仕なのか?よくよく確認してから対応してほしい」

と、最初に伝える。

そのあとで、某ネパール人氏に電話をして、もろもろ伝えて.....最後に。

「ところで、あの件って、あなたのビジネスなんだってね。それならそれで云ってくれれば、最初からこういう風に(具体的事例を出して)あの人に依頼すれば、こういう解決策を出してくれたんじゃないの?利益を求めない活動だって私に嘘をついたでしょ」

と叱ると、電話の向こうで彼の頭脳のハードディスクがフル回転。

「おお、ミキ。君はなんてスマートなんだ!ボクのような世間知らずのネパール人には、考えつかない素晴らしい知恵じゃないか。ああ、そういう風にボクを導いてくれるのは、ミキくらいだよ」

この野郎!世界的な名声もある、超賢いあなたじゃない。と思いつつ、

「あのね、昔の私と今の私が、同じだと思ってるの?私の仕事が何だか、あなたも知ってるよね。ホントと嘘が見分けられずに、やっていけると思ってるの。私も、ネパールの世間を、メディアの仕事をしながら十数年渡ってきたのよね。私が昔のようなお馬鹿さんだと思ってたの」

それでも、絶対にめげないヤツなんだわ。あくまで明るく、ミキ、これからも頼むゼ!と、悪ぶれない。また、もうひとつ別の依頼は、本当に社会奉仕で利益を求めていない。ビジネスじゃない!と言い張るのだが。

もう、信用しないもんね。

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このあと、もうちょっとでビジネスの迷惑をかけそうになった知り合いに、再度電話しておく。私から、嘘つき(某ネパール人)を叱っておいたから。もし今後某ネパール人を拒絶するなら(当然だよね)、あなたが嫌なことを云う必要はない。私が引導を渡すから、その際は電話してほしい。と、再度のお詫び。

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人にものを頼むなら、最低限、正直に話しをしてほしい。

正直で信頼できるネパールの人たちの依頼には、私も、最大限協力してきたと思うんだよね。でも悲しいかな、嘘をついてでも自分の利益のため、私を利用しようとする人間も多い、カトマンズ。私の名誉を傷つけてでも、利用してやろうと近寄ってくる人間もいる。自分で出来ることもすべて、私にやらせようと考える人もいる。

あのね....ネパール人の頼み事に対して冷たいんじゃないのね。頼む側に問題があることが、ネパールでは少なくないんだよね。

ネパールでは、純真でいることが不可能だ。

自分の誠実さを守る為にも、時には、冷酷になる必要がある。

12/3、ララ湖放送予定

今週末、12月3日、日曜日。18:10〜18:45。NHK総合チャンネルで放送の「海外ネットワーク」番組内最後のコーナー。「世界の子供たち」にて、ネパール中西部ララ湖の子どもインタビューが放送予定です。

美しい湖の景色と、元気なネパールの山の子たち。

元気なチビッコたちとの出会いがあった、忘れられないインタビューでした。是非ご覧下さい。

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