けぇ がるね?日記

ネパールの首都、カトマンズから発信しています。

2007年01月

首相声明、出る模様

ネパール−インド国境地帯タライ地方で続く民族対立暴動に対して、本日ネパール時間午後3時から、コイララ首相の声明が発表される見込みだ。首相官邸での取材(撮影)につきネパール国営メディアだけでなく、外国の報道関係者にも声がかかった。

ネパールの政治形態に、連邦制を取り入れることが発表されるのではないか?と、注目を集めている。ただしこれは、ネパールを「民族ごとの小国連合」にしてしまう危険性をはらんでいる。ネパール全体での民族による政治権力分布も是正されるべきだが、今度は、全国的には有力民族だが小国内では少数民族になる例も出てくるだろう。このような場合、激しい近親憎悪が起こり得るのではないだろうか。

全ての民族の文化は尊重され、侵されざるべきものである。しかし、同時に、民族を越えた「ネパール人」としてのアイデンティティを形成しなければ、国が成立しない。

問題なのはこれまで、この「ネパール人」としての「文化」が、政治的・経済的に優位を占める特定の民族の、利益に基づく側面があったことだ。

ネパールは今まで、民族や宗教対立の(殆ど)無い国として知られてきたが、このフレーズは、支配的民族の「奢り」に立脚する視点だったのかもしれない。

劣位に置かれてきた諸民族は、穏やかな表情の裏に、深い遺恨を代々持ち続けてきたと思う。これらが、今回のタライ暴動の原因のひとつといえるだろう。そしてこれを、政治的に利用しようと画策した勢力もあった模様である。

ネパールの諸民族の地位と権利の保全。併せて、民族を越えたネパール国家の再構築は、ネパール民主化の大きな柱である。

民主主義という政治形態は、運営するのが簡単ではないね。

でも、民主主義以外に道はないんだよね。ネパールでも。

ラクタクンダ(血の池)

かつて権勢を誇った、ネパールのシャハ王家である。しかし、2006年4月の国王親政崩壊以降、凋落していくことを止められないでいる。

これを象徴するような本が出版された。

血の池題名は、ラクタクンダ。日本語に訳せば、血の池。

長編歴史小説と銘打つ、ネパール語の書籍である。一冊100ルピーで、各所で売られている。

代々王室の世話係として仕えてきた家族の女性たちが、自分の見聞きした、世間には知られざる王族の人間模様を作者に語るという形式である。が、登場人物、特に王族の氏名や人間関係が本物そのままで、小説的創作に乏しい。

いや。ノンフィクションとして出版することが憚られたから、エクスキューズとして「小説」としただけなのか?

いずれにしても、ヘタレている。

内容は、全編、シャハ王家のゴシップ。例えば、現国王の父であるマヘンドラ国王(当時皇太子)は、産褥で、妻であるインドラ皇太子妃を失ったと云われているが......実は、(当時のトリブバン国王一派による)毒殺であったこと。愛妻を失ったマ皇太子は、亡妻の遺言により、妻の妹であるラトナ(現皇太后)を妻に迎えるべく愛をはぐくんだのだが......両方の家族から反対され、しかも結婚前にラトナ嬢は妊娠し、結局、ロンドンに飛び堕胎と避妊手術を受けさせてから、結婚したなどなど。

シャハ王家男性たちの、女性に対するだらしなさ。王族男女の、非人間的言動やケチ臭さも暴露されている。

その極めつけは、2001年6月1日の王宮惨殺事件真相暴露。

なのだが、「小説」と銘打っている以上、どこまでが暴露でどこからが創作なのか?想像は出来ても、判断などしようとするだけ野暮。

結局は、女性週刊誌かスポーツ新聞程度と考えるしかない。

そう割り切れば、王室ゴシップで「お腹いっぱい」感はある。

日本政府調査団、来訪

国連によるネパール支援団(UNMIN)に関する、日本政府の調査団が今週、ネパール入りする。時事通信社のサイトに、記事が掲載済みである。

これについては、カトマンズで、ちょっとピリピリした雰囲気を感じているが....ネパールに住む日本人として、ネパールの和平構築に祖国(日本)がどう関わっていくのか非常に関心がある。個人的な興味を超え、もし、仕事として取材にかかわれる機会があるなら、尚更である。

まずは、情報を知り得ること。そのうえで伝えるべき事は、何としても伝わるべきである。

そうでなければ、ならない。

春めく、カトマンズ

春です!

1/23のバサンタ(春)・パンチャミで、ネパールは「暦の上の春」を迎えた。

そうしたら急に、日中の寒さが緩んできた。最高気温が20℃ほどになり、軽装にショール、足元はサンダル履きで気持ちいい。最低気温は、4〜5℃程度である。

2週間ほどお休みしていたヨガを再開したら、うっすら汗ばみ、春の訪れを実感した。

写真は、愚息の冬休みが終わり、全寮制の学校に送っていったときのもの。カトマンズ盆地の東隣、学校のあるカブレ郡の村は、優しい春霞に包まれていた。

シバラットリー(今年は2/16)の頃、寒の戻りがあるのがいつもだけれど、それを越えると、ぐんぐん温かくなる。

春は気温に比例して、政治も「熱くなる」んだよね.....

刈られる、王党派

ネパールとインド国境地域、タライ各所で続く暴動を扇動した容疑で、国王親政時代の閣僚が逮捕されている。

昨日月曜日の夜、カマル・タパ前内相と、バドリ・マンダル前農相が逮捕され、今日は、サリムミア・アンサリ前森林土壌保全相も逮捕された。

タライの先住民族やインド系ネパール人=マデシの、パハリ(中間山岳地帯を拠点とする諸民族、政治中枢を握るバウン/チェトリを含む)に対する蜂起を利用し、国王派が破壊活動を煽っているとの噂がある。

この事実、または風評に対処すべく、政府が動いたものと考えられる。

タライ暴動については、こちらの掲示板に興味深い分析がある。

停電エレジー

この1ヶ月間、ほぼ連日「現場外回り」の業務も完了し、さあ、今日から事務仕事をバリバリこなすゾ!と張りきったら.......

凶暴なる計画停電に、叩きのめされた!パソコンを立ち上げた途端に、停電が始まった。我がノートPCのバッテリーはヘタレており、1時間もたたずにお休み状態。仕方ないので、ごはんを食べに外出した。

現在、毎日3時間の停電。これに引っかかる直前、取材チームの仕事が終わって本当に良かった。室内、照明をたくのがアウトになるところだった。更に、ファグン月の頭2/13からは、1日6時間の計画停電となるらしい。

1日の4分の1が停電って。はぁ......

今日の新聞報道では、元来、水力発電の発電量が増加する「雨期」でさえも、今後は電力不足が発生する見込みとか。

消費電力量は、日々増大。しかし、新しい発電所建設計画は、マオ派との武力衝突が続いた10年間、足踏み状態となっていた。この10年間のツケが回ってきた。電気公社の試算によれば、2008年4月には、最悪毎日12時間の停電となる恐れがあるとか。

これを回避するためには、インドからの買電が、具体的解決策のひとつ。インド側も「売りまっせ、電気!」と意気込んでいるが......送電施設を建設する必要があり、では明日から、とはいかないものらしい。

仕事場の停電スケジュールと、自宅のスケジュールを睨みつつ、在宅勤務を盛り込んだ体制で臨むしかないようだ。

えー、復活近し!

予定よりちょっとかかったけど、本日、ひとつ仕事完了。

ホームで仕事していたが、アウェイで戦っていた感じもしたが、非常に楽しかった。日本、そしてネパールのメンバーが全員楽しい人ばかりで、助けてもらった。感謝。アリガト!(´▽`)

しばらく「ほっ」と出来るかな?

と思っていたが、自衛隊員のネパール派遣という局面を迎えそうで、週明けからまた、今度はホーム・グラウンドでホームな仕事が始まる予感。この間隙を縫って、2週間休まざるを得なかったヨガも再開しよう。

そうそう。計画停電。毎日3時間っス。ネパールに春を告げる「シュリ・パンチャミ」以降、昼間の暖かさが増してきてはいるものの、寒くて暗いのは辛い。

今日は、帰って、寝るっス。

ネパール番組

1月13日(土) 21:10〜22:00 NHK BS1 「ネクスト〜世界の人気番組」

ネパール特集です。なお、緊急の番組変更などにより、放送内容が差し替えになる事があります。  

ネパール報道

1月7日(日) 18:10〜18:45 NHK総合「海外ネットワーク」

ネパールのニュースが放送予定です。なお、緊急の番組変更などにより、放送内容が差し替えになる事があります。  

寒い、ネパール

ここ数日来、冷え込みが強まったカトマンズ。早朝からは「盆地冷却現象」の濃霧が出て、午前10時11時頃にならないと晴れない。

カトマンズに限らず、インド国境亜熱帯のタライ大平原地域でも靄が出て、一日中日の光が差さない状態が続いている。普段、暑さには慣れていても寒さに弱い人たち。死者も出ている。家も、着るものも、暑さ対策はあっても寒さには無防備だもんな。

パタン郊外の仕事場は、夜になると、石油ストーブをいくら焚いても底冷えがする。昨夜は、悪友と飲みに行った亭主に「仕事場に放置プレイ」され、寒いわ腹は減るわ......で、迎えに来たのは夜11時。家に帰ってダルバートを食べたのは、真夜中12時。

冬は夜8時を過ぎると、女一人ではタクシーにも乗れません。

くそーっ、夕方「散髪行ってくるわ」と出たっきり、髪も切らず、酒の臭いぷんぷんで来たもんな。自分が満腹なら、他人が空腹でもいっさい気にしないヤツだ。こーゆーのは、強制収容所に送ってくだされ。プラちゃん同志!

あっ、そうだ、寒い話しだった。

今日からは数日、(階級の敵!たる、うちの亭主と比べるまでもなく)民度の高い方たちと、カトマンズより温暖な場所に行って仕事する。

ありがたいことですわ。

ガイジン=サンタさん?

どこの国でも「芸能界」というのは、大変に高尚な魂から、有象無象、無魑魅魍魎までと出会えるワンダーランドである。

しかしまあ、国が大きく世界市場の芸能界なら、雄牛の雲古も超弩級で度肝を抜かれるが.....ここネパールの芸能界は、とほほ系小者な奴らがいて、実に情けない。

とある仕事のため、カトマンズの某芸能組織に出向いた。ここのマネージャーRは、電話で話しただけでも胡散臭さが「ぷん」と臭ってくる御仁。会ってみたら、想像通り。しかも、話しの物わかりが絶悪。

初対面で15分後。

「あなた、うちの芸能チームを引き連れ、日本公演に行きませんか?日本の受け入れ先、さがしてくれるよね」

「お断りします。あなたたち、日本で逃げるでしょ」

「はははは。何人かは、逃げるかもね」

「なんで私が、そんなリスクを背負わなきゃならないの?」

「姐さん、人生はリスクだぜ」

コイツでは話しにならない。一事が万事、信用できない。彼の上司の社長に会わせろ!と話しをしても、首を縦に振らない。しかしそこは、私もニュースの業界人。社長の携帯番号を他のルートで探し出し、連絡を取って面会。

社長は人当たり良く、「うちのRがご無礼をしたようで、お許しを」と、てきぱき仕事の打ち合わせが進む。頭の回転が速い。

しかし、初対面の20分後、出たっ!

「私はカトマンズの某TV局で☆○◇□の番組を制作していますが、あなたのコネで、日本に3名の撮影チームを送れませんか?」

「ぬぉ〜っ!!あなたたち、揃いも揃って何を考えているの。私はネパールのニュースを、日本に送る人間なの。ビデオや写真や文章は日本に送るけど、ネパールの人間を日本に送り込む人間じゃないの!」

と、怒った。初対面の外国人にこのような話しをすることは、自分の品位を自ら汚しているのよ。少なくともまともな日本人なら、あなたのことは信用しないと思うわよ。私はねぇ、怒ると恐いのよ、ふん!

あ゛ーーーっ、胸が悪くなる。

ネパールで様々な習い事にチャレンジし、芸事の世界とも付き合いがある。先生や芸事仲間は、シビアに選択すべき。習う方が毅然としていれば、きちんとしたネパールの芸道に巡り会える。立派な人も、沢山いる。

一方、ガイジン=チープに利用できる金づる+コネ、またはサンタクロースと信じ込んでいるのも沢山いる。ネパールで音楽や舞踊などを習う人も多いが、くれぐれも気をつけましょう。

まあ、ネパール全般に云えることだけど。

日本でも出会えないような、素晴らしい人も沢山いるネパールだ!ってことは、これまた真実なんだけどね。

かとまん年越し

先日のラジオレポで「年越しカウントダウンも、カトマンズでは盛り上がりそう」と報告したら......いやはや、予想以上の事態(?)が繰り広げられた。

カンティパト大通りから、カトマンズの歓楽街タメル地区に入る交差点は、夜間、車の大洪水。ピンポイントの交通渋滞が発生した。タメルの新年カウントダウンヒートにとどまらず、カトマンズやパタン市内のホテルやレストラン、バーの駐車場は満杯で、中からは生バンドの重低音と人々の歓声が、通りにまで聞こえている。高級ホテルなどは、見ていて電気代が心配になるほどの電飾に包まれていた。

若者たちだけでなく、中年のおやぢ+をばまで、お子たちまで引き連れて浮かれていた。数年ぶりの、平和だもんね。

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さて私は夕方から、プレミアム放送でオンタイムに紅白が見られる、ホテル・キドのロビーで、紅白(疑似おっぱいに、ぎょ!)+行く年来る年(故郷の箸蔵寺が出てきて、わぁ!)まで楽しんだ。

タイミング良く山から下りてきた、元気でパワフルなKちゃんも合流し、楽しんでいたら亭主登場。某バーで、仲間内が呼んでいるという。え゛っ、「年の初めは、さだまさし」を見たいんだけど.....Kちゃんも一緒に、3人で移動。

亭主の仲良しグループが、ご夫人やお子たち連れで集合していた。深夜のバーに、ガキんちょ連れてくんなよな......という気がするが、ネパール仲良し家族の論理は、倫理を超越するんだね。そしたら、一人の携帯が鳴って

「ボクの行きつけのホテルで、マネージャーがなぜうちにこないんだ!って怒ってるんだよね」

それは、行かんとイカンねー。と、殿方たちの相談まとまる。

ぞろぞろ車を連ねて移動。某ホテルのロビーに、円卓とダンスフロアがしつらえていて、我らがグループの席が用意されていた......んだけど、Kちゃんと私だけ、隣の韓国グループの席に座らされて.....わぁ!と、そちらのリーダーはヒマラヤの8千メートル峰をすべて登頂している韓国の有名登山家で、Kちゃんと顔見知りだった。

「コリア ジャパン、トモダチネ」

と、なぜだかワシら二人は、日韓交流年越しカウントダウンになだれ込む。乾杯を重ねる、韓流飲み会。非常に気持ちよく、楽しんでしまったわ。冬季のローツェ南壁登山から下りてきたばかりの山男氏から、韓国隊日本隊(JAC東海隊、登頂おめでとうございます)双方の、壮絶な登山の様子を伺えた。

お開きになったのは、深夜2時。Kちゃんをホテルに送って、亭主と私が自宅に戻ったのは丑三つ時。墜落するようなねむけにひきこまれ、元旦は「初寝坊」であった。やれやれ。いいや、お正月くらい、休もうよ!と、だらだら自宅で過ごす。

明日2日からは、通常営業再開。早朝ヨガ。朝から、カトマンズ郊外のリサーチ業務。仕事場に戻って報告書。週中盤からは、アドレナリン系取材の開始。どどーっと、月末まで休み無し。

それにしても、4月中旬が新年のビクラム暦のネパールでも、西暦の新年+クリスマス狂想曲は、新しい風習として定着したな。やれやれ。

今回の年越しは、Kちゃんがいてくれたおかげで楽しかったわん♪

と、こんな私ですが、今年も、宜しくお願い申し上げます。

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