けぇ がるね?日記

ネパールの首都、カトマンズから発信しています。

2008年12月

今年のカウントダウン

年賀メイル、先ほど送信完了。

年内急ぎの業務、多分終了。

あと45分間は電気あるから、残るは洗濯だけ.....

これから仕事場に移動して、ジェネレーター回して、原稿印刷して、カトマンズの年越しカウントダウン方面に移動。

明日元旦、早朝5時過ぎ(カトマンズは、丑三つ時だぁ!)。NHKラジオ第一にて、世界の年越し〜カトマンズリポート。ちゃんと電話が通じるか?新春早々、ジリジリしそうですな。

みなさま、今年1年もお世話になりました。

良き新年をお迎えください。

2009年も、宜しくお願い申し上げます。

最新停電計画は、こちら

ありがとうございます。すごーく、感謝!です。

最新の計画停電スケジュールはこちら

日々のネパール情報 さん

ネパールの日々の動きを知るために、私も日々お世話になっているブログです。旅行者の皆さんには、信頼できる旅行情報を得る貴重なブログでもあります。

ブログ管理人さんが経営する、日ネ合弁の旅行・トレッキング会社 ヒマラヤン・アクティビティーズ さんも、私がおすすめするネパールの旅行会社のひとつです。

社長のRさんのご自宅ある村のあたり、私のランニングコースでもあり、いろいろご縁あります。(*^_^*)

凶悪停電、来る

夜が明けて月曜日から、停電時間が延長される。

カンティプールTVの報道によれば、1日12時間停電が6日。10時間停電が1日。合計、週82時間停電となる。

ネパール電気公社のウエブサイトで確認しようにも、電気がないとパソコン立ち上げられない。印刷するためのプリンターも動かない。

新聞も、我が家が取っている(ネパール最大発行部数の)カンティプールには、電気公社のお知らせが載らない。

頼みの綱の大使館連絡網であるが、現在、年末年始の休暇中。大使館ウエブサイトへのUPが出来ないとのこと。紙に印刷したものを、大使館守衛所まで取りに行けばもらえる。

が、個人の都合で恐縮だが、首都圏の南端の我が家+仕事場から、交通渋滞の激しい中心部を抜け、首都圏北端の大使館は、近いようで遠い。

どなたか、大使館に近い方。紙をもらって、スキャンして、ネットかブログにUPしていただけないだろうか?電気ないから出来ないって.....そーだよねぇ。

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TVニュースでは、大学病院の集中治療室や手術室の電気不足で、治療に支障が出始めている様子が報道されていた。

この時期、病気にもなれない。怪我もダメ。

1日の半分、電気がない中の生活。

鍋で米を炊くのも、随分慣れてきた。

今年の冬は去年に比べて温暖。ガソリン、灯油、ガスも供給されていて、暖房が何とか出来ているので有り難い。

寒くて、電気なくて仕事出来ない昼間は、走っている。体の芯から暖かくなって、ちょっと幸せ。

馬鹿か?ワシ......

クリスマス in KTM

特定の宗教に縛られない「世俗国家」に生まれ変わったネパールで、昨日のクリスマスは、この国の歴史ではじめて、国民の祝日(休日)であった。

世俗国家だから、宗教的休日を認めないのじは「なく」て、ヒンズー、仏教、イスラーム、キリスト教、チベット仏教などなどの、ネパールに定着している宗教の祝祭を最大限に盛り込んだ祝日となったわけだ。

我が家の場合、クリスマスは毎年険悪な空気が漂う注意日。亭主は、クリスマスに対する親和度ゼロ.....っちゅーか、無邪気に一神教を警戒する典型的ヒンズー教徒であるため、ゼロ以下のマイナスと云って差し支えない。

一方私は、真言宗とダライラマ猊下を深く尊敬する人間であるが、1980年代に東京で大学生活を送った人間である。「恋人がサンタクロース」であり「雨は夜更け過ぎに、雪へと変わるだろう」なセンチメントを持ち続けている。

「あ゛ーっ、日本にいたら楽しいのに。アナタはもう」

「なら、すぐに帰れ」

「おう。私がいなくなって、困るのはアンタだろ」

異文化摩擦と云えば、高尚に聞こえるか?

しかし今年は、助かった。

まず、朝10時から、Hashランニング・クリスマス・スペシャル!聖なる日に教会にも行かない、バンコクに遊びにも行けない罰当たりな欧米人+若干のネパール人+ニホンジン1人(ワシ)が群れ集い、1時間ほどパタン市街地〜郊外を走った。私を含め3人は、バトスーパーで買ったサンタの帽子を被っており、すれ違う人たちからも「メリークリスマス!」の声がかかる。

カトマンズ盆地で一番大きな、パタンのカトリック教会裏からスタートし、ルートの何ヶ所でも、エレキギターのズンドコを取り入れた、ネパール語の聖歌が聞こえていた。一般の民家にしか見えない、各種キリスト教の集会場所が点在しているのだね。イエスの教えは、ネパール各所で広まりつつあることを実感した。

で、ランのあと、カトリック教会から「きよしこの夜」のネパール語聖歌が聞こえていたので、つい、日本語で歌ったら.......英語圏の人たちがビックリしていた。いわく「日本でも歌うのか?しかも日本語で」と。ドイツ語圏の人たちは、ドイツ語で歌い出す。スコテッシュのハッシャーもいるので、蛍の光(メロディーはスコットランド民謡)も唄ったら大ウケ。

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その後、パタンの某イギリス人のお宅で昼の部。カトマンズの某イギリス人のお宅にも、夜の部のクリスマス・パーティーに夫婦で呼んでいただいた。

美味しいご馳走と、楽しいお酒をいただき、幸せ。

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来週月曜日からは、1日12時間〜13時間の停電に延長されるという噂の、文字通り「暗い」ネパール。政治も、どうしようもなく混線中。

そんな中で昨日は、しばし浮き世を忘れることが出来た。

持つべきものは、友人である。

深く感謝したい。

マオ派とメディア

日曜日、ヒマール・メディア社をマオ派ホテル労働組合連合が襲撃した事件に続き、ネパール最大のメディアグループであるカンティプールの東ネパール拠点でも、マオ派による労働争議が起こっている。また、アンナプルナポスト(英語紙:ヒマラヤンタイムス)を発行するアープカ社にも、マオ派による脅迫が行われている。

これは、一体全体、何なのだろう?

マオ派のメディア支配なのだろうか?

メディアと、マオ派労働組合の争議なのだろうか?

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以前、マオ派労働組合の主なターゲットは、主要ホテルやカジノであった。両方とも、ネパールの外貨獲得の基幹産業である。同時に、接客から裏方まで、数多くの「雇用」を創出する産業でもある。

これらをがっちり押さえて資金源にし、自派の支持者の就職先として確保することは、マオ派にとって重要なポイントであったようだ。結局、この業種はマオ派の労働組合に実効支配されてしまった。

お次は、メディア!と云う事か。

特にプリントメディアの場合、記者や編集者以上に、印刷や配送など、多くのワーカーたちが必要である。ネパールのメディアグループの中で、ホワイトカラーとブルーカラーの職種内での差別や相克があるのも事実だ。メディアのブルーカラー労働者、非正規雇用労働者に対する保護は必要でもある。

そこに、マオ派が浸透する。

メディアもまた、ホテル・カジノ同様、自派の安定のために便利な業界であろう。それだけでなく、ワーカーを押さえれば、新聞や雑誌の印刷も配達も左右できる。マオ派に不利な記事を掲載するなら、読者に届かないようにすることも可能だ。

マオ派にとっては、一石二鳥だろう。

ダハール首相はじめとするマオ派閣僚は、労働組合によるメディア攻撃を「遺憾である」と発言しているが、それを止めようとする動きはない。二枚舌というか、見せるための牙と食べるための歯の使い分けというか。こんな勘ぐりをされても、当然ではないか。

こうして、ひとつ、ひとつ。業界を支配する。

その先にあるのは、人民共和国構想か?

一党独裁、全体主義を目指しているのか?

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現在の10時間停電は、更に延長される可能性があると、電気公社からもコメントが取れてしまった。生活の不便、産業の生産低下だけでなく、これが続けば、ネパール国家の基本的安全保障にも影響が出るだろう。

突発的かつ、危機的事件・事故が起こり得る。

過去の事件(王宮殺害事件や、ギャ国王のクーデター等)も、突発的に起こったのではない。

数ヶ月前から、臭いは漂っていた。

話せば、分からない!

「話せば、分かる」と云う主張は、無政府状況下では通じない。そんな事を強く感じる事件が起こった。

ネパールの主要出版社、ヒマールメディアが、マオ派支持者による襲撃を受けた。編集長クンダ・ディクシット氏をはじめとする、10名を超すメディア社員が負傷する事態となった。関連記事(英文)

たった今、ディクシット氏と電話で話をしたが、彼以上に、彼を庇おうとした社員が、血が出るほどの怪我をしているそうだ。

 

我々外国メディアは、国内メディアよりも当事者の利害関係(曰く、こういう報道はケシカラン!という、ネパール国内の風評)に遠いところにいる。それでも近年、取材の現場で緊張することがある。

かつては、外国人には危害を加えてはいけない!という、思いやりというか、配慮や保護を、激怒する抗議活動群衆の中からさえもらっていた私たち。しかし今、カトマンズ市民や政党活動家のイライラは、沸騰している。

ヒマールメディアの方々の痛みは、他人事でない。

 

報道というものは、時に、人の心を傷つける事がある。だから我々は、弱い立場の人たちを傷つけないよう、細心の注意を払わねばならない。それでも何かあったとき、我々の、人間としての資質が問われる。

一方、暴力に屈してはいけない。権力に屈してもいけない。

危機に瀕するのか?

マオ派の学生団体が暴力的行為を行ったと主張する、コングレス派の学生団体。今日はいくつかの国立大学キャンパス前で、抗議活動を行った。

特に、タパタリ工科大学前では交通を封鎖し、通りかかった政府の車両を次々に襲撃。窓ガラスを割り、ボディを凹まし、ついには、火をつける乱暴狼藉である。

無法、無政府のカオスが出現していた。

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同日、ダハール首相(昔、プラチャンダと名乗っていたよね)は、

「このままでは、1日18時間の停電に追い込まれる可能性がある。これは国家的危機であり、発電単価が高くなろうと、応急措置として全国にディーゼル発電施設を早急に設置する」

と表明。この火力発電施設により、1日の停電時間は6〜7時間(え゛っ、それでもこんなに?)に押さえられる見込みとのこと。一説によると、水力発電の4倍の値段が必要らしいけど。

電気料金も、3倍4倍に値上げなのか。

第一、そんな膨大な軽油を調達可能なのか。定期的に、石油製品の深刻な供給不能に見舞われる国である。

ネパール。法治国家として、終わりつつないかい?

突発的な、とんでもない事態に向かっていないかい?

毎年、ネパールの冬は(いろんな意味で)厳しい。

日に10時間の停電ですわ

ははははは。もう、笑うばかり。

週に6日は、1日10時間停電。週1日は3時間。合計、週63時間停電でござる。みなの者、お出合い召されよ!

足りない電気は、仕方ない。

この間、2週間ちょっと、水も電気も豊富な大都会バンコクで過ごして感じたこと。ネパールの、異常が日常になってしまった窮乏生活は、ネパールの外に対して伝えられても、実感はしてもらえないな.....ということ。

私自身、バンコクにいる間は、ネパールの状況は遠い世界だったし。

カトマンズに戻って、寒くて、暗くて、埃っぽく沈んだ街に、1週間ほど落ち込んだ。でも、このカオスの街で、自転車に乗って、暗い停電中非常灯だけで過ごして、仕事して、ごはん作って、掃除して、走ってたら......

また、慣れてしまった。

やれやれ。

人間の適応力は、偉大なり。

若者の巣立ちと、ドリルマンの恐怖

我が仕事場、若手スタッフがどんどん巣立っていく。

まず、中学生の頃から我が家で住み込みの書生をして、うちから大学を卒業して、日本語学校に通い、ビデオ編集者としてのトレーニングも受けたR。2年ほど前から外にアパートを借りて暮らし、仕事はうちの亭主の会社勤務であった。しかし、このままではいつまで経っても我々に頭が上がらない。早急に、うち以外の勤務先を.....とさがしていた。このたびめでたく、亭主の友人のビデオ制作集団に採用された。

次に、スポットボーイ兼カメラ助手、お茶くみから掃除、はたまたメッセンジャーまで。一人で3人分の働きをしてくれていたC。彼の献身ぶりは、仕事に厳しい外国人カメラマンの方々にも評価してもらっていた逸材である。このCも、ネパールではじめての(カトマンズ首都圏の外を拠点にする)地方民放テレビ局に採用され、インド国境に近いビールガンジという地方都市に旅立った。

ありがたいのは二人とも、円満退社をしてくれたこと。これからは、亭主の会社という組織の中の「上下関係」を越えた、仲間、先輩後輩として付き合いが続いていく。

とりあえず、事務所の雑用は、Cの弟を雇用。スタッフがいなくなるといろいろ困ることもあるが、それ以上に、若者たちが卒業していってくれた安堵感が大きい。

ネパールにおけるTVニュースの業界。どこかの会社に数年勤務し、実務経験を積んで、独立した「一枚看板」を持てないと、一生の仕事にならない厳しさがある。例えネパール国営放送であっても、大手民放であっても、「局員である前に、制作者や技術者個人としての名声や評価」が大切。そうでないと、社会的立場や収入に繋がらない(ネパールのサラリーだけでは、生活を向上させられない)。

うちの亭主にしても、ネパール国営TVの開局スタッフとして10年以上勤務し、現在の、フリーのTVジャーナリストとしての人生がある。

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人が少なくなった仕事場で、「何か新しいこと」をやりたくなった我が亭主殿。壁に穴を開けて、額などをぶら下げるねじ釘をセットするためのドリルマシン片手に、自分の部屋やミーティングルームで「ぎゅ〜い〜ん」という音高らかに、何かやっていた。

そして突然、私の部屋に乱入。

「おい、何処に釘が必要かい?」

「この額は、こっちの壁に飾った方がいいな」

「よし、ここには壁掛け時計を付けよう」

と、私の部屋の壁に、次々と穴を開け始めた。

ああ。

わたくし。

自分の仕事空間を他人にいじられるのは、すごくイヤ!

しかしこの男、仕事場の引っ越し時、私の仕事部屋を私の留守中に、全面的に、勝手に模様替えした前科もある。

やめて!と云うと、怒り出す。

こういうのって、うちの亭主の性格?それとも、ネパール男に共通する行動様式?

私の見聞きする限り、後者っぽい。

やれやれ、であった。

チトワンへ行こう!

ネパール在留邦人ブログ共通企画。今月のお題は 「チトワンへ行こう!」 である。

カトマンズ、ポカラに次ぐ、ネパール国内メジャーな観光地であるチトワン。カトマンズから陸路6時間ほど。カトマンズなど中間山岳地帯から、亜熱帯のタライ大平原に下る途中にあり、インナー・タライとよばれる地域にある。

チトワンに広がる広大なジャングルは、元、王族による野生動物ハンティングの舞台であった。当時はマラリアが蔓延り、タルー族など抗体を持つ数少ない先住民族だけが住んでいたそうだ。その後、マラリアの撲滅と共に、豊かな農地を求める山地からの移住が盛んになり、人口が急増した。また、チトワンは1973年にネパール発の国立公園にとなり、1984年にはユネスコ世界遺産(自然遺産)に登録された。wiki、クリック

チトワンでは、野生のサイ、シカ類、クマ、鳥類、爬虫類、運が良ければベンガルタイガーも見ることが出来る。ジャングルサファリの「足」はゾウであり、訓練されたゾウの背中に乗って出かける。振り落とされる心配はない。しっかりとした木製の枡席に、足をまたいで座るのだ。

ただし、初めての人は「ぞうさんに乗れるぅ〜」と、きゃーきゃーウレシそうだが、象の足運びと共に、乗っている人間の身体は前後に揺れる。手はしっかり枡席を掴みつつ、腰や背中で衝撃を吸収するため、かなり疲れる。

野生動物がみつかると、大変さを忘れてしまうのだが。

サイや虎など大物に出会う機会は減るが、ジープでジャングルを駆け抜ける「ジャングル・ドライブ」が快適だ。まず象に乗った後、体験してもらいたい。

ホテルも、よりどりみどりで楽しめる。高級ホテルは、公園内部にある。高額であるが、三食やサファリが全て含まれた料金。野生動物の存在感を感じつつ、大自然のど真ん中で過ごす一夜は、忘れられない想い出になるだろう。

バジェット派の滞在は、公園と河を隔てて向かい合うソウラハ地区。ここには、リーズナブルな料金で素敵なホテルが沢山ある。

私の定宿は、ロイヤル・パーク・ホテル。

ネパールとドイツの合弁で、元ネパール駐箚ドイツ大使公邸の料理人であったシェフ直伝の料理が楽しめる。ここのステーキは、水牛の肉。元来固い水牛が、

「あれ?柔らかくて、適度に歯ごたえあって、美味しいね」

と思える料理に脱帽だ。ロイヤル・パークの連絡先等は、地球の歩き方に載っていると思う。オーナーのトリロキャさんは、ローレンス・フィッシュバーンにクリソツ!な、頼れるおぢさんだ。

去年のクリスマス・イブは、キャンプファイヤーで豚の丸焼きを食べさせてくれた。たまたま仕事で、淋しく単身滞在していたのだが、サンタクロースさんまでやって来て、非常に楽しかった。

今年も行きたいが......無理やね。

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ネパールのブログな人たち
http://a.hatena.ne.jp/nepalblog/simple

参加ブログ一覧と、ネパール日本人会商工部会サイトを、はてなアンテナにしました。現在、ランダムな登録順になっていますが、各ブログが更新UPされる数日後には、記事更新状況の確認が出来るようになる筈です。

ブログ連合司令塔のCさん、商工部会影の会長のTさん、オババの乱暴狼藉(?)を、ご容赦いただけるでしょーか???

ゆで卵を巡る問題

海外の日本人社会というのは、日本全国から、それぞれの文化背景を持つ人たちの集まりである。時に、同じ日本でも、地域によってこんなに文化が違うんだ!と驚くことがある。

よくある事例は、すき焼きの作り方。割り下を作って、肉を煮る人。ラードをひいた鍋で肉を焼いて、砂糖や醤油をぶっ込む人(四国出身の、私)。

または、雑煮。角餅、丸餅(私)。すまし汁か味噌仕立て(私)か。

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さて、夢の都バンコクの、日本人会走遊会でつい最近、こんなやり取りがあったそうだ。

ゆで卵。

これをおでんの「具」にしたら、それを何と呼ぶか?

関東では、「煮卵」と呼び、大阪では「煮ぬき」と呼ぶらしい。おでんに入れることで、ゆで卵という名称がこのように変化するとか。

定期練習会で走って汗を流した後、こんな楽しい話題をおしゃべりしつつ、バンコクのコンドミニアムの一室で、おでんパーティーとなったそうだ。ウラヤマシイ限りである。

 

私の出身地、四国・阿波の国では、おでんの具としてのゆで卵は、単に「卵」と云っていたような気もする。

おでんという名称自体は、伝統的には使っていない。では、何というか?関東炊き=カントダキ(と発音)と呼んでいた。関東の澄んだ煮汁のおでんより、濃い味付けであったと記憶している。

寒いカトマンズ。おでんが恋しいね。

メディアの人間として

ブッシュ米国大統領、イラク人記者に侮蔑と共に靴を投げつけられるも、避けきる。記事、クリック

国内外で人気の少ないブッシュ氏であるが、反射神経は機敏なようだ。とっさにジョークで切り返すあたりも、なかなかのもの。うーむ。

ファンにはならないけど。

さて、この事件。イラク人記者氏が、自身のジャーナリストとしての立場をかなぐり捨てた、ソフトなテロ行為と言える。彼は、ジャーナリストであるからこそ、あの記者会見場にいられたのである。さまざまな出来事、事件の「現場」に居合わせる特権は、彼/彼女がメディアの人間であるから持ち得るもの。

ジャーナリストは、三日やったら辞められない。と云うのは、常に最前線の現場や、報道される前の情報に、自分が「生で」触れられるアドレナリンたっぷりの高揚感が元になっていると思う。

本来、ジャーナリストの武器はパソコン(古くは、ペンだけど)やカメラであり、巻き起こすことの出来る「世論」という最終兵器は、時に政権を覆すこともある。

靴を投げつけたくなる、怒りは分かる部分もある。

しかし。

それをやっちゃぁ、お終ぇよ!

今後、記者会見で「記者の方は、裸足になってご入場ください」って云われるか?凶器としてなら、スチルカメラや小型ビデオカメラの方が、より殺傷能力がある。業務用の三脚なんて、振り上げたらもう、すごいよ。

記者席の前に、防弾ガラスが置かれたりして.....

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カトマンズネパールのあのリーダー、この指導者も、靴ぐらい投げつけられてもおかしくない過去の行いがあるけれど。ネパール人は、寛容だ。

いや。

この国でも、流行るかも。

業務用一眼デジカメに混じって、カメラ付き携帯を掲げて突進する、「エセ・ジャーナリスト」が沢山いるカトマンズ。

警備の方も、金属探知機が置いてあったりするけれど。ピーピー鳴っても、「ああ、みんな鳴らしてるよね」で通り抜けられたりする。過去、王さまの警備も、現在の大統領、首相の警備も「ザル」の抜け目は沢山ありすぎ。

テロリストが混じっていないことが、救いだ。

危ない現場は、カンベンしてほしいからね。

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私の知る限り、カトマンズで一番警備が厳しい=中に入れば安全なのは、アメリカ大使館だと思う。これとて、運悪くテロに巻き込まれ、封鎖網が破られれば、国際政治上一番危険な場所になり得る。

知ってる?気がついてる?

カトマンズの日本大使公邸だって、お庭でパーティーをしているとき、公邸ご近所の家の屋上には、あそこにも、そこにも警察官がいて、周囲を見張っているって事。

あっ。余計なことを書いてしまった。

失礼しました。

ホノルル・マラソン

長谷川理恵さん、3時間48分16秒!そして、キレイなお姉ちゃんたちが軒並み、(バンコクでの)私より数分速い記録をたたき出している.....記事、クリック

いやはや、素晴らしい。って、昨日のホノルル・マラソン。

参加者の半数以上が日本人の、合計2万3千人が走るフルマラソンって、スゴイね。今回は、私の先輩やお友だちも参加している。元気な報告が聞けるかな?待ち遠しい。

さて、私も、2月に向けてねじを巻かねば。

(長谷川)理恵ちゃんに続け。

人生の師は、理恵子先生(サイバラ)だけど。

停電哀歌

昨日、ネパールでは新しい水力発電所(アッパー・マルシャンディ)が発電を開始したが....引き続き、毎日7時間の停電継続中。

日々、計画停電表を見て出勤/在宅勤務/深夜早朝勤務をしている。自宅と仕事場は停電エリアが異なるため、電気のある時間帯に電気のある場所で仕事をする。しかし、昨日も今日も仕事場一帯は、電気のあるべき時間帯に長時間の停電に見舞われた。システム補修だの、送電線が切れただの、電気公社の言い分もあるが。

業務用のMacは、システムのアップデートをせねばならない。しかし、電気がない=ダウンロードできない。嗚呼!

毎冬のことだ、仕方ない。耐えるしかない。

今年の冬は暖かかったのか、昨日まではストーブも湯たんぽも使わずに過ごせた。でも、もう、限界だ。昨夜からストーブを使いはじめる。必要に応じて、湯たんぽも使わねば。就寝時だけでなく、昼間の勤務中。湯たんぽをヒザに置いて、キーボードを叩く。

去年も書いた気がするが、カトマンズ暮らしは、強制的ウォームビズだわな。百合子姐さん、一度来てみません?カトマンズ。仲良しのケンくんと一緒に.....

ネパール的、駆け落ち

最近、ネパールのブログネタが枯渇している。カトマンズでは、政治でも社会でも様々な出来事が日々起こっているが、ここで取り上げて「興味深い」と思える出来事にぶつからない。

「国王による政治も見た。コングレス党や統一共産党など、既存政党による政府も見た。だから今度は、ゲリラ組織から立ち上げたマオイストのお手並みを見てみるのだ!」

と、ネパール市民により議会第一党にしてもらったマオ派である。しかし、ダハール=プラチャンダ首相率いる政府も迷走。連立与党内や野党のみならず、自分の党内でも不協和音が静まる気配はない。まったく、過去の政治的混乱と変わらない様相を呈している。

まあ、だからと云って、個人的なバンコク旅行の記事ばかり垂れ流すも芸がなさ過ぎる。ということで本日は、ヒンズー教の結婚式シーズンが巡り来るとそこ、ここに出現するある現象について述べたいと思う。それは何か?

駆け落ち.....である。

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身分制度の考え方が残り、階級社会でもあるネパールでは、未だに「お見合い結婚」が望ましいとされる風潮がある。昔はそれこそ

「夫の顔をはじめて見たのは、結婚の儀式が終わった後。そのとき私は、12歳でした」

なんていう話しがゴロゴロしていた。近年、さすがにそういう話しはカトマンズでは聞かないし、幼児結婚を罰する法律もある。仲人さんが両家の間を取り持った後、当人同士の顔合わせで、意思を確認する。それでも「反抗期のないネパール人」も多く、年長者によるマッチングに従う若者も少なくない。

ネパール人がよく言うのだが、

外国では結婚前に恋愛しますが、ネパールでは結婚の後で恋愛が始まります。

とのこと。しかし、結婚後に「この人とは合わない」と分かったら、悲惨だよ。一度結婚した相手とは、来世も結ばれますように.....と、考えることが女性の美徳と強要されてきたヒンズー社会である。離婚ってことは、伝統的価値観の中では、有り得ないしね。

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さて、都市部の取り澄ました中産階級のお嬢さんたち。家族は性教育もせず、(健全な)男友達も御法度で、知っている男性は父、祖父、おじ、兄弟だけで、男という「性」に対して無知なことも多い。こういう無垢な女の子が、プレイボーイにかかるとイチコロだ。

「家族に認めてもらうためには、既成事実を作るしかない。誰にも知らせず、一緒に逃げよう!」

と、手に手を取って逐電する例が少なくないのである。私の周りでも、毎年、駆け落ちが出る。

その後残された家族、特に娘の家族は、大切に育てた娘が傷物にされた!と大激怒。警察や地方行政事務所に「誘拐事件」として届ける人が多い。こうなると、娘と息子の両家の力関係で、息子の家も有力者に政治的な働きかけをすることもあり。ぐちゃぐちゃである。

当事者と、ごく限られた家族だけで隠密利に解決すればいいものを、むやみやたらに近隣縁者に話しを広げてしまう訳である。こうなると若い当人二人も、引っ込みが付かなくなる。

結局、早晩二人の居場所は突き止められる。

逃げた二人を(両家共に納得して)結婚させました!と世間体を繕うか?無理矢理別れさせるか?である。別れさせた後、速やかに娘を、まだ駆け落ちの噂が届いていない遠い地域の男性と、速攻で見合い結婚させることも珍しくない。多分、純真な生娘からスキャンダルの渦中に落ちた女の子は混乱し、精神がすくんで、思考判断停止=親の云うなりになるのではないだろうか?

(普通の結婚でも)お見合いから結婚まで、1週間なんて云うこともよくある社会であるからこそ、出来るんだわな。こういう荒技が。

中には悪い男に騙されて、インドの娼館に売り飛ばされてしまう例もある。だからこそ、娘の親は警察に駆け込んでしまうのだけれど。

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さて、後先考えない、性の暴走的駆け落ちとは違う、建設的駆け落ちもある。

男性女性共にしっかりとした考えを持ち、教育も仕事もあるが、民族が違う、宗教が違う....と、結婚を反対されることがある。特に、そんな二人を別れさせるため、家族が無理矢理他の人との婚約を決めてしまうという危機的状況もある。

そうなると、やはり、逃げるしかない。

しかしここで、無軌道な駆け落ちと違うのは、駆け落ちすることを然るべき誰かに、駆け落ちを邪魔されない方法と時期にきちんと伝えてあることだ。私の知る中では、隣国インドだけでなく、中東の国に逃げたカップルもある。そしてほとぼりが冷めるまで生活し(外国で仕事を出来る能力もある訳だ)、遠からぬ時期に親元に自発的に「立派な夫婦」として出頭してくる。

親も家族も最初はゴタつくが、子供が生まれればもう「許すしかない」というのが自然な流れ。

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ヒンズー文化とは別の価値観を持つ、東ネパールが本拠地のモンゴロイド民族の中には、他人の女房をさらうのが一番格好良い!という文化もあるらしい。

命がけでさらう男は勇気がある。

既婚であっても、夫以外の男性が命をかける女性は、女性としての魅力が素晴らしい証拠。

と、聞く。

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暗くて固いヒンズー社会の駆け落ち。あっけらかんとした生の喜びを肯定する文化の中での駆け落ち。

カトマンズなど都市部では、ごく普通の家庭であっても、息子・娘の結婚披露宴に数百人〜千人以上の招待客を呼ぶパーティをすることも一般的である。息子・娘の門出を祝う親心と、両家の見栄が交錯して、スパークしている。

結婚式の、どんちゃん騒ぎの音がする。

その一方で今夜も、逃げる二人がいる。

バンコク旅日記 2

バンコクで、不思議に良く効く売薬に巡り会った。

まずは、ムアイ軟膏。ムアイとはタイ語で、筋肉痛を意味するらしい(タイのキックボクシング、ムエタイのムアイ/ムエという説もあり)。この、強いメンソールの臭いがする軟膏は筋肉痛が出た後の緩和だけでなく、運動前に塗れば筋肉痛を予防・軽減する効果もあるという。

ムアイ軟膏

 

 

 

 

 

 

バンコクマラソンのスポンサーのひとつでもあり、スタート前にはホンプタイプの軟膏ブースが出て

「ご自由にお使いください」

であった。そして、多くのタイ人ランナーは、無言で軟膏を脚にすり込んでいる。フルマラソンのスタート地点。そこはかとなく漂う、メンソールのにほい。

「イヤ〜ねぇ」

と、小バカにしていた。

またマラソンの途中、後半の給水所には、ゴム手袋とムアイ軟膏を手にした「脚マッサージ看護師部隊(?)」が待ちかまえていた。疲れの出始めたランナーの脚に、立ったままでムアイ軟膏のマッサージをしていた。

「何考えてるんでしょ?」

と、横目で見て、駆け抜けた。

ゴール後は、ムアイ軟膏を使った無料マッサージサービスまである。

ムアイ・マッサージ

 

 

 

 

 

 

「そこまで至れり尽くせりで、参りました!」

 

レースの翌日、何となく太ももが怠痛かったので、ムアイ軟膏を塗ってみた。そうしたら、一晩で筋肉痛が完全に、カンペキに消えたのだった!

すご〜い!、効き目。

お値段は、100gチューブが75バーツ。約200円弱。

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お次は、この、不気味なムカデおじさん。

止咳丸

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何だと思います?

これ、

実は......

咳止めの薬なんですわ!

五蜈蚣標止咳丸(中葉) なんて読むの?

直径3ミリ程度の丸薬で、これを2〜4粒口に含む。仁丹のような、龍角散のような、得も言われぬ変な味が舌から咽に広がって......咳が止まる!

バンコク出発前からしつこく続いていた、抗生物質でも完治しなかった咳が、この薬を2回飲んだら、ピタッ!と止まった。

ビューチィーフル!な、効き目。

1袋10バーツ。約26円強。

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何故そんな薬に出会ったのか?

実は、

これ、

両方とも......

マラソン大会の参加賞!?

ネタじゃなくて、実話。ホントよ〜っ。

恐るるべきは、バンコクのマラソン大会である。

バンコク旅日記 1

今回、バンコクから遠くない観光地であるアユタヤにも行ってみた。ここにはタイ王室のバンパイン離宮があり、公開されている。

バンパイン離宮

 

 

 

 

 

離宮の中は美しく整備され(入場料も徴収される)、公園のようである。しかしそこここに、銃を持った警備の兵士が立っている。ここは王宮のひとつであり、王室に対する「不敬」な行為は厳しく取り締まられる。女性以上に愛想の良いタイ男性であるが、王室関連警備の兵士たちはニコリともせず、「ナメんなよ!」オーラを放っている。何かあれば、即刻、本気対応が出来る体制だ。ノースリーブやショートパンツ姿の入場も出来ない。

しかしまあ、離宮の中の雰囲気は「のどか」であり、世界からの観光客が「きゃあきゃあ」と喜んで、そぞろ歩きをしている。

離宮のまん中に、ラーマ五世(現国王はラーマ9世)が建造した中国式宮殿がある。離宮内に点在する他の宮殿は外から建物を眺めるだけであるが、この中国式宮殿は内部に入ることが出来る(宝物の置かれる部分はガラス越しに見るだけ)。内部では、写真撮影が厳しく禁止されていた(建物外観の撮影は問題なし)。また、韓国人の観光客が玉座前のホールで体育座りで座り込んだら、即刻

「ここの床に座ってもいいですが、足の裏は後ろに向けてください。足の裏を玉座に向けてはいけません!!」

と、ガイドさんが飛んできて注意する。

大らかなタイであるが、王室に対しては最上の尊敬を表すことが自国民だけでなく、外国人観光客にも求められる。

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世界的な、一般的な話しとして、王室という「権威」は偉大なる観光資源でもあると云える。

例えばネパールにしても、「ヒマラヤの王国」と、「ヒマラヤの共和国」では、どちらが観光の看板的にキャッチーだろうか?「ヒマラヤの人民共和国」なら、ごく一部の共産主義オタクには垂涎の観光地となり得るか?

タイのバンパイン離宮にしても、王室の名の下に管理され、無邪気な観光客にも、一定のお行儀良さが求められる。禁止事項もある。だからこそ、「ああ、特別な場所に行ってきたんだなぁ」という、観光的なスペシャル感が出るわけだ。

同時に王室の権威は、国の権威にも直結する。彼/彼女が王であるが故に、世界のどの王や国家元首からも目下に扱われることはない。経済的・政治的な国同士の序列や格差を超越する訳である。

そんな貴重な存在が、ネパールでは制度上消えた。時代に逆行することを試みれば、何百年続いた王制も、数年で消えることが証明された。王室に繋がる人々の「既得権」を死守しようとする勢力も、あっけなく流されてしまった。

王制を維持するって事は、国民の民度としても、国王の個人的資質や王室を支える周囲の人間の能力としても、21世紀の昨今、簡単なことではない。

タイにしても、次世代の不安は無いとも云えない。

ブータンも、一見磐石だが不安要因が増大中。

日本や英国は、政治的問題で王制が左右される可能性は少ないと思うが。王室内部の人的維持管理は、いろいろ難しいこともあるようで.....

以上、原文はバンコク滞在中に書いていたが、不敬罪のあるタイ滞在中の記事UPは控えていた。

ネパール連邦民主共和国から、お送りしています。

帰ってきたゼ、停電の都

思いがけぬ長逗留になった、天使の都(クルンテープ)バンコクを後にして、昨日、無事カトマンズに帰着した。この日TGは2便飛ばしたようで、我らの便は、ネパール人とごく少人数の外国人で満席だった。

自宅に着いたら、早速停電。カトマンズは停電の都

いきなり、1日7時間の停電にヤラレたぁ〜っ!

荷物を片付けて、洗濯をして、留守中の埃が溜まった寝室を掃除したらもう、疲れて起きていられない。途中、一度起き出して夕ご飯を食べたけれど、夕方から今朝まで、寝返りもうたない感じで爆睡した。

昨日今日週末でもあり、本日、仕事場の再起動だけで早めに帰宅しよう。仕事だけでなく、ヨガもランニングも明日からだ......

バンコク走り旅記録も、徐々にUPしようと思う。

それにしても、便利で快適な大都会から、山に囲まれた、小さくて不便な街に帰ってきた。サイアム・パラゴン、エンポリ、センターワールド....夢のようでござったなぁ。

カトマンズで頑張って、また、来年も行こう!!

人生、前向きじゃ。

バンコク、正常化に向けて

バンコク〜カトマンズのTG便であるが、その後、12/4にも飛ぶとの見通しが立った。チェックインは街中で7時間前(ウタパオ離陸便同様)との連絡や、eチケットの発行まで進んでいた。が、結局、TGから「飛ばすの無理でした」と、断りが入った。

まあ、現場は混乱しているという事だろう。

現状、12/5からは確実に、スワンナプームから、普通通り(3時間前、空港チェックイン)に、カトマンズへ飛ばします!と云っている。が、まあ、どうなる?

ビジネスクラスのチケットを持つ友人には、5日のOKが出た。

我々ディスカウントクラス(?)の人間には、今のところ、6日のOKのみ。

しかしeチケットの再発行ではなく、予約のプリントアウトしかくれない。この場合、オーバーブッキングの恐れもある。3時間よりずっと前に空港で、ボーディングパスをゲットせねば。明日再度、TG本社に行ってみる。「予約センターに電話してくださ〜い。ここに来るより簡単で〜す」と日々云われているが、電話、全く、全然、鉄板でTGの電話は通じない。ものすごい数の電話がかかっているのだろう。

でも、光は、確実に見えてきた。

ところでカトマンズでは、停電時間が延長されたとか。電飾ピカピカ、水も豊富な、超便利な大都会バンコクにいると、ちょっと、帰国後の生活を思うに、ブルーが入ってしまう。

諸々、バンコク

タイの憲法裁判所の判決で、連立与党全ての「党の解散」「ソムチャイ首相の5年間の公民権停止」が決定。空港を占拠していた「黄色い(シンボルカラーの)市民活動グループ」は、昨夜遅く、空港占拠の終結を決めた。今日からはスワンナプーム空港での運行正常化に向けて、取り組みがはじまった。

我々も、郊外にあるタイ航空(TG)本社に向かう。

TG本社

 

 

 

 

 

 

ここには、足止めを喰らったTG常客のための臨時カウンターが設置されている。数日前は数時間待ちの状態であったが、今日はかなり落ち着いていた。待ち時間も、20〜30分程度。その間も、カワイいお嬢さんがコーヒーやサンドイッチを持ってきてくれる。無料。先日からのホテル宿泊無料と併せ、タイは出来る限りのサービスを、観光客に提供する国だなぁ。

これらの臨時出費が、どこから拠出されるのか?は疑問だが。もしかすると、政府派(赤いシンボルカラー)や、潤沢な資金源があるという反政府派(黄色)から流れ出ていたりして?この国も、ディープなところは分からないからね。

めでたく、12/6のバンコク〜カトマンズ便も取れた。やれやれ。

その後、我々が泊まっているスクムビット・ソイ5のフォーチュナー・ホテルから、はす向かいのアマリ・ブルーバードに宿を移る。

フォーチュナーは旅慣れた日本人が多く、何かと情報も入ってきて便利なのだが......ホテルとしては、ロッジと中級ホテルの中間くらい。ロビーは明るくても、客室は古い。残りの3日間は、より快適に過ごそう!という亭主の提案。アマリの方は、タイのホテルチェーン。特別豪華ではないが、快適で設備が整っている。このホテルはTAT(タイ政府観光庁)の観光客救済指定ホテルのひとつであるが、泊まるには、帰国便日時や座席が確定していることが必要だった。本日晴れて帰国便が決まり、TATの条件に合ったと云う事。

フォーチュナーはTATのリストにはなかったが、タイ・ツアーオペレーター協会による、同様の救済ホテルだった。

フォーチュナーには、「友だちたちもみんな、アマリに泊まることになったの」と言い訳。フロントの(日本語が多少分かる)ワライ嬢もみんな、最後までにこにこ。とても親切であった。しかもボーイさんたちは、はす向かいのアマリまで、スーツケースを運んでくれた。

一方アマリは、フロントの女性スタッフたち。押し寄せる足止め客をさばくのにヘトヘト。微笑みのタイランドなのにニコリともせず、言葉の端々にイライラしていることが分かる。ホテルの男性スタッフたちはヘラヘラ愛想がいいが、仕事をしていない。

TGの臨時カウンターも、ほぼ全員女性だったことを思い出す(TGは、親切だった)。タイという国は、実務的に使える人材は、女性が多いって事か。

政治家や軍人さんたちは男性だから、ゴタゴタするんかいな?タイランド。

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足止めを喰らって6日目。何をしているの?という質問も受ける。

毎日TGオフィスに行って、予約を確認していた。
ネットカフェで、ニュースやメイルをチェックしていた。
手持ちのお金の、残高を数えていた。
肉体的・精神的に疲れ果て、時々マッサージに行っていた。

1日おきには、朝、ルンピニ公園にジョギングにも行っていた。公園内、1周2.5キロちょっとの清々しいコース。実に多くの人たちが、走ったり、歩いたり、太極拳、エアロビクスなどをしている。清潔なトイレも、荷物預かりも、売店も、食堂もある。

ルンピニ公園

 

 

 

 

 

 

ここを4周もすれば、「いつ帰れるの?」という心配も、汗と一緒に流された。まあ、その後、昼間にまた、もろもろストレスは積まれていくんだけれど。一時でも、憂さを忘れることが出来るのはありがたい。大都会バンコクは、お金がないと生きていけない。でも、カトマンズにない、快適さや開放感があるね。特に、ルンピニをはじめとする公園は、無料で市民に開放されている、大都会のオアシスだ。

ルンピニ公園では、毎朝8時。国歌が流れる。

この時、ジョガーも、ウォーカーも、サイクラーも、その他の人たちも、一斉に立ち止まり直立不動になる。まさに、「フリーズ!」だ。国王や王室に対する敬意を表す、毎朝の出来事である。ここでちょこまかしていたら、すぐに警官が飛んでくるだろう。

話しには聞いていたが、はじめて体験したときはビックリしてしまった。ははははは。

王制の維持には、王室にも国民にも、努力が必要なんだよね。

王制が廃止された国から来ると、それを実感する。

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