けぇ がるね?日記

ネパールの首都、カトマンズから発信しています。

2009年02月

王宮博物館の見どころ

かつてはシャハ王家の住居であり、王室行事の拠点でもあったナラヤンヒティ王宮が、歴史博物館として公開された。

以下、首相によるテープカット。その翌日からの一般公開に、現場で立ち会えた経験をご報告したい。

展示物の詳細については、実際訪問してのお楽しみ。ここでは、ちょっとしたトリビア系の話題や必要情報のみお伝えしたい。

博物館内の写真、ビデオ撮影は、ネパール政府考古局の特別許可を得ない限り認められていない。今回の写真は、ネパールのメディアが許可を取り、考古局職員の立ち会いの下撮影した画像の提供を受けたものである。

まあ、ゆくゆくは、この点ルーズになっていくような気がするが、現状そういうことなので。著作権者のクレジットなど、無粋だが入れさせてもらった。


王宮博物館テープカット













2月26日のテープカットは、ダハール首相により行われた。首相はスピーチで、2001年の王宮惨殺事件の真相を、再度調査して究明したいとの所信を表明した......が、これ、単なる口先だけじゃないのかな?最近のダハールくん、本当にやる気もないことを、その場の雰囲気で「やる!」と云うから。首相の発言は、このところ、ティッシュペーパーのように軽い。

この日は閣僚や国会議員、各国大使なども来賓として招かれていた。式典の後、博物館の視察もあった。

多数のマオ派や、若干の統一共産党議員さんの顔があったが、コングレスやマデシの方たちの姿は認められなかった。


翌、2月27日からは、一般公開もはじまった。
王宮正面玄関












入場料は、外国人500ルピー(約600円)、南アジア諸国連合加盟国+中国の外国人250ルピー、ネパール人100ルピー、ネパール人学生20ルピーである。ネパール国内の他の博物館と比較して、大変高価な料金といえる。

それでも初日は、開館の3時間前から入場者の列が出来ていた。大人気である。

開館時間は、午前11時から午後4時まで。冬期の3ヶ月間は、閉館が午後3時になる。火曜日水曜日と、祝祭日は閉館。

入場チケットカウンターは、それぞれ、閉館時間の1時間前に窓口閉まるので注意が必要だ。ここしばらくは沢山の人が押し寄せるであろうから、かなり早く出向いて、長時間待つ必要もある。

また、外国人団体観光客ツアーへの入場事前予約は、現状行われていない。これを実施すれば、新しいオプショナルツアーの目玉になりそうなのに。


ナラヤンヒティという地名が歴史に登場するのは、5世紀のリッチャビ王朝時代からである。19世紀以降は、有力貴族の居城があった。その後、ラナ将軍専制下であるプリトビビールビクラム王の時代、王の居城がハヌマンドカ王宮からナラヤンヒティに移った。というか、国王はラナ家の娘たちと結婚させられ、ナラヤンヒティに幽閉されていたと云うべきか?

現在の王宮は、王様クーデターで全権を握ったマヘンドラ国王(虐殺されたビレンドラ王、王制終焉のギャネンドラ王の父)時代、1969年に完成したものである。合計52室のうち、今回は19の部屋やホールだけが公開された。全ての部屋やホールは、ネパール全国の郡の名前がつけられている。

王権の象徴たる王冠など、宝物の公開も今後、警備体制を強化した後、段階的に行われる予定である。

銀の玉座
















建物としてのハイライトは、玉座が置かれたゴルカ大広間ではないだろうか。

玉座の脇には、王族だけのための椅子が並ぶ。ここで行われる儀式の際は、国王以下、全員正装が義務づけられていた。

こんな時代もあったね、と












広間の向こう、玉座の対面一段低くなった位置には、閣僚などが臨席する部屋が続く。そのまた向こうには、玉座側からは鏡になっていて、反対側からだけ見えるマジックミラーで仕切られた小部屋まである。ここからは、お付きの人たちなどが、王室の公式行事を眺めたという。

銀の玉座と、巨大なシャンデリアに目を奪われる。ここでネパール・フリークとしては、玉座の上の天井画に注目すべきであろう。

玉座の上
















ヒンズー教の、力の女神たちの姿が描かれている。

シャハ王家の守り神は、力の象徴を殺戮の姿で表すカーリー女神だ。ビシュヌ神の生まれ変わりと云われた国王の神秘の源は、女性原理であったと云う事。国王の頭上に位置する、この、おどろおどろしい女神たちの姿が証拠である。


この後は、ちょっと意外な感じもする国王夫妻の寝室も見学できる。その様子は、是非、自分の目で感じていただきたい。


この博物館には、合計で28人の公式ガイドさんがいる。その中の4人は、英語にも堪能。全て元、王宮の職員であった人たちだ。王室のすぐ近くで長年働いてきた経験あるので、王宮の生き字引である。

見学者はグループごとに、ガイドさんが引率した形でのみ見学できる。なお、ガイド料金は入場料に含まれている。


視覚のお腹いっぱい感を抱いて、王宮見学は終わる。王宮を出て、ガーデンの見学に移ると、あれ?

何故か、和風













和風の石灯籠なんかもある。皇太子時代、東大に学んだ故ビレンドラ王の趣味か?

そして、王宮見学のもう一つのハイライト。2001年の王室惨殺事件現場である、トリブバン・サダン建物跡に入る。現場の様子自体は、ここで報告するのは興ざめなので控えるが.....

事件現場












この池の横で、頭部を打ち抜かれたディペンドラ皇太子(当時)が発見された。このあたりの柱や外壁をよく観察すると、今も銃痕が至るところにある。事件当夜、どれほど多くの発砲があったか想像できるだろう。


観光客の皆さんは、ネパールに来たときが行き時である。ネパール在住であれば、現在はものすごい人であるので、しばらくして落ち着いてからの見学がいいかもしれない。自分はもう見たから、こういう発言になるのかな?

数ヶ月後には、もっと多くの部屋や、宝物の展示も始まる筈だ。それを待つのも方法だろう。

ごみごみした大都会カトマンズのど真ん中にありながら、広く、(今のところ)清潔で、くつろげる広いガーデンもある。この広大な敷地と、掃除に手間のかかりそうな装飾だらけの建物の維持管理は、今後の大きな課題であろう。ゆくゆく、煤けてくるか?今のレベルを保てるか?きれいな時期を見るなら、急いだ方がいいかもしれない。

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王宮の公開直前からギャネンドラ元国王一家は、親族の結婚式出席のためインドに行っている。単なる偶然かもしれないし、敢えてこの時期、ネパールに居たくなかったのかもしれない。インドでは、政治家多数との会談も予定されているという。

国王の地位を追われ、政治家としての再出発という「目」も、ないことはない。彼と一族の、王弟時代からの裕福な実業家としての財産を守るためにも、政治力が必要だろう。そうじゃなければ、早晩、ネパール国内の財産は剥かれる可能性がある。

ネパールは、失敗しても再起できる社会だからね。

強い人だけは、再起できる。

それって、いいことだけなのかなぁ?

弱い立場の人は、浮かび上がれないんだよね。

夫婦でKaldi

本日、亭主が激怒すること必至の出来事あった。そーなると、ヤツの怒りの消化でこちらまで大変なので、私が代わって、瞬間湯沸かし器になる。亭主に知らせずにね。

最近、そーゆーこと多くて、心が痛い。

そんなとき、お腹がすいたままでいるのが一番ヨクナイ。ちょうど、二人とも「電源」が必要で、私はネット環境も必要だったので、迷わず、タメルのカフェ・カルディに避難した。亭主にとってははじめてだったけど、この環境とコーヒーや食べ物のおいしさに大満足した様子。

私も心の熱湯の温度を少し下げて、メイルのやりとり。

ありがとう、カルディ。私の安全地帯。

このカフェの場合、客のほぼ全員がノートぱそ持参で。右を見ても左を見ても、マックとWinの展示場だ。EeePcの実物もはじめて見た。シニア・アイにはきつそうな液晶サイズだね。Macもいっぱいある。

何だか、東京にいるみたいな気がする。

でも、せつないねぇ。

こんな時は、夫婦げんかしたりすると、もう、絶望。

だから、火種は自分で飲み込んで。

生きていくことは、時々、ゆるぐねぇ〜。

桃の花咲く3

人の世は変転流転だが、季節とともに花は咲く。

桃の花咲く













本日の出来事は、後日(多分来週くらい?)書きたい。

3月末まで、チベット入れず?1

今年3月10日、チベットが中国の一部になってしまって(何とか、中立的な表現をさがしてる)50年を迎える。

去年の北京五輪同様、チベット本国やその周辺の、チベット文化圏・チベット人居住地域では、抗議活動や慰霊のための宗教儀礼などが行われるだろう。これに先手を打つべく、中華人民共和国領のチベットから、外国人を退去させる動きが出ている。

同時に、3月末までは、外国人のチベット入域許可を発行しない旨、中国政府が動き出した模様である。曰く、外国人に対するチベット解放の姿勢に変更はない。入域許可の申請も拒否しない。ただし、4月1日になるまでは許可証を発行しませんよ.....という、中国共産党政府の☆▼□○◎△

これでまた、今年春のシーズンのチベット観光だけでなく、チベット側からのヒマラヤ登山も、実質的に実施不可能になりつつある。4月下旬〜5月上旬登頂しないと天候崩れるので、4月からの入山では間に合わない。

チベット側の登山をオペレーションする、ネパール大手のエージェント2社に電話して話を聞いてみたが、登山隊へのチベット入域が許可されるかどうか?現状、全く分からなくなった。と、担当者は頭を抱えていた。逆に、「アナタ、何か知ってません?情報あったら、こっちにも連絡してくれませんか」と云われて絶句。

外国人登山隊も、同じ頂上であってもルートごとに計画を立てて、長年準備を続けている。昨今のチベット側政情不安が、世界中の登山家・登山者の夢に暗雲を投げかけている。シビアな登山の場合、体力・気力・運・勢いが大切。また来年ね....とか、じゃあ別な山に....とはいかないのだ。

そろそろ、私の知り合い・友人のヒマラヤ野郎たちもやってくる時期になる。他人事でなく、心配だ。

だからさぁ、登山料は高いけど、最初からネパール側から計画すればいいじゃん!って、云える場合と云えないケースがあるからねぇ。エベレストなど、ネパール側ルートはこの調子じゃ、大混雑になるよ。

治安のことと、気温差のこと

春秋は、寒暖の差が大きいカトマンズ。どうやら、1日の中での気温差が、20℃を超えた模様。これ、日々、夏と冬があるって事。

自律神経が、あぼーんして、当然。

この時期、生きているだけで身体が悲鳴を上げる。もう、走るとか、トレーニングするとか、出来ない。体の芯が薄ら寒く、頭痛がする。


さて、少し前の話になるそうだが、私も暮らすパタン(カトマンズ首都圏の中で、バグマティ川を挟んでカトマンズに隣接するパタン市、及び、パタン市を含むラリトプール郡)の、住宅街で夕方〜夜の時間、スーパーへの押し込み強盗や、家族連れで歩いていた外国人が襲われる事件があったと聞いた。我が家のある郊外ではなく、住宅の密集する中心部の話。

停電で夜真っ暗な昨今、郊外の方が却って、警察のパトロールや検問が厳しく治安が落ち着いている。中心部は日本人も多く住み、我々が行くレストランや商店も多い。かなり気味の悪い話だ。

在留邦人からは既に、日本大使館に報告・相談しているそうだ。警察筋に顔が利く領事部と、パタン警察署の連係プレーは図られていると想うが.....自分の身は自分で守るにしても、信頼して期待してます。領事部のみなさま。


さあ、遅くならないうちに、自転車漕いでお家に帰ろう。

栴檀は双葉より、安い命か?

本日シバラットリーでは、風習として(宗教的な意味、あるの?)、子供たちが路地に綱を張って、通りかかる車やバイクから小銭をもらうことが許される。首都圏では、大通りではやらないが。

私も、エンジン付きの車や二輪車に乗っているなら、縁起物だからご祝儀をする。しかし、今年は自転車。人力二輪車から金を取るのか?と、ブッチる。軽いマウンテンバイクだから、いろいろ、動けるしね。

で、家のすぐ近くで私を追い越した穏健運転なバイクの前に、綱を持ったよちよち歩きくんが飛び出て。転んで。ああ!

轢かれなかったのが不思議な危機一髪で、バイクが止まった。スピードを出す若いあんちゃんのバイクなら、よちよちくんは昇天していただろう。近くに親もおらず、危ないことこの上ない。


ネパールでは、デモで、事故で、医療ミスで、喧嘩で.....いとも簡単に人が死ぬ。人の命は、国籍や、社会階級ごとに値段が違うものだってこと。ネパールに住んでいると実感する。それが正しいかどうか?じゃなくて、現実としてあるんだよね。

親や家族が守ってあげなくてはならない時期でさえ、そんな、しかるべき心遣いを受けられないまま育って、成長したら、そういう無分別が普通のことと考える大人になるんだろうか。

社会の貧しさを、実感してしまう。

平野部のタライでは、フルスピードで車が駆け抜ける国道にシバラットリーの日、綱を持った子供たちが出て、時々、轢き殺されることがあると聞く。

小銭稼ぎも、命がけだ。

今日はヒンズー、明後日チベット

本日、ヒンズー教のシバ・ラットリー大祭である。

明後日25日は、チベット人のお正月ロサール。ネパールではチベ難民の人たちの他、シェルパ族などのチベット文化民族が同日にロサールを祝う(タマン族やグルン族のロサールは終了済み)。

我が家の身近なチベット人。昨日、普段の彼女は絶対やらないようなポカミスを連発。今日から週末までの休暇を前に、心はもう、楽しいロサールに占領されている様子だった。

我が亭主が彼女を軽く叱責したので、

「あら、仕方ないでしょ。ダサイン(ネパールのヒンズー教徒にとって、最大の祭り)前のネパール人は、もっとヒドいじゃない

とかばったら、亭主が私に対して「ぶちっ!」と音が聞こえる感じで切れて、ぶんぶん怒って出勤していった。

(≧д≦)ノ~

テキノ イタイトコロノ、ストライクゾーンニ ハイッタノダ!

我々日本人の場合、御用納めまでに仕事を片付けよう。借金を返そう。と、責任を果たして、その後お楽しみぃ〜モードになる。しかし、ネパールやチベットでは、お祭りは楽しいことをまずやっちわなくちゃ。うきうき。なんだよね。

普段の暮らしが辛いこと多いから、仕方ないよ。

今年のロサールは、チベットの人権のため殉じた人たちへの追悼の意味もあって、バカ騒ぎできない雰囲気がある。だから、国境の向こうでは、強制的なお祝いが国家的に指導されているとの情報もある。

でも、私の知っている、知らない、ネパールにいる、インドにいる、国境の向こうにいる、世界中にいるチベット人の皆さん+ネパール・シェルパ族の友だちみんなに、幸せ多き新年が巡り来ることを!

祈っています。

Happy Lhosar!

School: Pathshala

ネパリ・ポップの「ぽっちゃり王子さま」、スガム・ポカレルくんの最新アルバム、「School: Pathshala」である。
SugamP_School
















Schoolはもちろん英語で、Pathshala はネパール語で、学校という意味。CD2曲目のタイトルソングで、懐かしい学校(ネパールでSchoolというのは、1年生から10年生までの過程を云う。)生活を想う、甘酸っぱ系ソング。過去のヒット曲、「Mero Euta Sathi Cha(ボクの親友)」と同列な、多くの人の琴線に触れる健全さが、スガムくんの持ち味だ。

1曲目の「ジルケ(キザなヤツ)」は、大切に想っていた女の子を、洒落たカッコイイ男にさらわれた気持ちを、マイナーコードで唄っている。サビの部分が耳に残る。

全11曲なのだが、聞くべき価値あるのは、頭の2曲だけという構成だ。それならいっそ、過去のヒット曲と合わせてベスト盤で出せばいいのに.....と思うが、まあ、そこは、王子さまなので許そう。既婚者で(早婚だった)、娘もいるスガムくんだが、かわいいのだ。

スガムくんのお兄さんは、ネパール舞台演劇界の鬼才スニル・ポカレル氏。兄嫁は、ネパール舞台演劇界を代表する女優ニシャ・シャルマ=ポカレルさん。有名な芸術一家の出身で、Schoolのミュージックビデオにはスガム本人と、甥(スニル兄とニシャ義姉の息子)が共演している。

この甥っ子くん、私は赤ん坊の頃から知っていて、一時我が愚息と同じ学校に通っていたこともある。ぷよぷよな坊やだったのが、すっかり背が伸びてハンサムな青年になっていたので驚いた。

ネパール語ポップミュージックに興味のある方、買って落胆しない、日本人の耳にもフレンドリーな1枚。おすすめしまっせ!

ネパール語が分からない人にも耳に心地よいサウンドで、分かる人には更にナイ〜ス。

School: Pathshala Rs.225(邦貨300円弱)
スガム・ポカレル公式サイト(いきなり音が鳴るので注意)

読者投稿ですが、発売中

現在、日本の主要書店にて発売中の ランニングマガジン・クリール(ベースボール・マガジン社刊)4月号。後ろの方の「読者レースリポート」に、ワシの「バンコク、足止め走り旅」が掲載されているはずです。

ランナーズとは違う方ね.....

私の文章・写真がどのように修正されているか?は、カトマンズでは分からない。ちょうど来週ネパール到着のランニングの先輩に、(ちゃっかり)雑誌の持参をお願いしたので、私自身、ドキドキドキ。


12月に記事を送って、先週末まで連絡なかったため、今回はボツだったんだろう。と、諦めて忘れていたら。突然、編集部からのうれしい連絡でした。

カトマンズでの、孤独なトレーニングの励みになるわぁ。

次、6月に予定しているレースも、ユニークさはピカイチだから、次は事前に編集部に売り込みかけて(野球雑誌社のみならず、走る人社にも営業すんべ!)、別枠な記事に採用されないかなぁ。と、妄想中。

走ることも、表現のひとつってかぁ?

「埃」高き、カトマンズ

この時期のカトマンズは、春の突風が吹き荒れる。

ただでさえ埃っぽいのに、今年は5ヶ月、雨らしい雨が降っていない。昼間の日差しは既に初夏であり、カラカラで、埃ドロドロが風に舞うは舞うは。ネパールの窓枠は隙間だらけなので、家の中にも土埃が舞い込むこと甚だしい。

今週はひとつ心配事があったが、これまた、落ち着くべきところに収まった。何にせよ、どっちに転ぶか/転ばせるか決まるのに時間がかかるのは困ったものだ。押していいのか?引くべきなのか?よく分からん。

ここ数ヶ月、自分のシニカルさが増大中。せめて、自分をどこか冷めた目で見て、黒いジョークにして笑い飛ばせる「心の遊び」だけは、なくさないようにしたい。


さて、昨日タメルで、年甲斐もなく大好きな(ネパリ・ポップのぽっちゃり王子様)スガム・ポカレルくんのCDと一緒に、何を今更な、猊下系映画DVDもゲット。あ、ブラピじゃない方ね。何故か、観てなかったんですわ。

で、昨夜、家族が寝静まった夜中に、ひとりで観た。ひゃ〜っ。まるで舞台の演出みたいな、象徴的衝撃がちりばめられていて。なんつーかのデジャブ感は、猊下の自伝を何度も読んで記憶しているものを映像化されたものだから?それとも、50年くらい前まで、私の前世はあっちにいたの?

今年で、50年だよ(私の年齢にあらず)。

隣国との友好に気を遣っている、オーマイガーッ!な国からの発信だから、こーゆーぼかした表現でお許しくれたまえ。


明後日月曜日は、(ヒンズー教の主要神・シバをたたえる)シバラットリーの祝日。これが終わって3月の声を聞くとカトマンズでは、3月10日(タライやインドは翌3/11)の水かけ、色粉かけの乱痴気騒ぎをするホーリー祭の前哨戦が始まるだろう。街を歩いていると、どこからともなく水(に、バッチイものが混入していることアリ)の入った風船が飛んでくる。

この時期、タメルなんか水風船攻撃が不愉快でゼッタイ行けないんだけど、でも、何故か友人が帰ってくるんだよね。で、タメルの奥の方のホテルに泊まるって云う。嗚呼。友人ご一行さまが、不愉快な思いをしませんように。

変なものが飛んでこない場所で、お会いしましょうね。

ふふふっ、楽しみですわ。

ワレ、初 Kaldi ニ 成功セリ

カトマンズ住民の皆さんにとっては「オバサン、今頃何興奮してるの?」であろうが、パタン郊外、田舎の住人であるわたくしにとっては、はじめての、刺激的体験中である。

CafeKaldi












噂の、日本資本カフェ・チェーン、Cafe Kaldi(カフェ・カルディ)タメル店から、ブログを更新している。【以下、赤字部分、記載訂正しました】 WiFiネットは無料サービス。ネパールのプロバイダのため希に接続途切れることもあるが、カトマンズではちょっとないほどの高速であった。しかもスゴイのは、全ての席の下に電源があり、しかもユニバーサル仕様で、マルチプラグなしでPCの電源まで使える。開店中は、停電もなし(停電時は自家発電)。

店内もしゃれたインテリアで広く、もちろん清潔で居心地もよく、ノートPCや、小型のプリンタまで抱えた「電気難民」の外人たちが、いるわいるわ。音楽もうるさすぎなくて ( ・∀・)イイ!

公約(?)通り、ロータスで140ルピーのカレーライス食べて(同レストランにて、コーヒーのロトも買えた。鯛焼きもゲット。パタンのカフェUと並び、貴重なショップでもある)、カルディで140ルピーのアイスカフェラテ。カルディの値段設定は、これもう、電気代込みということ。

惜しむべきはロケーションがタメルであり、パタンからは遠いこと。

でも、それもまたいいじゃないか。どうしようもなくネパールに凹まされたとき、パタン郊外からカトマンズまで14ルピーの乗り合いテンプーに乗って。その終点から歩いてやってきて、しばし、日本的快適空間に浸る。

いいじゃん!いいじゃ〜ん!!

この、自分にとって、いつでも行けるけどちょっと遠くて面倒な距離感。払えるけど、ちょっと高めの値段。これが、ぷち特別感をもたらしてくれる。

辛いときは、いつでも行ける。心配しなくていいよ。でも、入り浸ったりは出来ないよね。これがパタンにあった日にゃ、毎日通ってしまいそうで怖い。

花丸の、カフェ・カルディである。

これから春、ネパールを訪れる皆さんにも。トレッキングの後とか、カトマンズの喧噪に疲れたとき、一息つく「べき」カフェです!

中川る、恐怖

いろいろ、世界規模で論争を巻き起こした、中川財務相のG8記者会見である。ああなってしまった原因については諸説あるが、結局、日本の危機管理能力の低さを世界に発信してしまった。

もし中川さんが、急性脳出血に見舞われていたなら(ああいう症状が出る)、すぐに会見を止めて医療機関に移送しないと命が危なかった。薬物とアルコールの中毒症状であったにしても、やはり、誰かが止めに入るべきだったのではないだろうか。

そこまでのリスクを、中川大臣のために背負うことが出来る人材が、あの場にはいなかったと云う事だろう。

いや、もしかすると、大臣はこのまま醜態を晒して、辞任してほしい!と、心の中で願う人たちに囲まれていたのかな。

それが結局、短期的に国益を損ねる結果になってしまった。中・長期的な国益となると、これで麻生政権が更に弱体し、近い将来の政権交代に繋がる可能性があることが「良し」とでるか「悪し」の結果をもたらすか。先にならないと分からないよね。

平たく云ってしまえば、トップたる首相。省のトップである大臣の求心力が弱いと、その下にある組織がダイナミックに動かないと云う事だろう。親亀転けたら、子亀はドミノ倒しである。

日本内閣の問題と、笑っていられない。同じような病根は、あそこにもあるし、ここにもある。あの国にもこの国にも、あの組織にもこの会社にだったある。

上が怠慢だったり、能力が欠如していたり、動揺していたり、充分な働きを出来ないでいる場合、ヒエラルキーの下に行けば行くほど、「やってらんねぇゼ」という想いを強くしている人間が、沢山いるのではないだろうか。

ソンナトキモ
フミトドマレル、
ココロノツヨイ、
ナキゴトヲ
ジブンノムネノナカデ
カミクダキ
ノミコメルヨウナヒトニ、
ワタシハナリタイ。

Cafe Kaldi に、行きたし

何かと日本から隔絶した感の強いカトマンズに、日本のカフェ・チェーンの支店が出来た模様。カトマンズ市内タメル地区、パンパーニケル・ベーカリーの前らしい。

Cafe Kaldi

すいませんねぇ。ちょっと前からオープンしていたようですが、隣町パタンの郊外の人間にとって、タメルは遠くてねぇ.....ロータスのカレーライスは食べたくとも、なかなか、行けない。交通渋滞も酷くて。

U.トモコさん、H.トモコさん、情報 アリガト!(´▽`)

2月中は、WiFiも無料とか。うむ。これは、ちょっと無理しても行かねば!ノートPC抱えて。ロータスのカレー食べて、サービスで出してくれるコーヒーを「ゴメン」して、食後のエスプレッソをカルディ・カフェで。朝7時から開いているようなので、朝のカプチーノもいいかも?

うーむ。妄想が広がる。

カトマンズ首都圏の「まったりエリア」パタンにも、いい感じのカフェは沢山ある。でも、日本のカフェチェーンがわざわざ、この不安定なカトマンズに支店を出してくれたってことに、敬意を表したい。

まずは、行ってみよう。ここ2〜3日中に。

一気に、昼間だけ初夏

この時期、一雨ごとに暖かさが増すカトマンズ。先週水曜日、ぱらりと降っただけなのに、その後ぐんぐん気温が上がっている。昼間の日差しと気温は、既に初夏だ。自転車通勤も、そろそろ、半袖か?

ただし、夕方日が陰ると急に寒くなる。日没後の帰路は、冬装備で自転車に乗ることとなる。寒暖の差が激しく、体調崩す元にもなる。

ご注意を。


毎年この時期、アレルギー性鼻炎に悩まされていた。しかし、ヨガをはじめて2年後から軽くなり、3年を過ぎた今年は症状が出ていない。体質改善が行われたのか?ここ3年ちょっと、週に3〜5回のペースで続けていた成果だろう。

元々身体が硬くて、バランス能力も低い私だが、ここまでシツコク続けると、さすがに上級向けレベルに進むことも出来た。丁寧に教えてくださった先生に感謝しつつ、先日、これまでのヨガクラスをやめた。ここ何ヶ月か、マンネリ感というか、身体に厳しいスタイルに違和感も感じていたから。

今は週に2回だけ、朝、別の先生のクラスに通っている。こちらは、無理をさせない指導法。だけど、刺激を与えるべき部位には、何倍も効いている。最初のクラスの後、その日の夕方から全身疲労と上腕部に筋肉痛が出て、一晩寝込んでしまった。典型的、好転反応。翌朝は、すっきり元気。

やっているポーズは同じだが、アプローチの考え方が全然違う。より効果的な、現代的に進歩した指導法だと思う。また、少数精鋭の上級クラスなので(初・中級は別クラス)、先生と生徒の醸し出す雰囲気も心地よい。

ヨガのようにフィジカルな習い事の場合、先生が生徒の身体に触れて教えることも多く、場の雰囲気というのは、非常に重要だ。

なにより、現在の先生は口で言うだけでなく、実際にやって見せてくれる。ネパールの場合、偉い先生は、自分じゃポーズできなくなってるんだよね(若いときは出来たけど)。加齢と、体型の変化でね。私とそんなに年の違わない先生が出来ないポーズを、ではやってください......てえのも。

やってたんだけど、さあ。

これからは一人の先生だけじゃなく、ワークショップなどにも積極的に参加して、ヨガの実践と論理を、もっと深く学んでいきたいと思う。

ここまで私を高めてくれた、これまで3年強、ご指導くださったR先生に心から感謝したい。

手間のかかる子

最近、一度に10km以上の長距離を走っていない。体重を増やさない程度のトレーニングがやっと。時々、ゆっくりペースでいいので20km、またはそれ以上走っておかないと、走力が落ちるのだが。反省。

その分、意識して自転車に乗るようにしている。今月は、月間走行距離250kmいけるかな?300kmは、(最終週に仕事があるため)難しいだろう。ちゃり現師匠さまにかかったら、「何、それっぽっち?」と呆れられること必至だが。

最近、乾燥と風が強く、道には砂埃が舞う。昨日の通勤で、「なんか、ペダルが重いな」と感じて、見てみたら、チェーン真っ黒。オイルで固まった汚れが、てんこ盛り。ぎゃ〜っ!毎週末、掃除してるのに。

てえことで、本日の遠乗り(して、仲間と落ち合って、その後、自分の脚で山野を走る)を前に、丁寧に掃除・整備する。中性洗剤で泡立てた水をかけ、埃を浮かせる。ハンドシャワーで、洗剤を落とす。から拭きする。チェーンは、窓ふきよう洗剤スプレーで汚れを浮かせる。その後、ブラシとぞうきんで拭き拭き。ギアも汚れ落とす。真水で十分にすすいだ後、から拭き。そして、チェーン専用オイルをさして、ギアになじませる。

日本のように、一発キレイな自転車専用泡洗剤など、売ってはいるがネパールでは高価すぎて手が出ない。他の部位にかからぬようゾウキンでカバーしつつ、家庭用の掃除洗剤で代用している。

完全にばらして、金属部分は灯油で洗えば完璧だが....そこまでは、とっても出来ない。

思えば、このマウンテンバイクに出会うまでは、自分の自転車をここまで整備しようと思わなかった。中国製、インド製の自転車は、整備してもねぇ。そんなに変わらない。しかし、安くても本物のマウンテンバイクは、乗り心地が目に見えて変化するからね。手を油で汚すのも、楽しくなる。

いろいろあるが、さて、そろそろ準備して出かけよう。

別な意味での、ギネスに挑戦

エベレスト最高齢登頂記録、続報。

現地報道によると、ネパール側のミンバハドゥール・シェルチャンさんは、ギネス・ブック側に、何故自分の記録が認定されなかったのか?抗議するそうだ。同時に、申請を担当したネパール観光省と外務省の書類に不備がなかったか、期日通りに送付していたか。も、調査するとか。

ミウラ・スノードルフィンズの説明によれば、昨年末の最新版ギネス・ブックにシェルチャンさんの記録が採用されておらず、念のため三浦さんの記録書類を送付したところ認定された。

であるからして、ネパール側の可能性としては、

1.ネ政府作成の書類に不備があった。
2.ネパール政府は、申請書類を送付していなかった。

の、どちらかではないだろうか。

ギネスの記録認定は、非常に厳格である。しかしながら、何人ものネパール人の記録が公認されている(例えば、エベレストに最も多く登った人とか)のだから、ネパールからの申請が無理なわけでもない。

シェルチャンさんの登頂写真が存在しないのでは?という話もある。登ってはいるだろうが、そこで証拠を残すことが、記録を狙うなら必要なのに。ネパール政府の登頂証明書はある筈だが、いやはや、全く。

自分に対する挑戦ならいいけれど、ギネス記録を欲するのであれば、もっと完璧な行動を取るべきではなかったか。申請についても、政府任せじゃなくて、もっと自分でチェックできなかったのか?

三浦さんが気の毒だ。こんな騒動になって。

ネパールよ、世界を狙うなら、もうちょっと考えてよ。

やっぱり起こった、エベレスト

昨年、ネパール人ミンバハドゥール・シェルチャンさんが、77歳でエベレストに登頂。最高齢登頂記録が更新された筈だった。同じシーズンに、三浦雄一郎さんは75歳で、2度目(最初は、70歳で)のエベレスト登頂を果たした。

これは歴代、第2位の高齢登頂記録であった。

なんだけれど、世界記録の認定で定評あるギネス・ブックには、最高齢登頂者として三浦さんが認定され、シェルチャンさんの記録は採用されていない

AFP通信が東京から発出したニュースを引用した、ネパールの報道記事(英語だが、心温まる写真あり)。

ミウラ・スノードルフィンズの、プレスリリース。

シェルチャンさん側は、認定に必要な書類に問題があったらしい。もしくは、ギネスに申請していないのか?推測であるが(でも、多分正しい)、ギネスが認めるレベルの、正式の出生証明書がなかったのだろう。現在でさえ、戸籍は自己申告と状況証拠なネパールであるから、70年以上昔の出生の記録を出せ!と云う方が酷だ。

こういう事態になるのでは?と、カトマンズで心配していたら、その通りになってしまった。

せっかくの三浦さんの方も、完璧にうれしくないかも。推測の話だが(でも、多分正しい)、次は80歳で、今度こそチベット側のエベレスト(過去2回は、ネパール側からの登頂)に挑戦されるのではないだろうか。今度こそ、ちょっとやそっとでは破れない記録達成を目指して。

いや、記録が出るかどうかより、後期高齢者として世界最高峰に「更に」チャレンジすることが出来る気力、体力、マネジメント力を保持して、高めていくことこそが、三浦さんの素晴らしさ。偉大な人間力だと思う。

なんだか、ちょっと、シェルチャンさんに対して気が引けるが。

三浦さん、おめでとうございます。

Valentine's Day in かとまん

2月14日は、カトマンズにもやってくる。

ここ数年来、カトマンズでも、関連企業がバレンタイン・ディ・ウィルスをバラ撒いており、レストラン、生花(特に、赤いバラね)、ケーキ、外国ブランドの香水などの営業炸裂中。

例えば、ドワリカホテル このページの真ん中写真クリックで、バレンタイン・スペシャル拡大。ロマンティック・ディナーお二人さま3,000ルピー+10%サービス料。ちょっとした勤め人月収の半額〜1/5くらいの、強気の価格設定だ。でも、払える人もいっぱいいる。自分の稼ぎじゃなくて、パパママからもらうお小遣いで行く輩もいるだろう。

このグループは、タメルのGarden of Dreams内の直営カフェでも同様のイベントあり。ドゥリケルにあるリゾートの方では、お泊まりプランもあり。翌朝の朝食は、お部屋にお持ちします....サービスとか。翌朝、他のカップルに顔を合わせるのは気まずいからか。狭いカトマンズ社会だもんね。知ってる人にゼッタイ会うし。それにしても、ラブホですかい?

ここまでハイソでなくても、タメルの、ジモてぃーフレンドリーなレストランなども、この日は夕方から夜にかけて炸裂必至。

ネパールの場合、男女の間でプレゼントを交換しあう。3月14日のホワイト・ディ(これ、日本だけ?)はない。

(万が一)ネパール人民共和国になった暁には、規制される恐れ大!系な、覇権主義大国と資本主義イベントであるから、まあ、出来るうちは、楽しんでおいた方がよい。かもしれない.....

うちの17歳の愚息は、赤いバラを贈ったりもらったりする彼女が、まだいない模様。

ちぇっ!

うちの40代後半の亭主は、バレンタイン・ディの「バ」にも興味ない。そもそも、その存在自体認識していない。

ちぇっ、ちぇっ!!

我らの、大使館

毎月、ビクラム暦一日の、在ネパール邦人ブログ共通お題。今月は、「在ネ邦人から見た大使館」である。

大使館!というと、なんだか近寄りがたくて敷居が高く、とっても権威に充ち満ちた場所.....もしくは、週刊誌ネタ.....って印象があるかもしれない。しかし、実際に海外に住んでみると、在留邦人にとってはまるで市役所か町役場って感じがする。ネパールのように、国も邦人社会もこぢんまりした場所では、村役場かも。この印象は、我々が一番お世話になる領事部の存在があるからだろう。

パスポートの更新から、何かと書類関係で、お世話になってます。普段の治安情報についても、停電の予定表から避難訓練(地震災害を想定)、トラブルに巻き込まれたときの相談まで。

相談する側の態度もあるし、相談を受けてくれる側に(組織の問題ではなく)個人的資質の問題が、過去全くなかったとは云えないのだが、少なくとも私にとっては、日本大使館領事部は、非常に頼れる存在である。何かあったとき、何か起こる前も、気軽に相談できるところがありがたい。


大使館の場合、外交とか情報収集・分析という業務も重要で、これについては、我々にとって、知り得る機会は少ない。


日本の文化をネパール社会に紹介する、文化広報事業というのもある。私の場合、在留邦人としてではなく、日本に関連するネパール人たる連れ合いの令夫人さまとして、夫婦でご招待いただく機会があってうれしいものだ。

生け花とか、日本の絵画とか、文化とか、日本人の私にとっても興味深い催しが多い。ちょっと昔の話になるが、日本の、大昔の人気兄弟フォーク・デュオのコンサートってえのもあった。当時の大使閣下が大ファンで、大使として赴任されていた国に招聘していたとか。デュオのお一人は大変落ち着いた方で、もうお一人は暴走系の様子。カトマンズでも、女性司会者にセクハラ発言があったり、別の日はステージで腹踊りをご披露に及んだりと、なかなか。なかなか。

一緒に聞いていた知り合いのネパール人たちから、小声で
「これ、本当に、日本の一流のアーティストなのか?」
と聞かれて、非常に返事に困ったことも、懐かしい想い出である。

日本から派遣された邦人の方々の場合、何かと、大使館には言いづらいこともあるかもしれない。しかし私のような、無所属土着系の人間は、お行儀悪くて申し訳ない。


外国に住む日本人として、我が祖国を代表する大使館の活動が、ネパールの人たちに評価されていると、私も、日本国民として誇らしいわけだ。

ネパール社会で日本大使館の活動が評価されることは、我が祖国の国益に(佐藤優先生に魅了されている、わたくし)結びつくと思う。それがすなわち、我々の安全を確保することになると信じている。

大使館の存在は、私にとって、近くて大きいのだ。

陸上幕僚長、ネパール訪問中

大使館からプレス・リリースが送られてきたので、ここに書いて差し支えないと思う(ですよね?)。

日本の自衛隊・折木(おりき)陸上幕僚長(つまり、陸上自衛隊の制服組トップ)が、昨日2/10〜金曜日2/13までの予定で、ネパールを訪問中である。予定を見ると、国連ネパール支援政治ミッション(UNMIN)や、国軍カトワル参謀長への表敬。UNMINと国軍関係の視察である。マオ派人民解放軍へは、軍対軍の正式アプローチはやりにくいだろうが、非公式な意見交換もあるのかな?ないのかな??

プレスに対する記者会見は、今のところ設定されていない。

できれば、個人的興味というか、ネパール・オタクの興味として、お会いしてお話を伺いたいのだが。こういう勉強が、いつか、仕事に結びつくのでね。

以上、論評はせず、さらっとお伝えする次第。

そろそろ、ひと雨

乾期のカトマンズは、昨年10月頃から、まとまった雨は降っていない。私の記憶では、クリスマスの日の夜、ぱらっと降っただけ。

「雨は夜更け過ぎに、雪へと変わるだろう」

と、友人宅で、ワインに酔って歌った記憶が。微かに....

春先のこの時期、パタン郊外の我が家周辺は大変風が強い。舗装道路の多い街中はともかく、土埃、砂埃が舞う未舗装道路と畑に囲まれているので、午前中拭き掃除した場所に、午後にはもう埃が乗っている始末。

屋根も、庭木の葉っぱにも、埃が積もっている。

水力が頼りの、電気事情もある。

ここらで、春の雨が、一発 ( ゚д゚)ホスィ…

早朝の有酸素運動、厳禁!

常々我が亭主は、カトマンズでは冬の朝霧が出ている中で、走ったり自転車に乗るのは肺の健康に悪い!と力説している。霧の水分の中、排気ガスの有害成分が風に飛ばされずに、大気中に充満しているというのだ。

普段は朝ゆっくり出勤な私が、今朝は、朝から「とある身体にいいこと」に参加すべく、朝の霧の中自転車で自宅を出た。リングロードは早朝のため車も少なく、走りやすい。が......自転車用のゴーグルをしているにもかかわらず、目がショボショボして、そのうち涙が出てきた。

あっ、これが、亭主理論なのか?

確かに、(霧のない)昼間より車が少ないのに、光化学スモッグのように、目が痛い。うーーむ。昼間は風があるけれど、霧の中では、全てがラップされたようだからな。

みなさん。カトマンズでは、秋〜冬〜春先の霧の中では、有酸素運動控えた方がイイかも?私は普段ジョギングも、午後〜日没前の夕方が多かったから、気付かなかった。霧の出ない夏場になると、早朝の郊外ジョグも気持ちいいんだけど。

で、「亭主の云うことも聞かなくちゃね」と反省しつつ、自転車移動した某所で、某無酸素運動を1時間半。うむむむむむむ。効いた。絶対、筋肉痛が出るぞ、こりゃ。ずっとそれなりに鍛錬してきたけれど、また違う身体の使い方だった。


思い通りに生きていけないとき。

頑張っても、空回りしてしまうとき。

考えすぎるのをやめて、身体と対話する。そして、じっと、時を待つ。好機はまた、巡り来るんだからね。

先行き、祝祭日

春になったカトマンズだが、ここに来て、寒の戻りである。真冬のような、締め上げられるような寒さではないが、朝晩、ストーブがほしい。

来る2月23日は、マハ・シバラットリ。シバ神を祀るパシュパティ寺院に、北インド中のシバ系行者たちが集まってくる。体に灰を塗りつけ、フンドシ一丁の行者も多く、この時期、「裸の行者を震いあがらせる雨」というのが降る。

その結果、一時的に寒くなる。しかし、雨が止んだ後は、弾けるような暑さがはじまる。3月10日のホーリー祭りになれば、暑さ本番。陽気は初夏となる。あと一ヶ月もすれば、昼間は半袖。夜は蚊取り線香の世界がはじまるね。

今年、気になるのは、チベットのこと。シバラットリ直後の2月25日は、チベット正月のロサール。しかし今年、チベット人にとって一年で一番盛大に祝う祭りを、チベットの自由のため亡くなった受難者を追悼する日にすべく、静かな動きがある。中国の一部とされるチベット側では、中国政府は強制的に、ロサールを祝わせようとしているらしい。

ネパールのチベット難民たちは、どうするのかな。

そして、カトマンズのホーリーと同じ日。3月10日は、50年前、ラサ市民が蜂起した記念日である。この直後、ダライ・ラマ猊下はインドに亡命された。またまた、中国大使館領事部前で、デモがあるのか。ホーリーの日は、至る所から水や色の粉が飛んでくる無礼講なので、取材!となったら、タイヘンだわ。

ネパール政府や各政党は、むやみに中国政府に接近中。一つの中国政策を、ネパール政府も追随しており、今後、チベット難民への締め付けが懸念されるところである。

難民の追い出しにならぬよう、祈るばかりだ。

セットアップ完了

日本から、新しいPCが届いた。

もちろんノートであり、大容量バッテリである。自宅や出先で使う、遊撃マシン。PC壊れると「アウト!」な仕事をしているし、修理や次の機種購入も、日本国内のようには対処できない。だから、パソコンは常に、新旧2台を仕事場と自宅に置いてある。

これまで自宅で使っていた(というか、使わせてもらってきた)ノートは、友人の形見でもあり、引き続き、愚息が使わせてもらうことにした。友人からは生前、「コータローくんに使わせるといいよ」と云ってもらっていたのだが、ずっと、ハハが使ってました。ごめんなさい。

仕事場のノートも、3年半使っている。バッテリーが、もう、15分しか持たない。自宅の旧マシンは、バッテリ容量ゼロ。ということで、仕事場であれば、緊急用の大容量UPSにつないだり、どうしようもないときは発電機を回したりして対処してきた。しかし、自宅で停電時は、緊急業務でメイルをしたりネットで調べ物業務が発生しても、対応できなかった。

発生ものニュースの時は、電源が確保しにくい現場から、メイルの送受信やネット検索が出来なきゃお手上げ。

そういう事態は、年に何度かしか発生しない。

だが、起こってしまうと、言い訳が効かない。

停電で対処できませんとは、云っても理解してもらえない。

だ・か・ら.....停電が激化してから、日々心配だった。

これで、新PCの新品バッテリが元気なうちは、怖いものなしですわ。過充電、継ぎ足し充電と高温に注意して、出来る限りバッテリを長持ちさせます。今回は。はい。

PCを日本から持って来てくださったNさま、本当にありがとうございました。停電に負けず、ブログも頻繁に更新します。

ソフトのインストール、WinUpdateやPCドライバ更新のダウンロード。仕事場PCとの同期。これが終わり、データ全体のバックアップ作成。と、電気の時間割とにらめっこしつつ、自宅と仕事場を行ったり来たり。早朝、真夜中。お構いなし。

すっかり、寝不足。睡眠時間帯が不規則になり、体内時計、狂いっぱなし。今日は、ハッシュで走りに行く気力も出なかった。

でもまあ、とにかく、一通り完了した。

今日からは、ちゃんと寝るべ。

悲しき、日本の国策TV

日本国内の皆さん。こちらで、完全英語放送になった、ワールドTVがネット視聴できます。クリック


先日2月1日から、NHKワールドTVが大きく変わった。日本にいる方々には関係のない話であるが(普通、視聴できないから)、我々海外在留邦人にとっては、貴重な日本のTV放送であった@過去形。

以前は、NHK国際放送局(報道局の国際ニュースを扱う部署とは別)が番組制作に当たり、外国人に日本の情報を伝えるための英語番組+海外在住邦人にニュースや安全情報を提供していた。

しかし現在は、完全に、外国人に日本を紹介する+日本の視点の国際ニュースを英語で提供する、国策衛星放送チャネルになってしまった。

国営放送ではない、公共放送たるNHKとは一線を画し、日本国際放送TV(JIBTV)という子会社が番組を制作する、NHKであってNHKではない、別のポリシーのチャンネルになったと云う事だろう。

その現れとして、私企業の提供番組もはじまった。そこには、民放のアナウンサーも出演している。が......が.......徹子の部屋を千倍つまらなくしたような、アクビの出るトーク番組でガッカリ!

日本の最新音楽シーンを、英語で紹介する番組J-MEROは、以前より面白くなった。業界筋のヒット分析とか、興味深いな。また、最近のヒットチャートの中で、自分が共感できるJ-POPは、サザンくらいなものであることが確認できる。日本の音楽に対する、自分のストライクゾーンが萎んでいることが確認できる。洋楽の方に対しては、逆に膨らんでいるのにね。


さて、海外で日本語の番組を見る方法はないのか?というと、あるには、ある。NHKワールドTV・プレミアムという、別の衛星放送があるのだ!こちらの方は、海外の放送局にNHKの日本語版組を配信するための衛星放送だ。別途契約が必要で、(無料のワールドTVと違い)毎月の受信料も発生する。各地のケーブルTV局が一括契約して配信するか、個人で、大型のパラボラアンテナと専用のデジタル受信機を設置し、しかも、事業所名義で契約しなくてはならない。ささやかな、目線の低い生活をしている我が家には、とても無理。

以前のように9時のニュース(英語吹き替え)も、日本語版組の最後の砦であったBSニュースも、全く、完全に消滅したワールドTV。

これからは、日本のTVニュースは、NHKのウエブサイトで、ストリーミングで確認するしかなくなった。

プレミアム放送視聴の初期投資は、多分、新品のMacBookを買うくらいの金額。毎月の受信料は、確か、毎月3千円くらいだったような気がする。それで、大相撲も、天地人も、ピタゴラスイッチも、ためしてガッテン!も見える。全部日本語で。

うーーーーーむ。

野望が。むらむらと。

おとーちゃん、頑張って、稼いでくれぬか。

無理だ.......


ところで、もろもろ、前述の(英語国策の方の)ワールドTVについては我慢したいのだが。無料だし。

一点、許せない。

世界の天気で、以前はカバーされていた南アジアやアフリカの天気予報が、ばっさりカットされてしまった。2/1までは、カトマンズの明日の天気予報や気温も確認できたのに。

ネパールのような小国はともかく、南アジアの大国インドも、見捨てたわけですか!?アフリカも、相手にしないわけですね。

悲しい......というか、寒い。

ビクラム暦の謎

ネパールでは伝統的に、ビクラム暦という独自の暦を使ってきた。この暦の新年は、西暦4月中旬となり、1年12ヶ月である。。

専門的説明はできないのだが、この暦は太陽暦と太陰暦を組み合わせたものらしい。で、地球の自転と暦の間に若干の齟齬が生じるようで、ヴ暦(2009.4.14からはじまる)来年2066年は.....

年末の1ヶ月がない、11ヶ月となるらしい!

なんと大胆な。

カトマンズ盆地のネワール民族の暦。今年から、ネパールにおける公式暦のひとつとしても認められたネパール暦では、数年に一度、1年13ヶ月と、1ヶ月多い年もある。こちらの方は太陰暦であり、月齢を太陽の運行にあわせるため、まあ、理解できるものがある。

毎年、ビクラム暦の公式カレンダーは西暦1月頃、ネパールの天文学や占星術の専門家が会議し、公式見解が発表される。それを政府が、追認して発表となる。

民間カレンダー業者のものは、今月末くらいから販売されるだろう。しかしこれは、たまに、祝祭日が1日程度ずれていることもある。宗教行事は太陰暦で計算され、その日付が太陽暦の日をまたぐことがあるせいだ。どちらの日を祭日にするかは、判断が難しい。

正式の政府公認カレンダーは、この点、心配のない決定版。4月中旬、政府機関や関係者だけに配布される。

ネパールは、やっぱり不思議な国である。

偽物アルコールに、ご注意!

ネパール製アルコールの健康被害、続報。

カトマンズの新聞報道によれば、ネパール人、インド人の密造酒生産者と、偽物ラベル業者が逮捕されたそうだ。ネパールで人気のブランド・ラベルの偽造だけでなく、政府税務局の酒税シールまで作って、深刻な健康被害を引き起こす「偽物ラム」「偽物ウィスキー」を販売していたとのこと。

これで、本物のククリラム、ヴァージン・ウィスキーへの疑念は晴れたことになるのだろう。

ネパールでは、外国ブランドのウィスキーや外国たばこの偽物も出回っている(との風評)。こちらは、「あれ、味が変だな」とか、翌日の二日酔い程度であるらしい。ネパール人に人気の高いジョニーウォーカーやシーバスは、再充填防止キャップを施しているが.....密造業者のテクニックは、スコットランドを凌駕するレベルだ。

信頼出来る小売店や、免税店で買うしか、防止策はない。

ところで、大型スーパーやカトマンズ空港で売っている、ククリの形をしたボトル入りのククリラムは、普通のボトルのものとは、メーカーは同じだがランクの違う商品構成となっている。下戸の私が飲んでも、味の違いを感じる逸品だ。

値段も違うし、持ち帰るには嵩張るという弱点もあるが。

カトマンズのネワール族が、自家消費用に作る手作り・ロキシー(蒸留酒)も、世界に誇ることが出来る文化だと思う。家によって味や純度は違うし、しかも、大人数をもてなす用に作った時と、本当に大切な賓客用のロキシーは、同じ家でもまた違う。

下戸なわたくし、お酒はビールも飲みませぬが、仲の良いネワー友人宅のロキシーだけは、美味しく飲ませていただきます。

一杯だけだけど。沢山のいっぱい....じゃないよ。
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