けぇ がるね?日記

ネパールの首都、カトマンズから発信しています。

2009年09月

ガンジー、暗殺秘話

ダサイン休暇中、ひっそりと更新していた当ブログも、今日から平常営業.....になったのは、先ほど、こんなお知らせが飛び込んできたから。

本日9/29、日本時間夜9時から。NHK総合・ニュースウォッチ9
NHKニューデリー支局・小川カメラマンのリポート
ガンジー暗殺秘話 


小川さんが地道に、足で歩いて集めた情報を報告します。ご覧下さい。 

ダサイン、楽しんでますか?

今日から1週間は、ダサインの休暇である。亭主の会社も休業。一昨日あたりから喉が痛かった私は、昨夜、自転車で帰宅途中、突然のどしゃ降りにつかまり全身ずぶ濡れ泥だらけ。泥よけを外したばかりのマウンテンバイクは、泥はねマシンだもんね。帰宅後シャワーを浴びてココアを飲んで身体を温めたにもかかわらず、敢えなく発熱。沈没している。

さて、亭主は仲間たちとの恒例行事で、今朝、山羊をつぶして肉を持ち帰る。

「オレ、山羊肉だけじゃなくて、キミのための鯖も、マグロも、日本米も、海苔やカレールーだって、用意したよね。

と私に確認を求めた後、現在台所を占拠し、亭主自ら、山羊肉料理中。多分今夜から明日にかけては、ウプレティの母が菜食のため、母と同居で自宅で肉が食べられない弟家族などを呼んで、一族郎党での山羊肉カレー大会を催すであろう。

一方私は毎年、今年も、山羊肉大会は傍観。

息子はおとなしく、山羊料理を手伝っているが、実のところ「母ちゃん、オレたち二人でこっそり、手巻き寿司やろうゼ」モードに入っている。子供の味覚は、母から伝わることを実感ね。

明日土曜日は多分、亭主は車に一族郎等を乗せ、カトマンズから片道2時間くらいのところにある一族の寺に行くだろう。毎年、私は丁重にスルーしている。行ってもつまんないから。

斯様に、ネパール人には楽しいダサインも、異教徒である私には全然楽しくない。そーゆー人間が家族にいることで、亭主も大変な思いをしている。ちゃんと魚を買ってきたりして、気も遣っている。うちの亭主は、みんなに気を遣う、素晴らしい家長だ。私には過ぎた亭主。

ただし同様に、カトマンズで過ごすお正月。家族とはいえ、日本での生活経験のないネパール人と一緒では、私は全然楽しくないんだよね。

と云う事で我が家では、互いの祭りや文化にはタッチしないという和平合意が形成されている。もちろん、心優しい義母を悲しませないよう、ちゃんと祝福をもらいに行くし、最低限の親戚回りはする。でも、必要以上に互いを引っ張り回さない。

さあ、今日一日で風邪を治して、明日からまた、走り込みをしなくては。お正月の東京のごとく車も減る時期なので、ゴダワリ植物園まで往復ランニングをしたい。これが私にとって、ダサイン休暇の楽しみだもんね。

ネパールのみなさんにとって、年に一度のダサインが楽しいものでありますように。日本に暮らすネパール人の皆さんにも、心からお祝いをお送りします。

そして同時に、ネパール人家族と長年、ネパールで暮らす日本人の皆さんのダサインも、心安らかなものでありますように。「山羊肉、勘弁してくれ!」「ダサイン、いつまで続くの?」「ネパ親戚と、全然話があわねー、どーしよー」と、心密かに思う方がいたら。勇気を出してください。私もそうですから。

ダサイン、何が楽しいんですか?

ネパール人の皆さん、怒らないでぇ〜 

そして、子供たちは外国へ

ネパールのヒンズー教徒にとって最大の祭ダサイン期間中は、結婚式の日取りとしても申し分ない。普段であれば、結婚式をして良い時期とそうでない期間があるし、時期はOKでも、新郎新婦の星巡りを見ないと、吉祥な日取りや時間は決定できない。それがダサイン期間中は、力強き女神の恩寵により、24時間全ての結婚に吉祥となる(らしい)。

最近、ネパール国外に住む新郎新婦が、結婚式とダサイン祝賀を兼ねてネパールに一時帰国。という例も多い。

昨夜は、私の以前の職場でお世話になった(ネパール人)先輩のお嬢さんの結婚披露パーティーに夫婦で参加。美しい花嫁。そして、知性と優しさが顔に表れている素敵な新郎。新婦のご両親も、笑顔で迎えてくれた。

若い二人は共に専門職の技術者で 、アメリカで活躍しグリーンカードも取得済み。結婚式とダサインが終わったら、生活と仕事の拠点であるアメリカに戻って行く。新婦の父は

「ネパールはこの先どうなるか分からないが、少なくとも娘は、この国に起こりうる困難に人生を邪魔されない。良かった。良かった」

と、目を潤ませていた。

みんな、ネパールという自分の国を愛している。ネパールの人たちは、愛国心に厚い人たちだ。しかし自分の子供たちには、努力が報われる外国に羽ばたいてほしい!と願う人が少なくない。その結果、夫婦だけが残されて寂しい想いをすることは、親心で「ぐっ」と我慢をする。

私の知り合いで、ネパールのほとんど全ての人たちから愛され、尊敬されているアーティストがいる。彼の子供たちもみんなアメリカにいて、結婚して、子育てをしている。

「ボクも歳をとってきて、孫と一緒に過ごしたいんだよ。でも、息子も、娘も、嫁も婿も、孫たちも、みーんなアメリカ。悲しいよねぇ、ネパールは」

ネパール中に愛されている彼なのに、彼が一番愛する子どもや孫は遠い国にいる。奥さんは一緒にいるけどね.......

ネパールは本当に素晴らしい国だ。

しかし、不条理な、個人の努力が踏みにじられることも多い国である。

先進国に飛び立つ若者たち。見送る両親。

私にも、我が愚息にもそんな瞬間がやって来てほしいけれど。複雑な心境でもある。

私はずっといるけどね。ネパール。最後まで見届ける。 

紙幣の足りない、ネパール

1年で一番お金が市中に出回る時期となって、深刻な紙幣不足に見舞われている。銀行にも紙幣が足りず、ATMマシンが使えない場所がある。それだけでなく、ネパールルピー紙幣の不足を補うため、ネパール中央銀行は、インドルピー紙幣を使い出したそうである。

今更云っても仕方ないが、ネパールという国は、政府が政府として最低の機能さえ果たせていない。

水もない、電気も足りない、紙幣までない.....

こんな状態でも何とかしている、ネパール国民は本当に偉い。逞しい。


さて今日は、夫婦で友人のお嬢さんの結婚披露宴に行っていた。帰り道、カトマンズ市内の女神のお寺をいくつか回ってきた。女神の栄光をたたえるダサイン祭り期間は、どの女神寺院も長蛇の列だが。夜は人も少なく、スムーズにお祈りできた。

秋の日は日々深まり、祭りが街にやって来た。 

ダサイン、進行中

最近、ブログに書きたいことがない。ということで、ネパールの空の下トップページには「ダサインおめでとう!」でフタをして、ブログはダサインまったり進行と云う事でご容赦願いたい。

Dsc_0559さて、先日の マラソンの写真が届いた。亭主友人の、プロカメラマンが撮ってくれたもの。

雀百まで踊り忘れずと云うが、ゴールの国立競技場に走り込む自分の姿が、実に、阿波踊りをしているのにビックリした。同じアホなら走らにゃ損々!というところか。

先祖代々阿波の国の血は、カトマンズでも発揮されているようだ。 

この他にも、家族3人胸にゼッケンをつけて笑う写真もあり、年賀状用に使えそう。息子も17歳となり、親と一緒に写真を撮られたがらない。貴重な家族写真だ。

さて、ネパール国内、1年で一番現金が流通するこの時期、紙幣の印刷が間に合わず、全国的に現金が不足している。一部地方では、供与を支払いたくても現金が銀行にない事態が発生している。カトマンズでは、銀行ATMマシンに現金が足りない。残高あっても、カードでお金を引き出せない事例を聞く昨今である。

カードのキャッシングを頼りに、現金やTCをほとんど持たずに来た旅行者の方たちは大丈夫だろうか?ダサインの休みに入る前なら、銀行のカード発行部門に行けば、手作業でキャッシングもしてくれるが。英語が出来ないと、大変だろう。

文通、未だ健在

仕事場で、仕事がヒマなので、カトマンズのFMラジオを聞きながら、仕事以外の原稿を書いている。

ネパールのラジオでは、文通相手募集の紹介コーナーがある。

「国を愛して、悪い習慣に染まっていなくて、将来も染まらない人。そして、楽しいときだけじゃなくて、困難な中でこそ友情を発揮してくれるような人と、友だちの縁を結びたいです。ボクの住所は......」

なんてお手紙が紹介されていた。この手の御仁は、結構いる。

ひとこと云いたい。

「あなた自身は、そんなに立派な人なんですか?」

番組に電話をしてきた見知らぬ二人を会話させ、友人としての縁結びをして、互いの電話番号を交換させるスタイルもある。もちろん、個人情報に至るまで、ラジオの電波に乗せる。 

この国では、住所、メアド、電話番号、携帯の番号まで、個人情報は世間に晒されている。見知らぬ人には絶対教えない私の携帯に、全然面識ない人から突然電話がかかってきたりすることもある。ネパールの人間関係では、他人の個人情報を第三者に、ホイホイ教えてしまうことは普通だから。どこかから、耳に入るんだろうね。

しかも、会社や自宅の固定電話に電話せず、いきなり、携帯にかけてくる。

友人でも、知り合いでもないのに。面識ないのに。固定電話の番号も知っているのに、携帯に電話かけてくる人は、殆どの場合、ちょっとご勘弁なのだね。ここの社会では。もちろん、きちんとした礼儀で連絡してくれるなら良いのだが。

反対に、こちらから、見知らぬ人に電話しなきゃならぬことはよくある。仕事柄。でもそんな時は 、出来る限り、共通の知り合いにまず仲介の連絡を入れてもらったり。真剣にこちらの自己紹介をしてから、話をすすめたり。まあ、そーゆー「技術」も仕事のスキルだからね。

ところで、ネパールのお友だち紹介番組。ホントの友人が見つかるのかな?長寿番組だったりするので、こちらの狭い領分の方が、ネパールでは間違っているのかもしれないね。 

カトマンズ・マラソン'09

他にはないような祭りが、ハリガオン(カトマンズ市内の地名)にある。というネパールの諺があるが......世界の他にはない「とんでも」マラソンが、カトマンズにはある!恒例のカトマンズ・マラソンに、今年も参加してきた。


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今年は以前の2回に比べて少ない参加者、約2千名が、フル、ハーフ、5km、車いす3kmコースを走った。例年通り5?の参加者がほとんどで、フルとハーフマラソンは、それぞれ百人ずつの参加だったらしい。去年、5km加者の中からショートカットで走ったランナーが続出。このカテゴリーの優勝者が決められなかったことがきっかけで暴力的衝突が発生。この事態を憂慮した大口参加の学校毎のエントリーが、今年は非常に少なかった。

スタートでは、レース特有の高揚感に包まれた。顔見知りのランニング仲間たち。知らないランナーたちと一緒に、お祭り騒ぎ。みんな、笑顔いっぱいである。フルとハーフは同時スタートだったが、今回は妙に外国人が多いな......と思ったら。何てことない。長距離部門への、ネパール人参加者が少なかったのだ。

さて、今年はカトマンズ〜バクタプール道路工事中のためコースの変更があった。国立競技場前をスタートし、カランキ交差点からリングロードをサトバトまで走り、ここからパタン市内に入ってタパタリ大橋を渡り、ジャイネパール映画館のところを左折してタメルの入り口まで。ここからカンティパトを南下し、ジャマルを左折。王宮通りのマヘンドラ銅像を回って時計台通りを南下。バドラカリを回ってサヒドゲート。そして競技場に入ってトラックを3/4周してゴール。

が、ハーフ。フルは競技場前から同じコースをもう一周(2周)して、競技場トラック。

例年通り、交通は止められなかった。特にリングロードでは、迫ってくる路線バス。ランナーの前で突然停止するマイクロバス。砂埃、土埃、排気ガス。日が出ると30℃を超える暑さがランナーを苦しめた。

コースのアップダウンも少なくない。

それでも前回までと比べ、コースを指示したり、交通を出来るだけコントロールしようとするボランティアの姿が沢山あり、この点よかった。

今年は体調が悪い中での参加でもあり、ゆっくり、完走だけを目指してハーフを走った。途中、香港から参加した人。はるばる日本からのランナーさんなどとエールを交換しつつ、楽しんだ。それにしても、この過酷な条件にはじめて飛び込んだ外国人ランナーたちの多くは苦しそうだった。

「埃、スピード緩めないバス、水だけでしかも給水足りない。あああ、カトマンズの高度で空気も薄い。普段の自分と全然違う。走れな〜い。どうぞ、お先に」

と、何人もの外国人男性ランナーたちがしばらく併走したあとコースを譲って、追い越しさせてくれた。

5kmほどの地点では給水所で、私が取ったコップが最後の水で(後続ランナー沢山いたが、水終了)、香港ランナーさんと半分ずつのんだり。他の場所では、水はあっても紙コップがなくて水が飲めになったり。というのは、当方了解済みのシチュエーション。スポーツドリンクを詰めたボトルを持参で走って、今年も正解だった。

ゆっくりペースであったものの、5km毎のラップ・タイムを取ってイーブンを心がけたため、残り10km区間で先行ランナーを何人も追い越す。マラソンで、後半「追い抜く」のと「抜かれる」のでは、気分が違うもの。

競技場が見えてきて、併走していたフルに参加のネパール人女性ランナーから「いーわねぇ。姐さん、もうゴールよ。私なんてもう1周。あああああ」と、エールをもらう。今回ハーフ参加で、本当によかった!と、心から思った。普通フルを走るときは、ハーフ地点ではまだまだ余裕あるもの。しかしカトマンズでは、フルのゼッケンをつけたゆっくりランナーたちは、既にグロッキーの様相が多かった。

競技場に入ると、5km加で自分のレースを終了していた亭主と息子からもガンバ!のコール。トラックでアルゼンチン人の男性ランナーと並び、「タンゴ、タンゴ!」と、一緒にラ・クンタパルシータを口ずさみつつ最後まで楽しいラン。ゴール前の直線に入り、キツメの流しのつもりでダッシュ。

2時間19分44秒と、去年より9分遅いタイムであったが、復帰レースとして、楽しんで、余裕を持って完走できたから良しとしよう。ハーフ女子では9位だったが、はて、全員で何人?

フルに参加して完走したランニング仲間によれば、国軍や警察のアスリートがゴールに向かったスタートから2時間前後で、給水所は撤収。2週目は孤独で、暑くて、排気ガスと埃もうもうで、バスと併走のリングロードで死ぬ思いだったとのこと。1週目は1時間40分で走った俊足の友人でも、2週目は2時間50分もかかったそうだ。

カトマンズマラソンは、過酷な中でも3時間前後でフルを完走する人のためで、我々ファンランナーにとってはハーフが正解と実感した。ネパールのアスリートたちにとっても、給水が水だけなので脱水、塩分不足のため、ゴール後倒れる人もいた。

レースの時期も、秋のダサイン大祭の直前。西暦では年によって、2週間以上前後する。今年は9/12と、暑さが残る時期というのも良くなかった。せめてあと2週間後なら、気候もましで、走り込みも出来たのに。来年は10/2と、条件ベターになる。

とまぁ、いろいろ苦言が続いたが、ネパールで数少ないマラソン大会である。タイムを気にせず、お祭り気分で参加する貴重な機会である。


さて、この日午後は、週末恒例のハッシュ・ランである。朝のレースを完走した多くの仲間たちが、午後はパタン郊外ダパケルに終結。郊外の野山の景色も堪能した。私も自転車漕いで参加し、さすがに走るのは遠慮して、歩くチームの方に参加。

久しぶりに身体をくたくたにして、その夜は爆睡。健康に感謝。

 

母語、母国語、第一言語

日本で日本人の両親の元で生まれ育ち、日本に住む日本人の方たちにとっては、ほぼ100%、母語 も 母国語 も 第一言語 も日本語であろう。

しかしこれが、多民族国家で、しかも私立学校における英語教育が徹底しているネパールになると、かなりややこしい話となる。例えば我が息子の

物心つく前後から母が語りかけていた言葉としての母語は日本語であるが、家庭内の会話がネパール語であったため、日本人の母もネパール語を使う頻度の方が高く、息子の母語は、判定でネパール語。

一方、息子にとっての母国語となると、彼はネパール人であるため(息子本人も自分はネパール人と認識) 、現在の状況からすれば、ネパールの公用語としてのネパール語。

しかし、息子の第一言語となると、喋る言葉としてはネパール語であるが、読み書きの言葉としては、学校教育でたたき込まれた英語が一番楽であり、能力も高い。 


何故こういう事を書くかと云えば、副大統領やマデシ(インド国境に近い) 出身閣僚が、東西に長いマデシ複数言語社会の共通語のひとつであり、インド公用語のひとつであるヒンディー語で就任宣誓を行った問題を考えるからだ。

現実問題として、彼ら/彼女らの家庭内で、ネパール側に済む父系家族は日常的にマイティリー語やボジプリ語で会話していて、母親はインド側の同族社会から嫁入りしていてヒンディー語が一番楽に喋れることもある。この場合、母親は自分の赤ちゃんや乳幼児に ヒンディー語で喋り書けるだろう。一方子どもは、父、祖父母や近所の友だちとはマイティリー語やボジプリ語で喋り、学校に行けばネパール語や英語で教育を受ける。娯楽として北インドのヒンディー映画やTVを見続けるから、ヒンディー語も流暢になる。そして高等教育を受け、ネパール政府の役所などに就職すれば、公文書の上で、(一般のネパール語より難解な)役人言葉や表現を使ったネパール語の世界で生きて、能力あれば出世していく。

ネパールの国会議員は、特に現在の憲法制定のための議会では、(包括的な憲法制定のため)多様な背景をもつ議員が意識的に集められている側面がある。であるからして、中には、ネパール語での会話や読み書きが不得意な人がいてもおかしくない。

さて、就任と同時に(いや、選出直後から)いろいろと問題続きのジャー副大統領であるが、彼は元ネパール最高裁の判事である。非常に高等なネパール語を駆使できないと、就けない地位にいた。

そのジャー氏は、報道によれば、家庭内ではマイティリー語とネパール語を使っていると云われる。 

ネパールに住む外国人たる私の目から見ると、ジャー副大統領が、自分の母語(ネパール語で云うところのマートリ・バサ)としてヒンディー語での宣誓を正当化するには、論理のすり替えがある。 彼は正々堂々と、

「自分はヒンディー語をネパールの公用語=母国語のひとつとして、ネパール語とヒンディー語を同等の地位にすべきだという(政治的)立場を代表して、ヒンディー語で宣誓したのだ」

と、主張すべきである。 さすが法律専門家。論理が一貫している。と、一部からの評価を受けるだろう。ただし同時に、副大統領という、国の象徴の一部が、特定の利益を代表していいのか?という問題も生じる。特に、ネパールの公的場面におけるヒンディー語使用は、インドの言葉、強いては大国インドの、隣国ネパールに対する政治介入や覇権的支配を連想させることは否定できない。


ネパール全国的に見れば、共通語として一番普及しているのはネパール語であろう。ただしこの場合のネパール語は、ブラーマン族チェトリ族を中心とする人たちの話す・書く、スタンダートなネパール語ではなく、各民族の訛りがあり、文法的にもゆらぎが見られる形での、意思の疎通ツールとしての大ネパール語である。 

正しいネパール語の伝承は大切だが、ネパールという国の形を語るとき、正しいネパール語に拘りすぎるのも、原理主義的に見えて賛成できない。ネワール語訛りのネパール語。山岳民族のおばあちゃんの喋る、文法メチャクチャなシンプルなネパール語。もろもろ、いいじゃないか。意思疎通の「ツール」としての大ネパール語は偉大なり!

今後、ネパールという国が、各民族の文化・言語を尊重した上で、大ネパール語国語文化圏として国造りを進めるのか?それとも、共通言語を複数認めた上での国家再構築に取り組むのか?ネパール人自身による論議とビジョンが不可欠な問題である。

しかし、我が家も含めて、子弟には英語教育を!という有産階級的・現代的風潮が強いこの国で、真剣かつ前向きな母語、母国語、公用語論議は期待できないのでは?という不安もある。

南の隣国の言葉を公的な場面で耳にすることに対して、文化的以上に、政治的なものを感じてしまうネパール。大陸では、言葉は文化であり、多様な人々を結ぶツールであり、政治的な武器にもなる。

やっぱり、な、予感

来週末9/12は、第3回カトマンズ・マラソン。今日は午前中、かねて申し込んであった我が家3人分+ハッシュ仲間の中学生ランナーのゼッケンと参加賞Tシャツを取りに行った。

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今年はゼッケンが、雨に濡れても破れない(去年は無惨に雨で溶けた)薄いビニールシートになっていたり、改良が見られる。ゼッケン引換所は閑散として、たった1台のパソコンでシステムを管理し、要領の得ないオペレーションのため、4人分の受け取りに15分程度かかった。

「今日の午後から明日土曜日は、一度に引き替えが殺到するだろうに、大丈夫?」

と聞くと、明日からはパソコンが5台に増えるということ。パソコンの数の問題だけではない気がするが..... 人が少ないうちに来ておいて、良かった。

さて、今年はカトマンズ〜バクタプールを結ぶ道路が工事中のため、マラソンルートも変更されるそうだ。ゼッケン引き替えの時までには決めて、ルートズも渡しますと云う事だったが、案の定、まだ未定らしい。

責任者の部屋を覗くと、アメリカからやって来た観光客が

「何故給水は水だけなんですか?電解質を含んだスポーツドリンクがないと、ハーフやフルの後半は、この暑さもあって倒れてしまうじゃないですか?」

と、主催者に攻め寄っていた。思わず、

「その水だって、ただ単に20リットル入りの巨大なボトルと紙コップがあるだけで、ランナーが自分で注ぐのよ。 でね、交通規制が為されないから、路線バスやタクシーにまみれて走るのよ。排気ガス吸いながら」

と、去年までの状況教えたら、主催者から睨まれた。 

「今年は交通規制すべく、警察と話し合いを続けてるんですっ!」 

って、去年も一昨年も云ってたよ、キミたちぃ。第一、未だコースだって発表していないじゃない。 

それを分かっていて、それでも参加するワタシら在住者はいいとして、観光客の人には、ちゃんと出来ることと出来ないことを伝えなきゃね。しかも彼ら、フルマラソン走りたいとか云ってるから。大事にしてあげようよ。お客さんなんだから。 

と、他人の心配も程々にして、自分も21kmちょっと、無事に楽しく走りきろう。今年はタイムは気にしない。とにかく、ハーフマラソンを完走すべぇ。 

カフェ、急増の理由

最近のカトマンズ市内、パタン市内。伝統的なチャ(煮出しミルクティ)ではなく、インスタントのコーヒーでもなく、ネパール産や、外国から輸入した豆を使ったドリップ・コーヒーを飲ませる喫茶店。いわゆる「カフェ」が増えた。イタリア製のマシンで淹れたエスプレッソや、カプチーノ、カフェラテなんぞも楽しめる。

それだけでなく、ここ数ヶ月、ラテアートの入ったコーヒーを出す店が急増中である。洒落ているだけでなく、味もなかなか.....

こういう流行や、ラテアートの技術など、どこから入っているのかな?と思っていたら、今日、こんな話を聞いた。情報源は、旧知の珈琲屋さん。

中東ドバイやサウジアラビアのスターバックスでは、ネパール人も働いている。で、彼らが、彼の地で、スタバ方式のコーヒー技術を身につけて帰国。そんな彼らが自分で、カトマンズやパタンでカフェを開くこともある。競争の激しいカフェ業界で、お店のチーフとして雇われることもある。で、カトマンズで、洒落たコーヒーの技術移転が進んでいるそうだ。

ふ〜ん。なるほど。納得。 


これまでのところ、ホットコーヒーを中心にした展開である。しかし近い将来、アイス系の、スタバっぽいバラエティも普及するだろうか?えっ、タメルのジャバがあるだろうって?ちょっと違うよね。味が。

アイスの場合、クリームや氷の衛生問題がある。停電と冷蔵庫の関係もある。しかし多分、そのうち出てくるよ。誰かがはじめたら、ばーーっと広がるだろう。

問題は......カロリー。だな。

月に1度くらいなら、いいか。高カロリー系クリームたっぷり冷たいコーヒー愛す! 

コペンハーゲンは、遠い

昨日今日の2日間、カトマンズで、気候変動に関する南アジア大臣級会議が開かれていた。今年12月にコペンハーゲンで開催される、気候変動に関する国連会議COP15での、南アジア地域の提案議題を決定するためのものであった。

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会場は、カトマンズ郊外の高級ホテル。開会式にはネパール首相も出席し、賑々しいものだった。資料やDVDなども大量に無料配布され、会議の合間にはお菓子付きのコーヒー/紅茶が振る舞われる。ランチも豪華。会議場は冷房が効きすぎて、半袖で行った私は凍える思いだった。

世銀、アジア開発銀行、デンマーク政府、英国政府国際開発省などの支援で、潤沢な予算があったと見える。

しかし、その結果は、芳しいものでなかった。 

コペンハーゲン会議へのステップとして、南アジア諸国が気候変動という大問題に足並みをそろえる「カトマンズ宣言」が採択されるはずであったが、参加諸国の合意をまとめることが出来なかった。インドやパキスタンなど、この地域内の主要諸国は、大臣級会議なのに大臣が参加していなかった。BBCの報道によれば、インド政府代表団などが

「我々は国を代表して、共同声明に署名する権限を持っていない」

と、拒否したのだという。南アジアの大国であるインドの環境大臣は先日、北京に赴き、中国政府とのトップ会談を持ったばかりだ。インドは中国との2国間協議は重要視するのに、ネパール会議には冷淡なのは何故だ?と、会議前日の記者会見で、私はネパール政府環境省に(記者会見で)質問した。 

この会議担当の次官補からは、インドからの代表団も、政府を代表するに値する立場の人たちだと回答を受けた。 シャルマ環境大臣からは、いろいろ不手際があるが、そこは、なんとか、好意的にとらえてほしいと、誠実な言い訳をいただいた。この大臣、イヤミじゃなくて、本当に誠実な人柄だと思った。元々は法律の専門家だそうで、畑違いの責任者になって、居心地悪そうな雰囲気ながら、真面目に取り組んでいる人柄が見えた。

しかしながら、今回のネパール政府主催の会議は失敗に終わり、我々は、予想していたこととはいえ、失望した。

今回、バングラデシュを代表する立場にいた国会議員はメディアの問いかけに対し

「コペンハーゲンでの気候変動会議まで、もう、残された時間はない。我々南アジア諸国は、乗るべきバスに乗り遅れたようなものだ」

と、失望感を隠さなかった。

ネパール・ヒマラヤにおける氷河の縮小。決壊洪水の危機に瀕する氷河湖の現場と、無意味に豪華な会議場の差が、腹立たしかった。外国ドナーも、この会議については、無駄な支出をしたものだ。 


開会式の直後、ネパールの子供たち代表による「次世代のための環境保全」のアピールがあり、ネパール首相も熱心に子供たちの声を聞いていた。

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ネパール政府は、背伸びした国際会議などじゃなくて、こういう子供たちや、実際に気候変動の脅威にさらされているヒマラヤや、山地の村や、タライの村の人たちの、生の声を聞くべきではないだろうか? 


明日9/2は同じ会場で、ネパールの問題を話し合うネパール国内会議がある。ここには政治家や役人だけでなく、現地に足を運ぶ専門家や、現場で活動する環境アクティビストも集まる。政府の無策に絶望するだけでなく、一縷の望みを信じて、冷房対策のパシュミナショール持参で出席しようと思う。

タクシーこぼれ話

毎月頭は、ネパール在住邦人共同お題。9月は、ネパールのタクシーについて語ろう.....で、ごわす。

私がネパールに通い始めた1980年代は、カトマンズでもタクシーが極端に少なかった。しかも、60年代のカローラで、メーターもついていなかった。全て交渉制。しかも雨降りや夕方になったりすると、乗車拒否されまくり。

それと比べれは、今のタクシーは小型車だけどそれほど古くないし(インド製車種だから、長持ちしない!?)、メーターはついてるし、数も飛躍的に増えたし。

それでも最近、タクシーに乗る機会はほとんどない。その理由は
1.値段が高い
2.運転が無謀で怖い

例えば、自宅から仕事場まで5kmほどをバスで移動すれば15円だが、タクシーに乗ると、その12倍以上の乗車料になる。たまになら仕方ないに、日本の金銭価値で考えたら大したことないけれど、カトマンズの稼ぎでは厳しい。これが、カトマンズ市内、ラジンパットなど北の方への移動になったりすると、往復で象(ネパールの最高額紙幣、裏に象が印刷)がほとんど飛んでしまうことだってある。

また、カトマンズのタクシー運転手さんには、田舎から出てきて他に仕事がなく、田舎で取ってきた運転免許を頼りにタクシーを転がしている人も少なくない。対向車線に大きくはみ出したり、逆に、進行方向左側からの追い越しなど平気。ポケットに「スペアの命」を隠し持っているような運転を平気でやってのける。しかも、首都圏の道を知らないことも多い。

特にカトマンズ中心部の道路は慢性的な渋滞で、エアコンもなく、排気ガスと砂埃もうもうの道路で、煮染めたような色の座布団をシートに置いたタクシーに座っているのは、ザ我慢大会になることもある。加えて、

「ねー、姐さん韓国人?中国人?えっ、ニホンジンなの。ねー、オレ、出稼ぎに行けないかなぁ。いくらくらい稼げるのかなぁ。ねー、どうすればビザが取れるのかなぁ。ねーねーねー」

と、ずーっと後部座席を振り返りながら運転するあんちゃんもいる。黙って前向いて運転しろよ、(゚Д゚ )ゴルァ!!と、叱る羽目になることもある。

マウンテンバイカーになり、自分で運転する自転車を得て、心の平安を得ている昨今。自転車では行けない場所や荷物があるときは、出来る限り、我が事務所車の動線と併せ、片道だけでも、途中まででも乗せてもらう。

旅行者の頃は、気軽に使えたカトマンズのタクシーなのに。


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