けぇ がるね?日記

ネパールの首都、カトマンズから発信しています。

2009年11月

再びの、バンコク・マラソン

去年に引き続き、やって来ました。11月22日の、バンコク・マラソン!

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高温多湿のタイでは、ランニング大会のスタートは真夜中〜早朝です。特にフルマラソンの場合、丑三つ時に走り出し、夜明け直後にはゴールという図式。今回も、真夜中3時半。タイ王宮前広場から、42.195kmの旅が始まります。

去年ははじめての参加であり、ライトアップされた王宮前に集まったランナーの「中のひとり」であることに大興奮でしたが、今年は何だか、「ああ、いつものことだよね」と、普通な気持ちだったことに驚きました。

今回はとにかく、1kmを6分(時速10km)で最後まで失速せずに走ることが目標です。このペースだと、4時間13分が目標タイムとなります。走り始めはオーバーペースになりやすいので、特に注意。押さえて。押さえて。先は長いんだから......

今回も、バンコク走遊会の皆さん。あの方、この方に追い抜かれ、追いつき、併走させてもらい。20km地点では、走遊会私設エイドで、疲れにうれしい梅ジュースとお菓子セットをいただきました。Toraさん、今年もありがとう!!

全行程の半分を過ぎたあたりで、km6分をきっちり刻む外国人青年と一緒になりました。聞けば、初フルマラソンに挑戦中のドイツ人。さすが、冷静・正確な国民性。ご挨拶して、併走させてもらいました。しかし、28キロのラマ8世大橋を渡るあたりで、彼は後方に遅れていきました。今度はスエーデン人男性ランナーと併走。これまた北欧の手堅い走り。が、35kmあたりで彼もスローダウン......

と思っていたのですが、ゴール後タイムを確認したら、私のペースが上がっていたのでした。レース中、自分の時計でラップも確認していましたが、「あれ?距離表示が短くないかな?」と勘違い。まさか後半、ペースアップできるなんて。思ってもみませんでした。

前後のタイ人ランナーと、片言のタイ語で声をかけつつ走ります。カオサン通りにも近い、偉大なるラマ5世像をぐるりと回ります。このあたり、去年はタクシン派が占拠していて、迂回路コースに変更でした。2年越しで、やっと走れましたね。バンコクの正規コースを。気持ちいい!

とはいえ、そろそろ40kmを越えたかな?と思っていたら39kmの表示でガクッ!その後も、なかなかゴールが見えません。王宮の裏、チャオプラヤ川に沿った道をぐるぐるぐるぐる回された感じです。

そして、路上に巨大なペプシ缶のオブジェが見えてきて、ここを曲がれば、やっとやっと、ゴーーーーーールです。だーーーーーっ。

4時間8分28秒。

去年バンコクで出した自己記録を、21分も更新してしまった。

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なんか、ゴール後の写真の方が、スタート前より「強そう」なんですが.....

ホテルに帰ってゆっくり休み、午後クールダウンで2kmほど、歩くようなペースで走って、夜は走遊会の皆さんと打ち上げでした。ここ3ヶ月、走り込み期間中は控えていたビール。大変、大変美味しゅうございました。

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心地よい疲れと、ほろ酔いで熟睡し、翌朝、もーちょっとで飛行機に乗り遅れるところでございました。ほほほほほ。わたくしとしたことが!電話で起こしてくださった(同じホテル滞在だった)Oさん、Mさん。ありがとうございました。持つべきものは、走友ですね。ホント。

と云う事で、既に、タイを出国してます。どこに流れていくことやら。自分。

性別疑惑、ここにも!?

今日は早朝、夜明け前からランニングの朝練。在バンコク・ランナーの方たちと一緒である。午後、在バンコクの先輩にお願いして登録完了していたバンコクマラソンの、ゼッケンを引き替えに、みんなで行った。場所は伊勢丹も入っている、市内中心部の商業施設。

何も問題なくゼッケンが来た.....あ゛、あれ?記号がMじゃないか。これは男性用(Male)。しかし窓口の係員男性は

「男女の別はありません。MはマラソンのMです」

と云って聞かない。しかし、他の女性ランナーのものはF頭文字(Female)。計測チップについているシールに私の名前と、Maleの性別表記。がーーん!

登録時、男性扱いになっていた。他にももう一人、同様の男性登録の女性ランナーもいて、窓口で押し問答の末、責任者の年配女性が一旦登録抹消/再度時女性で新規登録してくれた。タイの場合多くは、現場を仕切っているのは女性であることが多いね。

やっとの事でF頭文字で、私の年齢グループのゼッケンを勝ち取り、ガックリ疲れ果てた。同じく問題解決したもう一人の女性ランナーさんと、小さくガッツポーズを交わすのがやっとだった。

それにしてももうちょっとで、男性ランナーとして走らされるところであった。新規登録の内容は今夜システムに打ち込むそうなので、明日、再度、チップを持参して確認してみよう。ちょうど他にも、そのあたりに用があるし。

これでタイのレースは4度目だが、思い返すと、前年のバンコクマラソン以外の3回は間違ったゼッケンを渡され、擦った揉んだがあったわ。今日も窓口の人は英語理解できず、彼らの登録システム自体も理解しておらず、タイ語でないと通じない。在バンコク日本人である先輩の、タイ人友人ランナーがたまたまそこにいて、その人が英語堪能だったので助けてもらった。

トラブルも多いが、救いの手もまた必ずあるのがタイランド。というか、長年多くのタイ人ランナーと仲良く信頼されてい先輩の「伝手」を掴んでいるからであって、アジアはどこも、コネクションが重要だ。

さあ、いよいよ、マラソン本番が近づいてきた。 

貨物扱いで戻る人もいる

これまで19年間、ネパールで突っ走ってきた。しかし、最近、何とも云えない閉塞感がのど元までこみ上げてきて。耐え難くなってきた。今日から2ヶ月、ネパールを離れることにした。

家庭は円満です。その点だけは、ご心配なく。

さて、カトマンズ国際空港の出発ロビーは、もう、満杯。見たところ、座席の数の3倍くらいの人が詰め込まれている。外国人観光客以上に、田舎から出てきたばかりのネパール人男性で「むんむん」している。海外への出稼ぎに向かう人たちだ。東南アジアや中東の景気は冷え込んでいるはずなのに、どこに向かうのか?もしかして、発展が続くアフリカ?出稼ぎの人たちが握りしめたボーディングパスは、西に向かう便のもののようだ。

カトマンズの雑踏の中でさえ、まごついてしまいそうな感じの男性もいる。見知らぬ国で彼らを待つ仕事や生活の、歯車がひとつ狂ってしまえば。言葉の通じない外国で、自分のことを守れるんだろうか。他人事ながら、心配になった。

外国人観光客の多いタイ航空の乗客は、片隅に押し込まれる。まるで、通勤列車のよう。誇張でなく。行きが苦しい〜っ!

さて、待合室の真ん前に止まったタイ航空機体前方の貨物室から、貨物扱いの荷物が下ろされていた。ブルーシートがかけられた貨物の、一番上に.....えっ?

どう見ても、棺桶としか思えない形状の、長細い。木の箱があった。出稼ぎ労働者が海外で事件事故に巻き込まれ、遺体として帰国することもある。そんな不運な人の棺なのだろうか。

無謀とも見える希望を抱えて旅立つ人がいれば、貨物扱いとなって無言の帰国をする人もいる。そんな人生が交錯する、国際空港の毎日。

ああ、やっとボーディングの声がかかった。狭い通路で、最後の、おざなりなボディチェック。こんなチェック、やった意味があるんだろうか?と、乗客から不満の声があちこちで上がっていた。

突然の交通封鎖、ゼネスト、大気汚染、水不足、停電で観光客に試練を与えるネパール旅の最後の締めくくりは、空港待合室での家畜扱い。2011年はネパール観光年だそうだが、せめて、乗客を人間扱い出来る空港施設に拡充してほしい。深い、深いため息が出た。

タイ航空で3時間、巨大なバンコク・スワンナプーム空港に着き、心なしか、肩のあたりが軽く感じられる。しばらく、しばらく、ネパールのネの字も思い出さないぞ! 

大統領府、王宮化か?

私が密かに私淑する、谷川先生のサイト。ネパール大統領府の職員に、勤務中の民族服着用の大統領令の記事

かつてこの国に王室があった頃、王宮の敷地内に足を踏み入れるネパール人は、民族服の着用が強制されていた。最大限譲歩しても、男性はトピーという民族帽は必須であった。

王室職員は全員、上から下まで民族服。オレたちは、庶民とは違うんだよ!的に、王さまの威を借りて、肩で風を切って歩いていた。まあ、そういうものが権威であろうし、心正しい人は正しく権威で世間の尊敬を集め、そうでない人はそうでない。どこの国でもあり得ること。

さて、おっちょこちょいの私は、大統領府をかつての王宮のような「服装コード」で権威づけるための動きか?と勘ぐり、早速、大統領直属の某補佐官(プロトコールとしては国務大臣と同格)の携帯に電話してみた。彼は、こんなに偉くなるずーっと以前からの仲良し。

「ねーねーダイ(兄さん)、兄さんも民族服着てるの?」

「がはははは。それは、公務員たる職員だけだよ。彼らは毎年、服装費を支給されているからね。ボクたち特別職は、以前のまんまだよ。民族服じゃないよ。それにしてもバイニ(妹)、何でそんなこと気にするの?」

「大統領府が、昔の王宮化してきたのか?と気になったからよ」

電話の向こうで、一瞬、ギクッ!とした雰囲気を感じた。


ヤダブ大統領は元々、コングレス党コイララ党首の懐刀のアシスタントくらいの役割を、誠実に務めてきた政治家であった。議会から選出された選任国家元首として、当初は「安全パイ」と目されてきた。

それが、国軍参謀長の解任取り消し以来、政府を超越し、当時のダハール首相を辞任に追い込むなど、政治的手腕が急速に、凄みを増してきている。政府や、コングレス党コイララ派との力関係に変化を感じる。

元々医師であり、国内外のことをよく理解する知識人であったヤダブ大統領に、潜在的能力があった。加えて、地位は人間を作り上げるもの。かつてのヤダブ氏と、今のヤダブ大統領は同じ人間であり、違う立場と権力を手中にした存在である。これに仕上げを加えるとすれば、権威付けであろう。

権威は形式を生み、服装コードという形式がまた、権威を再構築する。そうしてぐるぐる回っていた王室と王宮権威に取って代われるのは、大統領と大統領府が、現在最前列にいる。

現在マオ派が「大統領の権限を見直すべく国会で審議すべし」と主張しているのも、こんな背景がある。

シンガポールで病気療養中のコイララ元首相と、急遽彼の地に飛んだダハール前首相は、コイララ氏の帰国直後に対処すべく妥協点の合意に達したとの報道もある。しかし、これ以外の政治勢力がどう云うか?

マオ派政党の活動家以外、市民からは冷ややかな目で見られているマオ派の街頭抗議活動第三波も、来週から再開されると云われる。マオ派自身、市民の支持なしに続けていくのは辛かろう。このまま街頭と国会が空転を続けると、予算も承認されず、来年5月末の新憲法公布も不可能となりつつある。

いつものネパール式に、最後の最後のギリギリで、今回も辻褄を合わせるのだろうが.....もやもやとして、不安である。
 

不眠症に効く、冬のネパール

ネパール秋から冬の季節の風物詩、ネパール俳句の季語にも定着しつつある(ウソ)計画停電が、明日水曜日から延長される。1週間あたり16時間

現在、週に6日。毎日夜2時間ずつの停電が、週に2日昼間に2時間ずつ追加されるそうだ。くわしいスケジュール表は、明日にも公開されると思う。

今年はインドからの送電網が稼働しているため(去年は大洪水で流出していた)、去年ほど過酷な停電にはならないだろうと云われる。それでも最長、1日10時間〜12時間の停電が予測されている。

生活や業務に深刻な困難を生じる 停電ではあるが、一点、素晴らしい側面がある。それは、夜、ぐっすり眠れること。停電前に炊事や夕ご飯を済ませ、停電で暗いと、自然な眠気がやってくる。そして睡眠も、深くなるような気がする。眠る前に明るい部屋にいることが、睡眠障害の一因になるらしいが。暗いと、幸せな睡眠をゲットできる。

不眠に悩む皆さん。この時期、夕方〜夜の暗いネパールに来てみてはいかがだろう。旅行会社さんも、ゆっくり眠れるネパールツアーなんて、いかがだろうか?もの悲しい長時間停電を、売り物にすることは出来ないだろうか? 

閣議は踊る?

世間的には、マオ派による「文民統制を掲げた、大統領への権勢抗議活動」やら、「新憲法起草」などが深刻な問題なのだが.....元々山屋であり、この国の文化と大自然が本籍地である私には、別の関心事項があって困る。いや、別に、困ることもないんだけど。

そんな私の関心事項のひとつに、地球規模の気候変動からヒマラヤの環境を守る!という事がある。メディアの人間として伝えること。そして、今年6月の氷河湖マラソンのように、自分もキャンペーンの当事者として参加して、自分の身体で痛い目を見ながら考えたり、アピールしたりする。

さて、ネパールでも、12月のCOP15国連気候変動会議@コペンハーゲンを前に、官民によるキャンペーン活動が一部で(あくまで、一部の話)盛り上がっている。

ネパール政府としては、当初この問題の担当であった環境相が、カトマンズにおける南アジア会議の失敗の結果か?担当を森林土壌保全相に変更というドタバタ。

加えて、海面の水位上昇で国土が沈没しつつあるモルジブ政府が水中閣議を開いたことに影響を受けたのか......ネパールは大臣うち揃い、エベレストのベースキャンプで閣議を開いて、ネパール政府の意気込みをアピールするぞ!とぶち上げたのは良いものの、首相の病気やカトマンズの政情を受け、先週の予定が延期。今週の予定も囁かれたが、昨日の閣議でまたまた延期が決定された。ヘリで閣僚を空輸計画で、元々、ベースキャンプという可能性はなかった。タンボチェ僧院前の広場にテントを張って......ということで地元との折衝も続いているが。さて、ますます寒さの増すヒマラヤ。どうなることか。

不確定要素が否定できない山岳路線に、ヘリで閣僚が乗り込むという、国家的危機管理体制も難しい点があるだろう。ここはひとつ、コペンハーゲンに乗り込む首相と大臣だけで、サクッ!とやってのけるべきであったのだが。メディアへのアピール力はあるからね。


一方民間は。ここ数年来地道に、時に華々しく、ヒマラヤの環境登山や清掃活動、イムジャ氷河湖イベントを主催してきたダワスティーブン・シェルパくんは、英国系TVドキュメンタリーチームと一緒に、現在エベレストのC1C2にいる。映像で世界に伝えるため。彼は12月、ネパール政府の代表団の一員としてコペンハーゲンにも乗り込み、ヒマラヤ最前線からの状況を報告することになっている。

政府側もここに来て、大臣や官僚だけでは、国際社会に何もアピールできないことを気付いた様子。ダワくんに助けを求めている感がある。

(c) iDEAS Miki@Goal
(写真は、イムジャマラソン・ゴールにワシを出迎えてくれたダワ。身長166センチのワシがこんな小柄に見えるところから、シェルパとベルギーの血を引くダワのデカさを想像願いたい。)

ヒマラヤに登るネパール人は沢山いるが、国際舞台での発言できる人材は殆どいない。国際舞台で発言できるネパール人は沢山いるが、そんな人たちはヒマラヤ登山はしない。

ダワくんの場合、ヒマラヤ登山家としても立派。しかも、シェルパ族でヒマラヤの民族を代表できる。パパはネパール登山界の重鎮。でもって、ママはベルギー人で、英国の大学を卒業し、英語、ドイツ語、オランダ語、もちろんネパール語のトリリンガル。

ダワ。若干25歳のキミに大変な負担がかかっているのはオバサンも知っているけれど、でも、キミしかいないんだよ。ここはひとつ、頑張って。オバサンも応援するから.......と、今年は6月、7月取材させてもらって。先日再度取材したものは、COP15会議直前にまた放送されるはず。

私もまた、出来ることをやり続ける。 

出稼ぎネパール人社会って?

一時期、在日ネパール人とのトラブルに関する質問が続いた時期がある。その時ぼんやり感じたのは、どうやら、ネパール人が日本で働いている「業種」の中で、日本人との恋愛絡みの問題が発生しやすい「業種」があるんじゃないのか?ってこと。

言い換えれば、日本人と結婚して日本に住んでいるネパール人を別にすれば、日本で働くネパール人(いわゆる、日本への出稼ぎ)の業種別分布に偏りがあるのではないか?ということ。そしてその、従事人口の多い業種は、日本人との出会いの機会が多いであろうこと。

最近カトマンズで、日本で長年、事業主(経営者)として成功を収めている在日ネパール人の方たちとお話しする機会に恵まれた。そこで私が感じたことをひとことで表現するなら、

階級社会のネパールを、日本在住のネパール人社会も、そのまま引きずっている。日本の中で、小さな、ネパールの階級社会を形成しているようだ。

いろいろな情報が正しく、多方面から伝わり、母国ネパールと日本とのネットワークも広げられるのは、多くの場合、ネパールのエリート層出身の方たち。大使館や、大学・大学院留学生や研究者。または、母国や外国で高い教育を受けて専門職をもち、いろんな理由で日本に住み着き成功した人たち(日本人との結婚を含む)。または、ネパールでは非エリート層出身であっても、持ち前の賢さとバイタリティで日本で成功し、エリート層の人たちに対しても臆することなくつきあえる、サクセスストーリーなネパール人の方たち。

一方、それほど熟練を要しない業種。本来専門職であるはずなのに、そうじゃなくてもビザが取れてしまって来日している人たち。例えばコックさんの中には、ネパールやインドの一流レストランやホテルで研鑽を積んできた立派なシェフもいるが、(私が聞いた話では)インドの中級、またはそれ以下のレストランで働いてきた人たちが、コネを使って日本に来ている例も多いとのこと。中には、全然料理の出来ない人さえいるらしい。これらの人たちの場合、東京にあるネパール大使館や、社会的地位を築いた在日ネパール人社会との付き合いは、ほぼ皆無のようだ。

階級意識の高いネパールだから、サクセス・ネパール人の方でも、一線を引いているのだろう。

人間はみんな同じと教育される日本から見ると腹立たしいだろうが、階級があって当然の社会もある。近年では、教育や社会的地位から落ちこぼれると、伝統的優位層から転げ落ちるため、ある面厳しい競争社会のネパールには、ネパールの考え方もある。

さて、母国の社会に守るべき地位のある人たちの多くは、家族も一緒に日本で住んでいる。これと違って出稼ぎの場合、単身が基本だろう。若くて独身であっても、母国に妻子がいたとしても、数年単位で異国で暮らす身は淋しい。身近に、日本人の温かな肌があれば、寄り添いたくなる気持ちも人間として当然であろう(海外に単身の日本人でも、同様に起こりえることだ)。

しかしその後、社会的、法的にどう責任をとるのか?という点になると、日本とネパールの倫理観や法律のしばりには大きな差がある。ネパール母国や外国で責任ある立場にいるネパール人には、自制心や自己規制もある(そうじゃない、困った人もいるけれど)。比べて、日本には数年。お金を稼ぐだけのつもりのネパール人の場合、背負っているものが全然違うのではないだろうか。

階級によって、住む世界の違うネパール。

国が守ってくれないから、時には法律に反しても、自分や家族を守らないと生きていけないネパール。

まず人を疑ってかからないと、失敗してしまうネパール社会。


普通のネパール人に、いきなり刺身を食べてもらっても美味しさが伝わらないのと同じで、普通の日本人に、ネパール料理の本当の美味しさは分からない。その多くは、レストランの雰囲気やサービスで「美味しい」気分にさせられている。カトマンズでも、旅行者に人気のネパール料理店は、雰囲気やアトラクションが良ければよい程料理は美味しくない。

それと同じように、ネパール社会の経験なく、ネパール語も理解できない日本人が、どのネパール人が信頼できるのか?分からなくて当然だと思う。そこに恋愛が介在するなら、余計に、何も見えなくなってしまう。

社会的な地位が高い人の中にも、人間として卑劣な人がいる。厳しい生活をしている人の中にも、心正しい人がいる。ネパールだって同じこと。

ただし、それを、あなたは見抜けますか?

「私の彼は、そうじゃありません。誠実な人です!」

って、10年後でも胸を張れたら、とても素敵なことですが。

人間を見るとき、本人をしっかり見極めることが大切です。しかし同様に、相手の属する文化や倫理観、社会の中でのポジションを冷静に判断することが必要なのではありませんか?

傾向と対策があり、その上で、例外も存在するのです。 

ばらばら、ネパール

今日はマオ派が、カトマンズ盆地への陸路出入り口の交通を封鎖している。当初、カトマンズの国際空港も封鎖する!と計画されていたが、

「アンタら、国際線止めたら、国際社会で大問題になりまっせ!分かってまっか?ええ加減にしなはれやぁ〜」

と、在カトマンズの外交団がマオ派トップに交渉してくれたおかげで、空路封鎖は回避された。各国大使のみなさん、(*^ー゚)b Good Job!

本当に国際線まで止められていたら、国際ニュースとして世界に配信され、ネパールのイメージダウンは避けられなかった。この手のニュースは報道したくなくても、泣く泣く取材して配信しなきゃならぬのでね。で、おかげでキャンセル出ました......と、観光業界のみなさんに恨まれる。

陸路封鎖も今日1日だけとのことで、カトマンズ首都圏内の交通は通常通りで、市民生活も平静である。盆地外との交通は止まっているにしても。


さて、ネパール各政党の指導者たちのインド外遊が続いている。マオ派トップは中国に行ったし。現状では、来年5月末の期日通りに新憲法は発布できない。この事態を如何に打開するか?もしくは、新憲法が出来なかった場合どう対処するのか?近隣の大国と相談したり、支援してもらうことなしには、ネパール国内政治は動かないのであろう。悲しい現実である。

一方、80歳を超える高齢であり、未だ、ネパール政治全体に影響力を残す長老政治家G.P.コイララ氏は、持病の呼吸器障害で入院した。毎年寒くなると、肺炎を患っている。明日からはシンガポールに治療に行く予定であったが、呼吸が困難になった模様だ。

ネパールの政治家は高齢になっても引退しない人が多く、壮年期の業績に泥を塗る老害をまき散らすことも、気にしない人がいる。大変残念なことである。コイララさんも一線から退き、心豊かで世間からも尊敬される老後を送っていただきたいのだが。政治の激務に対応できる健康状態ではないのに、これ以上、何に命を削ろうとしているのだろうか?

娘への禅譲?

ネパールの政治指導者たちが、外国に、療養に、ばらけてしまっている。問題解決のため、再集結するのは、いつなんだろう。このまま寒さで固まって、来年、春の頃まで、静かなゴタゴタばかりが続くのだろうか。この場合、晩春に大転換が予測される。

そうなる前に、冬の間に、何らかの解決策が実行されるか?

これ、占い師の領域かも。

寒い、カトマンズ

11月に入り、日中の日向では30℃を少し下回る暑さになる。半袖が快適。しかし朝晩は、最低気温が7〜9℃まで下がる今日この頃。

毎年この時期は、真冬より寒い。寒く感じる。

身体がまだ「夏仕様」のままで、寒さに対応できないのだ。日本のように、季節が徐々に変化する国とは違い、大陸なネパールでは、夏から初冬に急激な変化をする。

つい先日まで、朝晩でも、シャワーを浴びたような汗を流しながらランニングしていたのに、今は身体が温まって気持ちいい程度。よりスピードを出しても、汗も少ない。気分良く、長距離も走れてしまう。


さて、マオ派による街頭抗議活動が続いている。大統領の権限を制限することを、国会で話し合うべく揺さぶりをかけているのだが、市民の参加は低調。マオ派が動員した人だけがデモや座り込みをしている感である。

11/10には、カトマンズの国際空港も封鎖する計画で、去年のバンコクのような騒ぎになるのか?国際線まで止めたら、こりゃ、出したくないけどニュースになっちゃうな。困ったなぁ。と思っていたら、さすがにこれはマオ派がキャンセルを発表。しかしながら当日、地方からカトマンズへの陸路エントリー・ポイントは封鎖するそうだ。 

デモ隊と治安部隊の間に突発的事件が起こらない限り、現在の抗議活動はそれほど深刻な事態は引き起こさないだろう。心配なのは来年5月。このままでは新憲法は期日通りに出来ないだろう。その時、ひとつの転機が引き起こされる懸念がある。

2001年王室虐殺事件以降、ネパールはヤバい橋を渡り続けていて、我が家などもう、どんなに深刻な予測を話し合っても

「あはははは。今から心配しても仕方ねーや。その時考えようよ」

で、全てを片付けている。そういう事態になったときは、仕事の上でも鉄火場になる。毎回毎回、火事場の馬鹿力で乗り切るしかないんだよね。粛々と。 
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