けぇ がるね?日記

ネパールの首都、カトマンズから発信しています。

2010年01月

電話もダウン?

毎日11時間の停電が続いているが、どうやら、ネパール・テレコム携帯電話の中継タワーのバッテリ・バックアップも停電時はダウンしているようだ。GSMシステムもCDMAシステムも、停電時は目立ってつながりにくい。つながっても、相手の声が聞き取れない。

電気のある時間帯は、比較的良好なのだが。

そして今日気づいたのだが、自宅の固定電話(ネパール・テレコム)も、停電時はダウンしている。受話器を何度もかけおろしして、やっと発信音が聞こえる。外からの電話はかかってくるものの、受けても相手の声が聞こえず切れてしまう。電気が来ると復旧する。固定電話ネットワークも、電力不足で障害が出ているとしか思えない。

そんな中、現在一番確実なのは、民間の携帯電話メロ・モーバイルMero Mobileの電話である。

えっ?何でそんなこと云えるのかって....持ってんですよ、携帯だけで3つ。別々の系統で。仕事上、通信の確保は死活問題なもので。

バンダで振り返る、2009

本日の英語紙、The Himalayan Times に興味深い記事がある。ネパール全国で行われたバンダ(強制的ゼネスト)で振り返る2009年と、2008年との比較。

記事の表の部分がネットでは分かりにくいので、紙面からの表抜粋も載せたい。クリックで拡大する。

Bandh09

まず、2009年1年で、ネパール全国で行われたバンダの総数は821件。日数としては298日(1日で複数のバンダが重なっていた日がある)。2008年のバンダ日数、254日を上回った。

ネパールは、365日より多い回数の祭りがあり、家屋の数より多い寺院があり、人口より多い神々の住む国と表現されてきたが.....このままでは、毎日どこかでバンダが行われている国になってしまう。

このバンダ、日本のみなさんには理解しづらい状況だと思う。日本で考えるゼネストであれば、その支持者だけがサボタージュするのだが。ネパールにおいては、ゼネスト破りをしている商店や車両に対して、攻撃が加えられることが少なくない。であるからして、支持者以外も暴力で従わされてしまうのだ。

ネパール市民はもとより、外国人観光客の車両による移動も制限されたり妨害されたり、状況によっては攻撃を受ける可能性もある。歩けばいいのだが、運悪く到着日や出発日であれば、荷物抱えてどうやって移動するのか?という問題に直面する。少ない日数で訪れる方たちは特に、貴重な移動日や観光の支障になってしまう。

月別で見ると、1月が122件と最も多かった。全国どこかでバンダのあった日数は、31日。毎日どこかで、バンダだったことになる。パシュパティ寺院の主席僧侶任命に係わる問題や、マオ派政府と当時のカトワル国軍参謀長の対立など、当時のマオ派政府と対抗勢力の緊張が高まっていた時期だ。

一方、9月は21件と年間最少で(日付は13日)、続く10月も25件(14日)。この2ヶ月は、ネパール最大の祭りダサインとティハール。そしてタライ地方最大の祭りチャートがあったため、街頭抗議活動もひと休みであった。11月になると、一挙に64件(27日)と増えている。

このように、毎年、ダサイン〜ティハール〜チャートという祭り期間中は、バンダが少ないと予測される。2010年の場合、10月はじめ〜11月中頃までとなる(祭りの日付は太陰暦のため、毎年西暦にズレが出る)。

秋の観光シーズンピーク時であるが、祭りのため官公庁や私企業も長期休暇となる。仕事の出張の場合、ダサインとティハールの間の2週間に狙いを定めないと、相手先が閉まっている。営業していたとしても、ネパールのみなさん「祭り第一」のため、思い通りに業務遂行できないこともあるだろう。

やれやれ......

2011年は、ネパール観光の年だそうであるが。各政党や労働団体がこんな風にバンダを続けるなら、無駄なキャンペーンになる可能性がある。

現在野党に回ったマオ派であるが、本日、第5次抗議活動の予定を発表する模様。今までとってきたバンダ戦術は市民の支持を得がたいと云う事で、バンダ以外の方法を摂るらしい。これが本当なら、かつて武装組織であったマオ派の、政治勢力としての成熟と評価したい。

んですけどねぇ〜。

カトマンズのハッシュ、再び

今日は2ヶ月半ぶりに、亭主と一緒にハッシュ・ランに行った。日本行きの前の週は忙しく、ネパールに帰ってきた週末は、マラソンで痛めた右足の甲が痛くて歩くのがやっとだったから....ホント、久しぶり。

バクタプールの、アルニコ国道を渡った南側。グンドゥガオンという、バクタプールから一山越えた場所にある美しい農村と、緑濃い森林を2時間。仲間たちと軽口叩きつつ走る。今日は日本人の方もいて、英語やネパール語だけでなく、日本語も話せた。

右足の甲はまだ完全ではないが、トレイルの柔らかなコースを、重いがクッション万全のシューズでゆっくり、楽しく走れた。

ランの後は、いつものビール一気のみ大会。今日は「帰ってきたハッシャー」として1回。「ネパールの外で、マラソンばっかり走ってたじゃないか」でもう1回。罰ゲームの一気のみをやらされた。でっかい夕日を眺めつつ、走った後、自然の中で食べたり飲んだりするのは本当に楽しい、美味しい。

お帰り!と、うれしそうに声をかけてくれる走友たちの笑顔を見て 、私もすごくうれしかった。

自分の場所に帰ってきたことが、しみじみうれしかった。 

実録、印鑑登録 in KTM

外国に住んでいても日本人である限り、日本の法律手続きや法的書類に対処しなくてはならないことには、一生の中で何度が遭遇する。

日本国内に住民登録してあれば、何でもなく簡単に対処できるが、日本の住民登録を抜いて、海外の大使館に在留届(日本の国内の住民登録に準じたもの)を出している場合、例えば、

印鑑登録、どうしよう?

何て云う場合、どうするのか。ズバリ、在外大使館領事部で、印鑑登録/証明が受けられる。

必要書類は、

1.印鑑登録できる用件を満たした印鑑
ネットで注文すれば、立派な印章をリーズナブル値段で。
書体確認サービスもあるので、安心
カタカナの姓+漢字の名前のフルネーム印もばっちり作成可
2.戸籍の付票
住民登録について記載された、戸籍証明書類
住民票を抜いて日が浅い場合は、住民票の附票の場合も(大使館に要確認)
日本国内の市町村役場で入手
3.パスポート

ただし、他の在外公館に印鑑登録をしていない(していた場合、末梢登録していること)ことなど、必要要件がある。この件、領事部に確認されたし。

今回、実家の父が立派な実印を作ってくれた(ネット注文で大満足!)ため、将来に備えて、カトマンズの日本大使館に印鑑登録をした。なななんと、カトマンズでは登録第1号となったそう。領事部のみなさま、公館内で前例ない仕事をさせてしまって恐縮です。

懇切丁寧に対応くださり、本当にありがとうございました。

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では、ずっとカトマンズにいて、実印を作ることは出来ないが、法的書類の必要に迫られた場合どうするか?

在留邦人の場合、署名および拇印の証明+海外在留証明を大使館から発行してもらうことで、印鑑証明同等の法的根拠を示すことが出来る。

署名の場合、「登録してある印鑑を紛失してしまう」危険性を回避できる利点もある。

以下、タイやフランスの日本大使館・領事部情報のリンクを明記したい。申請時の参考にしていただきたい。

【在タイ日本大使館領事部のサイト】
印鑑証明
署名および拇印証明
在留証明

【在フランス日本大使館領事部のサイト】
証明関係

ネパール空港警備強化

本日のThe Himalayan Times記事によれば、トリブバン国際空港への、乗客以外の人間への「空港内入場パス」発行の制限がはじまっており、もうすぐ、全面的に停止される見込みとのこと。空港管理側への取材である。

南アジアの空港を離発着する航空便へのテロの脅威が高まっていると云う事で、ネパールでも、国際線/国内線共に、空港の警備が厳しくなっている(らしい)。

しかし、この空港パス。例えば、ネパール政府から機材無税通関の 許可をもらっている外国人が機材と共に到着したとき、実際に税関での処理を行うのは、全面委任を受けたネパール人である。入場パスを発行してもらって税関まで入場しないことには、手も足も出ない。

また、病人やハンディキャップのある乗客の支援のため、必要不可欠な、乗客以外の人間の入場もあるだろう。厳重なセキュリティは、乗客の安全のためであり受け入れるべきだ。しかし、無意味な規制で、乗客の移動に支障が出るのは別の話だ。

国際線の入国も、南アジア諸国の国民は別の列に並ばせ、その他の国民より厳しい入国管理を実施中とのこと。テロリスト入国防止の水際作戦だろうが、プロのテロリストなら、先進国のパスポート入手などお手の物ではないかな?早晩インド政府が「我が国の国民に対するハラスメントだ!」と抗議するんじゃないかなぁ。

今回の話によらずネパールは、一般的に必要な対処もしない。しかし一旦「やる」となると、現場の必然性や国際的スタンダードから遊離した「いきすぎ」「やりすぎ」を敢行し、しばらく経つとなし崩し的に「元に戻る」例が多い。空港だって、ここしばらく.....限定のお話しになるのではないだろうか。

いずれにしても、ネパールで国際線/国内線を利用する場合、お早めの空港到着を心がけておくのが得策であろう。 

各機関の広報に思う

気候変動とヒマラヤについて、西はアフガンから西はビルマまで、包括的な調査活動を行っている、某、国連系国際機関の本部がカトマンズにある。パタンの郊外で、我が家と仕事場の途中に位置するため、いつも自転車で気軽に乗り付けている。

厳重なセキュリテイーのかかった門構えの、ホテルのように立派な建物。こういう場所では、ぴかぴかの車で乗り付けないと邪険な扱いを受けるのだが.....そこは、地球温暖化に警鐘を鳴らす機関(の筈)であるため、エコでござる!と、大いばりで自転車なのだ。

さて、ネパールにおいて、ヒマラヤ関連の気象や氷河、地勢地理、地球物理学的データ。しかも、世界的に通用するデータとなると、この機関から出してもらう以外にない。報告書も、英語でずらーーーーっと刊行している。であるから、私の仕事上、ここにお世話になることは多い。

「メイルでいいから、文章でリクエスト出して下さいね」

と云われるものの、それさえすれば、大変協力的でありがたい。ネパール内外のメディアに取りあげられることが、この期間の重要な業務のよう。貴重な日々のアップデートも、メイリングリストで送ってくれる。

私の仕事で、この期間にお世話になったアウトプットについては毎回、こういう記事になりましたと報告することにしている。で、毎回、立派で友好的な広報担当官から云われるのが

「あら、この時、この記事で取りあげているその横で、うちも展示をしていたんですよ。取りあげてないんですか?」

的なコメント。うーーん。この機関は研究機関であるため(意地悪く云えば、お題目を唱えているだけの人たちだから)、ニュースの中心にはなりにくい。毎回毎回、お腹を空かした子犬のように、「もっと、もっと、うちを注目して!」とがっついたお言葉をいただく。

思うに、メディアの中で仕事をした経験の「ない」人が、広報セクションを回しているんだな。

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一方、某国の某役所。ネパールに対する援助のプレスリリースと、調印式の写真をメイルで送ってくれている。

例えば、そのプロジェクトの要請背景にある「現場」の写真なんかを追加して送ってくれると、ネパールの新聞社も記事にしやすくなるのではないだろうか。援助資金を供与するネパール側パートナー から、写真を借りればいいだけの話だと思うが。いろいろ、難しいのかもしれない。

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ネパールの和平構築のため派遣されている、国連ネパール支援ミッションUNMIN。以前のマーチン特別代表と、広報担当のキーランという英国人コンビがいた頃の話。

マーチン代表は、ネパールメディアの質問に木で鼻をくくるような回答をすることもあった。曰く「そういうことは、当方のマンデート(ネ政府と決めた業務責任範囲)にありません」と。しかし、常ににこやかで、彼の責務の範囲内の最大の誠実さを見せてくれた。

広報のキーランは、取っつきにくそうな外見と裏腹に、実に細やかな心遣いする好漢だった。しかも、腹が据わっている。記者会見のあとの雑談で「これはオフレコだが」という、突っ込んだ話も出来るヤツだった。こちらの取材要請にも、一歩踏み込んで協力してくれた。立場の違いで激論を交わし合うことはあったが、人間的に、互いに信頼出来た。

この二人とも、今はいないんだけどね。

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さて、人のふり見て何とやら。私自身の言動が、他人さまにはどう映っているのか?時々、静かに振り返ることも大切だ。

サルから学ぶ、バナナの剥き方

何も説明はいりません。このビデオを見てください。日本語字幕つきです。



急げ、スーパーへ!バナナを買いに、GO!!

テロの脅威は、見えない

先日1月22日のAP電で、インド政府内務省が自国および、近隣の南アジア諸国から離発着する航空機に、イスラム原理主義グループによるテロ攻撃の可能性が高まっていると判断。米国国防省も、インド政府に対し同様の警告を発していた。現在、インド各地の空港におけるセキュリティが強化されている、とのニュースが伝わっていた。

これを受けてだと思うが昨日1/25、ネパール政府内務省も、空港の警備強化について関係諸機関とのミーティングを持った。って、一般の報道がなされてから3日も経って......

可能性その1
インド政府の対応は、1/26(今日)のインド共和国記念日を前に、毎年恒例の「気をつけましょう、インディア」キャンペーンの一環であり、まあ、そんなに気にするものでもなかった。しかし、ネパール政府として何もしないのも何なので、ちょっとポーズをとってみただけ。

可能性その2
本当に対処すべきだったんだけど、まあ、いろいろ、モタモタしていたんだよね。で、インドの共和国記念日の前までには何かすべきだとの判断で、まあ。 

ネパールの空港セキュリティが緩いのは、南アジアでも有名だ。

1999年12月24日には、カトマンズ発ニューデリー行きのインディアン・エアラインス機がハイジャックされ、アムリトサル、アラブ首長国連邦を経由した後、タリバーン政権下(当時)のアフガニスタンのカンダハール空港で乗客が解放された事件もある。この時は、新婚旅行中のインド人新郎が殺害されている。

インドの航空会社は、ネパール警察の空港セキュリティに追加し、自機に乗客が乗り込む直前、インド側による再度のボディチェックを実施している。これはネパール国権に対する侵害なのだが、両国の政治的レベルの合意で、例外的に認められている。インド政府が、ネパールのセキュリティを信用していないと云う事。

と、いろいろ心配なことを書いたが、航空機に対するテロの脅威については、例えばアメリカに比べれば小さなものだと思う。セキュリティ強化で不愉快な思いをして、テロの脅威は常にあるにもかかわらず、アメリカに飛ぶのを心配する人は少ないのではないだろうか?

ネパールに来ることを、必要以上に心配する必要はない。

ただし、ネパールの隣国インドが、常にテロの脅威に対峙していることは憶えておきたい。2008年11月のムンバイテロ事件は、その最たる事件である。

我が身を守るための知識や行動は大切だが、あまり考えすぎると何も出来ない。考え方を変えてみれば、日本では毎年3万人以上の人命が、自殺という悲しむべき原因で失われている。ネパールを含む南アジアを旅行することより、快適な日本で普通に生きていくことの方が、ずっと、ずっと過酷なのではないだろうか。

JAL程の企業が倒産してしまう日本には、静かで深いストレスが蓄積している。ここらでひとつ、ネパールで、心の洗濯をしてみても悪くないと、思うんですけど。いかがでしょう?

スト、乾燥、パスポート

市役所、村役場に勤務する地方公務員のストが続いている。国家公務員並みへの待遇改善や、長期間契約雇用であった職員の正規職員への登用などが、論点である。
 
この影響として、家族関係の登録(日本の感覚の戸籍登録とは異なる)や、パスポートや国籍登録証申請のために必要な書類の申請など、窓口業務が停止されている。我々外国人にも影響大きい側面としては、街角からのゴミの収集が止まっていること。市内の場所によっては、放置されたゴミが交通渋滞の原因になりつつあるものもあるという。冬の時期ではあるが、昼間の直射日光は強い。環境・衛生状態にとって、良い話とは言い難い。
 
ただし、カトマンズ首都圏全体にゴミが溢れているわけではない。街中での話。我が自宅や仕事場のある郊外は、生ゴミは自宅の庭で処理すること多いし、防犯の必需品として犬を飼っている場合も多く、食べ残しはわんちゃんが片付けてくれる(この点、日本のように溺愛せず)。郊外周回道路沿いにはゴミのコンテナが放置されている場所あるものの、一般的に、(道路の舗装が不十分なことを原因とする)土埃を除けば環境は良好である。
 
ラジオの気象情報によれば、今朝の最低気温は4℃。昼間の最高気温は(日中)21〜23℃の予想である。空気は大変に乾燥している。日本では「しっとりタイプ」の化粧品にべたつき感が残ったが、同じものをここで使うと、さらり!とすぐに乾燥する。更なる保湿が必要。ちふれのQ10配合オリーブオイル、安いのに(税込み945円)優秀!おすすめですわよ、カトマンズ・コマダムのみなさまぁ。あ゛〜、もう2、3本買ってきておくべきだった。
 
と、生活感覚ね。
 
もう一点、ネパール人家族を持つ人間には気になるニュース。国際民間航空機関ICAOの取り決めによれば、今年4月1日以降は自国民のパスポートを機械読み取り式のものにすべし!とのこと。しかし現状、ネパールはこの締め切りに間に合わせることが出来ないとのこと。
 
現在でも、ネパールのパスポートは必要事項が手書きで記載されており、写真も直に貼り付けている。表面に保護シートがあるにしても、世界標準にはほど遠いスタンダードと云わざるを得ない。毎年、20万人以上の若者が海外出稼ぎに出、外国留学や移住もよくある話だ。このままでは近い将来、ネパール国籍の人間が外国の出入国において、不便を被る可能性がある。
 
今すぐに心配する必要はないが、この件、今後も注目すべき懸案だ。

EMSを使ってみた

今回の日本滞在では、6年ぶりと云う事もあり、帰路の荷物は絶望的な重量となった。エコノミークラス20kgから、25kgオーバー。総重量45kgであった!しかも、私ひとりの移動だし。

経験的に、日本〜バンコク〜カトマンズとタイ航空で結べば、日本でチェックインしてカトマンズまで荷物をスルーにして、5〜6kgのオーバーは何も言われない。シルバーのマイレージカードがあれば、10kgプラスの30kgまで大丈夫だし。

日本バンコク間がJALやANAとなった場合、異なる航空会社間のエクセスおまけは、権限がありません!とトラブることが多い。バンコクでのトランジットも一旦入国にして、再度チェックインで交渉することになるだろう。ただしこの場合、チケットをトランジットで購入しているとバンコクの空港税の問題がある。現在空港税は、チケット代金に込みの設定であるから。

であるから、荷物が多い移動の場合、起点から終点までの航空会社を同一にすることが肝要であろう。

今回私は全てタイ航空であったが、バンコクで3泊するため 、成田〜バンコク。バンコク〜カトマンズと、荷物も外に出す方式をとった。それにしても、25kgオーバーは問題だ。成田では目をつぶってもらえたとしても(いや、これもさすがに....全額ではなくても、1kgあたり数千円の料金が一部徴収されるだろう)、バンコクのチェックインでオーバーエクセス料金を請求される可能性ある。どうするか?

1.自重5kgあるスーツケースを、実家に送り返した。
2.丈夫な段ボール箱(宅急便用のもの)と、東京で半額で買えた大型ダッフルバッグを使用。
3.郵便局のEMSクーリエを使用。

特に3については、書類で2kg。物品を11kgと2個口に分けて送付した。書類の場合、ネパールの通関が簡易となる。私のように私設私書箱を利用している場合、私書箱の方に届くので便利である。日本での各種記録など、紙の重量と嵩は、バカに出来ないものになる。まず間違いなく届くが、万が一の場合紛失して決定的に困る書類については、やはり自分で抱えるべきだが。

物品の方は、中央郵便局に出向いて、本人(または、委任状を書いて指定した人間)が通関処理をする必要がある。衣類や、チョコレートなど、ネパール人にとっても価値のある物品を送ると、税関役人がネチネチとなることが多い。家電製品など、もってのほかである。

海産物系の乾物や、カレーのルーなど、ネパール人の食生活にとっては「無意味」に見えるものの場合、「ああ、どうぞ」という感じで、かかる関税も低額となる。今回11kgの物品であったが、この作戦が功を奏し、税金は320ルピー(400円程度)だけであった。

物品の到着はネットでも追跡できるし、局に着いたらすぐ電話も来る。引き取りの手続きも、こちらが友好的ににこにこしている限り、ネパールの役人さんたちも協力的であった。ネパール語の書類記載も、親切に書き方を教えてくれるし。まあこのあたり、私も普通のガイジンではないしね。語学力と経験がものを云う。

かかる日数は、今回は、日本で発送した5日後の午前中に引き取れた。早い場合、2日で届くこともあるとか。本人が発送して本人が受け取る場合、日本を出発する直前とか、日本の空港内の郵便局から発送するなど計算しておくべきだろう。日本での送り状と(送付受け取り同一人物の場合)、引き取り人のパスポートコピーを持参する必要もある。別人に送付する場合も、送り状のコピーをカトマンズにFAXしておくといいだろう。個別の送付番号を示す必要もあるし。

日本からカトマンズへの料金については、こちらで確認いただきたい。機内預けのオーバーエクセス料金に比べると、格段に安い。

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ネパールの友人にEMSで物品を送りたい。という相談が、掲示板に寄せられることがある。基本としては、

高額なものは送らない。
ネパールの税関吏も欲しくなるものは送らない。
受取人に税金支払いが発生することを忘れない。
受取人が、役所のやりとりが出来るかどうか?考える。

ということであろう。そんなに難しい引き取り手続きでもないし。

カメラ、腕時計だけでなく、写真が送付禁止品目になっているなど、この項目はご確認を!

また日本からネパールへEMS送付の場合、カトマンズとパタン(ラリトプール)管内の住所にしか送れない。

ネパールの生活

日本からカトマンズの自宅に戻って感じたのは、全てにおいて慎ましいということ。

木造の日本住宅と違い、煉瓦とセメントと大理石(ネパールでは普通の建設資材) で出来たカトマンズの家は、硬くてヒンヤリしている。また、いろんなものがある我が家であるが、日本の家と比べて、「モノが少ないなぁ」という印象。暖房もささやか。室内であっても着込んだり毛糸の帽子を着たりして、それでも我慢できないときにだけ、ストーブをつける。

夜の照明も暗い。蛍光灯より効率の良い、暖色系省エネ電球がぽわんと灯り、しかも我が家は、ネパール手漉き紙のシェードがついている間接照明。しかも、1日9時間の計画停電である。夜は暗い。

そのためだと思うが、幸せな睡魔が襲ってくる。

ただし、電気がない+眠いため、仕事をする時間は短い。しかも今日は、バサンタパンチャミーの祝日。 日本との3時間半の時差もある。こちらが業務をはじめる時間が、日本ではお昼。とまあ、いろいろあるが、焦らずに再起動しよう。


ネパールの政情はここに来て、憲法制定議会内の各種委員会による憲法原案の提出がほぼ完了した。主要政党間の協調体制についても、話はまとまる方向に進んでいるようだ。

ネパールお得意の、最後に何とかなるで、今年5月末に新憲法が出せるか?ギリギリいっぱいまで、いろんな可能性が残ってしまう展開になるだろう。

ネパール政治・社会に対するカンも、取り戻していきたい。 

カトマンズライフ、再起動中

久しぶりのカトマンズは、拍子抜けするほど温かだ。明日1/20は、こちらの暦の立春に当たるバサンタ・パンチャミーだし。毎年この日を境に、寒さが弛む。

とはいえ、朝晩の室内は底冷えがする。石油ストーブをつけよう....と探したら、今年は押し入れから出していないとのこと。例年のような寒さがなかったからとの説明だが、まあ、私がいなかったからかな?日本のような耐え難い寒さではないし、室内でもフリース着て毛糸の帽子を被ればいいことだし。地球と家計に優しいし。

つーことで、いきなりのカトマンズ式生活の洗礼を受けている。電気もないし。夜は暗いので、すぐ眠くなるし。自宅に戻ってさすがに疲れが出てきて、今日は荷物の整理をしながら昼寝までしてしまった。私の脚であるマウンテンバイクの整備をしたので、明日からは出勤したい。

で、明日、明後日と、亭主の従兄弟の娘さんの結婚式。 特に明日は花嫁を婿に手渡す儀式なので、早朝から夜中まで従兄弟宅に親戚一同うち揃い大騒ぎとなる。これ、ガイジンたる私と息子にはハードル高すぎるので(寒い時期の結婚儀式出席は、マジで健康被害を被ることあり)、亭主だけの出撃とする。

明後日の披露宴は出席。何を着るかな?

カトマンズに向かう機内より

いよいよ、二ヶ月ぶりにカトマンズに戻る。
 
バンコクからは、タイ航空の午後便を使う。朝ゆっくりとごはん食べて、パッキングも出来るから....と云いつつ、今日も五時起きしてルンピニ公園に行ってきた。昨日のフルマラソンで右足首を痛めたので、ゆっくりゆっくり歩くだけにしたけれど。
 
さて、搭乗ゲートに着くと、ネパール人しかいない。しかも人数少ない。まだ時間が早いからかな?と思ったら、機内もガラガラ3人掛けシート一列を占領できてしまう。今の時期、ネパールの私立学校は冬休みが多い。金満ネパール人の家族旅行だろう。子供連れも沢山。お子たち、iPodで映画なんぞ見てる。バンコクで買ってもらったのかな?かくいう私も、息子へのおみやげで東京で買ったiPodをカバンに入れているけれど。
 
外国人観光客にとっては、TG午前便なら早くネパールに着き、滞在時間も半日長くできる。一方、ネパール人やネパール在住者にとっては、午後便にすれば数時間長くバンコクにいることが出来る。カトマンズ空港の到着ラッシュ時間帯も外せる。
 
カトマンズに戻ったら、毎日9時間の計画停電が待っている。室内が寒い、底冷えする自宅と仕事場も待っている。家族も待ってるけどね。息子はおみやげを待ってるだろうし。仕事は....私を待ちかまえていてくれるだろうか?これは、自分で創設するものだよね。ふふふふふ。東京で、種はバラ撒いてきた。発芽するや否や?数年後に芽を出すのもあるだろう。
 
今夜はゆっくり寝て、明日は朝から自転車を整備してね出勤して、日本滞在中の礼状書きから始動しよう。
 
その前に、停電時間帯のチェ〜ックなのだ!

マラソンで初入賞!

日本からカトマンズに戻る途中、またまた週末をバンコクで過ごし.....たら、やっぱりマラソンだよね!ということで、バンコク市内から西に車で2時間ちょっとの場所。ラチャブリ県チョンブン(Chom Bueng)と云う街で行われた、第25回チョンブンマラソンに参加してみた。バンコク日本人会走遊会のみなさんと、総勢7人で前日から泊まり込みでくり出した。と云うのも、スタート時間が早朝4時のため。

タイでも最も古い歴史あるレースのひとつだそうで、タイ国四大マラソンのひとつだという。大学構内がスタート・ゴールとなる。運営ボランティアも女子大生のお嬢さんたちが多く、とても爽やかでスムーズに参加登録できた。タイの多くの大会では、スタート前日・当日に参加登録が可能。体調が肝要なフルマラソンには、非常にうれしいね。日本のように数ヶ月前に登録では、当日、風邪を引いていたりすると悲惨だから。

レースは、真っ暗な市街地を抜け郊外の農村を突っ切る舗装道路をひた走る。街頭のない場所には、仮設の蛍光灯が取り付けられていた。ネパールの暗闇になれた我が身には、充分に明るい。

空には満天の星。暗闇をひた走るランナーの足音。多少の湿り気を感じる涼しい風。夢の世界で走っているような錯覚を憶える。数キロ毎には夜更かしの子供たちグループが、太鼓や踊りで応援してくれる。

25kmあたりで、徐々に明るさを感じるようになる。左右の農家には、牛が繋がれている。真っ平らなアジアの農村地帯を、走る、走る。子供たちの応援も続く。給水も手渡しでくれる。カワイいブルーのコスチュームと、真っ白なテニススカートの女の子と前になり、後ろになる。

後半、もうちょっとの粘りが出せなかったが、今までのレースより冷静にタイムを刻みつつゴール。4時間4分。4時間切りには及ばなかったが、これが今の自分。と.....係員が駆け寄ってきて、首に何かかけてくれた!?

45〜49歳代女子3位。

うわ〜っ!入賞してしまった。

カップをもらうワシ

入賞者

2位から7位までの集合写真(1位は別途表彰済み)。ところで、私の左横の女性にご注目いただきたい。

セーラームーン参上

そう。レース中、きゃぴきゃぴと走っていた「女の子ちゃん」だ!なななんと、私と同年代。話をしてみると、セーラームーンのコスプレ だそうで..... 恐るべし、タイのおばちゃん!!!2位になった女性も、11月のバンコクマラソンで見かけたし。これからタイのマラソンで走る中では、この人たちがライバルってこと。きゃ〜っ!セーラームーンと戦うのかぃ?私はレース後着替えていたが、他の人たちはレースウエアのまんま。汗が冷えて寒くないんかい。こういうところも、タイの女性ランナーの強さの表れか。

バンコク走遊会

ということで、走遊会のみなさん、トロフィーがずらっと並びました。今回も大変お世話になりました。

T会長はじめみなさん、本当にありがとうございました。

バンコクに向かう機内より

54日間の日本滞在を終え、バンコクに向かう機内にいる。2ヶ月近く日本で過ごすこと。しかもそのうち40日近くを、眠ったような地方の街にある実家で、20年近く別の人生を歩んできた両親と過ごすなんて.....当初、途方もない出来事のような気がして、躊躇していた。
 
しかし、あっ!と云う間に時が過ぎた。実家は父が建て替え、そう古い家ではないものの、むやみに広い。窓ふきだけでも、朝から午後まで頑張って二日がかり。老親では掃除できない高い場所。握力や体力のいる、台所の油汚れの一掃。父のパソコン、周辺機器の買い物とセットアップ。母の話し相手。今回は母が数日入院までしてくれたので、ぷち介護体験もさせてもらった。いゃあ、夕方1時間ほど走るのと、週に1〜2回のスーパー買い出し以外は、朝から晩まで、ずーっと実家で過ごしたが。忙しかった。
 
そんな中でも、妹たちの家に1泊ずつ。叔父・叔母のところにも1泊で遊びに行けた。高知にいる末の妹とは、日帰り温泉を堪能。千五百円で、砂風呂と清潔な各種温泉入り放題で、大大大満足。龍馬の土佐は、こじゃんとすごいぜよ!真ん中の妹とは、横浜みなとみらいをそぞろ歩いた。これまた、ナイス。
 
行きと帰りは、東京で仕事関連の方々に時間をいただき、真面目な話、深刻な相談、懐かしい話、次の話、ちょっとした野望などなど。盛りだくさん。懐かしい友人たち、山仲間や先輩との再会は、ただただうれしく。私の人生、これから始まったんだよな!と、自己の原点を再確認できた。

そして今回は、「走る」みなさんとの出会いもあった。茶店でお茶するのもなんですし....と、皇居を走りながらのミーティングなんちゅー経験もあった。もちろんその後、美味しい中華をご一緒させていただきましたけど。葛飾柴又の10kmレースにも参加。ネパール者の友人たちが大挙、応援に駆けつけてくれた。涙が出そうにうれしかった。
 
残念だったのは、会いたかったけれど、時間が足らず、私の体力が持たず(毎日人と会って楽しい時を過ごすのは、体力勝負だと実感)、お会いできなかった方たちが沢山、沢山出てしまったこと。本当にごめんなさい。せめて電話!と思いつつ、気がついたら成田にいる始末。申し訳なし。
 
20年以上会えなかった友人と、ひょんな縁で電話がつながり。彼女、近々、カトマンズに来る用事があるらしい。再会を約す。そんな、うれしいサプライズもあった。
 
さて、バンコクでこの週末を過ごすわけだが.....日曜日は、バンコク市内から車で2時間ちょっとの場所で、またまた、マラソンだ。日本人会走遊会のみなさんに連れて行っていただくわけで、楽しみである。フル、ハーフ、ミニと距離もよりどりみどり。参加登録は前日現地で、なので、まあ、寒い日本から常夏の国に行ってみて、土曜日の朝、ルンピニ公園を軽〜く走ってみての調子で決めよう。が、12月は月間走行距離250kmと、頑張って走り込んだわけでもあり。多分、やっちゃうんだろうなぁ。フルマラソン、42.195kmを。4時間切りを目指してね。やれやれ。ご苦労様、自分。
 
ネパールに帰ったら、毎日、9時間の計画停電が待っている。

謹賀新年

2010年、あけましておめでとうございます。

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