けぇ がるね?日記

ネパールの首都、カトマンズから発信しています。

2010年03月

アンナプルナ山岳耐久レース、完走

昨日3月27日、ネパール西部の山岳観光都市ポカラのレイクサイドをスタートする、山岳耐久レースに参加していた。

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コースはサランコットの丘まで駆け上り、自動車道に隣接する昔のトレッキングルートをノーダラ、ルムレ、チャンドラコット、ビレタンティまで走り、ここからゴレパニ、プーンヒルまで登って折り返し。ビレタンティにゴールするという、全長71km。

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普通のトレッキングなら、ポカラからビレタンティまで車で移動し、その後歩いて健脚で3日間。普通なら3日半かけるコースだ。特にウレリ周辺の上り坂は、坂に鼻がくっつくほどの急坂として有名だ。その後もプーンヒルまで、上りが連続する。

約50人の参加者中最終ランナーとして、コロンビア人のウルトラランナーと、手元の時計で17時間45分で完走した。朝6:30にスタートして、真夜中24:15まで、日没後ロッジの中で30分ほど休んだ以外ほぼ休みなく、身体を動かしていたことになる。自分のことながら、本当におつかれさん!

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真夜中のトレッキングルートを、ヘッドランプつけて。月明かりの明るい場所ではお月様の優しい光を頼りに下った体験は一生忘れないだろう。

レース中盤から、前になり後ろになり併走していたコロンビアくんと

「これ、ひとりじゃ絶対めげるから、一緒に乗り切ろう」

と相談し、ゴールまで励まし合いながら、最後は手を繋いで一緒にゴールゲートをくぐった。特に外国人ランナーたちは、以前からの知り合いも、出会ったばかりでも、声をかけ合い、素晴らしい雰囲気で全員が完走できた。厳しいステージで走る人は皆仲間。至福の一日だった。 

レースの様子や、ネパール人ランナーの韋駄天激走については後日、雑誌で発表の予定。ここでは、まずは無事の報告まで。

今朝は空腹で目が覚めて、たっぷり栄養のある朝食を堪能してきたところ。全身に心地よい疲労感はあるが、筋肉、関節、筋痛めたところはない。よしよし。いい感じである。

今日はこれから、表彰式。私も女子2位の筈。 

潔くないと云う、美学

昨日、ネパール時間12:10に亡くなったG.P.コイララ元首相/ネパリ・コングレス党総裁の国葬が行われている。

現在ご遺体は国立競技場に安置され、国家的リーダーや外交団たちのみならず、一般市民が最期のお別れのため長い列を作っている。ネパール時間午後2時から葬列となり、パシュパティナート寺院のガートで火葬に付される。

コイララ氏には何度か、お目にかかってお話しをしたり、インタビューをさせてもらったことがある。今から6年ほど前の単独インタビューでは、政情にかかわる項目が全て終わったあと、雑談として、ひとつの質問をした。

「コイララさん、あなたはもう充分にご高齢です。充分すぎるほど、ネパールの民主化のために貢献されました。そろそろ後進に道を譲り、悠々自適の生活になられてもいいのではないですか?」

「ははははは。本当にそうなんですよ。私は、この国に新の民主主義が実現したことを見極めたら、きっぱり引退したいと思います。その日を待っているんですよ」

外国人だから出来る種類の質問に、楽しそうに笑顔で答えてくれた。が、彼の政治的表現を、我々の言葉に翻訳するなら、 

「この国の民主化の道は遠く、私は死ぬまで引退できません」

と、理解すべきだ。 

事実、コイララ氏は亡くなるその日まで、ネパール和平実現と新国家創造の鍵であり続けた。信念に殉じた、見事な人生だ。


同時に、国家的英雄として国葬の礼を受けた彼に対して誰も云わないが、過去、疑獄事件への関与も噂された。権力への固執もあった。それだけでなく、人に愛されない言動の多い娘を後継者にすべく、晩節を汚した。本当に娘と国家を愛するのであれば、娘に政治的経験を積む機会を与えて教育すべきであるが、他の真っ当な若手活動家の頭を踏みつけて上に登らせるような方法を執った。

また、王制打倒を掲げて国内内戦を戦ったマオ派と云われているが、マオ派と最初に対立したのは王室ではなく、コイララ氏率いるコングレス政権・政府である。

病身で、政治の世界に積極的に関われなくなっても引退せず、最期までネパール国政の上皇であり続けた。コングレス党の次世代リーター育成への貢献は、非常に薄い。

この点、非常に潔く「ない」人生であったと云えよう。

しかしこれはコイララ氏個人の資質だけによるものでなく、この国の社会構造にも原因がある。ネパールは個人と個人の信頼関係で物事が進んだり/遮断される。組織や集団としての秩序は、まったく期待できないことが普通である。であるから、偉大なる個人の存在が不可欠だ。

このような社会の中で、コイララ氏は引退しない生き方を選択したのだと思う。同時に、彼のこのような生き方が、コングレス党やネパール政界の、組織としての発展に制限をかける一因となった。

コイララ氏は、ラナ将軍家独裁の打倒、国王親政、二度にわたる民主化動乱、10年間の内戦とその終結という激動の時代を、見事に生き抜いた政治家である。

同時に、コイララ氏の死去は、強力な個人が個人の資質の及ぶ限りで国家に対処する時代の、終焉にもなるだろう。

コイララ氏のご冥福を祈りたい。合掌。 

G.P.コイララ氏、死去

公式発表はまだであるが、ギリジャプラサード・コイララ元首相が本日、死去された。

ご冥福をお祈りします。

G.P.コイララ氏の容態

昨夜は、在ネパール日本人会の総会であった。議決に必要な人数に参加するため。そして次年度の会費を支払うために参上し、今年度と次年度の報告と活動計画、予算の報告・承認議決まで参加し、その後、某情報ソースとの約束のため中座させてもらった。
 
情報源との意見交換中、って書くとまるで佐藤優先生気取りだが、平たく書けば、ネパール人のおっちゃんとの会食中、コイララ元首相の様態急変の連絡が入った。某ネ民放テレビなど、最悪の事態のスタンバイがかかっていたようである。が、急がず慌てず、この筋情報の大元と一緒だったわけで、重篤なものの、まだ何とかなっていることがすぐに分かる。しかし、カトマンズ中の携帯電話とSMSメッセージの通信量が急増したのか、しばらく通信状態が極端に悪くなっていた。

ネパールのテレビニュースでは、私邸前からの生中継で、容態について報道をしていた。ネ民放各社とも、コイララ氏の資料映像の整理や収集に動いている。
 
G.P.コイララ元首相は、私の記憶では87歳。若い頃からのヘビースモーキングのため、重い呼吸器系の病気にかかっている。肺の機能が極端に悪いらしい。最期の時は一人娘の側で迎えたいとのことで、現外相兼副首相のスジャータ・コイララの私邸で療養し、時々入院してはまた私邸に戻るの繰り返しである。

このスジャータであるが、大変にお行儀の悪い印象を世間に与えている。選挙では落選し、党内でもその独断専横不遜な態度や、金遣いの荒さで、アンチ派が少なくない。しかしコングレス党のみならず、ネパール政界全体の最期の重鎮たる父親の意向で、守られ続けてきた。人間である限り必ず迎える、コイララ元首相の最期以降は、厳しい立場に陥るのでは?と考えるのが順当だ。
 
スジャータはこの週末から、某先進国への外遊が予定されていたが、さすがに延期(中止?)した様子だ。当然。
 
と、彼女に対してはつい、筆が厳しくなるのだが、ここまで世間に叩かれてもビクともしない精神力には脱帽している。人間を超越したものを感じる。そして一点親しみを感じるのは、彼女が有酸素運動をストレス解消の友としていることだ。かなりふくよかなため走ることは出来ないが、カーディオマシンの上でのウォーキングに真剣に取り組んでいるようだ。
 
我々の週末のトレイル・ラン/ウォークの集まりにでも誘って、1時間ちょっと郊外の村を一緒に歩きつつ、その後のおバカなビール一気飲み大会で遊べば、結構、友だちに.....なれないよなぁ。妄想。
 
コイララ元首相の去就が、時間の残り少ない憲法制定に大きな影響を与え、ネパール政治全体に危険な真空状態を作り得るとの見方がある。確かに、最悪の事態となれば、喪に服す13日間とその前後、政治が止まる/停滞するだろう。真空については、政界全体ではなく、愛娘の政治家としてのキャリアには、ブラックホールが舞い降りるだろう。
 
本来、人間の生き死にについて論評することは控えるべきであるが、コイララ元首相は個人としてだけでなく、ネパールの巨大な公人である。この点ご勘案の上、ご容赦いただきたい。
 
ご快復を祈るべきであるが。彼の年齢、立場、娘がネパールに及ぼす影響などを考えるに、不遜ではあるが、ご老人がこれ以上の肉体的苦しみや心配、晩節の評価から解放されることの仕合わせをも、考えてしまうのである。

いつもぎりぎり【一部修正】

新憲法公布すべき日まで、残り74日となったネパールである。が、未だ、議会での論議のたたき台となる草案の全体像もまとまっておらず、常識的に考えて、期日は守れない。

憲法の前文だけでも公布できないか?との声もあるが、その筋によると、前文は憲法全体の精神を表現するもので、全体像が決まらなければかける筈もない!とのこと。正論だ。

伝統的既存政党と既得権を同じくする階層の人たちにとって、毛沢東主義を標榜する勢力への不信感は根強い。様々な分野に、壁が作られている。マオ派の方も、疑惑を持たれておかしくない行動を止めない。

マオ派による内閣不信任案提出は一旦延期のようだが 特別国会召集を試み、現政府の転覆に挑戦する模様【3/15 NST 18:50 修正】。 ここに来て、現政府の正当性を問う声が高まっている。メディア系ビジネスマンの暗殺が続くなど、治安悪化。4/1以降の機械読み取り式パスポートへの切り替えの迷走。そしてネパール政治の伝統文化とも云える、行きすぎたお手盛り人事などなど。国家運営上の問題も山積み。

ネパールの和平構築を政治的に支援する、国連の特別ミッションUNMINと、ネパール政府の不協和音も大きくなりこそすれ、鎮まる気配もない。

国連は、和平の当事者では「ない」。当事者たるネパール人の努力を、「支援」するのが国連。という自己の立場から一歩も出ない(これが国連のアプローチであり、偉大さであり、限界であることは、ネパール側も最初から分かっていたはず)。国連の判断基準による、マオ派兵士の個人情報は政府に渡せないという主張も平行線。ラジオ番組で堂々と、個人、時には有名人の携帯電話番号までアナウンスされるネパールとは、情報に対する文化が違いすぎる。

このままでは、新憲法の成立という和平プロセスの一区切りを待たず、国連がネパール和平支援から、大きな手を引いてしまう可能性も否定できない。この流れは、インド共和国側にとって望ましいと見る考えもある。中華人民共和国にとっても、UNMINがいなくなることは、マイナス要因にはならないと思う。

さて、期日通りの憲法制定は無理です。というアナウンスであるが、これまた筋の話を聞くに、ぎりぎり。4月末とか5月に入ってでないと、正式な決定は出来ないだろう。とのこと。

子供でも分かる見通しなのに。決定はぎりぎり間際。

これもひとつの、いつもの、ネパール文化と云えよう。 

中村主水る、生き方

東西冷戦下、厳しい思想統制が行われていた時代の東欧のとある国。自由主義思想を持つ知識人たちは、昼間は政府から割り当てられた職業を黙々とこなし、夜になるとこっそり森に出かけて、深夜の散歩をするフリをして思索を深めた。時には仲間たちと落ち合い、静かに討論をした。という話を読んだことがある。この手の話は、最近では、佐藤優氏の著作でも時々出てくる。
 
抑圧された環境の中で、人間としての思想性や感性の自由さを失わず、精神の変調を起こさないための生き方テクニック。それは、【二つの世界】に生きること。
 
私も過去、この手の人生を選んだネパール人を、身近で見てきた。東欧と違うのは、政治的な重圧ではなく、人生の重圧であると云う事。ある人の場合、昼間の世界では、その職場のみんなにとって大切で重要な業務だが、誰もやりたがらない種類の仕事を一手に引き受け、長年続けていた。その人は、とある宗教に「もうひとつの世界」を見つけ、大変独創的で画期的アプローチな辣腕さと、誠実な人柄が高く評価され、国際的に重要な地位にまで昇った。そして、不幸にして、若くして突然死されてしまった。大変残念な、ネパール人リーダーの損失であった。
 
人生の試練に遭遇したとき、宗教に救いを求める人も多い。
 
しかし宗教は、教団組織の中に入ってしまうこと。イコール、また新たな人間関係や組織力学に悩まされることに結びつきやすい。
 
この点、個人で出来るスポーツは「まし」だと思う。団体球技と違い、仲間なしで出来るし、対戦相手も必要ない。競技スポーツにすると勝ち負けが出るが、アマチュアとして、「昨日の自分に、今日は勝つ」と達観してしまえば、ライバルは自分自身ただひとり。
 
ランニングやマラソンは、しがらみ少なく、静かに精進できる可能性に満ちている。
 
周りの交通に気を配りつつも、自分の足音を聞きつつ集中する。筋肉を使うのではなく、丹田から出す「気」に身を任せて走る。自分の身体と、心に対峙し、会話する。独りで孤独だが、全然淋しくない時間を楽しむ。
 
どんなに鈍足でも、平凡な市民ランナーであっても、走っている時間が自分の「本当の世界」だと思える。世間から見た「私の/あなたの人生や仕事」が、この瞬間、主から従にスイッチする。生きている喜びを、深く静かに味わう。
 
自分のうえにある問題を、一旦突き放し、客観的に観察する。そして、何かの決断をするべき時期か、そうでないのか。静かに思考を反芻してみる。成り行きに任せることが、いい結果を引き出すこともある。切羽詰まった自分に、無理矢理でも余裕を作るきっかけにもなる。
 
走らずとも、陶芸でも、手芸でも、家庭菜園でも、読書や思索でも、何でもいい。要は、まったく別の自分になる時間を確保する。と云う事ではないだろうか。
 
自分なりに、中村主水さんになる!ってことよ。

電気公社のマネジメント

だいぶ暖かくなってきて、雪融け水も増えたと思ったら、今日から計画停電時間増えて、1日11時間から12時間に増大!えっ.....と思って、日本大使館HPから予定表をダウンロードしてみたら。

停電時間は増えたが、昼間に電気の来る時間が少し増えた。

電気公社、マネジメントが巧妙になってきている。喜ばしいような、悲しいような、なんとも云えない気持ちである。


さて、先日来、国連的アプローチのセミナーについて皮肉なことを書いたが、今日は朝から違う種類というか、異なるコンセプトの、某機関のセミナーに参加していた。これが、期待以上に面白く、大変勉強になった。 

ネパールの人たち、英語でセミナーやると儀礼的になることが多いが、ネパール語でやってもらうと、恐ろしいほど本音が飛び出すものだ。いやはや。たまげた。まったく。外国人出席者のため、ネパール語〜英語の通訳は入っていたが、「通訳したら、ニュアンスまでは伝わりにくいだろう。だから安心。ええいままよ、本音トークだ!」とタカをくくったネパール人は強い。強すぎる。

良くも悪くも、ネパール人のパワーに魅了された。

退屈で時間とお金の浪費としか思えないセミナーも多いのだが、今日は大収穫。出てみるものだ、セミナー。

主催者の「勇気」があると、ここまで違うものなのね。脱帽であった。

停電になったので、書き殴りであるがここまで。 

毎年お約束、アレルギー

この時期、毎年、花粉症が出る。

ネパール移住後10年ちょっとは花粉症フリーの人生だったが(実はヒドい花粉症のため、日本を出てきたという側面もあり)、カトマンズに飛ぶ花粉や、豊富すぎるダストや埃にヤラレタ。

それでも日本時代と比べれば、大変軽い。しかもここ2年ほど、身体を激しく動かすようになってから軽減している。今日は昨日に引き続き、昼間自転車でパタンの外れからカトマンズ中心部を往復したら、夕方、身体が怠くて仕事場の布団に倒れ込んでしまった。鼻の奥の粘膜も痛い。

特効薬があり、これを飲むとテキメンに楽になる。できるだけ、薬は飲まないように心懸けているが。

今日は、サリーのブラウスやペチコートを仕立てるためにカトマンズに行った。パタン側に住むようになってから、パタンのマッチングセンター(MC)や仕立屋さんをさがしているが。これ!という店に巡り会えない。MCとは、千差万別のサリーの布にぴったりマッチするブラウス、ペチコートなどの布を取りそろえている専門の布地店。色の洪水がグラデーションで、棚にずらーーっ!と並んでいる。カトマンズ中心部には、妥協のないマッチングの出来る専門店がある。

仕立屋さんは、クプンドール地区のサリーブティックに頼めばいいらしいが、その店で買ったのではないサリーはちょっと気がひける。

ここ数年、サリーを自分で買うことは殆どない。いただき物のサリーばかり。今回も、去年10月にもらって放置していたサリーと、先日インドからのお土産のインド風の素敵なシルクサリーの仕立て。

花粉症が出る春先になると、毎年、ひらひらサリーを着てみようかな。と、そんな気になる。

日々アソート

90歳に近い高齢のギリジャP.コイララ元首相は、呼吸器の病気を患っている。長年、ヘビースモーカーであったためと云われる。

最近では24時間酸素吸入が必要だそうで、今日は、ご老人に対して大変失礼な種類の噂まで流れた。ネパールを訪問中の国連幹部たちとの、短時間の面会も行ったので、噂の核心部は否定されたが。

それにしても、身体の抵抗力は弱っていると思う。次々に来訪者が続くことは、外からウィルスが持ち込まれる事にもなる。ここはゆっくり療養してはいかが?と思うのだが、最後まで、現役にこだわっておられるのか?それとも、非常に評判の悪い一人娘(落選し議席はないが、副首相兼外相ポストに、パパがねじ込んで就けてくれた)のために、死ぬまで頑張らざるを得ないのか。

ネパールにも政治家は数多いのに、この、過去にいろいろと芳しくない評価も多いご老人が、やっぱり頼みの綱だったりするらしい。バラバラになりつつあるネパール政治という「桶」のタガだとも云える。

遠くない将来、このタガは安息を得られる。

そのあと、ネパール政治は大きく変わるのか/心配するほど影響を受けないのか。

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今日は朝、いつものように自転車で出勤。昼間、パタン郊外からタメルまで往復20kmちょっとを自転車で。その後、15kmのロードををレースペースでランニング。したら、ふくらはぎがパンパンですわ。消炎クリーム塗ってマッサージ。

1月のフルマラソンで足底アーチの筋を痛めてから、治療モードで、路面の硬いロードでは10km以上走っていなかった(足に優しいトレイルでは20kmちょっと走ってたが)。 

2週間後の週末、勝負なのに、大丈夫なのか?自分?漠然と不安だが、まあ、平地のマラソンのような追い込み方をしなくて良い/出来ないステージでRock'n'rollなので、少しタカをくくっている。

Going to be 痛い目見ます。 

ネパールでも、言葉狩り?

ネパールのテレビで、以下のような公共CMが放送されている。

落ち込んでひとり座っている男子生徒(高校生風)。女性教師が見つけて
「授業にも出ないで、ひとりで何をしているの?」
「先生、昨日テレビで見たんですけど、政治家たちが今の政情を【かたわ】とか【めくら】って比喩していたんです。ボク、それを聞いて悲しくって」
「何云ってるの、あなたは障がい者じゃないでしょ。こんなことで悲しまないで、さあ、教室に戻りなさい」
「先生!あなたのような立場の人が、こんな差別を見逃して恥ずかしくないんですか!!」 
正義の味方風の男性が
「公共の場所で、障がい者を引き合いに出すような否定的表現で発言するのは、社会に対する深刻な犯罪行為です」 

街角のティーショップで 客1+2と女主人の会話
「ミルクティーちょうだいな」
「ごめんなさい。ちょうどミルクを切らしているの」
「あ゛ぁ〜、片目の見えないおじさんでも、いないよりまし!(ネパールの伝統的諺)ミルクなしの紅茶でいいよ」 
「おい、そんな障がい者を見下すような諺使って恥ずかしくないのか!」 
正義の味方風の男性が
「人前で、障がい者を引き合いに出すような否定的諺を使って発言するのは、社会に対する深刻な犯罪行為です」  


ティーショップでのシークエンスは納得できるが、学生と教師のシークエンスには、ちょっと行きすぎというか、靴の上から足を掻いている感じ。集会でこういう発言をする政治家に、群衆から非難の声があがるという、シンプルな作り方で良かった。

しかし最後に、正義の味方の男性=ネパール社会の強者の象徴が正論を振りかざす部分には、ものすごく違和感を感じる。云っていること、主張は正しいのだが。

云い方を変えれば、差別される側の「痛み」とか「悲しさ」が感じられないのだ。このような上から目線では、単なる言葉狩りとして反発を受けるのではないだろうか?もしくは、無視されて終わり。 

この公共CMは、ネパール障がい者人権協会のもので、資金援助は英国国際開発省(DFID)と、最後にアナウンスとロゴも出る。イギリス政府の外国援助のお金で制作されたわけだ。

社会正義を実現させるために、素晴らしいドラマ風CMや啓蒙TVドラマが数多いネパールであるだけに、見ていて残念な気持ちがする。

氷河湖を巡る、混乱

IPCC第4次評価報告書(クリック)を巡るデータ改ざん疑惑、いわゆる、クライメート・ゲート事件(クリック)以降、ヒマラヤ氷河湖決壊の危機に対する日本の感心に変化が出ているように思う。

私自身日本国外に暮らす人間なので、世論については肌で感じられない。しかし、日本政府関係者や既存のメディアという、世論構築の鍵を握る可能性ある筋の反応が、冷ややかになっているように思えて仕方ない。具体的な明言は避けるが、そんな出来事がいくつかあった。

気候変動/地球温暖化/氷河の減少/海面上昇等々、何らかの政治的・経済的意図で、曲げられたデータや誇張された結論があった「らしい」ということは、私も認めている。

しかし、この50年間に巨大化の一途を辿り、甚大な決壊災害を起こしている氷河湖の存在自体は、間違いようのない真実だ。その原因に対する科学的、政治的論争があっても、氷河湖決壊の危機にさらされる地元住民の存在や、その対策の重要性までも疑問視することは許し難い。

イムジャ氷河湖
 (写真、是非クリック拡大してご覧いただきたい)


本日、カトマンズに本部を置く、大変立派な(国際的人材・施設・研究・報告で有名な)某国際研究機関の記者会見に行っていた。

この機関に属する、世界的にも有名な氷河湖研究者の言によれば、

ヒマラヤの氷河に関する研究は新しい分野で、長期間にわたる体系的な研究やデータの積み重ねが薄い。

世の中に、氷河湖決壊の危機に対する疑問の声もあるが、もしツォーロルパやイムジャ氷河湖が危険でないとすれば、ネパールに決壊の危機に瀕する氷河湖は存在しないことになる。過去に決壊災害が起こっている事実にかかわらず。

世界的な疑問に答えるためには(定説を打ち出すためには)、長期にわたる、ヒマラヤの広い地域での研究が必要である。 

IPCCの問題については、当事者ではないので何とも言い難い。


氷河湖決壊で引き起こされる下流域の災害アセスメントが手つかずで、この深刻度による対策が必要だ。逆説的に云えば、どんなに巨大な決壊が起こっても下流域に集落や発電施設などのインフラがないなら問題としては小さいが、多くの氷河湖は甚大な人的被害、社会インフラへのダメージを引き起こす。

近年、ヒマラヤの東側(ネパールヒマラヤ東部やブータン)では、経済成長激しい中国やインドから飛来するカーボンの黒い埃が氷河に振り、これが日射の熱を集めて氷河が溶ける原因となっている。白い氷河は熱射をはね返すが、これが黒く汚れることで熱を吸収してしまう。

などなど。興味深いやり取りがあった。

しかしこれを、自分の目で氷河湖や氷河を見たことのない人たち。特に、社会的影響利欲の大きい人たちに説明し、納得してもらうことは至難の業である。一度自分の目で見てもらえれば、実感してくれるのだろう。

親亀転けたら、子亀も転けた。IPCC転けたら、気候変動みんな嘘!

と、世間の目が、必要以上に批判的になっていくことを食い止めたい。現場に近い人間として。

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さて、本日の記者会見。退屈なスピーチが多いだろうとわざと遅れて行ったら、始まりが遅れていて、ちょうどパネル・ディスカッション開始の頃であった。予想に反して、大変興味深かった。

予想通りだったのは「あら、ミキさん、遅いじゃない」と広報担当に嫌みを云われるという推測。担当者じゃなくて、この人のアシスタントのおねーちゃんに云われたけどね。

「来なくてもお小言、来てもお叱りなんですか?」とやり返した。

受付のあと手渡された「メディアセット(取材者へのお土産)」を見たら、この機関のロゴが刺繍された有名ブランドの帽子など豪華なもので、あ〜、彼女に嫌みで返して悪かったかな?とぷち反省。

こんな素敵なお土産つきなんだから、呼ばれたらさっさと、時間通りに駆けつけなさい!的な考え方が、上から下まで組織内にあったとしても、そりゃそうだよなぁ〜 オバサンが悪かったよ!

金満な研究機関や援助機関の場合、こうして、ご褒美で人間を集める方法が少なくないんだわ。私も人間。釣られる部分は否定できない。

この点、日本のアプローチは質実剛健で好意が持てる。そのかわり、素晴らしい活動をしているのに、それが世間の目に触れにくいという部分もあるが。

子どもの栄養失調に関して

今朝書いた、ネパールの2歳以下の子どもの74%が低栄養による貧血というデータ。別の筋の専門家に尋ねたところ、あり得る話だそう。

ひょぇ〜っ!驚いた。

また、これに対する対処法として、家庭菜園の導入や基礎的栄養学の普及を通じて、食事に対する行動を変化させる方法と、ビタミン剤やサプリで栄養改善する方法の2つがあること。前者は結果が出るのに時間がかかる。しかし効果は持続する。後者は早期に結果(栄養改善)が出るので、外国プロジェクトとしては「成功」の評価を得やすい。しかし薬やサプリの配給や補助金が打ち切られると、その後に不安が残る。

昨日の会場では、子どもの食事に混ぜて食べさせる粉末のビタミン剤や、掌より少し大きい程度の一袋で500kカロリーの高栄養ナッツペースト(これ、マラソンの補給食として是非欲しい。どこで買えるのか?)などが展示されていた。

自分の現在の仕事に直接関係なくても、疑問に思ったことはその都度調べて頭の引き出しにしまっておく。これがいつか、役に立つことがある。私の業界ではね。 

低栄養を語る、栄養過多

昨日はカトマンズ中心部の某高級ホテルで開催された、2歳以下の子供の栄養不足に対する取り組みの会議に呼ばれていた。国連の諸機関、各国援助機関、ネパール政府の関連省庁などにぎにぎしく一堂に会したものだった。

広報担当のお姉さまが(尊敬する先輩のきょうだい)何度も電話やメイルをくれたので、特別興味はなかったが(だって、この手の集まりは退屈なスピーチばかりだから)、彼女に不義理出来ないから、午後の部だけ出席した。

この中心になっている、国連の某子供の権利を守る機関によれば、ネパール全国の2歳以下の子供のうち、74パーセントが栄養失調による貧血であるとか。本当かいな?都市部の子供もカウントしてるの?と広報担当に聞いたが、タライ(インド国境に近い平野部)の状況が酷く子供の数も多いので、こういう数字になるとのこと。

この分野の専門家のみなさん、これ、信頼できる数字でしょうかね?


さて、予想通りスピーチが10人も続いた感じ。外国人は3分と云われれば最長5分程度で止めてくれるが、ネパール人は10分でも20分でも平気で喋るのに辟易。内容が面白ければ許せるが、内輪ネタの歯の浮くようなお礼の言葉などが延々と続くこと少なくない。または、自己陶酔の「オレたち、サイコーだよね」な内容とか。

みなさん博士号を持ってる人ばかりだが、ネパール人のご年配の博士たちって、外国で学位とって、ネパール語訛り/ヒンディー語訛りの英語で喋っていても、メンタリティがどうしようもなく伝統的ネパール的で呆れることが多い。若手のみなさんは違うけど。

やーっと会議が終わり、ディナーの時間。で、この時の食事もデザートも、油と香辛料と砂糖とバターがこってりで、セーブして食べたが、帰宅後胸やけで苦しんだ。このホテル、レストランの料理とパーティ・ビュッフェの質がこんなにも違っていいんかい?

子供たちの栄養失調を語りつつ、見かけだけ豪華な、身体に悪そうな栄養過多の食事を食べる......罪悪感を感じなくなったら、これは、悪しき援助文化に染まった証拠。と云いつつ私も、こうしてブログで書くことしかできない。

ちなみに、原価の高い厚手のネパール手漉き紙+ちぎり絵の施されたファイルの中に、立派なカレンダーや特製メモ帳などが入った「おみやげセット」も、もれなくいただきました。

あ〜、モッタイナイ!
 
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