けぇ がるね?日記

ネパールの首都、カトマンズから発信しています。

2010年06月

2011観光年、動き出してます

来年2011年は、ネパールは官民を挙げて観光振興キャンペーンを繰り広げる、ネパール観光年となる。公式のイベントは来年の元旦からスタートするが、各種観光振興団体や旅行代理店によるプレイベントは、今年秋から目白押しになる模様。

ネパールの大手旅行代理店(欧米の顧客が主なので、日本には知られていない)Himalaya Expedition は、ルンビニを起点としたネ印仏跡ツアー定期観光バスサービスを開始する計画だ。これまではインドの各都市を起点として、インドの旅行代理店が主催したツアーが、ネパール側にある仏跡は国境を越えて日帰りでオペレーションすることが多かった。

これをネパール側の、釈尊生誕地ルンビニを起点/終点とする周遊バスサービスを提供することにより、ネパール側の他の観光ポイント(カトマンズ、ポカラ、チトワン)や、チベット側にまで、仏跡観光客を誘致するというコンセプトだそうだ。

HimEx社の説明によると、パッケージツアーなのではなく、例えて云えばカトマンズ〜ポカラのツーリストバスのようなものらしい。毎月設定された出発日の中から日程に会う日を選び、観光客は座席を予約する。そして、出発地点であるルンビニに移動し、指定の日時と場所からバスに乗車。何日かかけて仏跡を一周し、再度ルンビニに戻ってくる。

オプションとして、インド側の宿泊ホテル予約や観光サービスも予約できるだろうし、もしかすると最初から、ホテル宿泊料金もバスチケット代金に込みになるかもしれない。

この定期観光バスの路線は、ネパール側ではルンビニとカピラバストゥ(ティラウラコット)。インド側はShravasti(サヘート/祇園精舎)、Kushinagar(入滅の地クシナガラ)Sarnath(サルナート/鹿野苑Bodhgaya(ブッダガヤ)、Vaishali(バイシャリ)という、仏教四大聖地(太字)を含むものとなる。

エアコンはもちろんのこと、トイレも完備されたデラックス専用観光バスを投入するとのことだ。今年12月には、トライアル運行を開始するとのこと。

仏跡観光を好む仏教徒の多くは、それぞれの国の言葉や食事によるサービスが大切である。この点のフォローは望めそうにないが、仏教ブームの欧米人観光客をターゲットにしているのだろうか?オペレーターはヒンズー教徒であるし、仏教専門家によるコンサルテーションも受けていないもようだ。

と、不安要素もいろいろあるが、インドのビハール州、UP州という、旅行者にとっては厳しい環境に散らばる仏跡を、一筆書きで巡る観光路線バスというのは、好事家にとっては注目だろう。

12月のプレ運行には、キャンペーン乗車を勧められているのだが。う〜ん。乗ってみたいような、怖いような。四国八十八ヶ所の、マサラ満載・強烈版のようなバスツアーになるんだろうか? 

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さて、2008年、エベレスト上空。エベレストの頂上よりまだ上の高所から、史上初のスカイダイビングを成功させたグループがあります。その後、グループが2つ(英国系とニュージーランド系)に分裂した模様。

今年の秋は、両グループが、ネパールのエベレスト上空からのスカイダイブ競演になる見込みなのだが、以下のサイトもご覧いただきたい。

英国系、エベレスト・スカイダイブ
NZ系、エベレスト・スカイダイブ 

ロゴからして、ほとんど同じじゃないですか!しかもこの双方のサイトを丁寧に読み込むと、それぞれのネパール国内ハンドリング旅行会社の紹介が.....ぎゃ〜っ!

ネパールの旅行業界。特に欧米系ハンドリングに詳しい方としか驚愕を共有できないが、他にもいっぱい立派な旅行代理店があるというのに、敢えてこの2社とは。あああああ。恐ろしすぎる。

実は我が家は、この2社共に、等距離で仲良しなので。

「おおミキさんよ、スカイダイビングを体験してみないかい?」

と云われたら、怖い。高度1万メートルから墜ちるより、ずっと恐怖の、カトマンズのネパール人人間関係が怖い。

ネパールの新しい冒険スポーツとして、ニュースネタとして美味しすぎるだけに、近づきた〜い、近づくのがこわ〜い。

ネパールで複雑怪奇なのは、政治の世界だけではないのだ!

ネパールの結婚は、鮮度が高い!

つい先ほど、ネパールにおける私の親代わりとして20年以上お世話になっている、私の(ネパール人)兄から電話があった。

「明日の朝 、家族揃ってうちに来てね。息子の婚約式だから」

ひぇ〜っ!チビッコの頃からよく知っている、長男が結婚する。

「昨日、縁談がまとまったんでさ。突然だけど、みんなで来るんだよ。絶対」

ということだ。お嫁さんがどんなに可愛くて素敵なお嬢さんか、楽しみである。何たって私の弟(正しくは甥だが、ネパールでは甥=弟)は、なかなかハンサムで素敵な青年なのだ。

ヒンズー教では、結婚に係わる儀式が出来る日付が限られている。今年前半はもう、残り少ない。ということで、良縁が決まれば、あれよあれよと結婚の儀式になることも良くある話。

今回は、取り急ぎ婚約をして、結婚式は秋に執り行うらしい。日本との手広いビジネスを稼業とする一家なので、招待客はネパール国内に限らないとも思う。数ヶ月の準備期間を置くのは、良い判断だと思う。


それにしても、ネパールの結婚は、恋愛だろうがお見合いだろうが、一度決めたらもう躊躇したりしない。結婚するのは当然!という、人生の図式に迷いがないのだとも思う。当人たちも。親や親族も。 

朝から暑い!

今朝は6:45頃から、ゆっくり自宅近所の10kmコースを走った。最初は涼しかったのだが、7:30過ぎになると、朝の太陽がカーッ!と照りつける。走り終わったあと、おでこにまいていた汗止めヘッドバンドを外してみたら、ずしりと重い。

絞ってみたら、汗がぽたぽた.....

サンフランシスコで癌の治療を受けた寛平師匠は、地球一周マラソン再開で、現在トルクメニスタンの砂漠地帯を走っている。摂氏50℃の中と云うことだ。それに比べれば、カトマンズの朝なんて何と云うこともないのだろうが。が、やっぱり、走るのには暑い。

ここしばらく、夕方ランニングする時間が取れずさぼり気味だったので、これはイカン!と朝ランに取り組みはじめている。朝6時前には走り出さなきゃね。

と、ブログに書けることも限られるので、他の話題なし。まあ、いろいろあるけどね。

久しぶりのハッシュ

昨日、1ヶ月半ぶりに週末のハッシュ・ランに参加した。この期間中、体調不良/仕事/ヒマラヤと、いろいろ立て込んでいた。

集合場所は、パタン郊外、ゴダワリ・リゾート手前の松林。自宅から、片道8km程度を自転車で向かう。ここから、1時間半ちょっとのトレイルランニングだった。エベレストでの疲れが残っている。身体が思うように動かせない。高度の薄い酸素の中での無理は、後で効いてくる。

と思ったら、一晩寝て今朝、上半身。特に肩胛骨から両腕の付け根にかけての背中と背筋が筋肉痛だ。空気が濃い場所の トレイルでは下半身以上に、上半身を使った走り方になるのだろう。うーむ。

不整地でのランニングが、全身運動であることを痛感している。

過去のトレーニング記録を見ても、カトマンズが一番暑いこの時期、毎年、走力が最低になっている。毎年、秋にフルマラソンが走れるんだろうか?と不安になるほど、距離もスピードも踏めない身体になっている。そして、毎年復活している。今年も復活できるだろうか?って不安を、毎年乗り越えている。そして走力は、少しずつ向上している。

今年も、一番辛い時期。去年より、少しでもベターに乗り切りたい。

走り終わった後、急に涼しい風が吹いてきた。ジャケットを着ていないと寒い。仲間が云った

「モンスーンがやって来たね」

その日の夜中、激しい雨が降った。

季節の変わり目を体験できるのって、ちょっと、いいよね。

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さて、人生でも辛い時期というのはある。

その原因が自分にあるのも辛いし、自分以外に「不幸の種」がある場合も多い。世の中には、建設的な事はやらないのに、他人をコントロールすることを至上の喜びにして生きている個人や組織がある。

ネパールの政治家とか、地方の有力者とか、いろいろ、ね。

人を恨む気持ちというのは、人間をダークフォースに堕とす。堕ちた本人も、復讐できたとしても、幸せにはなれない。同時に、人の恨みを買うというのは、実に恐ろしいことである。南アジアで生きていると、いろんな実例を目にすることがある。社会的、経済的に、異議が申し立てできない立場の優位にいる人間が無茶苦茶をした場合、された側の持つ恨みは増幅されていく。

普段大人しく、人の云うことをかなり無理なところまで呑み込んで、我慢している人の「堪忍袋の緒」が切れたとき。

恐ろしや、恐ろしや.......

人間の中に棲む鬼に、魅入られないように 。自分の中に棲む鬼も、起こさないように。くわばら、くわばら、である。

しかし世の中には、あーあ、それ、危ないよ。と、誰もが思う領域に自ら踏み込み、ドリフのギャグで舞台背景がバタッ!と倒れるような事態を自ら招く人もいて。何故なんだろう。 

もう、戻れないのか?山屋には

今回の山岳レースは、タイム的には不本意なものであった。しかし、自分の足が、山屋/トレッカーから、ランナーのものに変化してしまったことを痛感した。

トレッキングがナムチェの上、クムジュン村までであったため、3年前に買ったライケルのローカット、ビブラム底トレッキングシューズを履いて出かけた。2007年エベレストマラソンの時は、これでフルマラソンを完走(完歩)した。のだが、初日、ルクラからパグディンまで3時間歩いただけで、靴底の硬さが嫌になり、レース用のトレランシューズに履き替えてしまった。 

3年前までは、底が硬くて、くるぶしまであるハイカットのトレッキング・シューズを普通に履いて歩いていた。ローカットであれば、底が硬くても多少なら走ることだって出来た。

それなのに......

普通のランニングシューズでは靴底のグリップが弱すぎて、特に下りで滑ってしまう。これより多少硬くても、グリップのあるトレランシューズであれば、足の運び可動域が広い。

というか、山で走ってはいけません!というのが、山屋のお約束。

なんだけど.......

実は、特に下りでは、ぽんぽんと軽く走り下る方が足腰ひざにとって、楽なのだ。一歩一歩ガンガンと衝撃を受けて歩くんじゃなくて、軽く飛ぶことで、一歩一歩の衝撃が劇的に減るわけだ。ただし、脚力が必要。背筋と腹筋力も、意外と大切。背中の荷物は軽く。不整地で転ばないために、身体全体を柔らかく、骨盤から軽く前傾姿勢で、へっぴり腰は厳禁。

ひとつ困るのは、一緒に歩く/走るお友だちが見つけにくいこと。今回の下山。クムジュンからナムチェまではゆっくり、仲間たちと歩いたが。身体が温まったところで軽く走る。ガーッとランチのロッジに先行し、歩くのが速い仲間数人が着いたところで一緒に早飯をゆっくり楽しみ、軽く食休みしたあと「じゃ、また」と先行し、ルクラへのひとり旅。何度も歩いて、よく知っているから出来る。

トレッキングの楽しみ方は、ゆっくり歩くだけじゃない。

でも、走るのは邪道かな?

他のトレッカーの迷惑にならぬよう。転倒にも注意。

 

第2回氷河湖決壊防止ラン

Beat the GLOF Action Run これを私は、氷河湖決壊防止ラン と意訳しているのだが、この第2回大会が6月4日、エベレストの麓で開催された。

去年の第1回大会は、標高5千メートルのイムジャ氷河湖からスタートし、クムジュン村をゴールとする35kmであった。今年は、富士山頂とほぼ同じクムジュン村をスタートし、回り道コース経由でターモ村を過ぎ、1985年に決壊したディグツォ氷河湖の災害現場まで行き折り返し、シャンボチェ飛行場、クンデとめぐり、クムジュンに帰ってくるコースである。

主催者からは16kmとの発表であったが、ラン前日にコースが延びたこともあり(延ばすかよ、おい!?)、帰宅後google earthで計測してみたところ、18〜19kmはあった。

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地域の中核、クムジュン村のスタート/ゴールと云う事で、100名を超える参加者があった。朝7時、霧に包まれたスタート地点。

ホイッスルと共に、サナサまで駆け下り、晴れていればエベレストの展望が素晴らしい水平道をナムチェ・チョールキャンプまで。ここから村に降りずに、直接ナムチェ・ゴンパに続く道を行き、フルテ〜ターモ村へ。ターモ村は横に長〜くてイヤになった頃、村はずれのクンブー電気会社につく。本来ここで折り返しだったのに、うちの亭主が

「ディグツォの決壊被害現場まで行かずに、何が氷河湖ランか!」

と、正論なのだが、ランナー迷惑なことを言い出したおかげで、走る距離が延びた。

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電気会社から片道20分強。1985年当時完成間際であった発電施設(水路)が、氷河湖決壊土石流で流された現場で折り返す。

25年前の災害が残した、巨大な石が積み重なる河原。左右の斜面は、地盤が弛んだままで、現在に至るまで毎年地崩れを誘発している。氷河湖決壊災害は、後を長く引く災害であることが実感できる。

ディグツォは小規模な氷河湖だが、それでも、そこから流れ出た土石流のすごさは、25年後の災害地を見ただけで背筋が寒くなる。

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参加したランナーたちは、去年に引き続き、私を除いて全員地元の人たち。年齢的にも、どう見ても、息子や娘の年代。

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完璧に高度順化が出来ている彼ら、彼女らは、平地で走るように駆け抜けてゆく。

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それに比べて、カトマンズっ子の私は、息も絶え絶え。とにかく、心肺機能がついていけない。10分も走ると息も絶え絶え。歩いて、走って、歩いて、歩いて....なんでこんなに苦しいんだろう?5千メートルから走った去年より、なんで苦しいの?

考えられることは、去年は10日弱かけて、ゆっくり、5千メートルまで順化してから走り下った。標高が4千メートル、3千メートル台になると、目に見えて楽だった。

それが今年は、たった3日でクムジュンに来て、翌日のレース。しかも順化の最高地点+−4百メートルのコース。日本で例えれば、富士山頂から9合目、再度頂上という高度であったため、無理があった。

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それでも最後に、地元の若者を2人抜いた。完走者ビリから3番目。ぜーぜ、はーはー。4時間5分38秒で、何とか完走。

3時間半でやっつけるつもりだったのに!くぅ〜っ!!普通にトレッキングで歩けば、休みなして8時間かそれ以上かかるコースだが。不本意この上ない。

カトマンズの高地トレーニングで、バンコクや東京を走ると効果抜群だが、ヒマラヤでは歯が立たない。という、至極当然のことを、身をもって体験....って、毎回なのだが。2〜3ヶ月山ごもり集中トレーニングでもしないと、無理だな。

ルクラのカオス

エベレストトレッキングの玄関となる、ソルクンブー郡ルクラ飛行場(テンジン・ヒラリー空港)は、ネパールの山岳路線空港の中で、最も多くの外国人を迎える=外貨を稼ぐ、観光の拠点のひとつといえる。

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ターミナルビルは建て替えられ、滑走路も舗装され、見た目は立派になった。25年前、はじめてルクラに行ったときは、草地の滑走路と掘っ立て小屋しかなかった。それにしても、チェックインの不思議さは相変わらずである。

まず、フライトの前日午後。ルクラにある航空会社の支店で、フライトの再確認が必要だ。カトマンズで帰路の予約をしてあるからと、安心してはいけない。ツーリストが自分自身で行って不可能ではないが、ネパール語、シェルパ語の飛び交う世界で戦えるだけの語学力と自己主張が不可欠であろう。

日本やカトマンズの旅行代理店からアレンジしたトレッキングであれば、ガイドさんが全部やってくれるはずだ。もしくは、ルクラで泊まっているロッジが代行してくれる。

ルクラの主要ロッジの場合、それぞれのオーナーが、航空各社との太いパイプを持っている。それが、日本の旅行会社〜カトマンズの契約トレッキング代理店〜地元のロッジ〜ルクラの国内線各社....というビジネスのつながりで、あなたの帰路フライトが確保されるわけだ。

であるからして、あなたのガイドさんが信頼できるきちんとした人であれば、ガイドさんが「ここに泊まりましょう」というロッジに泊まること=あなたのつかんでいるコネを最大限に活用することになる。

多くの場合、カトマンズからルクラについてすぐ、ガイドさんが「ここでお茶を飲みましょう」とか「朝ご飯食べましょう」と云うロッジが、コネのあるロッジの筈。エベレスト街道へのトレッキングを開始する前に、帰路のチケットをそのロッジに預けておいて、帰路の宿泊とチケットの予約再確認をセットでお願いしておくことになる。

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飛行当日空港に行くと、チェックインカウンターの前には誰のものか不明の大量の荷物(多分、登山隊の持ち帰り機材)と、フロアーいっぱいの人、人、人。これをかき分けてチェックインするのだが、最近私がお世話になっているロッジの場合は、ルクラに着いた時点でチケットを預けっぱなしで予約の再確認も任せっきりで、我々が空港に着いた時点でロッジのオヤジさんが既にボーディングパスを握りしめている。

「はい、ここに荷物を置いて」

と指示された巨大体重計に荷物を載せて計量し、荷物預けのタグをもらい、

「はい、あっち」

と指さされた先の、警察による荷物チェックではダッフルバッグを開かれもせず、セキュリティOKのシールを貼ってくれる。その後、エアライン職員が荷物を担いで持ち去ってくれる。

う〜ん、ロッジのオヤジさん、(*^ー゚)b グッジョブ!! 

「おとーさん、ありがとう。また来るときは泊まるからね。よろしくね」

と、固い握手を忘れてはならないし。次回、他のロッジに浮気することは厳禁なのである。

昔、別のロッジであるが、前夜大酒飲んで酩酊して騒いだネパール人カメラマンたちがいて、私を含む早く寝たよい子(?)たちはロッジのお母さん(ここは、母さんの方がやり手だった)に

「さっ、早く、ささっと」

と、ボーディングパスを渡され、さくっとカトマンズに飛んだ。騒いでいたヤツらは次の便が飛ばず、結局5日ほど悪天でルクラに足止めされたこともあった。斯様に、ルクラのロッジ経営者に嫌われると、ロクなことはないのである。

帰ってきました!

エベレストの麓、クムジュン村に行ってきました。報告は追ってUPしますが、取り急ぎ、飛んでるビデオを2本。




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