けぇ がるね?日記

ネパールの首都、カトマンズから発信しています。

2010年12月

年末、号外

さて、いよいよ、アンナプルナ耐久レースです。参加登録も終わり、ゼッケンを手にしました。

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あれ、あれ?世界で活躍するトレイルランニング界の貴公子と、胸に輝く日の丸をつけた24時間走日本代表選手に囲まれています。きゃ〜っ!

約100人の出場選手の中で、外国人は男女合わせて30人ほど。その中で、日本人は3人です。

亭主からは、くれぐれも50kmカテゴリーでゴールするように。欲を出して70kmに行かないように(今回はレース出発後も、参加カテゴリー変更がききます)。と、何度も念を押されています。はい。大丈夫。(70kmに進めるかどうかの)39km関門で引っかかりますから、70kmには行けません。大人しく、50kmでゴールしておきます。

では、明日は2時半起きなので、寝ます!

議員の憂鬱

元旦の山岳耐久レースのため、昨日夜ポカラに着いた。
日本人強豪ウルトラランナーSさんと、うちの夫婦の3人で、夕食は「ポカラに来たら、これを食べなきゃ!」な、ダムサイト・モナリザのタカリダルバートを堪能。美味しくて、つい、食べ過ぎ。レース前のカーボローディングと、言い訳してみよう。Sさんから、日本の、世界トップレベルの耐久レースやランナーのお話を伺え、非常に刺激を受けた。トレーニング方法についても、教えていただいた。

今朝はゆっくり起きて、7時過ぎから30分ほど、レイクサイドをジョギングした。カトマンズに比べて温かい。久しぶりに、汗をかいて爽快だ。カトマンズの朝ランはこの時期、霧で寒くて、もっと長い時間と距離でも、汗が出ない。

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さて、これに先立つ12/29。パタン市内の某書店で、某マデシ政党の中核政治家・現職国会議員氏にばったり出くわす。寝技・立ち技系のくせ者政治家であるが、インテリで、なかなかさばけた彼とは、以前から親しくしていただいている。

「おお、ミキじゃないか。今日は何だか、リラックスしている感じだね」
「はい。私たちにとってはお正月は、仕事をやりくりしても休暇を取るシーズンですからね」
「そうだね。来年があなたにとっていい年でありますように」
「ありがとうございます。私たちが個人として、そしてネパール国全体にとっても、来年は大きく前進できる年になりますように。祈っています」

と、最後の私の言葉で、彼の顔が見る見る険しくなってしまった。

国を引っ張る政治家の一人である彼だから、国全体のことを云っても当然の筈なんだけど。

この手の善意の挨拶だけで、それが嫌みに受け取られてしまう状況が、ネパール政界の中に根深いことがあるのね。なんとも、複雑なことだ。

今年最後のブログであるが、明るい話題にならなかったのが残念である。しかしこれが、今年のネパール。来年はどんな一年になるだろう。粛々と、見守り続けていきたい。

ムリムリ、御用納め

西暦の新年は平日のネパールであり、新規プロジェクトの立ち上げ中で年末年始も「お仕事継続中」なのであるが。無理を云って、5日間ほどの休暇をいただいた。あ゛〜、いっぱい、ペンディング事項ばかりなのだが、年明けから頑張ります。ごめんなさい。
明日からポカラに移動して、元旦は山岳耐久レースですわ!

すいません。

って、謝ることもないか。日本人として、休むぞ、正月。ランナーとして、走るぞ、元旦。

今日はパタンのサミット・ホテルで、アンナプルナ山岳耐久レースの記者会見もあった。うちの亭主がメディアの仲間内に招集をかけてくれたため、賑やかな集まりとなった。参加者も多彩で、外国レースで実績を上げているネパール人ランナー、女性100キロ元世界チャンピオンランナー、そして、我ら市民ランナーたちが顔を揃えた。

この日を目指して、夜明け前から気合いで起きて、霧の、霜の降りたパタン郊外を走ってきた。あとは、レースを楽しむだけだ。うむ。今年は年賀状も出来ていないが、許せ。後日寒中見舞いを作ろう。


2011年1月1日。ポカラ空港近くのポカラ・ホリティインを朝5時半にスタート。ミランチョーク、アスタム(はなのいえのすぐ下を通ります)、ダンプス、ランドルン、ガンドルン、ビレタンティ。お正月トレッキング中の日本人の方たちにも沢山出会えると思う。お見かけいただけましたら、声をかけてくださいませ。

いってきま〜す!

先のことは、予測はしても考えず

最近、時々バンダ(ゼネスト)が行われるようになってきた。石油製品の値上げ反対であったり、政党の学生組織同士の暴力沙汰が原因であったり。なのであるが、機動隊と衝突をしたり、スト破りで走行中の車両が襲撃されたりの過激さがない。数は少なくても、タクシーや個人のバイクは走っている。

バンダによっては、全く、何の影響もなく普通通りであることさえ。

先日は学生組織のストであったため、用心して徒歩で出勤した。1時間ちょっと、6キロ強のウォーキングで、これくらいは何でもない自分なのだが.....あ〜、自転車で行けたのに。と、街の様子を見て思った。次回のバンダは、自転車を出すぞ!と、そんなときに限って、自転車も止められたりするものだ。以前リングロードで、自転車に煉瓦の破片を投げつけられたことがトラウマになっている。当たらなかったから良かったが、あと30センチ前にいたら、脇腹を直撃されるところだった。肋骨、折れてたよ。危なかった。

12月に入っての、腑抜けた、口先バンダを見るにつけ、

やるなら、バシーッ!と全部止めちゃいなさいよ。そうじゃないなら、バンダなんてやるな。(゚Д゚ )ゴルァ!! と思う。

迷惑千万なのだ。

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2011年は、ネパール観光年であり、この年だけは「バンダをしません」と、各政党が署名して宣言したが。そんなこと、信じられません。

来年も新憲法は出ないこと確実であり、4月、5月は政治的に混乱する可能性がある。そうなりゃ、バンダでも何でもありになるだろうし、マオ派との内戦を終結させた包括的和平の大前提さえ吹っ飛ぶ可能性は、ゼロではない。最悪のシナリオなら、........でっせ。

来年の予定など、一生懸命きちんと計画したり準備するものの、心のどこかに

「ネパールの世間は諸行無常。何が起こってもメゲないでいよう。まあ、悪いときは悪いなりの仕事も降ってくるからさ」

と、タカをくくっている自分がいる。

今日を生きる。

先のことは、予測している。しかし、思い悩むことはしない。

最悪の事態を心に留めて、最善を期待して、脳天気。

粛々と、出来事に対処していこう。

ミッション、カジャをゲットせよ!

ネパールにおける「霞ヶ関」(って云うほど立派ではないが)、シンハダルバール地区にあるネパール政府某省庁の本省での勤務が続いている。何処で仕事をしたって、お腹は空くものだ。お昼は、シンハダルバール近くにあるレストランに行っていたが、どんなに急いでも往復と併せて1時間近くかかってしまう。この時間が「もったいないねぇ」と云う感じで、プロジェクトの立ち上げ作業が連続していた。そんな中、専門家の一人が

「ねぇねぇ、ちょっと通りかかったら、台所で食べ物を作ってるんですね。スチールのお皿にちょこちょこいろんなものを乗せたカレーセットみたいなもので、ネパール職員が出前みたいにして、食べてるんですよ。あれ、ボクらもトライしてみません〜?」

ああ、それは、野菜のカレー、チウラ(乾飯)、アチャール(カレー味のピクルス)の「カジャ・セット(午後の軽食セット)」ですね。みなさん、お腹は大丈夫ですよね。ねっ。と確認した後、早速、どうやれば出前できるのか?日本人である我々も注文できるのか?調査する。

キャンティーン(職員食堂)があるというのでその内線番号を聞いたら....電話をかける前に、若い頃はきっと美人であった感じの、中年の押し出しのいい女性がプロジェクト・ルームにやってきた。

「何が食べたいの?お茶は飲みたくないの?ニホンジンのお腹は弱いから、注意して清潔なカジャを出すように、さっき上から指示もあったからね。みなさんのカジャは、私が仕切りますからね。いいですわね。わたし、名前はドゥルガですから。ヨロシクね」

「はい」

彼女が我々の事務所を出て行こうとしたその瞬間。気の弱そうな、若いネパール人男性が入ってきた。

「あの〜、ボク、キャンティーンの責任者ですが.....」

瞬間、ドゥルガ姐さんがキャンティーンの男性を睨みつけた。

「この人たちのカジャは、私が注文受けてますから」

そういうことなので、今日のところはこの通りで。と、二人にお引き取りいただいたのだが。何故、2つの系統からカジャの注文を取りに来たのか?二人の間の微妙な緊張関係は何か?訳が分からず。

少しして届いたカジャは予想以上に丁寧に作られていて、やさしい美味しさだった。文句なく、毎日お願いすることになった。値段も一セットで40円しない値段だし。仕事場で食べられて、時間も節約。一石二鳥。

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後になって分かったが、私たちが勤務する省庁には、外部の訪問者も利用できるキャンティーンとは別に、本省の職員のためだけのカジャを作ってくれる部署とキッチンが本省内にあると云う事。この部署の責任者が我々の仕事場にやってきた女性で、本省計画課の職員だと云うこと。

我々がネパール式のカジャを食べたいと言い出したことで、本省の課長がこれら2系統に連絡をしてくれていて、特に計画課の方には「ニホンジンのお腹を壊してはいけない。充分注意して、面倒を見てあげること」と、指示を出してくれていたそうだ。

課長から連絡を受けた計画課の女性は、「これは、私の責任だわ」と、むちゃくちゃ張り切っていてくれた様子だ。それで全てが腑に落ちた。たった40円のお昼のカジャであっても、そこにはネパール政府内部の仕切りや縄張りや、命令系統がある。

「ネパールのことなら、大概の事案はなんとかしましょう」という看板を下げている私であるが、その実情は、その場でオロオロしながら、リサーチしながらやっているわけで。こんな小さな出来事からも発見がある。


毎日、私たちに美味しくて、安心できて、しかも安いカジャを食べさせてくれる、頼れるドゥルガ姐さんであるが。ただひとつ困ったのは、ネパール語でないと会話が成立しないこと。現状、まだネパール人スタッフ雇用前であるため、私がいないときは注文できない。

日本人チーム内で相談して、注文に必要な簡単な会話と数字について、ネパール語をカタカナ表記した「サバイバル・注文方」を作って対処している。一日も早く、英語の出来る(日本語も出来るともっといいけど)ネパール人スタッフが来てくれることを祈りつつ。今日もお昼の注文取りをする私なのであった。

小さな事からコツコツと。出来ることは何でも承ります。この姿勢でやっていくしかない。

あああああ。積み残しの仕事が。本来業務に到達できるのは、いつだろう?

メリー・クルシンデマス?

みなさま、メリークリスマス!

クリスマス・イブの昨夜は、亭主という名のサンタクロースが仕事場まで迎えに来てくれ、愚息も合流し、パタン市内サミットホテルで仲間たちと、楽しいクリスマス・ディナーをいただきました。生バンド入りで大騒ぎ!な、カトマンズ市内各ホテルとは違い、サミットは在住外国人たちが静かに、緩やかに、素敵に、特別な日の時間を過ごしていました。ビュッフェで供された、ヨーロッパ風のクリスマス料理(ちゃんと、七面鳥料理あり)やケーキも美味しかったです。お菓子のサンタさんの顔がついた巨大クッキーまで、私の胃袋が対応できなかったのが心残りですが.....こっそり、テイクアウトしちゃおうか?という誘惑に負けそうでした。

それにしても、食べ過ぎましたわ。ええい、元旦の山岳レースのための、栄養補給だ。カロリー摂取過剰については後悔ないものの、一晩寝た今朝の胃袋の重さに、齢を感じることが悲しいですわ。


元旦の山岳耐久レースについては、昨夜、突然、東の空方面から、更にビッグな連絡も届き。関係者一同、大喜びで最終調整中です。今回もすごいことになりそうですが、世界的にもビッグなレースになるための「階段」が、おぼろげながら見えてきました。

有名になるためにやっていることではないのですが、アンナプルナの、ポカラの、ネパールのランニング・トレイルを世界に紹介すべくの手弁当です。ネパール側には、持ち出しで頑張っている人もいて頭が下がります。

ネパールから、他国のレースに参加するのは楽しいですが。それ以上に、ネパールで、自分たちで、ユニークなレースを作り上げ、それが少しずつ成長していくのを見守ることは、心ワクワクします。


一方実生活では、14年ぶりに、やってもやっても仕事が終わらない。時間が足りない。時間切れで積み残しが発生しているのに、新しい目標が追加されるという。1日30時間くらい欲しい。という日が続いています。

昔と違うのは、頭脳の処理能力が低下していて悲しいことと、自宅でも夜中まで仕事をする体力・気力が枯渇していること。あああああ、悲しいですわ。一緒に仕事をしているみなさんが寛容で、まだ激しく叱責されるような事態にはなっていませんが。それだけに、自分で自分にプレッシャーを感じます。

全く新しい分野の仕事なので、しばらくは、翻弄されている自分さえも楽しみます。しかし1年くらい経ったら、得意分野でブイブイ仕事をしてみたいものです。いえ、そうなります。と、発言してみるテスト.....

カトマンズの、定評あるネパール民間企業各社の対応が、てきぱき+超優秀であることに驚き、感謝し、助けてもらいつつ、これまでとは違った人脈を広げています。また、ネパール政府内も、何処をどうつつけば迅速な対応が得られるのか?人間の顔が、少しずつ見えてきました。今は小さなつっつきですが、いずれは、大きなところまで引き出せる人間関係を作りたいものです。

ネパールでは、政府も民間も、普段の人付き合い。ですからね。誠心誠意です。いろいろあっても、最後は真心です。最終的に助けてくれるのは、ネパール人だと云うことを忘れずに。ここは、ネパールの人たちの国ですから。


時間が足りないからこそ、時間をひねり出して走ったり、仲間たちと楽しい集まりを過ごすことが、ものすごく楽しいです。日本のみなさまに比べたら、それでも、のんびりしているんですけどね。

ネパールの霞ヶ関とは?

いやはや、申し訳ない。日々切羽詰まっていて、平日のブログ更新がなかなか出来ないでいる。

忙しい.....とは、云わないし、云いくない。だって、そんな云い方、格好が悪い。しかも、日本の毎日に比べたら、格別業務量が多いわけではない。

では何故、切羽詰まっている!のだろう。考えてみた。


まずは、今まで経験したことのない業務内容を、新天地ではじめている。と云う要因がありそうだ。

実は、先日から3年計画で、とあるプロジェクトでの仕事がはじまった。。ネパールの報道(ネパール人ジャーナリスト/報道機関/メディア行政)に対する民主化支援。ひいては、新生国家ネパールの平和構築を支援する。という理念で、カトマンズや全国の地方での活動を、日本からの専門家やネパール側カウンターパートのみなさんの下で開始した。

畏敬する某T先生から、「ネパール地獄耳」「ネパール版鉄の女(錆び付いてる?)」と名付けられている私であるが、開発支援分野の仕事は14年ぶりである。しかも昔やっていたのは庶務であり、事業の前線ではなかった。

知らないこと・分からないことだらけ。なのだが、「出来ません」では、自分で自分が許し難くなる。教えてもらって、やってみて、また教えてもらいつつ。なのだ。みなさん、ご迷惑をおかけしております。

事務所も、現在立ち上げ中。やっと、インターネットが開通。コピー機をはじめとする事務機器は、現在調達作業中。一緒に仕事をする(そして、日々の業務にとても大切な役割を果たす)ネパール人スタッフは、現在求人募集中。仕事をする上での「戦闘能力」は、充電中なのに、でも、フル稼働。と云う様子の、非常に苦しい日々なのだ。

仕事場は、カトマンズ中心部に近いシンハ・ダルバールの中。ここは、ネパール版霞ヶ関。ネパール政府の本庁が集まっている地域で、そのエリア全体が高い壁に囲まれて、厳重に警備されている。職員・関係者入場パスがないと、入ることも難しい地域だ。

何処の国でも、中央官庁の官僚文化には、世間と違ったしきたりがある。これまで、政府関係者との付き合いを亭主に任せていた自分にとっては、ネパール官界社会へのデビューと相成った次第。今までは挨拶を交わす程度の付き合いであった官僚の方々と、業務内容について相談させていただくことは、実に新鮮であり、手探りの日々となっている。

びっくりしたのは、我々のプロジェクトら係わるネパール省庁、政府系報道機関の対応が素早く、真摯で、親切だと云うこと。とかく否定的に捉えられることも多いネパール公務員や政府系機関であるが、ポジティブな側面を見落としてはいけないことを実感している。

この背景には、案件を立ち上げるために数年間、地道に努力されてきた日本側/ネパール側の多くの方々の熱意とご努力がある。現在日本から派遣されている専門家のみなさんのプロフェッショナリズムや、ネパール側担当者の善意や期待感が、物事を動かしている。

そんな中に 突然闖入した私であり、ほとんど、大昔の植木等のギャグのような

「お呼びじゃない?こりゃまた、失礼いたしましたぁ〜」

状態なのでは?と、内心ビクビクさせながら(怪獣オバサンの心臓は、ぴよぴよヒヨコなのだ)、それでも

「ネパールのことなら、はい。何でも聞いてくださいね。対応しますから」 

と。そういう顔をしてしまう。夜、帰宅して、素の自分に戻ったら、ごはんもそこそこに寝込んで、気がついたら朝。ちょっとだけ横になってという気持だったのに、パジャマに着替えもせず、朝まで前後不覚な事もある。こんな緊張感って、新卒で就職したとき以来だわ。

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と、まあ、私ごときが担当している業務は、偉そうな能書きを垂れるほどの内容ではない。私の能力が低いから、対応仕切れていない。とも云える。

業務内容の本質に係わる話については、以前からのポリシーでブログに書くことはしない。しかし、ほんの些細な出来事の中での「ネパール発見」が毎日次々に起こっている。そんな、どうでもいいことのなかから、ネパールという国の本質が透けて見えるような出来事をご紹介したい。

次回は、政府本省内での「職員食堂」の不思議さについて、書きたいと思う。

私にとって、ネパール政府本丸であるシンハ・ダルバールでの、大冒険がはじまった。

「えっ、けぇがるねさんが、平和構築ぅ?」

と、某T先生の困惑の声が寄せられそうなところが、ちと気になるが。

アンナプルナ山岳耐久レース申し込みを!

元旦に行われるアンナプルナ山岳耐久レース。申し込みが、そろそろ、締め切りとなります。参加希望でまだ申し込んでない方、至急、少なくとも12/20頃までには申し込みをお願いします。

なお、現在、ちょっと立て込んでおりまして、この件につきまして私の方への問い合わせをいただきましても対応できません(私のメイルアドレスをご存じの方も、しばらく、現状ではメイルの返事が出せません)。大会公式サイトから、直接お申し込みください。宜しくお願いします。

元旦、アンナプルナをぶちかまそうゼぃ!

申し込みは、こちら(クリック) 

計画停電+元皇太子逮捕

12/15より、計画停電が1日8時間に延長される。まあ、毎年冬のこと。
http://www.np.emb-japan.go.jp/jp/pdf/powercut15dec2010.pdf

パラス元皇太子が、滞在中のポカラで警察に逮捕された。自分でチャーターしたヘリで、事件のあった所轄チトワン軍警察の研修施設に移送。VIPルームに拘束、発砲事件の捜査を受けている。

取り急ぎ。 

至る処に、ミニ・キング

カトマンズで、結婚式の手配に携わる友人(ネパール人)がいる。最近、彼が放ったひとこと。

「今のカトマンズ。金持ち、小金もちの家の結婚式が、王族の結婚式の真似事になってるんですよ。いやはや。至る処に、小さな王さまですね。こっちは商売繁盛ですけど」

元々、冠婚葬祭にお金をかけるのは、カトマンズ都市文明を築いたネワール族と、元王家や将軍家を含む上位武士階級。

結婚の贈り物でも、キンキラのゴールドが大好きなネパール人であるが、最近は誰が流行を持ち込んだのか、ダイヤモンド・ジュエリーが大人気である。伝統的に、ダイヤや宝石、真珠の宝飾品は王族、将軍家などの貴族だけが身につけるものであったが。現在は、庶民も、それぞれの懐具合に見合ったダイヤを身につけたり、結婚の持参品にするのが流行している。

結婚の式次第、会場の飾り付け、花婿・花嫁の衣装など、金銭的に余裕のある市民が、王族・貴族の風習をコピーする実例が、私の身の回りで多い。

政治的に王政が廃止されて以降、冠婚葬祭、特に王族スタイル結婚式が増えたような印象である。

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さて、こちらは本物の元王族。元皇太子のパラス・シャハ氏のご乱行が、世間を騒がせている。

先日土曜日、チトワン国立公園の中にある「超」高級ジャングルリゾートで、シャハ氏がピストルで一般人を脅迫したとの報道だ。しかも脅迫されたと云われるのが、ネパール政界の名門コイララ家の、バングラデシュ人の婿。元首相ギリジャ・コイララ氏の娘で、なりふり構わぬ権力志向で有名な、現外相/副首相のスジャータ・コイララ女史の娘婿。

シャハ氏の主張では、ネパールや自分の家族を侮辱され、耐えきれなくなったため、自分一人で外に出て、あまりの怒りに1発、空に向けて発砲してしまった。脅迫などしていない。とのことだ。

ピストルを携行していたシャハ氏も法律を無視している可能性が高いが、ビジネスマンと云われるコイララ家の娘婿氏にも、色々な噂もある。姑たるスジャータ女史の言動も、物議を醸すことが多い。

事件の舞台になったリゾートは、1泊、数百ドルもする、ネパール離れした世界。本物の元王族や、政治権力エリートは、庶民離れした場所で、かなり特殊なオイタをするものだ。海老だか何だかの坊やも、こりゃ負けるね......と、感心している場合か? 

シャハ氏の行動や、ピストルが合法的に登録されていたかどうかなど、警察の捜査も進んでいる。以前は法の罰則にかからなかった王族が、現体制の元で、然るべき法の規制を受ける初ケースになるのか?注目されている。

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一方、首相辞任後5ヶ月も後継が決まらず、政治も空転しているネパールで、象徴的国家元首であるべき大統領の動きが活発化している。

大統領の権限で、臨時国会が、12/19に招集されることが決定した。国会の召集は、議会が政治的に決定するもの。しかし、政党間の話し合いが全くまとまらない現状。大統領が乗り出さざるを得ない環境がある。

このまま政治が空転を続けた場合、大統領の強権発動がより大きくなっていく可能性がある。これはなかなか、危険な賭になるかもしれない。大統領による全権掌握などと云うことになれば、人はそれを「クーデター」と呼ぶだろう。

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もろもろ、もっときちんと報告したいのだが。先週から3年計画の仕事がはじまってしまい、14年ぶりに、フルタイムの普通のお仕事をしている。しかも、以前からのニュース業務も継続して続けることになっているため、時間的余裕が少なくなった。

趣味のランニングは、夜明けにしか時間なく。自他共に認める寝坊助の私が、朝5時に起きる毎日となってしまった。

日本での生活なら、普通のことなのかもしれないが。

ガマン、を巡る異文化

仕事が忙しいときは、空腹を我慢できる日本人。大事な仕事前には必ず腹ごしらえするものの、宗教儀礼の時は、どんなに長くかかろうが空腹を我慢し続けることが出来るネパール人ヒンズー教徒。

たった数分停電するだけで、ヘタをすると死人が出てしまう先進国。一方、毎日10時間以上停電でも、平気なネパール。だが、ネットは通じなくても、うわさ話は千里を走る迅速なのがネパール。

そんなネパールで、ネパール人に埋もれて暮らす私が、毎年今の季節。必ず亭主と衝突するのは.....暖房を巡る攻防!である。例えば、これ(過去記事)

ネパール人は、寒さを我慢する能力が高い。女の人なんて、真冬でも裸足にサンダルだし。家の造りも、暑さ対策が第一。本当に寒いのは、年間2〜3ヶ月。暖かな下着を着込むわけでもなく、夏と同じ衣装にセーターを着るかショールを巻くだけで、乗り切ってしまうのだ。

家の中の暖房も、ないことが多い。

それが、私には、我慢できない!

毎年、冬に一度は、家庭内で大暴れしてしまう。

去年の冬なんて、11月下旬から1月下旬まで所用で私だけ日本に行っていたら、ネパール人家族は、真冬なのに、 石油ストーブも使わずに過ごしていた。私が帰ってきてから、最後の2〜3週間の寒さを我慢できなくて、例のごとく暴れて、青くなった亭主が早速ストーブ用の灯油を買ってきた。

この時は我慢問題だけでなく、いろいろ、ここには書けない大人の事情がいろいろあって、なかなか灯油を買う気持になれなかった事もあって。心の底から、世間を恨んでしまった。もうちょっとでダークサイトに墜ちて、ダースベーダーになってしまうところだった。

明けない夜はない。人生楽ありゃ苦もあるさ。涙の後には虹も出る♪ という巡り合わせで、やっとこ人生薄明かり。頑張って仕事の出来る環境に立ち戻れたことを祝賀して、今年からは、ちょっと暖かな冬でいこうよ。人生短いんだからさ。と、亭主の説得に大成功。

数年前から仕事場に放置されていて、全然使っていなかったガスストーブを、本日、自宅に持ち帰り成功。灯油ストーブでは暖房能力が足らなかったのが、さすがガス。すぐに温か。部屋全体が温か。 

それにしても、ストーブを新しく買おうよ.....てな話ではなく。ストーブも、ガスシリンダーもあるのに、それを使うか/否かで、数年単位の、ネパール人と日本人の面子を掲げた駆け引きが必要だった。

あああ。ここまで長かった。

日本のみなさんには、ご理解いただけないでしょう。

でも、カトマンズの普通がまかり通る我が家の亭主を説得し、ちょっとだけ温かな冬を過ごすために。私の数年来の、論理とささやかな暴力を伴う地道な社会変革活動が、やっと、やっと花開いたと云う事。

冬の間、ガスシリンダーが安定供給されることを祈る。 

何て悲しい、ネパール人生よ。

ネパール全体から見れば、ガスストーブを家で使えるなんて、大変な贅沢だ。でも、寒さを我慢して、早死にするのは嫌です。我が家のストーブが排出することになる、ささやかなCO2については、神さまもお許しいただけると願いたい。

儀式は続くよ、結婚式!

甥っ子の結婚式が、先日来続いている。

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数ヶ月前に、まず「婚約式」が、カトマンズ市内のホテル宴会場を借り切ってあった。先日金曜日は、「花嫁さんによる婿選び(わたし、この男性と結婚します!)の儀式」があった。

そして今週は、水曜日の夜、花婿一族が行列をして「花嫁を迎えに行く儀式」があり、一晩中「聖火を証人にした結婚の儀式」がある。木曜日の午後から夜にかけては、「花嫁さんを婿の家に連れ帰り、家に入れる儀式」があり、これでめでたく、若い二人が夫婦として両家から認められる。

でもって土曜日は、多分数百人を軽く越える招待客を招いての「披露宴」がある。

この全ての儀式には、毎回宴会もセットされている。嫁と婿(両家の親が準備する)が取り交わす金や宝石類。本人同士のみならず、近い親戚にまで振る舞われるプレゼントなど、いったい、幾らの予算がかかっているんだろう?まあ、両家共に経済的に豊かだから.....

この結婚、お見合い結婚。こういう結婚式を見ていると、つくづく、家の釣り合い。両家のライフスタイルのすり合わせが大切だと思う。どちらかが「ジミ婚でいいじゃないですか」なんて考えていたら、絶対できないものね。

我が家の息子が将来結婚するときは、こんな豪華なことは絶対できないな。お金以前に、我が家の場合、価値観が違うもんね。冠婚葬祭にお金をかけすぎるより、もっと、活きた使い道は別にあるはず。って、お金もないけど。


とはいえ、家族に優しいネパール人。仕事を休んで長時間の儀式に、毎回違う衣装で参加するのは大変だけれど、それ以上の温かさや楽しさがある。

「ミキ ディジュゥ〜!(ミキおねえたまぁ)」

と、ボーイソプラノで叫んでいたあの坊やが、立派な花婿さんになった姿に、ちょっとうるうるしてしまったりもする。お嫁さんも、すごくきれいだ。

そして、この甥っ子の結婚が完了したら.....ちょうど2ヶ月後。今度はその弟の、甥っ子その2が、またまた同じプロセスで結婚する。そちらはお嫁さんの家族も古くからの知り合い。親同士が親友で、息子と娘をマッチングさせた。

どネパールである。

混乱と混迷が続くネパールではあるが、一方に、そういう世界もある。その両方を見ることが出来るのは、ありがたいことだ。 
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