けぇ がるね?日記

ネパールの首都、カトマンズから発信しています。

2012年01月

1/30番組出演

NHK BS1、午後5時から放送のほっと@アジアと云う番組に、月曜日1/30出演します。Hello@アジアというコーナーで、元旦の山岳レースの様子をリポートする訳ですが。

「...容易ではないレースに彼らは何故挑戦するのか、その魅力をお伝えします」 と、番組HPには書いてあるぞ.....ふむふむ。
 
 というか、野蛮な山岳耐久レースの魅力が、世間様に伝わるんだろうか?いやいや、コアな視聴者向けのBSだからやらせてもらえる、貴重な機会である。

ありがたい。

それにしても今回も、非常に濃い縁の日本の身内関係から「アホのように身体を酷使するのは、ええ加減にせんかい!」というコメントは必至である。「歳を考えろ」ということだ。人生観だから仕方ないが。人にものを伝えるということは、実に難しい。

救われるのは、今の私を毎日見ている家族が、ここ数年の私の変化をサポートしてくれていることだ。特にこれから、自分の人生をこぎ出そうとしている息子に対して、亭主と私が親として、「わたしら、ハッピーだよ」と、自分の人生に自信を持っている姿を見せることが大切なのでは?と思う。

弱い人間。飲む打つ買う。新興宗教、悪いクスリ、高利の借金、反社会的行為と、依存ではまる分野は数限りなくあるというのに。ランニングごときにはまって、自分の身体が自分のお脳に分泌する脳内麻薬物質で恍惚〜!になる程度。

「あんたらねー、不幸中の幸いと思いなさい!」

急成長のお犬さま

久しぶりに風邪を引きましたです。

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で、お犬さまの近況を.....

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うちに来た日はこれでしたから(生後一ヶ月半)

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本当に、この2ヶ月弱で急成長ですわ。ラブらしい面構えになりました。どこまで育つのか?先住犬ラン姐さんが、よく世話してくれるのでありがたいっス。

ネパ・レストラン情報、決定版!

パタン、プルチョウクはセントメリー女子校のある通り。ここは見渡す限りレストランが建ち並ぶ、カトマンズ首都圏最大のレストラン通りである。昔は、日本食の「だんらん」あたりしかなかったのに.....あれよあれよという間に、雨後の竹の子のごとくにょきにょきと、レストランが次々に開店した。

フルクからの高級住宅地であるが、こうレストランが多くなると、昼夜はスパイスを炒める匂いが一帯に漂い、夜ともなれば人がわさわさ集まり。「もう、とっても住めないわ!」と、逃げ出す住人続出。そうして空いた一軒家は次々にレストランとして賃貸されていき。益々、レストランに一帯が占領されていく訳である。

タメルと違い、ここの顧客は地元のネパール人(と、在住の外国人)。小金もち、大金持ちのネパール人は、国内だけでなく海外でも食べ歩くグルメが多い。観光客相手の一見さん商売とは違い、口コミで流行もすれば廃れることも。それだけに、タメルより厳しい生存競争に晒されている。

ここにない味はもう、ファイヤー&アイス(タメルの超有名店)のピザだけ。

この通りを日本語では、「パタンはらぺこ通り」と云う。名付け親は、実は、私であります。ははははは。そんな、腹ぺこ通りのゴッドマザーの異名(ホント?)をとる私にとって、無視できない本が出た。

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ネパールの有力日刊紙のひとつ、ザ・ヒマラヤンタイムス(英)が編集した、フードガイド2011-12である。450ページのボリュームがあり、全編カラー。カトマンズ首都圏とポカラのレストラン、バー、ベーカリーの情報が網羅されている。

これだけの内容でありながら、お値段わずか100ルピー(邦貨100円)!すごい、安すぎ。昨年に刊行され、そしてすぐ売り切れてしまったのも当然だろう。どこに行っても残部なく。私は買いそびれ。そして本日、やっと、第2刷を手に入れた。

さて、ここで冷静に考えよう。この本の安い値段はどういう意味を持つのか?

結論。広告である。

このガイドブックに掲載してもらうことで、レストランは広告料を支払っている。としか、思えない。であるからして、客観的ガイドブックではない。本の内容としても、レストラン情報の羅列であり、取材者の主観が極力感じられない仕上げとなっているのは、編集者の良心を感じる。

結局は、自分の脚と舌とお金と時間をかけて、お気に入りのレストランを開拓していくしかない。このときこの本が、貴重な情報源となるだろう。

ネパールにおいては、お金を払っているのに不愉快な思いをさせてくれるレストランやホテルもある中、「ここなら絶対に大丈夫!」と思える店を見つけること。そしてそこの常連になり、気持ちのいい関係を継続して構築すること。これは、仕事の食事設定をすることが少なくない私のように人間にとっては、非常に大切な、普段からのリサーチ業務となる。

であるからして、気軽に「ねぇ、安くて美味しくて、気持ちのいい店教えてよ」と云われても、相手を見て、とびっきりのレストランは教えないこともあるのよね。ふふふふふ。私の情報は、普段からの投資と努力に裏付けられたものであり。その情報を引き出したいなら、それ相当にお付き合いいただいていないとダメなのだよ。

逆を云えば、普段から気持ちの良いお付き合いをいただいている皆さんに対しては、私の持っている程度の情報なんてもう、大公開の垂れ流し!。

さあ、ネパール在住の皆さん。急いでゲットしてくださいね。またすぐ売り切れますわよ!どこで買えるかって。下の写真をクリックして拡大ください。本日の新聞紙面からです。
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ネパール国外の皆さんは、ネットでも買えます(クリック)。 

この本は全編英語だが、多少苦労しても読む価値あり。さあ、また新たな「いつものレストラン」開拓のため、頑張って仕事して、稼ごうゼよ。人生前向き。身の丈の消費は、経済発展に寄与するのだ。

アンナプルナ、続きはNHK BS1にて

すいません。アンナプルナ終了後、仕事とプライベートがたて込みまして。ブログのUPがなかなか出来ませんでした。それを、えい、やっ!と片付けまして。

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某所での(普通の)マラソンを完走。タイムは今ひとつでしたが、年代別2位入賞。

アンナプルナで70kmに突っ込めなかった自分の弱さを許さない!と、今回のマラソンでは、自分なりに自分を締め上げて走りました。終盤、給水の水が喉を通らない。糖分補給のあめ玉もはき出してしまうほど、ギリギリまで踏み込みました。真冬のカトマンズから、真夏の気候に来てしまった....つー事もありましたが。

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アンナプルナの最終報告ですが、実は1月30日。NHK BS1の番組「ほっと@アジア」で報告することとなりました。全てブログに書いてしまうと、リポートすることなくなる事態が発生しまして。すいません。続きはTVで。と、相成ります。

いろいろ、いろいろあった今年のレースですが、それで却って、人と人のつながりの温かさ、心強さを感じさせられました。全ての皆さんに、例年以上に、心から感謝申し上げます。

ありがとうございました。

そして、また、来年もお会いしましょう.....

今年のレースは、サバイバル 〜4

漆黒の闇に包まれ、寒さが身体の芯まで入り込んでくる夜9時過ぎ。3名の日本人ランナーがまだゴールしていません。2名は70km。ひとりは100kmに挑戦中。

そればかりでなく、引き取り手のいない荷物を見るに、参加者全体では十数名から二十名あまりが、雪の稜線上でまだ格闘しているようです。

「日本人、あと何人来てませんか?」

と、ネパール人の坊やが聞きに来て。大会本部に確認してくださいと云うと、何と、彼は、本部役員たちから言いつけられて聞きに来たんだという!すわ。と、ゴール脇の本部に駆け込みました。

そこで見たものは、混乱。混乱。大混乱。

参加者の名簿には、ゼッケン番号が記入されていない。同じ名前が二重に記載されていたりする。ゴールしているランナーの中に、ゴールした記録から漏れている人もいます。

そのうち、ルート上のロッジから本部の固定電話に、何人かのランナーたちが宿泊して朝を待っているとの連絡が入ってきました。しかしここで伝えられたのは、名前ではなく、ゼッケン番号のみ。地元の人たちにとって、難解な外国人の名前は伝わらないのです。

ゼッケンと、氏名の照合が始まりました。

こんなことなら、日本人参加者だけでも、私の手元にある名簿にゼッケンを事前に聞き出して、記入して持参しておくんだった。と悔やんでも後の祭り。ここで役立ったのが、レース中に取り合った写真。デジカメのモニターで確認し、未到着者の番号が判明していくのです。


心強かったのは、数名の若いランナーたちが、はじめて会った他のランナーのため、自分も疲れているのに宿に引き上げず、自発的に情報収集に動いて助けてくれたこと。誰にも命令されず、でも、自然と連係プレーが出来上がっていく。

日本の未来は、決して暗くないよ。

真夜中12時過ぎ。このまま待っていても消耗するだけだ。助けに行くとしても、夜明けを待たないと。体力を温存しよう。と、私が無理に呼びかけて眠ることにしました。


翌朝。

丑三つ時、夜通し走っていた2名の日本人がゴールしていました。

もうひとりは昨夜のうちに、数名のグループでゴレパニのロッジにいることが判明していました。この人も、朝、元気にゴールを決めました。

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他の国のランナーたちも、続々、下りてきます。一緒にガンドルンへの坂を登ったピーターもいます。

彼には「一緒に行こう」と誘われていたから、私も70kmに突っ込んでいたら、一緒に下山していたはずです。自分は50kmに変更して正しかったと思う反面、ほんの少しだけ、彼の勇気がうらやましくもあり。

稜線上は真冬の吹雪で、ルートがホワイトアウトしていたそうです。幸いなことに、コースを熟知する英国人ランナー(彼も主催者のひとり)が全員をまとめて、ゴレパニのロッジまで連れて行ってくれたとのこと。この幸運がなかったらと思うに、背筋が寒くなります。


大会手配のバスや、個人手配のタクシーで、一路ポカラに向かいます。暖かで、お湯と清潔でふかふかのベッドの待つポカラへ。

表彰式を待つ間、私は思わず、レイクサイドのステーキハウスに飛び込み、肉、肉、肉〜とがっつきました。タンパク質の補給を、身体がどうしようもなく要求していました。

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表彰式には、23の笑顔が無事揃いました。日本人だけではありません。参加ランナー全員の生還です。

さて、これで「めでたし」と区切って良いのですが、最後にもう一回。来年に向けての課題と、自分自身のこのレースに対する取り組み方を、静かに深く、そして少しだけ激しく考え、まとめてみたいと思います。

つづく

今年のレースは、サバイバル 〜3

これまでの自分は、71km、50kmと、このレースを完走してきました。最初の71kmは難易度の低いコース設定であったため、一概には言えません。今回はより困難なコースで、70kmの完走が目標です。

40km地点であるガンドルンに到着したのは、午後1時過ぎ。ここから70kmコースに向かえば、ゴレパニ周辺で日没を迎えるでしょう。標高も3千メートルを超えて冷え込みます。そのため、充分な防寒衣類と、ヘッドランプは2個。予備電池も背負ってきました。

しかし、雨。先の稜線上では、間違いなく雪になっているはずです。ルートが雪に隠れ、そして、今年いちばんの寒気が襲います。ヘタをすると、へたってしまって、ヒマラヤよりもっと上に行ってしまうかも.....


よし。下りよう。

不本意ではありますが、50kmに変更です。ガンドルンからビレタンティまで、村々をつなぐ石畳を駆け下ります。キリュウからは、ジープも走れる道をただひたすら下っていきます。途中、韓国人のトレッキンググループがこれでもか、これでもか、と出現します。どうやら、学校の修学旅行みたいですね。

午後2時53分。ゴールです。

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ロジャー夫人、マルヤンにがっしりと抱きとめてもらいました。

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9時間23分。去年よりタイム縮めたよな.....と思いきや、前回はスタート時間が遅れたための勘違い。あれれ。

でも、満足です。何故かというと、前回は50km「も」走ってしまった.....だったのが、今回は 50km 「しか」走らなかった。と思う自分がいたからです。「も」と「しか」の違いですね。あの(主催者にはめられたような)コースアウトがなければ。と、思わない自分にもビックリです。

あるがままを受け入れる気持ちが、山岳ウルトラランナーに一歩近づけた証拠だと思います。

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そして、お楽しみは、ファンタ!他の人ならビールでしょうが、下戸なんですね。普段はコーラ類を口にしませんが、疲れたのどに甘さと炭酸がしみわたりました。

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そうこうするうちに、100kmの優勝者が駆け込んできました。アイテ・タマンさん。タイムは11時間30分。スゴいのは走力だけでなく、ゴール後もそれほど消耗した様子でないことです。この距離を、悪天の中。驚異です!

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バンコクの仲間たちも、続々ゴールしてきました。

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疲労の極地にあるはずなのに、みんな笑顔です。

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みんな、いい顔しています。

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速い人、そうでない人様々ですが、みんなが勝者です。拍手で迎えられます。世界中のランナーたち、そして合計23人の日本人たちも続々とゴールを決めます。

前回までの私は、自分が完走できた喜びでいっぱいでした。しかし今回、自分のことより、他の皆さんの大きな笑顔を見て、心から感動しました。

一銭の得にもならない。身体をここまで酷使する。それなのに、幸せ。自分ひとりの満足から、その輪が、今年は、大きく広がっている。なんと云うことだ.....

「全員、無事ですよね?」という問いに、返ってきた答えとは。

え゛っ!?

つづく

今年のレースは、サバイバル 〜2

2012年元旦。夜明け前の午前5時。スタート地点に集結した、バンコク走遊会の面々です。普段は私がタイに遠征して、皆さんに大変お世話になっております。
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今回はその恩返し....というか、「アンナプルナ、一生忘れられないレースになりますよぉ〜」という私の甘い誘いに乗って、今回、8名もの方たちがやってきてくれました。ふふふふふ。ダマされたな、お主ら!どういう意味で忘れられないか?は、保証するものではない。

では、セイコウヲイノル.....

5時半かっきりに、号砲です。

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最初の11キロは、真っ暗なロードを一路、ミランチョークまでひた走ります。この道は、ノーダラやナヤプルというトレッキング街道の起点に向かう舗装道路です。普通なら、車で一走りのものです。

途中、ぽつり....と水滴が落ちてきました。雨?昨日はあんなに快晴だったのに。嫌〜な予感です。

ミランチョークからトレイルに入り、ヘムジャが最初の給水です。ここからは、日系エコロッジとして有名な「はなのいえ」のあるアスタム村に向かって、緩やかに登っていきます。

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不肖わたくしも、まだまだ元気で走っております。

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走友と写真を撮る余裕もかませています。

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まだまだ走れます。

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そして、登りがキツくなると歩きまして.....

で、この区間で1カ所。大会のつけたマーキングが間違っていました。わざとコースアウトさせる意図が感じられます。私たち幼気なビジターたちは、2〜30分の回り道です。毎回、コースを熟知している地元ランナーを勝たせるためにやってくれる!こう毎回だと怒る気持ちより、また出たか.....という、タメイキです。

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23.5km地点のダンプスに到着です。2番目の給水ポイントです。私はここで、背負っていたおにぎりを食べました。むしゃむしゃ。ウルトラ・トレイルでは、胃腸がダメージを受ける前に食べられるだけ食べないと。

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彼、転倒して膝をすりむきました。何でも、泊まっていたホテル近くで夜中まで年越しカウントダウンの団体がうるさく、眠れず、ボーッとなってしまったとか。敵は意外なところにもいますね。

ここからは樹林帯を行きます。
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ピタンデオラリ峠まで、ぐりぐり登ります。そして、石が敷き詰められた急坂を、どひゃ〜っと下らされます。雨が降っていたらしく、嫌らしく濡れた石畳は滑ります。

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途中、走遊会の健脚いしし君と出会いました。ロードでなら、途中出会うはずのない走力を持つ彼ですが、そこが山岳トレイルの面白いところ。ランドルンまで、一緒に走ってくれました。オバサンはとても勇気づけられました。ありがとう、いしし!

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トルカ村にて。霊峰マチャプチャレの足元だけが見えています。

緩やかな石畳の下りで、後ろでドスン!と大きな音がします。振り返ると、後続ランナーが滑って大転倒。幸いケガはありません。今回私が履いていたのは、ノースフェイスのシングルトラックというトレイル用シューズ。グリップが良いと聞いていましたが、噂に違わず。濡れた石畳でも安心して走れました。

ランドルンからは、モディコーラの川底まで駆け下り、対岸を1時間ほどで標高差600メートル弱登ってガンドルンです。この先が一つの関門。汗で失った塩分を補給するため、茹でたジャガイモにたっぷりの塩をつけてほおばりました。チーズも食べます。今年の給食は、なかなか、いいぞ。自前のアスリートソルトも摂りますし、水はもちろん、各種アミノ酸やクエン酸ミネラル豊富なスポーツ飲料です。この日のために、日本から持ってきました。

ここからは、「先に行ってください」といういししくんを残し、ひとり旅。と思いきや、

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ベルギー人のピーターたちと一緒になりました。オランダ語圏、フランドル地方の出身の彼は、オランダ人である我が盟友ロジャーの友人でもあります。キツい上り坂を、励まし合って先に進みます。それにしても、毎回、口から心臓が出そうになりますわ。この上り坂。

難所として知られるウレリの坂よりきつい!のは当然。普通のトレッキングでは逆コースをとります。ここを下り、そして距離が短いランドルンに登り返す訳です。レースのコース設定は、悪魔です。これを楽しんでいる私たちは、黒ミサに参加する魔法使いでしょうか?デーモン閣下も逃げ出すでしょう。

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やっと、やっと、ガンドルンの給水・給食ポイントに到着しました。

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どんなに疲れていても、食べられなくなったらおしまいです。

ここで、ひとつの大きな決断が待ち構えていました。私たち世界中から集まったクレイジーなランナーたちは、どんな運命に翻弄されるのか?

つづく

今年のレースは、サバイバル 〜1

今年もやりました。元旦恒例の、アンナプルナ山岳耐久レース。

しかも今年は 過去最多の25か国165人もの参加者が集まり、しかも日本人は23人! これ、地元ネパールに次ぐ、国別最多。何が起こるんだろ〜、どーなるんだろ〜、と、ドキドキしつつ、ポカラに移動しました。

例年は自分の車で移動していましたが、今回はバンコク在住日本人ランナーご一行さまと、グリーンラインのバス移動。カトマンズから昼食のクリンタールまで、朝靄で陽が差さず、とにかく寒かった!夏の冷房はあっても、暖房はないのか?

数年ぶりに、長距離バスの移動を思い出しました。痛いほどの寒さでした。

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ポカラに近づくにつれ、ぽかぽかと暖かくなってきました。ヒマラヤも見えます。

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レースの公式説明会は大晦日ですが、今回はその前日、日本語による、日本人参加者のための説明会も企画しました。コースの詳細や装備について、情報交換です。昨年も参加された、サムライ・ランナー佐藤さんからのアドバイスが心強かったです。

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そのまま、夜のレイクサイドに繰り出しました。年末年始、歩行者天国のストリート・フェスティバルも開催され賑やかでした。

私も大好きなレストラン、ムーンダンス。チーム・ジャパンの二十数名が勢揃いしての夕ごはんでした。


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翌朝は、バンコク走遊会の皆さんとサランコット。ヒマラヤの雄大な日の出を楽しみます。

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良く晴れて、明日のレースも好天だ.....と、確信しました。


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午後からは、ゼッケン受け取りと最終登録です。時間通りには始まりません。

それは、ネパール人の大会委員長であるラメシュ兄々が全ての書類を自分ひとりで管理しており、しかもコースのエイド設定や人員配置も彼だけが責任者であり、物理的に間に合わないからです。

ネットによる参加登録やコースの設定は、我々ネパール在住の外国人ランナーが担当し、秩序ある管理をしています。しかし、大会本番の仕切りはネパール側が担当しているため、我々も手が出せません。

何故、ネパール人の大会委員長が「全て自分でやろうとするのか?何故仕事を振り分けないのか?」については、追々、お話しします。

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レイクサイドの某ホテル庭で、やっとの事でゼッケンを受け取った参加者は1時間ほど待たされて。そして、ホールでの説明会がやっと始まりました。

技術委員長である、在ネパール外国人トレイルランナーの中心人物、ロジャーがコースを説明します。全て、英語でのやりとりです。その後ろではラメシュ兄々が携帯電話で、大声でなにやら電話を続けています。準備が切羽詰まっている様子ですが、毎年なので驚きません。


一夜明けて、元旦の丑三つ時。続々とランナーが集まってきます。

あれ?毎回走るはずのロジャーが、普段着で預け荷物の受付をしています。え゛?すぐに着替えるのでしょうか。彼は今回も、人一倍トレーニングをしてきました。レースの技術的部分を一手に引き受けているのも、自分も走りたいからなのに.....

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スタート時間が迫ってきました。今回はご夫妻で参加したサムライご夫妻と。

早朝5時半。ラメシュ兄々の吹くホイッスルとともに、ヘッドランプの明かりを頼りに、真っ暗なロードに飛び出しました。

つづく

アンナプルナ、無事完了

みなさま、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

新春恒例、元旦のアンナプルナ山岳耐久レース。今年は雨と雪で大変でしたが、全員無事にレースを終了することが出来ました。素晴らしい出会いに、今回も恵まれました。山岳レースは、これだから止められません。

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ゴール直後、アンナプルナ山中のビレタンティ村にて。大会技術委員長であり、カトマンズ・トレイルランニング集団の中心人物ロジャーに迎えられました。

取り急ぎ、無事のご報告。詳細は追ってUPします。


レースの様子は、NHKでも報道されました。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120102/k10015010251000.html
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