2015年ネパール地震では、発生当日から先ずはインド、続いて中国という南北の隣国。そして、日本、米、英、EU ....世界中から救命レスキュー隊と支援隊、医療隊、救援物資が続々とカトマンズに到着した...のであるが、ネパールでたったひとつしかない国際空港は混乱の極みであった。

各国が軍用機などで支援物資や人材を送り込み、カトマンズ国際空港は民間機が着陸できる余裕がない事もあった。タイ航空機で27日にネパール入りを目指した日本の国際緊急援助隊はカトマンズ上空まで来たものの着陸不能。カルカッタに緊急着陸。その後バンコク引き返しを経て、最終的にネパール入国し、カトマンズ首都圏内で生存者捜索に入れたのは、地震発生から丸3日を過ぎた4月28日午後遅くであったと記憶している。自衛隊の救援先遣隊も29日深夜に到着した。これまた記録では、ドバイ経由の民間機であった。

脆弱な、限られたインフラ。例えばカトマンズ国際空港は、日本で云えば国際線も離着陸する地方空港程度の大きさしかない。これが国に「たったひとつ」の国際空港である。

カトマンズ国際空港も被災して、使用不可能であっても不思議ではなかった。それが数日、数週間続いていたとしたら。お手上げであった。想像するだけで恐ろしい。今回空港閉鎖が地震直後の数時間に限られた幸運は、いったい何処から恵まれたのであろうか?
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そんな中中国は、地震発生時ネパール国内に1,000人ほどいたと云われる自国民(ほとんどは観光客)を26〜27日民間特別機を多数飛ばして見る間に回収。連れ帰ってしまった。

中国人観光客を専門とする旅行会社曰く(私が直接聞いた話であるが、誇張や間違いが含まれている恐れあるものの)
「25日夜空港が再開されたらその日のうちに飛行機が7機中国から飛んできて、全員連れ帰った。その手腕たるや、中国のパワーに舌を巻いた」

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空港には各国政府から大量の、個人や民間団体からの小口多数の支援物資が到着し山積みであった。支援物資にも課税されるとか、無税だが通関手続きしろとか、荷物がぶん投げて散らばっているとか。様々な情報が飛び交った。

ネパール政府が「これ以上の外国救援隊は来ないで下さい」と表明したとの一部報道に、国内外から非難の声があがった(ネパール政府の受け入れ容量がパンクしたのだろう)。

震災直後の外国人団体/個人ボランティアは受け入れますというネ政府の対応から、地方行政事務所(DAO)に登録して下さいとなり。

そして、政府の一括支援基金(首相直轄災害救援基金)以外、外国から個別の震災救援資金はネパール国内銀行口座引き出しを凍結するというネパール政府政策が発表され、ネパール国内外は騒然となった。

つづく...