けぇ がるね?日記

ネパールの首都、カトマンズから発信しています。

ネパール旅行情報

雪男と仏さま

夢のように美しかったバンディプルから、ポカラレイクサイドに帰ってきた。ホテルとレストラン建ち並び、客はいなくても夕刻からはそれなりに電飾ギラギラ。ライブバンドの重低音が街角に流れてきたりもする。世俗的。だが、ちょっと「ホッとする」のは何故?

考えてみた。バンディプルは清く正しく美しいが、「宿の外のカフェでエスプレッソ飲もうかな?」とか「カクテルでハッピーアワー」とか「小洒落たケーキ」なんてお店はない。一方ポカラはよりどりみどり。

選択する楽しさ....があるんだなぁ。

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今回カトマンズ〜ポカラの移動、行きはイエティエア、帰りはブッダエアを使った。敢えて別の航空会社にしてみた訳で、比べてみようと。オンタイム運行については両者とも、天候が許す限りほぼ定刻。ポカラに新しい国際空港が出来て、レーダー誘導システムがポカラにも整備されれば、曇りや雨の時ももっと時間通りに飛ぶかもしれない。随分先の話だけれど。同時に、無理して飛ばないのは安全とも言える。

さてさて、カトマンズ国内線の出発ラウンジにこんなショップが出来ていた。
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雪男くんのゆるキャラ?

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CAさんと同じ制服のお嬢さんたちが接客してくれます。

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イエティエア直営の、イエティ(雪男)グッズショップ。カトマンズやポカラの街中でまだ見かけないので、カトマンズ国内線でだけ買えるレアアイテムかもしれない。ポカラはショップエリア改装中で、秋頃にはここにもお目見えかもね?

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帰路のブッダエア。仏さま航空。
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ネパールで一番安全な航空会社との触れ込みで、長年信頼を集めてきた。米国ビーチクラフト社の機体を使用している。向こう側に少し写っているのは、イエティのジェットストリーム41、英国製。

ブッダのひとり勝ち状態に挑戦するため、イエティは小型機による運行で事故も発生しやすい山岳路線を「タラエアー」と分社化し、ポカラやタライの都市部を結ぶ路線だけに特化した。機材も信頼性の高いものを導入した。

ブッダのCAさんはパンススーツが制服で、ベテランが多い。頼りになる感じ。一方イエティはチベットの民族衣装風の制服。若くてキレイなCAさんが揃っていて愛嬌も良い。うむむむむ。企業努力しているのが見て取れる。

両者ともにネパール在住者については、ネパール人外国人共にマイレージ会員も募集。今回帰路のブッダは、溜まっていたマイレージの無料航空券(空港使用税とサーチャージは現金払い)だった。イエティもカード申し込んだ。これからは、頑張っている雪男くんも使っちゃおうかな?

我々ノンツーリストビザの居住外国人の場合、通常の外国人料金より安くて、ネパール現地通貨払いの料金が設定されている。イエティエアはこれで発券してくれた。私の知る限りだが、ブッダは最近、ドル払いで高額の外国人料金でしか受け付けてくれない。このあたりでも、雪男くん押しになってしまう。

競争することでサービスが向上する。安全性も向上してほしい。期待するところだ。ここでもまた、選択肢が増えることは貴重である。

バンディプルに行ってみた

ポカラから車で1時間半、カトマンズに向かう国道上の宿場町ドゥムレから山道を更に30分。中世、バクタプルから移住したネワール族が築いたバザールが掌の上のような尾根の上に続く小さな街、バンディプル。

中山道木曽馬籠宿のネパール版というと、イメージが浮かぶと思う。

かつてはマナンを経由してチベットに至り、南はインドとの徒歩による陸上交易路の拠点として栄えた。カトマンズとポカラを結ぶ車道であるプリトビ国道が1974年に完成し、尾根の上にあるバンディプルは国道から外れてしまった。タナフ郡の中核の地位は、低地の国道沿いにある街、ダマウリに移っていった。賑わいを奪わたバンディプルでは、豪商が競って建てた立派な町家に住む人もなく打ち棄てられていたと云う。住民の多くは車両交通の要所であるナラヤンガートなどに移住してしまっていたとも聞く。

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コンクリートによる開発から取り残された古い街並みは、2000年頃、復古調の古民家ホテルとして再利用されるようになった。カトマンズの観光開発業者が地元のオーナーと共同でホテルに改築し、バザール筋にだけは車両が乗り入れられないように両端にブロックを作った。

2008年に訪れたときには、古民家ホテルの先駆となったOld Innに滞在した。今回は隣の家にその後出来たGaun Ghar(村のおうち)に宿を取った。カトマンズやチトワンでホテルや伝統料理レストランを手広く展開するカトマンズの観光企業と地元の合弁である。

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他に泊まり客いない村のおうちは静かでゆったりとしていた。伝統的土壁の家は自然素材の厚い壁が天然の断熱材となる。夏涼しく、冬暖かい。鉄筋コンクリートの家とは違い、家全体も呼吸しているような感じがした。

私も友人も、部屋に入るなり眠気が来て、そのまま深い午睡に落ちていった。その後も、何時間寝てもまだ眠れる。心と身体が心底リラックスできる、不思議な感覚だった。今回の地震で、より良く復興するためには村でも鉄筋コンクリート建築を!と提唱する声があるのも当然だが、伝統工法の家がこんなにも人間に優しいこと。深く感動してしまった。

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部屋の窓からは、絵本の世界のような景色が見える。2008年に来た時より、村の中に建物が増えている。鉄筋コンクリートの建物が建設中であるのも見える。

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午後、学校帰りの子供たち。普通の村とは違い、ぱりっとアイロンの効いた制服に身を包み垢抜けている。

バンディプルには1980年代より、京都ノートルダム学院のシスターたちが開いた立派な学校がある。バンディプルの子供たちだけでなく、周辺の村々から、より良い教育を求める子供たちが集まってきている。村にいくつもある寄宿舎に入る子供もいれば、お父さんは海外に出稼ぎして送金。周辺部の村々から子どもとお母さんだけはバンディプルに部屋を借りて下宿。子どもをノートルダム学院に通わせる例も少なくないと聞いた。

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制服から着替えると、やっぱりやんちゃ。雨上がりのバザールの石畳で、クリケットに興じていた。

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車の走らない道は、観光客にも子供たちにも安心だ。クラクションの音もない。

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日が暮れ始めた。

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優しい光が、バザールを包む。

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村のおうちの玄関先には、灯明が灯される。

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カトマンズ資本のホテルだけでなく、地元の人たちも宿やカフェを開いている。今から30年くらい前、ポカラのレイクサイドにあったような、素朴で土の香りがするような施設も多い。

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村のおうちの夕食は、やっぱり、ネパールの国民食ダルバートだ。ネワール族伝統の蒸留酒も振る舞われる。素焼きの杯に高いところから注ぎ、星のような泡を立たせることで酒の純度が高いことを示す。

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バンディプルの夜はほのかに明るく、そして暗い。

バザール周辺の、一軒一軒が離れて建つ民家には地震被害も出ているそうだ。しかし、家が隣接して続くバザール筋では被害無かった。全ての家が揺れから支え合っていたのではないか?とのことだ。

秋と春の観光シーズン中は、夜遅くまで騒がしいほどに欧米人観光客が押し寄せるそうだ。今はとても静だが「秋の予約は快調ですよ。心配ないです」と、宿の人曰く。静かな滞在を望むならオフシーズンの雨期か、欧米人が自国に帰ってしまう12月1月あたりがおすすめかもしれない。 

ポカラに行ってみた

4月25日の震災、5月12日の余震の影響で、ネパール全体の観光業が落ち込んでいる。震災の直接的被害と、その後のキャンセルを合計すると、600〜800億ルピー(720〜960億円)の損失に及んだと試算されている。

世界的に有名な山岳観光都市ポカラは地震による被害が殆どなかったにもかかわらず、観光客がいない。ヒマラヤが見えない雨期のオフシーズンに多く来るインド人避暑客も、年間通して訪れる中国人観光客もいない。ポカラは危機的状況だ!と、カトマンズで漏れ聞いていた。

普通の外国人に出来る、一番確実な復興支援は、ネパールに来て、楽しんで、お金を消費していくことだ!秋の観光シーズンにはネパールに行こう。と、呼びかけも始まっている。しかし、実際どうなのか?ネパール側の云う事を鵜呑みにすると、痛い目をみること少なくない。信用していいのか?

ならば、よし、行ってみよう!自分の目で見てみよう。

パタン市内でレストランを経営する友人とふたり、4泊5日。ポカラとバンディプルを巡る旅に出た。

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ポカラの宿は、レイクサイドのMt. Kailash Resort。以前からずっと気になっていた目を引くホテル。今回シーズンオフディスカウントをいただき、合計3泊。広く清潔な客室。蒸し暑い中観光から帰ってきて、身体を冷やせるプール(ガンガン泳ぐには小さい)。豊富に出るお湯(バスタブつき客室あり)。親切なスタッフ。

満足いく滞在であった。なのに泊まり客は、非常に少ない。

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そして、レイクサイドでは定番のひとつ。Cafe Concerto。

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いつもの雰囲気、いつもの味。なのに客がいない。そのせいか、楽しみにしていた手作りジェラードはなかった。それが残念。


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レイクサイドでは新しい建物の建築も多い。カトマンズでは最近殆ど見られない、竹を使ったコンクリ打ち。こんな工法が許されること自体、ポカラが如何に地震被害に見舞われなかったか。物語っているような気がする。

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突如出現する、北京の胡同(フートン)風赤い扉。

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施錠された中は、中華秘密倶楽部なのか?

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夜、二人とも大好きなMoon Dance。席を選ぼうとするとウェイトレスさんが
「宜しければ、テラス席はいかがですか?外から見える場所に...」
と。うちはちゃんとお客さんいますよ。と、外に向かってアピールしたいのだろう。もちろんOK。このような細かい営業努力を、困難なときにも継続する企業姿勢に好感が持てる。

実際、隣の店(某H.E.レストラン)は毎昼、毎午後、毎夜客が一人もいないのに比べ、Moon Danceには少ないなりに客が入っていた。
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お次は、これなら買っていいかな?と思えるTシャツ屋さん。

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レイクサイドに2軒展開中のUrban Yeti。ポカラの若手デザイナーのオリジナルで、カトマンズでプリント。ポカラに来ないと買えないレアもの。

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カフェも併設した店内は、ポカラらしくてイイ感じ。「ネパールをおうちに持ち帰ろう」がコンセプトとか。とても薄いコットンニットのTシャツは1枚850ルピー。日本円で千円弱と手頃。普通のコットンTシャツより薄いので、沢山買ってもかさばらず土産物に適している。

中国人観光客はひとり20枚30枚50枚と爆買いする人も多いそうだ。よくある厚手コットンのTシャツでは厚すぎて、スーツケースに入らないだろう。でもここのなら「没問題」ね。

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デザインも良く、ネパール土産ものには飽き飽きの私でさえ、亭主用とお揃いで買ってしまった。

ただし、布地が薄いので耐久性は弱い。バッグでこすれる腰回りなど、すぐに毛玉が出てくる。メリヤス編みニットの弱点だ。反面、肌触りは最高によい。カトマンズのJuju Tシャツの方が耐久性あるので、お好みでどうぞ。
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滞在最終日、ジップフライヤーという冒険アクティビティに参加した。ポカラ近郊、サランコットの丘頂上から、ワイヤーにぶら下がって森の上を下るという、単純かつエキサイティングなもの。


バンジージャンプやパラグライディングと比べ、自分で一歩踏み出す勇気が少なくても大丈夫。それでも最初の数十秒、脚の下に広がるジャングルの上を飛んでいる自分がSF映画の主人公になったような気分が味わえる。

今回は震災復興半額セール中で、お得に楽しめた。今年雨期の間だけの特典だと思う。シーズン中は毎日40人〜80人が飛ぶという。滑降スタート地点の横には、現在建設中の巨大ホテルもあった。元日本人、現在ネパール国籍を取得した観光実業家、宮原さんのホテルだと思う。

ポカラではパラグライディング、ウルトラライトプレーン、バンジージャンプ、ジップフライヤーなど、最近流行りの冒険系アクティビディがよりどりみどりで楽しめる。特に、インストラクターとタンデムで飛ぶパラグライディングは、ふわりふわりと大空に浮かぶ感覚が刺激的。着地時に失敗して(客が)脚を骨折することが希にあるとの話は聞くが、墜落したとか、死亡事故の話は聞かない。

価値観、人生観の問題だが、各アクティビティ共に一度はやってみると楽しいですわ。二度やるか?と云われると、うーむ。パラグライディングとジップは、もう一度やってもいいかな?と思う。ヒマラヤ見える時期に、ね。


バンディプル編に、つづく... 

今年のモンスーン予報

通常、6月10日前後からはじまるネパールのモンスーン。ネパール気象局の観測予報によれば、今年は例年より1週間から10日遅れての始まりとなり、雨量も少なめとのこと。

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関連新聞記事(画像クリックでオンライン版記事にリンク)

今年4月にインドのプーネパールで開催された南アジア気象学会においては、今年はエルニーニョ現象の影響を受ける可能性が指摘されている。

Tips on Monsoon in Nepal;
 ネパールへのモンスーン到達日平均値は6月10日前後であり、平均して105日間となる。この期間中に、年間降水量の75%の降雨が記録される。

 昨年2013年は(1952年以降)最長のモンスーンとなり、6月14日に到達し127日間続いた。この間、1455.3mmの降雨を記録。2012年、1343.9mm。2011年1320.3mm。

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観光オフシーズンとなるモンスーン期間中。山はほとんど見えない。しかし在住者にとっては、うれしい季節でもある。

水力発電、しかも流水型ダムが主流のネパールでは、川の水量が直接発電量に影響する。渇水期の秋〜冬は毎日10時間以上の計画停電に見舞われる。しかし雨の豊富なモンスーン期間中、停電時間は大幅に減る(それでも毎日数時間は停電なのが普通)。

緯度は奄美大島と同じという南国であり、しかも高地のカトマンズは直射日光強く乾燥も酷い。雨の時期だけは湿気あり、肌や髪、爪に優しい気候となる。木々や草木の緑も美しい。田植えの終わった田園風景など、息をのむような美しさである。観光客も少ないので、普段泊まれない高級ホテル等もオフシーズン割引をする事がある。特に在住者限定のパッケージは大変にお得。観光地も空いていて、のんびり出来る。

し・か・し、有視界飛行の割合が高いネパール国内線で事故が起きやすいのもこの時期。特に山岳路線は、モンスーン明けまで乗りたくないのが正直なところだ。 

ポカラ、レイクサイドは食の天国

ポカラ、レイクサイドにはレストランも立ち並ぶ激戦区。流行っている店はオフシーズンでも客がいるし、そうでない店は閑古鳥。外見それほど差がないのに、げに恐るべきはツーリストの口コミ情報ってか?それとも、ロンリープラネット?

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グレシャーホテルオーナーからの「安くて美味しいよ」との情報で、蘭花飯店(Lan Hua Chinese Restaurant)なる中華に行ってみた。

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本場中国大陸からの観光客多し。シェフが中国人のようだ。店内、中国語満載。ぺかーっと明るいのも、東アジア仕様だね。

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猪肉餃子(ポーク餃子)は、むちむち美味しい。ソースが一件ネパール風だが、ピリ辛スパイシーなところがチャイニーズなのか。他の料理もまずまずだし、出てくるのが早い。ポットで出てくるジャスミン茶は無料。それにしても、ひとりで行く中華は苦戦する。大人数で繰り出して、何品もとってシェアして楽しみたい。

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ネパールに来たからは、国民食のダルバートを食べたい。料理上手で知られるタカリ族も多く暮らすポカラだから。レイクサイドで、タカリ・ダルバートを食べるなら、

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Thakali Kitchen(タカリ・キッチン)

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値段と、味と、雰囲気で考えて、大満足!これまではダムサイトの超有名店 Hotel Monalisa(ホテル・モナリザ)まで食べに行っていたが、近場でなら、タカリキッチンに軍配を上げたい。ただし、かなりスパイシーだ。これまで食べてきたタカリ料理の場合、山椒など他の民族が使わないスパイスも含め、絶妙のバランスで調理したダルバートであったが、こんなに辛くはなかった。

もしダムサイトまで行き帰りが億劫でなく、もっと予算があるなら。モナリザに電話予約して(裕福なネパールでいつも混雑しているため、事前予約がベター)行くのもお勧めだ。

どこの店であってもタカリ料理独特の、そば粉のディロにトライしてみたい。真ん中を指で凹ませて、ここに熱く熱したギー(ギュー/精製バター)をじゅっ!と流し入れ、回りのディロを手でちぎってはギーにつけ、何品ものおかずに併せて食べるのが通。もちろんギーを、ごはんにかけても美味しい。食べ慣れないと独特の風味があるため、ちょっとずつかけて、味の変化を楽しむのがいいだろう。

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一方こちらは、カフェ・コンチェルト(Cafe Concerto)。イタリア〜ン!
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まだ肌寒い夜、オープンテラスの真ん中にはファイヤープレイスがあって、ぬくぬく。自家製ジェラードとillyのコーヒー。意外とスパイシーであったタカリ・ダルバートでシビれた舌を、冷たく甘く癒してくれる。

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コンチェルト・サラダ。ドレッシングが選べるが、私のお勧めはバルサミコ・ドレッシングで。

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これ以外にも、ついつい毎日通ってしまう Moon Dance(ムーンダンス)は、レイクサイドの定番。しゃれた雰囲気と味なメニュー。デザートは、マチャプチャレ・キスで決まりだね。

ちょっとジモティな雰囲気の、カジュアルレストラン。アーモンド・カフェ(Almond's Cafe & Restaurant)のインド料理も捨てがたい。モモもいける。

カトマンズのタメル。パタンの腹ぺこ通りと並び、ポカラレイクサイドは、食の天国レストランの超激戦区なのだ。

ポカラのホテル、ふたつ

ネパールを代表する山岳観光都市、ポカラ。観光客のためのホテル、ロッジやレストランが建ち並ぶフェワ湖畔のレイクサイド地区。ここにある数多い宿泊施設の中で、2つを紹介したい。

Hotel Glacier(グレイシャホテル)
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親身に親切なホテルだよ!という友人からの口コミで、なら...と、1泊してみた。

ポカラのレイクサイド、カトマンズならタメルという観光客が集まるエリアで仕事をする人たちの中には、観光客ズレした、図々しくも馴れ馴れしいネパール人が少なくない。言葉の分からないツーリストにとってはフレンドリーと感じられるかもしれないが、(こっちが分からないだろうと)ネパール語で客をバカにした会話を仲間内でやっていたり、各種下心むんむんな輩もいて、正直好きになれない。

であるからして、私の評価はかなり辛いのであるが......ビックリした!

レセプションの責任者からホテル専用車のドライバーさんまで、押しつけがましさのない誠実さ。非常に親切。これなら安心して宿泊出来る。

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オーナーであるラジェンドラさんにもお会いして確信したのは、ホテル建物内にご一家の自宅もあり、スタッフや施設に目が行き届いていると云うこと。旅行会社を経営するビジネスマンでもあり、日本での生活経験もあるラジェンドラさんの責任感ある仕切りが心強い。

ポカラからベグナスに移動するとき、タクシーではなくホテルの専用車(ドライバーさんはホテルのスタッフ)をチャーターさせてもらった。目的地について車を後にした数分後、ドライバーさんが走って追いかけてきてくれた。

「カメラを忘れてましたよ!」と。

タクシーにしていたら、数百ルピー安く移動出来ていたかもしれない。しかし、忘れたカメラはまず返ってこなかっただろう。身をもって、その差を感じたのである。

ありがとう。

築10年と、客室内部に古さが感じられる部分もあるが、これを一掃するため現在改装中。秋のシーズンには、グレードアップしたホテルの姿が見られるのも楽しみだ。是非、次回も泊まりたい。

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Temple Tree Resort & Spa(テンプルツリー・リゾート&スパ)
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こちらは、中級ホテルが多いレイクサイドに、満を持してオープンした、リッチなブティックホテル。外観は、ポカラ空港近くの高級リゾート シャングリラ・ビレッジを彷彿とさせる。カトマンズのレストラン事業で成功した人などが、共同オーナーであるそうだ。

スタッフも感じよく、朝食もきちんとホテル仕様。なかなか美味しい。しゃれた雰囲気の良さは、抜群の魅力である。

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おしゃれなプールもあるし、アユルベーダの本格的スパも併設されている。客室もしゃれている。が、

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夜になり、カーテンを閉めるとかなり暗い。間接照明だけだし、壁の色調も押さえたものである。明るい室内になれた日本人には、へっ?と思う明度しかない。これまた、リゾート。リラックス効果である。

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世俗を忘れに来た観光目的ならいいのだが、夜はしっかり仕事をしよう!と思う方には、この暗さは堪えるだろう。無料のWiFiは、特筆すべき高速であった。

見た目のおしゃれさで気づきにくいが、いわゆるちゃんとしたホテルとは大きく違うのがリネン類。ベッドに入ってあれ?と思ったのは、シーツがぱりっと、糊付けプレスされていないこと。てろん、としている。このあたり、ゲストハウスクラスの肌触りである。バスルームのタオル類も、てろりと薄い。

エコなんです!ということなら納得出来る。が、安くない料金を考えるに、ぱりっとしたシーツの触感や、ふんわり厚手リッチなタオル類が恋しくない訳でもない。バスタブはゆったり目であるが、南アジアのホテルらしく、たっぷり熱いお湯は夜間と朝の一定時間しか出なかった。昼間はボイラーを止めているようで、生温かい程度。

日本から仲良しの友人と女子会ツアーなんかするなら、また泊まってみたいな。

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今回紹介したのは、こぢんまりとした中級ホテルと、きちんとマネジメントがされた客室数があり設備も立派なリゾートホテル。ふたつとも、私の評価としては大満足。値段と施設が違うので、宿泊目的に応じてチョイスすべきなのは云うまでもない。

全てにおいて慌ただしいカトマンズと比べ、ポカラのホテルやレストランのサービスは 、よく云えばゆったり。別な表現なら間が抜けてイライラさせられる事も多い。であるからして、きちんとしたマネジメントがなされていないポカラの大型ホテルは最悪である。箱だけ大きくて、サービスが追いつかず、イライラさせられっぱなし。

私がお勧めするポカラステイは、小さくて設備はミニマムでも、オーナーの目が行き届いた家族的ホテルやゲストハウス。小回りがきくし、安心だ。

そうでないなら、定評ある高級ホテルやリゾート。 気をつけるべきは、施設は素晴らしいが、マネジメントに難がある高級ホテルもポカラにはあることだ。経営努力で改善されることもあるし(期待薄だけど)、個人の主観もあるので、どれ/どこ?という部分は書かないでおこう。

今回紹介したテンプルツリー、空港近くのシャングリラ・ビレッジは気持ちの良いリゾートホテルでおすすめ出来る。また、四角い箱形ではあるが、これまた空港近くのポカラグランデも悪くない。館内明るくて、夜もお仕事!な出張旅行にお勧め出来る。

ポカラ、ポカラ。行ってきたばかりなのに、また行きたい街。ポカラ!

ベグナスの、大人のリゾート

ペグナス・トライアスロンの本部となった、隠れ家リゾートをご紹介しよう。

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The Begnas Lake Resort(ベグナス レイクリゾート)

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 The Begnas Lake Resort の写真をもっと見る

ポカラから、(カトマンズまで続く)プリトビ国道を南東にレクナートまで進み、ベグナス方面に向かって北東に曲がる。ポカラから車で1時間ほどで、ベグナスバザールに到着し、バススタンドから進んだところにベグナス湖畔がある。ここから手こぎボートで1.5km程でリゾートに着く。事前に予約しておけば、天蓋付きのホテル専用ボートが迎えにも来てくれる。

または、さらに車で進み、進行方向右手にルパ湖が見える峠を越えて少し進むと、左手にホテルのサインボードと守衛所がある。ここからは、徒歩で石段を下る。木々の間から徐々にベグナス湖が見えてきて、リゾートのコテージが見えてきて、5分も歩けば到着する。

ボートであっても、徒歩であっても、アプローチにストーリーとわくわく感があるところがユニークだ。

天候に恵まれれば、部屋から、レストランのテラスから、ベグナス湖の向こうにマチャプチャレとアンナプルナ山群が望める。観光地化していない湖面は美しく、ポカラレイクサイドのような喧噪とは無縁の静けさである。

スタッフの物腰、サービスに押しつけがましさや(観光地特有の)馴れ馴れしさはない。礼儀正しく、少しはにかんでいて、同時に大変に親切でもある。観光地のネパール人に対する評価が非常に辛い私でさえ、もう心地よくて、ウットリしてしまった。

客室はシンプルで清潔で、バスタブはないものの、シャワーのお湯は温度も充分で豊富で感激した。アメニティや各所に「エコフレンドリー」な心遣いが感じられる。

レストランの料理は、丁寧に調理されている。自家製のパンも美味しい。

日本からの方だけでなく、ネパール在住のみなさんにも是非お勧めしたい、大人のリゾートだと思う。カトマンズの喧噪と、ネパールでの仕事や家庭、親戚づきあい、または人生に疲れたとき。ベグナスリゾートで心の洗濯を!ただし、最低でも2泊してくださいね。1泊だけだと翌朝朝食を食べながらあなたは、ああ、もう少しここに居たいと思う。きっぱり、予言してもいい。

このリゾートはネパールの旅行会社Intertours社 の経営であり、トライアスロンの主催者であり、私のトレラン仲間のパワン坊は、ここの御曹司であったりもする。 パタンにも Summerhill House(サマーヒル ハウス) という、これまた小洒落たブティックホテルを経営している。今回パワンのパパ&ママにもお会いしたのであるが、とても素敵な方たちであった。

日本人があまり行かない花園が、ネパールにはまだまだ隠れているようだ。 

くんくん、く〜んと、さがすぞ。これからも。

冗談では済まない話

9月10日(金)の昼間、カトマンズの国際空港ではバンコクから来たタイ航空機が着陸態勢に入っていた。もちろん、カトマンズ国際空港管制塔の許可が出ていた。

この時同時に、どういう理由か分からないが、管制塔は国内線のイエティ・エア航空機に、離陸許可を出してしまっていた。

滑走路まで3ノーティカルマイル(5.5km強)まで近づいていたタイ航空機のパイロットが、目視で滑走路上のイエティ機体を発見。急上昇して、衝突が避けられた。報道によれば、機内で映し出されていた着陸のビデオ画像でも、乗客にイエティ機が見えたそうだ。

最悪、二つの航空機が滑走路上で衝突。多数の死傷者が出るのと同時に、ネパール唯一の国際空港が致命的なダメージを受け、最低でも数日間の閉鎖に追い込まれていただろう。

この事態が管制塔から空港当局に、すぐには報告されなかったそうだ。管制官も人間であるから、間違いは起こりえる。しかしこの種の間違いは、あってはいけない。起こったとすれば、すぐに報告。徹底的に真相究明をすべきだ。そういうことも出来ないなら、ネパール政府は観光振興を呼びかけても、全く意味がない。

飛行機事故については、自分や家族が搭乗している可能性がある。惨事が起こったあとは、無関係ではいられない業界の仕事もしている。そんなニュースは勘弁して欲しい!と、心から思う。

冗談じゃない!

2011観光年、動き出してます

来年2011年は、ネパールは官民を挙げて観光振興キャンペーンを繰り広げる、ネパール観光年となる。公式のイベントは来年の元旦からスタートするが、各種観光振興団体や旅行代理店によるプレイベントは、今年秋から目白押しになる模様。

ネパールの大手旅行代理店(欧米の顧客が主なので、日本には知られていない)Himalaya Expedition は、ルンビニを起点としたネ印仏跡ツアー定期観光バスサービスを開始する計画だ。これまではインドの各都市を起点として、インドの旅行代理店が主催したツアーが、ネパール側にある仏跡は国境を越えて日帰りでオペレーションすることが多かった。

これをネパール側の、釈尊生誕地ルンビニを起点/終点とする周遊バスサービスを提供することにより、ネパール側の他の観光ポイント(カトマンズ、ポカラ、チトワン)や、チベット側にまで、仏跡観光客を誘致するというコンセプトだそうだ。

HimEx社の説明によると、パッケージツアーなのではなく、例えて云えばカトマンズ〜ポカラのツーリストバスのようなものらしい。毎月設定された出発日の中から日程に会う日を選び、観光客は座席を予約する。そして、出発地点であるルンビニに移動し、指定の日時と場所からバスに乗車。何日かかけて仏跡を一周し、再度ルンビニに戻ってくる。

オプションとして、インド側の宿泊ホテル予約や観光サービスも予約できるだろうし、もしかすると最初から、ホテル宿泊料金もバスチケット代金に込みになるかもしれない。

この定期観光バスの路線は、ネパール側ではルンビニとカピラバストゥ(ティラウラコット)。インド側はShravasti(サヘート/祇園精舎)、Kushinagar(入滅の地クシナガラ)Sarnath(サルナート/鹿野苑Bodhgaya(ブッダガヤ)、Vaishali(バイシャリ)という、仏教四大聖地(太字)を含むものとなる。

エアコンはもちろんのこと、トイレも完備されたデラックス専用観光バスを投入するとのことだ。今年12月には、トライアル運行を開始するとのこと。

仏跡観光を好む仏教徒の多くは、それぞれの国の言葉や食事によるサービスが大切である。この点のフォローは望めそうにないが、仏教ブームの欧米人観光客をターゲットにしているのだろうか?オペレーターはヒンズー教徒であるし、仏教専門家によるコンサルテーションも受けていないもようだ。

と、不安要素もいろいろあるが、インドのビハール州、UP州という、旅行者にとっては厳しい環境に散らばる仏跡を、一筆書きで巡る観光路線バスというのは、好事家にとっては注目だろう。

12月のプレ運行には、キャンペーン乗車を勧められているのだが。う〜ん。乗ってみたいような、怖いような。四国八十八ヶ所の、マサラ満載・強烈版のようなバスツアーになるんだろうか? 

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さて、2008年、エベレスト上空。エベレストの頂上よりまだ上の高所から、史上初のスカイダイビングを成功させたグループがあります。その後、グループが2つ(英国系とニュージーランド系)に分裂した模様。

今年の秋は、両グループが、ネパールのエベレスト上空からのスカイダイブ競演になる見込みなのだが、以下のサイトもご覧いただきたい。

英国系、エベレスト・スカイダイブ
NZ系、エベレスト・スカイダイブ 

ロゴからして、ほとんど同じじゃないですか!しかもこの双方のサイトを丁寧に読み込むと、それぞれのネパール国内ハンドリング旅行会社の紹介が.....ぎゃ〜っ!

ネパールの旅行業界。特に欧米系ハンドリングに詳しい方としか驚愕を共有できないが、他にもいっぱい立派な旅行代理店があるというのに、敢えてこの2社とは。あああああ。恐ろしすぎる。

実は我が家は、この2社共に、等距離で仲良しなので。

「おおミキさんよ、スカイダイビングを体験してみないかい?」

と云われたら、怖い。高度1万メートルから墜ちるより、ずっと恐怖の、カトマンズのネパール人人間関係が怖い。

ネパールの新しい冒険スポーツとして、ニュースネタとして美味しすぎるだけに、近づきた〜い、近づくのがこわ〜い。

ネパールで複雑怪奇なのは、政治の世界だけではないのだ!

ルクラのカオス

エベレストトレッキングの玄関となる、ソルクンブー郡ルクラ飛行場(テンジン・ヒラリー空港)は、ネパールの山岳路線空港の中で、最も多くの外国人を迎える=外貨を稼ぐ、観光の拠点のひとつといえる。

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ターミナルビルは建て替えられ、滑走路も舗装され、見た目は立派になった。25年前、はじめてルクラに行ったときは、草地の滑走路と掘っ立て小屋しかなかった。それにしても、チェックインの不思議さは相変わらずである。

まず、フライトの前日午後。ルクラにある航空会社の支店で、フライトの再確認が必要だ。カトマンズで帰路の予約をしてあるからと、安心してはいけない。ツーリストが自分自身で行って不可能ではないが、ネパール語、シェルパ語の飛び交う世界で戦えるだけの語学力と自己主張が不可欠であろう。

日本やカトマンズの旅行代理店からアレンジしたトレッキングであれば、ガイドさんが全部やってくれるはずだ。もしくは、ルクラで泊まっているロッジが代行してくれる。

ルクラの主要ロッジの場合、それぞれのオーナーが、航空各社との太いパイプを持っている。それが、日本の旅行会社〜カトマンズの契約トレッキング代理店〜地元のロッジ〜ルクラの国内線各社....というビジネスのつながりで、あなたの帰路フライトが確保されるわけだ。

であるからして、あなたのガイドさんが信頼できるきちんとした人であれば、ガイドさんが「ここに泊まりましょう」というロッジに泊まること=あなたのつかんでいるコネを最大限に活用することになる。

多くの場合、カトマンズからルクラについてすぐ、ガイドさんが「ここでお茶を飲みましょう」とか「朝ご飯食べましょう」と云うロッジが、コネのあるロッジの筈。エベレスト街道へのトレッキングを開始する前に、帰路のチケットをそのロッジに預けておいて、帰路の宿泊とチケットの予約再確認をセットでお願いしておくことになる。

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飛行当日空港に行くと、チェックインカウンターの前には誰のものか不明の大量の荷物(多分、登山隊の持ち帰り機材)と、フロアーいっぱいの人、人、人。これをかき分けてチェックインするのだが、最近私がお世話になっているロッジの場合は、ルクラに着いた時点でチケットを預けっぱなしで予約の再確認も任せっきりで、我々が空港に着いた時点でロッジのオヤジさんが既にボーディングパスを握りしめている。

「はい、ここに荷物を置いて」

と指示された巨大体重計に荷物を載せて計量し、荷物預けのタグをもらい、

「はい、あっち」

と指さされた先の、警察による荷物チェックではダッフルバッグを開かれもせず、セキュリティOKのシールを貼ってくれる。その後、エアライン職員が荷物を担いで持ち去ってくれる。

う〜ん、ロッジのオヤジさん、(*^ー゚)b グッジョブ!! 

「おとーさん、ありがとう。また来るときは泊まるからね。よろしくね」

と、固い握手を忘れてはならないし。次回、他のロッジに浮気することは厳禁なのである。

昔、別のロッジであるが、前夜大酒飲んで酩酊して騒いだネパール人カメラマンたちがいて、私を含む早く寝たよい子(?)たちはロッジのお母さん(ここは、母さんの方がやり手だった)に

「さっ、早く、ささっと」

と、ボーディングパスを渡され、さくっとカトマンズに飛んだ。騒いでいたヤツらは次の便が飛ばず、結局5日ほど悪天でルクラに足止めされたこともあった。斯様に、ルクラのロッジ経営者に嫌われると、ロクなことはないのである。

バンダで振り返る、2009

本日の英語紙、The Himalayan Times に興味深い記事がある。ネパール全国で行われたバンダ(強制的ゼネスト)で振り返る2009年と、2008年との比較。

記事の表の部分がネットでは分かりにくいので、紙面からの表抜粋も載せたい。クリックで拡大する。

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まず、2009年1年で、ネパール全国で行われたバンダの総数は821件。日数としては298日(1日で複数のバンダが重なっていた日がある)。2008年のバンダ日数、254日を上回った。

ネパールは、365日より多い回数の祭りがあり、家屋の数より多い寺院があり、人口より多い神々の住む国と表現されてきたが.....このままでは、毎日どこかでバンダが行われている国になってしまう。

このバンダ、日本のみなさんには理解しづらい状況だと思う。日本で考えるゼネストであれば、その支持者だけがサボタージュするのだが。ネパールにおいては、ゼネスト破りをしている商店や車両に対して、攻撃が加えられることが少なくない。であるからして、支持者以外も暴力で従わされてしまうのだ。

ネパール市民はもとより、外国人観光客の車両による移動も制限されたり妨害されたり、状況によっては攻撃を受ける可能性もある。歩けばいいのだが、運悪く到着日や出発日であれば、荷物抱えてどうやって移動するのか?という問題に直面する。少ない日数で訪れる方たちは特に、貴重な移動日や観光の支障になってしまう。

月別で見ると、1月が122件と最も多かった。全国どこかでバンダのあった日数は、31日。毎日どこかで、バンダだったことになる。パシュパティ寺院の主席僧侶任命に係わる問題や、マオ派政府と当時のカトワル国軍参謀長の対立など、当時のマオ派政府と対抗勢力の緊張が高まっていた時期だ。

一方、9月は21件と年間最少で(日付は13日)、続く10月も25件(14日)。この2ヶ月は、ネパール最大の祭りダサインとティハール。そしてタライ地方最大の祭りチャートがあったため、街頭抗議活動もひと休みであった。11月になると、一挙に64件(27日)と増えている。

このように、毎年、ダサイン〜ティハール〜チャートという祭り期間中は、バンダが少ないと予測される。2010年の場合、10月はじめ〜11月中頃までとなる(祭りの日付は太陰暦のため、毎年西暦にズレが出る)。

秋の観光シーズンピーク時であるが、祭りのため官公庁や私企業も長期休暇となる。仕事の出張の場合、ダサインとティハールの間の2週間に狙いを定めないと、相手先が閉まっている。営業していたとしても、ネパールのみなさん「祭り第一」のため、思い通りに業務遂行できないこともあるだろう。

やれやれ......

2011年は、ネパール観光の年だそうであるが。各政党や労働団体がこんな風にバンダを続けるなら、無駄なキャンペーンになる可能性がある。

現在野党に回ったマオ派であるが、本日、第5次抗議活動の予定を発表する模様。今までとってきたバンダ戦術は市民の支持を得がたいと云う事で、バンダ以外の方法を摂るらしい。これが本当なら、かつて武装組織であったマオ派の、政治勢力としての成熟と評価したい。

んですけどねぇ〜。

ネパール空港警備強化

本日のThe Himalayan Times記事によれば、トリブバン国際空港への、乗客以外の人間への「空港内入場パス」発行の制限がはじまっており、もうすぐ、全面的に停止される見込みとのこと。空港管理側への取材である。

南アジアの空港を離発着する航空便へのテロの脅威が高まっていると云う事で、ネパールでも、国際線/国内線共に、空港の警備が厳しくなっている(らしい)。

しかし、この空港パス。例えば、ネパール政府から機材無税通関の 許可をもらっている外国人が機材と共に到着したとき、実際に税関での処理を行うのは、全面委任を受けたネパール人である。入場パスを発行してもらって税関まで入場しないことには、手も足も出ない。

また、病人やハンディキャップのある乗客の支援のため、必要不可欠な、乗客以外の人間の入場もあるだろう。厳重なセキュリティは、乗客の安全のためであり受け入れるべきだ。しかし、無意味な規制で、乗客の移動に支障が出るのは別の話だ。

国際線の入国も、南アジア諸国の国民は別の列に並ばせ、その他の国民より厳しい入国管理を実施中とのこと。テロリスト入国防止の水際作戦だろうが、プロのテロリストなら、先進国のパスポート入手などお手の物ではないかな?早晩インド政府が「我が国の国民に対するハラスメントだ!」と抗議するんじゃないかなぁ。

今回の話によらずネパールは、一般的に必要な対処もしない。しかし一旦「やる」となると、現場の必然性や国際的スタンダードから遊離した「いきすぎ」「やりすぎ」を敢行し、しばらく経つとなし崩し的に「元に戻る」例が多い。空港だって、ここしばらく.....限定のお話しになるのではないだろうか。

いずれにしても、ネパールで国際線/国内線を利用する場合、お早めの空港到着を心がけておくのが得策であろう。 

テロの脅威は、見えない

先日1月22日のAP電で、インド政府内務省が自国および、近隣の南アジア諸国から離発着する航空機に、イスラム原理主義グループによるテロ攻撃の可能性が高まっていると判断。米国国防省も、インド政府に対し同様の警告を発していた。現在、インド各地の空港におけるセキュリティが強化されている、とのニュースが伝わっていた。

これを受けてだと思うが昨日1/25、ネパール政府内務省も、空港の警備強化について関係諸機関とのミーティングを持った。って、一般の報道がなされてから3日も経って......

可能性その1
インド政府の対応は、1/26(今日)のインド共和国記念日を前に、毎年恒例の「気をつけましょう、インディア」キャンペーンの一環であり、まあ、そんなに気にするものでもなかった。しかし、ネパール政府として何もしないのも何なので、ちょっとポーズをとってみただけ。

可能性その2
本当に対処すべきだったんだけど、まあ、いろいろ、モタモタしていたんだよね。で、インドの共和国記念日の前までには何かすべきだとの判断で、まあ。 

ネパールの空港セキュリティが緩いのは、南アジアでも有名だ。

1999年12月24日には、カトマンズ発ニューデリー行きのインディアン・エアラインス機がハイジャックされ、アムリトサル、アラブ首長国連邦を経由した後、タリバーン政権下(当時)のアフガニスタンのカンダハール空港で乗客が解放された事件もある。この時は、新婚旅行中のインド人新郎が殺害されている。

インドの航空会社は、ネパール警察の空港セキュリティに追加し、自機に乗客が乗り込む直前、インド側による再度のボディチェックを実施している。これはネパール国権に対する侵害なのだが、両国の政治的レベルの合意で、例外的に認められている。インド政府が、ネパールのセキュリティを信用していないと云う事。

と、いろいろ心配なことを書いたが、航空機に対するテロの脅威については、例えばアメリカに比べれば小さなものだと思う。セキュリティ強化で不愉快な思いをして、テロの脅威は常にあるにもかかわらず、アメリカに飛ぶのを心配する人は少ないのではないだろうか?

ネパールに来ることを、必要以上に心配する必要はない。

ただし、ネパールの隣国インドが、常にテロの脅威に対峙していることは憶えておきたい。2008年11月のムンバイテロ事件は、その最たる事件である。

我が身を守るための知識や行動は大切だが、あまり考えすぎると何も出来ない。考え方を変えてみれば、日本では毎年3万人以上の人命が、自殺という悲しむべき原因で失われている。ネパールを含む南アジアを旅行することより、快適な日本で普通に生きていくことの方が、ずっと、ずっと過酷なのではないだろうか。

JAL程の企業が倒産してしまう日本には、静かで深いストレスが蓄積している。ここらでひとつ、ネパールで、心の洗濯をしてみても悪くないと、思うんですけど。いかがでしょう?

EMSを使ってみた

今回の日本滞在では、6年ぶりと云う事もあり、帰路の荷物は絶望的な重量となった。エコノミークラス20kgから、25kgオーバー。総重量45kgであった!しかも、私ひとりの移動だし。

経験的に、日本〜バンコク〜カトマンズとタイ航空で結べば、日本でチェックインしてカトマンズまで荷物をスルーにして、5〜6kgのオーバーは何も言われない。シルバーのマイレージカードがあれば、10kgプラスの30kgまで大丈夫だし。

日本バンコク間がJALやANAとなった場合、異なる航空会社間のエクセスおまけは、権限がありません!とトラブることが多い。バンコクでのトランジットも一旦入国にして、再度チェックインで交渉することになるだろう。ただしこの場合、チケットをトランジットで購入しているとバンコクの空港税の問題がある。現在空港税は、チケット代金に込みの設定であるから。

であるから、荷物が多い移動の場合、起点から終点までの航空会社を同一にすることが肝要であろう。

今回私は全てタイ航空であったが、バンコクで3泊するため 、成田〜バンコク。バンコク〜カトマンズと、荷物も外に出す方式をとった。それにしても、25kgオーバーは問題だ。成田では目をつぶってもらえたとしても(いや、これもさすがに....全額ではなくても、1kgあたり数千円の料金が一部徴収されるだろう)、バンコクのチェックインでオーバーエクセス料金を請求される可能性ある。どうするか?

1.自重5kgあるスーツケースを、実家に送り返した。
2.丈夫な段ボール箱(宅急便用のもの)と、東京で半額で買えた大型ダッフルバッグを使用。
3.郵便局のEMSクーリエを使用。

特に3については、書類で2kg。物品を11kgと2個口に分けて送付した。書類の場合、ネパールの通関が簡易となる。私のように私設私書箱を利用している場合、私書箱の方に届くので便利である。日本での各種記録など、紙の重量と嵩は、バカに出来ないものになる。まず間違いなく届くが、万が一の場合紛失して決定的に困る書類については、やはり自分で抱えるべきだが。

物品の方は、中央郵便局に出向いて、本人(または、委任状を書いて指定した人間)が通関処理をする必要がある。衣類や、チョコレートなど、ネパール人にとっても価値のある物品を送ると、税関役人がネチネチとなることが多い。家電製品など、もってのほかである。

海産物系の乾物や、カレーのルーなど、ネパール人の食生活にとっては「無意味」に見えるものの場合、「ああ、どうぞ」という感じで、かかる関税も低額となる。今回11kgの物品であったが、この作戦が功を奏し、税金は320ルピー(400円程度)だけであった。

物品の到着はネットでも追跡できるし、局に着いたらすぐ電話も来る。引き取りの手続きも、こちらが友好的ににこにこしている限り、ネパールの役人さんたちも協力的であった。ネパール語の書類記載も、親切に書き方を教えてくれるし。まあこのあたり、私も普通のガイジンではないしね。語学力と経験がものを云う。

かかる日数は、今回は、日本で発送した5日後の午前中に引き取れた。早い場合、2日で届くこともあるとか。本人が発送して本人が受け取る場合、日本を出発する直前とか、日本の空港内の郵便局から発送するなど計算しておくべきだろう。日本での送り状と(送付受け取り同一人物の場合)、引き取り人のパスポートコピーを持参する必要もある。別人に送付する場合も、送り状のコピーをカトマンズにFAXしておくといいだろう。個別の送付番号を示す必要もあるし。

日本からカトマンズへの料金については、こちらで確認いただきたい。機内預けのオーバーエクセス料金に比べると、格段に安い。

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ネパールの友人にEMSで物品を送りたい。という相談が、掲示板に寄せられることがある。基本としては、

高額なものは送らない。
ネパールの税関吏も欲しくなるものは送らない。
受取人に税金支払いが発生することを忘れない。
受取人が、役所のやりとりが出来るかどうか?考える。

ということであろう。そんなに難しい引き取り手続きでもないし。

カメラ、腕時計だけでなく、写真が送付禁止品目になっているなど、この項目はご確認を!

また日本からネパールへEMS送付の場合、カトマンズとパタン(ラリトプール)管内の住所にしか送れない。

うれしいような、迷惑な話1

エベレスト頂上、ネパール・テレコム携帯電話の圏内に(ロイター)

ネパール国内でも、全く同じニュースが流れている。

2年前、エベレスト街道最大の街ナムチェ近郊にテレコム携帯のタワーが建ち、サービスエリア圏内となった。エベレスト・マラソン参加のためナムチェにいた私は、腰が抜けるほど驚いた。半信半疑で電話をかけてみたら、通じた。

もっとも、レースを終えて戻ってきたら、タワーの故障で通じなかった。まぁ、そういうもんだよね......と、ロッジにある無線システムの固定電話を使って、無事の連絡を亭主に入れた。

現在、エベレスト登頂に向かっている友人から、カトマンズで、テレコム携帯のサービスエリアがナムチェだけでなく、徐々に奥地にも広がっているらしいとの情報をもらった。報道によれば、雨期が活発化する6月中旬までに通信システムを構築するらしいが、春のエベレスト登山は5月末まで。

「ハロー、地球のてっぺんからだよ」

を出来るのは、今年秋のシーズンになるだろうか。

むやみに使用者を増やし、通信トラフィックにインフラ追いつかず、首都カトマンズでも「つながらない」「聞こえない」「途中で切れる」テレコムの携帯電話。向かうべき方向が、間違っている気がする。

そもそも、我々外国人は、世俗から遮断されて大自然を味わうためにヒマラヤに向かう。それなのに、携帯が鳴って、仕事や家庭のしがらみが追っかけてくるのは迷惑なことでしかない。

地元の人にとっては、歓迎すべきインフラ整備だろうが。


今年6/18には、エベレスト街道の山岳レースで走っている筈の私。なかなか人と出会えない、孤独に走る区間が多いため、万が一の場合の通信として、カトマンズで使っているテレコム携帯が使えるのは心強い。

同時に、息をゼイゼイ、ヨダレを垂らして走っている時に仕事の電話などかかってくれば、迷惑千万。

携帯電話の充電をどうするのか?って問題もある。まあ、無理すれば何とかなるのだが。体力の限界に挑戦する日々なので、通信にまで気が回らない、回したくない。

亭主と連絡をする以外は、スイッチを切ろう。

王宮博物館、追加情報

一般公開開始以降、沢山の人が押し寄せている、ナラヤンヒティ王宮博物館。先日開館直前に通りかかったら、ネパール人の長い列が出来ていた。

そのとき、外国人や(制服を着た)学生は別の場所にかたまっていたので「はて?」と思ったのだが。昨日博物館に入場した方から、現在の情報をいただいた。

ネパール人の5倍の入場料が設定されている外国人の場合、ネパール人と同じ列に並ぶことを要求されず、別枠で待たずに入場できるとのこと。そして10人程度の外国人が集まった段階で、英語ガイドがついて館内を案内される(ネパール人にはネパール語ガイド)。

今後この状況は、いきなり変更になる可能性がある。出かける直前再確認したり、現場で何とかする必要は、ネパールの一般的お約束ね。

王宮博物館の見どころ

かつてはシャハ王家の住居であり、王室行事の拠点でもあったナラヤンヒティ王宮が、歴史博物館として公開された。

以下、首相によるテープカット。その翌日からの一般公開に、現場で立ち会えた経験をご報告したい。

展示物の詳細については、実際訪問してのお楽しみ。ここでは、ちょっとしたトリビア系の話題や必要情報のみお伝えしたい。

博物館内の写真、ビデオ撮影は、ネパール政府考古局の特別許可を得ない限り認められていない。今回の写真は、ネパールのメディアが許可を取り、考古局職員の立ち会いの下撮影した画像の提供を受けたものである。

まあ、ゆくゆくは、この点ルーズになっていくような気がするが、現状そういうことなので。著作権者のクレジットなど、無粋だが入れさせてもらった。


王宮博物館テープカット













2月26日のテープカットは、ダハール首相により行われた。首相はスピーチで、2001年の王宮惨殺事件の真相を、再度調査して究明したいとの所信を表明した......が、これ、単なる口先だけじゃないのかな?最近のダハールくん、本当にやる気もないことを、その場の雰囲気で「やる!」と云うから。首相の発言は、このところ、ティッシュペーパーのように軽い。

この日は閣僚や国会議員、各国大使なども来賓として招かれていた。式典の後、博物館の視察もあった。

多数のマオ派や、若干の統一共産党議員さんの顔があったが、コングレスやマデシの方たちの姿は認められなかった。


翌、2月27日からは、一般公開もはじまった。
王宮正面玄関












入場料は、外国人500ルピー(約600円)、南アジア諸国連合加盟国+中国の外国人250ルピー、ネパール人100ルピー、ネパール人学生20ルピーである。ネパール国内の他の博物館と比較して、大変高価な料金といえる。

それでも初日は、開館の3時間前から入場者の列が出来ていた。大人気である。

開館時間は、午前11時から午後4時まで。冬期の3ヶ月間は、閉館が午後3時になる。火曜日水曜日と、祝祭日は閉館。

入場チケットカウンターは、それぞれ、閉館時間の1時間前に窓口閉まるので注意が必要だ。ここしばらくは沢山の人が押し寄せるであろうから、かなり早く出向いて、長時間待つ必要もある。

また、外国人団体観光客ツアーへの入場事前予約は、現状行われていない。これを実施すれば、新しいオプショナルツアーの目玉になりそうなのに。


ナラヤンヒティという地名が歴史に登場するのは、5世紀のリッチャビ王朝時代からである。19世紀以降は、有力貴族の居城があった。その後、ラナ将軍専制下であるプリトビビールビクラム王の時代、王の居城がハヌマンドカ王宮からナラヤンヒティに移った。というか、国王はラナ家の娘たちと結婚させられ、ナラヤンヒティに幽閉されていたと云うべきか?

現在の王宮は、王様クーデターで全権を握ったマヘンドラ国王(虐殺されたビレンドラ王、王制終焉のギャネンドラ王の父)時代、1969年に完成したものである。合計52室のうち、今回は19の部屋やホールだけが公開された。全ての部屋やホールは、ネパール全国の郡の名前がつけられている。

王権の象徴たる王冠など、宝物の公開も今後、警備体制を強化した後、段階的に行われる予定である。

銀の玉座
















建物としてのハイライトは、玉座が置かれたゴルカ大広間ではないだろうか。

玉座の脇には、王族だけのための椅子が並ぶ。ここで行われる儀式の際は、国王以下、全員正装が義務づけられていた。

こんな時代もあったね、と












広間の向こう、玉座の対面一段低くなった位置には、閣僚などが臨席する部屋が続く。そのまた向こうには、玉座側からは鏡になっていて、反対側からだけ見えるマジックミラーで仕切られた小部屋まである。ここからは、お付きの人たちなどが、王室の公式行事を眺めたという。

銀の玉座と、巨大なシャンデリアに目を奪われる。ここでネパール・フリークとしては、玉座の上の天井画に注目すべきであろう。

玉座の上
















ヒンズー教の、力の女神たちの姿が描かれている。

シャハ王家の守り神は、力の象徴を殺戮の姿で表すカーリー女神だ。ビシュヌ神の生まれ変わりと云われた国王の神秘の源は、女性原理であったと云う事。国王の頭上に位置する、この、おどろおどろしい女神たちの姿が証拠である。


この後は、ちょっと意外な感じもする国王夫妻の寝室も見学できる。その様子は、是非、自分の目で感じていただきたい。


この博物館には、合計で28人の公式ガイドさんがいる。その中の4人は、英語にも堪能。全て元、王宮の職員であった人たちだ。王室のすぐ近くで長年働いてきた経験あるので、王宮の生き字引である。

見学者はグループごとに、ガイドさんが引率した形でのみ見学できる。なお、ガイド料金は入場料に含まれている。


視覚のお腹いっぱい感を抱いて、王宮見学は終わる。王宮を出て、ガーデンの見学に移ると、あれ?

何故か、和風













和風の石灯籠なんかもある。皇太子時代、東大に学んだ故ビレンドラ王の趣味か?

そして、王宮見学のもう一つのハイライト。2001年の王室惨殺事件現場である、トリブバン・サダン建物跡に入る。現場の様子自体は、ここで報告するのは興ざめなので控えるが.....

事件現場












この池の横で、頭部を打ち抜かれたディペンドラ皇太子(当時)が発見された。このあたりの柱や外壁をよく観察すると、今も銃痕が至るところにある。事件当夜、どれほど多くの発砲があったか想像できるだろう。


観光客の皆さんは、ネパールに来たときが行き時である。ネパール在住であれば、現在はものすごい人であるので、しばらくして落ち着いてからの見学がいいかもしれない。自分はもう見たから、こういう発言になるのかな?

数ヶ月後には、もっと多くの部屋や、宝物の展示も始まる筈だ。それを待つのも方法だろう。

ごみごみした大都会カトマンズのど真ん中にありながら、広く、(今のところ)清潔で、くつろげる広いガーデンもある。この広大な敷地と、掃除に手間のかかりそうな装飾だらけの建物の維持管理は、今後の大きな課題であろう。ゆくゆく、煤けてくるか?今のレベルを保てるか?きれいな時期を見るなら、急いだ方がいいかもしれない。

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王宮の公開直前からギャネンドラ元国王一家は、親族の結婚式出席のためインドに行っている。単なる偶然かもしれないし、敢えてこの時期、ネパールに居たくなかったのかもしれない。インドでは、政治家多数との会談も予定されているという。

国王の地位を追われ、政治家としての再出発という「目」も、ないことはない。彼と一族の、王弟時代からの裕福な実業家としての財産を守るためにも、政治力が必要だろう。そうじゃなければ、早晩、ネパール国内の財産は剥かれる可能性がある。

ネパールは、失敗しても再起できる社会だからね。

強い人だけは、再起できる。

それって、いいことだけなのかなぁ?

弱い立場の人は、浮かび上がれないんだよね。

停電、軽減?

1日16時間停電となった(筈の)カトマンズだが、数日前から、1日12時間程度に停電時間が不確定な軽減になっている模様である。電気公社からは、何のアナウンスもない。

事情筋によれば、ドイツの政府援助で完成し、現在試用運転中のアッパー・マルシャンディ発電所の30メガワット強の電力を、首都圏に送電しているからとか。情報の確認は取れていない。

カトマンズの我が家は去年から、全ての電球を、白熱灯や蛍光灯より効率のよい節電型コンパクト蛍光灯(CFL)に変えている。CFLは表示ワット数の4倍の明るさがあり、例えば、5ワットのCFLで、20ワットの白熱灯と同じ明るさである。100ワットの明るさがほしい場所でも、25ワットのCFL一灯でことたりる。

我が家の場合、計画停電が少ない時期の比較でも、電気代が約半額になった。CFLの節電効果は目に見えて成果が上がった。試算のひとつには、ネパールの全ての電球をCFLにすれば、現在でも電力が事足りるというものさえある。

ネックになるのは、電球の購入価格。普通の電球の4〜6倍する。しかし、電気代の節約と長持ち電球であるため、ランニングコストを考えると「安い」のだ。それでも、この価格がネックとなり、手が出せないでいる人が多い。政府や電気公社では、CFLに政府の助成金を出すことを検討している。1つ自費で買うと、銅製品をもう1個、政府予算から無料配布と云うもの。

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停電時間減少については、とある噂も流れている。

政府は電気公社に対して、必要以上に厳しい16時間停電を強要していた。これは、火力発電プラント購入のための方便であり、ノルウェーの企業と(発電プラント購入で)話がまとまっていた。ここには当然、現政府や与党に対するコミッションの話が付きまとう。だからこそ、首相の北欧訪問に、コングレス筋から任命されたネパールの大使を「外そう(コングレスに話が漏れぬよう)」と画策。

まあ、マオ派(と、もしかするとマデシ・フォーラムも)が、一儲けしようとした!つーことだ。平たく云うと。

しかし、市民が電気公社に停電への大規模抗議を行い、この圧力で、公社エンジニアの1人が真実を暴露してしまった。同時に、ネパールのノルウェー大使もオープンに抗議を開始。

結局、首相の外遊は直前に中止。

結局、何となく停電時間短縮。

ホントかなぁ?ホントっぽい気もするなぁ。

やれやれ......

飛んできました

ネパールには、世界でも5本の指に入る落差の、バンジージャンプがある。カトマンズからチベット国境に向かって、北に車で3時間。

インディージョーンズ2ですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

この、吊り橋の上から飛ぶわけだ。約160メートル下には、チベットを源流とするボテコシ河の流れがある。

飛ぶ人間の重量にもよるが、体重60キロ前後の場合、約120メートルを2秒程度で落下する。足と腰にセットされた強力なゴムで、あとは、びょょょょん体験。この後、徐々に河の方面に下ろしてくれて、待ちかまえるスタッフの方につかまえてもらうわけだ。

うちの愚息と1年前から、バンジーに行こう!と約束していたのがやっと実現した。この間には、友人たち(だけ)と行こうとした息子が、友人家族の反対にあって挫折したり、カトマンズから向かったが、道が封鎖されていて行けなかったり。と、諸々あった。

本当は友人と行きたかった気持ちは分かる。だって、17歳だもの。結局、親と行く羽目になったのはかわいそうだし、私と亭主にとっては「ラッキー!」だ。

まな板の鯉

 

 

 

 

 

 

最初に、ジャンプするときの格好のまま体重を量る。重量はマーカーで、右手の甲に記載される(おっ、我が息子の方が重いのね)。体重毎に、セットする安全装置の設定を変化させるためだ。

考えず、飛べ

 

 

 

 

 

昨日は、自前の車で朝早く出た我が家族はバンジー・スポットに着いた。しかし、途中ゆっくり休憩を取っていたバンジー・バスは突然の交通封鎖につかまり、結局、カトマンズに引き返した。20人ほどの連続ジャンプの筈が、たった二人のジャンプとなった。

「飛ぶ前、考えたらダメです。理性が出たら、飛べません。何も考えず、上半身から落ちてください。とにかく、理性はどこかにしまっておいてね。321、バンジーのかけ声で、飛ぶんですよ」

との、ブリーフィングを受ける。

この後、吊り橋まん中のバンジー・プラットフォームに移動。両足と下半身に、二つのハーネスをつけてもらう。全て係員の方がやってくれるので、ただ、立っていればいい。

「何とか、確認」「よし!」

「何とか、確認」「よし!」

と、威勢の良いかけ声とともに、あれよあれよという間にセットされる。スタッフが声を出すのは、安全確保と同時に、飛ぶ人間の恐怖心を減らす目的もあるのだろう。と、結構冷静に考えてるな.....ワシ。

昨日は、体重重い順で声がかかる。息子は、

息子、飛びます

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へっ?」と思うほど躊躇なく、キレイに飛んだ。

次は私だ。

ジャンプ台に立ち、下を見る。

落差170メートル

 

 

 

 

 

ここではじめて、恐怖を感じる。

しかし、母の威厳を保つためにも、飛ぶしかない!

バンジーマスターの力強い声が、背後から、

3、2、1、バンジー!

母も、飛びます

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

落下ぁぁぁぁぁぁぁぁ!

川岸で息子と合流し、橋の高さにあるバンジー・リゾート(The Last Resort)まで20分ちょっと、斜面につけられた急な坂を登る。途中、息子がバテる。あっ、ごめん、母さん走って登ってたね。

こうして飛んだよ

 

 

 

 

 

 

しかしまあ、ジャンプのあとは、余裕もかませる訳で。

理性的なおとーさんは、ドライバー+カメラマンに徹した。「次に来たら、オレも飛ぶ」とか云ってたけど、次って、いつなのよ?

リゾートでランチ食べても、まだ、道路は封鎖とのこと。近くにある、タトパニ温泉にも行ってみた。

タトパニ温泉

 

 

 

 

 

 

湯船につかる風習のないネパールでは、温泉も「打たせ湯」が主流。これなら、ひとり5ルピーの入場料。男女に分かれていて、女性は布を身体に巻き付けて(男性はパンツ一丁)で温水に打たれる。

しかしこれは、温水の落ち口の下、見ず知らずの人と肌と肌がぶつかり合いながらなので、ちょっと厳しいかもしれない。

個室もあり

 

 

 

 

 

 

個室料金100ルピー(外人)50ルピー(ネパール人)を払うと、かなり大きめのバスタブのついた個室も利用できる。

結構快適だった。タオルも、業務用中判ホテルタオルが100円程度で売っている。北欧の有名ブランドの中国製造タグがついていて、普通に良いタオルだ。

お湯はほぼ透明で、硫黄臭も弱い。それでも、毛穴の中までミネラル成分が入り込む感じ。多分、源泉掛け流しだと思うが、ちょうどよい湯加減だった。

その後、途中で1時間ほど時間を潰していたら道路も開通となったのでカトマンズに向かった。最近起こった殺人事件の容疑者として、地元の人が逮捕された事への抗議だったそうだ。

予想外だったのは、久しぶりに温泉に入ったためか?大落下の精神的ストレスのためか?「湯あたり」したようで、帰宅後夕食も食べず、ジャケット着たまま、頭にヘッドランプつけたまま(停電だったので)、朝まで爆睡してしまった。

暗いカトマンズだが、刺激的な1日を過ごせて幸せだった。

 

Bunjee Nepal かなりうるさく音が鳴ります。注意。

どこもかしこも、バンダ!

バンダ banda とは、本来、閉じられた/包囲されたと云う意味の形容詞 禁止/閉鎖と云う意味の名詞である。

転じて、ゼネスト 状態を表す意味でも使われる。

ゼネストを伴わない 交通封鎖は、 チャッカ・ジャム。

ゼネストを伴う 交通封鎖なら、バンダ。

で、最近、またまたバンダが多い。カトマンズと地方都市や南北の隣国を結ぶ国道も、政治的動きとは無関係に、死亡交通事故の補償問題等でバンダされてしまう。遺族が加害者に補償を求め、交通を封鎖してしまうのだ。

ラジオの毎正時のニュースでも、どこそこの道路がバンダ、あの街がバンダと、そんな報道が毎日続いている。

警察も、行政も、モンスター市民の暴走を止められない。止めようともしない。

ネパールでは被害者が一方的に損をする事が多いため、正当な補償を受けるためには、暴力行為に訴えるしかない。という、切実な側面もある。

政党による政治的主張展開の場合など、もう、バンダになって当然。

学生団体の公共料金値上げに対する抗議も、当然、バンダ。

労働争議も、やっちゃえ!バンダ。

パシュパティ寺院の筆頭僧侶任命問題でも、やっぱり、寺院の周辺道路がバンダされてしまう。

バンダを無視して車で移動を強行すれば、石やレンガが飛んできてフロントガラスが割られることがある。もっとエキサイティングしたら(普通は政府の車輌に対して)、火を付けられて燃やされることさえある。

シャッターを閉めずに営業している店も、最悪打ち壊し。

 

今朝は朝4時半に起きて、ネパール・チベット国境方面に行く用事があった。今年一番の冷え込みで、車窓から見る道は霜で真っ白。カトマンズ盆地の東端バクタプール郡を抜けて、盆地外のカブレ郡に入った途端。バネパという中核都市がバンダ!

交通封鎖され、車やバスが数珠つなぎで止まっていた。しばらく待ったが仕方なく、カトマンズに引き返した。仕切り直して、来週再度のトライだ。

ネパールという国は、不条理を丸呑みして、受け入れないとやっていけない。前向きな論理的交渉って文化は、(一般的に)存在しない。

それがイヤなら、我々も路上で交通を封鎖し、古タイヤを燃やしたり、従わない車輌に投石したりするしかない.....やんないよ。そんなこと。私たちは。

「そんな事して、結局、誰の得にもならないでしょうに」

当のネパールの人たちも分かっているが、止められない。それは何故?と考え出すと、この国の一番情けない部分に触れることになる。

風通信+語楽紀行

少人数から、手作り感覚の手配旅行。ユニークなツアー旅行で定評ある、風の旅行社さん。風社発行の季刊誌である「風通信」最新号に、寄稿しています。

風通信_No.35

 

 

 

 

 

 

 

行くべきか、行かざるべきか?ネパールへ という、これ以上ないど真ん中ストライク!な観点から、最近のネパールを考えてみました。

風通信「読みたい!」という方は、末尾のリンクから、風さんにご連絡下さい。旅行のご相談や、資料請求も。

現地のゲストハウスやバスチケット「だけ」の手配などは、さすがに「カトマンズ現地代理店に直接相談してみてください」対応になるそうですが、日本からかっちり予約して(国際線、ネパール国内線チケットやホテル/トレック/チトワン/村滞在など)安心の旅行をしたい皆さん。1〜2名の少人数でも、しっかり、スピーディーな対応をしてくれますよ!ネパールにも、カトマンズとポカラに支店があり、ネットワーク万全です。

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さて、昨年放送されて好評を博した「アジア語楽紀行〜旅するネパール語」が、現在再度放送中です。

テキスト表紙

 

 

 

 

 

 

日本で、今年もクシュブちゃんに会えますよ!

最近のクシュブは高校を卒業し、イギリス留学のため頑張っています。可愛らしさと賢さで、変わらずに輝いています。

番組の内容は昨年と同じですが、テキストは、若干の変更があります。王制の廃止。共和制の導入がありましたから。何処が変わったか?昨年度版と今年度版を比較してみるのが、ネパール通なら楽しいでしょう。

紙質も変わったようで、昨年版より軽い仕上がりです。

買ってね。今年のテキストも(ぽそっ)......

さて、1エピソード5分で全12回の番組ですが、とある回に、一瞬。私がヒッチコック監督のようにカメオ出演しています。写り込んだと表現する人もいるでしょうし、カメオじゃなくてオカメだろ?という声も聞こえます。

それはどこか?さがしてみてください。

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風の旅行社 

アジア語楽紀行〜旅するネパール語 

旅するネパール語、テキスト 今年度版

RA、7月まで飛びません

ゴールデン・ウィークは関空線飛ばす!と云っていた、ネパール航空RAですが、ダメでした。

今の予定では、7/16から再開の予定とか。予定は未定です。

バンディプール 4

記事のUPが遅くなり、申し訳なし。

バンディプールは、カトマンズ、ポカラ、チトワン、ルンビニへの陸路移動にプラスα (寄り道訪問)出来る、美味しい地理的要因がある。

ただし、この、古き良きカトマンズ盆地の街並みを現代に残すバンディプールは、駆け足で訪問するのは勿体ない。是非とも1泊して、夜の静けさと早朝の清々しさを体験してほしいと思う。山の村とも違う。カトマンズの喧噪とも違う。敢えて云うなら、昔のカトマンズ盆地への「タイムスリップ」感覚だ。

街並み

 

 

 

 

 

 

 

さてさて、かなり無謀なことをしても大丈夫なはずのハッシュで先週、ちょっとしたハプニングがあった。

毎年、雨期恒例(だそう)のナク川徒渉ランでのこと。コース設定は、ナク川の近くに住むイギリス人K。雨で増水した川を歩いて渡ることを主眼としたランなので、ロープなども持参していた。

普通の神経では、阿呆としか云えない。

ここで、コースを熟知するKの慢心があったか?

通常コース設定者は複数で、ラン集団の先頭、中間、そして安全管理に重要な末尾につく人間がいる。特に末尾は、スイーパーと呼ばれる。先週は、Kがひとりでその全部をやろうとしたことに無理があった。

出発してすぐ、走るグループと歩くグループが逆方向で交差した時、走るグループの後ろ1/3が、先頭集団とルートを見失った。すぐにルートを示す「シュレッダーペーパー」を見つけ、「あれぇ?仲間に追いつかないなぁ」と不思議に思いつつ30分ほど走って分かった。それは、帰路を示すものだった。

コースを逆走したわけだ。

私もその逆走組だったし、中に2人、(コースを間違うはずのない)ハッシュのベテランも混じっていた。ペーパーの撒き方に、問題アリ。誘導の仕方、スイーパー不在も問題。間違ったワシらも、おバカちゃん。

ええい、ままよ!とそのまま更に30分走り、増水して激流渦巻くナク川の岸で待つ。しばらくして、対岸から2/3がやってきた。数メートル流され、ベイウォッチャーTに救助されるもの。川の流れで、履いていたジョギングシューズを持って行かれて裸足になるもの。阿鼻叫喚で川を渡ってくる仲間たち。

逆走して良かったかな?と云うのが実感。全員川を渡り、逆走組も合流して走り続ける。

この手の諸々を笑い飛ばすのが、世界的なハッシュの礼儀(じゃないのかな)。根暗なカトマンズ生活では、この手のドライな黒いジョークは貴重とも云える。ネパール暮らしに疲れた方、是非一度、参加してみては?走るのが嫌いでも、歩くグループもあり。

今週は、どんな辛い笑いが待っているの?

バンディプール 3

素敵な街、バンディプールのイメージで書いてきたが。普通に、上品に滞在していたのか、ワシら?という問題にお答えする。

Himalayan Hash House Harriersというカトマンズのハッシュ・ラン、1500/1501回記念ランのため、我々、外国人+ネパール人総勢60名ほどの団体がバスを2台チャーターして、大挙、バン ディプールに乗り込んだ。宿泊も、(人数多すぎで)4つのホテルに分宿となった。

ハッシュって、何?という説明(日本語)は....ここをクリック

世界160カ国以上、100,000人以上の参加者がいて、アフガニスタンのカブールは云うに及ばず、イラクのバクダッドにも「世界で一番危険なハッシュ!」と銘打ったグループがある。

もちろん、日本にも、全国にある。

元気満々

 

 

 

 

 

 

参加者お揃いの、色違いの記念Tシャツなど作って、雨期の晴れ間のカンカン照りの午後、気勢をあげてスタートするのだが。

平坦地はほとんどない、街から標高差800メートルあまりの山に囲まれたバンディプールでの駆けっこ大会は.......

ハッシュのコース

 

 

 

 

と、写真で矢印をつけたあたりや山の裏側を、8/11の1500記念ランは3時間以上。8/12の1501ランは2時間以上。暑さでフラフラになりつつ、走れる場所はガシガシ走ったのであるが.......

登山じゃん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コースの2/3は山登りであり、走れない。でも、ガシガシと歩く。

へとへと

手など振っているが、ワシ。目は完全に、疲労で、視線が宙を舞っている。首に巻いた手拭いは、コース上で出会う冷たい湧き水に浸して冷やしてある。熱射病防止のためであるが。15分で乾いてしまう。

1501のコースでは、湧き水が引っ張ったホースから、ふんだんに流しっぱなしの場所があった。思わず、頭から全身にかぶって、服までびしょ濡れにして身体を冷やした。

ハッシュのいいところは、コースが厳しくなると何ヶ所か、全員が揃うまで待つポイントが設定されること。走るのが速い人も、私のような鈍足も、みんなで安全に楽しく参加できる。いや、そうしないと、山の中に取り残される人が出る恐れがあるわけで......

そーゆーことを、クールに、何気なく、毎週設定されるコース(毎回異なる)でやってしまうわけだ。参加者たちは(子供や飼い犬までいるが)大人で、事故は、何となく、起きない。

でも、「こら、バカ!こんな場所走って、コラ、おまえら阿呆か?」という、村のお母さんたちからの正しい叱責。のどかな田園に突如現れる、怪しい激走集団に( ゚Д゚)ポカーン な視線を浴びること、毎週。

この集団の怪しいパワーは、どこの村でも、村の犬たちが怯えて逃げ出す様子がインジケーターである。

そんな苦労をして、頂上についてひと休み。疲れても爽快

 

 

 

 

 

カトマンズの場合、大使館員(ネ在任中は、モリアティー米大使も熱心なメンバーだった)や国連、各国援助機関職員、ビジネスマン・ウーマン等のハイソ。市場の商店主、怪しいヨガ教師、ジャーナリストの名刺を持つプー太郎の私をはじめとする土着系まで。階級を超えた、変な顔ぶれが揃うのである。

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カトマンズのハッシュには、ランニング組とウォーキング組が同時に実施される。出発・到着地点は同じで、コース設定が異なる。

(*´д`*)ハァハァ ゴールした後は両組一緒に、Down down という、一気飲みの儀式があり、本来、ここで「美味しいビールを飲むために」走る・歩くのである。特にこの時期、冷えたビールが、実に、まっこと、美味い!

またハッシュでは、普段の自分を捨てて、英語の放送禁止用語繰り出しまくり。ワイルドな隊長と兵隊さんって感じ。Down Downを中心に、節度ある乱暴狼藉を働く。ストレス発散。

ライブで行う、ビリーズ・ブートキャンプ系。

つづく.....って、まだ続けるの?

バンディプール 2

バンディプールは、ネパールに、車による移動のための国道が出来る以前、徒歩による交易や政治の要所として栄えた宿場街である。日本で云えば、中山道の馬籠宿のような感じ。

1973年に、川沿いの平地を通る国道が完成してからは、山の上のバンディプールは、「忘れ去られた街」となった。しかし近年、この、レトロな雰囲気の街並みが補修され、新しい観光スポットとして注目を集め始めている。

標高は1,030メートルと、カトマンズより300メートルほど低い。天気に恵まれれば、街から、アンナプルナ山群のヒマラヤも望める。

街の俯瞰

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

尾根筋を少し下った場所に、石畳の続く一本道があり、それが街唯一のメインストリート。この道の両側に、19世紀初頭バクタプールから移住して来た、ネワール族の商家が立ち並んでいる。歩いても、端から端まで5分程度。

掌に乗ってしまう感じの、小さな街である。

車やバイクは、街中への乗り入れが禁止されている。クラクションや排気ガスのない静けさ。カトマンズ様式の、木彫りの窓に飾られた町屋。中世のカトマンズが、タイムカプセルで保存されている感がある。

街並み

 

 

 

 

 

 

 

この街には、古い町屋を改造した、レトロな宿泊施設がいくつかある。私たちが泊まったのも、そんな中のひとつ。

レトロな宿

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鴨居が低いのと(ネワール民家の特徴)、夜は照明がやや暗いことを除けば、シンプルだけれど清潔で、落ち着いた滞在が楽しめる。素朴だけれど、心のこもったサービスにも好感が持てた。

街外れのトゥディンケルという場所に、新しい(どこにでもある)リゾート・ホテルもある。しかし私としては、街中のレトロホテルをお勧めしたい。こんな素敵な街に来てまで、コンクリートの四角い箱に泊まるの?

さて、我々がバンディプールにやってきた理由とは?

つづく。

バンディプール 1

ネパールの首都カトマンズと、山岳観光都市ポカラを結ぶ国道の、中間地点を過ぎてポカラ寄り。ドゥムレという街から8辧30分ほど、車で、くねくね道をのぼる。ネパール西部、タナフ郡にある古い街。

バンディプール Bandipur

街並み

 

 

 

 

 

 

 

週末、2泊3日でこの街に行ってきた。

知る人ぞ知る、これから観光ブームを呼びそうな、秘密の花園のような、山の尾根筋の小さな素敵な、静かな、バンディプール(バンディプール、環境−文化配慮観光振興プロジェクトのサイト)。ここを基点に、ちょっと「普通じゃない」遊びで楽しんだ話しなど。

お読みいただけたら、幸いで候。

つづく。

アジア語楽紀行、はじまります

アジア語楽紀行〜 旅するネパール語 日本国内、本日より放送開始。NHK教育TV。

時間等は、こちらで確認ください

米帝は、写真厳禁

先週金曜日、タメルの入り口付近から、赤信号で止まった車の写真を撮っていた日本人観光客が突然、逮捕拘束された。同日、イラン人2人とオランダ人1人もパクられたそうだ。本日のネパール語紙に、記事が出ている。

写真厳禁?何故そんなことになったか?道路の向こう側に、アメリカ大使館の保養施設「アメリカン・グラウンド」が位置していたことが原因。左の航空写真をクリックして、位置関係をご確認いただきたい。

この壁には英語で、写真厳禁マークが小さく貼られているのだが。そんなの、道の向こうからは見えないよ!

しかも、軍の施設や大使館でもなく、アメリカ人を中心とした外人クラブの保養施設である。米国政府の施設ではあるが、旅行者も多いタメル地区、王宮通りに近く、警備の武装警察官を除けば、ごく普通の「塀」にしか見えない。

よくよく見れば塀の上、まるで街頭のように、10メートルごとに監視カメラがぶら下げられているのだが.....平和な国から来た人たちには、気付かないよね。

この日本人観光客は、まずはグラウンド内に拘束され、その後、ネパール警察に連行された。旅行会社のネパール人社長が身元を引き取りに来たが釈放されず、日本大使館領事が出向いてやっと釈放された。

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日本大使館も米国大使館に抗議した模様だが、米国には米国の警備ポリシーがあるらしい。何をそんなに恐れているのか?米帝。

カトマンズ市内には例えばネパール国軍施設など、写真撮影禁止の場所はある。しかし、まず、口頭で警告される程度で、いきなり拘束というのは、ないゾ!ネパール警察も、米国の手先なのか?

米国大使館等、カトマンズ市内にあるこの手の施設には、絶対レンズを向けてはならない。

タントリズム系のご神体同様、写真を撮ると祟りがあるらしい。

ネパールにおいて、米国は「ネ申」なのか?ヽ(`Д´)ノ

かとまんクリスマス

亀の歩みでも、和平!な、ネパール。

観光客は急激に増加し、10月〜11月〜年末年始など、飛行機の座席も満杯。ホテルも活況を呈している。

つい数ヶ月前までは、「お客さんがいなくて、もう....いつでも予約してくださいね。部屋はすぐにご用意しますから」と云っていた某ホテルなど、掌を返したように。

「部屋?ありませんよ。予約が満載でね。えっ、いつなら部屋の空きがあるって?そーねぇ。来週にでもまた電話してくださいな。いひひひひ」

と、おそ松くんの「イヤミ」そっくりなマネージャーが、鼻の穴を膨らましている。どこのホテルか?そんなこと、口が裂けても言えません。☆ガル◇ッ◎のあ・そ・こ!なんてね。いやはや。オーナー夫妻や他のスタッフは、皆〜んな、いい人たちなんだけど。

部屋さえとれれば、設備も完璧で素晴らしいホテル。でも最近、団体旅行客の予約で埋まっている。個人予約は、時期によって非常に難しくなっていた。

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ナガルコットなら、「ニヴァ庭ロッジ(日本人経営)」や「フォート」など、温かな心遣いでもてなしてくれる、良い宿が沢山あるので救われている。

団体客だけでなく、個人や小規模グループのお客さんにも、細やかな心遣いをしてくれるところに、好感度満点。

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さて、カトマンズの「居心地の良いホテル」として知られる、ホテル・シャングリラのロビーには、

Xmas

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスマス・スペシャルとして、「お菓子の家」が出現中!クッキーとホワイトクリームで作られていた。

今年は心なしか、どのホテルも、去年より大きな心のこもったクリスマス飾り付けをしている。観光業界全体が、上向き、明るいムードに包まれている。

実に、数年ぶりのうれしさだ。

マナスル50

マナスル祝賀

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年5月に挙行されるはずが、政情激変のため12月に延期になっていた「マナスル登頂50周年記念式典」が、来週に迫っている。

ネパール登山協会NMAが中心となり、ネパール政府やWWFなど関係諸団体との共催による「ヒマラヤ観光国際会議」と連動して、様々な催し物が開催される予定である。

12/11 朝8時〜10時半 カトマンズ市内サヒドゲートからカトマンズ旧王宮地区への祝賀パレード。

12/11 夕方6時半〜7時半 カトマンズ旧王宮地区(バサンタプール)。1956年日本隊によるマナスル初登頂記録映画、野外上映会。

は、みんなで、その場で参加できる。

どの程度素晴らしい「仕切り」になるのか?は、ネパール側の問題なので、保証できないけれど、ね。

この時期カトマンズにいらっしゃるなら、どうぞ。

ララ湖、旅行記〜5

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ルクラやジョムソムのような有名ルートであっても、天候不順になれば数日、航空路が閉ざされることも珍しくない。それだけ、ネパールの山岳飛行路線は不確定要素がある。

しかも今回の「タルチャ」は、普段、定期便の飛ばない場所。

ネパールでのトレッキング。短期間で奥地に行こうとすれば、空の路線を利用することは欠かせない。だからこそ、時に、悩ましいのだ。

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ツアー最終日。

ララ湖畔のキャンプでは、早朝4時半起床。5時朝食。5時15分出発という、素晴らしい予定だった。が、朝食の準備が遅れたこともあり、実際にララ湖から歩き始めたのは30分遅れ。

夜明け前のララ湖畔を1時間半歩き、その後、針葉樹林帯のひと山超えて、朝8時にはタルチャ飛行場に着いた。

第1便は、朝9時に到着と聞いていた。が、なななななんと、RAの飛行機がカトマンズに行っているそうで、第1便は正午頃到着。その後、3便に分けてネパールガンジに飛ぶという。

何のために早起きしたの?カトマンズへの乗り継ぎ便を考えると、第2便はギリギリだし、第3便は間に合わない。しかも午後、ホントに飛ぶの?と、全員不安になったが、主催者のNTB若手オフィサーHさんがひと言。

「心配ご無用!」

どういう魔法を使ったのか知らないが、第1便は朝10時にやってきた。

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私が乗れたのは、正午発の第2便。この調子なら、最終便まで全員、カトマンズへの乗り継ぎに間に合うゾ!

タルチャを飛び立って、一瞬ララ湖を見下ろして、山の上をうねうねと飛び続け、45分後には亜熱帯のネパールガンジに着陸した。

ララ湖への山旅は、終わった。

同時に、携帯電話圏内となった途端、ひっきりなしに電話とメイルが入ってくる。え゛〜っ、前の日の深夜、和平交渉まとまってたのぉ!?ぎゃ〜っ、と、突然、仕事モードのスイッチが入る。

空港から市内に移動し、ネパールガンジのホテルで、シャワーを使わせてもらい、遅い昼食をとる。夕方また空港に戻り、行きと同じくイエティ・エアのカトマンズ行き便に乗り込んだ。

カトマンズへの飛行では、西ネパールの山々が美しく見えた。

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どっしりした容姿が特徴の、ダウラギリ。

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アンナプルナ連山。ちょこっと「マチャプチャレ」がカワイいね。

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今回の山旅がスムーズに行ってこられたのは、ひとえに主催者のNepal Tourism Board (NTB)ご尽力によるものである。NTBの皆さんに、記して御礼申し上げたい。ありがとうございました。

また、実際のツアー運営にあたった旅行会社、R社の辣腕ぶりにも脱帽である。カトマンズの本社だけでなく、ネパールガンジに支店を持つR社は、韓国からのツアー・トレッキング客のネパールハンドリングでは、トップシェアを誇る会社だという。

また、遠路はるばる歩いてララ湖までやってきて、寒いテント村に泊まって、我々に素晴らしい民俗芸能を見せてくれたムグ郡、ジュムラ郡の皆さん。ララフェスティバル主催者の皆さんにも感謝したい。

そのうえでひとこと、付け加える。

次回のフェスティバル実行時には、環境に対する配慮をお願いしたい。

我々招待客のテント村は、R旅行社の手配で、キャンプも食事も、トイレテントの設置まで完璧であった。しかし村からやってきた一般ネパール人用のキャンプには、トイレの施設はなかった。あったとしても、足りなかったようだ。

一般用テント村近くの湖畔には、人間さまの排泄物が、妙に一定間隔で並んでいた光景。

透き通るようなララ湖の水質や、周辺の自然を守ること。同時に、ララ湖を観光資源として開発し、地元の生活向上を計ること。これは、避けては通れないチャレンジである。簡単なことではないが、ネパールにとって不可能なチャレンジでもない。と、思いたい。ネパールにおける環境保全には、地元住民の経済・生活向上が不可欠である。そのためにも観光開発が必要であり、そのためにも、観光の目玉となる自然に対する保護が必要。

観光開発と環境保全は、車の両輪なのだ。切り離せない。

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近年、有名なトレッキングルートでは、電気・電話のみならず、ネットカフェなども利用できる。エベレストのナムチェなど、(カトマンズの外国人街)タメルの様相である。

便利になった反面、静かな山旅の度合いが薄れた感がある。

もし、10年前のトレッキングを味わいたいなら、マナンにどうぞ!と、ひとに勧めてきた。今回、確信したことのひとつ。

もし、20年前の、不便だけれど静寂な、心震える山旅が望みなら。是非行ってほしい。ララ湖へのトレッキングに!

Go! RaRa Lake.......... ララ湖報告、おしまい。

ララ湖、旅行記〜4

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旅に出ると人は、「本来の立場や肩書き」から、ちょっと自由になれる。

今回も、そんな出来事があった。在ネパール、タフネゴシエイターたる私にとっては、貴重な人脈が広がる結果となった。

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ツアー3日目、11月7日。

標高2,990Mのララ湖畔から、片道2時間半で740M程登り詰める、ムルマ・トップ(3,731M)という展望台に向かう。エベレスト街道で云えば、ジョサレの先の最後の吊り橋から、ナムチェに向かうよりちょっとキツいかな?という感じか。

ツアー参加者の大半は「そんな大変な場所、行かない!」と、パス。

「何とかと煙は高いところにのぼる」の例えに従い、我々、10名に満たない精鋭部隊(?)は、ムルマトップへの道を行く。

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30分ほど登ると、湖とフェスティバル会場が見えてきた。

手前の広場が開場で、その横、向かって左手に(地元住民用)テント村が見えている。ブルーシートをかけたテントの下で、雑魚寝している。寒いだろうな。

普段は国立公園と駐屯する国軍部隊しかいないララ湖畔に、数千人の村人が押しかけている。娯楽の少ない地域の人たちであるから、今回のフェスティバルは、「一生の想い出」になるイベントなんだろう。

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道はすぐに、深い針葉樹林の中となる。

歩く足元が、何だか、ふかふかして気持ちいい。人に踏み固められていない、自然の中の道。実に、膝と腰に優しい。木々の作る日陰は涼しく、急な登りなのに苦しくない。

と、思っていたのは健脚組だけ?

ふと立ち止まって振り返ると、某観光振興団体の大幹部と我が亭主が、ゼーゼーしつつ立ち止まっていた。いやはや、普段全然運動しない人たちは、仕方ないね。ほら、これ食べて元気出してよ!と、キャラメルみたいな飴を何個か、疲れ果てた表情の二人と、彼らに付き合って歩いていたポーターさんに渡した。

しばらくすると、某大幹部氏が元気になり、私と並んで快調に飛ばし出した。実は彼のこと、ずっと、苦手だったのね。だって私の顔を見るといつも

「ネパールに観光客が来ないのは、君たちメディアのせいだ」

と、怒ってばかり。ネパールの政情不安自体に対しては、ほっかむり。強きに弱くて、弱きに吼えるネパおやぢだな......と、敬遠していた。しかし、歩きながらいろんな話しをしてみると、ヨガという共通の趣味があったり、4月の民主化以降、彼のスタイルも変わってきたりと、話しが盛り上がった。

さっきの飴玉で、某幹部氏は大いに元気が出たようで、

「うむ。トレッキングに飴が必需品だという事を、君から教わったゾ!よし、これからはいつも、山道では飴を手放さないぞ」

「じゃあいつも(トレッキングには)私と亭主を誘ってくださいな。私のザックには、トレッキングの必需品がいつも完璧に揃ってますからね」

「がはははは」「わはははは」と、すっかり、仲良しさんになる。

実に貴重な人脈を、作らせてもらったね。

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ふと、木の根元を見ると......吉田戦車のマンガキャラのような木像が、私たちのやり取りを「生温かく」見守っていた。

昨日の踊りと云いこの木像と云い、ネパール中西部の文化はキッチュさに満ちているね。何とも表現しづらいけど、嫌じゃないね。

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ぐぃ〜んと登って、ムルマトップの頂上に着く。

ララ湖の全体像を見下ろす、絶景なり。

ここで、持参の軽食をみんなで分け合った。最近話題のTRCを取り扱っている、ネパールのトレッキング業界組合TAANの幹部氏も一緒。TRCについて、ネパールのトレッキングの将来についても、熱く語る機会があった。

今後のニュースネタ収集に、新たなネットが広げられたね。

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素晴らしい景色も、堪能しましたですわ。亭主+私。

肌寒くなってきたので、湖畔のキャンプに向かい来た道を戻る。帰路はぐんぐん下って1時間半。キャンプ地では、温かいお昼ごはんが待っていた。感謝。

さて、遂に明日は、ララ湖から一挙にカトマンズに戻る。それにしても、タルチャ飛行場まで、ホントに飛んでくるのか?小型機。

一抹の不安は、現実のものとなるのか。どーなるんだぁ?

つづく。

ララ湖、旅行記〜3

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今回往復とも、ララ湖まで徒歩3時間の「タルチャ飛行場」まで小型機で飛べたため、3泊4日という短い期間でも堪能できた、ララ湖である。

カトマンズに住んでいても仕事を抱える身では、なかなか長期間のトレッキングに出られない。寂しいことである。だからこそ、時間のある若いうちに、ガンガン旅に出ておくべきなのだ。

若者よ、旅に出よう!

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ネパール共産党・毛沢東主義派(マオバディ)は、ララ湖フェスティバルにご来場された皆さんを歓迎します!と書かれた門にビックリしつつ、会場に入った。

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あっ、優しい歓迎でよかった。

と、写真の皆さんはマオ派じゃありません。たぶん。

4月の停戦以降、このようなイベントを開催する際には、マオ派も協力するようになったのだろう。いや、周辺の村役場とマオ派の間で、いやはや、へぇ〜っ。なるほどね。という、様々なネゴネゴがあったそうだが.....書かないわ。

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国立公園指定で村が強制退去されて以降、普段は人のいないララ湖である。しかし、5年ぶり第2回目の「ララ湖フェスティバル」に呼ばれて、湖畔には何千人という人々が集まっていた。

今回、主賓は、カトマンズからヘリで飛んできたマハト財務相である。車が走る道路のない、ネパールの中で最も取り残された地域のひとつであるムグ郡。ここに、財務大臣はじめとするカトマンズのお歴々が集結したことは、フェスティバルの大きな成果だった。地域の人たちにとって、ね。

「ここにお集まりいただいた、国内外のお客さまたち!」と、来賓のスピーチが続くのだけれど、正しくは「国内内」の客ばかり。私が見た限り、外国人は二人だけ。そのうち一人は「私」という。いやはや、全く。

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そしてプログラムは、ララ湖周辺住民の皆さんによる民族舞踊。

ネパール中西部、極西部の名物「デウラ」民謡と踊りも披露された。男女のグループが交代で、即興歌で掛け合いをする「歌垣」の一種である。びよ〜ん、と、悠長な感じのメロディーを歌いつつ、ゆっくりと弧を描いて舞うのだ。

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踊り手も観客も、ララ湖まで数時間から、数日かけて歩いてやってきた。開場横には、村人のための臨時テント村が出来ていた。ここで雑魚寝して泊まり、有料炊き出しのごはんを食べるのね。大変な思いをして、祭りに参加する皆さんだった。《私たちカトマンズからのツアー客には、別の場所に、快適なキャンプと食事が用意されていた》

歌と踊りのグループは、全然途切れない。と、突然.....

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何じゃ、これ?子どもの落書きから、抜け出てきたのかい。

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わっ!これまた、キッチュな。夢に出てきそうな、何だ、これ。

中西部、極西部の民族舞踊は、何だか、不思議なんだか、気味悪いんだか、カワイいんだか、よく分かんない。とっても、フォークロアだって事だけは確か。

と、感心して見とれていた私に、ツアー主催者であるNTB職員のHさんが、通りすがりに声をかけた。

「明日は、もっとスゴいところに行ってもらいますよ。覚悟しといてね」

え゛〜っ、何なのぉ!!!!!

つづく。

ララ湖、旅行記〜2

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カトマンズからララ湖のトレッキングは、従来、最低でも10日間以上の時間が必要だった。しかも、経済的に厳しい村々を巡る。トレッカーは、自前のテントや食料持参で望む以外方法がない。

本来は、近づきがたいララ湖であった。

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タルチャ飛行場周辺には、数軒の民家があるだけ。ムグ郡の郡長所在地までは、片道2時間程度歩かないとならないらしい。

我々は、ララ湖への道を行く。飛行場からすぐ、紫外線降り注ぐ、日陰のない急な上り坂を30分。それが終わると、一転、森林の中の涼しく快適な道になる。緩やかな上り坂で、歩くのはそれほど辛くない。

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進行方向右手に、パラマウント映画タイトルのような山が見えてくる。

これは「チャンケリ」という山で、ネパールのルピー紙幣図柄になっている景色として有名である。

と、同行してくれた国立公園ワーデン氏の説明では「1ルピー」紙幣図柄とのこと。でも1ルピーは、アマダブラム。2ルピー札かな?でも最近、小額紙幣がコインに変わっていて.....確認できていない。

飛行場から起算して、森林の道を1時間半ほど進む。突然.....

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目前に、湖が現れた。機内から見下ろした、ララ湖との再会である。

ララ湖は標高2,990メートルに位置し、長さ5.1辧I2.7辧水深167メートル。湖畔を一周すると14辧8个魎泙犲辺は、「ララ国立公園」に指定されている。

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ネパール「最大」の湖であると同時に、ネパール「最小面積」の国立公園としても、国内では有名なのだ。

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1976年、ララが国立公園に指定されたとき、湖畔にあった村は撤去され、住民は公園外に強制移住させられた。以来、湖には駐屯する国軍部隊と国立公園事務所。時折訪れる旅人をのぞけば、人の生活はない。

湖の水は、信じられないほどクリアーだ。

国王独裁パンチャヤト時代。御上のご意向で如何様にも出来た時代の名残としての静寂さは美しくあり、また民人の声なき声が聞こえてくるような寂寥感もある。

湖と出会ってから、湖畔の道を1時間半歩く。

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今回の視察ツアー一行のため、設営されているテント村に着いた。

前日、ララ湖入りした関係者も多い。ネパールガンジを拠点とする、旧知のジャーナリスト仲間とも再会した。すぐにランチとなる。湖を渡ってくる風は冷たく、ダウンジャケットを着てしまった。

午後の予定は、ララ湖フェスティバル開会式だ。カトマンズから国軍のヘリで飛んでくる、マハト財務相が主賓だそう。テント村から歩いて10分程度の会場に向かった。

あれ?

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マオ派の歓迎ゲートだ!

つづく。

ララ湖、旅行記〜1

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11月5日〜8日の3泊4日、ネパール中西部、チベット国境にも近い「秘境」。ムグ郡にあるネパール最大の湖、「ララ湖」に行ってきた。

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今回の旅行は、ネパールにおける観光振興を司るNepal Tourism Board (NTB)が主催した「ララ湖視察ツアー」であった。

美しく静かな自然で知られるララ湖だが、アクセスの悪さとマオ派問題が原因となり、トレッキングルートとしての開発が立ち後れてきた。今回、5年ぶりに(第2回)ララ湖フェスティバルが開催されるのを機会に、ララ湖をプロモーションしようという計画である。

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旅行初日。カトマンズから午後一番の便で、ネパール中西部の中核都市、ネパールガンジまで快適に飛ぶ。イエティ・エアの中型プロペラ旅客機Jetstream機内では、缶ビールのサービスもあった。

同一路線のブッダ・エアでは、ソフトドリンクだけだったと記憶している。イエティ・エアの独自サービスなのか。乗客全員が、NTBの視察メンバーだったからなのか。はたまた、観光省次官はじめとする、VIPが搭乗していたからなのか?

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カトマンズから飛び立って1時間。亜熱帯の都市、ネパールガンジに到着。気温29℃と、真夏。秋深まるカトマンズとの気温差に、全員「うへっ」という感じ。

山に囲まれた盆地であるカトマンズから来ると、大平原の広々感に包まれる。今日はネパールガンジ市内のホテル・バティカに泊まる。翌、早朝。ここから小型飛行機で、ララ湖に近い「タルチャ飛行場」に飛ぶ。

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翌朝、夜明け前に起床。5時にインド風の朝食(プリ・タルカリ)を採り、5時半ホテルを出発。夜明け前から生温かいタライ平原の空気をきって、バスは一路、ブィン、ぐぃぃーん、とネパールガンジ空港に向かう。

昨日と違って、今日はツインオッターという小型機で飛ぶ。親方ネパール政府の、ネパール航空(RA)便。いやぁ〜RAの飛行機に乗るのって、数年ぶり。民間会社が出来てからは、ずっと乗らなかったRA。だって、飛ぶのかどうか分からないんだもの。RAって。しかしここネパールガンジから、儲けにならない山岳路線の運行は、未だRAが主要キャリアである。

最大19人の乗客を乗せるツインオッター機だが、高地への飛行のため、乗客は16人だけ。ツアーご一行、2回のフライトに分けて飛ぶ。私は最初の便に乗り、朝7時離陸。

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ネパールガンジの大平原から、緑豊かな山地が見えてきて、だんだん山が高くなってきた。離陸して40分くらい経った頃、突然、眼下にターコイズブルーの湖が見えた!

すぐに、山ひとつ超えたタルチャ飛行場が見えてきた。

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わぁ!山にへばりつくような飛行場だ。

舗装されていない、離着陸ギリギリの長さの滑走路に、がががん、と土埃をおこして着陸。乗客全員、ブラボーと大拍手。まるで、大昔のルクラ便みたい。

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タルチャ飛行場は、ヒマラヤ高地独特の清涼な空気に包まれていた。

むわっとしたネパールガンジから45分のフライトで、肌寒さを感じる高度にまでやって来た。私たちと荷物を下ろしたRA機は、次のフライトのため、さっさと飛び立ってゆく。

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ふと回りを見渡すと、沢山の目に、じぃ〜っと見つめられている私たち。

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中西部独特の歌と踊り「フルキャ」軍団が、視察団を歓迎してひと舞してくれた。鼓のような太鼓で調子を取る、塩辛い節回しの即興歌とダンスである。

コショウの入ったお茶もふるまわれ、ひと休みして。さあ、ララ湖だ!

つづく。

ここはどこでしょう?

3泊4日でカトマンズを留守にしていたら、和平交渉、まとまっていた。これに関しては、追々考えたい。

今日のところはとりあえず、写真。この場所はどこでしょう?

ここはどこ?

クリックで拡大します。

 

 

 

どこだ、ここ?

この踊りは?衣装は?

 

 

 

2枚とも、同じ場所(地域)の写真です。ナマステ!掲示板に回答をお寄せ下さい。一番最初に正解を寄せてくださった方には......

賞品は何も出ませんが、ネパール物知りとして、ちょっと、鼻が高くなります。

ソウル〜かとまん直行便?

11月から、ソウルとカトマンズの間、大韓航空便が就航とか。

週に何便飛ぶのかな?時間帯は?日本への乗り継ぎは?料金は?シーズン中だけなのか、通年か?と、詳しい情報はこれから集めなくちゃ。

シンガポール経由のSQ(シンガポール航空)便がなくなってから、日本に行くときはバンコク経由のTG(タイ航空)だけが実質的なチョイスだった。* / **

これからは、ソウルでストップオーバー。本場のサムゲタン、プルコギ食べて日本行き・帰りという方法が出てくるか。カムサハムニダ!な予感がする。

* ネパール在住者は、関空直行を含むRA便を使わない事が多い。

**バンコクまでTGを使い、バンコク〜日本をJAL、ANA、もしくはアメリカの航空会社を使う方法もある。

トレッキングパーミット、続報

先日の、トレッキングパーミットについての情報を一部訂正。

今日得た情報によれば、今年秋のシーズンから「エベレスト」「アンナプルナ」「ランタン」地域のトレッキングについて、許可証(トレッキング・パーミット)取得が必要になる。この他に、国立公園入域料も必要。

トレッキング・パーミットの発行業務は、TAAN(ネパールトレッキング業界組合)に委託される見込み。

ここ数年来TAANと対立することの多いNMA(ネパール登山協会)は、この決定を喜んでいない様子が見える。新たな喧嘩の火種にならねば良いのだが。

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パーミット制度の復活により、トレッカーの保護、もぐり(トレッキング)業者の排除、(トレッキング)業界の脱税防止などが期待されている。

9月とも10月とも云われる制度の変革前には、具体的アナウンスがある筈である。情報を得次第、UPしたい。、

トレッキングパーミット復活か?

本日ネパールの老舗旅行代理手かグループ Tiger Mountain社から届いたメイル情報によれば、ネパール政府はエベレスト、アンナプルナ、ランタン地区でのトレッキングパーミット制度復活を検討しているらしい。

上記地区では5年前、外国人に対するトレッキングパーミットが廃止され、国立公園(保護地域)入域料金支払いだけでトレッキングが許可されてきた。

現在、今年9月からの新制度実施に向け、政府内部で検討が続いているらしい。また、新制度におけるパーミット発行は、イミグレやTAAN(ネパールトレッキング業界組合)以外の機関に委託されそうである。

アッパームスタン等、外国人入域が制限されている地区へのトレッキングパーミットは、トレッキング代理店を通じイミグレに申請することになっている。

この件に付き新たな情報入り次第、続報をお伝えしたい。

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旅行、トレッキング、ラフティング産業に、外国人の投資許可。

低迷が続いているネパール観光業界に対し、外国人の投資が認められることとなった。これまでは、ネパール人にしか認められていなかった業種である(観光黎明期には、外国人投資が認められていた時代もあった)。

ネパールでビジネスをしながら生活したい外国人にとっては、レストラン開業が最も一般的であった。しかしこれからは、直接的に観光産業に投資し会社を設立することにより、ビザも発給される見込み。

ネパール人観光業従事者からは、「黒船来港」を警戒する声も聞かれているようだが.......それは、ネパール人の商売に競争力が乏しいからでしょう。

政情に左右されるネパールの観光業界に、外からの風が吹き込むことは、悪いことではない。限られたパイ(観光客)の争奪戦をするのではなく、パイ自体を広げることを考えるべきなのだ。

インドビザ in かとまん

来月、インドに行くことになった。となれば、何はさておき「ビザ」取得。

インドは、到着時の空港でビザ取得「できない」。短期間の観光客ニホンジンならビザ不要という、タイのような有り難い免除もない。しっかり、事前に、インド大使館・領事官に出向いてビザを取る必要がある。

カトマンズのインド大使館の場合、まずはテレックスで申請者の本籍地最寄りのインド在外公館に身元確認。数日後の再出頭が指示される。指定日、正式ビザ申請(当日の夕方受け取り)。と、計3回インド大使館に出向く必要がある。旅行会社の代理申請不可。6ヶ月の観光ビザが発行される。

2週間のトランジットビザの場合、テレックス確認不要。申請当日夕方発行。ただし、インドから第3国に出国するための航空券を提示すること必要。航空券予約確認書(プリントアウト)でOKだった例もあり、まあ、その時の状況次第。

シーズンオフの現在でさえ、9:30開館の30分前には既に「申請者の行列」が出来ていた。秋〜冬のシーズン中は、早朝から並んでいるらしい。と云うのも、申請者の処理が終わらなくとも、正午12時には「今日は終わり!」と窓口が閉められるからだ。

申請窓口は1つしかなく、ひとりあたり3分〜5分もかけて、じっくり書類とパスポートを見られる。特にビザの申請日は、最初の窓口に並んでサインをもらい、隣のの窓口に再度並ばされる。また、申請書が青ペンで書いてあるのはダメ!黒で書き直せ......とか、過去の渡航歴を日付まで書け!等々、窓口で書き直しを要求されることもある。

気が長くないと、やってられない。悠久のインド(お役所仕事)である。

私の場合、発行されたビザの「名字」と「名前」が反対に記載されてしまい、その訂正まで含め、4回も行ってしまったインド大使館。

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と、このような「仕打ち」をとり続けていても、観光客が押し寄せるインド。テロで人が何百人亡くなろうが、旅行者が押し寄せるインド。ニュースで大きく取りあげられていてもね。日本企業の進出も、沢〜山、いっぱい頑張ってる。

すごいぞ!

空港でビザがもらえても、外国人はマオ派の攻撃対象でなくとも、観光が落ち込む、ネパール。日系企業、頼んでもなかなか来てくれまへん。

これが、国力の違いなの?

とまぁ、ビザを取る時点で既に、「インド」つー存在を考察させられる。さすが、悠久の国。入国前のアトラクションか?くらくらしちゃう、きゃっ♪

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《蛇足》 日本国内のインド大使館、総領事館申請なら、当日・翌日にビザ発行という。カトマンズで取るより断然楽なので、旅行ご予定の方、インドビザは日本で取ってきた方が良いですよ。

雨期の山岳地フライト

一緒にナムチェに行った、ネパール人の仲間たち。6/1からずーーっとルクラで待って、待って、待って.......

先ほど、5日遅れでカトマンズ帰着とのこと。いやはや。

ネパール人は、国内線料金が(外国人と比べて)安価に設定されていますが、雨期の山岳路線では、「高い金払った者が最優先」であります。はい。ネパール人には、非常に辛いものがあるという事で。

ネパール人も、外国人と同じ高額料金を支払えば、優先的に乗せてくれます。ですから時にカトマンズから同行するネパール人ガイドさんが、お客と同じフライトに乗るため、この方法を取ることがあります。

資本主義の村、ナムチェ

エベレストの麓、シェルパ族の村、ナムチェ。

今から21年前、私がここにはじめて訪れたときは、夜、ゼロワットの電灯が「ぼわっ」と淋しく灯るだけの(それとて、夕刻から夜10時まで)侘びしい村だった。

c17979c3.jpgそれが今や、ターメの水力発電所から電力が安定供給され、蛍光灯は明るいわ、クラブもあるわ、電気温水器でホットシャワーがんがん。自前のV−SATを備えた、ブロードバンドのネットカフェもある。電話、出来て当然。「ハロ〜!今、ヒマラヤからよぉ〜っ」

我が家のナムチェでの定宿、ホテル・ナムチェは行くたびに増築。トイレとシャワー付き、ツインの個室は、部屋の中にコンセントのプラグもある。デジカメやビデオの充電も、部屋で出来るのだ。食事も美味しく、何より、オーナーのドルジェ兄さん、アンマヤさんの若夫婦が気っぷ良くにこやかで、泊まるたびにシアワセ感満点なのだ。スタッフの面々も、みなキビキビしていて気持ちいい。

今回もここに2泊でき、うれしかったっス。

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さてナムチェには、カトマンズのタメルにあるものは殆どある。中でも、トレッキング用品を扱う店が目を引くだろう。

毎年アメリカに仕入れに行き、アウトレットものの「マウンテンハードウェア」やら「ノースフェイス」などを、日本で買うより割安で扱う、ツェダム兄さんの店は、そこがヒマラヤ山中であることを忘れる品揃えだ。もちろん、全てホンモノ。

それ以外の店は、「なんちゃって」ブランドの、カトマンズで作ったコピー商品ばかりだったのが.......今回、様子が変わっていた。

何だか、どの店も、ホンモノの(本物に見える)ブランド山グッズで溢れていた。値段は、信じられないほど安い。何故だ?

知り合いの、若者シェルパが「にや〜っ」と笑って教えてくれた。

これらは全て、チベットから直接ナムチェに運び込まれた(ナンパ・ラ経由)「中国製コピー商品」なのだという。中国では何故か、ホンモノを作るためのマテリアルが、コピー工場に横流しされているらしい。たまたま私が履いていた、ホンモノの某ブランドのトレッキングパンツのコピーがあったのだが、布の触感は同一。ベルトの留め具が、ちょっと違うだけ。縫製もしっかりしていて、これではちょっと気付かないわ!

国境の税関も通っていないため、激安値段での販売できるらしい。

さて、私は、トレッキング用デイ・パックをナムチェで買った。背負っていったのが、随分くたびれていたから。えっ、コピーを買ったのかって?私はそんな事しませんよ。買うのはいつも、オリジナル!

中国広州に本社がある One Polarという、中国の山道具ブランドのオリジナル。中国経済は、いろんな意味で偉大すぎる。

雨のヒマラヤ、いとをかし

テンジンとヒラリーによる、エベレスト初登頂記念日5月29日。毎年恒例、標高5,300メートルあまりのベースキャンプから、3,400メートルあまりのナムチェまで駆け下る、世界で最も過酷な市民マラソンがある。

その名は、テンジン・ヒラリー・エベレストマラソン。ちゃんと、42.195kmのコース設定をしているところが憎い。

全員集合今年、ちょっとした縁があり、このマラソンの観戦ツアーに参加することとなった。ご一行さまは、ネパール人報道陣10名あまり。いつも取材現場で顔を合わせる、気さくなヤツらである。しかも今回、亭主抜き!うっしっし(彼は去年行っている)。

本来、5月27日にカトマンズ〜ルクラに飛ぶべきところ、悪天でフライト・キャンセルとなった。この出来事が、今回の「雨のヒマラヤ、トレッキング」の先行きを予告するものであったとは。誰も考えなかったもんね。だって私たち、脳天気なネパール報道陣だもの!

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翌5月28日。やっと飛んでルクラ。ここから主催者と一緒に、ヘリでナムチェ入りするという「大名旅行」だったのに.......急にガスが出て、ルクラに足止めとなる。

マラソン開催日の29日も、朝から雨。これはもう歩くしかない!しかも、普通は2日かけて歩く道を、1日でナムチェに行く!と、計画性無い我らネパール報道陣は、勇んで朝8時過ぎルクラを出発した。

おいでませ、エベレスト

ルクラ〜パグディンを2時間10分。パグディン〜モンジョも2時間10分という、驚異的スピードで飛ばす。モンジョでダルバートを食べて、食休みの仲間たちに

「私、ちょっと先にゆっくり行くわ」

と声をかけ、ひとり先行した。正直そこまでの歩くスピードが速すぎて、これはバテるな......と。ゆっくり歩こう。モンジョからラルジェの吊り橋まで1時間。ここからナムチェまでは、急な登りが続く。とにかくゆっくり。でも休まずに登る。仲間たちは追いついてこないが、気にせず行く。通い慣れた道だから。そうしたら何と、1時間45分で着いた。ナムチェ。自己新記録。

午後4時半にロッジに着き。荷物を下ろして早速マラソン観戦。

金銀銅今年1位になったのは、この地域で農業を営むディパクラージ・ライさん(写真中央)。3時間28分27秒という、脅威の記録。2位はシェルパ民族の男性(向かって右)。3位は、ルクラ駐在の武装警察官(向かって左)。

3人とも、3時間半前後の好記録であった。

女性一位外国人男性の1位は、英国軍将校で6時間1分24秒。外国人女性トップは、13時間49分21秒。

さて、ネパール人女性のトップランナーは、ナムチェのとなりターメ村のアンダミ・シェルパさん。夫は病死し、3人の子供をひとりで育てるお母さん。

「名をあげることにチャレンジしてみたかった」

と、本人の弁である。

夜は祝勝会が、ナムチェの「クラブ・ダンフェ」にて開催された。あ゛ーーっ、昼間はさんざん歩いて、夜はガンガン踊ってしまったわい。こういう場所があるあたり、ナムチェはヒマラヤ山中の「タメル」だ。

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ヒマラヤの春5月30日は、マラソン観戦に来られていたVIP、パキスタン大使ご一行さまと一緒。ゆっくり、ゆっくり、シャンボチェとクムジュン。ホテル・エベレストビューと回ってナムチェに戻る。

あいにくの雨で山は見えないが、白、ピンク、黄色のしゃくなげや高山植物が美しかった。登山隊の荷物を下ろす、ヤクさんたちともご対面。

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5月31日。朝ご飯を食べ、朝7時半にナムチェ発。ゆっくり下る。

パグディンでダルバートを食べ(ネパール人はね、トレッキングでもこれなの)、午後3時過ぎルクラ到着。

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6月1日。雲多いが、朝一番の便が到着。我々は、第3便の席だ。今日の天候では飛ぶのは無理だな......と思いつつ、空港に行く。

数日来からの悪天で間引き運行となっており、フライトを求める乗客で大混乱。泊まっていたロッジのディディ(お姉さん/おばさん)がカウンターの後ろで、こっそりボーディング・パスを確保するのが見えた。目があったら「にやっ」として、私に第2便のボーディングパスを握らせてくれた。えっ、なぜ?なぜ?押し込まれるように荷物をチェックインし、セキュリティ・チェックに進む。

ルクラ仲間たちの顔は、待合室にない。そのうち、飛行機が来た。乗った。飛んだ。カトマンズに着いた。

今日6月4日に至るまで、残された報道陣の仲間たちは、カトマンズに戻っていない。天候は、ずっと良くない。ルクラに足止め。嗚呼。

ネパールの国内線は、外国人とネパール人では料金体系が違う。ルクラやジョムソンなど(山岳路線)では各社、高い料金を払っている(しかも外貨で)外国人が優先席に、早い便の座席となる。安い料金のネパール人は、二の次三の次である。嗚呼。厳しい。

ヤツらはカトマンズに戻ってきたら、吼えるだろうなぁ。

ホテルキドにADSL、キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

c6590131.jpg日本からの出張者の皆さんに絶大なる人気を誇る、カトマンズ市内タパタリの「ホテルキド」である。田村レストランが併設されているホテルとしても、有名。

このホテルキドに、ビジネス客の必需品、ブロードバンドが完備された。現在、客室からも使える。日本では標準になっているらしい「無線」ではなく、各部屋にLANケーブルというあたり、カトマンズらしい。

このホテルに、業務でいつもお世話になっている私としては、すごくうれしい。非常に助かる。ということで、みなさまにもご報告。

ロゴろごろころ、ありのママならイカがパパ

先日噛みついた(汗)、ネパールの新しい観光キャッチフレーズ

Naturally Nepal - Once is not Enough (ありのままのネパール 〜 一度だけじゃ物足りない)のロゴ画像が見つかった。

どうでっか?イケてまふか??

NaturallyNepal

 

Naturally Nepal ってかぁ?(゚〜゚)

昨日、Nepal Tourism Board(NTB; ネパール観光評議会/ネパールの国家的観光振興組織)は、ネパール観光の新しい「ブランドネーム」を発表した。

Naturally Nepal - Once is Not Enough

敢えて日本語訳してみると、「ありのままのネパール 〜 一度だけじゃ物足りない」と云ったところか。ロゴデザインについては、The Kathmandu Post紙の写真をご参照あれ

このコンセプトは、NTBとネパール政府文化観光省とインドの観光コンサルティング会社により作り出されたものであるが......昨夜、カトマンズ市内ハイヤットホテルでの発表披露会の様子を見るに、インド人のコンサルにしてやられたなぁ。と、正直そんな感じがした。

主賓である文化観光相がブランド名とロゴを発表する前に、コンサル氏が「これでんがな、これ」と、巨大スクリーンで事前に全て見せてしまう演出には、非常にがっかりした。

観光業が本当にネパールの基幹産業なら、何故ガイジン、しかもネパールとは表と裏の利害関係の深いインドの会社に任せたのか?ネパール国内には、人材が居ないのか。いや、いっぱい居る。この件についてはNTBの某幹部が、

「そりゃ分かっていますがね、ネパール人って、ネパール人が考え出したものには素直に従えないんですよ。外国コンサル。出来れば欧米の会社に依頼できれば良かったですが、そこはねぇ。あなたも分かるでしょ、ネパール長いんだから」

と、非常に正直なコメントをくれた。

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インド人コンサル氏(マルチメディアによるプレゼンが、非常に印象的であった)曰く、ネパールに30万人の外国人観光客を追加誘致するには、1億ネパールルピー(邦貨約1億6千万円)のキャンペーンが必要なんだと。で、これを観光客頭割りにすると、ひとりあたり333ルピーの先行投資となり、これは外国人から徴収する観光税で充分ペイするとの試算。

「それだけではないんですよ。一人あたり平均2週間ネパールに滞在すると試算すれば、経済効果、雇用などももう、ウハウハでっせぇ〜」

と云うような、立て板に水の説明があったのだが。待てよ、彼の説明では、今後短期間の週末旅行パッケージを主力にするとのことで、2週間の滞在を積算基準にするのって、理論が破綻してないかい?

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一方NTBやネパール政府首脳からは、

「ネパールは外国人の旅行先としては【安全】な国であるのに、間違ったメディアの報道により、ネパールに対する間違ったイメージが氾濫している」

との発言が連続した。中には、諸外国政府は危険情報を見直し、ネパールは安全な国であると自国民に周知徹底すべきとの「内政干渉」発言もあり、いやはや、まったく、アナクロ過ぎて、もう。

私自身、カトマンズでのほほんと暮らしているし、出来るだけ沢山の日本や諸外国の観光客にネパールを訪問していただきたいと願っている。しかし、ネパール政府やNTBの「悪いのはメディアだ!」という姿勢は、勘違いの居直りとしか感じられない。ネパール人とネパール人が殺し合いをしている国。外国人は狙わないという、階級差別的闘争方針を持つ毛沢東主義のある国。少なくとも私たち日本の感覚では、こういう状態を「安全」と云えるのだろうか?日本の皆さん、教えて欲しい。

この国にリスクが存在すること。しかしそのリスクは、外国人にとって回避できるものであること。そのための具体的方法。そしてリスクは、ネパールだけではないこと。諸外国に潜むリスクに比べ、ネパールのリスクは外国人にとって「対処できる」リスクであること。このあたりをうやむやにして、厚化粧してもダメ!って感じるのは私だけだろうか。

前述のインド人コンサル氏が一点偉かったのは、メディアの責任に転嫁していなかったことだ。この点、認めるぞ、わたくしは。

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Naturally Nepal - Once is Not Enoughキャンペーンは、コストの低いネット戦略を主に進めていくそうだ。それでは、パーティーの帰りにロゴのデジタルデータの入ったCDでもくれるかな?と思っていたら、ガクっ。超ベタな「日記帳」などいただきました。では、NTBのウエブサイトにあるかな?未だない。

コンサルの主張は、邦貨約1億6千万円のキャンペーン投資であるが、今年のネパール側予算は、邦貨約4千万円である。予算プロポーザルの、四分の一。

予算の不足のため、まずはニューデリーでのキャンペーンからはじめるそうだ。あっ、何だか、いろいろ見えてきた感じもするぞぉ〜。

週末のネパール観光を売る!ということは、ターゲットはインド市場しかない。まあ、現状では何をしても・しなくても、欧米や日本の観光客急増は望めない。だから、暫くインド市場を固めましょうということか。それなら、堅実かな?いや。ネパールの現体制に批判的なインドであるから、コケないかpetit心配。

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NTB職員は、ものの分かった素敵な人が多く、仲良しも多い。現文化観光相(シェルパ民族の女性)は、政治家になる以前から「姉さま」とお慕い申し上げている素晴らしいネパール女性である。

ああ。なのに、何故。こんなベタなことをしでかすのか。理解できない。

1.ネパールの治安体制を回復させる。

2.ロイヤル・ネパール航空を、(政情じゃなく)正常に運営する。

これだけ出来れば外国人など、「来るなと云っても押し寄せる」のにね。

ヤクもイェティも Σ(゚д゚lll)ガーン

カトマンズの中心地にある最高級ホテル、ヤク&イェティ...だが。

現在労使紛争のため、予約できまへん。宿泊出来まへん。レストランも閉まってまふ。この状態が始まったクリスマスイブの日は、泊まってた客も(別のホテルに)追い出ひまひた。クリスマス・ディナーも、出来まへんどした。ぶほっ....

本日の英語紙 The Himalayan Timesには、「ホテルスタッフは、不満を表明しつつ業務にあたる」という記事があり、営業再開か?と思った。しかし、ホテルに直接電話をかけて尋ねてみると、

「スタッフは持ち場に着いていますが、ホテル営業はしていません。再開の見込みも分かりません」

と、案内嬢が大変丁寧に答えてくれた。

この年末年始、ヤク&イェティに宿泊予約をされている皆さん。現状では、他のホテルに振り替えた方が賢明......としか云えない。もちろん、いつかは営業再開されるだろうが、それはいつなんだろ

(´ー`) チラネーヨ

ああ、閉まっていると聞くと何だかむずむずと、ヤク&イェティ謹製ストロベリー・ショートケェキ@もちろん生クリームで銀座Cozy Corner風が食いてぇ〜っ。アメリカ産牛肉輸入禁止下の、「吉野牛( ゚д゚)ホスィ…」みたいなもんか。問題の本質は全然違うけど。

一事を見て万事を推測できる出来事が、最高級の場所でも起こる、ネパール。ここにおいて(を相手にして)、旅もシリアスぅ〜な「日本人観光客」をハンドリングされる旅行会社の皆さんの、ご苦労を想う。

年末年始のご旅行に、幸多かれ!

Air Nepal Int'l ネパールの民間国際線

何かと「どよ〜ん」とした話題の多いネパールであるが、観光に関する、久方ぶりの「明るい話題」をお届けしたい。
ANI 
 
 
 
 
カトマンズ〜バンコク〜クアラルンプールを結ぶ、ネパールの新しい民間国際線航空会社が就航した。その名は、Air Nepal International (ANI)。
ウエブサイト(英語) http://airnepalinternational.com/
 
日本人にとって利用価値の高いカトマンズ〜バンコク路線は、現在週2便飛んでいる。秋からのシーズンには、週3便体制となる予定である。また、ワイドボディのジェット機を使用するため、一度に200人の乗客を輸送できる。現在 のフライト・スケジュールは(以下、ローカルタイム表示)
 
月曜日
 カトマンズ 11:25 便名SZ811 バンコク 16:00
 
木曜日
 バンコク 06:35 便名SZ812 カトマンズ 08:40
 カトマンズ 09:55 便名SZ818 クアラルンプール 16:40
 クアラルンプール 17:55 便名SZ819 カトマンズ  20:10
 
金曜日
 カトマンズ 11:25 便名SZ811 バンコク 16:00
 
日曜日
 バンコク 06:35 便名SZ812 カトマンズ 08:40
 カトマンズ 09:55 便名SZ818 クアラルンプール 16:40
 クアラルンプール 17:55 便名SZ819 カトマンズ  20:10
 
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ANI 社のリリースを見ると、将来、ラサ、香港、ロンドン、そして東京路線の就航を目指す!とあるけど......トーキョー!?ホントかな。
 
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ANI 社の予約・問い合わせは、http://airnepalinternational.com/sales.php
ただし未だ、日本には代理店やコンタクトポイントはない。現状では、ネパールに支店のある西遊旅行(ネパール担当Mさん、キャラバンデスクのみなさん、お元気ですかぁ〜)など、日本の旅行会社に問い合わせをするしかないと思う。
 
ANI 情報、今後もアップデートしてお伝えしたい。
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