けぇ がるね?日記

ネパールの首都、カトマンズから発信しています。

映画天国

ダークナイト

世界中で驚異的ヒットを記録している、バットマン映画シリーズの最新作。The Dark Knight (邦題:ダークナイト)は日本でも、8月第1週から公開のようだ。

ここカトマンズでは、日本に先立ち公開中。

本日、仕事がヒマだったので午後3時半のショーを見に行った。平日の真っ昼間というのに、クマリ・シネマは満席の大好評。びっくりした。

狂気を内包した、悩める暗黒のヒーロー、バットマン!シリーズ最高の映画だ。故ヒース・レジャー演じるジョーカー、正義感と野心溢れる地方検事ハーベイが、狂気のトゥーフェイスに墜ちていく。悪役が魅力的なのがイイ。

フォースの暗黒側に引き込まれそうになりながら、ギリギリのところで踏みとどまるバットマンの孤独。安直なヒーローになることを拒絶する、ラスト直前の秀逸さ。

騙されたと思って。是非、ご覧のほど。損はさせませんゼ。

ADSLとIndianaJ

がはははは。我が仕事場にやっと、やっと来たADSLくん。

詳細は、ネパール・テレコムのサイトでどうぞ。256 Kbpsと、日本では大昔の通信速度であるが、ネパールにおいては充分満足できるスピードである。それ以上に、速度と値段のバランスを考えると画期的。ネパールではまだまだダイヤルアップを使っている人も少なくないが、メイルだけでなくネットを使うなら、ADSLの方が断然お得では(お金+通信時間の節約+電話話し中無し+ネットが遅いイライラかなり解消)?家庭用には、128kbpsのプランもあるし。

同程度のスピードのケーブルや無線のブロードバンドと比較しても、比較する意味がないほど「お得」な価格設定である。

問題は、どの程度信頼性があるか?サーバーダウンの頻度や修復の迅速さ。これについては今後、使ってみて判断したい。ただ、携帯電話サービスは不評のネパール・テレコムであるが、インターネットに関しては結構頑張っている印象がある。

数ヶ月中には、ネパールの民間プロバイダー(マーカンタイル、ワールドリンク等)も、ADSLサービスを開始するようである。

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さて、日本にはハリソンくんとジョージくんも来ている インディー・ジョーンズ クリスタルスカルの王国 である。一昔前ならサブタイトルは、水晶髑髏の王国か?

うちの亭主もこのシリーズ大好きで(DVDで)、私が息子と観たのをぶちっていたから.....いいよ、もう一回見たいから。と、再度、今度は亭主と観に行った。前回はとにかく、19年待って待って待って。やっと再会できたインディアナが、え゛っ。それは。はぁ?であった。

でも2度目に冷静に観たら、普通に面白い映画だった。

今回、あの、ロシアのおねえちゃんとマリアンとインディーの、恋の駆け引きでもあればもっと良かったか。いやそれは、(最後の聖戦の)エルザ・シュナイダー博士を彷彿とさせマンネリ?せめて、最後に、(魔宮の伝説の)ウィリーが乱入して、インディーにパンチくらい食らわせても.....それでは、おばはん二人で幻滅??

インディアナ5に期待しよう。伏線張りまくりだから、またやるだろう。ベトナム戦争に送られたパット・ヘンリー・ジョーンズ3世を救うため、インディーがインドシナ半島で大冒険.....はっ、それはランボー?

徳川埋蔵金で、糸井重里とチェイス?ははははは。ねらーの諸君。妄想しすぎだよ。

次回はちょっと、キレイなおねえちゃんを頼むよ。ジョージくん。スティーブンくん。アリーマイラブ?うーん、ちょっと。

以上、インディアナ・オタクでした。毎日このブログを見てくれている徳島のお父さん。理解不能な話題で失礼いたしました。

カグベニ

内容、一部加筆修正 1/25

カトマンズで話題のネパール映画、カグベニを観てきた。

著名な映像作家であり、ネパリ・ポップのミュージックビデオの監督であり、「ボクってジャーナリスティックでしょ」と言いたげなトークショーのホストであり、ネパール最大の民放カンティプールの番組制作部長で、現・前皇太子のご学友(としても妙に有名)でもある、ブシャン・ダハール氏の、映画デビュー作である。

制作は、ネパールの高級シネコン運営の、クエスト・エンターテイメント。デジタルハイビジョンで撮影され、配給も、世界で主流になりつつあるデジタルシステムである(フィルムを必要としない)。

カグベニ

 

 

 

 

数年ぶりに村に帰ってきた青年、クリシュナ(ニマ・ルンバ)。彼はカトマンズに移住した裕福な家庭の息子で、マレイシアへの出稼ぎでお金も稼いだ。今回、2ヶ月の休暇を得て、結婚するために一時帰国している。村では幼なじみのラメシュ(ソウガット・マッラ)や仲間たちと再会。子供に返ってはしゃぎ合う。

ラメシュは、村の特産品リンゴで自家製ブランデーを作り、それを村の雑貨店に卸して、細々とした生計を維持している。彼にはタラ(ディヤ・マスケ)という恋人がいるが、ラメシュの貧しさを嫌うタラの父親は、二人の仲を許そうとしない。

元来お坊ちゃんで、人の良いクリシュナは、寒さに震えている不気味な旅の行者に、マレイシアから村にいる祖母のために、お土産として持ってきた毛布を貸す。行者はそのお返しに、願いを叶えてくれる不思議な力を持つ、古い猿の掌のミイラをくれるのだった。

あることがきっかけで、クリシュナの両親と親同士が結婚の話をすすめている相手がタラであることを知った、ラメシュである。裕福で、満ち足りている友人に、殺意さえ抱く、貧しいラメシュ。彼は、酒に酔って爆睡するクリシュナのポケットから、不思議なミイラを盗み出す。そして、

「オレに、タラを与えてください。それだけが望みだ!」

と、願をかけてしまう。翌日、クリシュナは事故に遭う。ラメシュは彼を必死で助けようとするが、為す術もなかった。

9年後。ラメシュとタラは結婚し、いたずら盛りのひとり息子バリダンとの家庭を築いていた。夫婦で努力して、自家製りんごブランデーは徐々に評判を呼んでいる。かつてない、大口の注文も舞い込んだ。

そんなある日、ラメシュ夫妻の元に、来るはずのない客が、戻ってくるはずのないあるものと一緒に訪れる。

これは、ラメシュ一家の破綻のきっかけであった。

続きは、映画館でどうぞ!

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さて、この映画をひと言で云うと、ウルサイ映画だった。ドルビー・サラウンドシステムなんだろうけど、音量のバランスがめちゃくちゃ。耳が痛かった。

映像については、効果的にクレーンを使ったものであり、ダハール氏のミュージックビデオが2時間ちょっと続く感じ。ラバのキャラバンのアップ、ミドルショットがあって、ああキレイだなー。「ここで一発、どーんと、ヒマラヤ込みの超ロングショット!」と期待したら、それはなし。大変だものね。ヒマラヤのロングは。撮るのが。エリック・バリー(キャラバンの監督)じゃないもんね。キミ。

でも、ワシらなら撮るけどね。

画期的だったのは、ネパール映画であるのに、ストーリーの破綻がなかったこと。それは、原作があったから?W.W. Jacobs の怪奇小説 The Monkey's Paw を、ネパール版に焼き直している。

この原作を知っている人には、2時間15分の退屈な映画であることは間違いない。知らない人にとっては、結構楽しめるけど。【猿の手】でググって、原作のあらすじ見ちゃった人はもう、映画も観なくていいかな?

ネパール語の映画であるが、世界公開のため、英語の字幕が入る。しかし字幕の場所が、音と同じようにウルサイんだよね。

と、諸々不満もあるが、後半はそれらを忘れてしまうほど、映画に集中してしまった。最後に英語の文字と、ネパール語ロック(1974AD)で

「欲望は、身の破滅を招くことがある」 ←ネタバレなので、反転。

という、メッセージが出るのは、余計なお世話?

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ダイアログには、特筆すべきものがいくつかあった。

事故で家族を亡くした相手に対し、加害者の両親が示談金を支払う。加害者の父親が、

「これは、命を奪った事への賠償金ではありません。ただ、私たちのお詫びの気持ちを表すものに過ぎません。許してください」

その示談金を、商売の損害賠償に使う家族。1週間前、利息をつけて弁償しろ!と怒っていた仲買業者が元金だけ受け取り、利息分の金を家族の掌に握らせつつ

「身内の不幸に見舞われたアンタから、利息なんか取れないゼ」

ネパール人らしい、優しさが感じられる、良いダイアログだった。脚本家、いいな。名前、チェックしとこう。

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制作会社は次作として、やはり、ミュージックビデオを中心として活躍してきた映像作家、アロク・ネムバンくん(野村萬斎クリソツ)の監督作品を準備中。これは、都会的恋愛映画の模様。

時は私、アロクくんの作品も人柄も好きなんだな。期待しちゃってる。

あ゛ーそれにしても、カグベニ。未だに鼓膜が痛いぞ。これからカトマンズで鑑賞するみなさま。耳栓、ご持参を。

星、3つ半。(5つが満点)

ネパール版サイト(英語) アメリカ版サイト(英語)

帰ってきた、スーパーマン

つーことで、現在帰宅中の愚息に「新しいサッカーシューズ買ってあげるから、お願い、一緒に行こうよぉ」と拝み倒して、一緒に観てきました。スーパーマン・リターンズ!

えっ.....日本では8月公開って?MI3もそうだったけど、カトマンズの方が早いことが時々ある。

我々の世代は、スーパーマンと云えばクリストファー・リーブだよね。今度のクラークくん、亡くなったリーブ氏が蘇ったか?と、ちょっとうるうるしてしまった。今回の設定は、うーん、家庭の波乱が予想されますな、次作で。

強い男は、タバコを吸う女が嫌い。

スパイ大作戦!

うふ、ふふふ。観たもんね。ミッション・インポッシブル(MI3)!

日本では7月封切りらしいが、ネパールでは、な、な、なんと、アメリカと同じ5/5公開なのだ.....その前日の昨日5/4夜、カトマンズ市内JaiNepal映画館で行われたプレミアム・ショー。わーい。

この映画制作には、国際クーリエ DHL が参加している。

でもって、DHL Nepal から不肖わたくしにも、プレミアムへの招待をいただいた。ありがとう、DHL!

以前、007 DieAnotherDay も、カトマンズでは日本の半年前に観ることが出来た。このように時々、話題の映画が日本より早く観ることが出来るカトマンズ。ただし、日本語字幕はないけどね。

えっ、映画はどうだった?ご馳走感、満点。満腹映画だね。これ以上は、ふふふ。それは秘密だよ、イーサン君。

〔蛇足〕 スパイ大作戦とMI の関係については、ここ

バケモノ見るなら、ギリよりハリポタ

今日は、国王印内閣筆頭閣僚、歩く変人、毒舌No.1、ドクター・トゥラシ・ギリ(この人、元は医者)の、久方ぶりの記者会見があった。

しかし主催のネ政府側が、記者の人数制限を試みた模様(お呼びがかからなかった記者もいたらしい)。「ラクシュマンかミキか、どっちか一人だけにしてよ。出席は」と云う。実際会見を仕切る筋からは、「会場に来たら、二人とも入れてやるから心配するな」との声があったが、

「バッキャロ〜!ギリの喋る内容なんて、その場に行かなくても120%予想がつくわい。頼んでまで、参加する価値ないわ。時間の無駄だわい。同じバケモノ面を見るなら、てやんでぃ、ヴォルデモート卿のご尊顔を拝してくらぁ、(゚Д゚ )ゴルァ!!」

と、瞬時に江戸っ子と化す。生まれも育ちも徳島ですが。

ギリ君のところには亭主に行ってもらって、(冬休みで帰宅中の)愚息を連れて、遅ればせながらの「ハリーポッター/炎のゴブレット」を観てきた。結果、大正解。ネパール政府通信情報省・情報局の小役人よ。自分が担ぐ御神輿の、ニュースソースとしての価値を知りなさい。意味ないものにぶら下がって、むやみに威張るなぁ。

さて、ハリポタ最新作はなかなか、大人の門口にさしかかったハリーたちの、青春映画ですなぁ。実は我が息子も、劇中の主人公と同い年。しかも、男女共学の全寮制の学校にいる。ははははは。気になる女の子、いる?それにしても、全編死の臭いがする暗さで、チビッコには刺激が強すぎないかい。ハリーたちの成長に連れ、観客年齢の下限も上がっていく戦略か、ワーナーブラザース。

ヴォルデモート卿復活の黒魔術に、ハリーの生き血も混ざってるつーところは、今後の伏線かな。「かあちゃん、ハリーとヴォルデモートには、今後すんごい共通点が出てくるゼ」「そうだね。コインの裏表かね」「そうそう。ヴォルデモートを倒すためには、ハリーも命を捧げなきゃイカンとか、そういう展開をオレ、予想してるね」などと、母子で今後のストーリー予測など。

映画終了後、「きゃ〜っ、ハリー素敵だった!あら、ロンの方が断然カワイイ」と黄色い声を上げている(ネパール人)女子学生の一団がいた。よく見たら、中に友人の娘もいた。彼女の弟は、ハーマイオニーに夢中なんだと。国内治安問題が深刻なネパールにも、ハリポタの青春群像に自己投影出来る、都市部の恵まれた青少年もいる。彼女とは帰る方向が同じなので、じゃあ、一緒に行こうよ.....と話をしていたら、記者会見を終えた亭主が、映画館まで迎えに来てくれていた。

ドクター・ギリの説教は、こうだったでしょ、ああだったでしょ、と、予測だけでぶちまけてみると、笑っちゃうくらいその通りだった。車中、夫婦して大笑い。現政府は地方選挙妨害を口実に、政党に対しても強行策を打つ。それがいかに、国際世論の非難を浴びようとも、ヤツらはやる。

そんな気がする、カトマンズの冬。

Mangal Pandey - The Rising

昨日午後、亭主の仲間たちから声がかかり、急に映画を見に行くこととなった。カトマンズ市内、Jai Nepal映画館でのラストショー。お題は勿論、
 
Mangal Pandey - The Rising (マンガル・パンデ 〜 ザ・ライジング)
 
Mangalインドの視点に立つと「第一次インド独立戦争」であり、日本の世界史の教科書では「セポイの反乱」と記載されている、1857年、大英帝国インドにおける大事件を題材に取った作品である。インド共和国の独立記念日に併せて上映開始された、インド愛国心むんむんの超大作!である。
 
作品紹介はいつもの通り <(_ _)> 感謝!
 
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さて、東インド会社軍隊のインド人兵士は、「シパイ(ネパール語でも兵卒という意味)」と呼ばれていた。ここから日本における「セポイ」という表記が生まれたのではないだろうか?
 
19世紀中盤、インド人シパイたちが中心となった、東インド会社に対しての反乱が契機となり、その後大英帝国は、「ネパール人傭兵部隊」を大規模に採用することとなる。この映画の題材となった反乱はその後、イギリスに雇われたネパール人傭兵部隊が大きな役割を果たし、鎮圧されたのである。
 
白兵戦において世界最強!世界の紛争地にその名を轟かす「ネパール人・グルカ部隊」は、こうして生まれたのだ。
 
当時のラナ将軍ネパール政府は、傭兵を大英帝国に派遣することの見返りに、辛うじてネパールの独立を死守したのである(もちろん、その他の理由もあったが)。もしシパイたちの反乱がなければ、ネパールもイギリスの植民地になっていた可能性がある。そうなっていれば、その後のネパールは、インド共和国領になっていたかもしれない。
 
カトマンズでは、ネパールなりの視点での、この映画に対する矜持があるわけである。これが端的に見えたのは、ラストシーン。殉死したマンガルの声に呼応して、インド国民や藩王たちが立ち上がった。インド人将校ゴードンも、マンガルとの友情のためインドの側に立って戦い......
 
亭主と仲間たちは、今にも拍手しそうに拳を上げていた。
 
そして90年後、インド共和国は独立を果たし、ネルー首相がインド国旗を高らかに掲げるのだった.......
 
と、インド国旗が画面に映されたとたん、彼らの拳は「膝の上」に、力なく下ろされた。
 
南アジアのアメリカ!たる超大国、インド共和国。その巨大なる国家と接する小国、ネパール。インドの脅威と覇権に対する恐れと警戒心。インド文化に対する憧れ。そして、ネパール人としての誇りが、彼らの胸中に駆けめぐっていた。それでもやはり、インドと喧嘩をしては生きていけないネパール。ネパール人のインド観は、愛憎複雑なのだ。
 
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さて劇中、藩王(マハラジャ)たちの使節が、マンガルたちシパイに、共に反英闘争に立ち上がってほしいと話し合いに来るシーンがある。きらびやかな衣装と宝石を身につけた使節に、マンガルがぶつける言葉があった。
 
「われわれはまた、藩王がその地位に戻るために戦うのではない。藩王の奴隷に戻るのはイヤだ。私たちは、私たちの自由のために命をかけている。国民自らが統治する体制を目指すのだ!」
 
わ゛ぁ〜っ!マンガルって、共和制に言及している。現在のカトマンズで、このセリフは刺激的すぎる。ネパール国内で上映される映画は、全てネパール政府の検閲をパスしなくてはならない。よくもまあ、カットされなかったものだ。役人、寝てたのかしら?
 
インド共和国では19〜20世紀の国民が命をかけて勝ち取ったものが、ネパールでは、21世紀の私たちの世代の行動にかかっている。そう思うと、背筋がぞくぞくした。
 
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それにしても、インド人はこうして、世界に誇れる「独立の歴史」を持っている。私たちネパール人は、圧倒的インドの歴史の前に、うなだれるしかない。だから、この映画に対しては、心の奥底で「嫉妬」を感じる。
 
だからだろうか。マンガルの親友であるインド人将校、ゴードンに感情移入してしまった。ゴードンと、彼に命を救われた美しいインド人寡婦との恋愛が、心にしみた。美しかった。
 
白人専用娼館での喧嘩騒ぎで、獄に繋がれイギリス人たちにリンチを受けるマンガル。ゴードンがその窮地を救ったとき。平然とイギリス人に立ち向かっていたマンガルがゴードンの顔を見て、安心したように膝から崩れる。国籍や文化を越えた友情に、自分でも驚くほど、突然、涙が湧いてきた。
 
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技術的観点から見るとこの映画、映像が平面的に過ぎた。
 
説明的な感じの中ロングショットが多すぎて、編集にもメリハリが足りない。またダンスシーンなど、カメラアングルが陳腐に過ぎたと思う。そして、被写体深度が深すぎ。映像の全ての場所に、ピントが合っている。
 
特に「ホーリー祭」のダンスシーン。主役の二人が背景とバックダンサーに、映像的に埋まっていた。主役に合わせてピントを絞る。背景はピンを飛ばす......って感じのショットが欲しかったなぁ。湖の中のシーンは美しかったけれど。
 
マンガルが一人で、ラングーン部隊と対峙するシーンも。むやみにロングショットの長回し。うーーん。映画って、アップの芸術じゃあないのかい?
 
また、照明の当て方も疑問。もっと陰影をつけて、マンガルやゴードン、女性たちの内面からの悩みや喜びを表現できたと思うのだけれど。
 
もしかすると、わざと、昔のイギリス映画風に撮ったのかしらん?
 
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映画全体としては、複雑な歴史的事実を「大胆な解釈で白黒はっきり」させた脚本。ヒンディー語と英語の台詞は、実に細かいところまで気が配られている。特に、イギリス人たちの喋るヒンディー語が、ゴードンの流ちょうさと他の将校のブロークンさが、心憎いまでの映画デザインであった。
 
また、北インド各地の「歴史的建造物」がロケ地として使用されており、本物の持つ重厚さが画面からにじみ出ていた。
 
インド亜大陸に生きる人間として、是非とも観る価値のある、重厚なインド映画である。また、Jai Nepal映画館での上映は「英語字幕」付き。この字幕がまた、実に分かり易い英語なのがブラボー!である。
 
カトマンズ在住のみなさん、映画館に向かって走れぇ! 映画公式サイト

ヒンディー映画、「サルカール」

ヒンディー映画評や、ニューデリーでの留学生活について、ユニークかつインド愛にあふれる発信を続けている「これでインディア」。今日はこのサイトで紹介されているヒンディー映画、「サルカール」を、カトマンズ市内ジャイ・ネパール映画館で観てきた。
 
映画のあらすじ、解説についてはこちら(クリック)。アルカカットさん、いつも感謝しています。カトマンズの在留邦人の間でも、まず「これでインディア」をチェックしてから観に行こう!ヒンディー映画 〜が定着しています。
 
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さてこの映画。ヒンディー映画界の鬼才、ラムゴパル・ヴァルマの監督・制作作品。私たちの世代には懐かしい、フランシス・フォード・コッポラ監督の名作、「ゴッドファーザー」に対する、インド版オマージュである。
 
映画評についてはアルカカットさんの記事に脱帽なのだが、ミキ流ウォッチは、スクリーンの【上手(かみて)」「下手(しもて)】に注視した、ヴァルマ監督の映像表現を中心に語りたい。
 
Sarkar劇中、庶民の味方であるマフィアの頭領サルカールと、次男のシャンカール、その一家。そして、敵対する一味が、時に時勢の優劣シーソーゲームを繰り返す。
 
グループ内部の力関係、そして敵対する同士の力関係においても、その時「パワー」を握る優勢な登場人物は、必ず「上手」、観客席から観て向かって右側のスクリーンに登場する。視線は下手側に向かう。
 
劣勢、または序列が下の登場人物は、スクリーン向かって左側(下手)から上手側に視線を送るわけである。
 
これは、人間の心理的配置理解なのだが、スクリーン上手側に登場する方が、何となく強そうに見えてしまう。また、ギャング映画には「個人と個人の敵対する視線が火花を散らす」表現がつきものであるが、この映画はアップを撮るとき、味方同士は顔の同じ側、敵対する同士は別の側として、編集作業を通じて観客の心理に訴えるセオリーがきちんと押さえられていた。
 
映画中盤、サルカール側が劣勢に立たされるシークエンス。ムンバイの街を俯瞰しつつ、フレームが横移動する「パーン」ショット。普通「こっちからこっちだよな」と感じる逆方向にフレームが動く。観客に苛立ちや心地悪さを感じさせる演出が、わざと為されていた。
 
映画制作では当たり前の配慮かも知れないが、その配慮が大変に効いていた。またラスト近く、汚職政治家とシャンカールが対決するシーンでは、シャンカールを演じるアビシェク・バッチャンの顔をより格好良く見せるため、敢えてこのセオリーを無視したショットが、大変効果的に挿入されていた。
 
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さて、本家「ゴッドファーザー」は、シリーズ映画化された。本作品サルカールも、次作は父親の若い時代を描く。その後のシャンカールを中心とした抗争を描く。または、シャンカールが「殺した」と思われている長男ヴィシュヌの復習劇.......と、続編を作るネタがいっぱいなのだ!
 
父を裏切り暗殺しようとしたヴィシュヌ。父の命の危険間一髪で救いに入るシャンカール。そして次のシーン。ベットに横たわる父を中心に、落ち込んだ家族がひとつ部屋に集まっている。そこに、憔悴しきったシャンカールが入ってくる。ベッドの父の横に腰を下ろしたシャンカールがひとこと。
 
「兄貴の始末は、俺がやってきた.......(一筋の涙が、頬を伝う)」
 
天井を見上げて言葉ない父親、サルカール。そして、大きく目を見開いてふるえる長男の嫁。
 
ここでシャンカールが、兄を殺すシーン自体は映画に出てこない。血を分けた兄弟である弟が、「もう二度とムンバイに顔を見せるな」と兄を追放し、家族や組に対しては「殺した」と伝えた。そんな伏線として、次作で利用できるだろう。また、長男ヴィシュヌ役を怪演したケーケー・メノンを、本作品だけの登場とするのは惜しすぎる。
 
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私がこの作品の「続編」を確信したのは、ラストシーン。民衆に敬愛される父親から「カメラがすーっと移動して」、今や若きサルカールと呼ばれるようになった息子のシャンカール。
 
このカメラワークの、上手と下手の使い分けである。まだまだ父親サルカール、このまま老いてばかりではないゾ。ふふふっ。
 
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この作品では、ヒンディー映画界の、いや、インド世界の生きる「世界遺産」と呼ぶにふさわしいアミターブ・バッチャンが、マーロンブランドを越える存在感を示している。
 
実の息子、アビシェーク・バッチャンがシャンカール役。実の息子として競演したわけだが、バッチャンJr.が大変な素晴らしい。特に、父親が暗殺されようとしていることを知り、バッチャンJr.が拘置所の狭い階段を駆け上がるシーン。父バッチャンのかつての形容詞、「怒れる若者」のカリスマが、息子バッチャンに降臨した瞬間であった。
 
ヒンディー映画界の潮流は、松竹の歌舞伎のごとく、親から息子、娘、孫に継承されていくんだなぁ〜 感動で背筋が震えた。
 
コッポラ映画は、抗争シーンであっても最小の効果音で静かな世界の中、哀愁を帯びたニーノ・ロータの旋律が響く。しかしサルカール。ハードボイルドに不必要なダンスシーンは一切ないが、どうしようもなくヒンディー映画である。感情表現を表す「ダダダン」「ガガガガン」という効果音が、ドルビーサラウンドで響きまくり。せっかくのバッチャン親子鬼気迫る演技に、水を差している感じもした。しかし後半になると、過剰な効果音さえ気にならなくなるストーリー運びの緊迫である。
 
映画音楽についてだが、これまたどうしようもなくインドを覚悟しよう。ヒンドゥー宗教音楽から題材を取った「ゴーヴィンダ、ゴーヴィンダ、ゴーヴィンダ〜」という曲が、サルカールのニーノ・ロータである。宗教界と闇の世界のつながりを暗示しており、大変勇気ある表現であった。
 
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映画の冒頭、
 
【秩序(システム)】が機能を停止したとき、【力(パワー)】が世界を支配する。
 
という一文が、スクリーンに登場する。
 
そして、サルカールという題名。庶民の味方であるマフィアの頭領に対する「敬称」として映画で使われている。
 
ネパール語で「サルカール」とは、「神の化身である国王陛下や王族」に対する尊称である。または、「政府」という意味である。「御上(おかみ)」という侍ことばが、ぴったりする。
 
現在のネパールで観た映画「サルカール」は、私にとっては、私の生きている世界のストーリーである。血の臭いが、映画館の漆黒の中に座っている、私の脳裏に渦巻いていた。
 
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映画「サルカール」公式サイト(英語ですが、観るだけでも楽しめます♪)
 
この映画、ジャイ・ネパール映画館では今週木曜日まで。カトマンズ在住の皆さま、急ぎ観ましょう。金曜からはアミール・カーン髭でむんむんの歴史大作、「ザ・ライジング」と、注目作が続きます。
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