今年1月手元に届いていたが、何かと気ぜわしく、今まで紹介できなかった本がある。今もヒマではないのだが、こうしていると、ゴールデンウィーク頃にならないと紹介できなくなりそうで。
えい、やっ!
ネパール語を「独習」しようとする日本人にとって、福音と云っていい本が(2006年10月)出た。
著者は、多数のネパール旅行者・在住者に愛用されている、旅の指さし会話帳 ネパール でも有名。日本における、ネパール語・文学の第一人者である。
さて、私が日本でネパール語を独学した二十数年前は、この分野の歴史的名著、石井溥先生の「基礎ネパール語」大学書林刊、だけが頼りであった。辞書としては、鳥羽季義先生の「ネパール語基礎1500語」大学書林刊、という、ネパール語−日本語の薄い小さなものだけ。結局、カトマンズから取り寄せた「ネパール語大辞典」という、ネパール人向けに編集された、ネパール語−ネパール語の辞書しかない!という、大変な時代であった。
それが現在、1冊3万数千円という値段に目をつぶれば、ネパール語−日本語、日本語−ネパール語の立派な辞書も出ている。これは、三枝礼子さんの労作で、大学書林から刊行されている。
今、カトマンズで、ネパールを専門としてご飯を食べている私にとっては、大学書林方面には足を向けられないのだが......いかんせん、これらシリーズは格調高く、取っつきにくい本ばかり。
学習時は???で理解できず、後年、ネパール語が読み書きを含めてある程度出来るようになってから見直して「ああ、そうだったのか。やっと分かった」という点、多々あるのが特徴。
スターウォーズ最終作で、やっと、第1作を見てから三十数年の疑問が解けた!と云うのに似た感じ。いや、それだけ、石井先生の本と鳥羽先生の本は、未だに読み返している。私の半生だ。
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一方、白水社の、特にエクスプレス・シリーズは、初心者に優しい心遣いの編集である。
CDエクスプレス ネパール語も、20章のうち前半の10章は、デバナガリ文字+ローマ字表記だけでなく、カタカナ表記が明記されている。あの文字を見て「ああ、こりゃダメだ」と挫けがちな初心者には、有り難いだろう。
文法解説も、言語学的な表記ではなく、最大限「普通の言葉で理解できる」ものになっている。練習問題もあり、真面目に取り組めば成果が出るだろう。
何より、付属のCDで、音を耳から確かめられるのが良い。CDのトラック番号が、本に明記されているのも使いやすい。まあ、吹き込んだネパール人の方の発音より、著者である野津さんの方が、日本人の耳でピックアップしやすい(ネパール人より明瞭な)発音である。せめて最初の数章、野津さんによる吹き込みがあったら良かったのに.......と思うのは、私が著者を存じ上げているから。
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これまでのネパール語教本に比べて、取り組みやすい本である。
この本とCDに真面目に取り組めば、ネパール語の初級〜中級レベルまでの能力が身につく筈だ。ここまで出来れば、使えるネパール語として、仕事や生活に役立つこと間違いない。
現在ネパール語を使っている人間にとっても、この本は有用だ。
今年1月、著者の野津さんの喋る、原理主義的なレベルでの正しいネパール語を、3週間聞き続ける機会に恵まれた。これで分かったことは、自分のネパール語が、発音も文法表現も、非常に独り善がりになっている.....と、いうこと。
私の回りのネパール人たちは、私の喋りに耳が慣れて、おかしなネパール語であっても理解してくれる。しかし、嫌みなほど正しい、しかも耳で聞き取りやすい発音に接すれば、何が違うのかくらいは、私も理解できる。
本の解説で文法を確認し、何気なく口から出している自分のネパール語を、論理的に検証したり矯正する。CDで、ネパール語独特の発音に耳を澄ませる。そして真似てみる。そんな使い方も出来る。
私にとってネパール語は、目的ではなく「手段」に過ぎない。ネパール語は、道具である。だ・か・ら、良い仕事をするために、道具は時々磨いで、切れ味鋭くしておくべきなのだ。
CDエクスプレス ネパール語は、良質の「砥石」になるだろう。
ピアノ練習の、ハノン......と同じ。
山下洋輔さんのフリージャズ・ピアノのようなネパール語を使いこなしたいが、基本がダメでは崩せない。
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ところで、(この本に限らず)教則本は「正しい(正しすぎる)言葉」のみであるため、これをもって、ネパール人の会話理解の全てが出来るようにはならない。
例えば、カトマンズなど都市部の人たちは、ネパール語会話の中で英単語を多用する。名詞だけでなく、形容詞も英語を使うことが多いので、英語の単語能力がないと理解できないことも多い。西洋型インテリ源ちゃんネパール人と会話する時は、これを実感する。
そーゆーことって、実はすごく大切なのに、教えてくれる人っていない。ネパール語の海に飛び込んで、溺れそうになりつつ、自分で覚えるしかないのね。
また、ネパール語以外の言語を母語とする人たちは、訛りのキツいネパール語をしゃべる。これまた、正しいネパール語の音から上下左右にフレキシブルな聞き取り能力が要求される。
私が昔通った、アメリカ政府が経営する、アメリカ英語を教える語学学校では、上級クラスになるとワザと、スペイン語訛りやイギリス式発音の英語もヒアリングさせられた。アメリカ式実利主義は、教わる身にとって、有り難かった。
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とまあ、難しいこと考えずに、ひとつ買ってみてくださいな。
ネパール語の扉が、開く.....可能性は、過去の本よりずっと高い。