けぇ がるね?日記

ネパールの首都、カトマンズから発信しています。

外国暮らしのいろいろ

三本線の謎〜ネパール政府系レポート表紙

すったもんだのあげく、ネパール新憲法草案が制憲議会に提出。審議に入るところまで漕ぎ着けた。震災がもたらしたミラクルであるが、本当に公布出来るかどうかは、ぎりぎり直前にならないと予測つかないだろう。論議分かれる点については「先々ゆっくり決めるわいなぁ」と明記される可能性高く、現在の暫定憲法のままで「いいじゃないの」「ダメよだめだめ、憲法フィニッシュして、外国からの復興援助ガッポガッポもらうのよ」と、政界のイヤらしさも感じられる昨今である。

詳しくは、谷川先生の「ネパール評論」を(いつも頼りにしています)。 

さて、憲法草案の表紙に縦の三本線が見られる。
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ネパール政府系のレポート表紙には必ずと云っていいほど描かれる三本線。これ、やこれも。 以前ネパール政府と仕事していたときも、表紙は必ずこれ。

「三本線、何の意味があるの?」

と官僚諸氏に尋ねてみたが、誰からも満足いく回答は得られなかった。前例主義、考えない主義なのだろうか?この三本線を見るたびに「また、(外国人的視点では)使えない紙を作りやがって...と、内容見る前にウンザリしてしまう悪い習慣がついた。

どなたか、三本線の意味をご存じであれば教えていただきたく。みなさまにお願いする次第です。

毛沢東でも考えない!エベレストトンネル

日本をはじめ、世界のヒマラヤニスト、ちべ者、ネパール者を震撼させた「ちうごくエベレストトンネル鉄道大作戦」報道につき、冷静に考えてみたい。先ずは位置関係。

下の地図、クリックで拡大してご覧いただきたい。
西蔵鉄道

ちうごくが云っている「ラサからネパール国境までの鉄道延長」は、まず間違いなくシガツェを経由して、報道が正しいとすれば、吉隆(ギーロン)というネパール国境に近いチベットの街までと云うこと。この場所はカトマンズ盆地から真北。古いチベット交易ルートである。

エベレスト(サカルマータ/珠穆朗瑪)のエリアにわざわざトンネル掘るとは、現在の道路の位置から考えるに現実的ではない。チベット高原の中で比較的土木工事が可能な地理を選んで道路が作られているはずであるから、鉄道に関してもこれから大きく乖離するとは思えない。毛沢東だってそんな無茶はしないよ!

エベレストじゃなくて、今でも比較的静かな山旅が出来る「ランタン・ヒマラヤ」地域が、鉄道建設でズタボロにされる心配をしよう。ヒマラヤはエベレストだけじゃないんだから、さ。

今日のネパール報道から

いつものThe Himalayan Times紙より、気になったニュース抄訳。

豚インフルエンザ感染者在宅治療の是非、カスキ郡医療行政
http://epaper.thehimalayantimes.com/Details.aspx?id=1426&boxid=29132052&dat=2/24/2015
報道より...
 隣国インドにおいて、ここ数ヶ月で700人以上の死者を出している豚由来ヒトインフルエンザ(H1N1)。インドからの観光客が多い観光都市ポカラを擁するカスキ郡でも、ネパール人罹患者が出ている。
 ネパールにおいては血液サンプルをカトマンズに送って検査をする。また、郡病院の隔離病棟に入院させるべきであるが、通勤・通学等の外出を控えることを指示して自宅療養させている。

けぇがるねのひとこと...
 H1N1インフルエンザの場合、日本では罹患患者が多すぎて自宅療養となっていたと記憶。ただし医療体制が確立され、国民の栄養状態も良好な先進国。気候や栄養状況厳しい途上国では、先進国なら何でもない病気が多くの人にとって命取りとなる危険性高い。インフルエンザ然り、下痢然り。インド/ネパールは両国民のビザなし相互入国が自由であるため、他人事ではないのだと思う。
 ところで、日本であれば赤丸で隔離される「腸チフス」「赤痢」「コレラ」や、入院治療となる「肝炎」などの伝染病。ネパールの病院では劇症以外「よくある普通の病気」扱いで、鉄板で自宅療養となる。

ネパール考古局、ネパール国内世界遺産の数を力説
http://epaper.thehimalayantimes.com/Details.aspx?id=1434&boxid=29179488&dat=2/24/2015
報道より... 
 ネパール考古局は、ネパール国内にあるUNESCO世界遺産は2ヶ所だけで、それは「カトマンズ盆地」と「ルンビニ」であると力説する。カトマンズ盆地内にある世界遺産モニュメント7ヶ所(カトマンズ/パタン/バクタプル旧王宮エリア、ボーダナート、スワヤンブナート、パシュパティナート、チャングナラヤン)を別々の7つの世界遺産とカウントするのは間違いである。各種報道のみならず、ネパールの学校で使用される教科書にも同様の間違いが見られるとのこと。

けぇがるねのひとこと...
 この新聞記事自体、半分間違い
 ネパール国内のUNESCO世界遺産は、正しくは4ヶ所。文化遺産として「カトマンズ盆地」及び「ルンビニ」。自然遺産として「サガルマータ(エベレスト)国立公園」と「チトワン国立公園」。2ヶ所と明言するなら、文化遺産Cultural Heritageと書かなくてはいけない。ま、小役人さまたちは、(文化観光民間航空省傘下の)考古局が管理するのは文化遺産だけで、(森林土壌保全省傘下の)国立公園局が管轄する自然遺産なんて知らんもんね。というところか。
 カトマンズ盆地が各遺産地区個別でなく盆地全体として世界遺産であるのは、日本で云えば「京都」が世界遺産なのと似ている。カトマンズ盆地全体ではなく、歴史的・文化的価値あるエリアに限って保全が義務づけられているという訳だ。
 ところでネパールでも、これら以外の古い街並みも世界遺産に登録しよう!世界遺産ブランドで観光振興だ!!という動きがある。近い将来、UNESCO世界遺産はモンドセレクション金賞程度になっちゃう、かもね?言い過ぎか...

ヒマラヤ登山、カトマンズの「躓きの石」

今年春シーズンのエベレスト登山、ネパール側からの登山申請がゼロであるという。 The Himalayan Times 2014.02.16付け元記事/画像クリックでリンク
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アメリカの思索する登山家、アラン・アーネットさんのブログも興味深い。
http://www.alanarnette.com/blog/everest/

昨年春、エベレスト史上最悪の雪崩事故がきっかけとなり、ほとんど全ての登山が中止になった。このいきさつについては過去のブログにも取り上げた通り。
http://blog.livedoor.jp/upreti/archives/cat_50021864.html

さて、昨年の異常な事態に対する救済策として、登山がキャンセルとなった申請に対するパーミッション(登山許可)の5年間有効が検討されてきた。ネパール側からの登山許可は、登山者ひとりにつきネパール政府に支払う登山料だけで、邦貨百数十万円と非常に高額である。

実績ある商業登山隊に参加する場合、代理店への支払い金額、国際航空券、装備等合計して、ひとり5〜7百万円程度必要だと聞き及んでいる。エベレスト以前のシーズンに、チョオユーやマナスルなど他の8千メーター峰で経験を積む必要がある場合も多い。世界最高峰の夢実現には、1千万円前後の資金と、数ヶ月の休暇が不可欠という声もある(なので昨今、特に欧米からは医師、弁護士、実業家などリッチでフィットな層が集まっている印象)。いくら先進国からとは云え、これだけのものを賭けて挑む外国人にとっても切実な問題である。

また、救済措置を申請グループごとではなく、登山者個人個人に対しての権利として認めることも協議されている。登山者がハンドリング登山代理店を変更することを可能とするためである。なぜなら、2014年までネパール側でのエベレスト商業登山隊を結成していた代理店の中から、ネパール側ルートからのオペレーションから撤退するところも出ていることへの対処だ。

昨年春、エベレスト現地での混乱が終結して以降も、カトマンズの観光省、財務省等と政府閣僚の間で、外から見ると全く無責任なやりとりが続いてきた。そして、既に登山のロジスティックス手配が佳境を迎えるべき現在に至っても、ネパール政府は決済を出さずにいる。

エベレストは国の宝、国民の誇りなどときれい事を言うその実、カトマンズの政界、官界にとってのエベレストは「所詮この程度のもの」だと理解するしか、他に考えようもない。

今年春のエベレスト登山の一定の数が、ネパール側からチベット側(中国政府の許可)に流れると予測されている。また、中には、ぎりぎりまで事態の推移を見守っているチームや代理店もあるだろう。中国側の登山許可は北京の意向で突然キャンセルされることもあるし、特定の国に対して厳しい可能性もある。そんなリスクもあるし、同時に、あまり間際では許可されない恐れもあるだろう。ネパールへの申請とチベット側への転戦のタイミング。ぎりぎりまでのチキンレースを強いるネパール政府は、実に腹立たしい。

今年、ネパール側からの登山が限りなくゼロに近くなり、ネパール政府が反省するきっかけ「躓きの石」となるのか?それとも厚顔無恥を貫き通して世界の登山界から見捨てられていくのか?見守り続けたい。

同時に、ネパール側/チベット側の変更で発生する手配の大変さだけでなく、BC登山隊応援トレッキングツアーを企画されているみなさん。根本的な計画見直しを強いられるであろう事、ご苦労思うに言葉ない。登山隊BC滞在サポートトレッキング(普通のトレッカーはBC滞在が許可されないため、希少ツアーとなる)等、付随するツアー商品の成功は、商業登山本体の安全確保にも良い影響を与えるものだと思う。安定した資金確保は、安全確保の重要な要因だ。

登山、イコール生活がかかっているネパール人登山界からもどのような声があがるだろうか?引き続き注目し、経過をお伝えしたい。

気になる話題の続報、もろもろ

タメルと王宮通り、24時間営業認可か?The Himalayan Times元記事

カトマンズ市内の繁華街。レストラン、ナイトクラブ、ブティック、航空会社、旅行代理店等が並ぶ...

タメル: 外国人観光客のためのエリアであったが...最近は押し寄せる中国資本レストラン等で、賑々しくも趣きない「壊滅的新興チャイナタウン」化が進行中。地元ネパール男性のための風俗店も、ちらほら。

王宮通り King's Way: ナラヤンヒティ王宮(現、博物館)から南に続く。元は、国王一家居城の権威に基づく、ネパールで一番ハイソな通り。タメルに比べると上品なレストラン、ホテル、舶来品高級ショップも並ぶ目抜き通り。

現在はレストラン、ナイトクラブ、風俗営業共に夜10時前後には閉店の行政指導が入っている(が、警察官とネゴネゴして何かを握らせ、シャッター閉めて中で営業する店もある)。これを大胆に、2ヶ月以内に24時間営業を許可しちゃおう!っていう話が、カトマンズ郡行政事務所、カトマンズ市役所、カトマンズ市警察、タメル地区観光開発委員会でイケイケ、ドンドン、アゲアゲで検討されているという噂であったが...現地新聞報道で、あり得そうな、妥当な話が伝わってきた。

曰く、タメル地区観光開発委員会は24時間営業に踏み切る前に、防犯監視カメラの整備、警備員の配置、信号、街灯、駐車場、ゴミ処理等のマネジメントが不可欠であると考えている。先ずは週に2日間だけ。金曜と土曜日の24時間営業を試験的にはじめる。この影響と観光客、顧客からの反応を見て、先行きの見通しを立てたいとのこと。

みなさん、タメルや王宮通りで、オールしたいですか?うーむ...と否定的になるのは、私が年とったから。大昔、バブル景気の大学生だった時代は、新宿や渋谷で朝まで飲んでたけど。カトマンズでそれ、やりたいかなぁ。街や社会のノリが違うような気がするのは、私だけだろうか。

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高潔なるアイドル公務員、決定!The Himalayan times元記事

きれいな生き方をしている公務員は社会のアイドル!と、何だか不思議な、納得出来るような、何かが根本的に間違っているようなテレビ番組の結果が出たらしい。公立学校の先生が優勝したとのこと。

カトマンズ盆地のすぐ東隣。カブレパランチョーク郡バンチタルの公立学校の教諭ギャンマニ・ネパールさん。彼の15年間の教員生活で、勤務校の教員出席率を90%に向上させ(生徒ではなく、教員の出席率ですよ!)、生徒の(進級試験)合格率を14%から60%に向上させた(ということは、4割は落第)。

彼は自分の携帯番号を生徒や父兄に教えて、ずる休みしている教員の状況をチクらせることで、教員が出勤せざるを得ない環境を作ったとのこと。

日本の公立学校教諭のみなさん、ネパールに来ればあなたもアイドル教員ですよ!いや、日本の真面目な、普通のあなたが、輝ける場所がネパール...かも?いやいや、ネパールの役人根性の中に入れば、空回りするばかり。

ちゃんと仕事している民間企業や団体は、ネパールにも沢山あるけれど。ネパール公務員人生って、何が楽しいの?ネパール本省の役人ども、援助のお金で外国に行ったことを自慢する輩が多いが、それくらいしか楽しいことはないと云う事か。残念な人生だと思う。一部、大変優秀で立派な公務員もいる。そういう方は出世を極めて本省の次官になったり、途中で国際機関や国際的企業に転職していったりする。

ごめんなさい。偏見入ってます。それだけ、いろいろ、見たり聞いたり体験したということで、以下自粛。でも、一生涯忘れないからな。だから、自粛しなよ...

ネパールの公務員

高邁な生き方を啓蒙することで、社会の汚職を撲滅することを活動目的とする国際NGO Accountability Lab の主催による、新たな種類のリアリティ・ショウがネパールで展開されているようだ。

Integrity Idol Nepal 2014 (高潔なるアイドル公務員をさがせ!)
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ロイター通信の記事によれば、300人を超える公務員からの応募があり、上の写真の5人がファイナルリストにノミネートされている。職種としてはヘルスワーカー、公立学校の教師、郡教育事務所職員、母子保健プロジェクト従事者とのこと。

学生たちからの質問に答えるセッションが30分の番組として、先週放送された。昨日真夜中まではソーシャルメディア、携帯電話SMSやメイルなどを通じて、一般市民からの投票が行われていた。そして、多分、ネパール時間今夜8時から、ネパール国営テレビの娯楽チャンネル NTV Plus で放送される番組で優勝者が発表される。

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高潔な公務員をさがすことがテレビ番組として成立する、イコール、清廉な公務員が少ない!ということだ。

Transparency Internationalが発表した、世界汚汚職度リスト(汚職が多いほどリストの後ろ)でネパールは、今年世界175カ国の中で126番目にランクされている。昨年は116番目であったが、状況は後退したとも云える。ネパールは「汚職が蔓延る社会」と云える。

これは公務員の世界に限らず、政治、そして本来、社会に対して誠実であるべきNGOの資金についてさえ、不明瞭、不適切な事例が発生している(もちろん、誠実な活動と資金処理をするNGOも沢山ある)。体制の一部に蔓延る問題ではなく、社会全体として取り組んでいくべき課題である。

その中で「公務員」が取り上げられたのは、ネパールにおける汚職の典型的な事例であるからだ。と、思う。

ネパールやネパール人を嫌いになりたければ簡単だ。ネパールの役人を相手に仕事をしてみればよい。

「この決済を認可して、社会に利益があるのは分かります。でも、私には何の得になるんですか?あなたは仕事が成功するという利益を得る。でも私には何の得にもならない。一方的に私が損をしてるじゃありませんか」

上から下まで、この台詞をドヤ顔で、ときに小声で吐き捨てる公務員は多い(※個人の見解には相違があります)。

元々、そういうことを主張して当然と考える社会階層や特定のカーストグループから公務員を目指す人材が出て、公務員になってみて回りもそうで更に増長し、バレなきゃいいのだ!オレさまは悪くないのだ!!と、ますますねじ曲がっていくのではないだろうか(※個人の見解には相違があります)。


ネパール最大の祭り、ダサインはネパールにおいて、邪悪な悪魔を正義の女神が退治したことを祝う祭りである。力を持つ邪悪が蔓延り、退治されない。正義が実現しない社会であるからこそ、人々は願って、神話の中での正義実現を熱狂的に祝うのである。この点について指摘するネパール人に、巡り会えないのはナゼだ?


ネパールの村々で、正直に働き、人や自然に感謝して生きている人たちに巡り会える仕事に戻って2ヶ月。ネパールは美しい、と、しみじみ感じる。先進国から来た我々は助けるのではなく、ネパールの人たちに「助けられて」はじめて仕事が出来ることを再認識している。

美しい人たちのもとを短期間訪れるだけでなく、その社会の中で自分自身中・長期的に、ネパールの人たちと一緒に、小さくてもネパールの役に立てる事業を開始するべく準備も進めている。来年には、スタート出来ることを願っている。

ネパールのため、になることで、自分の満足感、幸福感にも出会えたら....ありがたいことだ。
 

ネパール、1,000ルピー札の都市伝説

本日2014年10月16日、ネパール日刊英文紙 The Himalayan Times 記事を抜粋紹介する()カッコ内文章は当ブログによる注釈。 題して
「1,000ルピー紙幣に描かれた象の画像、野生動物専門家さえも困惑」

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The Himalayan Times 元記事(英文)リンク

ネパールにおける紙幣流通は、1945年より始まった(それ以前はコインのみであった筈)。現在に至るまで最高額紙幣である1,000ルピー札は、1969年12月にはじめて紙幣印刷された。この時の図柄は、表は当時のマヘンドラ国王肖像。裏面はアンナプルナ連山と山村風景であった。 / リンク元ページ

その後1974年12月からは裏面の画像が長い牙を持つ象に変更され、現在まで継続されている(表面は歴代国王、共和制樹立後はエベレストと変遷)。
ネパール紙幣の変遷ページ(一部記事と齟齬する年代表示あり)。

ネパール・ラストラ銀行(ネパール中央銀行、日本で云うなら日銀)発行のネパール紙幣・コイン一覧によると、この図柄は「雄のアジア象」と説明されている。しかし、(野生動物)専門家は疑問を持っている。

図版の象は、アジア象とアフリカ象両方の特徴を有している。
象の専門家ナレンドラ・プラダン氏はThe Himalayan Times取材に対し証言した。

頭頂部にふたつの突起があるところはアジア象の特徴である。
しかし、身体と耳の大きさは、アフリカ象の特徴を示している。
肩の高さが頭部より上であるのも、アフリカ象的である。

一方、世界自然保護基金WWFネパール事務所に勤務する別の専門家は、異なった見解を表明した。
図版の象をアジア象ではない、と断定することは出来ない(アジア象と仮定することが出来る)

耳の大きさは、アフリカ象ほど大きくはない。
身体の形はアジア象に似ている。
しかし、この図柄は(アジア象の)自然な姿を描いてはおらず、美的に再構築されたものと考えられる。

アフリカ象とアジア象の比較 一般論

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(紙幣発行の当事者である)ネパール・ラストラ銀行は、図版の由来についての認識を示す事が出来ない。曰く、

かなり以前に採用された図版であるため、誰がこれを採用したのか?どこから抜粋/引用した図柄なのか?我々は知らない。
しかしながら、美術作品ではない。

同時に、ラストラ銀行担当者は以下のようにも証言した。
紙幣に描かれた全ての動物図版を、ネパール国内で生息するものに変更することを予定している。

予定通りに進めば、1,000ルピーの動物図版は近々に、チトワン国立公園で誕生した双子の赤ちゃん象とその母親に変更される。


紙幣にまつわる不思議が、40年間も放置されてきた。過去千ルピーは超高額で一般的に流通していなかったとしても、少なくともここ10年は日常でも目にする、手にする、使用する紙幣として身近である。
信じるか信じないかは、あなた次第です(キッパリ指さし)。
やりすぎ都市伝説かいな?ハローバイバイ、関暁夫〜

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以下、当ブログの見解。

現行1,000ルピーの象は、チトワンなどで観光客を乗せている「人に飼われているアジア象」とは違う印象だと思う。しかし、私自身が2002年、バルディヤ国立公園でカルナリ河の中州で「野生の雄象」と遭遇し、気づかれて威嚇され、恐怖で逃げ惑った時...威風堂々とした象の姿。長い牙。現実はどうあれ、私の頭の中ではこの図版そっくりなものとして記憶 されている。

こちらに突進してくるかのごとく、象は1歩、歩み寄ってきた。その時の恐怖。踏み殺されると感じた。野生の象がどんだけ恐いか。ふと、その時、象に気づかれる直前に撮った写真を探してみた。

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あれ?牙短い。え゛っ?記憶では1メートル以上、うにょ〜んと突き出ていたと思ったのに。記憶って、アテにならな〜い!!

最後に、ネパールの象さん、典型的なイメージ。

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ジャングルサファリで人を乗せる象さんたちの過酷な飼育環境とか、象の結核蔓延など悲しいお話しもあるが、それはいつか、別の機会に...

リングロード拡張工事の現実

カトマンズの真夏を彩る、大木に咲く紫のジャカランダ並木を撮ろうとリングロードに出てみたら。花はまだちらほらしか咲いていない。

その一方、カトマンズのカランキからパタン郊外を通り、再度カトマンズのコテソールまでのリングロードは、拡張工事の真っ最中。

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リングロードとは、カトマンズとパタン市をぐるりと囲む、27kmの郊外環状道路である。今から30年ほど前、中国政府の援助により完成した。

市街地の拡大と郊外に開発されている住宅地とのアクセス。急増する車両やバイク。急激な都市化の進むカトマンズ首都圏の需要を満たすため、今回も中国の無償援助により対向4車線ずつ、計8車線の道路に拡張が進められている。現在第1期工事として、カランキ〜コテソールまで9km区間が工事されている。

これまでの道路部分が中央にあり、その左右、グリーンベルトとして残されていた空き地が掘り返され、排水溝等の工事が為されているのだが。

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道路部分の昔の埋め立てと、30年間のアスファルト舗装の層により、新規拡張部分との間に大きな段差が生じている。

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これは今後盛り土をして、道路と同じ高さになるのであろうが。現在掘り返して、ガードレール等の防御も無しに車やバイク、歩行者が通行している。横に置いた自転車と比べて、段差の高さが分かる。

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今のところ大きな事故は起こっていないが、乗客を満杯に詰め込んだバスが突っ込みなどしたら。大惨事になる事、この写真からだけでも想像出来るだろう。
 
いやはや、チャイナ式土木工事。しかも、ネパール。命あっての物種である。 

私の嫌いなネパールの祭り、ホーリー

アンタ、どんだけネパールが嫌いなの?って。私の嫌いな祭り、ホーリー(祭りの概要はクリックで)が日曜日にやってくる。はい、春の訪れと豊作を祈願する祭りで、仲間内で当日水や色粉をかけ合うのについては何も不満ございません。

問題なのは.....

祭りの一週間前、カトマンズ旧王宮広場に「チール」という色とりどりの布で飾られた柱が立てられます。これ以降1週間は、ホーリーの遊び解禁と相成るわけで。で、道行く見ず知らずの人に、家の屋上や窓から水をザパーッ!とふっかけようが、水風船を投げつけようがお構いなし。住宅街をジョギング中、色水をぶっかけられたこともあり。水風船だって、4階建て5階建ての家も多いカトマンズ。当たるとアザが出来るくらい痛いこともある。甚だしい場合は、汚水を投げつけてくるから。

腹が立つのは、隠れて、道行く無防備の人を攻撃するってこと。卑怯千万であるが、抗議すると「コレハ、ネパールノ ブンカ フウシュウ デース」と鼻の穴をふくらませるDQNが多いこと。

ホーリーとは、卑怯と弱いもの虐めがネパールの伝統文化であることを、子供に教え込む祭りである。 この延長線上に、バンダもチャッカジャム(交通封鎖)もあるわな。

ネパールの老人は嘆く。昔はこんなじゃなかった。もっと穏やかに楽しく、仲間同士で楽しむ祭りだったと。

しかし、今年、ホーリー前の無差別水攻撃が目に見えて収まっている。今までぬるかったネパール警察が今年は、知らない人に水や粉をかけることを厳禁。アルコールや大麻をキメてバイクや車を運転するのも厳罰に処す。やった場合は逮捕して司法手続きに送る(去年までは拘束だけで釈放していた)。家の屋上からやった場合は誰か分からなくても、その家の持ち主を逮捕する。 と。

毎年店先で売られる水鉄砲が、今年は殆ど見かけない。 

いいぞ、警察。つーか、毎年の乱痴気騒ぎに、市民が疲れたのかもね? ホーリー当日、ご家族親戚、ご近所、お友だちで楽しく、節度ある一騒ぎは良いものよ。それこそ、素晴らしいネパール ノ ブンカ デース!

ホーリー、ヘーィ(ホーリー万歳)! 

私の嫌いなネパール Nata Parcha と Bhaujyu 〜2

申し訳ない。すぐに続きを書くようなことを云いながら(その1記事)1週間も間を開けてしまった。引き続き、

私がどうしても好きになれないネパール語/文化
Nata Parcha ナタ パルツァ 親戚です(縁戚です)
Bhaujyu バウジュー 兄嫁、または自分より目上の男性の妻に対する呼称「義姉さん」
について、意固地な考察を続けよう。

日本人の常識では考えられないほど、地縁、血縁、一族、家族の結束が固いのがネパール。政府、為政者や有力者が何も保護してくれない(危害を加えられる事は少なくない)社会体制が長く存在したため、自分、家族、親族での相互扶助と防衛がないと生きていけなかった為。という側面がある。

初対面のネパール人同士では、出身地や家族構成について根掘り葉掘りたずね合う。民族やカーストが同じ場合、特に伝統的に通婚が可能なグループ同士となると、広い親戚のどこかで、血縁や婚姻関係で繋がっていることも多い。

「おお、では、ナタ パルツァ(親戚)じゃないか!

と、喜び合う。先日私もとある初対面のネパール人から「ナタ パルツァ」と云われたのだが、どういう関係かと聞くと、うちの亭主の母方の従兄弟の親戚筋とこの人の親戚が結婚している.....らしい。で、続いて

「だから、あなたのご主人はボクのダイ(兄さん)にあたるし、あなたはバウジュー(兄嫁)なんですよ。ね、ね、ねっ、ボクのバウジュー!」

はっきり云いましたわ。

「私はネパール人じゃないし、日本人としても大変変わった考え方をするので明確に云います。私の考えでは。そして多分、現代の日本人の多くも、その程度の関係は親戚とは考えません。ですから、私はあなたの兄嫁でもありません。私には名前がありますから、画一的な呼称であるバウジューと呼ぶのはやめて下さい」

「は?でもね、ボクたちのネパールでは、あなたはバウジューな訳で。ね、ね、バウジュー」

コイツから後日フェイスブックの友だち申請が届いたが、秒殺で拒否。何故、私がここまで頑ななのか。それは、ネパール人の、目上に対する絶対服従と表裏一体にある、際限ない甘えに起因している。ネパールの人間関係。特にネパール男性にとっては、

父親、父の兄弟(父方のおじ)、兄、先生に対しては、絶対服従。
母親、姉、母の兄弟(母方のおじ)は、絶対的に庇護してくれる、甘えられる存在。

でもって、甘えられる男性の妻はもちろん、絶対服従系男性の「妻」は、夫の側の厳しさをフォローすべく優しさを振りまく寛容が美徳とされている。ネパールの考え方では、

バウジュー(兄嫁)は、母親と同じ

文化、習慣、価値観、順法精神と、全く異なる常識のネパールと日本。ごく限られたネパール人と折り合っていくだけでも心身すり減るのに、全く関係ないネパール人から「親戚だ」の「兄嫁だの」云われても、対処できましぇん。し、したくないわ。

具体的事例を書くのは控えるが、単に遠縁に当たると云うだけで、丸投げのブン投げで日本に行きたいだの(就労目的がバレバレ)、ビザを取る手助けしてくれだの、就職世話してくれだの。過去、努力しないネパール人をどれだけ薙ぎ倒して、自分の怪獣の言動を確立してきたか。本当に近い親族のある人は、一流ホテルの厨房での経験を元に、私たちに相談も迷惑もかけず自分で技能ビザとって、日本で成功して、家族も呼び寄せてる。逆に、彼らがネパールに一時帰国した時はお土産もらってる。

「あのね、私の場合はね、縁戚があってもなくても。あなたと私が個人として尊敬に値する存在で、個人として確立した良き存在であれば、仲の良い友人や知り合いになれる訳。それを飛び越えて縁戚を主張する人とは、私は絶対付き合いませんからね。経験上、そういう人とは不愉快なことが多いから」

今回私にバウジューと言い続けた人は、こちらで社会的経済的に確立された立派な人であり、私に何か集ろうとか、依存しようとしていないこと。分かっていた。が、許せよ。私をこんなにしたのは、ネパールなんだから。


バウジューと同様に、またはそれ以上にズブズブの甘えの構造に浸れる相手として、「マイジュー(Maijyu: 母方のおじの妻)」と云うのがある。うちの亭主の女きょうだいの子供たちにとって、私は、(ネパールの常識から考えて)理不尽に恐くて厳しいマイジューであり、親密な関係を築いていない子供たちが多い。だって、(日本の)常識では考えられないほど甘えようとするから、拒絶。しかし、ひとり。プロの報道写真家として確立して、今、対等な大人同士として仲良く付き合える子がいる。そいつだけなのよ、社会的に自立したのが。S、君は偉いよ!

結論として私は、ネパール社会の目上に絶対服従にセットされている、際限ない甘えの構造が嫌いである。と云うことなのだ。ねぇ、自立しようよ。精神的に。

私の嫌いなネパール Nata Parcha と Bhaujyu 〜1

私は基本的にネパールで幸せに暮らしている。その基本には、寛大なネパールの方々に受け入れてもらっているという認識があり、感謝の念もある。が、やはりこの国で生まれ育った訳でなく、ニホンという異文化の価値観を強く強く維持している意固地なオバサンでもある。

今日は、私がどうしても好きになれないネパール語/文化
Nata Parcha ナタ パルツァ 親戚です(縁戚です)
Bhaujyu バウジュー 兄嫁、または自分より目上の男性の妻に対する呼称「義姉さん」
について紹介しよう。

近年こそ、異なる民族やカースト、宗教間での結婚も社会的に容認され、いわんや国際結婚も増加しているネパールである。しかし、あまりに「違いすぎる」バックグラウンドの男女間では、家族の圧力で結婚に至る前に交際を断絶させられることもあるし、未だ、仲人がマッチメイクしたお見合い結婚の割合が高い。

「ラブ・マリッジ(恋愛結婚)は離婚する人多いですね。ですから、恋愛結婚は良くありませんね。お見合いがいいです」

と、ドヤ顔で云うネパール人は年配者だけでなく、まだ若い人にも多い。ああ、ネパールでは未だ離婚は社会悪なのであろうか!ネパール人、しなきゃいけないガマンは出来ず、しちゃいけないガマンを強要し、みんなで不幸になって傷をなめ合う「井戸の中のカエル」は、海を知らない。 

離婚しないこと=良いこと。離婚=悪いこと。という思い込みの上に、離婚も出来ない自由のない人生のマイナスは無視し、本来異なる座標軸に乗せるべき恋愛/見合い結婚と離婚について、乱暴な論理で語る。「ネパールでは、離婚はダメですね」って、ネパールじゃなくて「ボクの考えでは」「ボクの家では」だろーが!

結婚した以上、互いにガマンしたり妥協しあったりするべき側面は大きい。年数を積み上げて、幸せな家庭を築き上げることは大きな喜びだ。でも、世の中には良い離婚もある。離婚できる自由のある社会は、人間が生き易い。と、「私は」思うよ。

あ、話がそれました。ごめんなさい。本題は、その2として今週中にUPします。

SajiloとRaamro

汎用的に使われるネパール語の形容詞ふたつ。
Sajilo     サジロ 簡単/与しやすい/(意訳)便利
Raamro  ラムロ 良い/好ましい


これは私のネパール語能力が乏しいのかもしれない。ので、掲示板やFBで思い違いをご指摘いただけると有り難い。この部分、どなたに向かってお願いしているか、分かるでしょ。その「どなたか」さん。

ネパールでの仕事では、日本とネパールの「間」に入って交渉したり調整したりという、いわゆるコーディネーション業務が、私の得意分野である。有り難いことに近年、コーディネーションに加えて、より専門性を発揮できる業務も任せてもらえるようになった。しかし、思う。日本人とネパール人。日本社会とネパール社会を「つなぐ」。コーディネーションする能力について、これまた確固たる専門職である。そう、胸を張れる自分もいる。

日本側からは、複雑怪奇で理解出来ない(理解しようとすると面倒だから)ネパール組織に対して、日本の言い分を浸透させるツールとしての私。ネパール側も、予算を握っている日本組織に対して、私を通じればネパールの希望を伝えられるだろう。という、優越感/劣等感と損得勘定混じった感情。それぞれの国側から、日本語とネパール語で伝えれば、私の中で然るべき翻訳、解釈を経て相手側にアウトプットされるであろうという期待。有り難いことである。結果は出すけどね。

専門職としてのコーディネーションは基本的に有償であり、業務として発注された時に最大限発揮できる。お金の問題が一番。そして、仕事としてそれなりの大義名分を背負わないと(首から下げたIDカードとか、名刺とか)、世の中に切り込めない。怪獣スーツを着ないと、スーツアクターがステージでウルトラマンと対峙できないってところか。もちろん金銭が絡まずとも、自分が一個人として「これはやるべきだ」と確信を持てることも出来るのだが、こんな出会いは世の中限られている(でも、たまにある)。

さて、コーディネーションを期待される時、ネパール側がよく云ってくれるのが「あなたがいるとサジロだから」というもの。このサジロ。「あなたがいるとこちら(ネパール側)に便利(簡単)だから」というニュアンスが感じられて仕方ない。自分たちは一段高いところに立ち、私を使い回そうという黒いものが感じられる。

日本側がネパール側の主張を受け入れなかった場合、「あなたがいるのに、何故日本側を説得できないのか?」と、間に入った人間=私の能力が足りない、または私の過失のような態度を取ることが多い。立派な、偉い、高い階級にいるネパールの方たちは、絶対に間違わないのだ。と、思い込んでいる。彼らは(彼ら、である。ネパールの女性たちから、このような理論で責められることは少ない)。

一方、私に空しさを感じさせないネパールの人たちは、全く同じ状況でも、サジロとは云わない

「あなたがいると、ラムロ(好ましい)から」 と云ってくれる。

ラムロと云ってもらえると、こちらの気も強くなる。これはなんとしても、頑張ろう!と思う。でも、ラムロを使ってくれる人とは沢山出会えない。ラムロと云ってくれる人は、実はその人の方が私を助けてくれることが多い。例えば、うちの息子がバンコクに留学した時。アパート探しなど、私のタイ人の友人が助けてくれた。生活立ち上げの時は私も息子に同行することになった。その時、ネパールの家族は「おまえが一緒に行ってくれれば、ラムロだし安心だ」と声をかけてくれた。特に、孫が外国に行くことを心から心配していた義母が。

サジロとラムロの違いについては、ネパール語ネイティブである連れ合いに云わせると、違うニュアンスを込めて使い分けていないと云う。ので、私の思い込みなんだろう。が、気になるんだな。


仕事で衝突すること多かったあるネパール人。業務が完了し、挨拶に行った時。こう云われた。

「あなたはネパールの言葉も状況も分かるし、理解しようとするからつい、あなたの責任ではどうにも出来ないことまで何とかしてもらおうとして無茶な主張をぶつけてしまった。ボクたちにとってはサジロ(便利)だったけど、あなたにとっては実にガハロ(Gaahro 困難)だったと思う。分かっちゃいたけど、つい、やっちゃった。でも、キミと仕事出来たことはラムロ(良い経験)だったよ。忘れないからね」

私にサジロを求める相手にも、衝突しながらも誠実にぶつかって、ラムロと感じてもらえる結末に持ち込むことが、大人としての自分の、ネパールに戻ってからの進む道なのだ。と、最近やっと思えるようになった。

同時に、自分で抱えるだけでなく、仕事を人に振り分けることも増えてきた自分は、他人に対してもサジロじゃなく、ラムロな関係を求めていくべきなのである。「心」があるのは、私だけではないのだから。

何故ネパール人の年齢は不確かなのか?その5

ナマステ掲示板ネパール身の上相談フォーラム連動企画。その1(両国の戸籍制度)その2(暦の違い)その3(複数の暦ごとに誕生日も複数存在) 、その4 -1(ネパール人の嘘) に続き、ネパール人の年齢(誕生日)の不思議について。今日取り上げるのは、

3.ネパール人の「嘘」、傾向と対策 -2
このテーマも5回目。そろそろ結論としよう。 生年月日や年齢を詐称する/操作することは、ネパール社会ではどの程度悪いことと認識されているのだろうか?

私の個人的感覚だが、それ程大したことではない。良くないけど、すごく悪いことではない。と、考えられていると思う。これまで述べてきたように、そもそも自分の暦でない西暦での誕生日は単なる記号であって、自己のアイデンティティーに根ざしたものではない。選挙で負けたら、大政党でさえも「不正選挙だ。認めない。政治的配慮で議席を認めよ」と、ドヤ顔で主張する社会である。年齢制限ある応募なら、数年くらい年を操作してもいいじゃないか。正直者はバカを見る。ネパールで成功するためには、(狡)賢くないとダメなんだ。というのが、私が感じているネパールの価値基準である。

嘘についての基準も、文化によって差違がある。だから、ある部分の嘘は、日本人にとっては嘘であっても異文化の人にとっては「嘘じゃない」こともある。相手が嘘じゃないとして主張する部分は堂々としているので、つい、その場は凌駕されてしまうだろう。そして人間関係がある程度進めば、グレーな嘘は嘘と認められない。認めてしまうと、全てが崩壊してしまうから誰も触れられない。事態になりはしないだろうか。だ・か・ら、一部のネパール人が嘘つきなんじゃなくて、嘘に対する文化的物差しが違うことはないだろうか?

もちろん、ネパール社会と外国文化・社会の違いをきちんと理解して、外の社会での良識やルールに合わせていけるネパールの人たちは沢山いる。しかし、非難を恐れずに云うなら、良識あるネパール人の場合、外国人とビジネスや共同運営事業はすることあるが、恋愛したり結婚する機会は多くない。厳しい階級社会であるネパールにおいては、自分の属する文化・民族・階級の相手を選ぶというのが、良識のひとつ。 

敢えて異民族と恋愛したり結婚しようとする場合、そこに、「何か」が介在することは、当然。と、それくらいの気持でいるべきだ。本当に嘘のないネパール人と出会えたなら、それはあなた。そんな幸運は一生大切にして下さいね。同様に、嘘はネパール側だけですか?日本側は正直ですか?日本に良い男性はゴマンといるのに、外国人との恋愛や結婚を選択する背景や原因には「何か」あるかもしれません。相手だけでなく、自分の中にもある何かと向き合うことは、厳しいけれど大切なことかもしれませんね。

相手の嘘の背景を知り、その傾向を探り、対策を施す。自分自身、ネパール人男性の外国人配偶者として。そして、他所のうちの大切なお嬢さんと(出来れば他所の奥様とはやめてほしいが)恋愛を重ねていく年頃の、ネパール人イケメンの母親として。考えることしきりである。

何故ネパール人の年齢は不確かなのか?その4

ナマステ掲示板ネパール身の上相談フォーラム連動企画。その1(両国の戸籍制度)その2(暦の違い)その3(複数の暦ごとに誕生日も複数存在) に続き、ネパール人の年齢(誕生日)の不思議について。今日取り上げるのは、

3.ネパール人の「嘘」、傾向と対策 -1
ネパール人に限らず、どこの国においても誠実な人はいるし、不誠実なヤツらもいる。日本人と比べて、ネパールの人たちの方がずっと寛容で懐が深いと思う。ネパールで、ネパールの人たちに助けられて生きてきた私が云うのだから、みなさん信頼してほしい。その上で、私が出会った/見聞きしたネパール人の「嘘」の特徴や、嘘の出処がどこにあるのか?その傾向と対策を考えてみよう。ネパール人と云っても、社会背景に幅がある。日本に来られる経済環境の、都市部中流のネパール人というのを頭に浮かべて考えてみた。

ここで突然、話は日本の明治、大正時代に飛ぶ。今年の大河ドラマ「八重の桜」を思い浮かべていただければ分かりやすいだろうか。明治〜大正時代の日本男性の、生身の女性としての相手ではなく、自分の理想としての観念的女性を自分勝手に愛することを上から目線で表現した、その時代の小説やら評論を読んでみることをおすすめしたい。例えば、森鴎外、徳富蘆花、有島武郎。現代の私たちから見ると「イミフ」な美辞麗句、自分勝手な嘆きや美文。誰も幸福にしない、破滅的行動の美化。などが見て取れる。

ネパール人男性と恋愛するのって、明治とか大正デモクラシー時代の、選民意識に裏打ちされた昔の日本男性を相手にしている。と思うと、いろいろ腑に落ちることある。ネパールの開国から近代化、民主化のうねりの中、国王親政から立憲君主制と国王クーデターを経た、共和制への無血変革。日本で云えば、明治大正時、昭和の戦前戦中戦後が、ネパールでは現在進行形。社会や国際情勢、時代は同じではないし、ネパールが今後日本のような形式の社会や経済変革に進むとは思えない。国と文化と地勢的条件が違うのだから当然の差違であろう。その差違を考慮した上で、共通項を探りたい。
 

一例として、文豪鴎外・森林太郎先生。わざわざドイツから追ってきた女性とは別離している(事実も、文学作品でも)。「舞姫」なんて、もし、ドイツ人女性側の視点で考えてみたら、トンでもない酷い話。

鴎外はあの時代の巨匠・巨人であり、当時の日本から先進諸国に行った人たちはごくごく限られたエリートだけであったと思う。今のネパールの場合、普通の人がどんどん海外に出て外国人の異性と出会っている。結果、そのお話も文学じゃなく、草の根のものになっていると実感している。

この項、つづく....

何故ネパール人の年齢は不確かなのか?その3

ナマステ掲示板ネパール身の上相談フォーラム連動企画。その1(両国の戸籍制度)その2(暦の違い)に続き、ネパール人の年齢(誕生日)の不思議について。今日取り上げるのは、

3.ネパール人には、複数の誕生日がある
ネパールにおいては西暦でなく、ビクラム暦(ビ暦と略)が一般的に使用されていることは前回述べたとおり。ビ暦というのは北インドで、ヒンズー教に基づいて発展してきた暦の中の1つ。聞きかじり情報で恐縮だが、同じビ暦でも、現在のインドに伝わるビ暦と、ネパールのビ暦では差違があるらしい。起源は同じでも、ビ暦と地球の自転のズレから少しずつ季節と暦が合致しなくなっていたものをインドでは調整済みで、ネパールは調整していないようだ。

本論に戻る。ヒンズー教徒やネワール仏教徒の場合
 ◇ビ暦の誕生日
 ◇太陰暦の誕生日 (ティティ) 。月を基にする暦。1年13ヶ月の年もある。
の2つがあり、ビ暦の誕生日は公文書に。ティティの誕生日は、宗教儀礼など伝統的場面で使われる。年配の人の場合、普段はビ暦で暮らしていても、誕生日はティティで祝う事もある。ちなみに、亡くなった命日も、ティティが伝統的。

ビ暦とティティは年によっては1ヶ月近くずれる。このため、自分や家族の生まれた頃になると早めに占星術師の処に出向き、その年のティティでの誕生日がビ暦の何日か調べてもらうこともよくある。これを見る暦(パトロ)から深く読み取るためには、天文学など専門的勉強が必要だが、日の対照くらいならちょっと勉強すれば何とかなる。しかし、「知識」は力であり、それは人を支配する権力の基盤である。伝統的に暦の知識は限られた家系の男子に相伝されており、自分で勉強しようとか、女性がその知識を得ようとかしなかったと見える。

現代においては近代化の中ティティの存在価値が薄れ、知識を学習出来る人たちは増えたが、伝統的暦の学習や研究も広まっていない。


ここから先は、それぞれの民族の方々にご教示いただかなくてはならないが、私の知る限りで書く。

ネパールは数多くの民族から構成されており、その民族ごとに独自の文化が形成されてきた。文化の粋たる「暦」も、それぞれに存在する。例えば、首都カトマンズ盆地に高度な都市文明を築いたネワール族は「ネパール暦(ネワール暦、ではない。かつては、カトマンズこそがネパールであった) 」という暦があり、ネパールでは公式の暦の1つとして政府からも公認されている。

西暦2013年11月4日は、ビ暦の2070年7(カルティク)月18日であり、(ネワール族の伝統に基づいた)ネパール暦では1133年元日である。

このほか、チベット系民族にもそれぞれの暦があり、イスラム教徒にはイスラム暦がある。 このように
 a) 自分の属する民族・文化・宗教に基づく暦
 b) ネパール政府や伝統的支配階層の文化に基づくビクラム暦
 c) 諸外国とのやりとりをするため(だけ)の西暦
暦だけとってみても、異なった重層的背景がある。 ネパール国内でネパール人とだけで生活していれば、a) b) は重要だが、西暦は他人事の暦程度になってしまう。自分の文化背景に属さない西暦の日付、極論すれば西暦の誕生日なんて、そんなに重要でないよ。という気持が、(ネパールだけで暮らす)ネパールの人たちにとって本音ではないだろうか?

西暦の誕生日は、外国や外国人と付き合うための仮の日付、記号。 外国や外国人と付き合う時は本当の自分でなく、仮の自分。外国に来ている間は、フィクションの自分。

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これまで見聞きしてきた、日本人に対するネパール人の「嘘」の出処に、次回は話を進めたい。返り血浴びる覚悟で。 

何故ネパール人の年齢は不確かなのか?その2

昨日に続き、ナマステ!掲示板ネパール身の上相談フォーラム連動企画。ネパール人の年齢(誕生日)の不思議について考える。前回は原因として、1.日本とネパール戸籍制度の根本的違いについて述べた。今日取り上げるのは、

2.日本とネパールの「暦」の違い
明治以降の日本では、西暦が通常の暦として使用されている。伝統的祝祭などには、陰暦/旧暦も併用されているが、自分の誕生日となるとほぼ全員、西暦による日付しか知らないと思う。 ネパールではどうか?

ネパールにおいて公式な暦として一般的なのは、西暦とは異なる「ビクラム暦(以下、ビ暦と略)」である。 ビ暦も週7日間であり、曜日は西暦と同じ(文化的背景は異なるが)である。しかし、
 ◇ 新年は西暦の4月中旬から始まり、(西暦)次の年の4月中旬で終わる。
 ◇ 1ヶ月32日間ある月もある。
 ◇ 太陽暦と太陰暦のハイブリッドであり、西暦との日付は毎年ずれる。
 ◇ 現在(2014.4.13まで)ビ暦2070年であり、西暦より古い。

例えば、ビ暦今年(2070年)4月1日(サウン月1ガテ)は西暦2013年7月16日だが、10年前の同じ日を見ると、西暦7月17日と、1日ずれている。

外国とのつながりの薄い、普通にネパール社会だけで暮らしている人にとっては、ビ暦の日付だけ知っていれば生活に不自由がない。ほぼ全てにおいて、ビ暦がネパール社会の基盤(のひとつ)になっているからだ。西暦の日付など知らないことが、ネパールでは普通のこと。西暦の日付を気にしたり、西暦を元に生活しているネパール人となると、外国とのビジネスをしていたり、外国企業や事務所に勤務していたり、西暦を使う社会との特別濃い関係がある人に限られると云える。

一例を挙げると、以前ネパール国営の放送局に勤めていた人。腕時計のカレンダーが西暦の日付ではなく、ビ暦になっていた。彼曰く「32日ある月は、調整がめんどくさいんだよね。何でこのSEIKOの時計、31日までしかないんだろうね?」。その後、某外国放送局のカトマンズ支局に転職。しばらく経ってふと見たら、時計のカレンダーは西暦日付に変わっていた。グローバル基準に飲み込まれたのな。

このような社会であるから、自分の生年月日をビ暦では知っていたも、それが西暦のいつなのか?単純な換算出来ないため、ビ暦/西暦対照カレンダーなるものが売っている。ネットでも検索出来る。または、占星術師の処でも調べてもらえる。のではあるが、それをしない/出来ない人が沢山いる。世界はビ暦を中心に回っているというネパールの常識。いや、日本人も笑えないよ。役所など、在住来たばかりの外国人に対しても申請書に「平成何年」を書かせて、普通と思っていないだろうか?それのもっと強烈で広範囲の思い込み。と、考えれば理解しやすい。

生まれてこの方ビ暦の日付だけで不自由しなかった人が、外国に行く、パスポートを取る、外国の職や学校に申請する時、生まれてはじめて「西暦」に直面する。まあ適当でいいや、と、日付換算が適当であったりもする。

今はさすがにないだろうが、20年前、実際、西暦何年何月生まれ(日付記載なし)の、ネパールの正式なパスポート(しかもこの人、一般旅券だけじゃなくて外交旅券も持ってた) を見て驚いたことがある。持ち主の某氏は、驚く私を見て逆にビックリしていたが。このお方、その後、某外国の官憲から生まれた日付なしでは公文書として受け入れられません。と指摘を受け、で、「だいたい」「適当」な西暦の日付をパスポートに追記してもらったとか。結果、この人にはビ暦の正しい誕生日と、外国向けの西暦「適当」な、でも外国向けには公文書としての誕生後の2つが出来てしまった。本人、社会的地位のある人だが、全く平気で何の支障もないようである。

現在においても、ビ暦と西暦の日付換算の間違い等で、両者の日付が正しく合致していない例は少なくない。と聞くことがままある。西暦なんて、まあ付け足しだからどうでもいいのよ。という、ネパール独特のざっくり感があるような気がする。

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今日はここまで。次回、間違い勘違いなくても、ネパール人の誕生日は正式に複数存在するってホント?という、不思議なお話をしたい。

何故ネパール人の年齢は不確かなのか?その1

長らく放置していた当ブログを、久しぶりに更新したい。ネパールにどっぷり浸かり過ぎ、ネパール社会とネパール人(特に、ネパールの官僚機構)に対して疲れ果て、オバハンの心枯れ果て......であったのよ。日本で、ほぼ毎日湯船に浸かって(水と燃料不足のカトマンズでは、シャワーがやっとよ)、少し気持が回復してきた。

ということで、ナマステ!掲示板ネパール身の上相談フォーラム連動企画。 ネパール、この深き河よ!解説しちゃおうじゃん。何故ネパール人の年齢(誕生日)は不確かなのか?

現代の日本人の場合、生年月日というものはほぼ間違いなく、明確に分かっている。公文書、私文書にかかわらず、自分の年齢や生年月日を詐称することはタブーであり、このようなことが発覚すると世間から非難されてしまう。許されているのは、永遠の25歳プリンセス・テンコーさんくらいだろう。 

しかし、である。ネパール社会では現在に至るまで、社会的地位と名声のある立派な、誠実な人の間でさえ、パスポート等の公文書の年齢(生年月日)と本当の年齢(生年月日)が異なる。と云う例がある。私の身の回りでは、よくある。のだが、あり得る。あって不思議ではない。時々見かける。という表現を使うべきなのかもしれない。自分の経験だけが全てではないのだから。さあ、何故こんな事が起こるのか?その原因を考えよう。

1.戸籍制度の違い
現代の日本のような、医療機関と役所が法的に連動した戸籍制度。日本のような法律遵守社会の方が、世界的に見れば特殊なのではないだろうか。ネパールでは今でこそ、医療機関で生まれれば、誕生日と時間などが記載された文章を発行してもらえる。 しかしその後、日本の常識である「役所に対する出生届け出」については、異なる事情がある。

日本の場合、一定期間内に届け出をしなかった場合は法律に抵触する。しかも届け出るのは、役所の戸籍課と決まっている。 届け出の記載事実は、全国共通の戸籍台帳に記載される。ネパールの場合、最寄りの行政事務所に届け出ることが推奨されている。が、実際的にこれをしない事もある。届け出たとしても、日本のようなレベルで確立された戸籍台帳もない。

ネパールでこれに代わるのは、ひとつは a) 学校への就学。次に、b) 10年生終了後に受ける国家統一テスト(SLC)、最後に、c) 国籍カード発行である。 

a) 初等教育学校に入学する時、都市部の私立学校の場合、出生証明書の提出を求められる。生まれた医療機関のものがない場合、最寄りの役場に発行してもらう。親による申告であり、この時、親が故意なく、または故意に間違った/事実と異なる生年月日にしてしまうことがある。ここで「故意」のひとつとして紹介したいのは、ネパールでは、学齢より早く就学させてしまうことが、時にある(あった)ということである。

都市部の、一族全体の教育レベルの高いエリート家庭の場合、うちの子は賢いから、1年2年早く学校に入れてもついて行けるわ。早く教育を受けさせれば、それだけ優秀になる筈だ。という思い込みがあることが少なくない。周囲も、学校さえこれを知っていて黙認することもある。このような恵まれた、優秀な遺伝子を持った子供の場合、頑張ってついていくだけでなく、1年2年年上と張り合って、その集団の上位になってしまう子供さえいる。エリート層がこんな感じであれば、庶民もそれに習う訳で。逆になかなか学校に通わされず、学齢を過ぎて入学することもある。ネパールにおける就学学齢には幅がある。

名前についても、就学前は適当な「呼び名」だけで、学校に入れるに際し、正式な名前をつけて登録することもある。この呼び名、伝統的なところでは「長男(女)」「次男(女)」「三男(女)」....やら、「色黒」「おちび」、はたまた「ネズミっこ」なんてのもある。ヒンズー教徒の場合、生後11日目に占星術をもとにつけてもらう秘密の名前もあり、この名前は文字通り「秘密」なのである。宗教儀式の時だけに使う。ネパール人の名前の不思議さについては、また別の機会に書きたいと思う。

b) そういう子供が、10年生終了後の国家統一テスト(SLC)を受ける時。16歳であることにしないと試験を受けられないため、年上のサバ読みが確定されてしまう訳である。SLC受験で登録した名前、生年月日はその後、一生涯変更出来ない。学歴社会であるネパールにおいて、もしその後に発行された公文書との差違があれば、その人の教育記録として認められず、高等教育や就労の機会を失うこととなる。SLCで使った生年月日は、一生それを使わざるを得ないのだ。

さて、SLC合格は鋼鉄の門と呼ばれており、合格出来ずこぼれていく子供たちも全国的に見れば少なくない。教育の機会に恵まれない子供たちさえいる。SLCの記録と関係ない人生を送るネパール人の場合はどうなのか。

c) ネパール人は全て、16歳になると、国籍カード(Citizenship Card)の発行を受ける事が出来る。自分で地方行政事務所に申請し、ネパール人の国籍要件に合致していることを申告し証明してもらい、写真入りの名刺大カードの発行を受ける。パスポート等の発行や、高等教育、就労、各種登録に、一生涯不可欠な証明書となる。乱暴ないい方をすると、ネパール人は16歳になってはじめて、国民としての正式な証明を受けるのだ。

国籍カード発行を申請するまで、出生証明を持たない人もいる。この場合、親や親族が証人となって、申請者の戸籍事実を認めてもらう。であるからして、生年月日も自己申告。ここで、故意なく/故意に事実と違う情報が登録する事が起こりうる。

私の古い友人の話。彼は現在50台。カトマンズ近郊農村の出身の長男で、14歳の時父親が他界した。父には田畑を中心とする財産があったが、14歳では国籍カードがなく、遺産相続の手続きが出来なかった。当時の農村では、彼の母親(女性)名義で不動産を登記することを村社会が認めず、ヘタをすると父親の男兄弟たちに遺産を取られてしまう恐れさえあった。これをどうにかするため、彼は2歳年上だと云う事にし、16歳ということで国籍カードを作ったうえで法的に相続をした。その当時のネパールでは、他に方法はなかったそうだ。


現在、都市部の規律厳しい私立学校の場合、子供の発達にあった教育という常識が普及し、就学年齢は厳格に規定されている。であるから、上に書いたような柔軟な運用は不可能になったと云ってよい。遺産相続についても、女性や子供名義での登録の方法もある(だろう)。

しかし、ついちょっと前まで、カトマンズにおいてもいろいろ柔軟な対処が出来たのがネパール。今でも、そういう運用が100%不可能とは、言い難い。

現在の年齢20台、30台、またはそれ以降の、日本をはじめとする諸外国に来ているネパール人のSLCや国籍カード登録時、いろいろな事情で、事実と食い違う生年月日登録がなされていることは、充分にあり得る訳である。 

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今日はここまで。次のブログ更新で、2番目の原因として「暦の違い」という側面を考える。日本人が世界共通と信じている西暦が、ネパールでは「何、それ?」な存在であるとしたら........

愛の証は、山羊の脚

最近、疲れ果ててイライラしていた。疲労感で早朝起きられず、ランニングも出来なかった。そうすると余計に、イライラカリカリする。一番身近にいる人に、当たり散らしたり。

「あなたはねー、毎日アイロンがけが必要な服ばっかり着るし、パジャマさえアイロン必要なの自分で買ってくるし。あんたねー、毎日14時間停電で、私が丑三つ時に着た電気でアイロンかけてるのは知ってるでしょ。自分で洗濯やさんにでも出しなさいよ。ねぎらいの言葉もかけてくれないし、あなたの仕事の請求書だって自分じゃ作れなくてこっちに振ってくるし、たまには花でも小洒落たチョコレートでも買ってきてみなさいよ。あ゛〜、ネパール人と結婚した私がバカだったわ (゚Д゚ )ゴルァ!!」

で、もっと早く学習機能を働かせるべきだった我が亭主が、我が家定番の「私の疲労を軽減させる決定打!」を買ってきました。


山羊の脚、ざんす。

これを、香辛料といっしょにぶち込み、圧力鍋でぷしゅ〜っと、骨の髄からゼラチン質がたっぷり溶け出したスープにするのですよ、奥さん。料理上手な亭主直伝で、我が家の住み込み書生くんが作ってくれる。で、これが、ほこほこほっこり、体の芯から温まる。ネパールでは伝統的に、出産直後の女性などの滋養食なのだ。これを食べたら、なななんと、翌日は走る元気が出てきた。

バラの花束より、山羊の脚。くぅ〜っ、泣けてくる。

私が疲労して果てて、山羊の脚スープさえ受け付けない身体になったとき、私の命の炎も消えるのだ.....と、思う。その日はまだまだ来そうにないので、めぇ〜めぇ〜鳴きながら、もうちょっとガンバってみるかな?

持つべきものは、肉屋に「ダンナ、脚だけですかぃ?山羊の肉はいらないんですか」とイヤミを言われても、ちゃんと山羊脚をゲットしてくる亭主殿だ!きっぱり。

ありがと〜 

健康診断で、風邪悪化

中東アラブの盟主エジプトの騒乱、政変。ついにムバラク辞任。歓喜にわくカイロ市民....だが、これからが大変だろう。転換期は、独裁時代より生活環境が悪化することも多い。だからといって、昔ばかりが良かったとは、思いたくない。ネパールで痛い目を見つつ、そんなことを思う。

しかしこれ、中東政変ドミノだぜ。国際ニュース、しばらく南アジア、特にネパールのような弱小国は「枠に余裕がありません」「買ってくれません」状態か?ワシ、そーゆー業界なもんで。

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さて、木曜日、ネパールでは立派なことで有名な、タパタリにある某N私立病院で健康診断を受けた。3月下旬から2ヶ月以上、エベレストの高所での仕事が予定されている。加えて、1月、2回のマラソンレースをやってしまったし。はたまた、昼間プロジェクトの仕事、夜はニュースや番組の取材やリサーチと、さすがに目まいがする日々であるし。

各種ヘルスチェック・パッケージの中から、心肺機能を重視したCCCというものを選択。上から2番目の価格で、5,000ルピー+消費税で、邦貨約6,700円。ネパールでは、結構勇気がいる値段だ。エベレスト行きがなったら、出せなかっただろう。

N病院は「国際的医療サービスを、ネパール料金で」を前面に押し出した、医療企業だ。予約はスムーズ。当日朝、指定された8時に着く。検査室にどうぞ、ではあっちの更衣室で、上だけ検査着に着替えてください。と、あれ?

更衣室、男女一緒だ!?

デパートの試着室のようなものは男女ひとつずつあるが、着替える人が多すぎで、足りない。おじさんたち、気にせず人前で着替えるし。その後の検査も、順番待ちの椅子が足りない。入院患者の検査とごっちゃで、ネパール人の場合、一人の患者に数人の家族付き添いがついてくるわけで。とにかく、人で溢れている。

検査技師さんたちや、コーディネーターのお姉さんは親切で感じ良いが、とにかく、不快なまでに人が多い。

2時間半ほどで、血液、尿、胸部レントゲン、安静心電図、胸部エコー、運動ストレス負荷心電図と検査を終える。再度受付で、夕方5時半に結果受け取りと、内科医師とのアポを指示された。血液採取のため空腹だったので、近くのインド菓子屋兼菜食レストランで、こってりプリ・タルカリのインド風朝食を摂る。そして、美容院に行ったり、番組リサーチをしたりして夕方再度病院に行くと。

更に、患者と付き添いの人で溢れかえっている!!

検査結果受け取りの場所も混み混みだし、胸部エコーの結果はまだ来ていないと云うし、職員もてんてこ舞いだし、内科医の部屋の前で待っていろと云われたり、検査結果を自分で取りに行けと云われたり、そんなことしなくて良いという人もいて。

どーせいっちゅ〜ねん(怒)?

結局は検査結果は、職員の手で全てお医者さんのところに届けてくれたし、先生は親切で感じが良かったし。検査結果も、ほぼ大丈夫だったし(特に心臓は、健康を通り越して「頑強」とのこと。スポーツ心臓の不整脈も出ていなかった)。でも、

くたくたに疲れた。

風邪気味だったのが、すっかり風邪を悪化させた。咳が止まらず熱が出て、解熱剤と抗生剤を飲む羽目に。ぐわ〜っ。

健康診断に行って、具合が悪くなりました。ネパールの病院、立派と云われる某N病院でさえ、健康でないと、太刀打ちできませんわ。病気で行ったら、どうなるの?

ということで、エベレスト下山後の健康診断をするとしたら、もう、ここは却下だ。普段お世話になっている、ネパール・インターナショナル・クリニックの快適さ、質の良さを実感させられた。ただしそこ、小さくて気持ちの良い診療所なので、エコーやレントゲンなどの機材がないんだよね。血液検査は大丈夫だけど。でも、少なくても、病気が治るしね。余分な病気をもらってくる心配はない。

ネパール人の知り合い曰く、日本大使館前の小さな私立病院の方が、健康診断は良いとも。

お金と暇さえ許せば、バンコクのバムルンラード病院は......夢の快適健康診断だそう。ホテルのような、ホテル以上の、ずーっと入院していたくなる病院だそうだ。

ネパールで、快適を望んだら負ける。

ニュース、深読み

安室奈美恵出演の、コカコーラ・ゼロTVCM(ワイルドゲーム編)に対して、ニュージーランドでは問題視する声が挙がっているそうだ。

スポニチ記事
日刊ゲンダイ記事 こちらはmixi経由と、印刷版だけの掲載か?

で、エンターテイメント紙のソースだけでは.....と思うので、元記事である
ニュージーランド・ヘラルド・電子版の記事(googleキャッシュ)

CM自体は、YouTube で検索して見た。

で、元記事のNZヘラルド記事からは、NZでは視聴不可能なこのCMを誰が発見して、誰がマオリの人たちやオールブラックスにご注進したのか?が、はっきり見えてこない*。

ゲンダイの記事によれば、日本の広告代理店から在NZ日本大使館に連絡があり、在NZ日本大使館が、マオリ族の人たちへの紹介の労をとったという意味の記載があり、「えっ、日本外務省、こんな便宜供与もするわけ?おかしいなぁ」と思って、元記事をさがした。結局、ゲンダイは誤訳している事が分かった。

正しくは、在日NZ大使館に対して、広告代理店がアプローチしたと云う事である。NZ大使館は日本国内における、NZの文化広報普及も業務範囲と思われるので、これなら納得できる。

が.....ちょっと調べてみたら、広告代理店は大手の某社の模様。あれくらいの組織なら、わざわざ外国政府の出先にコンタクトしなくても、NZ国内にキャスティング・エージェントのネットワークあるだろうに。マオリの方々へのアプローチだって、自前で出来るはずである。

リサーチの一環として、東京のNZ大使館に連絡を取ってみただけだとしても、後々のフォローが拙かったと思う。

私の個人的感覚だが、CM自体も、マオリの伝統やオールブラックスのイメージを利用しているだけで、ちょっとなぁ〜、と、思ってしまった。オリジナルのハカが、マオリの人たちやNZのスポーツ界でどんな意味を持つか考えるにつけ、NZヘラルドの報道に頷ける部分もある。同様に、過去、栄養ドリンクのCMで日本の男性タレントがハカを披露したときは問題視されなかったことも分かってきた。


と、ここまでのことなら、ブログ記事にすることもないのだが。ネパールの話題じゃないし。この後があるんですよ。

元記事のNZヘラルドという新聞について調べてみたら、ニュージーランド最大の都市オークランド(首都はウェリントン)で1863年に創刊された歴史ある新聞。なんだが......2008年の発行部数、18万7千部ちょっと。これがどれほどの数なのか考えてみた。ネパール最大の発行部数はカンティプール紙で、公称21万部。

オークランド市の人口は42万人弱だが、都市的地域人口は125万人弱であるという。同紙はオークランド地域を中心としたサーキュレーションらしいので、オークランド圏内の人々の6人に1人が買っている新聞と計算できる。しか〜し、NZは人口より羊が沢山いるほどの国なので、この新聞の規模とか、記事の信頼性とか、影響力に確信が持てない。

第一、*の部分が引っかかっている。

現在のところ、NZ発のロイター、AP、AFPなどの信頼できる外電もフォローしていないところから、推測できる部分も少なくない。


このブログ記事を書くための情報は、ネットから拾ったものだけだ。もし私の本職の仕事や、ネパールに関連したブログ記事UPであれば、直接相手先に取材したり、記事を執筆した・情報を出した記者本人にもコンタクトを取って確認した。 

ふと目に留まった記事を追いかけて、ネット検索したり、深読みしたり、思索することは楽しいものだ。

考える仕事、表現する仕事をする私にとっては、頭の体操でもある。

感覚の違いという事

先日の暖房についてであるが、カトマンズと日本両方の生活体験があり、両国の文化についても高い見識ある、某ネパール人Bhai(年下の男性)より、興味深いご指摘をいただいた。曰く、

「カトマンズでの生活では、冬も格段寒いとは思っていなかった」
「上に何枚か着込むだけで、暖かかった」 

うーむ。我が亭主にしても、我が家の状況を「それほど寒くない」と感じていた様子。だから、私が逆上したとき、大変驚いていた。

例えば「肩が凝る」って、日本人はよく感じるが、外国人、特に欧米の人は感じないそうだ。例え実際には 、バリバリに肩が凝っていたとしても。文化によって、感覚の感じ方が異なるという事なのだろうか?

日本人は、一般のネパール人よりずっとよく働くし、周りに気を遣いまくっている。この点、ネパール人は鷹揚だと思う。「ニホンジンッテ、コンナニ ハタライテ、ダイジョウブナノハ ナゼデスカ?」 と思うネパール人も多いだろう。往々にして、日本人が日本で働く場合、何とか頑張れてしまうことが多い。

しかし、しかし、日本人が、その日本のペースで外国、特にネパールのような国で仕事をしてしまうと.....

1.ネパール社会との融和に失敗し、孤立する。
2.無理がたたって、多くの場合病気になって倒れる。

日本は、仕事に没頭して頑張れる社会システムで回っているが、総ての国や文化が同じではない。ネパールのような、障害物競走のような社会で生きているネパール人には、日本人のような機敏さや繊細さはなくても、日本人には真似の出来ない「強さ」があるのだ!

毎日11時間電気来なくても、何とかやっているのがネパール。

別な側面を考えると、例えば日本人は仕事のために空腹を我慢するのに耐えられるが、ネパール人はそうでない。食べないと仕事できない。でも、ネパール人は宗教儀式が終わるまで何時間でも空腹を我慢できるが(ヒンズー教では、宗教儀礼前の飲み食いはしないことが多い)、我々には出来ない相談。

一般的に信仰心の薄い日本人にとっては、勤労に神が宿るのかも?

などと、落ち着いて、異文化の面から考えると、夫婦喧嘩もまた、興味深いものとなり得る。ならないこともあるが...... 
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