けぇ がるね?日記

ネパールの首都、カトマンズから発信しています。

政情・社会状況

雪男と仏さま

夢のように美しかったバンディプルから、ポカラレイクサイドに帰ってきた。ホテルとレストラン建ち並び、客はいなくても夕刻からはそれなりに電飾ギラギラ。ライブバンドの重低音が街角に流れてきたりもする。世俗的。だが、ちょっと「ホッとする」のは何故?

考えてみた。バンディプルは清く正しく美しいが、「宿の外のカフェでエスプレッソ飲もうかな?」とか「カクテルでハッピーアワー」とか「小洒落たケーキ」なんてお店はない。一方ポカラはよりどりみどり。

選択する楽しさ....があるんだなぁ。

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今回カトマンズ〜ポカラの移動、行きはイエティエア、帰りはブッダエアを使った。敢えて別の航空会社にしてみた訳で、比べてみようと。オンタイム運行については両者とも、天候が許す限りほぼ定刻。ポカラに新しい国際空港が出来て、レーダー誘導システムがポカラにも整備されれば、曇りや雨の時ももっと時間通りに飛ぶかもしれない。随分先の話だけれど。同時に、無理して飛ばないのは安全とも言える。

さてさて、カトマンズ国内線の出発ラウンジにこんなショップが出来ていた。
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雪男くんのゆるキャラ?

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CAさんと同じ制服のお嬢さんたちが接客してくれます。

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イエティエア直営の、イエティ(雪男)グッズショップ。カトマンズやポカラの街中でまだ見かけないので、カトマンズ国内線でだけ買えるレアアイテムかもしれない。ポカラはショップエリア改装中で、秋頃にはここにもお目見えかもね?

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帰路のブッダエア。仏さま航空。
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ネパールで一番安全な航空会社との触れ込みで、長年信頼を集めてきた。米国ビーチクラフト社の機体を使用している。向こう側に少し写っているのは、イエティのジェットストリーム41、英国製。

ブッダのひとり勝ち状態に挑戦するため、イエティは小型機による運行で事故も発生しやすい山岳路線を「タラエアー」と分社化し、ポカラやタライの都市部を結ぶ路線だけに特化した。機材も信頼性の高いものを導入した。

ブッダのCAさんはパンススーツが制服で、ベテランが多い。頼りになる感じ。一方イエティはチベットの民族衣装風の制服。若くてキレイなCAさんが揃っていて愛嬌も良い。うむむむむ。企業努力しているのが見て取れる。

両者ともにネパール在住者については、ネパール人外国人共にマイレージ会員も募集。今回帰路のブッダは、溜まっていたマイレージの無料航空券(空港使用税とサーチャージは現金払い)だった。イエティもカード申し込んだ。これからは、頑張っている雪男くんも使っちゃおうかな?

我々ノンツーリストビザの居住外国人の場合、通常の外国人料金より安くて、ネパール現地通貨払いの料金が設定されている。イエティエアはこれで発券してくれた。私の知る限りだが、ブッダは最近、ドル払いで高額の外国人料金でしか受け付けてくれない。このあたりでも、雪男くん押しになってしまう。

競争することでサービスが向上する。安全性も向上してほしい。期待するところだ。ここでもまた、選択肢が増えることは貴重である。

バンディプルに行ってみた

ポカラから車で1時間半、カトマンズに向かう国道上の宿場町ドゥムレから山道を更に30分。中世、バクタプルから移住したネワール族が築いたバザールが掌の上のような尾根の上に続く小さな街、バンディプル。

中山道木曽馬籠宿のネパール版というと、イメージが浮かぶと思う。

かつてはマナンを経由してチベットに至り、南はインドとの徒歩による陸上交易路の拠点として栄えた。カトマンズとポカラを結ぶ車道であるプリトビ国道が1974年に完成し、尾根の上にあるバンディプルは国道から外れてしまった。タナフ郡の中核の地位は、低地の国道沿いにある街、ダマウリに移っていった。賑わいを奪わたバンディプルでは、豪商が競って建てた立派な町家に住む人もなく打ち棄てられていたと云う。住民の多くは車両交通の要所であるナラヤンガートなどに移住してしまっていたとも聞く。

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コンクリートによる開発から取り残された古い街並みは、2000年頃、復古調の古民家ホテルとして再利用されるようになった。カトマンズの観光開発業者が地元のオーナーと共同でホテルに改築し、バザール筋にだけは車両が乗り入れられないように両端にブロックを作った。

2008年に訪れたときには、古民家ホテルの先駆となったOld Innに滞在した。今回は隣の家にその後出来たGaun Ghar(村のおうち)に宿を取った。カトマンズやチトワンでホテルや伝統料理レストランを手広く展開するカトマンズの観光企業と地元の合弁である。

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他に泊まり客いない村のおうちは静かでゆったりとしていた。伝統的土壁の家は自然素材の厚い壁が天然の断熱材となる。夏涼しく、冬暖かい。鉄筋コンクリートの家とは違い、家全体も呼吸しているような感じがした。

私も友人も、部屋に入るなり眠気が来て、そのまま深い午睡に落ちていった。その後も、何時間寝てもまだ眠れる。心と身体が心底リラックスできる、不思議な感覚だった。今回の地震で、より良く復興するためには村でも鉄筋コンクリート建築を!と提唱する声があるのも当然だが、伝統工法の家がこんなにも人間に優しいこと。深く感動してしまった。

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部屋の窓からは、絵本の世界のような景色が見える。2008年に来た時より、村の中に建物が増えている。鉄筋コンクリートの建物が建設中であるのも見える。

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午後、学校帰りの子供たち。普通の村とは違い、ぱりっとアイロンの効いた制服に身を包み垢抜けている。

バンディプルには1980年代より、京都ノートルダム学院のシスターたちが開いた立派な学校がある。バンディプルの子供たちだけでなく、周辺の村々から、より良い教育を求める子供たちが集まってきている。村にいくつもある寄宿舎に入る子供もいれば、お父さんは海外に出稼ぎして送金。周辺部の村々から子どもとお母さんだけはバンディプルに部屋を借りて下宿。子どもをノートルダム学院に通わせる例も少なくないと聞いた。

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制服から着替えると、やっぱりやんちゃ。雨上がりのバザールの石畳で、クリケットに興じていた。

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車の走らない道は、観光客にも子供たちにも安心だ。クラクションの音もない。

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日が暮れ始めた。

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優しい光が、バザールを包む。

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村のおうちの玄関先には、灯明が灯される。

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カトマンズ資本のホテルだけでなく、地元の人たちも宿やカフェを開いている。今から30年くらい前、ポカラのレイクサイドにあったような、素朴で土の香りがするような施設も多い。

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村のおうちの夕食は、やっぱり、ネパールの国民食ダルバートだ。ネワール族伝統の蒸留酒も振る舞われる。素焼きの杯に高いところから注ぎ、星のような泡を立たせることで酒の純度が高いことを示す。

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バンディプルの夜はほのかに明るく、そして暗い。

バザール周辺の、一軒一軒が離れて建つ民家には地震被害も出ているそうだ。しかし、家が隣接して続くバザール筋では被害無かった。全ての家が揺れから支え合っていたのではないか?とのことだ。

秋と春の観光シーズン中は、夜遅くまで騒がしいほどに欧米人観光客が押し寄せるそうだ。今はとても静だが「秋の予約は快調ですよ。心配ないです」と、宿の人曰く。静かな滞在を望むならオフシーズンの雨期か、欧米人が自国に帰ってしまう12月1月あたりがおすすめかもしれない。 

ポカラに行ってみた

4月25日の震災、5月12日の余震の影響で、ネパール全体の観光業が落ち込んでいる。震災の直接的被害と、その後のキャンセルを合計すると、600〜800億ルピー(720〜960億円)の損失に及んだと試算されている。

世界的に有名な山岳観光都市ポカラは地震による被害が殆どなかったにもかかわらず、観光客がいない。ヒマラヤが見えない雨期のオフシーズンに多く来るインド人避暑客も、年間通して訪れる中国人観光客もいない。ポカラは危機的状況だ!と、カトマンズで漏れ聞いていた。

普通の外国人に出来る、一番確実な復興支援は、ネパールに来て、楽しんで、お金を消費していくことだ!秋の観光シーズンにはネパールに行こう。と、呼びかけも始まっている。しかし、実際どうなのか?ネパール側の云う事を鵜呑みにすると、痛い目をみること少なくない。信用していいのか?

ならば、よし、行ってみよう!自分の目で見てみよう。

パタン市内でレストランを経営する友人とふたり、4泊5日。ポカラとバンディプルを巡る旅に出た。

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ポカラの宿は、レイクサイドのMt. Kailash Resort。以前からずっと気になっていた目を引くホテル。今回シーズンオフディスカウントをいただき、合計3泊。広く清潔な客室。蒸し暑い中観光から帰ってきて、身体を冷やせるプール(ガンガン泳ぐには小さい)。豊富に出るお湯(バスタブつき客室あり)。親切なスタッフ。

満足いく滞在であった。なのに泊まり客は、非常に少ない。

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そして、レイクサイドでは定番のひとつ。Cafe Concerto。

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いつもの雰囲気、いつもの味。なのに客がいない。そのせいか、楽しみにしていた手作りジェラードはなかった。それが残念。


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レイクサイドでは新しい建物の建築も多い。カトマンズでは最近殆ど見られない、竹を使ったコンクリ打ち。こんな工法が許されること自体、ポカラが如何に地震被害に見舞われなかったか。物語っているような気がする。

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突如出現する、北京の胡同(フートン)風赤い扉。

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施錠された中は、中華秘密倶楽部なのか?

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夜、二人とも大好きなMoon Dance。席を選ぼうとするとウェイトレスさんが
「宜しければ、テラス席はいかがですか?外から見える場所に...」
と。うちはちゃんとお客さんいますよ。と、外に向かってアピールしたいのだろう。もちろんOK。このような細かい営業努力を、困難なときにも継続する企業姿勢に好感が持てる。

実際、隣の店(某H.E.レストラン)は毎昼、毎午後、毎夜客が一人もいないのに比べ、Moon Danceには少ないなりに客が入っていた。
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お次は、これなら買っていいかな?と思えるTシャツ屋さん。

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レイクサイドに2軒展開中のUrban Yeti。ポカラの若手デザイナーのオリジナルで、カトマンズでプリント。ポカラに来ないと買えないレアもの。

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カフェも併設した店内は、ポカラらしくてイイ感じ。「ネパールをおうちに持ち帰ろう」がコンセプトとか。とても薄いコットンニットのTシャツは1枚850ルピー。日本円で千円弱と手頃。普通のコットンTシャツより薄いので、沢山買ってもかさばらず土産物に適している。

中国人観光客はひとり20枚30枚50枚と爆買いする人も多いそうだ。よくある厚手コットンのTシャツでは厚すぎて、スーツケースに入らないだろう。でもここのなら「没問題」ね。

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デザインも良く、ネパール土産ものには飽き飽きの私でさえ、亭主用とお揃いで買ってしまった。

ただし、布地が薄いので耐久性は弱い。バッグでこすれる腰回りなど、すぐに毛玉が出てくる。メリヤス編みニットの弱点だ。反面、肌触りは最高によい。カトマンズのJuju Tシャツの方が耐久性あるので、お好みでどうぞ。
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滞在最終日、ジップフライヤーという冒険アクティビティに参加した。ポカラ近郊、サランコットの丘頂上から、ワイヤーにぶら下がって森の上を下るという、単純かつエキサイティングなもの。


バンジージャンプやパラグライディングと比べ、自分で一歩踏み出す勇気が少なくても大丈夫。それでも最初の数十秒、脚の下に広がるジャングルの上を飛んでいる自分がSF映画の主人公になったような気分が味わえる。

今回は震災復興半額セール中で、お得に楽しめた。今年雨期の間だけの特典だと思う。シーズン中は毎日40人〜80人が飛ぶという。滑降スタート地点の横には、現在建設中の巨大ホテルもあった。元日本人、現在ネパール国籍を取得した観光実業家、宮原さんのホテルだと思う。

ポカラではパラグライディング、ウルトラライトプレーン、バンジージャンプ、ジップフライヤーなど、最近流行りの冒険系アクティビディがよりどりみどりで楽しめる。特に、インストラクターとタンデムで飛ぶパラグライディングは、ふわりふわりと大空に浮かぶ感覚が刺激的。着地時に失敗して(客が)脚を骨折することが希にあるとの話は聞くが、墜落したとか、死亡事故の話は聞かない。

価値観、人生観の問題だが、各アクティビティ共に一度はやってみると楽しいですわ。二度やるか?と云われると、うーむ。パラグライディングとジップは、もう一度やってもいいかな?と思う。ヒマラヤ見える時期に、ね。


バンディプル編に、つづく... 

震災復興の国際パワーゲーム

西暦の上で地震から2ヶ月となる今週木曜日、6月25日(ビクラム暦上の2ヶ月はアサール月12ガテ/6月27日)。カトマンズ(ソルティークラウンプラザ・ホテル)で、第1回ネパール震災復興援助国会議が41ヶ国参加の元、開催される。

先日発表されたPost Disaster Needs Assesment(PDNA)に基づく(筈の)震災復興計画について、各国政府と国際援助機関、そしてネパール政府が話し合う場となる。ネパールにとって非常に重要な会議になる...と、普通は考えられるのであるが。どうも、きな臭い。

震災直後の救援で大きな印象を残したインドと中国。その後の復興計画策定については、国連や世銀、アジ銀、日本や西欧各国が目立った中で、しばらくローキーでやり過ごしてきた様子であるが。ところがどっこい、深いところでネパール政界への根回しを続けていたと推測(邪推?)出来る現象が出始めている。

ネパール政府内の特定の勢力は、先進諸国や国際援助機関主導の復興ではなく、インドと中国の直接支援を復興の中心に据えようと画策していると見える。国際社会に親和性の高いマハト外相を復興支援から外そうという動きと同時に、南北の隣国とのつながり深いゴウタム内相の台頭が噂されている。

救援の段階でネパールが、英国の大型ヘリ・チヌークの投入を拒否した背景などが今になって、(整合性の取れた)噂として伝わってきたりもしている。本当であったとしたら、ネパール政界は国民よりも自己の利益を、大災害の中でも優先したと考えざるを得ない。

より良い復興(BBB)コンセプトを掲げて、災害に強い国造りを提唱している日本。そして国際援助機関にとって、見えない逆風が吹いていると考えたら、考え過ぎだろうか?

ネパール援助国会議、印中外相出席 The Himalayan Times
インドはスシュマ・スワラージ外相、中国は王毅外相が出席する模様である。

国際援助機関側も大幹部が出席する方向の模様であるが、西欧諸国からの閣僚はノルウェイ外相以外の情報を聞かない。日本は外務副大臣と、JICA理事長が出席されると聞く。特にJICA理事長については、震災1ヶ月目の国際セミナーにも出席され、短期間に2度目のご来訪となる。日本政府のネパール復興に対する強い意志を感じる。

ネパール政府は復興に必要な予算を66億ドル(8,100億円)と試算している。今年7月中旬で終了する今年度(ネパールの次年度会計年度は2015.7月中旬〜2016.7月中旬)国家予算にも匹敵する。ネパールとしては巨額の復興資金、言い換えれば利権を引き寄せようとしている。

透明性を含む西欧的論理を要求される西欧諸国や国際援助機関からの援助ではなく、ネパール政界・官界の伝統的論理と親和性の高いインドと中国からの直接援助を望む勢力が存在するようだ。印中にとっても、地政学的に重要なネパールでの政治・経済・社会的重要性を確保するために、利害が一致する部分少なくない。

地震災害防止については世界最高の英知と経験を持つ日本に、期待するネパール市民社会の声が低い訳ではない。印中と現在のネパール支配層の思惑に負けないで欲しいと、私も願っている。

印中に限らず、どの国や援助機関の支援も政治的利害は存在し、印中はダメで先進国なら全て良し!とも云えない。そんな中で日本の支援は、日本への見返りを求める事が少ない善良なポリシーがネパールでは広く認識されている。いやいや、今回については、日本と隣国の国際援助政策パワーゲームの代理戦争的側面があると指摘する声もあるが、それを声高にここで書いてしまうのは自粛したい。

日本の耐震技術が、民間への技術移転や助成金を使った普及。学校や病院等公共施設に対する無償資金協力でネパールに定着すれば、大きな視点から、ネパール国民の利益になる。ただ、このネパールの政界・官界の中で実現に結びつけていくのは簡単ではない。

極論を言うならば、どんな方法でも最後には容認するから、ネパールの被災者の方たちのことを忘れないで欲しい。ネパールの一部に対する利益が優先されないことを祈っている。

【報道】ネ政府、NGO活動指針を策定

ネパール震災復興に参加するローカル/国際NGOと個人に対する政府方針が策定された。とする、6月1日付e-Kantipur(Kantipur紙電子版)の報道。原文クリック(英語)。

以下抄訳...
ネパール政府は震災復興支援に参加する団体と個人に対し、政府との間に協定を結ぶ必要があるとの閣議決定を行った。ネ財務省外国援助課によれば、この措置は閣議決定が為された先週から今後6ヶ月間有効となる。

政府筋は、「震災支援のために集められた巨額の資金がどのように、如何にして使用されたのか明らかにするための措置である」と主張している。

ネパール内閣によって採択された “Directives on Mobilising Assistance of National and International Non-Government Organisations-2015” は、NGO/INGO、企業や個人はネパール政府と取り交わした協定(契約)に基づき、被害を受けた教育、医療、住居に関するインフラ再建に対し独自資金を運用することが出来ると規定している。資金はまず首相直轄救援基金への入金が推奨される。独自に資金運用を望む場合は、プロジェクト終了後建設されたインフラを政府に引き渡すことが条件となる。

物品による支援の場合も、同様な協定を政府と結ぶものとする。

政府以外の団体や個人がインフラ再建を行う場合、政府が策定した手続き、基準、デザインに準拠すべきであり、Post Disaster Needs Assesment (PDNA 6月15日発表予定)との整合性も必要である。政府が建設するインフラと、NGO等が建設するものの同一性を持つことで、公平な援助を目指す。
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一方NGO/INGO側は、この種の政府規定は常によい結果をもたらすと限らないと警鐘を発している。 

「方針の考え方はよいが、ネパール官僚機構の手続きにより復興が妨害される恐れがある。NGO/INGOは、政府による資金凍結の可能性を抱えている。政府はもっと実際的な対処をすべきである」
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政府規定によれば、政府との協定締結後は募金活動は行えない。また、協定に反する事実があった場合、許可は無効となる。NGO/INGOは協定締結後一週間以内に活動を開始し、決められた期間内に活動を終了する。その後はプロジェクト(注 建設したインフラ)を政府に引き渡す。

建設において出来る限り、ネパールの人材と資材を使用する。外国人の雇用については別途許可を取る。建設されたインフラに、ドナー側の宗教、文化、商標をつけることは出来ない。

このような措置により、ネパール国内で行われる協力活動の追跡ができる。

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ここからはネパールの空の下による...

この規定は震災「以降」、ネパールでの協力支援活動に新規参入する団体と個人に向けてであると推測できる。震災以前からネパール政府に登録した団体については、それぞれ中央/地方政府と協議・認可の下活動を継続している。震災支援についても同様である。

NGO/INGO側が主張するように、政府の言い分は正しいことを云っているのであるが、官僚機構の中での運用がスムーズに為されるかどうかが鍵となるだろう。「6ヶ月で完了させて出ていって下さい」という政府の主張であるが、ネパール役所仕事で数ヶ月止まってしまう事はあり得る。支援の足かせになる恐れは大きい。

同時に、中央や地方政府や行政、地域住民との摺り合わせなしに行われる支援については、問題点が多いことをNGO側からも聞く。独善や政治的野心に基づく支援は無駄と支援重複を生みやすい。

ネパール政府側の姿勢もあまりに上から目線であるし、一方、支援をする側に問題がない訳でもない。

政府も支援者も、被災者の立場を考えなくてはならない。そこをどうやって上手く合法的に、効果的に立ち回るのか?プロに任せるのが一番迷惑をかけない。そうでなく、自分たちで飛び込むのであれば、余程覚悟して賢く、自分の目の前にない状況や人たちのことを考える力。自国とは全く違う文化や価値観であるネパールを洞察する力が不可欠だ。

自分がやっていることは常に正しい...とは、考えないことをお願いしたい。自省を込めてである。

ネパール政府に対しても云いたいことは山ほどある。然るべき外側からのロビーイングを継続して、政府を動かしていかなくてはならない。しかし同時に、ネパール政府の主張には必然性があることがある。問題は、行政の現場での運用に支障あることを紙の上で提唱してしまうこと。これまでいくつもの閣議決定が、結局有名無実化して運用されなかった。

震災という未曾有の事態である。政治をお願いしたい。政治屋による政治ショーは勘弁してほしい。 

2015年、ネパール地震〜4

この項、本ポストで完結させます。

現在ネパール政府(主幹: National Planning Commission)と主要ドナー(世銀、ADB、国連、EU、日本JICA、米国、インド)が中心になって、震災復興に関するニーズアセスメント Post Disaster Needs Assesment PDNAが実施されている。この結果は6月15日発表される予定であり、復興計画の骨子となると予想される。

6月25日カトマンズで、ネパール政府とドナー諸国による復興支援会議が開催される。40〜70ヶ国の代表が参加する規模になると聞いている。7月中旬からはネパールで新しい会計年度が始まるため、次年度(ビクラム暦2072-73)ネパール政府予算に復興支援援助計画や予算を反映させるための会議設定である。

政府やドナーが試算する復興計画は数年単位のものとなるだろう。より災害に強い国家再建については、10年単位それ以上の期間が必要になる。 ネパール政府内、(使い物になる)官僚の数は限られており、復興計画策定と実施においては深刻な人手不足が発生する。これを埋めるのはアウトソーシングであり、ネパール国内、国際的民間コンサルタントの雇用が急務となる。 

地方の再生については、積極的なNGOとの連携も必要となるだろう。しかし、これら基本計画策定に、ネパール国内のNGOや国際NGOが参加しているか?もっと云えば、被災地住民の声をすくい上げ、計画に盛り込む視点があるのかどうか?今後の展開を願うところだ。

震災直後の救援については、隣国インドと中国の活動が派手であった。復旧・ 復興の段階については、いつもお決まりの国際援助巨大プレイヤーに混じり日本の立場もクローズアップされている。地震からの復興。地震やその他の災害に強い国造りについて日本は世界最先端であり、政治的野心の見られないアプローチはネパールからも歓迎されていると見える。今年仙台で開催された国連防災世界会議で提唱された「より良い復興 Build Back Better」を国際的に実行する機会となれば、ネパール、日本両国にとってWin-Winとなる。

私にはいつ余震が来るか予知する能力はないが、ふたつだけ、確信を持って予測できる。
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その1
 ネパールの復興は人間の善意だけでなく、近い将来、国際的に大きな開発ビジネスの現場となる。 より現場に近い立場のNGOも、この流れに巻き込まれていくことだろう。翻弄されるのではなく、NGOや被災地住民自身も、流れを決めるための主要プレイヤーとして参加できることを願いたい(が、6月の第一回会議での大きな役割が設定されるとは思えない)。開発や復興についての技能を持つ方々は、コンサルタントとして業務参加する機会が増大するであろう。

その2
 ネパールは今回の復興 を通じて、新しい社会構造を獲得する。既存の政治体制や官僚機構が発展してゆくのか?全く別の市民勢力が新たなパワーとして勃興していくのか?今は分からない。ただ、ネパールは変わる。国民の愛国心は徐々に、観念的なNationalismから、実行を伴ったPatriotismに変革していくことが望まれる。
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ネパールがより良い国となるか?より大きな混沌の国となるか?より良い復興が、より良い国造りに結びつくことを祈るばかりである。

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政府の一括支援基金(首相直轄災害救援基金)以外、外国から個別の震災救援資金はネパール国内銀行口座からの引き出しを凍結するというネ政府政策については、谷川先生の「ネパール評論」の記事が詳しい。

ネパール評論 Nepal Review 谷川昌幸先生 発行
震災救援の複雑な利害関係
 単一窓口政策と首相基金(1) 原文はクリックでリンク
 単一窓口政策と首相基金(2) 原文はクリックでリンク

ネパール政府の主張は、私なりに要約すると以下のようなものである。
 個別の資金による救援活動では、地域、メディア報道、諸外国、国内有力者との関係性において支援に格差や重複が生じる。支援基金をひとつにまとめ政府が管轄することで、全ての被災者に公平に救援が行き渡ることを可能にする。 

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震災以前からネパールで活動を続けてきた某団体に取材し、別の場所に書いた記事を以下、一部加筆修正して掲載する。プロのNGOがどのようにして対処したのか?この情報を分析することで、新規に救援・復興活動を行いたい日本人や団体にとっても参考になると思う。
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情報ソース: 20年前から活動を開始し、ネパール社会福祉協議会(SWC)に団体登録、事業登録共に行い、ネ政府許可の下活動。外国人駐在員常駐。震災以前から激震被災地を含む地域で開発援助事業を行ってきた外国NGO。
 

1.震災発生以前にSWC登録を完了し活動してきた団体については、外国送金資金のネパール国内銀行口座引き出し「可能」

 平時の活動と震災支援特別資金を会計上明確に区別するため、震災後、震災支援・復興支援に特化した新規銀行口座をネ国内銀行に開設した。
 ただし今後ネ政府の方針変更もあり得るため、新規時口座名に、震災復興や緊急支援という単語の使用は避けた。

※筆者脚注 事業口座2などと云う口座タイトルであると分析。
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2.震災復興・緊急支援活動についての事業承認をSWCに申請する

 SWC登録済みの団体による震災支援活動審査・合意締結について、SWCは迅速に行うとの態度を示している。様々な分野を担当する外国人専門家の中長期駐在が必要であるし、事業費の合法的運用も不可欠であるため、(現在継続中の通常プロジェクトは別に)新規プロジェクトとして計画、申請、許可を受ける。

※筆者脚注 ネ国内で活動する(ネ国内での年間事業費10万米ドル以上の)外国NGOはSWCと事業所登録(GA)を交わすだけでなく、各プロジェクトごとに事業合意(PA)をSWCと締結する必要がある。これにより事業費の海外送金の合法的受領と、外国人駐在員のNon Tourist Visa発給を受ける事が可能。
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3.震災復興支援に関する新規外国団体の、ネパール政府登録の可能性についての推測

 ネ政府の説明としては、震災直後の超緊急時の外国支援活動については緊急性に鑑みネ政府の承認を得るプロセスを省略することを認めた。しかし今後、長期にわたる支援(当該NGOは、1ヶ月以上の期間と判断)、家屋や学校の再建支援等について活動する団体については、ネパール政府への登録が必要であるとのこと。
 ただし当該NGOの予測として、復興支援を目的とする新規外国NGOのSWC登録が許可されるか否か?について、先行き不透明である。許可されない可能性がある。
 一方、震災救援・復興を目的としたネパールの国内NGO「新規」登録については、現状困難である可能性がある。
※筆者脚注 中長期的復興については、ネパール政府、各国ドナーによるマスタープランが策定される。特に地方の救援・復興についてはNGOが重要な一翼を担うと予想される。この場合は、震災復興関連新規NGO登録が認められる可能性はあると思う。しかし、今すぐではない。数ヶ月の時間が必要である。

※筆者脚注 復興マスタープラン策定後はネパール政府、各国ドナーだけでは手が足りず、開発コンサルタントの参入が推進される可能性が高い。建築、都市計画、プロジェクトコーディネーション等の専門分野がある場合、コンサルタントとしての復興支援参入が(将来的に)可能になると思う。

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どのような支援活動であれ、ネパール国内地方行政のコアとなる郡(District / ネパール語 ジッラ)単位で存在する「郡災害救援委員会 DDRC, District Disaster Relief Committee)」の許可が必要である。

ネパール国内NGOであったも、外国NGOの場合も(この時は業務にあたるネパール国内ローカルNGOが)、DDRCとの間に覚え書き(MOU)を締結することが必要。

郡レベルでの地方行政と合意無いままに活動を行うのは、地域内での不公平を助長する恐れあり。協力、援助のあるべき姿から逸脱する。

※筆者脚注 ネパール国内で活動する外国NGOは「直接」による協力活動は、ネ政府に認められない。必ず、ネ国内合法的に登録してあるローカルNGO(ネパール国内NGO)とパートナー関係を締結し、これを通じた現場支援を行う必要がある。

※筆者脚注 長年ネパールで協力支援活動に携わっているNGOの方々の考えに共通するのは、ネパール政府を全否定するべきではない。ネパールという国の中で活動するのであれば、ネパールの法律や行政の決まり事を尊重するべき。煩雑な手続きや、外国人の論理から見ると理不尽なこともあるが、ネパールの行政のルールを無視してはいけない。と云うこと。


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開発援助やNGOのプロでない善意の個人や団体が、ネパールの今後にどのようにして関わってゆけばよいのか?複雑な手続きに翻弄されている間に、被災地の人たちはどうなるんだ?という、じりじりとする想いを感じられるだろう。

しかしこれも現実。実績ある団体は既に乗り越えつつある。その力がない場合は、これまで何度も書いてきたが、「実現する力のある信頼できる団体」への募金という形で、善意は必ず届くのだ。

そしてカトマンズでは、復興と云う名の、国家と国際社会が巻き起こす強烈な嵐が吹き荒れる前の静けさであること。忘れてはならない。この嵐は、ネパールという国家を根本から変えていく「可能性」や「希望」と、同時に「恐ろしさ」を内在している。次回、この部分について考察を進めたい。

つづく...

カトマンズ首都圏、崩壊したRC造建物の現実

Himal Media社発行のネパール語週刊誌に興味深い記事があり、系列の英語週刊新聞Nepali Timesに英訳が掲載されているので、抄訳紹介する。
崩壊した建物の現実 Himal Khabarpatrika 元記事リンク

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イメージ画像 2015.05.18撮影 by ネパールの空の下 カトマンズ市内ゴンゴブ
4階建ての1〜2階部分が潰れている。傾いて崩落時、隣の建物を破損。
元は同じ高さの2軒が並んでいたこと、想像するのは簡単ではない。


建築時のオーナー/建築許可/建築した階数/転売記録
 インド国籍A.H.+ネパール国籍配偶者M.M.B
 カトマンズ市役所から2階建てで許可取得/5階建設
 転売記録 A.H⇒C.S.⇒B.K.
B.K. 震災3週間前C.Sより2,250万ルピーで購入
震災当日C.S.家の引っ越しパーティ中。C.S.氏夫妻、近所住人含め7名死亡。
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カトマンズ市6区にあった、通称「七階建て」ビル 1997年建設
建築時のオーナー/建築許可/建築した階数/転売記録
 R.S. カトマンズ市役所から5階建てで許可取得/7階建設
 転売記録 R.S.⇒N.R.
最上階に教会あり、30名死亡(祝日礼拝中か?)
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カトマンズ市内ゴンゴブ地区にあった9階建ての雑居ビル
(スーパー、商店、ゲストハウス)

建築時のオーナー/建築許可/建築した階数/転売記録
 R.K.P. ゴンゴブ村役場(当時)から6階建てで許可取得/9階建設 
 転売記録 R.K.P.⇒P.P.(息子に所有権変更)
17名死亡。2名救出。
10年前建設時はこのエリアカトマンズ市の外であり、建築確認が甘かった。
9インチ角の柱と16mmの鉄筋という、9階建てを支えられない構造であった。

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ショッキングな動画であるため閲覧注意


Morgan International Collage 学生数約400
建築時のオーナー/建築許可/建築した階数 
 B.S. (首都圏内郊外)トカ村役場から5階建てで許可申請/7階建設
沈積土の上に、脆弱な基礎工事で建設。
地震当日休日であったため学内無人であったため死傷者なし。

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ここからは、ネパールの空の下による
結局、建築確認と異なる階数水増し違法建築であり、市役所、村役場共に許可が形骸化していたことが分かる。また、その後転売されることで、建物の構造強度が認識されない状態でもあった。

今回の震災で一般的には鉄筋コンクリート造り(RC造)の建物は被害を免れているものが多い。しかし全壊したり、傾いたりしたRC造建造物には、それが起こるべき「理由」と「必然」があったと考えるのが自然であろう。

人災である。

2015年、ネパール地震〜2

2015年ネパール地震では、発生当日から先ずはインド、続いて中国という南北の隣国。そして、日本、米、英、EU ....世界中から救命レスキュー隊と支援隊、医療隊、救援物資が続々とカトマンズに到着した...のであるが、ネパールでたったひとつしかない国際空港は混乱の極みであった。

各国が軍用機などで支援物資や人材を送り込み、カトマンズ国際空港は民間機が着陸できる余裕がない事もあった。タイ航空機で27日にネパール入りを目指した日本の国際緊急援助隊はカトマンズ上空まで来たものの着陸不能。カルカッタに緊急着陸。その後バンコク引き返しを経て、最終的にネパール入国し、カトマンズ首都圏内で生存者捜索に入れたのは、地震発生から丸3日を過ぎた4月28日午後遅くであったと記憶している。自衛隊の救援先遣隊も29日深夜に到着した。これまた記録では、ドバイ経由の民間機であった。

脆弱な、限られたインフラ。例えばカトマンズ国際空港は、日本で云えば国際線も離着陸する地方空港程度の大きさしかない。これが国に「たったひとつ」の国際空港である。

カトマンズ国際空港も被災して、使用不可能であっても不思議ではなかった。それが数日、数週間続いていたとしたら。お手上げであった。想像するだけで恐ろしい。今回空港閉鎖が地震直後の数時間に限られた幸運は、いったい何処から恵まれたのであろうか?
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そんな中中国は、地震発生時ネパール国内に1,000人ほどいたと云われる自国民(ほとんどは観光客)を26〜27日民間特別機を多数飛ばして見る間に回収。連れ帰ってしまった。

中国人観光客を専門とする旅行会社曰く(私が直接聞いた話であるが、誇張や間違いが含まれている恐れあるものの)
「25日夜空港が再開されたらその日のうちに飛行機が7機中国から飛んできて、全員連れ帰った。その手腕たるや、中国のパワーに舌を巻いた」

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空港には各国政府から大量の、個人や民間団体からの小口多数の支援物資が到着し山積みであった。支援物資にも課税されるとか、無税だが通関手続きしろとか、荷物がぶん投げて散らばっているとか。様々な情報が飛び交った。

ネパール政府が「これ以上の外国救援隊は来ないで下さい」と表明したとの一部報道に、国内外から非難の声があがった(ネパール政府の受け入れ容量がパンクしたのだろう)。

震災直後の外国人団体/個人ボランティアは受け入れますというネ政府の対応から、地方行政事務所(DAO)に登録して下さいとなり。

そして、政府の一括支援基金(首相直轄災害救援基金)以外、外国から個別の震災救援資金はネパール国内銀行口座引き出しを凍結するというネパール政府政策が発表され、ネパール国内外は騒然となった。

つづく...

2015年、ネパール地震〜1

4月25日、そして5月12日と、マグニチュード7.8そして7.3の強い地震に襲われたネパール。

これまでに8,670人の人命が失われ、負傷者21,443人。77,925戸の公共と個人家屋全半壊という未曾有の大災害に見舞われている(http://drrportal.gov.np/)。本震発生が休日の昼間であり、特に、子供たちが学校の倒壊の被害に遭わなかったこと。ほとんどの人が起きている昼間であり、ネパール食生活にとって炊事が終わった時間帯であったことなど、不謹慎を恐れずに云うなら、不幸中の幸いであった。平日の昼間、または国民が寝静まっている夜間の地震であったとしたら。考えるだけで背筋が寒い。

首都圏において今回の地震は、実に不可解である。その象徴がこの写真。
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4月の本震で建物構造にダメージが入ったものの倒壊を免れていた建物が、5月の余震で、突然全壊した。ぐしゃりと潰れている。しかしその後ろや、隣の建物には被害がない様子が写真から分かる。同じ地域の中で、被害を受けている建物、受けていない建物がはっきり分かれている。

また、首都圏内地域によっても被害状況が異なっている。鉄筋コンクリート(RC造)の建物まで多数被害を受けた地域あれば、崩壊しておかしくない古い建造物が残り、RC造にはどこも被害無く見える地域もある。

我が家のあるカトマンズ盆地南側、市街地と村落部境に位置する新興住宅街は、幸いにも被害は無い。地震発生時、ドン!と突き上げるショックに続き、大きなゆっくりとした横揺れで、家全体、家具、人、全てがシンクロしていた。家具も倒れず、観音開きの食器棚から物が振り落とされることもなかった。しかし、立っていられない激しい揺れであり、一度は1メートルほど横に飛ばされる経験もした。照明の電球が落ちて割れた。

携帯電話が繋がりにくくなり、固定電話は比較的良好であった。本震発生直後にニューデリーから電話が入り、我が家は家業として緊急報道体制に組み込まれた。私は5月6日の朝まで(心身の限界で離脱)。連れ合いは2週間。へとへと、ぼろぼろ、スカスカになるまで絞り抜かれた。2001年王室惨殺事件の時より、2012年マイナリさんネパール帰国の時より、大規模で長期間の報道オペレーションとなった。私自身望んでいなかったのに、何ものかに絡め取られていくように、得難い経験をさせてもらった。過去のオペレーションで様々な出来事が記憶に残っているのとは違い、今回は、いったい何をしていたのか?業務記録ノートを見ないと思い出せないほど翻弄されていた。今思うとあっという間であり、その時感じていたのは日々、耐えられないほどの時間の長さであった。

そんな日々から解放され、一息ついていた5月12日の大きな余震。地域全体の人たちの心が崩れてしまい、恐怖に支配された。

4月の本震直後、たまたまそこにいた某ホテルのロビーでかなり大きな余震に巻き込まれた。築30年を超える8階建ての建物全体から「ミシッ」という鈍い音がして、1階ロビーの窓ガラスがゆがんで砕け落ち、柱の表面に貼り付けられていた大理石も落ちた。守衛に追い立てられるように外に避難したが、この時も、自宅で遭遇した本震の時も、正直それ程恐くはなかった。それなのに、5月12日の余震では脚が震えた。

揺れは激しかったけれど、カトマンズではごく短い揺れであった。なのに、命の危険を感じた。恐かった。地震は終わったと油断していたら、もう一度やってきた。その、掴み所のなさに恐怖を感じたのかもしれない。

その日を境に、人々の口に「いついつ大きな地震が来る」「有名な予言者がこういった」というデマが語られるようになり、それは街全体を包む集団ヒステリーとなっていった。流言飛語を信じていない自分も、じわじわと、心が追い詰められていくのを感じた。

つづく...
 

破壊予告の恐怖

パタン市の至宝、通称「腹ぺこ通り」、または、レストラン・ストリート。カトマンズのタメルに引っかけて、ジャメルとも呼ばれるこの通り。最近レストランの塀に、意味不明な数字がペイントされている。

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あそこにも、ここにも。何だこれは?

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こちらはもっと分かりやすい。

そう。現在カトマンズ首都圏内で進んでいる、道路拡張のための取り壊し。数字は【この塀から何メートル内側まで壊しますよ】であり、矢印は【ここまで破壊】。

道路の中央から計って、法律で決められた規定の距離以内に作られた違法建築という政府側の主張であるが、では何故、市役所からの建築確認の許可が下りたのか?という疑問も残る。

中には、新築・改築したばかりのレストラン施設もある。

私が大好きなChaiChai Cafeも、出来たばかりのピザ窯が壊されてしまう。作る前きちんと道路局に確認したそうで、2年間は道路拡張ありません!2年間なら、作ってていいよ。とお墨付きをもらっていたそうなのに。 腹ぺこ通りの老舗、だんらん さんも、ガーデンの塀が壊されてしまうと聞いた。 

撤去が始まったら、埃と騒音と混乱で、しばらくはレストランの営業も出来ないだろう。と、オーナーさんたちも困り果てている。

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カプチーノのクマちゃんも、悲しんでいるぞ!

市内既に拡張された通りは、ブルドーザーで無茶苦茶に破壊されたレンガの瓦礫がそのまま。先ずは壊して、きちんと道路を広げて。ほら、キレイで便利になったでしょ.....と、市民が自発的に協力出来る成功例を見せずして、わっしょい、わっしょい。壊せや壊せ。後押ししているバタライ政権があるうちに、急いで、急いで。なんだろうか?

壊した後の塀や家屋の作り直しが発生する建設業界が、利益団体として糸を引いてないかい?バタライさんたちに大量献金などしていないかい?と、つい、疑ってしまう今日この頃。

噂によれば今週末から、腹ぺこ通りの強制撤去が始まるそうだが。さて。経緯を見守りたい。

ダハール氏の党内クーデター?

本日4月10日火曜日。マオ派党首ダハール氏とバッタライ首相は、解放軍/国軍統合特認委員会で他政党と組み、解放軍宿営地、保管している解放軍武器、残っている元戦闘員を国軍の管理下に置く決定をした。事前に通告のない、突然の出来事であった。

直後、速攻でに国軍が駐屯地等を管理下に置いた。

統合問題ではマオ派内部で深刻な意見の対立が続いていた。対抗勢力であるバイディヤ派が抗議するのは明白であり、明日の昼間からの街頭の様子には注意が必要となる。

「党を割ることも辞さない」とのバイディヤ派の揺さぶりに対して、ダハール氏の鮮やかな党内クーデターという印象がある。強烈な男プラチャンダという別名に恥じない、ダハール氏の胆力が発揮された。 

褒めているとは思わないでほしい。

命をかけて革命に投じた元戦闘員の心情を汲み、彼ら、彼女らの献身に心から敬意を持った行動であるか?否かについて、大きな疑問は解決されていない。今日のところは時間なくて端折って書くことをお許しいただきたいが、結局は「銭ゲバ」だという印象が強い。もしくは、政党リーダーとしての保身。

新憲法の締め切りは5月27日に迫っているが、まだまだ紆余曲折があるだろう。

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と、そんなこんなの中であるが、水曜日4/11は、NHK BS ほっと@アジアに出演。ネパールの暦の不思議についてお話しする予定。 夕方5時からの放送。

タクシン元首相の来訪

ネパールの新聞報道によれば、昨日12/16、ビルマ(体制派はミャンマーと云う)からチャーター便で、タクシン・シナワット タイ元首相がカトマンズにやってきた。空港で駐ネパール タイ大使の出迎えを受け、そのまま国内線で、釈尊生誕地ルンビニに向かったそうだ。

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ルンビニ、聖地公園(資料写真)

タイ国内では収監命令の出ている立場であるが、亡命後日本にも行っているし、ネパールに来たからと云って格段驚くべき事はない。が、何故、ルンビニ?という点に注目したい。ビルマから、というのも気になる。

一部では有名だが、中国の素性が今ひとつ納得できない(中国共産党とのつながりも噂される)NGOであるとか、国連潘基文事務局長と、その出身国である韓国の援助機関、そしてそして、ネパールマオ派の親玉であるダハール=プラチャンダ氏などがゴンズイ玉のようになって、ルンビニ地域における巨額の開発計画を推進しようとしている。

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政商の誉れ高いタクシン氏のことであるから、単に、ルンビニのタイ寺院での宗教儀式に臨席するためだけに、ルンビニくんだりまでやって来るとは思えない。仏教国のひとつのタイクーンとして、中国主導型の巨大利権に「一口噛む」ためのパフォーマンス。と、見えてしまう。

加えて、インド国境に至近なルンビニでの中国の影響力増大は、南の隣国インドを過剰に刺激する。軍政に民主化の動きが見え始めたビルマとネパールのルンビニを結んで訪問するタクシン氏の背景は、大変に興味深いものだ。


ルンビニ、ネパール、南アジアにおける日本の存在力の低下についても、忘れてはならない。かつて、ルンビニ聖地公園や(釈尊が王子時代過ごした)カピラバストゥの発掘調査は、日本とネパールの共同事業であった。立正大学、そして全日本仏教会による長年の成果により、ルンビニが釈尊生誕の地として国際的に認められ、これにより、ユネスコ世界遺産にも認定された。

しかし、今。宗教的、観光開発のみならず、地政学的に非常に重要な意味を持つルンビニ開発のプレイヤーの中に、日本の席はあるのだろうか?完全に乗り遅れている印象がある。

日本から遠く離れた場所のこと.....と、呑気に構えていていいのだろうか?日本の西の隣国たちと、南アジアの大国が凌ぎを削る国際情勢は、日本の安全保障に無関係ではない筈だ。

利権に食い込め!とは云わない。しかし、存在感は見せて欲しい。

温家宝中国首相、来訪延期

今月20日から3日間の予定で、中国の温家宝首相率いる、閣僚を含む100名規模の大訪問団がネパールに来る予定であった。が、本日突然、延期と発表された。表向きの理由は、温首相の多忙である。

しかし、本当のところは....国連を抱き込んだ巨額の中国資金によるルンビニ(釈尊生誕地)開発計画や、インド国境近くまでの中国からの鉄道建設計画。はたまた、巨大な水力発電所建設への中国の投資。等々、歯止めない中国のネパールへの開発侵攻を食い止めたい勢力が、バッタライ首相に揺さぶりをかけたとの見方がある。

これ以上は割愛するが、実に興味深い。

私の個人的意見だが、最近中国はネパールに対して、いささか「やり過ぎ」たと云う事ではないだろうか。この国を巡る伝統的国際勢力はしたたかで、強大なネットワークを広げていることも分かる。

延期が、中止になるか?凌ぎを削っているのは、ネパールではない。

バッタライ首相は、21世紀のラナ将軍か?

遠来のお客様と、カトマンズ旧市街に繰り出した。

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あれ?なんだこの写真は。

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首相就任時、赤い顔料と花輪で祝福されたバブラム・バッタライ首相だ。カトマンズ旧市街の市民。首都政治・経済の一翼を担うネワール族は、バッタライ首相を支持します(今のところ)。という意味と見た。

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バッタライ首相は、ネパールで組み立てられた(パーツは輸入品)ネパール製ジープ、ムスタンを公用車として偏愛する愛国者。海外出張時はエコノミークラス使用で経費節約を心がけている。ふーむ。ビジネスクラスでゆっくり休んだ方が、到着後の仕事はかどり国益に寄与するかも?なんて考えは、マルクス・レーニン主義知識人であり、裕福とは云えない地方の農家に生まれ、国家統一学力試験で全国一の成績を収めた神童であるバッタライ博士の辞書にはない。のだろう....

彼は首相府の機関として、国民からの苦情を聞く24時間ホットラインを開設した。電話、FAX、メイルなどを使った、現代の目安箱である。また月に一度、国営ラジオの生番組「首相とともに」にも出演している。ここでは、電話で寄せられる国民の声に直接生放送で応えている。

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彼が他の首相と違う点のひとつは、陳情の内容を自分でノートにメモすること。

真面目。

ラジオ番組でも、とにかく誠実な語り口で、どんな質問にも冷静かつ親しみを込めて回答しているのだが。しかし、私にはこれが民主的な姿勢に見えない。

質問内容は、国道沿いのドライブイン厨房が不潔だの、停電の多さや電話回線の不調など、「なぜ、そんな細かいことを首相に云う?」というものも多い。結局、然るべき機関が無責任だと云う事ではないか。ネパールの行政システムを改革することなく、個別の問題を首相に陳情してどうなる?首相府の対応も継続的かつ根源的問題解決ではなく、その場限りの人気取り対応に限られている。

これを見ていて、ラナ将軍独裁時代の「チャカリ」を連想してしまう。

陳情者が直接将軍のご機嫌を伺いつつ直訴するシステムである。アクセスのある有力者のみならず、庶民は将軍の車列の前に飛び出すなどして、必死の覚悟で話を聞いてもらったらしい。ここで将軍閣下が「ふむ」と納得すれば、鶴の一声で問題解決となったそう。 


バッタライ首相は個人の資質として誠実で、真面目で、優秀で、信頼できる人間性なのだと思う。 それでもなお、彼はスーパーマンではない。有象無象、魑魅魍魎の連立内閣を率いる中で、首相の主義と全く相容れない主要閣僚もいるだろう。

同時に、首相に陳情する人たちの姿も情けない。庶民より、政府の然るべき地位のある、本来名誉ある人まで。手のひらを合わせ、腰を低くして、王侯に取り入るような物腰でお願いをする姿は見ていられない。

ネパール人の伝統的メンタリティの限界だ。

論理的かつ現実的な、具体的計画をまとめ上げることもなく。ただ、「あなたさまのご厚意を賜りますよう」と、その場で口頭の陳情で何とかしようとする。問題の根源ではなく、枝葉末節への対処で何とかしようとする。根源にメスを入れると、自分も泥をかぶらなくてはならないし。それはイヤだし。と見えて仕方ない。

首相自身は、真の改革者を目指しているんですか?それとも、単なる不満のガス抜きをしているんですか?あなたのイデオロギーも、結局はネパールという井戸の中のお題目なんでしょうか?

そんな質問をぶつけたら、バッタライさんは何と云うだろう。

希代の自己犠牲か?毒まんじゅう食ったか?

連立政権入りが確実視されるマオ派であるが、ダハール議長が突然勝手に立候補を取り消した。認めがたい。と、副議長バッタライ派が不満を表明。バッタライ派は、入閣拒否で臨むとか。

マオ派党内の分裂が、さらに深刻化する可能性が高い。

ダハール氏の見識が、どちらに転ぶか。現実路線で、連立与党となった強みを生かして勢力拡大か。マオ派を割るための、政治的罠にはまったか。現状では、まだ何とも云えない。

現在インド訪問中の大統領が帰国後、明後日日曜日、カナール氏の新首相就任宣誓式が行われる予定だ。このとき同時に、ごく少人数の新内閣が発足する見込みである(後日拡大改造)。

ジャラナート!で、決まった

昨夜、急転直下で、7ヶ月ぶりにネパールの新首相が国会で選出された。統一共産党、ジャラナート・カナール議長である。

NHKニュース


票を割ってどの候補者も過半数を取れぬよう(インド政府が画策したと噂の)、マデシ政党からの立候補があり、今回も決まらないとの見通しであった。ちょうど亭主はお父さんの法事。私はプロジェクトの仕事で多忙。現場での撮影無しで情報だけ送りますから.....と、ニュースの方は軽くいなしていたら。

午後、プロジェクト業務で国営ラジオの総裁室に出向いたら、雰囲気がおかしい。いつも親切でソフトな総裁が

「ミキさん。マオ派のプラチャンダが立候補を取り下げるよ。統一共産党の支持に回るから、首相はカナール。マオ派との連立政権だ」

と、教えてくれた。

もう、どっひゃ〜であり、法事のあとでまったりしていた亭主は機材を取りに行って国会にはいる。私は6時過ぎまで昼間の仕事をして、それから夜中まで、ニュース業務と相成った。 早朝のランニングから活動し、予想外の緊張取材となったため、心底疲れた。めまいがした。

ありがたいことに、今日はネパールでは祝日。昼間の仕事は、明日土曜日と続けて連休である。休もう。軽く走ったりして。針治療にも行こう。

今日だけは、許して欲しい。

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さて、マオ派プラチャンダ氏の立候補取り下げ演説。新首相を選出させないという陰謀を打破するため、自分は今回、自らを犠牲にするとの内容。体面を保ち、しかも統一共産党支持で、連立政権への参加を決めた。

二つの共産党の、政治的世渡りのうまさが印象的だった。

一方、コングレスのパウデル候補は悔しさ全開で、「全ては茶番劇だ!」と吼えていた。まず間違いなく、コングレスは与党にまわる。

過半数での政権運営には支障ないが、議席の三分の二以上の賛成が必要な新憲法制定は、先行きが見えない。 

武器監視と云いながら、実は

ランニングの事ばかり書いているこのブログ。ネパールの政治や社会情勢について、私自身の関心が湧かないのである。

元々、政治も、マオ派も、美味しい食べ物も、ヒマラヤも、自転車も、コマダム系情報も、全く同列な重要性であった訳で、けぇがるね?日記には高尚な内容はない。きっぱり。鉄板で言い切りたい。ブログなんて(なんて、ですよ)、日々の生活の垂れ流しであり、もっとはっきり云うと、精神的排泄物だ。どうせ出すなら、健康なウ☆コでありたい。

とまぁ、お下劣に吼えても仕方ない。


さて、先日活動を終了し、撤収した国連のネパール支援団、UNMIN(アンミン)。マオ派解放軍戦士が暮らす、全国7つのカントンメントと、カトマンズ市内チャウニーでは国軍の、武器庫のモニタリングを行っていた。同時に、紛争や平和構築の専門家によるネパール全国の調査と、政情分析も行われていた。

ここには数多くのネパール人も雇用され、我々の業界からも、英語に堪能で状況分析能力の高いネパール人ジャーナリストたちが、「公報」「分析」「翻訳」「写真/ビデオ記録」などの分野で活躍していた。チャンスをつかんだ仲間たちは、UNMIN勤務のおかげで、家を建てたり、土地を買ったり、車を買ったり、子弟の教育に力を注いだ。彼ら/彼女らが海外流出することなく、自国で、自国と自分の生活の安定のため、充分に活躍できたことは目出度いことだ。

イヤミを言っているのではない。本心から、仲間たちの活躍を心強く見守ってきた。

某筋から漏れ聞いたのであるが、撤収作業の一部として、過去4年間の全ての作成文章を、コンピュータのハードディスクから紙にプリント・アウトしてファイリングし、ニューヨークに送るという作業を行っていたらしい。これら膨大な紙資料は、何処にどうやって保管されるのだろう。このご時世だというのに、デジタルアーカイブスではダメな理由は何だろう?


これまた、とある西側情報筋から漏れ聞いた話であるが。マオ派解放軍のカントンメントで、武器庫のモニタリングが行われた理由は何か?武器、武力の監視による、和平体制の維持はもちろんのこと。しかし、裏技というか、隠されたミッションがあったのでは?という観測がある。

それは、国連が武器監視に係わることにより、マオ派解放軍の生活に関して諸外国からの援助を引き出すこと。そして、働かなくても衣食住が保証される甘〜い生活に、解放軍戦士たちを漬け込むこと。この結果、再度ゲリラ戦には戻れない。言い換えれば、昔のような苦労が出来ない人間に作り替えてしまうことだ。

政治的に何があっても、マオ派党内がどう転んでも、再度の内戦は出来ないように、武力をスポイルしてしまう。結果、ネパールの和平構築に、変化球で貢献すると云う事だ。

国連史上最大の失敗。インドの国際政治力に蹂躙されて追い出されたUNMINなどという、厳しい批判にも晒されたが、この隠されたミッション、マオ派解放軍堕落・骨抜き作戦の観点から云えば、確実な成功を収めたという、密やかな評価を無視することは出来ない......ような気がする。確信的に。

世界各国の現役バリバリのエリート軍人が終結していた訳であり、各国軍のインテリジェンス工作活動は、実は大変高度なものであったと云われても、不思議ではない。う〜む、佐藤優先生的世界であったわけか。

以上全て、あり得る与太話として、読み飛ばしていただきたい。

だって、ブログだも〜ん。

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緊迫するエジプト情勢について。中東全般について。中東の窓

このブログ作者は、アラビア語を専門とした定年退職キャリア外交官、野口雅昭さん。現役を退かれ、外務省の情報ソースの外におられるとはいえ、この情報量と分析は、日々大変興味深い。野口さんは、アルピニスト野口健くんの生みの親.....と云うか、お父さんでもある。

議員の憂鬱

元旦の山岳耐久レースのため、昨日夜ポカラに着いた。
日本人強豪ウルトラランナーSさんと、うちの夫婦の3人で、夕食は「ポカラに来たら、これを食べなきゃ!」な、ダムサイト・モナリザのタカリダルバートを堪能。美味しくて、つい、食べ過ぎ。レース前のカーボローディングと、言い訳してみよう。Sさんから、日本の、世界トップレベルの耐久レースやランナーのお話を伺え、非常に刺激を受けた。トレーニング方法についても、教えていただいた。

今朝はゆっくり起きて、7時過ぎから30分ほど、レイクサイドをジョギングした。カトマンズに比べて温かい。久しぶりに、汗をかいて爽快だ。カトマンズの朝ランはこの時期、霧で寒くて、もっと長い時間と距離でも、汗が出ない。

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さて、これに先立つ12/29。パタン市内の某書店で、某マデシ政党の中核政治家・現職国会議員氏にばったり出くわす。寝技・立ち技系のくせ者政治家であるが、インテリで、なかなかさばけた彼とは、以前から親しくしていただいている。

「おお、ミキじゃないか。今日は何だか、リラックスしている感じだね」
「はい。私たちにとってはお正月は、仕事をやりくりしても休暇を取るシーズンですからね」
「そうだね。来年があなたにとっていい年でありますように」
「ありがとうございます。私たちが個人として、そしてネパール国全体にとっても、来年は大きく前進できる年になりますように。祈っています」

と、最後の私の言葉で、彼の顔が見る見る険しくなってしまった。

国を引っ張る政治家の一人である彼だから、国全体のことを云っても当然の筈なんだけど。

この手の善意の挨拶だけで、それが嫌みに受け取られてしまう状況が、ネパール政界の中に根深いことがあるのね。なんとも、複雑なことだ。

今年最後のブログであるが、明るい話題にならなかったのが残念である。しかしこれが、今年のネパール。来年はどんな一年になるだろう。粛々と、見守り続けていきたい。

先のことは、予測はしても考えず

最近、時々バンダ(ゼネスト)が行われるようになってきた。石油製品の値上げ反対であったり、政党の学生組織同士の暴力沙汰が原因であったり。なのであるが、機動隊と衝突をしたり、スト破りで走行中の車両が襲撃されたりの過激さがない。数は少なくても、タクシーや個人のバイクは走っている。

バンダによっては、全く、何の影響もなく普通通りであることさえ。

先日は学生組織のストであったため、用心して徒歩で出勤した。1時間ちょっと、6キロ強のウォーキングで、これくらいは何でもない自分なのだが.....あ〜、自転車で行けたのに。と、街の様子を見て思った。次回のバンダは、自転車を出すぞ!と、そんなときに限って、自転車も止められたりするものだ。以前リングロードで、自転車に煉瓦の破片を投げつけられたことがトラウマになっている。当たらなかったから良かったが、あと30センチ前にいたら、脇腹を直撃されるところだった。肋骨、折れてたよ。危なかった。

12月に入っての、腑抜けた、口先バンダを見るにつけ、

やるなら、バシーッ!と全部止めちゃいなさいよ。そうじゃないなら、バンダなんてやるな。(゚Д゚ )ゴルァ!! と思う。

迷惑千万なのだ。

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2011年は、ネパール観光年であり、この年だけは「バンダをしません」と、各政党が署名して宣言したが。そんなこと、信じられません。

来年も新憲法は出ないこと確実であり、4月、5月は政治的に混乱する可能性がある。そうなりゃ、バンダでも何でもありになるだろうし、マオ派との内戦を終結させた包括的和平の大前提さえ吹っ飛ぶ可能性は、ゼロではない。最悪のシナリオなら、........でっせ。

来年の予定など、一生懸命きちんと計画したり準備するものの、心のどこかに

「ネパールの世間は諸行無常。何が起こってもメゲないでいよう。まあ、悪いときは悪いなりの仕事も降ってくるからさ」

と、タカをくくっている自分がいる。

今日を生きる。

先のことは、予測している。しかし、思い悩むことはしない。

最悪の事態を心に留めて、最善を期待して、脳天気。

粛々と、出来事に対処していこう。

至る処に、ミニ・キング

カトマンズで、結婚式の手配に携わる友人(ネパール人)がいる。最近、彼が放ったひとこと。

「今のカトマンズ。金持ち、小金もちの家の結婚式が、王族の結婚式の真似事になってるんですよ。いやはや。至る処に、小さな王さまですね。こっちは商売繁盛ですけど」

元々、冠婚葬祭にお金をかけるのは、カトマンズ都市文明を築いたネワール族と、元王家や将軍家を含む上位武士階級。

結婚の贈り物でも、キンキラのゴールドが大好きなネパール人であるが、最近は誰が流行を持ち込んだのか、ダイヤモンド・ジュエリーが大人気である。伝統的に、ダイヤや宝石、真珠の宝飾品は王族、将軍家などの貴族だけが身につけるものであったが。現在は、庶民も、それぞれの懐具合に見合ったダイヤを身につけたり、結婚の持参品にするのが流行している。

結婚の式次第、会場の飾り付け、花婿・花嫁の衣装など、金銭的に余裕のある市民が、王族・貴族の風習をコピーする実例が、私の身の回りで多い。

政治的に王政が廃止されて以降、冠婚葬祭、特に王族スタイル結婚式が増えたような印象である。

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さて、こちらは本物の元王族。元皇太子のパラス・シャハ氏のご乱行が、世間を騒がせている。

先日土曜日、チトワン国立公園の中にある「超」高級ジャングルリゾートで、シャハ氏がピストルで一般人を脅迫したとの報道だ。しかも脅迫されたと云われるのが、ネパール政界の名門コイララ家の、バングラデシュ人の婿。元首相ギリジャ・コイララ氏の娘で、なりふり構わぬ権力志向で有名な、現外相/副首相のスジャータ・コイララ女史の娘婿。

シャハ氏の主張では、ネパールや自分の家族を侮辱され、耐えきれなくなったため、自分一人で外に出て、あまりの怒りに1発、空に向けて発砲してしまった。脅迫などしていない。とのことだ。

ピストルを携行していたシャハ氏も法律を無視している可能性が高いが、ビジネスマンと云われるコイララ家の娘婿氏にも、色々な噂もある。姑たるスジャータ女史の言動も、物議を醸すことが多い。

事件の舞台になったリゾートは、1泊、数百ドルもする、ネパール離れした世界。本物の元王族や、政治権力エリートは、庶民離れした場所で、かなり特殊なオイタをするものだ。海老だか何だかの坊やも、こりゃ負けるね......と、感心している場合か? 

シャハ氏の行動や、ピストルが合法的に登録されていたかどうかなど、警察の捜査も進んでいる。以前は法の罰則にかからなかった王族が、現体制の元で、然るべき法の規制を受ける初ケースになるのか?注目されている。

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一方、首相辞任後5ヶ月も後継が決まらず、政治も空転しているネパールで、象徴的国家元首であるべき大統領の動きが活発化している。

大統領の権限で、臨時国会が、12/19に招集されることが決定した。国会の召集は、議会が政治的に決定するもの。しかし、政党間の話し合いが全くまとまらない現状。大統領が乗り出さざるを得ない環境がある。

このまま政治が空転を続けた場合、大統領の強権発動がより大きくなっていく可能性がある。これはなかなか、危険な賭になるかもしれない。大統領による全権掌握などと云うことになれば、人はそれを「クーデター」と呼ぶだろう。

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もろもろ、もっときちんと報告したいのだが。先週から3年計画の仕事がはじまってしまい、14年ぶりに、フルタイムの普通のお仕事をしている。しかも、以前からのニュース業務も継続して続けることになっているため、時間的余裕が少なくなった。

趣味のランニングは、夜明けにしか時間なく。自他共に認める寝坊助の私が、朝5時に起きる毎日となってしまった。

日本での生活なら、普通のことなのかもしれないが。

このままでは、済まない予感

エベレストで放電.....もとい、仕事をしている間に、ネパールの世間もいろいろと動いていた。

ネパールの新首相選出は、4ヶ月たってもまだ決まらず。

マオ派については、参加者6千人で7日間という、政党としての大規模な拡大会議を敢行したにもかかわらず、ダハール議長と、他のリーダーであるバタライ氏、バイディヤ氏のイデオロギー断絶の溝は埋まらなかった。

3派の妥協も、党としてどの論理を採択するという結論も出ず。マオ派が政党として、3つに割れていることを内外に再確認させるだけに終わった。これが普通の政党とは別な意味で厄介なのは、マオ派は、自党の武装組織(人民解放軍)を保持しているという現実がある。

自党内が混乱したままで、国軍との統合問題を他政党、政府、国連と交渉することには、マオ派としては大変な困難だ。

同時に、自党内のイデオロギー闘争がある限り、党内の3つ巴勢力各派とも、自前の武装組織を手放さないのではないだろうか?

そしてあと半年弱で、また、新憲法制定の期限がやってくる。制憲議会を1年延長したにもかかわらず、また出来ませんでした。が、来年も許されるのだろうか?


冬の間は小競り合い程度に済むとしても、来年の春から初夏にかけて、何も起こらず過ぎていくとも思えない。

起こるべき予想図の最大を考えると、かなり厄介だ。最少のレベルで、次回もウネウネと何とかなる可能性も高い。

ネパールという国で、来年の計画を立てたり考えるのは、毎回毎回、気がが重くなることばかりである。でもこういう国だからこそ、自分のような人間の活動意義があるのであって。

何とかするために、自分は生きている。

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ネパールの冬の風物詩。停電時間の延長です。日本大使館領事部のみなさま、いつも情報をありがとうございます。助かっています。 

2010.11.28からの計画停電実施表.pdf

ネパールで吟行するなら、停電は冬の季語ですね。 

緊急入院、コングレス新党首

ネパールにおける主要政党のひとつ、ネパリ・コングレス党の新総裁に、スシル・コイララ氏(68) が選出された。

スシル氏は、有名なコイララ一族の出身。1950年代以降、コングレス党政治家として地道な活動を続けてきた。

良くも悪くも「突出したキャラクター」の出るコイララ一族の中では、地味な存在である。もっとはっきり云えば、影が薄い。健康状態は、頑強とは云えない。しかし、悪い噂を聞かない。生涯独身で妻子がおらず、自己の権力を家族に継承させようというギラギラした側面がない。 

現在の国会には議席がないため、コングレス党からの首相候補にはなっていない。選挙に落選しても、比例枠で国会議員になり首相になったり。落選して議員でないのに、主要閣僚になっただけでは満足せず、副首相になっちゃったりする政治家が幅をきかせるネパールでは、まともな人間に見える。少なくとも、表面的には。

そんなスシル・コイララさんなのだが、党首になった途端、肺炎で入院してしまった。

伝統的権力者の利益を代表する筋から、マオ派も真っ青のラディカルな政治家までを擁する、混沌の政党ネパリ・コングレス。この党首は激務であること、想像に難くない。スシルさん、大丈夫か?それとも、単なる御神輿に徹するのか?だとしても、寝技、腹ワザは必要だろう。


さて、今日のインドラ・ジャートラであるが、今のところ不穏な様子はない。事前に動きがある場合、カトマンズの日本大使館からの注意喚起メイルも入るが、今のところ届いていない。

私の心配のし過ぎ。になってくれることを、祈っている。 

インドラ・ジャートラ、混乱か?

政府により、元国王の元クマリに対する顕彰式典出席が禁止された今日。ヒンズー教支持青年団が9人の元クマリたちを、夕刻、元国王シャハ氏の私邸に連れて行き、そこで顕彰式典を行っている模様である。

同組織は、明日、クマリの山車巡幸初日儀式に国家元首として出席するヤダブ大統領や、政府のトップとして臨席するネパール首相の来訪を阻止する!との気勢をあげているらしい。

一方政府は、元王室メンバーの宗教・文化儀式への来賓出席をしばらく禁止する閣議決定を計画中との未確認情報がある。

インドラ・ジャートラについては過去にも、世俗国家を主張する時の政府と、祭を国家的規模で存続を願う住民が衝突。レンガを投げ合い、機動隊が催涙弾を発射する事態になったこともある。

明日のクマリの出現には、ネパールの善男善女だけでなく 、多くの外国人観光客も見学のため集まる。明日の予定に入れている日本人のみなさん。状況をよく見て、情報を集めて判断してください。

信教の自由に対する線引きは難し

インドラ・ジャートラ祭がはじまった。

明日からは、クマリ(国家守護神の女神が宿ると云われる、女児の活神さま)の乗る山車巡幸もはじまるカトマンズ。今日は、過去、子ども時代にクマリを勤めた9人の女性たちを顕彰する式典が、クマリの館のあるバサンタプル(カトマンズ、ハヌマンドカ旧王宮地区/世界遺産サイト)で行われたそうだ。主催者は、ヒンズー教支持青年組織。

ここに主賓として、ギャネンドラ・シャハ元国王が招待されていた。しかし直前になってネパール政府内務省は、「警備上の理由」で、シャハ氏の出席を禁止したそうだ。FMラジオのニュースによれば、元国王の警護にあたっている武装警察に対し、シャハ氏の外出を認めないよう命令が下ったとのこと。


カトマンズをはじめとする、かつての国家宗教であったヒンズー教や一部の密教は、王政と分かちがたく結びつき、双方の権威発揚のために、渾然一体となってきた側面がある。王政が廃止されたから、では、新しい国家元首たる大統領では.....認めがたい!という人たちがいる。

世俗国家になったネパールでは、信教の自由が認められている。今でも、元国王を「神の化身」と信じる人たちの信教の自由は認められるべきである。同時に、元国王派の動きが、純粋な宗教上のものであると信用できない人たちがいるのも当然のこと。ネパールに限らず、宗教は権威と結びつきやすい。しかも、伝統的国家の家長から、政治的強権発動を厭わない権力者までの「過去の顔」を持つ、ギャネンドラ・シャハ氏であるから。

共和制の導入後、インドラ・ジャートラ祭に対する政府の態度が引き金となり、衝突も起こっている。シャハ氏の行動規制については、事前に危険性を回避するための措置とも見える。


このような、ややこしい論争とは全く別に、純粋に自分たちが敬ってきたクマリ女神の祭を心待ちにしている多くの人たち。そんな人たちの気持ちが踏みにじられることがないよう。祈るばかりである。

UNMIN、コングレス、雨降り

今年の雨期は、後半がヘビー。未だに午後〜明け方まで雨が続いている。昨日は夕方、雨が止んだ時間帯に自転車で帰宅したら....ドロドロの泥で湿った路面から、後輪のはね返しをもろに受けて、サイクルパンツのお尻がドロドロどろりんちょ(背中のバックパックは、カバーをかけて完全防備)。

この時期のカトマンズ泥には、病原菌が豊富に含まれている。帰宅後すぐに薬用石けんを使ってシャワーして、着ていたものを全て洗濯。

本日はこれから、路面が乾いた頃ちゃり通勤で出社する。それまでは自宅で勤務中。


さて、ネパールの和平を支援するための国連政治ミッションUNMINの任期が、来年1月15日まで4ヶ月延長となった。現在のネパール暫定政府と一部政党は、「UNMINはマオ派寄りだ。和平プロセスの遅延を、ネパール側にだけなすりつけている」など、以前から批判しまくり。 

UNMINや国連安保理も、ネパール政府側の「ボクたち、悪くないもんね」論理に怒り心頭。国軍とマオ派解放軍の統合問題など、解決しようと/しまいと、来年1月以上の再延長はしないという最後通達で臨んでいる。

ネパールの包括的和平体制には国連さんも必要です!と、国連の関与を推進したのも当時のネパール政府。やって来た国連さんが、ネパール政府の言いなりにならないから、もういりません!と手のひらを返したのもネ政府。ネパール側の、ネパール国内でしか通用しない言い分では

「あなたたち国連職員は、ものすごい高給をもらっている。現場に行くのも、専用ヘリを飛ばしまくり。車で行くにしても、最高級の4WDでしょう。その【超おいしい】仕事を創設してあげたのは、ネパールでしょ。これに感謝して、ネパール政府の云うことを聞きなさい。中立ではなく、現政府を支持しなさい。成功したらネパール側に。失敗したことは国連側が責任を持ちなさい」 

ということだ。高給、ヘリ使いまくり.....という部分はそうなんだけど、でも、それが国連スタンダード。そんなことに文句を言うべきではない(云いたくなる気持ちは分かるが)。

前任のマーティン代表は「何があっても、表面上はソフトな 態度」で。現在のランドグレン代表は「明瞭に、正々堂々と」したアプローチで、真摯に取り組んでおられる。お二人とも、素晴らしい人間だ。少ない機会であるが、直接お目にかかった私はそう確信している。

都合のいいときだけ「ガイジン」を呼びつけておいて、煙たくなったら追い出そうとするネパールの態度は、痛いしっぺ返しを喰らうだろう。その結果で苦しい思いをするのは、政治家たちではなく一般市民である。

国連の言いなりになる必要はないが、しかし、同じ人間として、最低限の尊敬は必要。立場は違え、ネパールの和平のために来てくれた人たちなんだから。その上で、ネパール政府は、するべき主張をきちんとすべきなのだ。

国際政治は、そんなきれい事じゃないよ。という部分も分かるが、でも、やっぱり、人間同士。王室が政治の表舞台を去ったあと、仮想の敵の立場にUNMINを据えてはイカンでしょうに。


ネパール主要政党のひとつ 、ネパリ・コングレス党の党大会が今日からカトマンズで開催される。G.P.コイララ氏亡き後、次のリーダーを決める党首選出も行われる。誰になるかな?


さいごに、新しいiPod Shuffle が出た。私はこの前の世代の、本体にリモコンがついていないShuffle4BG(もらいもの)を愛用中。日本から外付けリモコンを取り寄せ、愛用のヘッドフォンを使っているのだが、本体に操作ボタンがないのは不便。

今回のリニューアルでは、本体にリモコンがつくという以前の形態に戻った。ほぉ〜っ.....と仕様を確認してみたら。あっ!2GBのしかないじゃん!!4GBのがほしかったら、使いにくいので我慢しなさいという、リンゴの戦略かい。

ふんっ!! 

冗談では済まない話

9月10日(金)の昼間、カトマンズの国際空港ではバンコクから来たタイ航空機が着陸態勢に入っていた。もちろん、カトマンズ国際空港管制塔の許可が出ていた。

この時同時に、どういう理由か分からないが、管制塔は国内線のイエティ・エア航空機に、離陸許可を出してしまっていた。

滑走路まで3ノーティカルマイル(5.5km強)まで近づいていたタイ航空機のパイロットが、目視で滑走路上のイエティ機体を発見。急上昇して、衝突が避けられた。報道によれば、機内で映し出されていた着陸のビデオ画像でも、乗客にイエティ機が見えたそうだ。

最悪、二つの航空機が滑走路上で衝突。多数の死傷者が出るのと同時に、ネパール唯一の国際空港が致命的なダメージを受け、最低でも数日間の閉鎖に追い込まれていただろう。

この事態が管制塔から空港当局に、すぐには報告されなかったそうだ。管制官も人間であるから、間違いは起こりえる。しかしこの種の間違いは、あってはいけない。起こったとすれば、すぐに報告。徹底的に真相究明をすべきだ。そういうことも出来ないなら、ネパール政府は観光振興を呼びかけても、全く意味がない。

飛行機事故については、自分や家族が搭乗している可能性がある。惨事が起こったあとは、無関係ではいられない業界の仕事もしている。そんなニュースは勘弁して欲しい!と、心から思う。

冗談じゃない!

二つの顔を持つ電話

カトマンズでは、2週間以上続いていた連続豪雨が終わったようで、今日は朝から青空が広がっている。

晴れれば蒸し暑く、降れば肌寒く、朝晩は既に秋の気配。春・秋の季節の変わり目、ネパール名物と云えば。病人続出。うちの家族は私以外亭主と愚息、そして住み込みの書生くん、午前中の留守番と朝の炊事をお願いしているバイニ(ネパール語で、妹のこと。年下の女性への呼称)まで時間差でダウンした。あろうことか、愛犬ランちゃんまで高熱出してふらふら。獣医さんの薬で回復中だが、普段は外飼いのところ特別に家の中で眠らせてもらって、身体は苦しそうだが目つきがうれしそうなところがせつないまでにいじらしい。

心配なのはバイニ。先日まで帰省中だった東ネパールの村で腸チフスにかかってしまい、現在入院中。ネパールでは腸チフスはインフルエンザ程度の頻度と程度で快復する(特効薬を飲めば心配なく、巷にありふれている病気)ものだが。入院するとは余程の場合。2週間の村での生活。往復の長旅がきつかったのだろう。帰省後うちに半日顔を出しただけで、そのまま自宅で起き上がれなくなって入院。

おり悪く、私も亭主も外回りの多い時期。書生くんも朝は大学に行かねばならない。となったら、朝9時頃食べるダルバート(ネパール定番のごはんセット)は、昼間学校の息子が作ってくれるし、夜のダルバートは書生くんが担当してくれている。

私が頼りないばかりに申し訳ないが、台所仕事の出来る書生と息子は、正しく育っていると確信している。へへへっ.....


前置きが長くなったが、ここ5年以上使っていた携帯電話機のカバーが壊れたため、新しい電話機を買う羽目になった。

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えっ、ブラックベリー(海外ではiPhoneと人気を二分するスマートフォン)?と云う外観だが、インドのブランド。電話機自体は、中国製との噂。お値段は、8,500ルピーで、1万円弱。

これまでず〜っとノキアの電話機しか買わせてもらえなかったところを、今回は反旗を翻し。亭主も、仕事関係者もみんなノキアなので、仕事中の充電に、充電器を使い回しできる!ということで、各方面から「ノキアであること」を求められてきた。

今回何故この電話機にしたのか?というと......

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この電話機にはシムカードが2個装着できるため。1台の電話機で、2回線の使い回しが出来るのだ。どの番号にかかってきた電話も、これ1台で取れるし(2回線の同時会話はダメ)、電話をかけるときも、どちらかの回線を選ぶ事が出来る。

ネパールにはいくつかの系統の携帯電話回線と、別会社が存在する。このどれかひとつを持っていても、全然つながらなかったり、電波状態が悪いことも多い。このため、普段から別系統の携帯を2つ、3つと持っている人が、メディア関係者には少なくない。業界にとって、電話とネットは「命綱」だから。

私は以前から、ネパール・テレコムの回線を持っていたが、時々、電話機をたたき壊したくなるようなつながらない、聞こえないというイライラを抱え続けてきた。今回、民間のNcell(エヌセル)社の営業マネージャーさん(友人)のご厚意で

98510−★☆−◎◆△ テレコム番号
98010−★☆−◎◆△ Ncell番号

と、非常に憶えやすいNcellのポストペイド番号を都合してもらった。このシムカードを買いにNcell本社に行ったとき、ついてきた亭主まで、自分の以前からの番号と上記のような酷似の番号回線を買ってしまった。


ノキア至上主義者の亭主は、未だに「バッテリが爆発するぞ」「1年使えるかな?どうせすぐに壊れるよ」「バッテリはすぐにヘタれるぞ」と批判的態度を続けているのだが.....ノキア自身にも2つのシムが差せる電話機は出ているが、まだネパール市場には投入されていない。

数ヶ月後には、彼もこの手の電話機を使っているかも知れない。現在亭主は、左右のポケットに一台ずつ2個の携帯(一個は私のお古)を入れている。


Ncell社での「テレコム番号と酷似番号何とかしましょうサービス」は、今のところ一般には提供されていない。簡単にどこでも買えるプリペイドではなく、会社契約が一般的なポストペイド(料金後払いシステム)で、営業にコネのある人にだけ便宜を図っているそうだ。

テレコム回線だけでは困っている、在ネパールの事業所、公的組織のみなさん。必要であれば、Ncell営業にアプローチしてみてください。

あなたの通話も、狙われている。

仕事場からの帰路、パタン旧王宮の近くで用を済ませ、そのまま進んだら、道路が大渋滞。何だろ?と思って気がついた。今日はクリシュナ・アスタミー(クリシュナ神生誕記念日)。バタン旧王宮エリアにある、クリシュナ神のお寺に参詣する人たちだ。さすがは、ネパール。神さまの誕生日で祝日。

私には、休みはなかったのだが。フリーの仕事をする人間には、仕事があるのは有り難い限り。仕事のない時期は、毎日が日曜日だから。そっちの方が、百倍辛い。


さて、ネパール在住の皆さま。日本をはじめとする外国から、携帯電話にかかって来る電話。相手の番号表示が、ネパールの国内携帯電話番号になっていることがあるのにお気づきでしょうか?実はこれ、国際電話のネパールのゲートウェイがハッキングされているそうだ。

私の場合、日本の固定電話から私の携帯にかかってくる電話は、国際電話の「番号非表示」で、通話の状況も比較的良い。しかし日本の携帯電話からかかってくる場合、ネパールのプリペイド携帯電話の番号が表示され、相手の声が聞き取れないような事が多い。

ネパールの新聞報道によれば、国際電話のネパールゲートウェイをハッキングする犯罪が問題になっている。このハッキングした通話をネパールの携帯電話番号につないで、ここから通話先のネパール国内携帯電話につなぐのだそうだ。こうすることで、ゲートウェイの収入になる国際電話の取り分が、ハッカーたちの銀行口座に回ってしまう。このため、ネパール・テレコム、NCell、UTLというネパール国内の電話会社は大損害。ハッキングされた回線の「経路」として使われる携帯番号は、盗難、紛失されたシムカードが悪用されるという。プリペイドシムの場合、紛失しても、リチャージ分の損にしかならないため、電話会社に出向いて回線を止める手続きをしない人が多い。

ハッカー組織を、ハッキング機材ごと摘発する事例も続いている。同時に、「経路」として使われている電話番号シムを使用停止にするモグラ叩きのような作業が、各電話会社ごとに続いている。報道によれば、各社合計で毎日2千もの携帯電話番号を使用停止にする作業が続いているそうだ。

携帯電話網の整備が全国各地で進むネパールには、ハイテク犯罪も同時に広がっている。


インターネットや携帯電話のショートメッセージを通じた、銀行のネット決済システムも広がりつつあるネパールだが。国際電話の大元がハッキングされる社会である事を考えるに、利用する気が起きないでいる。

ネパールで銀行のシステムがハッキングされたことは、今まで聞いたことはないのだがね。心配のしすぎというか、その前に、口座の残高をもっと増やせ!という声も聞こえる。 

変則ばかりの、ネパール政治

ネパール国会では、週明けの月曜日、3度目の首相選出選挙が行われる。しかし今回も、現状では、以前2回同様どの候補も過半数の得票が取れない可能性がある。

ネパールの政治。現在、ネパールの有権者が選出した定数601人という制憲議会、兼、暫定国会議員がいる。しかしここから「政府」「内閣」を作り出す段になると、2つの選挙区で落選した有名政治家を、法的には合法でも、政治倫理的には無茶苦茶な方法で復活当選させ、首相に選出したり。はたまた、落選した政治家を議員外で主要閣僚にし、果ては副首相にしてみたり。

現在の首相選にしたって、政党と云うよりも、主要政党内での政治家個人のエゴが剥き出しだったりして、実に目も当てられない。

新憲法制定のためには、結局、主要政党が一致団結しないと三分の二で可決できない。政府や法案の可決は過半数でいいのだが、新憲法やその関連案件については、三分の二の賛成が必要なのだ。

だからして、残り10ヶ月となった期限の中で新憲法を成立させるためには、この際、挙国一致内閣を成立させることがその第一歩になるのはわかりきったこと。なんだけど......出来ない。

政治においては、時に寝技や密談も必要だろうが。こう、何から何まで変則的なことばかり続くネパール政治には、希望が持てない。 

現在、議会内最大勢力であるマオ派は、インド国境に近いタライ地方選出の議員政党と組んでの過半数を目指していると聞く。もしこれが成功したとしても、コングレスと統一共産党という有力2政党を野党に回すわけで、その政権基盤は、非常に軟弱になる。

これでは新憲法制定はおろか、政権運営も困難になるであろう。


と、心配は限りないのだが、見守るしかない。

このままで行けば近い将来、政治家や政党は、有権者たるネパール市民からの強烈なしっぺ返しを喰らうであろう。もしくは、政治・社会的に深刻な危機に直面する可能性だってある。

政治家諸氏自身、よく分かっているだろうのに。 

今日も決まらず、新首相

マオ派ダハール=プラチャンダ氏も、コングレス党パウデル氏も、本日も両名ともに国会内過半数得票ならず。ネパールの新首相、決まらず。

8月2日、ネパール時間午後4時からの再々選挙となる。

仕事であるから仕方ないが、今日も、亭主と二人、待ちぼうけとなった。待っててくれた人にも、申し訳なし。こーゆー国で、ネパール。 

決まらない、ネパール

昨日の暫定国会による首相選出は、どの候補も過半数の賛成票を取れなかった。統一共産党のカナール党首は、投票直前に立候補を取り消した。この結果、明日金曜日、マオ派ダハール=プラチャンダ氏と、コングレス党パウデル氏の間の決選投票となった。

明日、どちらかの候補で決まる可能性もあるが、再度、大量の棄権票が出れば、また決まらず.....となる可能性もある。

見ていてイライラする展開であるが、こればかりはネパールの政治家に任せていくしかない。ネパール国民が選んだ代表だから。ごく一部、落選したのに(比例枠で)議員になった御仁もいるが.....

今日から明日にかけて、各政党、そしてネパール政治に大きな影響力を持つインド政府筋の間で、多数派工作合戦が続くであろう。これをチキンレースと云うことは容易いし、云いたいんだけれど、ここは「ぐっ」と堪えて見守ろう。
 

マイルドに、無政府

ずいぶんと記事更新が出来なかった。ご容赦いただきたい。

さて、毎年5/29のエベレスト初登頂記念日に、エベレスト・ベースキャンプからトレッキングルートを駆け下り、登り返し、ぐるぐる回り道して42.195km走って(歩いて)、ナムチェにゴールする 、テンジン・ヒラリー=エベレストマラソン

今年もネパール人、外国人参加者合計98人が完走し、第8回大会が無事完了している。標高5千メートルを超す場所から走り出すが、これまでレース中の事故はない。ただし去年、スタート地点に向かうトレッキングの途中でロシア人参加者が、キャンプ地から忽然と姿を消し行方不明になるという事件はあった。

この大会、年々開催が難しくなってきているそうだ。地元から

「あなたたちは、エベレストの名前を利用して儲けている」

との突き上げを喰らっている。確かに、主催する側は地元(クンブー地方)の人でもなく、地元のシェルパ族でもない。カトマンズの、ヒンズー上位カーストブラーマン族が経営する旅行会社だ。

この会社に対する非難や、さまざまな噂話は、私の耳にも入ってくる。反対に、年によっては赤字になっても、エベレスト・マラソンを続けてきた主催者の姿も、自分の目で見続けている。

エベレスト街道のような、外国人のお金が墜ちる観光地には、カトマンズ資本の利権が交差する。そこに、地元住民の伝統的敵・味方ファミリービジネスが絡み合う。外から来て、数日から数週間で帰ってしまう旅人には分からない事が多い。一見、素朴で純真に見えるだけのネパール社会は、複雑なのだ。

このマラソンについては、私自身2006年大会を現地取材。2007年の大会には、ランナーとして参加した。その後主催者とは、一時期険悪なムードが漂ったこともあったが、今に至るまで良好な関係を続けさせてもらっている。

一方、この会社とは違う筋の人間関係とも、仲良くしてもらっている。

私は、特定のグループに属していない。そして、カトマンズをベースにするメディア関係者で、自分の身を張ってアドベンチャー・スポーツに「参加」できる外国人って、非常に少ない。傍観して記事を書くネパール人は沢山いるけれど。であるから、いろいろな筋の方たちにとっても、使える人間なのだと思う。

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さて、エベレスト街道ではスポーツイベントばかりでなく、氷河や氷河湖の調査についても、地元がさまざまな声を上げはじめている。

「外国人はサットやって来て、勝手に調査をして帰り、それで巨額な利益を上げている」

「カトマンズや外国で、お城のような家に住む連中が、地元に何も還元することなく勝手に調査をしている」

「これからの外国やカトマンズからの調査は、地元の了解を取って、地元に目に見えるような災害軽減対策を実施するべきだ」

などなど。

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スポーツイベントにしても、調査にしても、それぞれネパール中央政府の然るべき役所から承認をとったり、ネパールの研究機関と合同調査にしたり。と、外から来る人たちも、無茶苦茶しているわけではない。

さまざまな意見がある、地元の個人やさまざまな組織全ての了解を取り付けるのは、実際問題不可能でもある。

エベレスト街道ひとつとってみても、地元からのある面当然で、しかしそれ以上に無茶苦茶に見える主張が高まっている裏に「何」があるのだろう。それは

中央政府の統治能力の低下

としか思えない。

中央政治の混乱で、地方行政のタガが緩んできた。または、中央政府の「権威」や「モラル」が低下したため、みんなが勝手に自己主張をはじめた。

今日明日の危機ではないが、ネパール北から南まで、西から東まで。ゆっくりと効いてくる毒が回りつつあるような気がしてならない。

ネパールの判断を待つ

制憲議会の延長問題については、まだ結果が出ないしどうなるか分からない。思うことはいろいろあるが、ネパールの将来はネパール人が決めること。長い目で見て、国が民主化を実現する中でのプロセスだと思いたい。

見守り続けたい。

今週いっぱい、忙しい日々が続く。 

階級闘争、激化か?

マオ派党首ダハール=プラチャンダ氏は、今日の野外集会で、今回のゼネストを支持しなかったカトマンズ住民、報道各社、そして5/7の市民による平和集会を激しく非難した。

地方の、経済的社会的に恵まれない階層のなかで、マオ派を支持するジャナタ(民衆)や、マオ派のイデオロギーに共感して支持する知識人や資本家だけがマオ派にとってのジャナタである。これ以外は、階級の敵であるということなのだろうか?そうとしか理解できない。

では、マオ派のリーダーたち全員が、ネパールにおける「虐げられている人たち」を代表しているのだろうか?と云う気がする。確かに、たたき上げの、もしくは高度な知識や学識を持つ、規範から大きく離脱していない立派なリーダーたちもいるが、そうでない人もいる。マオ派以外の政党も同じである。

今回マオ派の言動を通じて、自党のヒエラルキーによる独裁的な政治体制の確立を、階級闘争の名の下に推し進めようとする姿勢が感じられる。ネパールの毛沢東主義者も、ソ連邦や中共同様、赤いツァーリや赤い皇帝、偉大なる頭領さまへの道に進みたいのであろうか?もしそうであれば、それが、虐げられている人たちの社会的・政治的解放に結びつくのであろうか?

ダハール=プラチャンダ氏と、ギャネンドラ・シャハ氏は、地球の反対側を進み過ぎて隣に来てしまった存在かも知れない。彼らの後ろには「上ってきた階段」があり、前には「登りゆく階段」や「転げ落ちた階段」があるような気がする。

階級闘争の名を借りた一党独裁へのアプローチには、注意すべきである。ネパールの人々がそれを望むなら仕方ないが、その判断は政治家の声の大きさではなく、選挙によって示されるべきなのだ。確かに現在はマオ派が最大政党であるが、それが次の選挙でも継続されるかどうかは、選挙をしてみないと分からない。
 

ゼネスト中止

マオ派は、党中央委員会の決定として、無期限ゼネストを中止すると発表した。

ただし、明日土曜日はデモと集会。日曜日は政府本省街を取り囲む街頭抗議活動は継続するそうである。

道路の渋滞等の「不便」はあるが、政府/マオ派/市民、三つ巴の衝突の「危機」は回避された。

昨日、今日の街の様子を取材するに、明日以降、不測の事態が起こりうる危険性や、和平プロセス事態が崩壊する可能性について深刻に心配していた。先行きも平坦ではないが、とりあえず、目の前の危機は落ち着いた...先延ばしされただけかもしれないが。

さて、マオ派が譲歩した以上、政府側も首相以下内閣総辞職と出るべきであろう。次の焦点は、次期内閣の椅子採り合戦か?マオ派を含む、挙国一致内閣が成立すべきなのだ。

5/28、新憲法公布の期限は目前。問題は山積み。 

ゼネスト、暴力の応酬に傾く

これまで平和的に推移してきたマオ派によるゼネストであるが、今日5/6になって全国的に、一斉に小競り合いが散発している。

カトマンズから南下した、インドとの国境の町ビールガンジは、物流の要所である。ここでは朝、ヒンズー至上主義者のグループがマオ派の拠点を襲撃し、マオ派に対する給食施設を破壊し、食材を強奪する様子が報道されている。

カトマンズ首都圏でも、北半分にある郊外の新興住宅街ブラニールカンタ、ジョルパティ、バスンダラで、ゼネストに反対し商店の営業を要求する地域住民とマオ派活動家が衝突。けが人が出ている。

今日一日で、ネパール全国では、マオ派、市民、警察合わせて36人のけが人が出ているそうである。 また、全国3ヶ所(フムラ郡シミコット/パルバット郡クスマ/ダンクタ郡ダンクタ)に夜間外出禁止令が発令されている。

今日のところ、国軍による治安維持は発動されていない。

マオ派とそれ以外の政党の話し合いは難航しており、今日の衝突によって、更に合意は困難になる恐れがある。マオ派は党の方針として、自党活動家から暴力的行為は行わないが、もし暴力的な攻撃を受けた場合は反撃を躊躇しないことを発表している。

明日は午前中、ネパールの経済界や文化人が「平和を求めるデモ」をすることを発表した。全ての政党や市民に対して、暴力を捨て、話し合いで問題解決することを呼びかけるものである。

ここ数日が、山場になるだろう。 

ゼネスト、どこまで続くか?

ゼネスト4日目の今日も、合意に至らず。明日もゼネストとなった。

首都圏では生鮮食品の品薄がはじまっただけでなく、銀行もATMも停止しているため、市中の現金も不足してきた。全く、終わっている。と云いながらも、何とか生活しているネパール庶民の力強さよ!

明日5/6は、主要3政党が2政党ずつの話し合いを持つ予定だ。ここで揉んだ後、合意に向けた進展が確認された後、再度3政党の話し合いとなる予定。

本来、議会で政治的に議論すべきところを、街頭抗議活動やゼネストという実力行使を使いつつ、議会の外での政治的解決を模索している。マオ派もマオ派であるが、選挙で落選した人を首相や副首相にしているコングレスや統一共産党も、誉められたものではない。

それでも、ネパールの問題を解決できるのはネパールの政治である。政治に過大な期待は禁物であるが、同時に、政治に絶望すべきでもない。ネパールの問題はネパール人だけが解決できるわけで、我々はそれを、気を長くして見守るしかない。

実に不条理だが、仕方ない。 

仲介者としてのネパール・メディア

マオ派による全国ゼネスト4日目の今日。カトマンズ市内ラディソン・ホテルにて、マオ派/コングレス/統一共産党という3大政党の話し合いが持たれている。

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本日この場所の設定、3政党に対する出席呼びかけは、ネパールの報道関係、メディア団体が合同で行った。話し合いの冒頭の取材も許可され、現在、報道陣を閉め出した密室協議が進行中。これが終わった後、再度記者会見が設定される。

会議は長時間にわたると予測されるため、ホテルの宴会スペースには報道陣の待合い場所も確保されている。 

取材する側が、取材対象をコーディネーションするという、なかなかに練れた手腕を、ネパールのメディアは発揮している。今日の話し合いで政党間の合意に達しなくとも、このメディアの手法は、なかなか。他の国ではあり得ないもののような気がする。

いかがであろうか?

続く、ゼネスト

マオ派によるゼネストは4日目を迎えた。野菜など生鮮食品の品薄と価格高騰が続いている。旅行者たちも、移動に制限を受けているし、街のレストランは閉まっている。高級ホテルの中のレストランは営業を続けているが、食材の不足が深刻になりつつある。

今回は、自転車さえも移動手段として認められていない。

マオ派は昨日夕方、カトマンズとパタン市を周回する郊外幹線道路(リングロード)を手と手をつないだ人間の鎖で封鎖した。この道路は27km強の距離であるため、首都圏にマオ派支持者が3万人以上残っているということだ。いくつかの場所では人間の鎖は2重になっていた。

このようにマオ派は、大勢の大衆が支持しているという誇示に余念がない。

マオ派は認めないが、市民生活に支障を与えるゼネストに反対する「大衆」も多数存在する訳で、昨日、今日と、首都圏ではゼネスト決行派とこれに反対する地域住民の小競り合いも散発している。ストが長引けば長引くほど、首都圏市民のイライラは高まる。大衆vs大衆の衝突が、治安部隊を巻き込んだ武力衝突に発展する危険性も増えていく。


さて、昨日一昨日、貧血で寝込んでいた。ベッドから立ち上がると、立ちくらみで歩けなかった。連れ合いが買ってきた、インド生薬のビタミンCドリンクの副作用で、血圧が下がりすぎてしまったのか?これを飲まないようにしたら、やっと、起きられるようになった。生薬=副作用なしとは言い切れないようだ。 

マオ派ゼネスト 5/2 11:00

現在まで、カトマンズ首都圏でのマオ派ゼネストは、全国から動員されたマオ派支持者・活動家が路上に出ているものの、平和的なものとなっている。

商店はシャッターを閉め、車両やバイクの交通は止まっているものの、救急車、報道陣の車、給水やゴミ収集車などの走行は妨害されていない。現状、昨日の大集会に続き、規律あるものになっている。

一方、ネパールとインドの物流拠点となる南の国境の町ビールガンジでは、ヒンズー至上主義団体がマオ派を非難するデモを繰り広げているという報道もある。ネパール首相の所属政党(統一共産党)内部では、60人の主要リーダーが、ネパール首相の辞任を求める署名とアピールを、カナール党首に提出した。

カトマンズ以外の地方都市でも、マオ派支持者によるゼネストが広がっている模様だ。

現在、ネパール政治の駆け引きや綱引きが続いている。 

マオ派のメーデー

メーデーの今日、ネパール全国から動員をかけた30〜40万人とも云われるマオ派活動家・支持者は午前11時過ぎ、市内18ヶ所からデモ行進を開始した。

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向かうのは、カトマンズ中心部のクラマンチ(野外集会広場)。広場に収まりきらない人数のため、隣接する市内の幹線道路路上にも人が溢れた。

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事前に予測されていた事態のようで、広場に隣接する地域にも、スピーチの声が流れるスピーカーが設置されていた。

これだけの巨大な群衆を、平和的にコントロール仕切ったマオ派の行動力と規律が印象的だった。底力を感じるし、この勢力を敵に回すと手強いことを、カトマンズ市民や政府治安組織にも誇示する事に成功したと云える。

今日、私にとって一番印象深かったのは、ダハール=プラチャンダ党首の演説直前に披露された、マオ派芸能部による革命ミニオペラであった。

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若い男女マオ派活動家が、治安部隊と路上で衝突してもそれに打ち勝つ様子。そして最後に、同じくネパール国旗の元でマオ派活動家と(マオ派演じる)国軍部隊が抱擁を交わし、両軍の統合を印象づける。舞台に舞う紙吹雪。敵対していた全ての登場者が、誇らしげに胸を張って舞台を行進する。明日のネパールをリードするのは、マオ派である。という、ステロタイプのフィナーレ。

私はマオ派の支持者ではないが、ジャニーズ系の軽やかなダンスに感心し、感動のラストに、ちょっと、胸が熱くなってしまった。共産党の芸能部というのは、オルグのための最終兵器だ!ネパールに限らず、どこの国でも。

メーデー集会でマオ派ダハール氏は、ネパール首相率いる現政府を、外国(インド)の傀儡と痛烈に批判した。一方、テレビ、ラジオを通じて国民に対する声明を発表したネパール首相は、マオ派の行動は和平プロセスを破壊する危険な行動だと断定した。

このままでは明日から、カトマンズ首都圏はマオ派による、数十万人の動員をかけた街頭抗議活動を含むゼネストに突入する。不測の事態が引き起こされる危険性がある。現在も、マオ派を含む主要3政党による協議が続いている。今夜、何らかの合意に至る可能性もある。

先行き明るそうにはないが、それでも、絶望的になるのはまだ早い。

メーデー、そしてゼネストか?

明日は、世界各国でメーデー。ネパールも。

新憲法作成が頓挫しつつある事を原因として、現内閣の総辞職と、マオ派総書記であるダハール氏の首班による挙国一致内閣を求める統一ネパール共産党・毛沢東主義派(マオ派)は、全国から数十万人規模の活動家をカトマンズに集結させている。政府筋の予測では、30万〜40万人。マオ派の前宣伝によれば50万人以上。

この巨大な動員を背景に、5/1は大集会。5/2からは大規模な街頭抗議行動を伴うゼネストを行うようである。

政府側は、マオ派の活動が暴力的なものになることを懸念し、今回は警察や機動隊だけでなく、国軍に対する治安発動も躊躇しない。空港などの主要施設や要人の自宅警護に国軍を動員することを決定している。

手榴弾やナイフなどを携行したマオ派活動家が逮捕されたり、カトマンズ市内から大量の火焔瓶の材料が押収される出来事も続いている。

明日、明後日以降、何が起こるのか?起こらないのか?全く予想がつかない。何も起こらないことを祈っているが、明るい話や噂は聞こえてこない。

CNNの取材チームは、既にカトマンズに到着している。BBCも、警戒中。 

パスポートの怪

ネパールの機械読み取り式パスポート発行を、インド政府のセキュリティ・プレスに発注するというネパール政府決定は、議会、野党、市民だけでなく、与党内からも反対の声が高くなり。昨日の閣議で、インドへの発注をキャンセルし、新たに国際入札を行うこととなった。

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現行のネパール・パスポート。記載ページは 手書き であり、写真も貼り付け。

入札を無視して、インドへの任意契約に政府が固執したこと。パスポート発行に伴う個人情報が、外交旅券まで含めて隣国に流れてしまうという安全保障上の問題。などが争点であった。

担当閣僚である、スジャータ・コイララ外相の鉄仮面が批判されること多かったが(彼女は、普段の言動の問題もあり)、ある確かな筋の情報では、コイララ外相より、ネパール首相がインド政府機関によるネパール・パスポート発行に固執していたらしい。

インド政府の支持を背景に、何とか首がつながっているというネパール首相と、インド政府の間に何かがあったと推測することが出来る。同じく、昨日この問題を話し合う閣議を欠席したコイララ外相とインド政府の関係も、以前からの言動を併せると、何か臭う。

さて、機械読み取りパスポートの発行システムを、なぜ自国に導入しないのだ?という疑問が出て当然だし。国際機関であるICAOの勧告は数年前から分かっていたはずなのに、なぜ準備しなかったのか?というのが、当然の意見だと思う。が、ぎりぎりになるまで準備をしない国。ネパール。

数年のうちには、自国にシステム導入する計画でいる模様だし、以前から、紙幣の印刷を外国の印刷局に発注し続けているネパールであるから、今回も。と、タカをくくっていたのではないだろうか。

世界では、機械読み取りから、ICパスポートがスタンダードになりつつある今。ネパールのパスポートは、周回どころか、2周回遅れの迷走を続けている。

ネパールの人たちの暖かさと強さを愛し、愛されている幸せな自分であるが......日本国籍でラッキーだった!と、カトマンズの日本大使館発行のICパスポートを手に、しみじみ感じ入ってしまう。ネパール人の配偶者たる自分は、自発的に希望すれば、ネパール国籍に帰化することは難しくない。そうすれば、ネパールでの法的立場は強くなれる。

しかしこれには、日本国籍の離脱が必要だ。将来もネパールに住み続ける予定の自分であるが、国籍は、日本から離れられない。短期滞在であれば、世界の多くの国から「ビザ免除」の恩恵を受けている、日本国籍。ビザ申請が必要であっても、日本国籍なら、難しくなく「はい、どうぞ」と発行してもらえる、日本国籍のブランド力。ネパールで、ネパール国籍の家族と暮らしていると、その差を実感させられる。

民族的、宗教的、政治的に、全体としてここまで「安全パイ」と認識される日本のような国家は、良くも悪くも、非常に少ない。

「いいとこ取り」であるが、許してほしい。

ネパールのことを語りながら、自国の立場に着陸してしまった。

潔くないと云う、美学

昨日、ネパール時間12:10に亡くなったG.P.コイララ元首相/ネパリ・コングレス党総裁の国葬が行われている。

現在ご遺体は国立競技場に安置され、国家的リーダーや外交団たちのみならず、一般市民が最期のお別れのため長い列を作っている。ネパール時間午後2時から葬列となり、パシュパティナート寺院のガートで火葬に付される。

コイララ氏には何度か、お目にかかってお話しをしたり、インタビューをさせてもらったことがある。今から6年ほど前の単独インタビューでは、政情にかかわる項目が全て終わったあと、雑談として、ひとつの質問をした。

「コイララさん、あなたはもう充分にご高齢です。充分すぎるほど、ネパールの民主化のために貢献されました。そろそろ後進に道を譲り、悠々自適の生活になられてもいいのではないですか?」

「ははははは。本当にそうなんですよ。私は、この国に新の民主主義が実現したことを見極めたら、きっぱり引退したいと思います。その日を待っているんですよ」

外国人だから出来る種類の質問に、楽しそうに笑顔で答えてくれた。が、彼の政治的表現を、我々の言葉に翻訳するなら、 

「この国の民主化の道は遠く、私は死ぬまで引退できません」

と、理解すべきだ。 

事実、コイララ氏は亡くなるその日まで、ネパール和平実現と新国家創造の鍵であり続けた。信念に殉じた、見事な人生だ。


同時に、国家的英雄として国葬の礼を受けた彼に対して誰も云わないが、過去、疑獄事件への関与も噂された。権力への固執もあった。それだけでなく、人に愛されない言動の多い娘を後継者にすべく、晩節を汚した。本当に娘と国家を愛するのであれば、娘に政治的経験を積む機会を与えて教育すべきであるが、他の真っ当な若手活動家の頭を踏みつけて上に登らせるような方法を執った。

また、王制打倒を掲げて国内内戦を戦ったマオ派と云われているが、マオ派と最初に対立したのは王室ではなく、コイララ氏率いるコングレス政権・政府である。

病身で、政治の世界に積極的に関われなくなっても引退せず、最期までネパール国政の上皇であり続けた。コングレス党の次世代リーター育成への貢献は、非常に薄い。

この点、非常に潔く「ない」人生であったと云えよう。

しかしこれはコイララ氏個人の資質だけによるものでなく、この国の社会構造にも原因がある。ネパールは個人と個人の信頼関係で物事が進んだり/遮断される。組織や集団としての秩序は、まったく期待できないことが普通である。であるから、偉大なる個人の存在が不可欠だ。

このような社会の中で、コイララ氏は引退しない生き方を選択したのだと思う。同時に、彼のこのような生き方が、コングレス党やネパール政界の、組織としての発展に制限をかける一因となった。

コイララ氏は、ラナ将軍家独裁の打倒、国王親政、二度にわたる民主化動乱、10年間の内戦とその終結という激動の時代を、見事に生き抜いた政治家である。

同時に、コイララ氏の死去は、強力な個人が個人の資質の及ぶ限りで国家に対処する時代の、終焉にもなるだろう。

コイララ氏のご冥福を祈りたい。合掌。 

G.P.コイララ氏の容態

昨夜は、在ネパール日本人会の総会であった。議決に必要な人数に参加するため。そして次年度の会費を支払うために参上し、今年度と次年度の報告と活動計画、予算の報告・承認議決まで参加し、その後、某情報ソースとの約束のため中座させてもらった。
 
情報源との意見交換中、って書くとまるで佐藤優先生気取りだが、平たく書けば、ネパール人のおっちゃんとの会食中、コイララ元首相の様態急変の連絡が入った。某ネ民放テレビなど、最悪の事態のスタンバイがかかっていたようである。が、急がず慌てず、この筋情報の大元と一緒だったわけで、重篤なものの、まだ何とかなっていることがすぐに分かる。しかし、カトマンズ中の携帯電話とSMSメッセージの通信量が急増したのか、しばらく通信状態が極端に悪くなっていた。

ネパールのテレビニュースでは、私邸前からの生中継で、容態について報道をしていた。ネ民放各社とも、コイララ氏の資料映像の整理や収集に動いている。
 
G.P.コイララ元首相は、私の記憶では87歳。若い頃からのヘビースモーキングのため、重い呼吸器系の病気にかかっている。肺の機能が極端に悪いらしい。最期の時は一人娘の側で迎えたいとのことで、現外相兼副首相のスジャータ・コイララの私邸で療養し、時々入院してはまた私邸に戻るの繰り返しである。

このスジャータであるが、大変にお行儀の悪い印象を世間に与えている。選挙では落選し、党内でもその独断専横不遜な態度や、金遣いの荒さで、アンチ派が少なくない。しかしコングレス党のみならず、ネパール政界全体の最期の重鎮たる父親の意向で、守られ続けてきた。人間である限り必ず迎える、コイララ元首相の最期以降は、厳しい立場に陥るのでは?と考えるのが順当だ。
 
スジャータはこの週末から、某先進国への外遊が予定されていたが、さすがに延期(中止?)した様子だ。当然。
 
と、彼女に対してはつい、筆が厳しくなるのだが、ここまで世間に叩かれてもビクともしない精神力には脱帽している。人間を超越したものを感じる。そして一点親しみを感じるのは、彼女が有酸素運動をストレス解消の友としていることだ。かなりふくよかなため走ることは出来ないが、カーディオマシンの上でのウォーキングに真剣に取り組んでいるようだ。
 
我々の週末のトレイル・ラン/ウォークの集まりにでも誘って、1時間ちょっと郊外の村を一緒に歩きつつ、その後のおバカなビール一気飲み大会で遊べば、結構、友だちに.....なれないよなぁ。妄想。
 
コイララ元首相の去就が、時間の残り少ない憲法制定に大きな影響を与え、ネパール政治全体に危険な真空状態を作り得るとの見方がある。確かに、最悪の事態となれば、喪に服す13日間とその前後、政治が止まる/停滞するだろう。真空については、政界全体ではなく、愛娘の政治家としてのキャリアには、ブラックホールが舞い降りるだろう。
 
本来、人間の生き死にについて論評することは控えるべきであるが、コイララ元首相は個人としてだけでなく、ネパールの巨大な公人である。この点ご勘案の上、ご容赦いただきたい。
 
ご快復を祈るべきであるが。彼の年齢、立場、娘がネパールに及ぼす影響などを考えるに、不遜ではあるが、ご老人がこれ以上の肉体的苦しみや心配、晩節の評価から解放されることの仕合わせをも、考えてしまうのである。

いつもぎりぎり【一部修正】

新憲法公布すべき日まで、残り74日となったネパールである。が、未だ、議会での論議のたたき台となる草案の全体像もまとまっておらず、常識的に考えて、期日は守れない。

憲法の前文だけでも公布できないか?との声もあるが、その筋によると、前文は憲法全体の精神を表現するもので、全体像が決まらなければかける筈もない!とのこと。正論だ。

伝統的既存政党と既得権を同じくする階層の人たちにとって、毛沢東主義を標榜する勢力への不信感は根強い。様々な分野に、壁が作られている。マオ派の方も、疑惑を持たれておかしくない行動を止めない。

マオ派による内閣不信任案提出は一旦延期のようだが 特別国会召集を試み、現政府の転覆に挑戦する模様【3/15 NST 18:50 修正】。 ここに来て、現政府の正当性を問う声が高まっている。メディア系ビジネスマンの暗殺が続くなど、治安悪化。4/1以降の機械読み取り式パスポートへの切り替えの迷走。そしてネパール政治の伝統文化とも云える、行きすぎたお手盛り人事などなど。国家運営上の問題も山積み。

ネパールの和平構築を政治的に支援する、国連の特別ミッションUNMINと、ネパール政府の不協和音も大きくなりこそすれ、鎮まる気配もない。

国連は、和平の当事者では「ない」。当事者たるネパール人の努力を、「支援」するのが国連。という自己の立場から一歩も出ない(これが国連のアプローチであり、偉大さであり、限界であることは、ネパール側も最初から分かっていたはず)。国連の判断基準による、マオ派兵士の個人情報は政府に渡せないという主張も平行線。ラジオ番組で堂々と、個人、時には有名人の携帯電話番号までアナウンスされるネパールとは、情報に対する文化が違いすぎる。

このままでは、新憲法の成立という和平プロセスの一区切りを待たず、国連がネパール和平支援から、大きな手を引いてしまう可能性も否定できない。この流れは、インド共和国側にとって望ましいと見る考えもある。中華人民共和国にとっても、UNMINがいなくなることは、マイナス要因にはならないと思う。

さて、期日通りの憲法制定は無理です。というアナウンスであるが、これまた筋の話を聞くに、ぎりぎり。4月末とか5月に入ってでないと、正式な決定は出来ないだろう。とのこと。

子供でも分かる見通しなのに。決定はぎりぎり間際。

これもひとつの、いつもの、ネパール文化と云えよう。 

電気公社のマネジメント

だいぶ暖かくなってきて、雪融け水も増えたと思ったら、今日から計画停電時間増えて、1日11時間から12時間に増大!えっ.....と思って、日本大使館HPから予定表をダウンロードしてみたら。

停電時間は増えたが、昼間に電気の来る時間が少し増えた。

電気公社、マネジメントが巧妙になってきている。喜ばしいような、悲しいような、なんとも云えない気持ちである。


さて、先日来、国連的アプローチのセミナーについて皮肉なことを書いたが、今日は朝から違う種類というか、異なるコンセプトの、某機関のセミナーに参加していた。これが、期待以上に面白く、大変勉強になった。 

ネパールの人たち、英語でセミナーやると儀礼的になることが多いが、ネパール語でやってもらうと、恐ろしいほど本音が飛び出すものだ。いやはや。たまげた。まったく。外国人出席者のため、ネパール語〜英語の通訳は入っていたが、「通訳したら、ニュアンスまでは伝わりにくいだろう。だから安心。ええいままよ、本音トークだ!」とタカをくくったネパール人は強い。強すぎる。

良くも悪くも、ネパール人のパワーに魅了された。

退屈で時間とお金の浪費としか思えないセミナーも多いのだが、今日は大収穫。出てみるものだ、セミナー。

主催者の「勇気」があると、ここまで違うものなのね。脱帽であった。

停電になったので、書き殴りであるがここまで。 

日々アソート

90歳に近い高齢のギリジャP.コイララ元首相は、呼吸器の病気を患っている。長年、ヘビースモーカーであったためと云われる。

最近では24時間酸素吸入が必要だそうで、今日は、ご老人に対して大変失礼な種類の噂まで流れた。ネパールを訪問中の国連幹部たちとの、短時間の面会も行ったので、噂の核心部は否定されたが。

それにしても、身体の抵抗力は弱っていると思う。次々に来訪者が続くことは、外からウィルスが持ち込まれる事にもなる。ここはゆっくり療養してはいかが?と思うのだが、最後まで、現役にこだわっておられるのか?それとも、非常に評判の悪い一人娘(落選し議席はないが、副首相兼外相ポストに、パパがねじ込んで就けてくれた)のために、死ぬまで頑張らざるを得ないのか。

ネパールにも政治家は数多いのに、この、過去にいろいろと芳しくない評価も多いご老人が、やっぱり頼みの綱だったりするらしい。バラバラになりつつあるネパール政治という「桶」のタガだとも云える。

遠くない将来、このタガは安息を得られる。

そのあと、ネパール政治は大きく変わるのか/心配するほど影響を受けないのか。

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今日は朝、いつものように自転車で出勤。昼間、パタン郊外からタメルまで往復20kmちょっとを自転車で。その後、15kmのロードををレースペースでランニング。したら、ふくらはぎがパンパンですわ。消炎クリーム塗ってマッサージ。

1月のフルマラソンで足底アーチの筋を痛めてから、治療モードで、路面の硬いロードでは10km以上走っていなかった(足に優しいトレイルでは20kmちょっと走ってたが)。 

2週間後の週末、勝負なのに、大丈夫なのか?自分?漠然と不安だが、まあ、平地のマラソンのような追い込み方をしなくて良い/出来ないステージでRock'n'rollなので、少しタカをくくっている。

Going to be 痛い目見ます。 

ネパールでも、言葉狩り?

ネパールのテレビで、以下のような公共CMが放送されている。

落ち込んでひとり座っている男子生徒(高校生風)。女性教師が見つけて
「授業にも出ないで、ひとりで何をしているの?」
「先生、昨日テレビで見たんですけど、政治家たちが今の政情を【かたわ】とか【めくら】って比喩していたんです。ボク、それを聞いて悲しくって」
「何云ってるの、あなたは障がい者じゃないでしょ。こんなことで悲しまないで、さあ、教室に戻りなさい」
「先生!あなたのような立場の人が、こんな差別を見逃して恥ずかしくないんですか!!」 
正義の味方風の男性が
「公共の場所で、障がい者を引き合いに出すような否定的表現で発言するのは、社会に対する深刻な犯罪行為です」 

街角のティーショップで 客1+2と女主人の会話
「ミルクティーちょうだいな」
「ごめんなさい。ちょうどミルクを切らしているの」
「あ゛ぁ〜、片目の見えないおじさんでも、いないよりまし!(ネパールの伝統的諺)ミルクなしの紅茶でいいよ」 
「おい、そんな障がい者を見下すような諺使って恥ずかしくないのか!」 
正義の味方風の男性が
「人前で、障がい者を引き合いに出すような否定的諺を使って発言するのは、社会に対する深刻な犯罪行為です」  


ティーショップでのシークエンスは納得できるが、学生と教師のシークエンスには、ちょっと行きすぎというか、靴の上から足を掻いている感じ。集会でこういう発言をする政治家に、群衆から非難の声があがるという、シンプルな作り方で良かった。

しかし最後に、正義の味方の男性=ネパール社会の強者の象徴が正論を振りかざす部分には、ものすごく違和感を感じる。云っていること、主張は正しいのだが。

云い方を変えれば、差別される側の「痛み」とか「悲しさ」が感じられないのだ。このような上から目線では、単なる言葉狩りとして反発を受けるのではないだろうか?もしくは、無視されて終わり。 

この公共CMは、ネパール障がい者人権協会のもので、資金援助は英国国際開発省(DFID)と、最後にアナウンスとロゴも出る。イギリス政府の外国援助のお金で制作されたわけだ。

社会正義を実現させるために、素晴らしいドラマ風CMや啓蒙TVドラマが数多いネパールであるだけに、見ていて残念な気持ちがする。
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