前回からの続きです.天皇や貴族中心の政治にとって代わり,武士の時代が幕開けします.鎌倉時代です.この時,建築分野においては,2つの大きな動きがありました.1つは,大仏様(天竺様)というハイテク建築(東大寺南大門のような巨大な建物も建築可能),そして,もう1つが今回,ご説明する「ファイティング・スプリット」=「禅宗様(唐様)」です.

なぜ,禅宗様=ファイティング・スプリットなのか?

それは,この国の宗教の流れに連動しています.前時代(貴族の時代)には,都から仏教が追い出され,山の中で修行なり,苦行を重ねることで極楽浄土へいけるという考え方となっておりました.ただ,一般庶民は日常生活があり,長い期間,山にこもって修行することなど出来ません.朝早くから田んぼなり,畑をたがやして,クタクタになって家に戻り,泥のように眠るという毎日だったからです.

「山にこもって修行できねぇ,オラたちは死んだら極楽浄土へいけんのかいっ!」と農民を中心とする庶民はこの世に絶望を抱き始めていました.そんな時に,救世主が登場します.

「山での修行なんていらねぇよ.お経を唱えるだけで極楽浄土へいけちゃうんだよ」そんな新しい仏教(浄土宗や日蓮宗など)が鎌倉時代のニュー仏教シックスが庶民の信仰を集めていったのです.詳しくは,コチラのYouTube動画の解説をご覧ください.



ただ,「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」とか,「南無妙法蓮華経(なむみょうほうれんげきょう)」といったお経と唱えれば,誰でも極楽浄土へいけるという庶民に大人気の宗教を武士の親分たちは嫌がります.なぜなら,子分の武士たちが武士道(=親分への忠誠心)よりも,宗教を大切にしてしまうからです.

ぶっちゃけ,念仏唱えたりしていれば,極楽浄土へいけるという考え方は「他力本願」な考え方です.武士の子分たちは,日々,鍛錬することを怠っていきます.だって,念仏を唱えて,死ねば極楽浄土へいけるのだから.この世で苦しむよりも,「早く死んで極楽浄土へ行きたいずら」となる.

さらに,武士の子分たちは,親分よりも,仏様を一番に考えるようになる.

「なんか,このままじゃやばくねぇ?」と武士の親分たちは悩み始めます.そんな中,禅宗(臨済宗,曹洞宗)という宗教は違いました.仏様に祈るのではなく,「自分ととことん向き合え,試練を重ねることで自分の力を磨きあげろ,その先に極楽浄土への道がある」といった「自力本願」な考え方だったのです.これが武士の親分たちに歓迎されました.

「これ,えーやん,これで子分たちを統率できたら,立派なファイター(戦士)を増やしていけるやん」となった.

なので,禅宗様=ファイティング・スプリットと覚えておくとよいでしょう.
続く