2012年01月26日
そして神風が吹いた
小倉文三さんがJanJannに記事を書いている.タイトルは「原発マネーに負けなかった男」.
http://www.janjanblog.com/archives/60796
原子力発電所を建設しようとする動きは,かつて高知県にもあった.窪川(くぼかわ)町である.
高知県の方言は関西風アクセントの「高知弁」と,中国地方アクセントの「幡多(はた)弁」とに大別される.蜘蛛(くも)の発音は,高知では「も」を高く発音するのに対し,幡多では「く」を高く発音する.幡多地方,つまり高知県の西の果ては,今も昔も独自の文化的風土がある.トンボ自然公園,足摺岬,柏島(かしわじま),その他高知県が自慢する「自然」の多くの部分が,じつは幡多地方に属している.
言葉に関して言うならば,窪川は「高知」と「幡多」の境界に位置する.高知から海岸線に沿って西に向かうと,「ああ,ここは言葉が違う」とハッキリ意識させられる最初の土地が窪川である.
その窪川に原発を造ろうという話が持ち上がった.町長(たしか藤戸とかいう名前の町長だった)が公約をひるがえして,原発を誘致しようとしていた.この原発誘致の企てに対し,反対運動の中心にいたのが島岡幹夫さんだ.JanJanの記事によると彼は当時,高知県窪川町自民党支部広報副委員長であった.よくわからないが,自民党の地区リーダー的な立場の人だったのだろう.その男が原発に反対した.
- (島岡さんは)共産党の反対集会に乗り込んで行って、こう言った。「この町の有権者は13000人、革新は3000人、保守は10000人、革新が運動を主導したら、原発は建設されてしまいます。この反対運動は、私のような保守の人間が中心にならなければ、大きな力になりません。私を反対運動の代表にしてください」 そして、彼は、窪川町原発反対町民会議の代表になった。まもなく、彼は、自民党窪川町支部に呼び出され、除名処分を言い渡された。
(JanJanの記事(上述)より)
運動は盛り上がり,藤戸町長をリコールに追い込んだ.しかし,その後の出直し町長選挙で,藤戸氏は再び町長に選ばれた.
私のある知人は,当時この問題に関わっていたらしい.窪川原発問題について,こういうことを言っていた.
- 島岡さん自身が言っていた通り,これは勝ち目のない戦いだった.しかし執拗に戦い続けていれば,神風が吹くかもしれない.
そして神風が吹いた.チェルノブイリの原発事故である.この事故を契機に,窪川に原発を造ろうとする動きは急速に影響力を失って行った.損得勘定抜きの,延々13年間に及ぶ,地道な戦いの勝利であった.
http://www.janjanblog.com/archives/60796
原子力発電所を建設しようとする動きは,かつて高知県にもあった.窪川(くぼかわ)町である.
高知県の方言は関西風アクセントの「高知弁」と,中国地方アクセントの「幡多(はた)弁」とに大別される.蜘蛛(くも)の発音は,高知では「も」を高く発音するのに対し,幡多では「く」を高く発音する.幡多地方,つまり高知県の西の果ては,今も昔も独自の文化的風土がある.トンボ自然公園,足摺岬,柏島(かしわじま),その他高知県が自慢する「自然」の多くの部分が,じつは幡多地方に属している.
言葉に関して言うならば,窪川は「高知」と「幡多」の境界に位置する.高知から海岸線に沿って西に向かうと,「ああ,ここは言葉が違う」とハッキリ意識させられる最初の土地が窪川である.
その窪川に原発を造ろうという話が持ち上がった.町長(たしか藤戸とかいう名前の町長だった)が公約をひるがえして,原発を誘致しようとしていた.この原発誘致の企てに対し,反対運動の中心にいたのが島岡幹夫さんだ.JanJanの記事によると彼は当時,高知県窪川町自民党支部広報副委員長であった.よくわからないが,自民党の地区リーダー的な立場の人だったのだろう.その男が原発に反対した.
- (島岡さんは)共産党の反対集会に乗り込んで行って、こう言った。「この町の有権者は13000人、革新は3000人、保守は10000人、革新が運動を主導したら、原発は建設されてしまいます。この反対運動は、私のような保守の人間が中心にならなければ、大きな力になりません。私を反対運動の代表にしてください」 そして、彼は、窪川町原発反対町民会議の代表になった。まもなく、彼は、自民党窪川町支部に呼び出され、除名処分を言い渡された。
(JanJanの記事(上述)より)
運動は盛り上がり,藤戸町長をリコールに追い込んだ.しかし,その後の出直し町長選挙で,藤戸氏は再び町長に選ばれた.
私のある知人は,当時この問題に関わっていたらしい.窪川原発問題について,こういうことを言っていた.
- 島岡さん自身が言っていた通り,これは勝ち目のない戦いだった.しかし執拗に戦い続けていれば,神風が吹くかもしれない.
そして神風が吹いた.チェルノブイリの原発事故である.この事故を契機に,窪川に原発を造ろうとする動きは急速に影響力を失って行った.損得勘定抜きの,延々13年間に及ぶ,地道な戦いの勝利であった.
2012年01月24日
秋水忌
今日,1月24日は幸徳秋水の命日だそうです.
高知県四万十市(旧名は中村市)では,命日にちなんだ行事がいろいろ行なわれているらしい.昨年のある行事では歌を歌って,幸徳秋水は無実だったと訴えた人もいた.
以下は「土佐高知の雑記帳」さん
http://jcphata.blog26.fc2.com/blog-entry-2528.html
からのパクりです.
============================
歌詞は次の通り。
----(引用開始)----
国が間違っていました
幸徳秋水さん あなたは無罪です
2011年1月24日 日本国
世界中の街角に ポスターを貼ってほしい
1.あなたは天皇制に 反対した
国の主人公は 人民なんだからと
共和国を 夢見ていた
あなたは日露戦争に 反対した
自国のために 他国をおかす
それが愛国心なのか
2.あなたは足尾銅山に 反対した
鉱害に反対する 田中正造のために
直訴状を 代筆した
あなたは日韓併合に 反対した
生をすて義をとる 安重根の写真に
漢詩をささげた
3.あなたは遺言に こう書いた
100年後誰か あるいは私に代わって
言うかも知れない
あなたは天皇暗殺を くわだてたと
無実なのに処刑 私たちは発言する
あなたは無罪だったと
国が間違っていました
幸徳秋水さん あなたは無罪です
2011年1月24日 日本国
世界中の街角に ポスターを貼ってほしい
----(引用終了)----
高知県四万十市(旧名は中村市)では,命日にちなんだ行事がいろいろ行なわれているらしい.昨年のある行事では歌を歌って,幸徳秋水は無実だったと訴えた人もいた.
以下は「土佐高知の雑記帳」さん
http://jcphata.blog26.fc2.com/blog-entry-2528.html
からのパクりです.
============================
歌詞は次の通り。
----(引用開始)----
国が間違っていました
幸徳秋水さん あなたは無罪です
2011年1月24日 日本国
世界中の街角に ポスターを貼ってほしい
1.あなたは天皇制に 反対した
国の主人公は 人民なんだからと
共和国を 夢見ていた
あなたは日露戦争に 反対した
自国のために 他国をおかす
それが愛国心なのか
2.あなたは足尾銅山に 反対した
鉱害に反対する 田中正造のために
直訴状を 代筆した
あなたは日韓併合に 反対した
生をすて義をとる 安重根の写真に
漢詩をささげた
3.あなたは遺言に こう書いた
100年後誰か あるいは私に代わって
言うかも知れない
あなたは天皇暗殺を くわだてたと
無実なのに処刑 私たちは発言する
あなたは無罪だったと
国が間違っていました
幸徳秋水さん あなたは無罪です
2011年1月24日 日本国
世界中の街角に ポスターを貼ってほしい
----(引用終了)----
2011年12月15日
毒まんじゅう作戦
「へなちょこ自然保護」
http://henachokosizenhogo.blog.so-net.ne.jp/2011-12-13
からの転載です.
-----------------------------
最近の学者は信用できないことを,私はブログ「高知に自然史博物館を」で何度となく取り上げた.科学者がウソをつく背景に国立大学の法人化があることも指摘した.
http://plaza.rakuten.co.jp/tosana/diary/201110150000/
また,科学者の研究活動が事務系職員のシロウト判断で簡単に左右される現状が,朝日新聞の連載記事「プロメテウスの罠」で描かれているので,その第3部にあたる「観測中止令」の記事を,同じブログで紹介している.
信用できないのは学者だけではない.日本国民に与えられる情報が,いかに歪められたものになっているかを,ことに3.11以後の「放射能は安全」キャンペーンや,最近のTPPをめぐる議論の中で見ることができる.このような情報しか与えられない国民は必ず道を見誤ると思う.
このことと大いに関係しそうな記事を「植草一秀の『知られざる真実』」というブログで発見した.本ブログの主題からハズれるけれど,重要なことだと思うので,ここに紹介する.
記事のタイトルは「日本破壊のTPPと国民生活破壊のTPR」というもの.つい先日(12月10日)の記事である.
http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/post-c5e0.html
なお,ここでTPRとはtax のPR という意味.新しい税(売上税)の導入を国民に納得させるために大蔵省(当時)が1985年(当時は中曽根内閣)から始めたPR作戦のことだそうです.
(以下転載)
========================
TPRの活動は大きく分けて三つあった。
第一は、政界・財界・学界3000人リストを作成し、この全員を説得するというもの。リストアップされた3000人の全員に対して大蔵省幹部が説得に出向いた。了解を取り付けた人物にはリスト上に丸印が付される。説得工作が失敗した場合にはX印が記され、ひとつ階級の高い官僚が次の説得に向かう。売上税導入に反対する人物には、最終的には事務次官までが対応するとの態勢が敷かれた。
財金研研究部では毎日3000人リストの更新作業が行われた。3000人に対する徹底した説得工作が実行された。
第二は、メディアに登場する論評に対する検閲である。TPRウィークリーなる資料が作成された。あらゆる新聞、テレビ、週刊誌、月刊誌、単行本における税制問題関連の記述が検閲の対象になり、賛成派と反対派を色分けし、反対派をブラックリストに入れて説得工作の重点対象とするとともに、賛成派を売上税推進の提灯持ちとして活用することが検討された。
第三は、メディア関連企業に対する説得・接待活動である。新聞、テレビ、広告代理店、さらに大手出版社までが説得・接待活動の対象にされた。接待としては、吉兆などの高級料亭が用いられたこともある。
マスメディアのなかで、とりわけ重要度が高いのがNHKである。政府・与党が大きな政策を推進しようとする際、政府・与党はNHKを活用する。NHKは政府・与党の政策推進に積極的に協力してNHKスペシャルを制作する。
(中略)
政策構想フォーラムでの売上税の影響試算を担当したのは大阪大学の本間正明教授だった。大蔵省のTPR担当責任者は、本間氏を大蔵省の主任研究官に招聘することを決定した。反対派の学者を大蔵省が取り込んでゆく戦術が採用されたわけだ。
大蔵省内部ではこれを「毒まんじゅう作戦」と呼んだ。
「御用学者」に堕してしまう学者は、政府審議会の委員に就任することに大きな価値を置いている亜流の人物たちである。大蔵省は財政制度等審議会、資金運用審議会、政府税制調査会など、いくつもの政府委員会を保有していた。
反対派の学者を懐柔する際に、こうした政府委員会委員ポストなどを毒まんじゅうとして活用するのである。
大蔵省の主任研究官ポストなども重要な毒まんじゅうのひとつだ。
なかには、骨のある懐柔に屈服しない学者も存在するが、大蔵省は学者を懐柔できず、学者が硬派であると判断すれば、そのような学者を遠ざけて近づけないようにする。同時に、最重要危険人物リストに掲載する。
逆に懐柔に成功した人物には、次々に毒まんじゅうを与えて、政府の手先として徹底して活用することになる。毒まんじゅう作戦はてきめんに効果を発揮していった。
売上税反対派の学者が、すべての側面で財務省の振り付け通りに動いてゆくようになるのである。
* * * * *
政府の各種委員会があるが、このすべてにおいて、結論は所管の省庁によってあらかじめ決定されている。その決定に権威付け、あるいは箔付けをするために委員会が利用される。
したがって、委員会の座長には、必ず、政府のコントロールに従う人物が起用される。学識・見識が・知識が重視されることはない。議論を丸くまとめ、かつ、政府の意向を結論に誘導する誘導力を持つ人物が選ばれる。
委員会には反対意見を述べる委員も加えられる。しかし、この反対派の委員に、骨のある、しかも専門知識も深い、本物の反対派は決して起用されない。起用されるのは、簡単に論破されてしまう弱小の反対派だけである。
こうして御用学者の系列が生み出される。財務省の御用学者になると大きな恩典がある。予算措置において財務省が便宜を供与するのだ。各大学にとって、予算 編成上の便宜は何よりも重要な事項だ。だから、財務省の委員会委員になるとその学者の学内での発言力が高まり、学者としての実績はなくても学内での地位を あげることも可能になる。
========================
(転載おわり)
この記事に書かれていることの真偽のほどは知らない.しかし最近の日本の状況を考えてみると,思い当たるふしが多々ある.あの人も,この人も,ひょっとして毒まんじゅうを食べたのかな,と思えてくる.いつの間にか日本は,とんでもない三流国になってしまったのかもしれない.
http://henachokosizenhogo.blog.so-net.ne.jp/2011-12-13
からの転載です.
-----------------------------
最近の学者は信用できないことを,私はブログ「高知に自然史博物館を」で何度となく取り上げた.科学者がウソをつく背景に国立大学の法人化があることも指摘した.
http://plaza.rakuten.co.jp/tosana/diary/201110150000/
また,科学者の研究活動が事務系職員のシロウト判断で簡単に左右される現状が,朝日新聞の連載記事「プロメテウスの罠」で描かれているので,その第3部にあたる「観測中止令」の記事を,同じブログで紹介している.
信用できないのは学者だけではない.日本国民に与えられる情報が,いかに歪められたものになっているかを,ことに3.11以後の「放射能は安全」キャンペーンや,最近のTPPをめぐる議論の中で見ることができる.このような情報しか与えられない国民は必ず道を見誤ると思う.
このことと大いに関係しそうな記事を「植草一秀の『知られざる真実』」というブログで発見した.本ブログの主題からハズれるけれど,重要なことだと思うので,ここに紹介する.
記事のタイトルは「日本破壊のTPPと国民生活破壊のTPR」というもの.つい先日(12月10日)の記事である.
http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/post-c5e0.html
なお,ここでTPRとはtax のPR という意味.新しい税(売上税)の導入を国民に納得させるために大蔵省(当時)が1985年(当時は中曽根内閣)から始めたPR作戦のことだそうです.
(以下転載)
========================
TPRの活動は大きく分けて三つあった。
第一は、政界・財界・学界3000人リストを作成し、この全員を説得するというもの。リストアップされた3000人の全員に対して大蔵省幹部が説得に出向いた。了解を取り付けた人物にはリスト上に丸印が付される。説得工作が失敗した場合にはX印が記され、ひとつ階級の高い官僚が次の説得に向かう。売上税導入に反対する人物には、最終的には事務次官までが対応するとの態勢が敷かれた。
財金研研究部では毎日3000人リストの更新作業が行われた。3000人に対する徹底した説得工作が実行された。
第二は、メディアに登場する論評に対する検閲である。TPRウィークリーなる資料が作成された。あらゆる新聞、テレビ、週刊誌、月刊誌、単行本における税制問題関連の記述が検閲の対象になり、賛成派と反対派を色分けし、反対派をブラックリストに入れて説得工作の重点対象とするとともに、賛成派を売上税推進の提灯持ちとして活用することが検討された。
第三は、メディア関連企業に対する説得・接待活動である。新聞、テレビ、広告代理店、さらに大手出版社までが説得・接待活動の対象にされた。接待としては、吉兆などの高級料亭が用いられたこともある。
マスメディアのなかで、とりわけ重要度が高いのがNHKである。政府・与党が大きな政策を推進しようとする際、政府・与党はNHKを活用する。NHKは政府・与党の政策推進に積極的に協力してNHKスペシャルを制作する。
(中略)
政策構想フォーラムでの売上税の影響試算を担当したのは大阪大学の本間正明教授だった。大蔵省のTPR担当責任者は、本間氏を大蔵省の主任研究官に招聘することを決定した。反対派の学者を大蔵省が取り込んでゆく戦術が採用されたわけだ。
大蔵省内部ではこれを「毒まんじゅう作戦」と呼んだ。
「御用学者」に堕してしまう学者は、政府審議会の委員に就任することに大きな価値を置いている亜流の人物たちである。大蔵省は財政制度等審議会、資金運用審議会、政府税制調査会など、いくつもの政府委員会を保有していた。
反対派の学者を懐柔する際に、こうした政府委員会委員ポストなどを毒まんじゅうとして活用するのである。
大蔵省の主任研究官ポストなども重要な毒まんじゅうのひとつだ。
なかには、骨のある懐柔に屈服しない学者も存在するが、大蔵省は学者を懐柔できず、学者が硬派であると判断すれば、そのような学者を遠ざけて近づけないようにする。同時に、最重要危険人物リストに掲載する。
逆に懐柔に成功した人物には、次々に毒まんじゅうを与えて、政府の手先として徹底して活用することになる。毒まんじゅう作戦はてきめんに効果を発揮していった。
売上税反対派の学者が、すべての側面で財務省の振り付け通りに動いてゆくようになるのである。
* * * * *
政府の各種委員会があるが、このすべてにおいて、結論は所管の省庁によってあらかじめ決定されている。その決定に権威付け、あるいは箔付けをするために委員会が利用される。
したがって、委員会の座長には、必ず、政府のコントロールに従う人物が起用される。学識・見識が・知識が重視されることはない。議論を丸くまとめ、かつ、政府の意向を結論に誘導する誘導力を持つ人物が選ばれる。
委員会には反対意見を述べる委員も加えられる。しかし、この反対派の委員に、骨のある、しかも専門知識も深い、本物の反対派は決して起用されない。起用されるのは、簡単に論破されてしまう弱小の反対派だけである。
こうして御用学者の系列が生み出される。財務省の御用学者になると大きな恩典がある。予算措置において財務省が便宜を供与するのだ。各大学にとって、予算 編成上の便宜は何よりも重要な事項だ。だから、財務省の委員会委員になるとその学者の学内での発言力が高まり、学者としての実績はなくても学内での地位を あげることも可能になる。
========================
(転載おわり)
この記事に書かれていることの真偽のほどは知らない.しかし最近の日本の状況を考えてみると,思い当たるふしが多々ある.あの人も,この人も,ひょっとして毒まんじゅうを食べたのかな,と思えてくる.いつの間にか日本は,とんでもない三流国になってしまったのかもしれない.
2011年12月12日
ルソーを語ろう
ルソーについて書いてみよう,と思ったけれど,遠い昔に読んだ本はわがやのブラックホールに飲み込まれたらしく,探しても見つからない.
12月13日は中江兆民の命日.高知市の自由民権記念館に集まる人たちを中心に毎年,「兆民忌」が催されている.今年は佐高信(!)氏を招いて「中江兆民の巨(おお)きさを熱く語る」という催しが計画されている.
フランスから帰国後,中江兆民はフランス語を教えていた.そのとき用いたテキストの1つがルソーの「社会契約論」で,その翻訳が「民約論」として写本の形で人づてに広まって行った.のち出版された「民約訳解」は漢文で書かれていたので,日本人だけでなく中国人も読むことができた.こうしてルソーの社会思想が中江兆民を通じて極東の各国に広まった.よって兆民は「東洋のルソー」と呼ばれた.まことに不正確ですが,あらかたそのように記憶している.
高知市の新堀(しんぼり)地区にある中江兆民の生誕地には,石碑だけが立っている.小型車1台がやっと通れるぐらいの狭い路地を挟んだ反対側は今,建物が撤去されて「売地」になっている.新堀川も今はコンクリートの道路となっていて,兆民の時代をしのばせる風景はもう失われてしまった.
ルソーの話をしよう.ディジョン大学のMarcel Bouchard という先生が「L’Academie de Dijon et le premier discours de Rousseau」(ディジョンのアカデミーとルソーの最初の著作)という本を書いている.出版は1950年.このタイトルにある通り,ルソーの最初の著作はディジョンのアカデミーと関係がある.同アカデミーが「学問芸術の発展は〜」とかいう「お題」を出して論文を募集し,ルソーはそれに応募した.それがルソーの最初の著作「学問芸術論」.こうして一介の青年ジャン・ジャックは,著作家ルソーへと変身する.
ルソーの3大著作は,「告白」,「エミール」,「社会契約論」である.「告白」は自伝文学とでも言おうか.「エミール」は小説の形を借りた教育論.「社会契約論」は社会についての論説.
そしてルソーは「むすんでひらいて」を作曲した人.時は百科全書の時代.活動分野の広さは時代の精神でもあっただろう.
ついでに書くと,ルソーは生物の「進化論」に反対であった.同じ趣旨の反-進化論を,ルソーから百余年を経て,かのアンリ・ファーブルが「昆虫記」の中で展開することになる.ルソーはダーウィン以前の,ファーブルは以後の人である.いずれの論も誤謬であり時代遅れだったが,それぞれの時代の「進化論」に対し,それなりに的を得た指摘をしていたと思う.
さて,
社会は約束でできている,と主張したのが「社会契約論」だ.なるほど約束は守られねばならない.しかし約束した片方が守ることを強制され,他方は約束を自由に書き変えることができる,そのような「約束」があるだろうか?
と,ルソーは主張した.この思想がフランス革命に,そして中江兆民を通じて自由民権運動に,またカストロのキューバ革命に,大きな影響を及ぼすことになる.
中江兆民とルソーを熱く語ろう.その会合が12月13日,高知市の自由民権記念館で開かれる.
12月13日は中江兆民の命日.高知市の自由民権記念館に集まる人たちを中心に毎年,「兆民忌」が催されている.今年は佐高信(!)氏を招いて「中江兆民の巨(おお)きさを熱く語る」という催しが計画されている.
フランスから帰国後,中江兆民はフランス語を教えていた.そのとき用いたテキストの1つがルソーの「社会契約論」で,その翻訳が「民約論」として写本の形で人づてに広まって行った.のち出版された「民約訳解」は漢文で書かれていたので,日本人だけでなく中国人も読むことができた.こうしてルソーの社会思想が中江兆民を通じて極東の各国に広まった.よって兆民は「東洋のルソー」と呼ばれた.まことに不正確ですが,あらかたそのように記憶している.
高知市の新堀(しんぼり)地区にある中江兆民の生誕地には,石碑だけが立っている.小型車1台がやっと通れるぐらいの狭い路地を挟んだ反対側は今,建物が撤去されて「売地」になっている.新堀川も今はコンクリートの道路となっていて,兆民の時代をしのばせる風景はもう失われてしまった.
ルソーの話をしよう.ディジョン大学のMarcel Bouchard という先生が「L’Academie de Dijon et le premier discours de Rousseau」(ディジョンのアカデミーとルソーの最初の著作)という本を書いている.出版は1950年.このタイトルにある通り,ルソーの最初の著作はディジョンのアカデミーと関係がある.同アカデミーが「学問芸術の発展は〜」とかいう「お題」を出して論文を募集し,ルソーはそれに応募した.それがルソーの最初の著作「学問芸術論」.こうして一介の青年ジャン・ジャックは,著作家ルソーへと変身する.
ルソーの3大著作は,「告白」,「エミール」,「社会契約論」である.「告白」は自伝文学とでも言おうか.「エミール」は小説の形を借りた教育論.「社会契約論」は社会についての論説.
そしてルソーは「むすんでひらいて」を作曲した人.時は百科全書の時代.活動分野の広さは時代の精神でもあっただろう.
ついでに書くと,ルソーは生物の「進化論」に反対であった.同じ趣旨の反-進化論を,ルソーから百余年を経て,かのアンリ・ファーブルが「昆虫記」の中で展開することになる.ルソーはダーウィン以前の,ファーブルは以後の人である.いずれの論も誤謬であり時代遅れだったが,それぞれの時代の「進化論」に対し,それなりに的を得た指摘をしていたと思う.
さて,
社会は約束でできている,と主張したのが「社会契約論」だ.なるほど約束は守られねばならない.しかし約束した片方が守ることを強制され,他方は約束を自由に書き変えることができる,そのような「約束」があるだろうか?
と,ルソーは主張した.この思想がフランス革命に,そして中江兆民を通じて自由民権運動に,またカストロのキューバ革命に,大きな影響を及ぼすことになる.
中江兆民とルソーを熱く語ろう.その会合が12月13日,高知市の自由民権記念館で開かれる.
2011年11月24日
予定変更,兆民忌
中江兆民の命日である12月13日.講演の演者が当初予定されていた公文豪さんから,佐高信さんに変更になりました.会場も変ったようです.どんなお話が聴けるのか,今から楽しみです.
以下は案内文を転載.
===================================
中江兆民没後110年忌 記念講演の夕べ
12月13日は中江兆民の亡くなった日です。兆民は高知市はりまや町(旧山田町)に1847年に生まれ、長崎・江戸留学を経てフランスへ留学。ルソーの思想を学び、帰国後この思想を広め、明治期の自由民権運動の理論的指導者として活躍しました。東洋のルソーと呼ばれた兆民をしのんで、兆民に対しては格別の思いを持たれております、評論家佐高信氏に熱く語っていただきます。
開催日 2011年12月13日(火)
開催時間 午後6時00分〜午後8時
6:00〜6:30 紙芝居
民権紙芝居 「ふたたびあがる自由の叫び」
出演者 馬鹿林明美氏 馬鹿林香氏
6:30〜8:00 記念講演演題「中江兆民の巨きさを熱く語る」
講師 佐高信氏
会場 自由民権記念館(高知県高知市桟橋通4丁目14-3)
協力金 500円
主催 新堀川界隈ネットワーク・自由民権記念館友の会
連絡先 高知市立自由民権記念館友の会事務局
電話 088-831-3336
以下は案内文を転載.
===================================
中江兆民没後110年忌 記念講演の夕べ
12月13日は中江兆民の亡くなった日です。兆民は高知市はりまや町(旧山田町)に1847年に生まれ、長崎・江戸留学を経てフランスへ留学。ルソーの思想を学び、帰国後この思想を広め、明治期の自由民権運動の理論的指導者として活躍しました。東洋のルソーと呼ばれた兆民をしのんで、兆民に対しては格別の思いを持たれております、評論家佐高信氏に熱く語っていただきます。
開催日 2011年12月13日(火)
開催時間 午後6時00分〜午後8時
6:00〜6:30 紙芝居
民権紙芝居 「ふたたびあがる自由の叫び」
出演者 馬鹿林明美氏 馬鹿林香氏
6:30〜8:00 記念講演演題「中江兆民の巨きさを熱く語る」
講師 佐高信氏
会場 自由民権記念館(高知県高知市桟橋通4丁目14-3)
協力金 500円
主催 新堀川界隈ネットワーク・自由民権記念館友の会
連絡先 高知市立自由民権記念館友の会事務局
電話 088-831-3336
2011年11月15日
中江兆民忌
中江兆民にちなむ行事の案内です.「高知おこし,新堀川」
http://white.ap.teacup.com/shinbori/1454.html
から転載します.
(以下転載)
12月13日は中江兆民の亡くなった日です。
兆民は新堀川の傍、はりまや町(旧山田町)に生まれ、
青年時代に龍馬と出会い多大な影響を受けました。
フランスへ留学しルソーの思想を学び、帰国後この思想を広め、
明治期の自由民権運動の理論的指導者として活躍しました。
東洋のルソーと呼ばれた兆民をしのんで、下記の催しを開催致します。
開催日時 2010年12月13日(月)午後6時30分〜午後8時
会場 菜園場町商店街の来楽座 (菜園場電停北へ50m)
高知市菜園場町5―11 新堀より東側の商店街
入場料は無料です。駐車場はありません。
プログラム
民権紙芝居 「ふたたびあがる自由の叫び」
出演者 馬鹿林明美氏 尾崎香氏
記念講演 演題「民権ばあさん・楠瀬喜多」
講師 公文豪氏(自由民権運動研究家)
*楠瀬喜多は南はりまや町(旧弘岡町)に生まれました。
*日本で最初の女性参政権を獲得した女性です。
主催 中江兆民忌実行委員会
(転載おわり)
http://white.ap.teacup.com/shinbori/1454.html
から転載します.
(以下転載)
12月13日は中江兆民の亡くなった日です。
兆民は新堀川の傍、はりまや町(旧山田町)に生まれ、
青年時代に龍馬と出会い多大な影響を受けました。
フランスへ留学しルソーの思想を学び、帰国後この思想を広め、
明治期の自由民権運動の理論的指導者として活躍しました。
東洋のルソーと呼ばれた兆民をしのんで、下記の催しを開催致します。
開催日時 2010年12月13日(月)午後6時30分〜午後8時
会場 菜園場町商店街の来楽座 (菜園場電停北へ50m)
高知市菜園場町5―11 新堀より東側の商店街
入場料は無料です。駐車場はありません。
プログラム
民権紙芝居 「ふたたびあがる自由の叫び」
出演者 馬鹿林明美氏 尾崎香氏
記念講演 演題「民権ばあさん・楠瀬喜多」
講師 公文豪氏(自由民権運動研究家)
*楠瀬喜多は南はりまや町(旧弘岡町)に生まれました。
*日本で最初の女性参政権を獲得した女性です。
主催 中江兆民忌実行委員会
(転載おわり)
2011年10月12日
アカメの故郷

新堀川でのアカメ・シオマネキ観察会に参加した.
写真はその時の新堀川.干潮時なので岸辺の土が露出している.画面の右手側が川の下流である.川の中に茂るコアマモが緑色に見えている.2人が川に入り魚を採取している.写真では,岸辺の見物人は写っていない.
ついでに書くと,右手の木の茂みの向こう側に,土佐勤王党の頭領,武市半平太の道場があった(今は石碑だけが建っている).また,左手の岸を上流に向けて少し行ったあたりが,ルソーの思想を日本に紹介した中江兆民の生誕地である.
高知市と高知県は,この川に蓋をして道路にしようとしている.すでに上流側はあらかた蓋をされて,わずかに写真の付近だけが,開けた水面となっている.ここも道路にしてしまえ,と,高知市長は意気盛んである.高知県のほうも土木関係の部署はカネまわりが良くて,地方行政では絶大な権力を持っているらしい.文化行政の貧弱さと好一対である(高知に自然史博物館を!).
もう風前の灯となった,この小さな空間に,奇跡のようにアカメの幼魚が住み着いている.岸辺にはシオマネキ(!)が棲んでいる.この素敵な自然を守り通すことができるかどうか? 高知市民の民度が問われている.

採集されたアカメ幼魚(矢印)である.やがて1メートルを越えるような巨大な魚に成長するのだけれど,小魚の時期はこういう場所で暮らしている.アカメにすれば「故郷」のような場所である.
魚をバットに小分けしたので,この写真には写ってないが,小さなウナギや,ヨウジウオの類もいて,楽しい観察会であった.
2011年10月07日
アカメ・シオマネキ観察会
道路でほとんどフタをされてしまった新堀川(しんぼりがわ).
川面が見えるスペースはわずかですが,今年もアカメ幼魚が見られるかもしれません.小さな「干潟」ができて,まだシオマネキも生きているようです.
その観察会の案内が来ています.
===================
下記のとおり新堀川でアカメ・シオマネキの観察会を開催いたしますのでお知らせいたします。
新堀川は浦戸湾に生息する魚たちの多くを育んでいます。
今年もハゼやキビレチヌが釣れました。
街のど真ん中にわずかに残った新堀川の自然を,これからも大切にしていきましょう。
はりまや橋の東を南北に流れる,幕末の志士たちが走り抜けた新堀川で,アカメ・シオマネキの観察会を開催いたします。
皆さんよろしかったらお気軽にご参加下さい。
開催日時 10月9日(日)午前10時より
集合場所 横堀公園東屋(あずまや) (菜園場町 四国銀行木屋橋支店北側)
雨天決行
参加費無料
講師(略)
事前申し込み不要
駐車場はありません
主催 :新堀界隈ネットワーク
川面が見えるスペースはわずかですが,今年もアカメ幼魚が見られるかもしれません.小さな「干潟」ができて,まだシオマネキも生きているようです.
その観察会の案内が来ています.
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下記のとおり新堀川でアカメ・シオマネキの観察会を開催いたしますのでお知らせいたします。
新堀川は浦戸湾に生息する魚たちの多くを育んでいます。
今年もハゼやキビレチヌが釣れました。
街のど真ん中にわずかに残った新堀川の自然を,これからも大切にしていきましょう。
はりまや橋の東を南北に流れる,幕末の志士たちが走り抜けた新堀川で,アカメ・シオマネキの観察会を開催いたします。
皆さんよろしかったらお気軽にご参加下さい。
開催日時 10月9日(日)午前10時より
集合場所 横堀公園東屋(あずまや) (菜園場町 四国銀行木屋橋支店北側)
雨天決行
参加費無料
講師(略)
事前申し込み不要
駐車場はありません
主催 :新堀界隈ネットワーク
2011年09月16日
水害対策
高知市を西から東に流れる鏡川(かがみがわ).高知城はその北側に位置している.徳川家康から土佐一国を与えられた山内一豊が築城した.この城から東側が高知の旧来の城下町である.城下町と浦戸湾を結んだのは,町の中にめぐらされた水路である.物流のために水を最大限に利用した,みごとな都市計画であった.
水を利用する以上,水と戦うことも考えねばならない.水害対策である.大雨で鏡川が増水して堤防が決潰(けっかい)しそうになったら,鏡川の南岸に水を逃がした.鏡川下流域の南岸,今の潮江(うしおえ)地区には,当時は人は住んでいなかったのかもしれない.いたとしても殿様の目線からすれば,考慮に値する事項ではなかっただろう.とにかく,このようにして高知の城下町は水害を免れた.
さて,
今年の日本は2つの自然災害に遭遇した.ひとつは3月11日の地震と津波.もう1つは9月上旬の,台風12号に伴う大規模な災害である.この後者のニュース映像を見ていて考えたのは,洪水に対する備えの在り方である.
山内一豊の時代と違って,現在では堤防は「同じ高さ」に造られる.厳密に言うと川の水面の高さが上流と下流では違うので,そのぶんを考慮しなければならないが,とにかくアバウト同じ高さでなければならない.でないと川が増水したとき,堤防が最も低い箇所から水が溢れ出て,付近が浸水する.そこに人が住んでいれば当然その箇所の堤防を高くするよう要求するだろう.
しかし,その箇所の堤防を高くしたら,当然ほかのどこかが「堤防が最も低い箇所」となる.こうして堤防を高くする事業は,今度はこちら,次はあちらと,永遠に続くことになる.堤防を「同じ高さ」に造るのは,こういうイタチごっこを避けるための行政の知恵であろう.
行政的にトラブルは避けられるかもしれないが,それで洪水を防げるわけではない.高さを同じにしても,こんどは堤防の「強さ」が問題になる.増水した川水は,堤防の「最も弱い箇所」を決潰させて洪水を起こす.
堤防の高さと強さに依存して川水を閉じ込める,という手法には限界がある.地球温暖化などによる気候変動で雨の降り方も変り,雨が少ないとされる地域が前代未聞の豪雨にさらされることもある.「100%安全」があり得ない以上,洪水は起こるものだという発想での水害対策が必要になる.
それは川水を無理に閉じ込めないで,流すことによって安全や財産を守るという発想だ.かつて高知の城下町を守るために山内氏の藩政が採用した手法である.
つまり「放水路」や「遊水地」を確保することを中心に,洪水対策を都市計画のレベルから実施しようということだ.大きな発想の転換が必要になる.夢物語のように思うかもしれないが,このことの必要性は,かなり以前から各方面で指摘されている.立ち後れているのは地方行政である.もっと後れているのは,国の政治に携わる政治家たち,つまり歴代の内閣閣僚や議員たちである.政府レベルでの持続的な研究会を立ち上げて,大きな法的枠組みの変更を含めた本当の水害対策への模索を,そろそろ始めて欲しいものである.
水を利用する以上,水と戦うことも考えねばならない.水害対策である.大雨で鏡川が増水して堤防が決潰(けっかい)しそうになったら,鏡川の南岸に水を逃がした.鏡川下流域の南岸,今の潮江(うしおえ)地区には,当時は人は住んでいなかったのかもしれない.いたとしても殿様の目線からすれば,考慮に値する事項ではなかっただろう.とにかく,このようにして高知の城下町は水害を免れた.
さて,
今年の日本は2つの自然災害に遭遇した.ひとつは3月11日の地震と津波.もう1つは9月上旬の,台風12号に伴う大規模な災害である.この後者のニュース映像を見ていて考えたのは,洪水に対する備えの在り方である.
山内一豊の時代と違って,現在では堤防は「同じ高さ」に造られる.厳密に言うと川の水面の高さが上流と下流では違うので,そのぶんを考慮しなければならないが,とにかくアバウト同じ高さでなければならない.でないと川が増水したとき,堤防が最も低い箇所から水が溢れ出て,付近が浸水する.そこに人が住んでいれば当然その箇所の堤防を高くするよう要求するだろう.
しかし,その箇所の堤防を高くしたら,当然ほかのどこかが「堤防が最も低い箇所」となる.こうして堤防を高くする事業は,今度はこちら,次はあちらと,永遠に続くことになる.堤防を「同じ高さ」に造るのは,こういうイタチごっこを避けるための行政の知恵であろう.
行政的にトラブルは避けられるかもしれないが,それで洪水を防げるわけではない.高さを同じにしても,こんどは堤防の「強さ」が問題になる.増水した川水は,堤防の「最も弱い箇所」を決潰させて洪水を起こす.
堤防の高さと強さに依存して川水を閉じ込める,という手法には限界がある.地球温暖化などによる気候変動で雨の降り方も変り,雨が少ないとされる地域が前代未聞の豪雨にさらされることもある.「100%安全」があり得ない以上,洪水は起こるものだという発想での水害対策が必要になる.
それは川水を無理に閉じ込めないで,流すことによって安全や財産を守るという発想だ.かつて高知の城下町を守るために山内氏の藩政が採用した手法である.
つまり「放水路」や「遊水地」を確保することを中心に,洪水対策を都市計画のレベルから実施しようということだ.大きな発想の転換が必要になる.夢物語のように思うかもしれないが,このことの必要性は,かなり以前から各方面で指摘されている.立ち後れているのは地方行政である.もっと後れているのは,国の政治に携わる政治家たち,つまり歴代の内閣閣僚や議員たちである.政府レベルでの持続的な研究会を立ち上げて,大きな法的枠組みの変更を含めた本当の水害対策への模索を,そろそろ始めて欲しいものである.
2011年06月16日
コンピュータ監視法案
「コンピュータ監視法案」が今日,参議院で採決されるスケジュールになっているらしい.「山崎淑子の『生き抜く』ジャーナル
http://enzai.9-11.jp/
が行動を呼びかけている.
大災害と原発事故という難局に対し実質ほとんど何も実行して来なかった菅内閣が,初めて実行する重大な政策が,この「コンピュータ監視法」の制定である.あの歴史に残る悪法「治安維持法」の現代版だ.
3.11以後この国で見られた様々な事象を思い出してみよう.情報の隠蔽と印象操作.マスコミをあげての「放射能は安全」の大合唱.「風評被害」という名目での言論の抑圧.戦時中の「大本営発表」もかくやと思えるほどの言論統制.これが菅内閣である.
思い出してみよう.大マスコミが今までどれほどのウソ報道を垂れ流してきたか.ウソ情報の洪水に対し,幸いにも日本国民の何割かは冷静な目を持ち続け,一億総愚民化に陥らなかったこと.愚民化を防ぐうえで,ネット社会がどれほど大きな貢献してきたことか,を.
もう手遅れかもしれないけれど,「コンピュータ監視法」が制定されないことを祈って,このメッセージを各方面に発信しています.
http://enzai.9-11.jp/
が行動を呼びかけている.
大災害と原発事故という難局に対し実質ほとんど何も実行して来なかった菅内閣が,初めて実行する重大な政策が,この「コンピュータ監視法」の制定である.あの歴史に残る悪法「治安維持法」の現代版だ.
3.11以後この国で見られた様々な事象を思い出してみよう.情報の隠蔽と印象操作.マスコミをあげての「放射能は安全」の大合唱.「風評被害」という名目での言論の抑圧.戦時中の「大本営発表」もかくやと思えるほどの言論統制.これが菅内閣である.
思い出してみよう.大マスコミが今までどれほどのウソ報道を垂れ流してきたか.ウソ情報の洪水に対し,幸いにも日本国民の何割かは冷静な目を持ち続け,一億総愚民化に陥らなかったこと.愚民化を防ぐうえで,ネット社会がどれほど大きな貢献してきたことか,を.
もう手遅れかもしれないけれど,「コンピュータ監視法」が制定されないことを祈って,このメッセージを各方面に発信しています.
