舞監@日誌 since 2005

大阪在住、舞台監督・CQ塚本修(ツカモトオサム)の日記です。 観劇の感想や舞台用語の解説、たまに日々の出来事や劇団ガンダム情報も書いてます。 コメント・トラックバックは承認制ですので、すぐには反映されません。非公開希望の方はその旨お書き添え下さい。返信用アドレスも基本的には非公開にいたします。

2009年06月

柴田隆弘氏・伊藤熹朔賞奨励賞受賞記念祝賀会

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安定したデザイン力と、細部までこだわりの強い造形で、関西の数多くの劇団から支持され、これまでもたくさんの受賞歴を持つ舞台美術家、柴田隆弘氏が、日本舞台美術の権威、伊藤熹朔賞奨励賞(2008年度)を受賞した。
33才での奨励賞受賞は歴代最年少とのこと。
氏はすでに同賞新人賞を受賞しており、その実力は広く日本中に認知されることとなった。
本日はその祝賀会が開かれ、多くの演劇人、劇団関係者が集まり、祝辞を述べられた。
会場には受賞作となった劇団「維新派」の『呼吸機械』と、劇団「MONO」の『なるべく派手な服を着る』の舞台写真と装置模型が、賞状とトロフィーと共に展示された。
氏の非凡なる才能は学生時代より突出しており、遅かれ早かれ何らかの受賞に至るのは、火を見るより明らかなことで、日本のみならず世界的に通じるレベルであることは、多くの演劇関係者の思うところであろう。
今後も心奮える舞台美術を見せて欲しい。
柴田隆弘くん、おめでとう。

【観】桃園会『a tide of classics』D

c1307b2e.JPG桃園会 第37回公演
『a tide of classics』
作/岸田國士
演出/深津篤史
@ウイングフィールド

「明日は天気」
「音の世界」
「葉桜」
「かんしゃく玉」
全て見終わってみれば、恋愛よりも結婚をテーマにした作品群である。
本日は千秋楽でDプログラム。
「かんしゃく玉」「音の世界」「明日は天気」の順で上演する。
全ての作品は岸田戯曲の世界観を壊すことのないよう、奇をてらった演出は一切行わず、最低限の舞台装置と小道具で、役者主体の演出により忠実に岸田國士の戯曲を舞台化している。
「かんしゃく玉」はひと組の夫婦が持つジレンマや憤りを、直接的に玩具花火の癇癪玉を破裂させることによりダイレクトに表現した作品で、一見温和で感情を顔に出さない人でも、心の中では煮えたぎる思いをかみ殺し、隠し持っていることを暗喩した戯曲であろう。
友人の前では表面的には見せない見栄や虚栄心を、時おり垣間見せる。
岸田國士の戯曲が素晴らしいのは、時代が変わろうと根本的に変わることのない、人間の普遍的な感情を捉えているところなのだ。
「明日は天気」も同時期に書かれた夫婦物であるが、「かんしゃく玉」が自宅に知人が訪れるのに対し、旅行先の宿での夫婦の会話と、部屋に訪れる中居や番頭に対する会話劇で、「かんしゃく玉」において見え隠れしていた見栄や虚栄心を、場所を旅先に設定することで誰にはばかることなく全面に押し出させ、当時の一般的な中流家庭の自意識を浮き彫りにしている。
秀逸なのはラストシーンの終わらせ方で、失望に沈む夫人を夢見心地にさせておいて、いきなり現実に引き戻してストンと暗転する。
見事と言うしかない。

【観】ムーンビームマシン『if』

bcd36203.jpgムーンビームマシン・ザ・ウェンディハウス01
『if』
脚本・演出/Sarah
@芸術創造館

ムーンビームマシン初の番外公演は、シェイクスピアの戯曲「ロミオとジュリエット」をモチーフにした、ダンスあり、アクションありのSFファンタジー。
だが、このボリュームはもはや番外公演ではない。
ダンス、アクション、ともに非常によく稽古されており、本公演としても遜色はない。
前回(喋るお城…)同様、全編を通して音楽と照明変化を多用する。
シーンごとの選択は悪くないのだが、全体を通しての緩急や盛り上がりが欲しい。
派手なシーンが多いほど、一番見せたい場面の音楽や照明の印象が薄くなる。
全体のバランスを考えて、いっそ音楽劇として構成した方が良いのかも知れない。
終盤のパフォーマンスは秀逸で、台詞なしでも十分に見せることが出来るのだから、中盤もストーリー性を持ったダンスやアクションで説明台詞を省くとまだまだ良くなる。
スクリーンの昇降は観る側からは結構煩わしく、映像シーン以外では出来るだけ避けたい。
紗幕の効果を諦めて、照明に頼っても良かったかも知れない。
もちろんラストシーンは紗幕越しが美しく、ラストシーンを際立たせるためにも、紗幕効果を温存したい。

【観】劇団ハレンチキャラメル『浮世の月にかかる雲なし!』

5503e9ae.JPG劇団ハレンチキャラメル 第3回公演
『浮世の月にかかる雲なし!』
作・演出/神原くまこ
@飛鳥人権文化センターホール

俳優・島上とおるを座長に、作品の為の座組みを行う劇団ハレンチキャラメル。
3回目にしてようやく初見。
劇団浮狼舎や神原組とどこが違うかと言えば、表面的には変わりはない。
ただ、島上氏を座長に据えることで、神原さんの負担は大幅に軽減される筈である。
このスタイルが一番望ましいと思える。
だが劇団名は変えた方が良い。
作品と合わないし、俳優名を変える意味合いも薄い。
敢えて名を変えるならば、今まで演れなかったことや、演らなかったことをしないと意味がない。
会場の飛鳥人権文化センターホールも初見だが、壁は白く、残響音は激しく、非常灯は常灯で暗転は叶わず、およそ演劇ホールではない。
だが扇状に設置された階段席はどこも見やすく、改装と使い方次第では面白い空間である。
さて作品の内容は、いつもの神原ワールドである。
この物語に登場人物17名は些か多過ぎる。
前半は役者全員の説明やそれなりの見せ場で、かなり平板な構成となる。
これもいつものことだが、それが作家・神原さんの役者一人一人に対する愛情と優しさの表れなのは観客もようく承知している。
だから文句も出ない。
舞台は終盤、この幸せな旅の一座の結末は、空襲で幕を閉じる。
劇中劇「恋かんざし」のラストと重なりながら、空爆で一人を残し、一座は壊滅する。
だが決して不幸せな結末ではない。
舞台を愛し、芝居を生業とし、役に生きた者たちの生き様は、そのまま劇団ハレンチキャラメルの在り方と重なって来る。
何の悔いがあるものか!
タイトルの「浮世の月にかかる雲なし!」は忠臣蔵の大石内蔵助の辞世の句「あら楽し 思ひは晴るる 身は捨つる 浮世の月に かかる雲なし」より。
実に清々しい。

【観】劇団空組『共命時計』

1897863a.JPG劇団空組 第7回公演
『共命時計』
作・演出/空山知永
@インディペンデントシアター1st

まず映像は全て要らない。
いたずらに開演時間を遅らせることとなり、カーテンコール後の役者紹介映像も、パンフレットがあるので不要である。
客入れの時間を使っての映像プロモーションなら歓迎できるし、役者紹介も作品の中に組み込んで上手く使いたい。
過剰なサービスは逆効果となることもある。
空組は幼稚園や小学校でのボランティア公演も行っているようで、内容的には非常に分かりやすく親切である。
大人の観客には稚拙で、少し物足りなく感じるかも知れない。
あるきっかけから自分の存在価値を見失った主人公が、現実逃避して質感の違う4つの世界を旅する。
それぞれの世界で、自分の最も大切な人を守りきれず、存在意義を失い再び違う世界に向かう。
転換にはダンスが挟まり、その世界の主人公がクローズアップされる。
脚本は荒削りだが、このあたりの構成は上手い。
そして5つ目は現実の過去の世界。
自分の身勝手から家族4人を事故で亡くした過去が明らかになる。
友達と恋人の存在に救われ、自分の居場所を見つけた主人公は、生きる意味を見いだす。
お決まりのラストではあるが、見ていて気持ちが良い。
役者11人が生き生きと楽しんで芝居してるのが良い。
音響、照明、制作、その他全てを劇団員でまかなう理想的な劇団構成である。
自己満足に陥らず、純粋に育って欲しい劇団だ。

【観】桃園会『a tide of classics』C

575b4444.JPG桃園会 第37回公演
『a tide of classics』
作/岸田國士
演出/深津篤史
@ウイングフィールド

「明日は天気」
「音の世界」
「葉桜」
「かんしゃく玉」
大正末期から昭和一桁までの4作品を3作品ずつ上演する。
全て恋愛をテーマにした作品らしい。
本日はCプログラムを拝見。
池田ともゆき氏の簡素な舞台。
基本舞台を上げ、舞台奥に糸簾、その奥は上下(かみしも)に通じる通路。
1本目は「葉桜」。
岸田戯曲は単刀直入なタイトルが多い。
それでいて観劇後にタイトルの意味がずっしりのしかかった来る。
「葉桜」は、はたもとようこと山本まつ理の母娘二人芝居。
アクティングエリアは僅か一坪、タタミ2畳の大きさに、女優二人が座して会話する。
座芝居ゆえほとんど動きはない。
多分、目をつぶっていても内容は理解できる。
しかし目が離せない。
大正デモクラシーの影響も色濃く、民主主義や男女平等の思想が戯曲にも強く表れている。
「音の世界」も同じく、強くしたたかな女の姿を描く。
この作品は電話の声を用いたトリックで、横で電話を聴く者との駆け引きを描いたミステリーでもある。
観客は舞台となる3つの場所と電話の会話を同時に視認出来るので、傍観者として時間軸に沿って物語を追いかけるが、この作品は時間軸をズラして、各シーンをバラバラに観てみたい。
ちぐはぐな会話に、かなり翻弄される筈だ。
3本目は「明日は天気」。
これは30日15:00からのDプログラムを見る予定なので、「かんしゃく玉」と共に感想を述べたい。

第2回『舞台監督講座』

2442cb5c.jpg舞台監督講座、第2回目。
大変終了が遅くなり申し訳ありません。
講座終了が22:30、後片付けを済ますと23:00でした。
いくらでも話したいことが溢れ出しますね。
前回中途半端で終わった舞台監督必携の道具類の説明から始まり、今回は「劇場入りまでにすべきこと」を総ざらいいたしました。
劇場内でしか出来ないことを、劇場に居る時に無駄なく完遂し、劇場を最大限に有効利用すること。
これは私が舞台監督を始めた時に、徹底して心掛けたことでした。
仕込みに必要な部材を準備していなかったり、場当たり段取りが悪かったり、ゲネプロが途中で止まったり、かつて私が役者として参加した現場で、何度も経験したことでした。
何故、劇場外で出来ることを事前にしておかないのだろう?
そんな疑問が常にありました。
ほとんどの原因は不十分な打ち合わせにあるのでは?
漠然とそんな思いがありました。
舞台監督を始めた時、徹底して打ち合わせをすることにしました。
やはり格段にミスが減り、段取りが良くなりました。
本日説明したことを、しっかり遂行することが出来れば、劇場入りしてからの時間を最大限に有効利用できる筈です。
ですが、ここまではあくまでも小屋入りするまでの下準備に過ぎません。
やはり劇場入りしてからの動きが一番大切で、それをしっかり出来ないと、小屋入りまでにしてきたことが台無しになってしまいます。
次回7/21(火)は『劇場入りから本番までにすべきこと』を解説します。
搬入〜仕込み〜場当たり〜ゲネプロ〜本番、と言った流れは解っていても、ちょっとした手順の違いや指示の出し方で、ロスタイムは随分と違ってきます。
本番の時間が決まっている以上、仕込みや場当たりが押すとゲネプロの時間が無くなってしまいます。
項目ごとに段取りの良い作業の進め方と、効率の良い指示の出し方を考察します。
時間があれば、舞台監督の仕事について書かれた書物や、舞台用語辞典の紹介をしましょう。
今回も意見交換や質疑応答等の受講者と交流する時間を持てなかったことが大変残念です。
質問や感想を是非コメントなり連絡して頂ければ幸いです。

第2回『舞台音響映像講座』

5314775a.jpgCQ主催『舞台技術基礎講座』舞台音響映像講座2回目。
東京から帰阪してギリギリ間に合って到着。
今回は舞台音響の事前作業について。
特に選曲と編集に焦点を絞って解説する。
既成曲からの選曲は無限の選択肢があり、歌モノやメジャー曲の有効性と問題点を考察する。
また既成曲にまつわる音楽著作権の問題、さらには二次的に著作権に係わるDVDなどの販売物に対する注意点を考える。
素材の編集は現在主流となりつつあるPCを用いての編集を解説。
これまでのMDの編集の煩わしさを一気に解消する技術を紹介する。
最近の演劇音響は、PCで操作する音響家が増えて来た。
今後、間違いなくPCによる編集と音響操作が主流となるだろう。
時代に遅れないためにも、最低限の知識と技術が必要となる。
音響トラブルが発生した場合、かつては原因は容易に究明され、復旧にもある程度の所要時間が読めた。
だがPCの不調によるトラブルは、原因が探り難く、復旧の時間も読み辛い。
我々のようなアナログ世代には、正直チンプンカンプンであった。
今回の音響講座で、かなりPCによる音響が理解できた。
これは全ての舞台人が知っておいた方が良い。
どんどん進化する技術に追いつくためには、日々精進するよりあるまい。

次回の舞台技術基礎講座は明日6/23(火)19:00から第2回『舞台監督講座』。
『舞台音響映像講座』の3回目は来月7/20(月)19:00から。

【舞】博多人形(クロムモリブデン『空耳タワー』オマケ)

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森下くんの強い要望により、『空耳タワー』のオマケブログを書く。
すでに私は帰阪の途につき、新幹線の車中に在る。
大阪公演以前、大阪で劇団の到着を待つ私がまず作品に触れるのは、自宅に届いた脚本と舞台の美術図面である。
舞台美術は図面から何となくイメージ出来るものの、脚本を読んだ限りでは役者の動きも、役者の話し方も、登退場のやり方、衣装、メイク、小道具、音楽、照明、つまり芝居のほとんどがイメージ出来ない。
ストーリーと脚本上の構成が、文面から読み取れるだけである。
大阪公演の仕込み前日、役者が大阪に到着するや、スタッフを前に最終の通し稽古が行われる。
この時、初めて作品の全容が解る。
いや、メイクや衣装、小道具が完璧には揃わないので、7〜8割程度理解する。
長台詞が連続するのは脚本を読んで知っているが、まず驚いたのは登退場の方法だ。
エレベーターが昇降するように、装置の背面の下からスーッと現れ、同様に捌ける。
舞台上に登退場口がないのである。
次に驚いたのはその台詞の速さと、長台詞中に他の役者が突っ込む短い台詞だった。
何と、あの短い台詞群は脚本には一切載っていないのだ。
この最終通し稽古は、総頁28ページの脚本に音楽や効果音、暗転のキッカケやランタイムを書き込みながら、私が脚本を台本にする作業を兼ねている。
役者の登退場や仕掛けのタイミング、転換の有無、それぞれの暗転や転換の時間、暗転後の板付きの人数と位置、喫煙や危険行為の場所と時間、消え物(主に飲食物や使い捨ての小道具)の有無、などなどを通し稽古で確認し、脚本に書き込み、舞監台本が仕上がっていく。
1回目の通し稽古で問題点があったり、キッカケを把握しきれない場合は、後日再び通し稽古に行くのだが、今回はたった1回の通し稽古で、全てを把握しなければならない。
高速の特殊会話劇はサクサク進み、終盤のミュージカルを終えた26ページで74分が経過。
1ページ2.8分のハイペースでラストパフォーマンスに突入。
残り2ページはト書きのみである。
この2ページ足らずのト書きが15分のスローモーションパフォーマンスである。
ここまでの超ハイスピードから、いきなりのスーパースローモーション。
この緩急の差が見事であった。
野球で言うなら豪速球からのチェンジアップ、超スローボール。
さすが元野球部、野球大好き青木さん。
今も、普段持ち歩くカバンの底に、ファーストミットを忍ばせていると言う。
兎にも角にも、衝撃的な通し稽古であった。
ところで、奥田ワレタは私のことを舞台監督ではなく、ランタイマーだと思っている。
一日の終わりのミーティングで、その日の公演のランタイムを発表する係だと思われていた衝撃の事実。
大阪公演のランタイムは84〜85分で、ほぼ一定している。
ところが東京公演に入り初日が82分、二日目が83分と快調であった。
しかし三日目からランタイムが崩れ始める。
それ以降は千秋楽まで、84〜87分とバラつきが生じる。
これは限界に近いスピードで台詞を話す役者が、どこかで台詞を噛んでしまった時に、その後の台詞を正解に話そうと、ごく微妙にだが無意識に台詞にブレーキを掛け、幾人かが同じことを重なってすることにより、加減されていると分析する。
観客からしてみれば、さほど変化は感じないだろうが、この作品に関しては前後の速度差があるほど完成度は高いと言える。
もちろん正解に台詞を発して、観客に理解出来ることが大前提である。
これまでのクロムの作品では、ほとんどの作品のランタイムが2分以内の時間差で終了している。
このことだけでも、本作が如何に役者に負担の掛かる作品であるかが判る。
ランタイムは、作品の大切なバロメーターなのだ。
さて、タイトルの「博多人形」だが、これは脚本を初めて読んだ時に、気に入った台詞の一つである。
ナナミにフラれたケンジが、ナナミに騙されたとなじる台詞の中に「結婚詐欺」だの「美人局」だのがあり、極めつけが「博多人形」である。
これはナナミ役の幸田尚子が福岡出身であることと、色白の人形のような美人であること、更に「博多=謀った」つまり「騙した」ことを表す、三重に意味を持った言葉なのだ。
と思っていたのだが、森下くんも、台詞を吐いたケンジ役の久保貫太郎も、森下くん曰わく役者全員が気付いてないと言うのだ。
そんな馬鹿な?
またしても深読みし過ぎているのか?
で、それをブログに是非書いて欲しいと言うので、オマケパフォーマンスを頑張ったクロムの皆に、オマケブログを贈る。
心残りは、その答えを青木氏に訊かぬまま、帰途についたことである。
ちなみに「博多」について最も有名な台詞に、ガルマ・ザビの「謀ったな、シャア!」がある。

※画像はオシビータワー(完成予想模型)と博多人形(美人もの)。
オマケパフォーマンスで赤坂サカスを踏み潰す巨大モリシタン。
ではまた年末に会おう。
次回のクロムモリブデンは12/26〜1/3、赤坂RED/THEATERにて。

【舞】セプテンバー・デッセンバー『空豆タワー』(クロムモリブデン『空耳タワー』千秋楽)

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第一章でお気づきの方もおられたかと思うが、この作品はクロム版「三丁目の夕日」と言える。
いや、正しくは「50年後の三丁目の夕日」だろうか?
この作品中、最も印象的で象徴的かつ素晴らしい台詞は冒頭の母と息子が建設中のタワーと夕日を眺めるシーンの母親の台詞で「夕日が汚いわねぇ」であろう。
映画『ALWAYS 三丁目の夕日』のラストシーンで親子が夕日の中、完成した東京タワーを眺めながら会話する。
「50年先だって、ずっと夕日は綺麗だよ」
戦後の復興から高度成長期を迎え、東京タワーが建ち、新幹線が走り、東京オリンピックが開かれた。
誰もが裕福な未来に思いを馳せ、人々が優しく輝いていた時代。
時は経ち、東京タワーが建てられて丁度50年経った。
映画に込められた願いとは裏腹に、都会に美しい夕日は臨めなくなった。
劇中で通り魔に背中を刺され、監禁され囚われの身となった女が語る「地獄の三丁目の夕日」として、この物語は始まる。
来たるべき2011年、日本が誇る高さ10000mの巨大タワーが完成し、地上放送はデジタル化され、地上はデジタル信号で満たされることになる。
デジタル信号は0と1の2進法により表され、世の中は正と負、真と偽、虚と実、陰と陽、明と暗、ONとOFF、是と非、YESとNO、はっきりと両極端に大別できる時代に突入して行くのかも知れない。
短絡的な事件が横行し、偽物や紛い物が氾濫し、他人を騙す者が増え、人を信じられない時代となった。
ますます真偽を見通せる、本物か偽物かを見極める目が必要となって来るだろう。
この作品ではオシビーがその役割を果たす。
真偽を見極める電波を発するオシビータワーの建設音が響く街が舞台となる。
オシビータワーが完成の暁には、嘘や偽物や紛い物のない、本物の時代がやって来る。
冤罪で捕まった被疑者の男がアリバイを証明するために話す劇団セプテンバー・デッセンバーの公演『空豆タワー』。
この作品は、この男が語る『空豆タワー』のあらすじの通りに進行する。
つまり男が観た『空豆タワー』は、劇中劇としてそのまま舞台で同時進行している。
男の語るように、舞台に緞帳はなく、白い餃子のような装置があり、親子のシーンから始まる。
作品『空耳タワー』=劇中劇『空豆タワー』なのである。
前半は一方通行の会話劇として描かれる。
長台詞の応酬と、台詞中に少し小さな声で繰り返し語られる相槌のような空耳の台詞。
全く新しい手法で演出された特殊な会話劇である。
劇中、様々な演出法を織り込みながら、白い餃子のような装置から怪しい煙(笑気ガス)が焚かれる。
このあたりから3つのドラマが同時進行する多少難解な構成となり、シュールなミュージカルを経て、ラストは爆音の中、無言パフォーマンスへと突入する。
だから煙を吸って頭がおかしくなったり、訳が解らなくなれば、正しいストーリー通りに進行しており、被疑者の語るあらすじ通りとなる。
劇中劇と作品を同時進行で完全シンクロさせたメタフィクシュンなのだ。
だからと言ってラスト15分のパフォーマンスに本当に意味がないかと言えば、決してそんなことはない。
身の代金の受渡しからは15分間の爆音無言劇で、世界は0と1、真と偽に別れる。
人々は腐敗し、憎しみ合い、醜く殺戮を繰り返す。
詐欺師の劇団座長を残し、登場人物の全てが死んだ時に、オシビーの化身が現れ、斧を振り下ろし詐欺師の嘘つき鬼を退場する。
ジャックと豆の木、さながらに。
虚構の世界は消え、オシビーが光り出した時、世界は正しく動き始める。
人々は平穏を取り戻し、互いを信じ、手を取り合って愛し合う。
新たな世界には朝日が上り、完成したオシビータワーと朝日を眺める人々の顔は、50年前に東京タワーを眺めながら、輝かしい未来を信じて疑いもなかった、あの日の人々と同じ笑顔である。

50年前、豊かな時代を夢見て、がむしゃらに働き、日本は高度成長の波に乗り、やがて裕福な時代が訪れた。
物質的な豊かさと引き換えに、人々は何か大切なモノを失ってしまったのかも知れない。
現在、新東京タワー、東京スカイツリーが建設中だ。
新しい時代が始まる。
願わくば次なる時代は、精神的に満たされた、心の豊かな時代とならんことを祈りたい。
荒んだ心を癒やし、平穏で安泰な時代を夢見る願いの込められた、美しいラストシーンであった。

とまぁ長々と書きましたが、全ては私の妄想です。
青木氏はいつも我々スタッフにも詳細な説明はしませんし、特にラストは観客がそれぞれ自由にお楽しみ下さいと、どのように解釈するもしないも自由ですよと、優しく突き放す。
でも、それが好きな人はクロムにハマりますよね。
私もその一人ですが、青木作品にはいつも想像や空想や、それを超えた妄想をする楽しみがある。
勝手ながら前々作『血が出て幸せ』と本作『空耳タワー』を「青木秀樹東京三部作」と名付けよう。
まだ二作しかないのだが、三部作でなくとも良いのだが、そのうちまた東京を描いた作品が発表されることだろう。
社会と都会と人の心に棲む闇がある限り、青木秀樹の妄想が尽きることはない。

【舞】OCBIタワー(クロムモリブデン『空耳タワー』東京中日)

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東京公演中日。
OCBI(オシビー)は劇中に登場する小道具で、四角くて三角で丸い物だが、これは現在建設中の高さ610.58mの新東京タワー・東京スカイツリーを基にデザインされており、四角いビルに囲われて建つ、底辺の断面が正三角形のタワーで、上空に行くほど断面が丸みを帯びた三角となり、地上320mで円となる。
つまり四角くて三角で丸い物だ。
オシビーは本物か偽物かを見極める機能を有する画期的な機械で、詐欺防止や嘘発見器として役立つ。
劇中では2011年に高さ10000mのオシビータワーが完成予定で、ステキなお芝居とそうでない芝居、人を地獄におとしめるようなお芝居を見極める時代がやって来る。
大阪公演時にも書いたが、この作品は「ジャックと豆の木」をモチーフに詐欺、騙し、カタリ、でっち上げ、演技、お芝居等の人を騙す行為を、脚本に練り込み、家庭、警察取調室、劇団事務所の3ヶ所を行き来する会話劇に始まり、家庭劇、ミステリィ、刑事ドラマ、妄想劇、童話、アカペラ、方言、コンテンポラリーダンス、シュールリアリズム、歌、ミュージカル、ラップ、無言劇、パフォーマンス、メタフィクション等々幾多の演劇手法を少しずつ取り入れ、中盤以降は3つのシーンを同時進行させながら、新たな演劇形態を表出する。
ラスト15分は無言劇を主軸にしたパフォーマンスで、訳が解らないかも知れないが、解らなくて正解なのである。
2回見たら解るかも知れないし、解らなくても気にしなくて良い。
リピーターはお気づきだろうが、よく出来たメタフィクション構造となっている。
ほとんどの台詞は高速の長台詞で、台詞中に周りの役者も喋り続けているが、空耳なので気にしなくて良い。
リピーターは周りの役者を見たり、ブツブツを聴くのも良い。
次回、楽日に作品全体を考察する。
今回はグッズの売れ行きがすこぶる良いらしい。
前回「テキサス芝刈機」の最新DVDには関西公演版ダイジェストが特典映像で入っている。
過去の4作品(スチュワーデスデス・マトリョーシカ地獄・ボーグを脱げ・猿の惑星は地球)のセット販売はお得な6000円。
奥田ワレタプロデュースのクロムTシャツはオシビーちゃんがデザインされ、2色各2500円。
ただしLサイズ以上は完売。
Mサイズは残り最後の1枚だ。
急げ!

【舞】赤坂サカス(クロムモリブデン『空耳タワー』三日目)

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本日のマチネは、おまけパフォーマンス付き。
朝からパフォーマンスのための稽古やチェックに余念がない。
1回切りの特別ステージに失敗は許されない。
約7分間のパフォーマンスは『マトリョーシカ地獄』のラストパフォーマンスでミニチュアの街を暴れ回る巨大モリシタと地球防衛軍の戦いを描いた圧巻のシーンを再現する。
もちろん舞台装置も広さもメンバーも違うので、新たな振付を施した新作パフォーマンスと言っても良い。
マトリョーシカ地獄では舞台全体にミニチュアの街を敷きつめたのだが、今回は赤坂サカスにある某TV局ビルを模して造られた画像のミニチュア(ステファニー作)が登場する。
巨大モリシタ出現で、無惨に踏み潰された件のビル。
見逃した方は次回公演にて販売される『空耳タワー』DVDの特典画像に期待せよ。
さて、前回のブログの続きだが、赤坂レッドシアターは地下劇場で携帯電波が届かない。
非常に不便だが逆に考えると、観客が携帯電話の電源を消し忘れても、誤って着信音を鳴らすこともない。
座席の座り心地はすこぶる良くて、隣席との距離も余裕がある。
段差のある階段席は、どこからも舞台の視認がしやすく、観客に優しい劇場である。
今回の青木氏の演出プランは、何と登退場口がない。
舞台全景を見て貰えば一目瞭然だろう。
役者は舞台上に据えられたベンチの後ろから、エレベーターに乗っているかのように上昇して現れ、下降して退場する。
『空耳タワー』のタイトルに違わぬ登退場方式なのだ。
舞台上で大阪との一番の違いは、ヘップホールより高低差のある観客席から見た、見切り線が低いことだ。
後方の高い座席から見た見切り線は相当低く、役者は大阪よりも大幅に低く屈んで登退場と移動を強いられる。
高速の長台詞と言い、役者の集中力と労力を最大級に強いる作品となっている。
残り5ステージ。
完成度高し、見逃すと後悔必至の舞台である。
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