舞監@日誌 since 2005

大阪在住、舞台監督・CQ塚本修(ツカモトオサム)の日記です。 観劇の感想や舞台用語の解説、たまに日々の出来事や劇団ガンダム情報も書いてます。 コメント・トラックバックは承認制ですので、すぐには反映されません。非公開希望の方はその旨お書き添え下さい。返信用アドレスも基本的には非公開にいたします。

2010年01月

【舞】学習図鑑(虚空旅団・千秋楽)

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『学習図鑑』無事終了。
この脚本は、今読むと古さを感じずに居られない。
作品内容は多感な少年期を描いたモノであり、簡単に言うと、産まれる前の母親の胎内の中で羊水の海に浮かびながら、自分の一生を予習する物語で、大きな意味での自分探しそのものである。
80年代後半は小劇場全盛期であり、当時の芝居の作り方が戯曲先行ではなく、エチュードや口立てによる稽古場で脚本を構築していく作り方で、劇団特有の当書きや、当時の流行歌や最先端の流行りをふんだんに盛り込んだ娯楽色の高い脚本である。
もちろん、それは作り方のベースなだけであり、そこにプラスアルファが加わるからこそ、劇団の特色や味わいが加味され、独自性が表出される。
構成自体も、各エピソードの間に主人公のモノローグが挟まれたオーソドックスなもので、この独白の間に次のシーンの着替えが行われる。
よって主人公、山田のぼる少年の台詞量や出演時間の負担は相当なもので、スター女優・高泉淳子の圧倒的パワーと存在感なくして成立は難しい作品と言える。
この企画「現代演劇リトロスペクティヴ」では、台詞の改ざんなしに上演することが条件であるから、当時のギャグや言い回し、流行をカット出来ないのは大変ツラい。
また上演時間も当時は2時間以上が主流で、一つ一つの台詞をきっちり拾っていては、2時間を大幅に超えてしまう。
どれだけ走っても2時間は必要な作品なのだ。
高橋氏は体感時間2時間にこだわった。
リアルに2時間の芝居なのだが、観客が実感する時間の長さは実際の上演時間とは違うものだ。
2時間の芝居で2時間を体感させることが第1課題であった。
テキストはそのままに、テイストを変えての舞台化である。
舞台はオリジナルの閉められたら自宅のガレージではなく、発掘現場風のどこかとされ、人体模型ではなく、人型の大きな化石(或いは骨)が敷かれた広場である。
ここで過去の作品『学習図鑑』を発掘することと、その遺伝子とも言える骨を再構築し、単なる再現ではなく新たな作品として甦らせる作業を行う。
巨人の僕の解体された骨の中から、その中心核となる心臓のハート型が中空に吊される。
それは山田のぼる少年のハートであり、高泉淳子氏そのものであり、80年代小劇場スピリッツである。
観客によって受ける印象は様々で良い。
心臓となった作品世界そのものに見つめられながら、この再編成を誰よりもワクワクしながら楽しんだのは、高橋氏自身ではあるまいか?

【舞】虚空旅団『学習図鑑』

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虚空旅団
『学習図鑑』
〜見たことのない小さな海の巨人の僕の必需品〜
作/高泉淳子
演出/高橋恵
@アイホール
1/29(金)19:30〜
1/30(土)15:00〜、19:30〜
1/31(日)15:30〜

AI・HALLの企画「現代演劇レトロスペクティヴ」の第1弾。
この企画は1960年代から1990年代半ばまでの期間に生成した数々の戯曲の中から、今こそ再び注目すべき戯曲を選出し、上演する「回顧展」である。
今回は80年代の作品から、4団体が3作品を上演する。
私と同年代の方には、懐かしい当時の思い出が甦り、若い世代には若干古さを感じるかも知れないが、当時の作品を知るための絶好の機会となるはずである。
第1弾は遊◎機械/全自動シアターの代表作(1987年初演)、高泉淳子氏の名作『学習図鑑』を、虚空旅団の高橋恵氏が演出する。
『学習図鑑』は「山田のぼる」少年シリーズのひとつで、当時の小劇場演劇を紹介するに相応しく、メタファーな脚本とオーソドックスな小劇場独特の構成で綴られた作品であると同時に、少年の目を通して、当時の風物や流行、時代を写した作品となっている。
2月には「極東退屈道場+水の会」が如月小春作『家、世の果ての……』を、3月には「空の驛舎」による山崎哲作『エリアンの手記』が上演される。
ちなみに3作品とも、たまたま私が舞台監督を務める。
いずれも必見である。

さて、ようやくいつものペースに戻りつつある。
取り急ぎ「関西のこぎりオーケストラ」の感想を更新した。
「オパフェ!(Fプロ)」5作品、Toy Let's『砂漠』短編3作品、劇団空組『月の王子』、劇団★大阪新撰組『軋む天秤』、ノンバーバルパフォーマンス『ギア(仮)』と、先は長い。
ぼちぼち更新します。

【舞】ノンバーバルパフォーマンス『ギア(仮)』(オパフェ!スペシャルトライアウト公演・千秋楽)

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登場人物、と言ってもロボットなのだが、各人の名前は金管楽器から命名されている。
パンフレットを見ても説明は一切ないので気付かないが、中国語で表記された名前は、それぞれ金管楽器を示す。
「円号」「小号」「長号」「大号」。
それぞれ何か、想像して欲しい。
楽器に詳しい方ならば、すぐに分かりそうだ。
さて、舞台には様々な仕掛けがあるのだが、この作品のために準備されたギミックは約50個。
キャパシティ100席の小劇場にしては、過去最大級の仕込みとなった。
タイトル(仮)となった直径3.6mギア型回転舞台、ベルトコンベアに装着された回転するギア9個、
下手側に象をモチーフにした振り子運動をするミキサー、1.5mの昇降を繰り返す大型プレス機、昇降する回転ノコギリ機と、切断式のノコギリ、その先にピストン運動をする小プレス機が4台。
中央奥には変速式巨大送風機、その上を行き来するクレーン、壁には飛び出すハト時計。
上手型には手足の動く蜘蛛型ロボットのようなボイラー、中の水槽には気泡装着が2つの窓に仕掛けられ、底から煙を湧かせて小型扇風機2機で拡散される。
ベルトコンベアには噴霧器が仕込まれ、霧状の煙を噴射する。
舞台数カ所に置かれた操作盤は電飾が仕込まれ、正面に吊られた天井トラスは仕掛けにて振動する。
冒頭に廃工場が崩れて砂埃が落ちる。
天井に張られたトタン屋根が崩れる。
ラストに豪風と共に巻き散らされるチラシは、工業用送風機2機と天井から降らされ、大型扇風機4台で拡散される。
6カ所のスモーク噴霧のために持ち込まれたスモークマシンは4台、火花を散らすためのグラインダーが2機、映像を舞台全面に投影するためのプロジェクターが3台、その他手品のため仕掛けは無数にある。
小劇場の仕込みとは思えぬ物量と、電気仕掛けの装着に設定や、舞台装置の柱やトラスに投影される細かな映像の調整に毎回時間を費やし、入念にチェックする。
電気容量を計算しながら、使えるギリギリの電気仕掛けを操作する。
とにかく大変な仕込み、凄い量の仕掛け、更には大変なバラシであった。
ちなみに搬出車は、4トントラック1台と、2トントラック2台、軽バン1台の4台だ!

※画像はパンフレットと舞台装置。
小号=トランペット
長号=トロンボーン
円号=ホルン
大号=チューバ
見たままである。
舞台装置をスクリーンにして、映像が投影される。

【舞】オパフェ!スペシャルトライアウト公演『ギア(仮)』

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オパフェ!スペシャルトライアウト公演
ノンバーバルパフォーマンス
『ギア(仮)』
プロデューサー/小原啓渡
ディレクター/木下晶弘
@道頓堀studioZAZA BOX
1/22(金)20:00〜A
1/23(土)15:00〜B、20:00〜B
1/24(日)13:00〜A、17:00〜A

オーサカパフォーマンスフェスティバル(オパフェ!)は、一過性の強い演劇を単なるイベントで終わらせず、新しい文化コンテンツを生み出す戦略的かつ挑戦的なプロジェクトとして企画され、大阪の新たな文化・観光コンテンツに発展させるべく立案されたのが、本イベント『ギア(仮)』である。
よって、この企画は開催期間で終結するものではなく、制作した作品を更にレベルアップさせ、ロングラン公演に発展させる目的を持って制作されている。
本公演までは仮称として『ギア』と呼ばれるが、決して生半可な作品ではない。
私にとっては、ここ数年で最もハードでデリケートな現場であり、昨年から準備期間を含めて、私を悩みに悩ませた作品となった。
ノンバーバルとは、「言葉に依らない」という意味で、簡単に言えば無言劇の体を成すパフォーマンスで、まずこれに選出された出演者が凄い。
世界各地のブレイクダンスやダンスの世界大会で優勝経験豊富なダンサーが2名、同じくバトントワリングの世界選手権三連覇を果たした世界チャンプと、パントマイムの世界大会金メダリスト。
残す3名もTV・映画・舞台で活躍中のマジシャンや歌手、俳優なのである。
この豪華なキャスト7名から5名編成で2つのプログラムを構成し、小屋入りから2週間の時間を持って、3日間5ステージをお届けする。
構成・演出のディレクター木下晶弘氏は、最近の世界公演で演出に益々の磨きをかけたウォーリー木下氏の本名だ。
舞台は近未来の廃工場。
すでに人の居ない人形工場では、今もプログラムされた時間にロボットたちが働いている。
本来なら材料すらやって来ない筈の廃工場に、何の間違いか人形が1体紛れ込み。
思わぬ珍入者に巻き起こるドタバタ騒ぎ。
やがて工場の機械が壊れ、激しい風が吹き荒れて、全ては壊れ崩れていく。
ストーリーは簡単だ。
だが物語よりも見て欲しいのは、登場人物の身体能力であり、工場の舞台装置に仕込まれた50個所以上に及ぶ数多くのギミックだ。
これは次回紹介したい。

※画像は正面から見た舞台と、ラストに正面の巨大送風機に写されるタイトル(仮)。

【観】劇団★大阪新撰組『軋む天秤』

414dffeb.jpg劇団★大阪新撰組 Vol.35
『軋む天秤』
作/黒田誠
脚色・演出/栖参蔵
@ウィングフィールド

実に新撰組らしい芝居じゃないか!
舞台の広さに関係なく、オープニングからフルパワー、フルテンション、フルスロットルで暴走傘の舞。
物語は「娘道成寺」をモチーフに、時代を近代に設定し、怨念とも言える強い男女の情熱を描いた実に暑苦しく新撰組にはピッタリの題材である。
座付き作家不在のここ数年、多くの劇作家の脚本を上演しながら、暗中模索を続けて来た。
暗中模索と言うほどでもないか?
暗転中模索くらいか?
崖っぷちに立たされた大阪新撰組の、原点回帰と言える作品なのではなかろうか。
フライヤー裏面にある座長・南田吉信氏のコメントにある「何をやってもアングラになる」とは、私が大阪新撰組を形容した一文であるが、ついに南田氏は結論を導き出している。
つまり「何をやっても大阪新撰組になる」のである。
演技法はすでに確立している。
それは大層破壊力のある銃弾か爆弾だ。
この実弾を、どんな銃で、或いは大砲で、どこに向かって発射するかが、本来は最も大切なのだ。
それが劇団のカラーであり、方向性だと思うからだ。
だが、新撰組はこれまでも多くのジャンルの作品を無秩序に発表して来た集団ではなかったか?
会話劇からアングラまで、汗と唾液がほとばしる、むさ苦しいまで演技法で、猪突猛進するのが大阪新撰組なのである。
その答えが「何をやっても大阪新撰組になる」だと思うのだ。
作家不在を物ともせず、我が道を迷うことなく進まれよ。

※余談だが、舞台で傘を使うのは本当に難しい。
傘を差したままの登退場には、傘の直径以上の袖口と、袖幅が必要なのはもちろん、頭上からの照明は傘の影で顔面を暗くする。
更に雨にシーンで地明かりも暗く、傘の影に入るとより暗くなる。
狭い舞台で複数名が右往左往すると、傘同士がぶつかり合う。
袖中で出番待ちの役者が渋滞する。
舞台経験の浅い劇団が、小屋入りして場当たりで初めて気付くことが時々ある。
老舗の大阪新撰組は難なくスムーズにこなしているので見た目には判らないが、知識と技術がないと非常に難しいことなのだ。

【観】劇団空組『月の王子』

c8c8da16.jpg劇団空組 第八回公演
『月の王子』
作・演出/空山知永
@インディペンデントシアター2nd

とても微笑ましい作品だ。
現在の自分たちに出来る精一杯のことを、余すことなく最大限に活かせたのではあるまいか。
演劇のセオリーや演技の技術といった計算ではなく、演劇に対する情熱とハートで作った作品なので、出演者それぞれの等身大の演技が本当に心地良く、観客全員を見事に味方に付けてしまう。
それがまた劇団空組の最大の武器であり、最高の魅力でもある。
だから、劇団の方向性も作品の作り方も、このままで良い。
前にも書いたが、空組は劇団の一つの理想形である。
制作を含めた全てのセクションのスタッフを劇団内に持ち、演劇鑑賞のための学校公演の機会にも恵まれ、昨年は年間9回の公演を持てたと言う。
今回の作品は2年前の上演作の再演で、脚本は台詞運びはとても上手く、台詞自体も面白い。
場面の順番や転換の仕方と言った構成を勉強し、磨きをかければ更に良い作品になる筈である。
たとえば、舞台が開いた本の形になる仕掛けは、ラストシーンの母娘のシーンが秀逸なので最後に持って来た方が美しい。
そうすることにより、この演劇作品『月の王子』自体が、実は童話「月の王子」だったのかも知れないと、解釈の幅が広くなる。
劇団は順調に育っている。
今にきっと注目される劇団になるだろう。
今後が楽しみで仕方ない。

【観】Toy Let's『砂漠』

2fa6af54.jpgToy Let's
『砂漠』
「変態」
作/鈴木太海
演出/鈴木宏志
「…おい!お昼だけでも一緒にどうだろう?」
作/谷口はるか
演出/鈴木友隆
「砂漠女の倒し方」
作/村田和明
演出/中川信雄
@一心寺シアター倶楽

OSAKA夕日ヶ丘学生演劇祭の第3弾。
Toy Let's(トイレット)は大阪芸術大学発の劇団を集合させたプロデュース団体で、大芸大の学内外の多くの劇団から、作家と演出を別々の団体から選出し、30〜40分ほどの短編を入れ替え制にて上演する。
実は14日にも2作品を観劇したのだが、本日はオパフェ!が思いのほか早く終わったので、3作品を一気に見る。
14日の観劇の際には、演技も演出も粗く、明らかに稽古不足を感じたが、さすがにそれぞれが4回目の本番ともなると、かなり見やすく整理されている。
『変態』
カフカの「変身」をモチーフに、人間になったゴキブリ男の生活を描く。
「変態」は動物の発育過程での変態、メタモルフォーゼを指す。
冒頭はカフカ「変身」の群読から始まる。
期待感の高まるオープニングだ。
しかし本編が始まると、途端にトーンダウンしてしまう。
とても惜しい。
オープニングの緊張感を持って、ラストまで突っ走って欲しい。
中途半端に人間に変態したゴキブリ男が、如何にして人になるかより、人間になってどう変わったのか、外見の変化以上に内面の変化をもっとしっかり描ければ、かなり面白い作品になった筈だが、残念ながらそこまでには至らない。
テーマとなる「砂漠」の扱いも中途半端なので、取って付けたようなテーマは必要ない。
『…おい!お昼だけでも一緒にどうだろう?』
年齢も性別も職業もバラバラの男女6人が眠りから目覚めると、そこは砂漠だった。
居眠りしてる間に、誰かに呼ばれたような気がする。
よくある設定だが悪くない。
ひきこもり青年の心中を描いた作品だが、主人公と他の登場人物との関係性が薄い。
青年の唯一の心の寄りどころである幼少期のピクニックも、描き方が中途半端で人間関係が見えて来ない。
ラストシーンは、主人公がたった一人で引きこもる自室が、短い転換で造られる。
壁には大きな砂漠の写真が貼られている。
このラストシーンも、先の場面が主人公の心の中であったことの種明かしにしかならず、砂漠と相まった心の空虚感や絶望感を描かねばならない。
素舞台の砂漠シーンからの転換で、自室の具体的な舞台装置が出てくるのだが、抽象からの具象化はインパクトが薄く、バランスも悪い。
砂漠をしっかり舞台美術で造るなら、具象化された自室の装置が活きてくる。
砂漠が素舞台のままならば、自室も照明で四角く切ったエリアに、室内を表す小道具を2〜3点置けば十分であろう。
『砂漠女の倒し方』
砂漠女を中心に輪廻転生を繰り返しながら、ナメクジ男と太陽くんの壮大な三角関係を描いた小作。
砂漠女は水分を吸収するばかりで、決して涙を流さない。
砂漠女の彼氏であるナメクジ男は水がないと生きられない。
不釣り合いな二人。
水分の必要ない太陽くんが新たな彼氏になるが、ナメクジ男と悪魔の契約で、砂漠女は幸せになれない。
三人は三角関係を引き継いだまま、生まれ変わり死に変わり、転生を繰り返す。
砂漠女が涙を流して終わるラストシーンが予想される。
だがそれで良い。
難しい作品ではない。
泣かない女が何度も生まれ変わって、ようやく涙を流す物語で十分だ。
余分な伏線を付けず、ストレートに描くことにより、好感の持てる作品に仕上がった。
転換はまだまだ再考の余地があるので、反省材料である。

【観】オパフェ!『Fプログラム』

19f3dea8.jpgオーサカ パフォーマンス フェスティバル
『オパフェ!』
Fプログラム
プロデューサー/小原啓渡
総括ディレクター/木下晶弘
@御堂会館

OSPF(大阪ショートプレイフェスティバル)を継承する形で、総勢31組が15分の小作品を発表する『オパフェ!』が、2週間に渡る4日間、何と入場無料で上演された。
私は翌週に上演されるオパフェ!スペシャルプログラムの舞台監督に就いている。
本日はそのショートバージョンを上演する関係から、Fプログラムを観劇した。
Fプログラムは5本立ての最終プログラムで、ラストには今回の目玉商品「明和電機」が登場する。
「オパフェ!スペシャルプログラム」は、翌週予定のノンバーバルパフォーマンストライアウト公演『ギア(仮)』のショートバージョンで、舞台装置なしにパフォーマー5名が、得意のジャンルを融合させた作品を披露する。
出演者の内3名は、世界大会で数々の輝かしい優勝歴を持ち、他の出演者も負けず劣らずのハイレベルなパフォーマーたちなのだ。
マジック・ダンス・パントマイム・バトントワリング等、見せ場満載の15分。
ニューヨーク帰りの若手コレオグラファー「きたまり」は、お得意の女子学生ソロダンス。
影絵を使ってジリジリと後方に移動する。
1曲丸々を使っての終始横向きのダンスでは、僅か180cm四方の空間を使い、躍動感溢れるソロダンスを見せる。
ラストは歌謡曲の当て振りダンス。
お見事!
「子供鉅人」は実に子供鉅人らしい作品を披露。
スーパーの買物用のカートが押し出され、買物カゴの中に入った女優が10分以上妄想のような台詞を喋り続ける一人芝居。
かと思いきや、ラスト3分は女の台詞の中の登場人物が次々と現れ、全てが妄想ではなく現実の物語であったことが判明する。
さらにバンド演奏とカーテンコールも入った驚きのフルコース15分。
一番の驚きは、買物カゴに大人ひとりが入れたことだ。
大沢@旅日記お勧めの「ユニット美人」は、劇団衛星の女優二人によるユニットで、アラサー女子のリアルな生活と願望をそのまま描いたコント仕立ての二人芝居。
会話劇ベースに本音の傍白を挿入した構成で、劇中に必ず挿入されると言うブルマ姿に変身するシーンが見もので、その魅力にDVDも即日完売だ。
また見たい。
最終プログラム「明和電機」は、音をビジュアル化した大人のお遊びだ。
遊びもここまで真剣にやれば、世界に通用するアートパフォーマンスとなり、既成の音楽や演芸、ライブと言った芸術の枠を超え、独自のジャンルを構築する。
作品を「製品」、ライブを「製品デモンストレーション」と呼び、工員服に身を包み、中小企業スタイルで活動するのはご存知の通りだ。
30分間の特別枠を組まれるだけのことはあり、見応えは十分。

【観】ひょうたんから独楽劇場『日本のこぎり音楽協会関西支部 第1回 不定期演奏会』

8cd09e68.jpgひょうたんから独楽劇場
日本のこぎり音楽協会関西支部
『第1回 不定期演奏会』
出演/関西のこぎりオーケストラ
サキタハヂメ
小松なお子(ピアノ)
@大阪府庁正面ロビー

のこぎりオーケストラ初鑑賞。
昨年末のNyanひとり芝居フェスティバルにゲスト出演されていた中小路さんも参加されている「関西のこぎりオーケストラ」は、世にも珍しいのこぎりだけのオーケストラで、主催のサキタハヂメ氏によると、世界中でも大阪ほどのこぎり音楽人口が多い都市はないそうだ。
のこぎり音楽は、長細い直角三角形の西洋のこぎりを、弓を用いて弾いたり、叩いたり、その曲げ方によって不思議な音色を奏でる音楽で、ちゃんと楽器屋さんで売ってるのだ。
危険なのでギザギザに刃は付いてないものの、見かけもノコギリと何ら変わらない。
この日は驚くほどの寒さで、会場の大阪府庁の正面ロビーは、総大理石造りの吹き抜けで、もちろん暖房もない。
とにかく寒い。
が、20名弱の演奏者たちは、演奏のため薄着であり、大理石の階段に腰掛けるため、相当寒いに違いない。
ほとんどの曲はピアノ伴奏であるが、のこぎりだけのオーケストラで演奏する「ポップコーン」あたりから、全体がまとまり始め、続く「カノン」「ボレロ」の名曲は、奮えるほど素晴らしい。
機会があれば、是非鑑賞をお勧めする。
今から始める楽器としても、のこぎり人口は少ないので、努力次第ではトップに立つのも夢ではない。

【観】ねをぱぁく『ミズに似たカンショク』

50e88583.jpgねをぱぁく ACTion*1
『ミズに似たカンショク』
作・演出/関川佑一
@アトリエS-pace

秋津ねをが東京から大阪に来て早1年、幾つかの舞台を経ていよいよ本腰を入れて自分の芝居作りに乗り出した。
その第1作は、重いテーマに正面から向き合った、沈痛で重苦しく、緊張感の張り詰めた70分余りの作品である。
舞台は、1年前に駐車場の事故で幼子を亡くしたある夫婦のマンションの一室。
明日に裁判を迎えた容疑者の女性が訪ねて来る。
留守番を任された妻の妹と、妹と同棲中の彼氏がやって来る。
登場人物は以上の5名だ。
この作品に音楽は不要ではないかとか、ラストの若いカップルの台詞が納得いかないとか、脚本や演出上の不満がない訳ではない。
芝居なのだからある程度の矛盾もある。
だが、それら何もかもを平伏させて、この作品を見事に成立させているのは、徹頭徹尾、緊張感を保ち続け、一瞬たりとも気を抜かない秋津ねをの存在である。
冒頭の暗転板付きからラストまで、居間に正座したままの70分。
途中1〜2度方向は変えるものの、背筋を伸ばしたままの凛とした姿勢で、身じろぎもしない。
果たして立てるのか?
ドラマは暗転のない、ワンシチュエーション会話劇である。
ラストシーン、観客の心配を余所に、秋津ねをはしっかりと立ち上がり、役から離れることは一瞬もない。
事故からの1年間、時間が止まったままの男女5人。
この作品は、5人の止まった時間が、再び動き出す芝居だと考える。
それを象徴するかのように、主人公は正座のまま動かず、初めてラストで一歩踏み出して終劇する。
お互いを理解することなど到底あり得ない。
しかしこのままの状態が良いとは誰も思わない。
何かのキッカケさえあれば、再び時間は動き出す。
これはキッカケを運ぶ芝居ではあるまいか。
東京から大阪に引っ越すキッカケがあり、ふとしたキッカケで仲間と繋がり「ねをぱぁく」が始まる。
故意か偶然か、最近の秋津ねを自らを象徴するかのような、見事な旗揚げ公園(誤字ではない)であった。

【観】劇団925『ミス・ベビーシッター』

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『ミス・ベビーシッター』
脚本/山内直哉
演出・出演/中西邦子
@インディペンデントシアター1st

今週2本目。
今週は土曜日の「SとNの饗宴」と、この2本だけ。
現場がないのに観劇数が少ないのは、それだけ忙しいからであり、その感想の日記が更に遅いのは、更新するヒマがないほど多忙だからだ。
その理由は後日に語ることになるが、これを見た翌日から、ここ数年で最も大変で慌ただしい仕込みが始まることになる。
さて、中西邦子の魅力を遺憾なく発揮するエンタメ一人芝居90分!
だが気負うところがなく、サラリと見せるのがとても良い。
自分の見せ方と魅せ方をよく解って創られており、それが決してイヤミではなく、観客をしっかり味方に付けてしまう。
友人の子供のベビーシッターを引き受けたことから始まる30代独身女性の奮闘記。
劇中の冒険を通して、RPGのように少しずつ成長し、やがてほんの少し変わった自分に気付いた時、自分の周りの世界も少しずつ変わり始める。
脚本上の話だが、この作品は母と娘の絆を描いた一人芝居だと思う。
自分の母親に、電話で子育ての方法を学ぶことから母親の愛情を知る。
その無償の愛を自らの愛娘に注ぐ。
その姿を描いてこそ、上質のエンタメ作品となる。
ラストシーンで結婚した彼女が赤ちゃんを抱く姿が、より美しく描けたのではなかろうか?
もちろん、そこまで出来る力が山内氏にも中西氏にもあると思う。
決して高望みではない筈だ。

【観】SとNの饗宴『果実』『さよならココア』

8bd4fbf6.jpgSとNの饗宴
スアシ倶楽部『果実』
原作/フランソワーズ・サガン
構成・演出/三好淑子
出演/魔瑠・向田倫子
ニュートラル『さよならココア』
作・演出/大沢秋生
出演/大沢めぐみ・大沢秋生
ゲスト/木原勝利(9日)・上原日呂(10日)

少し時間が出来たので、日記を更新。
またまた大沢氏と三好さんがコンビを組んだ。
この人たちに巻き込まれた人は概ね大変だ。
二人とも世間と感覚がズレているからだ。
時間感覚、美的センス、思考回路、趣味嗜好、等々、独特の感性を持ち、概ねマイペースで、周りの人たちは見るに見かねて手助けしたり、お守りをしたり、知らず知らずに巻き込まれて行く。
内容は今さら語るまでもあるまい。
在阪の小劇場ブロガー諸氏が詳しくレビューされておられる。
中田あかね「トランスパンダブローグ。」
魔人ハンター「徹子の部屋」
広瀬泰弘「習慣HIROSE」
感想は諸氏に同じく、どちらも短編で素直な作品なので、すでに書くことがない。
よって付け足しと言うか、異論と言うか、少しだけ述べる。
スアシ倶楽部『果実』は朗読劇ながら、盛りを過ぎた女の一人語りとして構成されており、それを敢えて二人の女優で演ずるには、明白なルールが欲しい。
陰と陽、過去と現在、大人と子供、真実と嘘、男と女、演じ分けの方法はいくらでもあるはずだが、曖昧でスッキリしないのだ。
もっとも、その曖昧さこそが女心なのだから、これで良いのかも知れない。
『さよならココア』は、ニュートラルの台詞パートを凝縮したような作品だ。
もちろん大沢秋生作品が面白くない筈がない。
選曲から台詞の選び方へのこだわり、入口から3階まで、空間を全て使った構成、最終的に全てがテーマとなる小劇場演劇へと繋がり、小劇場へのオマージュとして綴られる。
敢えてここが失敗と言うならば、二人が料理をするシーンであろう。
この場面は映像的に調理を見せるシーンであろうから、手元を見せることと、料理をする音が最重要なのだ。
客席からは手元が全く見えず、音楽に消されて調理の音が聞き取れない。
本来ならこのシーンが、ニュートラルの最も得意とする、絶対に忘れられない名場面となる筈なのだが、残念ながらそこにまでは到らない。
いつものように、隠喩や暗喩で描かれる、珈琲と紅茶に対するココアの件が上手い。
スポーツや音楽に対する演劇、或いは歌舞伎や商業演劇に対する小劇場、マイノリティに対するこだわりと愛情が哀しく優しい。
ラストシーン、劇場が貧乏になればなるほどゴージャスになる貧乏神の正体が明かされる。
貧乏神が、自ら棲み心地の良い小劇場を去ることを決意した途端、劇場救済の電話のベルが鳴り、物語は終わる。
とても良いラストだ。
改めて私は思う。
どの劇場にも貧乏神が棲んで居るのではないかと。
願わくば、どこに棲む貧乏神も、優しく気の好い神さまであって欲しい。
こんな素敵な作品を見せてくれる場所を、どうかいつまでも残してくれますように。
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