舞監@日誌 since 2005

大阪在住、舞台監督・CQ塚本修(ツカモトオサム)の日記です。 観劇の感想や舞台用語の解説、たまに日々の出来事や劇団ガンダム情報も書いてます。 コメント・トラックバックは承認制ですので、すぐには反映されません。非公開希望の方はその旨お書き添え下さい。返信用アドレスも基本的には非公開にいたします。

2011年06月

【映】くじら企画『トーフの心臓』上映会

acce1729.jpg東日本大地震支援チャリティーイベント
くじら企画 映像記録DVD上映会
『トーフの心臓』
作・演出/大竹野正典
@インディペンデントシアター1st
6/28(火)19:30〜

無料上映会とは言え、驚きの満員御礼である。
演劇公演のVTR上映会に、これだけ来て頂けるとは正直驚いた。
皆さまのためにも、少々解説しておこう。
1993年に扇町ミュージアムスクエア(OMS)にアクトトライアル作品として初めてのOMS上演作品となった『トーフの心臓』は、設定を向田邦子の小説「あ・うん」より拝借し、登場人物の名前もそのまま流用している。
家族構成や人間関係もそっくり採用しているが、現代風の作品にするため職業や経歴を変えてある。
戦友であった二人の主人公は、戸塚ヨットスクールの級友とされ、この学生時代のエピソードが大変重要である。
このエピソードが、タイトルの『トーフの心臓』の元ネタとなった萩尾望都の少女漫画「トーマの心臓」の舞台であるドイツのギルナジウム(当時、9年制の学校であった)に重なる。
全寮制の男子ばかりの学校で、一人の少年の死をきっかけに、同性愛に目覚めた二人の物語である。
生涯を通じて大竹野作品のタイトルには、このようなパロディめいたものはなく、「夜が掴む」(つげ義春)や「密会」(安部公房)のように、内容は違えどタイトルは原案に敬意を表してオマージュされることがほとんどで、作風もタイトルも、他の作品群とは異質な存在の作品と言える。
簡単に崩れてしまいそうなトーフ(豆腐)の心臓を持った中年男の二人の主人公のドラマは、完全に造り込まれた日本家屋の室内で行われる2幕芝居で、当時は家庭劇としか呼びようがなかったが、今でも十分通用するシチュエーションコメディとして描かれており、本日見直してみても相当良くできた脚本である。
この脚本だけを見ても、大竹野のずば抜けた脚本力が窺えるのだが、当時は新劇の亜流扱いされ、新聞でも酷評されている。
圧巻はラストの男性二人のキスシーンで、VTRではアップとなりほとんど見えてないのだが、室内の壁が後ろからの明かりでステンドグラスとなり、より一層妖しい雰囲気を醸し出していたのだ。
舞台美術は池田ともゆき氏で、現在では当時のような舞台美術を製作することもないだろうから、かなり貴重なVTRと言える。
池田氏も大竹野氏と同様、その後シンプルな舞台美術に移行し始め、現在では日本を代表する舞台美術家となっている。
ともあれ、大竹野自ら封印したこの作品は、現在でこそ絶賛される舞台作品であり、同性愛がタブー視された当時では、早すぎた名作と言わざるを得ないのだ。
まことに嘆かわしい限りである。

【観】ボラ☆ボラ『青木さん家の奥さん1/2(はーふ)』

b9a3444b.jpg
17de1ccf.jpg
ボラ☆ボラ 梅雨明け公演
『青木さん家の奥さん1/2(はーふ)』
原作/内藤裕敬
脚本/皆川あゆみ
演出/前田晃男
@ウイングフィールド

1年間休団中の南河内万歳一座が、休団中の時間を生かしてそれぞれに活動をしている。
皆川あゆみ氏が主宰を務める「ボラ☆ボラ」は、万歳一座の女優で構成された内部ユニットで、二人の客演女優と、日替わり男性ゲストを迎えて、内藤裕敬氏の代表作の一つで即興演劇の「青木さん家の奥さん」を、大胆にも女優版に書き換えての上演である。
もっともこれは2回目であり、2004年に女優のみの同作品が上演されている。
「青木さん〜」は1990年に初上演され、構成以外は全て即興でやりとりするアドリブ芝居で、実際に青木さんの奥さんは登場せず、酒屋に新たに入った件の奥さんを知らない新人アルバイトに、4人の先輩たちが如何にその奥さんが美しく素晴らしいかを言って聴かせる物語で、誰かがアドリブで設定した事を引き継ぎながら新たな設定が加えられて行く構成は、俳優個人の力量が問われ、機転が如何に効くかを試される作品である。
これを皆川氏は、酒屋をスナックに、青木さん家の奥さんを新入社員の青木くんに置き換え、生ギターだった演奏を女性らしくピアノに変更して上演する。
もちろん面白いのだが、これはやはり二十代から三十過ぎまでの中堅俳優が試金石として上演する台本であり、ベテランになってから演るならば、観客の想像以上の完成度を期待されてしまう。
この作品で一番素晴らしいのは、実はフライヤーで、バリバリにメイクした美女5人が登場するかと思いきや、開店前のスナックのバックヤードに現れたのは、出勤したばかりでノーメイクのホステス4人で、演奏者以外は普段着・スッピンと言う究極の出オチが待っていることだ。

追加編集【観】A級MissingLink『限定解除、今は何も語れない』

a037a526.jpgA級MissingLink トライアウト2
『限定解除、今は何も語れない』
作・演出/土橋淳志
@ジャン・トゥトゥクー

今秋、仙台の劇団「三角フラスコ」と【沈黙】を共通テーマに合同公演を行うA級ミッシングリンクが、早々とその作品のトライアウト(試験公演)を催した。
これまでの土橋作品とは明らかに違う。
それぞれの存在があまりにも象徴的で、脚本構成にいつも見せる見事なまでのメタフィクション構造を意図的に崩している。
この作品を持って、A級MissingLinkは仙台に、三角フラスコは大阪に向かう。
もちろん更に完成した作品を持って向かうことになる。
これは未完成の試演作なのだ。
観客に対して、解らせようとするヒントが少ないのも否めない。
私は正しい芝居の見方なんてないと思っている。
観客が好きに見たら良いのだ。
だが、解らないよりは解った方が断然面白く、本当は素晴らしい作品なのに、大多数の観客が解らなければ、一般的に詰まらない作品にされてしまう。
一見解りにくい作品は、何かのメタファーであることが多く、少しヒントがあれば一気に判るものなのだ。
大きな震災が起こると、その被害の大きさに圧倒され、遠く離れた者からは実感されにくいものとなってしまう。
大きな事件を最も小さな事柄に喩えることで身近に感じ取れるようになり、観客に伝わりやすくなる。
しかしそれは、本来伝えたい事を間違って解釈される危険を孕んでいる。
だが、敢えて表現者は各々の表現方法で、心血を注ぎ、常に何かを発信し、観客に挑み続けて来る。
ほとんどの演劇作品は何らかのメタファーであり、それを紐解く面白さは、それを実際に見た者にだけ与えられた極上の愉しみと思うのだ。
少し作品を振り返ろう。
人間が山野をどんどん切り開くあまり、生活圏を失った動物がしばしば道路上で自動車と接触事故を起こすことがある。
これが大型の野生動物だった場合、衝突した自動車の方の被害も甚大となる。
自然と人間がどう向き合って生きるかが大きな問題だ。
物語では車を走らせていた男女の一人も、轢いた鹿と共に亡くなってしまう。
生き残ったのは男性で、深い悲しみからなかなか立ち直れないでいる。
同居する妹は兄を心配しながらも、傷心のまま現実を受け入れられない兄を前に向かって進ませようとする。
当事者ながら生と死を分けた二人。
亡くなった者と生き残った者。
生き残った当事者を何とか助けようとする者。
当事者と支援者。
これらは同じ時間と空間に存在し、本来は向かい合いながら行きていかねばならない。
自然と人間、然り。
生と死、然り。
被災者と支援者、然り。
人と自然の折り合いが付かぬ時、人は自分勝手に自然を破壊し、時として自然の猛威に晒されて来た。
遠い災害の地で苦しむ人たちを、関西に居る我々が何を支援できるのだろう。
轢死した鹿の夢として描かれたこの作品は、混沌としてその答えを見い出せず、それでも生きて行くしかないことを提示する。
ラストシーン、亡くなった恋人に染つされた水虫を二次感染させられた妹が、兄と一緒に治療する。
苦しみも悲しみも、真に分かち合わなければ、本当に向かい合うことなど出来っこないのだ。
この未完成の試演作が、大いなる支援作となることを、我々は願わずに居られない。

【観】一心寺シアター倶楽プロデュース『飛龍伝』B

a3ca666f.jpg一心寺シアター倶楽ロングラン
つかこうへい追悼企画
一心寺シアター倶楽プロデュース公演
『飛龍伝』Bキャスト
作/つかこうへい
演出/諏訪誠
@一心寺シアター倶楽

木曜日に引き続き『飛龍伝』Bキャストを観劇。
これにて、一心寺シアター倶楽プロデュースつかこうへい追悼企画の全6公演全8バージョンを見終えたことになる。
Bキャストでは、神林を田所草子が、桂木を浅雛拓が演じる。
共通キャストの出来がすこぶる良い。
それにも増して素晴らしいのが玉置玲央である。
明らかに共通キャストの方が安定して見えるのは、一部ダブルキャストの弱点である。
稽古量も本番回数も、ダブルキャストは半分しかないのだ。
その中に在っても、俳優全員に後押しされて、紅一点の田所草子がこれまでに見た最高の演技で応えている。
タントリズム〜テノヒラサイズと、ずいぶん長く彼女を見ている。
一人の役者の人生に於いて、あらゆる意味で最高と言える素晴らしい舞台に出会えることは、それほど多くはない。
今日の玉置と田所は、光輝いていた。
先日のブログで、この作品には、赤と白に重要な意味があることを述べた。
それは日本国旗の色であり、脚本上の登場人物が紅一点の神林美智子を中心に据えた「日の丸」の構図を示しているとも書いた。
これは2回見ると更に如実に感じられる。
台詞の端々にも、真っ白な林檎の花に実る丸く赤いリンゴや、ほおずき市の白い綿アメと赤く丸いホオズキ、赤い鼻緒と四角い下駄、等々が散りばめられており、そこには美しい日本の風景と懐かしい日本の風物詩、現代人が忘れつつある日本人の心がある。
布団の上のノッペラボウの赤ん坊に至っては、何をか言わんやである。
圧巻は終盤の雪降りしきる国会前、日本中を白く覆い尽くしたその真ん中で、真っ赤な鮮血に身を染めて崩れ落ちるヒロインが、血に染まった「日の丸」となるシーンであろう。
また、更に強く感じるのは、上演当時(2003年)の総理大臣である小泉純一郎に対する痛烈な批判である。
桂木順一郎に込められた思いは、小泉総理に対する国民の願いであり、それを裏切られた失望なのだろう。
小泉元総理は、政治家の家系に生まれ、祖父も父も相次いで公職追放となり、家庭の経済状態も恵まれてはいなかった。
大学時代は進級にも失敗し、そのままイギリスに留学している。
2001年4月から06年9月に及ぶ内閣総理大臣在任期間(第87〜89代)は、戦後としては佐藤栄作、吉田茂に次ぐ第3位で「構造改革なくして景気回復なし」をスローガンに掲げ、革命的な変革を国民に期待されていたが、9.11米同時多発テロの発生を受け、米軍らを支援するテロ対策特別措置法を成立、海上自衛隊を連合軍の後方支援に出動させた。
03年3月には、イラク戦後復興支援の名目で陸上自衛隊派遣のため、有事関連三法案を成立させている。
これらはそのまま桂木の人生に比喩され、安保反対を叫んでいた彼がのちの事務次官となり、アメリカで安保継続に調印する姿に重なってくる。
つかこうへい氏は在日韓国人であるがゆえに、生まれ育った日本を心底憂いていたのではあるまいか。
美しい日本を、誰よりも夢見ていたのではあるまいか。
その祈りは、劇中で山崎と神林の愛息となって現れる。
国家の象徴としての山崎と、民衆の象徴としての神林が結ばれた時、勝利(かつとし)と名付けられた二人の子供が旧国家の象徴である父親を殺すラストシーンに、真の革命の願いを込めたのであろう。
真の革命の勝利とは、官民一体なくして有り得ないと。
諏訪演出ではラストに二輪の白百合が残り、美しく物語を結んでいる。
百合には威厳・純潔・無垢等の花言葉があり、その中でも「純愛」を貫いた者たちへの賛歌として、二輪の百合を重ねている。
当たり前のことだが、素晴らしい脚本と、それを宿すだけの力を持つ俳優、それらを統率する演出力なくして秀作は叶わない。
加えて、それを為すだけの制作力が必要である。
僅か1ヶ月間で6連作をプロデュースするのは、並大抵のことではない。
一心寺シアター倶楽のプロデューサー藤原治基氏の尽力を讃えたい。
藤原氏の演劇に対する愛情が、しっかりと実を結んだ結果、この6連作を生み出した。
願わくばこの作品群が、新たな時代の演劇を切り開く「飛龍」となることを切に祈る。

【観】化石オートバイ『プラズマ・バンドワゴン』

00b50e77.jpg化石オートバイ
『プラズマ・バンドワゴン』
作・演出/山浦徹
@インディペンデントシアター2nd

とても良い。
一つ間違えば最悪のエンタメファンタジー作品になってしまう設定を、抜群の構成と素敵でオシャレなオープニングとエンディングが、最高のエンタメファンタジーに仕上げてしまう。
完全なる素舞台と、くるくる変わる一人多役、スピーディーな展開はいつものこと。
ビルの隙間のような路地を抜けると、そこには地図にない街、地上50階建ての高層タワービルがある。
「死亡遊戯」型のRPGにも似た冒険ファンタジーかと思えば、30年に渡る男と女の恋の顛末記でもある。
30年前の物語と、現在のストーリーをメタフィクションした場面が非常に上手い。
更にこの壮大なストーリー自体が、オープニングとエンディングに挟まれた劇中劇であり、3重構造のメタフィクションとなっている。
一見、他愛もないオープニングだが、これが最後に素晴らしいエンディングとして生まれ変わる。
エンタメファンタジーなどとチープなジャンル分けはしたくない作品で、山浦氏独自の世界観と演出法は、確固たる不動のスタイルを完成させつつある。
このエンディングを見たあと、きっと見て良かったと感じるだろう。
素敵で温かい作品である。
素晴らしいお芝居を、見せてくれてありがとう。

【観】一心寺シアター倶楽プロデュース『飛龍伝』A

677733e1.jpg一心寺シアター倶楽ロングラン
つかこうへい追悼企画
一心寺シアター倶楽プロデュース公演
『飛龍伝』Aキャスト
作/つかこうへい
演出/諏訪誠
@一心寺シアター倶楽

1ヵ月に渡り6作品をロングラン公演してきた「つかこうへい追悼企画」も、いよいよ最後の公演となった。
演目は『飛龍伝』。
「熱海殺人事件」と並び、初期のつかこうへい作品を代表する戯曲である「初級革命講座 飛龍伝」(1973年初演)を母体とし、改訂に改訂を重ねて膨らませた作品が『飛龍伝』である。
これも再演の数だけ数多くのバージョンがあり、今回の一心寺シアター倶楽プロデュースのバージョンは2003年に公演された改訂版と思われる。
僅か3人の登場人物で描かれた「初級革命講座 飛龍伝」をミニマムな構成の会話劇・小劇場版とするならば、『飛龍伝』はそれを基にマキシマムに膨らませ、登場人物を増やし、歌やダンスを取り入れた大劇場エンターテインメント作品と言える。
全共闘委員長・神林美智子のモデルとなったのは、1960年6月15日に11万人が参加して国会議事堂を包囲した日米安保の抗議デモで、全学連主流派が国会に突入した際、警官隊と衝突して死亡した22才の東大生・樺美智子である。
この神林美智子役に東大出身の女優であり浪曲師の春野恵子を抜擢したのは興味深い。
そしてまた、周りを固める男優陣は、誰を主演にしても納得できる関西一線級の俳優ばかりで、全ての配役が熱く深く活かされている。
その中から選抜された主演男優の二人、玉置玲央と大塚宣幸のお互いを意識した熱い演技が、相乗効果となって作品世界の温度をどんどん上昇させて行く。
初日らしい失敗はもちろんあるものの、それを差し引いても余りある完成度と言える。
ここまでの5作品も見事ながら、追悼企画の最後を飾るのに相応しい作品となっている。
大阪では、本年度のベストテンに間違いなく入って来る作品であろう。
ちなみに本作はダブルキャストとなっており、Bキャストでは主演3名の内、玉置玲央以外の2名が田所草子と浅雛拓に変わる。
脚本構成は先日の「蒲田行進曲」とほぼ同じである。
一人の女と二人の男、三者三様の壮絶な愛の物語は、むしろ「蒲田行進曲」より「飛龍伝」がベースとなっており、この対立しながらも惹かれ合う男女の構図は、全てのつかこうへい作品の基盤となっている。
また、在日韓国人であるつかこうへい氏が、激動の昭和に生きながら、冷徹にその時代の日本を見据えて来た眼差しと、その中を生きる人間の熱さと素晴らしさ、その両方がほとんどの作品に封じ込められており、時代を違えて再演する度に改訂された作品には、その時代と人々がしっかりと描き出されている。
この脚本では、多くの登場人物の中に紅一点の女性主人公、神林美智子を中心に据え、男性を白、女性を赤とした、「日の丸」の構図が隠喩されており、物語の中盤で神林が口紅を塗るシーンも、脚本構成上「日の丸」を象徴していると思われる。
よってこの作品には、赤と白に重要な意味がある。
チラシと劇中に使われる百合の花にも、もちろん意味があるのだ。
劇中に生花が登場する場合、ほとんどが花言葉と掛けてあるので、是非調べて頂きたい。
またタイトルの「飛龍」は、劇中にたった一場面、一言のみ語られるだけで、「初級革命講座 飛龍伝」の飛龍とは意を異にする象徴的なものとなっている。
『飛龍伝』にただ一言のみ挿入された「飛龍」に込められた意味は、作品の中に放り込まれた神林美智子であり、この作品こそが真の政治を理想とした美しい日本を夢見る、革命の心を忘れた日本人に一石を投じた「飛龍」そのものであるように思うのだ。

【観】(劇)ペンギン☆ピック『私は逃げない』

2e1e6bea.jpg(劇)ペンギン☆ピック 第2回岡山・大阪2都市公演
『私は逃げない』
作・演出/呉英長
企画・監修/真野ミチコ
@ウイングフィールド

ペンギン☆ピックは岡山在住の呉氏と、大阪在住の真野氏の二人ユニットで、大阪と岡山の2都市公演を開催する変わった形式の劇団である。
移動公演が基本となるので、舞台装置も出来る限り簡素にし、照明と音響の仕込みの手間も極力省いている。
舞台にはドアが一つあり、その横に折りたたみの長机が一つあるだけで、ドアには[M2]の文字が書かれている。
登場人物は概ね3人のシチュエーションコメディで、照明変化も挿入曲も使用しない会話劇である。
隣室に200億円のビル建設に伴うプレゼン会場がある会議室と思わしきドアの前の廊下が舞台。
隣の会議室では朝から建設会社のプレゼンが順番に行われており、[M2]の表示から「第2ミーティング室」であろうとのミスリードを誘う。
今から自社のプレゼンと言う間際になって発覚した、設計図面の取り間違い。
他人の図面と入れ替わったことに気付いた時には、入れ替わった図面を持った会社員が行方不明に!
この図面の入れ替わりだけのアイデアで1時間半の公演時間は長すぎる。
30分あれば十分である。
90分作品にするならば、どんどん事件が転がって、思わぬ大成功を生じたり、ビルごと潰れるくらいの大失態に発展しなければ面白くない。
図面だけでなく、企画書の中にも仕掛けはいくらでも施せるし、営業社員が時折持って来る他社のプレゼンのアイデアを如何に上手く乗り越えるかと、話はいくらでも転がせた筈である。
この階だけに無いトイレを探し回るのも、何回も繰り返せば目の前のドアがトイレだと判ってしまうし、[M2]のMはMEN'SのMであろうから、2の文字は不要であろう。
全体的に会話劇ながら正面向きの台詞が多く、アクションも大き過ぎる。
呉氏は岡山在住なので、岡山の小劇場演出の主流がこうなのかも知れないが、かなり違和感を感じてしまう。
次回公演に期待したい。

【観】インディペンデント:ダブルワン・トライアル公開プレゼン

f48be2bc.jpg
ec9ba61c.jpg
INDEPENDENT:11[trial]
インディペンデント:ダブルワン・トライアル
トライアル公開プレゼン
プロデューサー/相内唯史
@インディペンデントシアター1st

11/24〜27に2ndにて開催される「最強の一人芝居フェスティバル【INDEPENDENT:11】」のトライアル枠である2ユニットを賭けて、多数の公募から7組の一人芝居が公開プレゼンされた。
持ち時間は15分のみながら、非常にクオリティの高い選考会となった。
観客の判断で見事選出されたのは、中嶋久美子出演『次の場所までさようなら。』と、是常祐美出演『追いかけて千日前〜幸せはどこに〜』の2作品である。
傾向的には笑いの要素が多分に重要であると思われた。
以下、私の感想を当日公正に行われた公演順に記しておく。

c.『竪琴を手にした小さな勇者の物語。』作・演出・出演/御意(Project UZU)
母親の子宮内で、未来の自分の姿を予習する勇者の物語。
身体能力は7人中最も高く、動き、台詞、演奏と、よく考え、稽古を積んでいる。
音楽を多用しているが、楽器演奏のある作品では演奏と挿入曲が喧嘩するので注意したい。
いっそ音楽を使わず、演奏と台詞のみの構成にした方が良い。
何故に竪琴なのかを明白に伝えないと、作品に活きて来ないので惜しい。
演奏による平和と誕生の音楽を主体にすべきと考える。
b.『なまえはまだない』出演/おはぎ(プロジェクト俺の穴)作・演出/ゴンダユウイチロー(プロジェクト俺の穴)
面白いだけに中途半端にお茶を濁した結末が非常に悔やまれる。
紙飛行機を使った擬人化の発想は良く、選んだ紙飛行機に書かれた名前を命名されるシーンを結末にしてはいかがか?
何もかも意味付けする必要はないにせよ、箱に入れられた数多くの名前の候補は、両親が考えた名前であると設定した方が自然で、その中から一つを選び名付けられることの意味を描きたい。
命名することの大切さと喜びを描けたなら、確実に良い作品となる。
g.『13病』出演/横山太郎(ともにょ企画)作・演出/村田和明
良く出来たSFショート小説を読むように楽しめた。
舞台には13個の風船が吊られ、一日毎に1つの風船が割られる。
つまり13日間の物語である。
劇中に登場する友達が行う謎の実験で興味を煽り、実験の答えは無いままにそれを主人公に受け継がせる無限連鎖のストーリーは、ホラー小説の「リング」を彷彿させる。
視覚的に見せた13個の風船は、全て割られたあと更に13個並べたい。
もちろん13は13才、中二病を意識してのタイトルであろう。
a.『芸術くんと私』出演/イトウエリ(手のひらに星)作・演出/泉寛介baghdad cafe')
電車内で自意識過剰な女子が、妄想を繰り広げながら自分探しをする。
と、言ってしまえばそれだけだが、役者の身体能力をフルに活用させ、出来る限りの行動パターンを試みる。
かなりの台詞量と違った動きの連続は、容赦なく役者を苦しめる。
脚本はとても良い。
緩急の付け方も上手く出来ている。
自分からの脱却を込めたカチューシャを外すシーンが照明と相まって美しく、7組中最も印象的である。
しかし、この構成は既に「柿喰う客」が同フェスティバルで演っており、既成作を超えるにはそれ以上の内容と仕掛けが必要である。
d.『追いかけて千日前〜幸せはどこに〜』出演/是常祐美(ジバイシマイ)作・演出/かのうとおっさん
千日前線で掃除婦を務める女が、結婚相談所の担当男性に恋をして追いかけ廻す。
脚本がぶっ飛んでおり、秀逸である。
自分の前世を4世前にコロンブスと共にアメリカ大陸に渡った船乗りの奥方と語り、ヨーロッパに梅毒を持ち帰りヨーロッパ中に広めてしまい、その罪からカビに生まれ変わり、サナダ虫に生まれ変わり、更にイナゴに生まれ変わり、イナゴの時の功績が神に認められ、ようやく人間に戻れたものの、4世前の因果応報から結婚に恵まれないのだ。
実にバカバカしい。
作品の完成度が高いので、劇中の音楽は不要。
カビ[黴]、サナダ虫[条虫]、イナゴ[蝗]は、いずれも難読漢字で、これを是非とも膨らませたい。
ついでに追いかけっこで大阪の難読地名を巡るのはいかがか?
f.『次の場所までさようなら。』出演/中嶋久美子(ムーンビームマシン)作/二朗松田(はちきれることのないブラウスの会)演出/泉寛介(baghdad cafe')
泉氏、まさかの2本目演出作品。
演出作品が2本トライアルに残るのも珍しい。
7本中、脚本構成は最高の出来である。
バレリーナの姿をした女が、相撲部屋で出世して関取になるまでの物語を、バレエには一切触れることなく構成し、きっちりと八百長問題の時事ネタをも挿入し、前振りの母親の言葉をしっかりと最後に生かして来て聖書の言葉でまとめ、ラストはタイトルで見事に閉める。
「次の場所」は相撲の来場所であり、来世の生まれ変わる場所でもある。
ミスマッチなバレエと相撲を見事に融合させ、無駄のない脚本と演出で綺麗に仕上げている。
e.『世界のおわり/デマのはじまり』作・演出・出演/鈴木友隆(ともにょ企画)
これまた、ともにょ企画まさかの二人目。
これは15分では惜しい作品である。
ダブルタイトルを冠した脚本は、10年に一度くらい上演され、大概の場合正反対のタイトル内容で、同じ脚本が演出を変えて上演される。
裏読みできる台詞を駆使し、演出により解りやすく区別させる。
この作品に於いてはタイトルを並列に扱い、観客の好きに捉えさせる。
よって作品意図は意外に深い。
巨大隕石が地球に衝突すると発表され、衝突の瞬間にジャンプすれば助かるとの噂がまことしやかに世界中に広まる。
NASAの発表から続々と連なって登場する十数名か数十名の人物を、次々と演じながら物語は進む。
全ての登場人物に関連性が欲しい。
途中まで関連付けは出来ているので、もう少し深く掘り下げたい。
構成はとても良い。
隕石が落ちたあとのラストシーンで、「世界のおわり」に比べ「デマのはじまり」が弱い。
しっかりとどちらにも受け取れるラストシーンにしてこそ、ダブルタイトルが活きて来る。
そのためには、もう少しボリュームが必要ではなかろうか?
完成形が望まれる。
だが発想と言い、構成と言い、順調に急速に育っている。

【観】伊藤えん魔プロデュース『蒲田行進曲』狂乱

4761c2b4.jpg一心寺シアター倶楽ロングラン
つかこうへい追悼企画
伊藤えん魔プロデュース
『蒲田行進曲』狂乱バージョン
原作/つかこうへい
演出/伊藤えん魔
@一心寺シアター倶楽

先日見た伊藤えん魔プロデュース『蒲田行進曲』の狂乱バージョンを見に一心寺シアター倶楽へ。
7人のメインキャストの内、6人の配役をシャッフルし同作に挑む。
驚きなのは唯一の女性キャスト「小夏」を田渕法明が演じ、熱血バージョンで小夏を演じた美津乃あわを男優として配することだ。
物語の中心となるヤスの役のみ、両バージョンを通して行澤孝が演じる。
この田渕版小夏が実に良い。
狂乱バージョンは、いつもの伊藤えん魔プロデュースと思っても遜色はない。
遊べる所は全てテコ入れしてとことん遊び尽くし、見せるべき芝居はじっくりと見せる、いつもの伊藤えん魔氏の手法である。
だが、田渕法明演じる小夏のシーンは全く遊ばない。
田渕くんに真摯なまでに小夏の演技を強いている。
ヤスと小夏のシーンを弄ると、この作品の本質が変わることを伊藤氏は良く理解している。
とても正しい選択だと思う。
反面、伊藤えん魔演じる銀ちゃんは、大幅に台詞をカットし、最低限と思える台詞量で仕上げている。
これはバランスが悪い。
蒲田行進曲の肝は銀ちゃんである。
主役三人のバランスが絶妙に采配されてこそ、ヤスと小夏のシーンが際立って活きてくると考える。
狂乱バージョンはお遊びと割り切っても、熱血バージョンの完成度が高いゆえ、どうしてもそれと比べてしまう。
だから余計に田渕くんの小夏が勿体なく感じる。
美津乃あわと比べても、決して引けを取らない演技力を身に付けた女優としての田渕法明は、眩しいほどに輝いていた。

【観】あみゅーず・とらいあんぐる『女と男のしゃば・ダバ・だぁ』

cdcf7ab6.jpgあみゅーず・とらいあんぐる vol.19
『女と男のしゃば・ダバ・だぁ 〜足音の向こうに〜』
構成・演出/あみゅーず・とらいあんぐる
@ウイングフィールド

あみゅーず・とらいあんぐる、ついに19年目の第19回公演。
3本立てのオムニバスをダンスで挟んだいつもながらの構成である。
が、その内容は年齢に相応して、それなりに深いものとなって来た。
《RE:ロマンス》は、単身赴任と若かりし日の夢を扱った三人芝居。
夫婦間の信頼を描く。
《ジェラシー》は女優の二人芝居で、亭主の浮気と不倫、女同士の不思議な友情を見せる。
《ボン・ボヤージュ》は男女の二人芝居で、離婚と新たな旅立ち、別れた夫婦の奇妙な友情を描く。
重いテーマを女性特有の視点から、重さを感じさせずにサラッと見せる。
もはや男女の出会いや別れと言った甘く切ない恋愛の物語から離れ、結婚や夫婦生活と言った新婚時代に起こる些細なドラマを通り過ごし、ついに自分たちの日常により近い普段通りの生活の延長線上に起こり得る、出会いや別れがこの作品の核となっている。
何だか壮大な人生のドラマを19年掛けて見て来たような気がする。
来年は記念すべき20周年である。
この先、人生で起こり得る男女間の全てのことが、あみゅーず・とらいあんぐるのテーマとなる。
娘や息子の結婚、孫の誕生、退職、年金、老々介護、熟年離婚、子供との同居、嫁と姑、老人ホーム、病気、入院、寝たきり、老人性健忘症、遺言、死別、何とも壮大な人生のドラマが、ささやかな小劇場の小さな舞台で繰り広げられる。
最近はあみゅーず・とらいあんぐるを、欧米の長寿ホームドラマのように思えて来ている。
いつまでも続けて欲しいと思う。
どれだけ歳を重ねても、その時々の楽しみ方や、その年齢にしか解らない美しさがある。
それを小さな作品に載せて、おもてなしの心と共に観客に届けてくれる。
そんな彼女たちを、私たちはいつまでも見ていたいと心から願うのだ。

【観】MASTER:D produce MIXER:D『4REAL』&「TUXEDO:PRELUDE」

8b6dff1e.jpgMASTER:D produce MIXER:D
『4REAL』
脚本・演出/入谷啓介
「TUXEDO:PRELUDE」
監修/那伽けん
@インディペンデントシアター1st

MASTER:Dが1時間のお芝居と、30分の日替わりイベントで贈る2日間4ステージは、毎回内容の変わる4パターンの会話劇と、メインとなる出演者4名による日替わりのイベントで構成される。
本日は初日の初回を観劇。
『4REAL』はファミリーレストランの店内、机と椅子4脚だけの舞台。
都心から遠く離れた町、事故で死んだ同級生の葬式に訪れた4人の会話劇。
今もその町で暮らす男、その友達の葬儀屋、都会で暮らす女、3人は元同級生で、あとは女の婚約者の男。
それぞれに何やら秘密を隠している。
キャッチコピーは「隠しているくらいがちょうどいい事もある。」と言うくらいだがら、各々が隠し事を持っているのだ。
他愛のない会話に潜ませた含みのある昔話。
次第に見えて来るお互いの関係と真実。
それを臭わせただけでこの回は終わる。
多分、4回ともこんな感じではなかろうか?
筋の通った一本のストーリーなら、4回に分ける必要がない。
敢えて4回とも内容が違うのは、答えを出さないつもりだからだろう。
リアルな日常とは、本来こんなものだからだ。
何しろタイトルは『4REAL』、つまり4つのリアルが題材なのだ。
この回だけで判断できないが、フラストレーションの溜まる内容ではある。
答えのないミステリと言うか、ミステリほどの謎も仕掛けもないが、4回見ないと解らないし、4回見たくなる仕掛けは施されている。
きっと4人には、それぞれ死んだ友達に対する殺意があり、事故死に見せかけて殺すだけの根拠や動機があり、しかも故人を含めた男4人と女はいずれも過去に恋愛関係があり、結局誰も手を下しはしないのだが、それぞれのちょっとした行動が微妙に絡み合い、結果的に同級生の男は事故で死んでしまうのだ。
と、言う勝手なあらすじを考えてみたが、入谷くんいかがか?

那伽けん監修による「TUXEDO:PRELUDE」は、前半と打って変わって動きを主体にしたパフォーマンスとゲームである。
良く出来ているのは全く同じ動きによる3人のパフォーマンスで、1対2の立ち回りと追いかけっこが、主役とシチュエーションを変えることで三者三様に見える。
これだけで30分見たい。

【観】伊藤えん魔プロデュース『蒲田行進曲』熱血

b88bcf67.jpg一心寺シアター倶楽ロングラン
つかこうへい追悼企画
伊藤えん魔プロデュース
『蒲田行進曲』熱血バージョン
原作/つかこうへい
演出/伊藤えん魔
@一心寺シアター倶楽

1980年初演の『蒲田行進曲』は、82年に映画化され、それ以降は舞台でも大人気の戯曲となり、主題歌の「蒲田行進曲」を初め、挿入曲の「恋人も濡れる街角」(歌/中村雅俊)も定番の劇中曲となり、映画のサントラからの引用も多く、80年代に数本の同じような『蒲田行進曲』を見ている。
本作で伊藤えん魔氏は、映画のイメージを完全に払拭する演出により、舞台作品として個別に完成された『蒲田行進曲』の作品化に成功している。
これまでに見た「伊藤えん魔プロデュース」や「ファントマ」の演出法に従った、伊藤えん魔氏独自の『蒲田行進曲』に仕上がっている。
元々再演の度に違った挿入シーンやエンディングがあり、どの脚本を基に構成したかは判らないが、オリジナルの挿入シーンも多々あり、そのテイストはいつもの伊藤えん魔作品に他ならない。
よって、「蒲田行進曲」も「恋人も濡れる街角」も流れない。
実に潔い。
藤元英樹の銀ちゃんがすこぶる良い。
久しぶりに銀ちゃんらしい銀ちゃんを見た。
美津乃あわの小夏が愛らしい。
ギャグのない芝居こそが美津乃あわの真骨頂である。
行澤孝、熱演である。
これまでにない小夏とヤスは新鮮であり驚きである。
この熱血バージョンで6ステージ演れば十分なのに、マチネではわざわざ配役を変えて狂乱バージョンを上演すると言う。
何と小夏に田渕法明、銀ちゃんに伊藤えん魔自らが挑む。
これが上演前から案外好評で、20日(月)15時から追加公演が決まっている。
伊藤えん魔の銀ちゃん、見ねばなるまい。
私も20日に拝見する。
名作『蒲田行進曲』、熱血、狂乱、お好きにご堪能あれ!
記事検索
Archives
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ