舞監@日誌 since 2005

大阪在住、舞台監督・CQ塚本修(ツカモトオサム)の日記です。 観劇の感想や舞台用語の解説、たまに日々の出来事や劇団ガンダム情報も書いてます。 コメント・トラックバックは承認制ですので、すぐには反映されません。非公開希望の方はその旨お書き添え下さい。返信用アドレスも基本的には非公開にいたします。

2011年12月

『第64回中部日本高等学校演劇大会』総括

本年が例年にない特別な年であったことは言うまでもない。
3月の東日本大震災から9ヵ月余りが経ち、震災を題材にした演劇作品や直接的ではないにせよ震災を意識した演劇作品が増加し、多かれ少なかれ震災が演劇に与えた影響は計り知れない。
高校演劇もまた例外ではなく、中部大会でもその半数が命を扱った作品であった。
被災地との距離的な関係からか、私の住む関西圏の高校演劇の作品よりも、震災を意識する度合いが高く感じられた。
いずれにせよ、まだ死とは縁遠いはずの若い高校生たちが、真剣に命を見つめる機会を得た貴重な体験であったように思う。
総合的に見ると、さすがに各県の代表として参加するだけあり、作品レベルは相当高いものながら、その反面、知識や技術の不足から使い方を誤りやすいホリゾントを使用する演劇部が多く、音量が適切でない挿入曲や効果音が目立った。
また、転換と間(ま)や余韻と言った、必要不可欠ながら稽古不足になり勝ちな部分を疎かにした作品も、少なからず見受けられた。
ホリゾントを使うと時間経過が表現しやすく、色の変化で場面変化や転換にも利用できるので、多用する演劇部が多いが、劇中で上手く効果を発揮しているかと言えば、必ずしも効果的とは言えない作品も多い。
仕込み時間の少ない高校演劇では、床面まで舞台美術を施すことは大抵の場合は不可能なので、床面が白く新しいほど、照明の反射光は否めない。
多目的使用の中劇場では、床面は白木張りのことが多く、床面への照明が強いほどホリゾントへのハレーションも強くなり、ホリゾントの色が白けたり、色ムラが出来てしまう。
舞台の画角も上下左右に広がり、高い立端の舞台空間を美術的に埋める工夫も必要となる。
観客の視角も広くなるので、一点に視点を集めるのも難しくなる。
長所と短所をよく考察し、作品に本当にホリゾントが必要か、効果的に使用するだけの技術があるかをしっかりと検討した上で使用しなければならない。
家庭劇や室内劇、会話劇等、人物にフォーカスした作品では、大黒の使用を推奨する。
音楽の選曲も、単に雰囲気の合った曲を流すのではなく、選曲に統一感を持たせ、日常劇では極力BGMを減らした方が音楽シーンの効果は強くなる。
また転換時には、前の場面の余韻を引っ張ったり、次のシーンの雰囲気を事前に作ることも可能なので、効果的に用いたい。
特にラストシーンは、観客に作品の余韻を残す重要な場面なので、音量を適切に上げ、緞帳が降りた後にカットアウトするのではなく、余韻を残しつつフェードアウトしたい。
1時間以内に収める制約上、緞帳降りと同時に作品を終わらせる作品が多く、勿体なく思うし、精魂込めた作品だけに残念で仕方ない。
芝居は生モノゆえ、多少の時間的融通が必要となる。
間延びした前半の時間を取り戻すために、後半の芝居を早口で回したり、必要な間(ま)を保たず芝居を走らせるのは、実に愚かなことで、作品の完成度を落とすばかりか、作品の品格まで落としてしまうので、時間的にも余裕を持った作品つくりを目指したい。
この日記で書いてきた各作品の感想は、私の個人的な感想と意見である。
よって審査員の意見には一切触れていない。
また一気に17本の作品の感想をまとめて掲載する時間的な制約から、言葉足らずによる不十分な説明が多々あり、読者に対して誤解を生む箇所が多数あると思う。
説明不十分で要領を得ないところは、是非コメントにてご質問頂きたい。
個人的な質問はアドレスを表記して頂ければ随時返信させて頂くことにする。
頂いたコメントは勝手ながら私の判断で掲載しない場合もあるが、アドレスは非表示とさせて頂くので、安心してご質問頂きたい。

【観】桑名西高校『明日に咲く花』

桑名西高校(三重県)
『明日に咲く花』
作者/石垣摩耶
出典/創作
演出/橋本匡紀

とてもオーソドックスに基本を押さえた演劇らしい作品である。
舞台はシンメトリーにデザインされた清楚な病室で、ベージュと水色をベースにシンプルに配色されている。
正面に間口3間の壁があり、真ん中に水色のスライドドアがある。
ドアのある部分は少し高くなっていて、前方のスロープで床面と繋がり、高低差が奥行きを与える良い構造である。
床面にはベージュのカーペットが敷かれ、末広がりに段違いで置かれたベッド4台が、十分なアクティングエリアを確保している。
奥は大黒幕で、全体がシックに落ち着き、品の良い舞台美術となっている。
惜しいのは中央ドアが開いて鏡パネルが無いことで、大黒が剥き出しになることだ。
舞台の両脇には黒紗幕で作られたパネルが組まれ、転換時に明かりが入り裏側が浮かび上がる。
本編は会話劇ベースで進行し、ブリッジ曲が入り上手か下手のパネル裏が浮かび上がり、やがて暗転し音楽のフェードアウトに合わせて舞台明かりが入る。
これを繰り返しながら進行する構成は、整理された美しい統一感があり、王道的な作りである。
本舞台の照明は、好みにもよるが、ベッドや人形劇に明かりを集めるのは不要に思われる。
昼間と夜の地明かりで十分で、イメージシーンのみ明かりを追加してシンプルな照明プランを目指したい。
前半の会話の間が非常に良いのに、登場人物の一人が死んでから若干間延びしたのが惜しい。
劇中の童話と、舞台上の本編が上手く重ならず、もどかしい。

【観】刈谷高校『あとひとつ、花があったら』

刈谷高校(愛知県)
『あとひとつ、花があったら』
作者/刈谷高校演劇部
出典/創作
演出/早川咲穂

舞台にはバスが1台。
2間×5間半の広さに平台を敷き詰め、下手奥に運転席、中央奥は横長のベンチシート、上手側は1間半の階段席を設え、シートにはエンジ色のカバーを掛けてある。
バック幕は大黒。
主人公の記憶の中を巡るバスは、少年の傷付いた過去を再現しながら疾走する。
バスを舞台と平行に位置取っているが、下手側を少し前に、上手側を少し奥に振って斜め舞台にすれば、階段席の役者が見やすくなる。
中盤までは照明変化を抑え、淡々と地明かりで見せて行くが、不快な効果音を流し全員がストップモーションになる等、日常と異質な演出を施すならば、いっそ照明も変化させて良い。
明かりもバスの中だけに絞って行きたい。
中盤の足音を使ったダンスが非常に良いので、全編を通して足音をもっと効果的に使えれば良かった。
毎日繰り返すこの記憶の無限連鎖を、子供の頃の自分が止めようとするのだが、自己崩壊していく主人公は全てを遮断し、それに合わせて大黒が開かれ、巨大なオブジェが降下して来て、少年の心象風景へと様相を変化し、ついには思考を停止し何もかも止めてしまうのだ。
劇中の主人公には何の希望もなく、この物語には救いがない。
それが悪い訳ではない。
何も変わらない物語もたくさん存在する。
確かに時代を象徴しているかも知れない。
だがやはり、若者が変化して行く物語を見たいと思う。
タイトルにあるように「あとひとつ」何か救いや希望があれば、この作品は大きく変わるはずである。

【観】呉羽高校『モノ、申す!』

呉羽高校(富山県)
『モノ、申す!』
作者/呉羽高校放送・演劇部
出典/創作
演出/久保佑佳

15本目にしてようやくハチャメチャな作品が登場する。
これは誉め言葉である。
舞台は男子高校生の部屋。
間口5間ほどのベージュのカーペットを敷き、下手前に学習机、奥にテレビ棚と本棚が並ぶ、部屋の中央に敷かれた小振りのカーペットの上に丸テーブル、中央奥には本棚、上手にベッド、その奥にギター立てがある。
一番奥は壁になっていて、中央奥から下手に出入りが出来る構造である。
部屋壁の両側は黒パネルで延長し、袖幕に繋げている。
バック幕はホリゾント。
部屋の中は散らかり、様々な物が散在する。
飽き性の主人公が、過去に投げ出したギターやサッカーボール、参考書、ポエムが、擬人化して現れ、主人公がやる気を起こすよう奮闘するコメディなのだが、演劇のセオリーはことごとく無視され、ハチャメチャな展開のドラマが展開する。
この構造はコントである。
コントにストーリーを持たせて構成され、テンポ良くサクサク進行する展開は奇抜で面白い。
本来なら部屋の広さを示すカーペットも、大きさを無視して室外にドンドン飛び出して行く。
劇中のコントも、室外なのに裸足で平気で演技する。
この破天荒さがとても良い。
よってキッカケやスタッフワークを云々するのも無粋なのだが、この作品は大黒の方が良く、間口も中割りを間口分だけ閉めて行った方が、演技も際立ちシャープに決まると思われた。

【観】刈谷東高校『手紙』

刈谷東高校(愛知県)
『手紙』
作者/刈谷東高校演劇部
出典/創作
演出/刈谷東高校演劇部

単純な構成の中に深いテーマが潜んでいる。
3人芝居ながら良く出来た作品だと思う。
舞台には黒いパネルが3枚建てられ、それぞれのパネル前にテリトリーを構える。
舞台下手は引きこもり男子の部屋。
上手は自傷癖のある少女の部屋。
中央奥には「演劇部」て書かれた看板が掲げられ、3人の手紙のやりとりが始まる。
自分の疑問点を素直に書いた1通目。
それに応えて思ったままを綴った部員の1通目。
自分ことを他人の振りして卑下しつつ現状を述べる。
それに対して架空で年長の3年生の名を名乗り、手紙を返信する。
3通目はようやく本音が見え始め、4通目には素直な自分の気持ちをもって、高校に入学すし、演劇部の門を叩く。
手紙のシーンは、全て椎名林檎の曲により挟まれており、それ以外の効果音は無い。
照明も地明かりのみで、一切照明変化を用いない。
いっそ潔い。
ホリゾントのブルーは、シーリングで色飛びしているので注意したい。
手紙以外の台詞は一切発せず、小道具で朗読しているのは手紙ではなく台本である。
これが演劇作品であることが、しっかりと明示されている。
ラストシーンで対峙する3人には、凄まじい緊張感が溢れている。
それをあっさりと覆す見事な笑顔が美しい。

【観】岐阜農林高校『掌〜あした卒業式〜』

岐阜農林高校(岐阜県)
『掌(たなごころ)〜あした卒業式〜』
作者/岐阜農林高校演劇部
出典/創作
演出/福島侑子

これほど素晴らしい作品が、高校演劇から生まれることを賞賛したい。
舞台は明日卒業式を迎える農業高校体育館の舞台、頭上には国旗が掲揚され、舞台中央に大きな演台が一つ置かれ、大黒が閉められている。
被災地を想定したエチュードを何度も繰り返し、幾多のシーンを作り上げ、そのほとんどを削除して構成された作品だと言う。
主人公は掌、登場人物たちの手のひらである。
手のひらには心がある。
手の心を「掌(たなごころ)」と言う。
掌は心なので思い出を持つ。
この作品は1年間の手の記憶を追いながら、エピソードを紡いだ構成で描かれる。
夜中の体育館に潜り込んだ男女4人は、卒業を待たずして退学し、母親の実家に引っ越した友達・明日香を待っている。
卒業式の前日に、明日香を交えてこっそりと卒業式をしようと考えたのだ。
だが当の本人は現れず、次々と珍客が訪れる。
ぶどうの精、うしの精、きゅうりの精が現れて、欠かさず手入れをしてくれた「手」に、出産する仔牛を取り上げてくれた「手」に、感謝を述べる。
これらの場面では大黒が開かれ舞台転換し、舞台は屋外となり大人数が右往左往し、動きのある場面が展開される。
静的場面と動的場面の移り変わりはスムーズで、コントラストが見事である。
文化祭では、ねぶた祭りをモチーフにした、素晴らしい演舞が披露される。
しかしこの文化祭の日、明日香は母親と実家に引っ越さねばならず、演舞を終えるや否や走り去る明日香を追って、駅に向かうクラスメートたち。
駅に立つ、花の咲かない桜の木を、卒業式に一緒に見る約束をして、明日香は母親の実家のある東北へと向かうのだ。
明日香の家はきゅうり農家である。
ここから先はきゅうりの精のモノローグにより語られる。
地震のこと、津波のこと、泥水に流される畑のこと、逃げる明日香のこと。
周りに広がる死体のこと、様々な物と、生き物と、生活と、街と、発電所の死体があったこと。
そしてそれ以降、明日香との連絡は途絶えてしまう。
これより一気にラストを迎える。
音響に関しては、命の音を示すタイコの響き、銀河鉄道を思わす踏切と列車の通過音が効果的に使われ、劇中に繰り返し挿入される2曲の歌は、サイモン&ガーファンクルの、奇跡が起これば恋人が戻って来ると、帰らぬ恋人を思う歌「スカボローフェア」と、松任谷由美の、愛と夢をくれた君を遠い春のようにずっとずっと待っている歌「春よ、来い」で、奇跡が起これば遠くに居る明日香が来ることを連想させ、果たしてラストシーンで窓から桜の花吹雪が舞い落ちるのだ。
照明は桜の花びらの降らしモノを照明で照らしたい。
ラストの場面は大黒に一旦戻し、音楽の入りと共に開ければより効果的であろう。
劇中に繰り返し使われる台詞「おそいよ、明日香」が、諦めや怒りから次第に感謝や喜びに転じて行く構成も素晴らしく、ラストシーンを忘れ難い名場面にしている。

【観】滝高校『ざしきわらしのいるところ』

滝高校(愛知県)
『ざしきわらしのいるところ』
作者/瀧源作
出典/創作
演出/森友香

トータルバランスが非常に良い。
舞台美術、照明、音響、小道具、衣裳、転換に至るまで、あらゆるスタッフワークに心くばりが為されている。
舞台はホテルのロビー。
中央奥から上下(かみしも)に向かって上る階段があり、下手にホテルのカウンター、上手奥からも二重舞台に上る階段がある。
天井からは大きな行灯が4つ吊られ、場面に応じて色が変化する。
転換時や夜のシーンでは、壁となった二重舞台の蹴込み部分の切れ込みにも灯りが入れられ、全てにおいて率がない。
これ以上は高望みなのは承知の上で、二重舞台の端から下りる姿が見切れるので、やはり走り込みが欲しい。
座敷わらしの笑い声のSEも、次々と別方向のスピーカーから笑い声を散らしたり、閉店したレストランの照明も、暗くしておいてから従業員が点灯させる等、改良の余地はある。
物語は両親と共にホテルを訪れた少女と、そのホテルに棲む座敷わらしのコミカルでハートウォーミングな触れ合いを通し、ほんの少し成長する家族を描く。
ウェルメイドに作られた作品だが、ホテルゆえ大勢の群集を出すことも可能で、一つの家族に的を絞るよりも、いくつかの家族か宿泊客を絡めた展開を見てみたい。
オープニングとラストのたくさんの宿泊客が往来する場面は圧巻なので、この場面を多用した構成やパフォーマンスを見せて欲しい。

【観】金沢錦丘高校『東へ…』

金沢錦丘高校(石川県)
『東へ…』
作者/宮前旅宇 with NDC(錦丘演劇部)
出典/創作
演出/西川晶穂

実に良く書けている。
マクベスを現代にアダプトし、王位の争いを受験戦争に見立て、受験中心の教育制度を風刺しながら、教育のあり方と自分のための勉学とは何かを問う良い脚本に仕上がっている。
舞台には上手奥に1間四方の白い高台があり、そこへと続く真っ白な階段が正面と下手側に設えられている。
舞台には机ほどの白い立方体が4つ、椅子も白色の立方体で、キーとなる小道具も白く小さな立方体で表される。
素晴らしいのは、3人の魔女を2人の教師と母親が演じることで、魔女の役割や目的も明確なものになっている。
受験に対する重圧や、周囲の期待を白い箱で具現化し、それが積み重ねられていくことで、高まるプレッシャーを表し、ついには自ら積み木を崩してしまう主人公が痛々しい。
受験に失敗した主人公が、翌年の受験に向かい自分の意志で勉学を志し、自ら立方体を積み始めるラストは秀逸である。
劇中の受験生たちが、もがきながら頂上を目指して進むパフォーマンスがとても良い。
照明はエリアを重視し、常に仕切られた空間を作り、閉じ込められた受験生の閉塞感を表している。
シーリングをとことん抑え、一見暗く感じるが、表情を捉えるのに支障はない。
生明かりベースで全編通した方が潔く、魔女の場面のみ色を付ければ良いだろう。
ラストに階段の色を変えたのはとても良い。
音楽は魔女の登場シーンのみに絞った方が効果が際立つので、音楽を使いたい場面は環境音に変更すれば良いだろう。
役者の動きと、音響の挿入、照明変化の連携が少し悪いので、しっかりキッカケの打ち合わせをしてから劇場入りしたい。

【観】豊川高校『ちいさいタネ』

豊川高校(愛知県)
『ちいさいタネ』
作者/黒瀬貴之
出典/既成
潤色/豊川高校演劇部
演出/山口雅子

この作品も入念に稽古を繰り返したあとが窺える。
スタッフワークも良く、完成度も高い。
舞台には中割を少し閉じた7間ほどの間口に、高さ3尺くらいの二重舞台を設え、すぐその前に中央から下手に向かって上がる石段、二重舞台の上下(かみしも)には壊れて壁だけが残り廃墟となっている。
二重舞台の上手奥には、焼かれて葉を失い丸裸になった高木の幹、上手前には石を積んで作ったカマドがあり、鍋が置かれている。
被爆者であることから結婚差別を受け、生きる希望を失った青年が目覚めたのは、子供の頃に育った広島の被爆地であった。
懐かしい友との出会いと生活から生きる意味を見いだし、再び現代で生きる決意をする再生とどこまでも連なる命の物語。
舞台美術には戦争を思わせる汚しが掛けられ、登場する子供たちの衣裳も実に浮浪児さながらで、工夫と苦心が見受けられる。
これだけ徹底して汚しを施すと、小道具の毛布やナイフが現代風で違和感を抱くので、小道具にも注意を払いたい。
照明で夕方から夜になり、やがて星空となる一連の変化が実にスムーズで、ホリゾントのハレーションを防ぐためシーリングの使用を控え、SSでフォローする心くばりが成功している。
SSは明かり合わせの際に、舞台上に明かりを落とさないように注意すること。
音響も適切な音量が配慮されており、場面に適した音楽が選曲されている。
1曲だけオルゴール曲を用いているが、異質な音楽なので避けた方が良い。
主人公が仲間の子供たちと別れるシーンは印象的で、非常に美しく仕上がっている。
最終景は現代で、直前の暗転で上下に花の咲く垣根を置いて廃墟を隠し、丸裸になっていた立木にも葉が生い茂っている。
この葉は、バトンに緑の布を吊っだけのモノなので、更に濃い緑色の布を要所要所に重ねたり、葉 の形に切り抜いた紙や布を大量に貼り付けることにより、更に凛々しい立木に造形できる。
ラストは空舞台で、夕方から星空に変わる一連の照明変化を見せて終演するが、劇中で何度か使用したプランなので、余力があるなら一度も使用してない新たな照明プランをラストに持って来ても良い。

【観】勝山南高校・奥越明成高校『今日もこんなに星が降る』

勝山南高校・奥越明成高校(福井県)
『今日もこんなに星が降る』
作者/川村信治
出典/創作
演出/山本成美

深く胸に沁みる歌声と物語。
決して完成度が高い訳ではなく、スタッフワークもまだまだ改良の余地がある。
それらのマイナス要素を差し引いても余りある感動がこの作品にはある。
ミュージカルと呼ぶには少し恥ずかしい。
それほど踊れる訳ではない。
だが丁寧に稽古を積んだ自然体の身体から発する素朴な肉声と、音楽と歌の持つ限りないパワーを感じずには居られない作品であった。
舞台は非常に簡素で、下手側に望遠鏡と椅子2脚、上手側に立木が2本と切り株が2つ、座れるくらいの大きさの岩の造形物が1つ在るだけだ。
構成も単純なダブルプロットで、天文同好会の現代劇と、2億年前の恐竜たちの物語が交互に繰り返され、歌とダンスが挿入される。
小惑星探査機「はやぶさ」をモチーフに創作されており、「はやぶさ」の映像が冒頭とラストに映される。
「はやぶさ」の苦難の旅が、登場人物にメタファーされ、星の進化と命の進化が織り込まれる。
効果音は雨や川の流れ、蝉や蛙の声といった環境音は、すぐにフェードアウトすると不自然なので、頃合いを見てゆっくり消していきたい。
また水音は基本的にほとんど同じなので、台詞や演出による説明も必要である。
照明は夜の明かりが明る過ぎるので、顔が見える程度の暗さまで光量を落としたい。
またピンフォローも舞台上に明かりを落とすので、この作品では不要である。
ホリゾントの色変化で、気温の上昇や時間の表現が可能なので、積極的に使いたい。
ラストはタイトルに倣って、星空で締めくくるのが良い。
更に美しいラストシーンが描ける筈である。

【観】緑高校『太陽のあたる場所』

緑高校(愛知県)
『太陽のあたる場所』
作者/堤泰之
出典/既成
潤色/緑高校演劇部
演出/坂野文香

緑高校らしい脚本の選択と、見事な日本家屋の一室を再現した舞台美術である。
難を言えば、夜のシーンには問題ないが、朝のシーンで縁側越しに見える中庭の植木棚の奥が大黒であることで、植木棚の後ろに内壁を作りたい。
母親の急死から両親のなりそめや思わぬ過去を家族が知ることになる物語と、父親の母親に対する深い愛情を垣間見る家族劇で、年齢差のある役柄へのアプローチに相当の稽古量が窺える。
構成はオーソドックスで時間経過や回想シーンをブリッジ曲と暗転で挟み、暗転中に映像で季節や時間を補足する。
この映像説明は、時間経過が判らない観客には親切だが、無くても十分に理解できるので不要である。
暗転は暗転として楽しみたい。
この作品の最も美しいシーンは、奥廊下へ繋がる障子を閉めて転換する中庭で、障子が開かれると一面のヒマワリが咲き誇り、ウエディングドレスを着た母親が登場する場面だが、一番見たい或いは見せたい場面は、そこではないはずだ。
たとえば客席からは見えない離れにある風呂場の壁を叩き、嗚咽を漏らす弟の声。
たとえば遠方から駆けつけた兄が、母の作った味噌汁に飯を突っ込み、がむしゃらに食べる姿。
そして告別式の翌日、母が植えたヒマワリの種が芽を出したのに気付いた父が、中庭の障子戸を開けてそれを見つめる父親の背中。
それらは台詞や物語ではなく、愛する家族を亡くし、今にも溢れ出そうな思いを、壁を叩く音や、がむしゃらに食べることや、背中を見せることで表現する演劇の力である。
これらの間(ま)の美学こそがこの作品の真骨頂であり、これまで緑高校が見せてくれた最も大切な部分であった。
100分の作品を60分に縮めるため、70頁の脚本を45頁に潤色するのは、実に惨いことだ。
だが、そこを疎かにしては本末転倒となる怖れがある。
潤色はまことに難しい。

【観】富山中部高校『我歴』

富山中部高校(富山県)
『我歴』
作者/宇津川ジン
出典/創作
演出/古井涼子

カメラのネガフィルムとポジフィルムから抜け出したような「ネガ」と「ポジ」と名乗る男女を狂言回しに、二人が現像する写真の思い出を追いながら、1台のカメラの記憶を描く形で紡いだ一人のカメラマンの物語。
ネガとポジは、ネガはネガティブに、ポジはポジティブに性格付けられており、写真の中の物語とは直接絡まない。
二人の衣裳は、補色関係にしても良い。
中割を間口4間だけ閉じて、そこに間口をカバーする二段階段を据え置き、1袖を8間口に設定し、奥のホリゾントで切り取られた写真のフレームを表現するが、縦横比が悪いので文字幕を下げるか、バトンに黒幕を吊ってベストサイズにすると良い。
階段は、どう見ても階段なので、黒色の蹴込みを施した二重舞台を作った方がフレーム感が出るだろう。
シャッター音は重要な効果音となるので、回想シーンの元となる写真のシャッター音と、その他のシャッター音は区別化したい。
単一の素材しかないならば、音量の強弱でも十分に表現できる。
転換は登場人物や音響、或いは照明がクロスオーバーしながら変化する転換法を用いているが、キッカケの取り方がマチマチで統一感がなく、遺影の祖母の退場や供えた花の出し入れが見切れると気になるので、エリア転換や先に照明を落とす等の工夫が必要である。
花瓶を階段に直接置くのではなく、蝶番を使った簡単な仕掛けでもスムーズに対応できる。
照明はシーリングを強くするとホリゾントにハレーションするので注意したい。
写真のフレームを表す四角く切り取った照明は、周囲が明るいとエッジがぼやけるので、かなり暗くしなければならず、どうしてもシーンの明かりと喧嘩するので、いっそシャッター音に合わせてフレームだけの照明に切り替えるくらいの配慮が必要となる。
最終景の前に1度だけ暗転するのだが、中割の開きと、波の効果音と、人物の入れ替わりが同時進行しており、キッカケの順序とタイミングをしっかり打ち合わせたい。
階段が残るなら中割を開く効果は半減するので開かなくて良いし、子供の瞳が大人になるための入れ替わりも、暗転にしなくとも演出で処理できる。
ノスタルジックな風合いで、時間軸を行き来する面白い構成なので、転換部分もしっかり稽古したい。
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