HPF2016
千里高校
『妥協点P』
作/柴幸男
演出/佐々木菜緒
@ウイングフィールド

既成戯曲を上演する際の脚本選びは、完成した作品と同じくらい重要なことで、上演までの多くのプロセスをプラン立て、脚本が自分たちの技量に相応しいモノかどうか、十分に検討しなければならない。
千里高校が選んだ『妥協点P』は誠に素晴らしい選択センスで、出演者のキャラクターを活かし、自分たちの技量や演出の方向性を上手く捉えた見事な選択肢であった。
異なる考えの者たちが正反対の意見を一つにまとめなければならない時、然るべき話し合いが必要で、どれだけ多く時間を費やし、幾たび討論の場を重ねても決まらないモノは決まらない。
口論の末、互いの意見を聴かず、如何に相手を言い負かすかの争いとなる。
文化祭の出し物が演劇に決まったこのクラスでは、教師と生徒の恋愛を描いた台本の内容を問題視する担任教師と、担任の要求に応じず言葉で語らず台本の改訂で対抗する作者の女生徒との1ヵ月間の討論の顛末を描いた作品である。
討論と書いたが、担任教師が女生徒の台本に反対するだけで、実際に舞台で討論するのは担任教師と副担任になる。
論点は教師と生徒が交際する演劇作品を文化祭で上演しても良いか、上演するべきでは無いかだ。
正反対の意見が対立している時、そこでの討論をディベートと言うが、ディベートは今や論理的弁舌を競うちゃんとしたルールの在る競技にもなっていて、年2回の大会や中高生の全国大会が開かれている。
どちらとも言える微妙な問題の判断は非常に難しく、価値観や道徳観の異なる他者と対峙した時、どのように妥協点を見いだすかと言う表面上のテーマだけ扱っても、作り方によっては重厚な討論しない討論劇にも仕上がる。
軽快で愉快な台詞とストーリーに隠されているが、作者が本当に言わんとすることは、劇中のほんの短い場面に垣間見られ、たった一つの単語「検閲」から紐解かれる。
検閲は憲法第21条で禁止されているにも関わらず、表現の自由および知る権利は公権力によりしばしば脅かされて来た。
本作で対峙する両者は、明らかに表現者と公権力であり、女生徒は沈黙のレジスタンスで公権力と闘っている。
女生徒はモノローグで初めて声を出す。
その後は担任教師との会話のみだ。
これは未来のための思考実験だと言う。
そして皆が表現の自由と公権力について考えると。
新しい台本には実在の登場人物が、生きて話した言葉が全て記されている。
つまり本作『妥協点P』こそが、この台本そのものなのだ。
3度に渡る台本の書き直しと最後の改稿で5重に組まれたメタフィクション構造を持ちながら、観客には全く複雑さを感じさせないストレートな構成で、ライトな印象と裏腹の深さを秘めた実に素晴らしい脚本だと思う。
舞台は図書室の横に設えられた図書準備室、埃っぽくてカビ臭い。
部屋の電灯を点けるまでの照明が明る過ぎる。
明暗を強くして電灯を点灯したことを明確にしたい。
また、地明かりは上からの照明をベースにすること。
前明かりが強過ぎので窓から差すアンバーが前明かりに消されてしまい全く染まらない。
前明かりは陰をフォローする程度の明るさで良い。
音響は効果音を幾つか増やしたい。
セミの声は夕方ならヒグラシが良い。
窓の開閉音、放課後のクラブ活動の声、電灯のスイッチの3つは欲しい。
舞台上には下手の前に生徒用の机と椅子が1組措かれているのみ。
部屋が埃っぽくので、机の上と椅子の座面に薄く埃を敷いておくと良い。
担任教師が、独りきりで台本を読む場面で、エリア明かりとなり音楽が挿入され女生徒が台本を交換する演出は見事だ。
本来は照明変化も音楽も女生徒の登場も、何も脚本指定はないので、この演出の採用で画期的に解りやすい作品となった。
役者は全員個性的でキャラ立ちしており面白い。
特に女教師二人の演技には釘付けにされた。