7/28(金)HPF2017
東海大付属仰星高校
『空から降ってくるのは、愛』
作/阪本龍夫
演出/塩見友唯
@シアトリカル應典院

昨年できたばかりの演劇同好会が僅か8人で、しかも1人は中学生で他全員が高校1年生と言うあまりにも若い8人が、90分4人芝居の舞台作品を顧問と共に作り、奇跡のような芝居を見せてくれた。
敢えて暴言を吐くならば、高校演劇の真髄はクオリティでもスタッフワークでもなく、まして演技の上手い下手でも演出の出来不出来でも無い。
もちろんそれらは演劇を作る上で重要な要素であることは百も承知だ。
板の上に立つ魂の純粋に輝ける美しさを久しぶりに見せて貰った。
これこそが高校演劇の真髄と言えるのではなかろうか!
如何に優秀で長年演劇部の顧問を務め、名門と呼ばれる演劇部を作り上げたとしても、新しい赴任先の何の下地もない演劇部で、部員ゼロから始めて、昨年ようやく2名の中学生が入部し、僅か2年で斯くも素晴らしい演劇部を築けることの奇跡に驚きを隠せない。
キャストの4名は中学生と1年生が3人、内半分は初舞台だと言う。
終始緊張したことだろう、生演奏もある、歌だって唄うし、ダンスまで踊る。
素直で真っ直ぐな、嘘のない自然体の演技が素晴らしい。
舞台には別空間としても使える二重舞台(幅3.6m・奥行き1.8m・高さ30cm)が舞台奥にあるだけのほぼ素舞台で、かつての阪本先生からは考えられない簡素な舞台である。
舞台装置がないと言うことは、登場人物の演技だけで勝負すると言うことだ。
その重責に見事に応え、素晴らしい作品を見せてくれた8人を誉めてあげたい。
脚本は阪本先生の書き下ろしで、ほぼ事実に基づき描かれている。
今と昔、戦争と平和、花火と爆弾、桜と焼夷弾、生きる辛さと死ぬ辛さ、つまりは生と死が見事に描かれている。
現在と対比して終戦間際の日常が、演劇部の部員たちの合宿中の日常と非日常である稽古に対比させて作品の随所に散りばめられている。
衣裳や小道具にまでしっかりと目が行き届いており、きめ細やかな音響と照明のスタッフワークも申し分ない。
気になったのは稽古に使うラジカセの色と花火の照明で、ラジカセは白ではなくグレーか黒にすれば、次の場面でラジカセが二重舞台の上に残っても、舞台前だけを使う次場面で、さほど目立たないで済む。
花火の照明アクセントは、舞台奥からではなく、舞台前方からの照明で、顔をほのかに染めるのが良い。
欲を言えば、桜を降らせる仕掛けの完成度を上げ、ギシギシと揺らせることなく美しく降らせたい。
話は脱線するが、舞台で火薬を使用することが時々あるため、私は花火師の免許を持っている。
最近は不景気で地方での花火大会が少なくなり、全く声が掛からなくなったが、以前は毎年夏になると関西一円の花火大会に駆り出されていた。
打上花火は、実は真下から見るのが最も美しい。
頭上で開いた花火が全天空に広がり、火の粉となって辺り一面に降り注いで来るのだ。
その素晴らしい光景を皆に見せてあげたく思うのだが、残念ながら一般人は定められた安全保安距離の中には入れない。
それに美しいからと魅了されてばかりも居られない。
火の粉が枯れ草に引火しないよう、消火しに廻るのだ。
以前、母から戦時中に焼夷弾の中を逃げた話を聞いたことがある。
母はそれを炎の雨と比喩した。
花火の火の粉が降ってくると、その話を思い出す。
花火の音が戦時中の空爆を思い出させ、花火が怖くて見られないと嘆く老人が今も居る。
空から降ってくるものが、二度と誰の命も奪わぬよう、それが出来れば愛であることを心から祈りたい。