2009年07月

2009年07月31日

霊術講座

昨日は、三重県松阪市まで、T仲さんと二人で出かけました。


かなり脱線し、観音講座は読めずじまい。


この観音講座は、岡田茂吉が出口王仁三郎の所から出た、昭和10年に行われた霊学講座です。


当時の人たちは、訳も分からずスルーされているのと、意味が分かっていない人が口述筆記しているので、けっこう読みづらいです。


そんな中、昨日はヒーラーのT仲さんがオブザーバーとして、参加されたので、かなり前置きが長く、最終的には本題に触れずあっという間の3時間でした。

『天国の福音』という、岡田茂吉の論文集の中の『竜神界』を中心に話は進みました。

『龍神界
 龍神界などというと現代人は荒唐無稽の説としか思われまいが、実は立派に実在しているのである。それについて私の体験から先にかいてみるが、私が宗教や霊の研究に入った初めの頃である。ある日精神統一をしていると、突然異様の状態となった。それは口を大きく開くと共に、口が耳の辺りまで裂けるような感じがし、眼爛々として前額部の両方に角の隆起せる如く思われ、猛獣の吼えるが如き物凄い唸り声が自然に発するのである。私は驚くと共に、予て霊の憑依という事を聞いていたので、これだなと思ったので私は、この霊は虎か豹かライオンの如きものではないかとも思ってみたが、右の獣は無角獣であるからそうではない。そこで当時先輩であったある指導格の人に質いてみたところ、それは正しく龍神の霊であると言うのである。その頃の私は龍神などというものは実際あるかどうか判らないと思っていたが、そう聞くと成程と思った。しかも神憑りの場合、背柱上方部の骨が隆起するような感じがしたのも龍の特徴である。そのような事が何回もあったが、その中に私以外のものが私の身体の中で喋るのである。それは右の龍の霊であって、私に憑依した事によって人語を操れるようになったと感謝し、種々の物語りをした。その話によれば、「自分は富士山に鎮まりいます木之花咲爺姫命の守護神であって、クスシの宮に鎮まりいる、九頭龍権現である」と言うのである。しかるにその後数年を経て、私は初めて富士登山を試みたが、それまでは龍神から聞いたクスシの宮は山麓であると思い、尋ねたが見当たらない。遂に富士山頂へ登った。頂上の登口右側に大きな神社がある。見ると久須志神社と書いてある。ああこれだな、全く龍神の言は偽りではない事が判った。
 右の龍神については種々神秘があるが何れ他の著書で発表しようと思う。この事に依って私は龍神の存在を先ず知り得たのである。私は種々の点から考察するにこの大地構成の初め、泥海の如き脆弱な土壤を固め締めたのは、無数の龍神群であったが、龍神が体を失った後、その霊が天文その他人間世界の凡ゆる部面に亘って今も猶活動し続けつつある事も知ったのである。龍神がこの大地を固めた。次が科学者の唱えるマンモス時代で、これは巨大なる象群が大地を疾駆し踏み固めたものであろう。今日満洲の奥地から偶々発見される恐龍の骨などは最後の龍と思う。
 また龍には種類が頗る多く、主なるものを挙げてみれば、天龍、金龍、銀龍、蛟龍、白龍、地龍、山龍、海龍、水龍、火龍、赤龍、黄龍、青龍、黒龍、木龍等である。伝説によれば、観世音菩薩の守護神は金龍となっている。浅草の観音様を金龍山浅草寺というのもその為であろう。また白龍は弁財天ともいい、赤龍は聖書中にある「サタンは赤い辰なり」という言葉があるが、それであろう。黄龍及び青龍は支那の龍であり、黒龍は海の王となっている。木龍は樹木に憑依している龍で、世間よく大きな樹木を伐り倒したりすると祟ると謂うが、これは憑依せる木龍の憤怒に因るのである。故に切り倒す前先ず小さくとも同種または似通える樹木を代わりとして近くへ植え、御饌御酒を供え、恭しく霊の転移を冀うのである。それは言葉によればいいので、それだけの手続きをすれば何等祟りはないのである。
 抑々龍神なるものは如何なる必要あって存在するかというに、皆それぞれの職責を分担的に管掌の神から命ぜられ、それによって不断の活動を続けているのである。就中天文現象即ち風雨雷霆等は、それぞれの龍神が祓戸四柱の神の指揮に従い擔掌するので、天地間の浄化作用が主である。その他一定域の海洋、湖沼、河川や、小にしては池、井戸に至るまで、大中小それぞれの龍神が住み、守っているのである。従って、池、沼、井戸等を埋める場合、その後不思議な災厄が次々起こる事は人の知る所である。
 龍神の性質は非常に怒り易く、自己の住居を全滅せられた場合非常に怒るのである。それは人間に気を付かせ、代わりの住居を得んとするのである。故に初めから小さくとも代わりを与え、転移の手続きをすればよく、龍神は水がなくてはいられないから小さい池か甕の如きものに水を入れても可い。元来龍神は霊となっても腹中熱する為非常に水を欲しがるのである。人間の死後龍神に化するという事は既説の通り執着心によるので、これ等は霊界における修業によって再び人間に生まれ代わるのである。彼の菅原道真が死後、生前自己を苦しめた藤原時平はじめ讒言者等に対し、復讐の執着から火龍となり、雷火によって次々殺傷し、終には紫宸殿にまで落雷し、その災禍天皇にまで及ばんとしたので急拠神に祀る事となった。それが彼の天満宮である。それ以来何事もなかったという事で、これ等は歴史上有名な話であって科学では一寸歯が立たない代物であろう。次に明治から大正へかけての話であるが、今の霞ヶ関にある大蔵省の構内に彼の平将門の墓があった。それに気の付かなかった為、大蔵省関係者に不思議な災厄が次々起こるので種々調査の結果、将門の霊の為ではないかという事になり、盛大なる祭典を行ったところ、それ以来何事もなくなったという事で、これ等も将門の霊が龍神となって祟ったのである。そうして龍神に限らず凡ゆる霊は祭典や供養を非常に欲するものである。何となればそれによって執着心が軽減され霊界における地位が向上するからである。
 龍神は大体画や彫刻にある如き形体であるが、有角と無角とあって、高級の龍神は頗る巨大でその身長数里または数十里に及ぶものさえある。彼の有名な八大龍王は古事記にある八人男女即ち五男三女神である。伝説によれば彼の釈尊が八大龍王を海洋に封じ込め、ある時期まで待てと申し渡したという事である。私の考察によればその時期とは夜の世界が昼の世界に転換する時までである。因みに八大龍王は人間に再生し光明世界建設の為、現在活動しつつある事になっている。
 昔から龍神の修業は海に千年、山に千年、里に千年という事になっているが、これ等も相当根拠はあるようである。しかしながらこれも関係者の供養や善行等によって期間は短縮されるのである。龍神は修業が済むと昇天するが、その場合雲を呼び暴風を起こし、所謂龍巻といって海水湖水等を随分高く上げ天に昇るので、これを見た人は世間に数多くある。それについて私は一弟子から聞いた話であるが、ある時松の木に霊ではない本物の蛇が絡んでいる。凝乎と見ていると蛇は段々木の頂上に昇り、終に木から離れて空中へ舞い上がった。と見る間にずんずん上昇し、終に見えなくなったというのである。これは実物であるから面白いと思うと共に、有り得べからざる話のようで、またあり得べき話でもある。
 龍神が再生した人間を私は数知れず常に見るのであるが、何れも身体に特徴を有っている。太股、横腹、腰等に鱗の形が表れており、鱗も人により大中小種々あり、顕出状態も鮮明なるもの、濛朧たるもの、赤きあり、黒きあり、千差万別である。また面貌によって判るのである。龍神型としては顴骨高く、額部は角型で、顳かみ部に青筋の隆起せるものがあり、眼は窪んだものが多く、顎も角張っており、特徴としてはよく水を飲みたがる。性質は気位が高く、人に屈する事を嫌うが、覇気に富むから割合出世する者が多い。龍系型を熟視すれば、龍という感じがよく表れているから、何人も注意すれば発見する事は容易である。また女性にあっては龍神の再生を龍女といい、多くは結婚を嫌い、独身者で満足する。また龍女は結婚の話などが纒まろうとする場合、相手の男子が死ぬとか、本人が病気に罹るというように、故障が起こり易い。これを無理に結婚させると、死別生別その他の事情によって破綻を生ずる事が多い。特に龍女は嫉妬心や猜疑心が強く、夫婦生活の幸福は得難いのである。従って龍女系女性は世の為人の為善徳を積むか、または正しい信仰に入る等によって、ある程度の浄化をさるれば結婚生活も遂げらるるのである。龍女の浄化とは龍神の霊が人間化する事である。普通龍女は一旦この世を去り、人間として祀られ、再生する事によって普通の人間となるのである。また龍女は眼澄み肌目細やかにして美人型が多いのである。(昭22・2・5)』

この天国の福音という論文集は、戦前に発禁になった「明日の医術」という論文集の焼き直しです。

治療の話になり、即治る治療力アップがこれからの課題ということで、散会しました。

実際の話、どの治療法でも一発では治らないんですよね。


気を強めないとね。(^_^;)





uranaiteishu_kazann at 22:49コメント(0)トラックバック(0)スピリチュアル 
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