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少し前の記録になります。2010年4月10日に行った廃村探査の記録です。
生坂村の小立野入地区は犀川の支流沿いにある山間地域に小集落が集積した地域ですが、現在、1世帯を除き離村しています。
安曇野地域と同様、小立野入地区には各集落ごとに双体道祖神が設置されている場合が多く、廃村となった集落でこれらを見つけることも楽しいものです。
今回紹介するのは同地域の廃村「高松」
根耕地と同じ尾根にあるこの集落は根耕地と同様、車道を通しにくい場所にあり、おそらく、モータリゼーションの恩恵を受ける前に廃村になったと考えられます。
尾根の下に残された双体道祖神とツバキの花が生える廃屋、そして、趣のある大黒天の石像など・・・どこか美しさとはかなさを感じさせる廃村でした。
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少し前の記録になります。2010年4月10日に行った廃村探査の記録です。生坂村の小立野入地区は犀川の支流沿いにある山間地域に小集落が集積した地域ですが、現在、1世帯を除き離村しています。
安曇野地域と同様、小立野入地区には各集落ごとに双体道祖神が設置されている場合が多く、廃村となった集落でこれらを見つけることも楽しいものです。
今回紹介するのは同地域の廃村「高松」
根耕地と同じ尾根にあるこの集落は根耕地と同様、車道を通しにくい場所にあり、おそらく、モータリゼーションの恩恵を受ける前に廃村になったと考えられます。
尾根の下に残された双体道祖神とツバキの花が生える廃屋、そして、趣のある大黒天の石像など・・・どこか美しさとはかなさを感じさせる廃村でした。
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高松に残されている廃屋は1軒。傾斜地を整地された小さな平坦地には、見慣れぬ機械がいくつか残されていました。

廃屋のわきにはツバキの花が咲いていました。
かつての住人達が植えたものだと思いますが、人がいなくなり、無人の集落となった今となっても、美しい姿を見せてくれます。

かつて、家屋があったであろう平坦地に茶碗やビール瓶が残されていました。サッポロのジャイアンツ・・・。大学生時代はよくお世話になりましたが、見たこともないデザインでした。


廃屋のわきに見付けた穴。
おそらく、物置代わりに使われたものではないかと思います。

無事、双体道祖神も見つけました。隣には倒れた文字型道祖神もありました。
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廃屋のわきにはツバキの花が咲いていました。
かつての住人達が植えたものだと思いますが、人がいなくなり、無人の集落となった今となっても、美しい姿を見せてくれます。

かつて、家屋があったであろう平坦地に茶碗やビール瓶が残されていました。サッポロのジャイアンツ・・・。大学生時代はよくお世話になりましたが、見たこともないデザインでした。


廃屋のわきに見付けた穴。
おそらく、物置代わりに使われたものではないかと思います。

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。御来訪&貴重な情報提供ありがとうございます。
。
生坂に行ったなら究極の廃村、「入山」に入ってください。
こんな小立野の比ではありません。
車道から20分歩くと廃墟となった分校があり、さらに30分歩くと通称「峠の茶屋」があります。
この際ですから入山から丸山集落を縦走して池沢の炭坑跡と行ってください。
携帯電話はAUなら麻績村の中継所経由で通じます。
今までの経験があるなら恐れることはないでしょうけれどすべて徒歩の行程ですので装備はオーバー気味にしておくことをおすすめします。
体力がありそうな方ですので、期待していますよ。
助言
入山には30mほど前後に入る道が2つあり、下側です。間違って上の道を入り、あわや遭難するところでした。しかし上の道にも道中廃家があり、水をどう確保していたか各家の上にその跡を見ることができます。
丸山集落は途中ゲートがあり、車では行けません。