16 前エントリー「廃鉱山探検 浦倉鉱山(浦倉鉄山) 軌道編」の続きです。

 昭和30年代まで、褐鉄鉱を川崎製鉄向けに採掘していた謎の鉱山「浦倉鉱山」。
 鉱区は赤沢川上流左岸に複数散在し、初期には鉱坑、後期には露天掘りで採掘されていました。

 乏しい資料を調べてみると、土鍋坑、猪ノ口坑、赤川鉱床、新赤川鉱床などがあったようですが、詳細な場所は不明です。

 「人里離れた・・」という枕言葉がマッチする赤沢川上流域において、年間4万tの褐鉄鉱を採掘していた現場はどうなっているのか?、
 
 私は軌道跡の調査に一区切りつけ、赤沢川上流を目指しました・・・・。
 

(探索レポート)

 不動川に降りた場所で記念撮影・・・・。不動川は予想通り、酸化鉄により赤色化した「死の川」でした。
 なお、この沢の上流には「わさび湯」なるマイナーな野湯があるそうです。浦倉鉱山の探検がひと段落したら訪れてみたいものです。 

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 赤沢川出合。右俣は小串鉱山を源流とする不動川。左俣が浦倉鉱山に向かう赤沢川。どちらの渓流も血の色に赤く染まった「死の川」です。

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 出合から赤沢川を遡ると、ほどなくして不思議な紋様をもつ岩が門のごとく立ちふさがります。「高難度の沢登りになるのか?」、と一瞬心配しました。

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 「門」を越えると、次に現れるのは燃えるように鮮烈な赤い釜滝です。

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 赤いゴルジュ帯を越えると渓相はやや穏やかになり、猪ノ口坑付近に到着しました(地図参照)。
 右側から合わさる支流にチャツボミゴケが群生しています。

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 チャツボミゴケの周辺を調査しましたが、坑口は発見できませんでした。ただ、湧水口を見つけました。右側の赤く染まった水底と左側の清冽な水・・・。
 この鉱泉を「裏山鉄泉」と名づけよう

 ・・・・と調子に乗っていたら、「底なし沼」にはまりました。「底なし沼」というのは都市伝説と思っていましたが、ホントに存在するんですね・・・。

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 その後、川を遡ったり河床を調査したりしましたが、時間切れで残念ながら遺構は確認できませんでした。
 赤沢川上流は非常に遠く、辿り着くだけで大変・・・・。辿りついてから調査できる時間は短く、綿密かつ合理的な調査計画が求められます。
 
 支流に美しい滝が現れる地点で調査を切り上げることにしました。

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 ところで、今回の赤沢川上流調査で不思議なものを見つけました。。

 「自転車」です。それもかなり新しいものです。自転車が走れる道からは隔絶されているはずのこの場所に何故、このようなものが?。まさに、群馬のオーパーツと呼ぶにふさわしいかも・・・・。

 探検を終え帰宅した後、小串鉱山から嬬恋村に抜ける冒険をした方のデポ品であることが判明しました。その経緯についてはむらよしさんの「毛無峠と小串鉱山遭難記」に詳しく、記載されています。

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 「毛無峠と小串鉱山遭難記

 貴重な経験と巧みな文章、手に汗握る展開・・・、こにゃくうさんの「小串鉱山探検記」に勝るとも劣らない素晴らしい手記ですが、その中に気になる記述があります。

(以下、引用)
「おや。沢を渡したワイヤーロープと、人間が通った跡のような小径? ピンクのテープが枝に付いてるし、これを登っていけばいいのか。運に任せて辿っていくとブロックでできた廃小屋が残っていて、希望が出てくる。しかしやがて何もなくなる。強引に進みすぎた深い藪の中で呆然と立ち尽くすのみ。僕の前に道はない、僕の後ろにも道はない。」

 ブロックでできた廃小屋・・・(むらよしさんのオンラインアルバムでその姿を見ることができます!)。
  

 人の気配がすっかり消えた森の中に、人知れず浦倉鉱山の遺構は残っているのでしょう。
 昭和50年頃の航空写真には、浦倉鉱山のものと思われる遺構が確認できます。

 むらよしさんが確認した廃小屋とは下写真の「遺構2」だと思います。

ちず 























 今回は、残念ながら赤沢川で成果を上げることはできませんでした。
 しかし、私は再度、赤沢川上流に臨み、浦倉鉱山の謎を解き明かしてみたい!、そう思っております。

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