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7 大町市美麻の山間地に「高地」と呼ばれる地区があります。

 高地地区は10を越える小集落を形成し、昭和35年には地域全体で79戸429人の人口を擁していました。
 
 しかしその後、猛烈な人口流出がおこり、昭和50年には人口28人(7戸)にまで減少してしまうことになります。

 ・・・・そして現在、無住の廃村になっている高地地区ですが、かつて、地区住人の産土神社であった「高地神社」という江戸時代に創立された由緒正しい神社がありました。
 
 人が住まなくなって35年・・・・。今も高地地区の森に眠っているとされるこの神社を訪れてみることにしました(2012年11月訪問)。
 

探索レポート

 高地神社への参道入り口は曲尾集落の一角にあります。
 神社までの標高差は約110m。車道は通じておらず、昔から参拝者は徒歩でこの神社を目指しました。
 当然のことながら、私も歩いてこの神社を訪れることになります。



 参道は草が生い茂るものの、明瞭であり、古から多くの参拝者が高地神社を目指してこの道を歩いていたことがわかります。
 参道入り口の曲尾集落にはかつて「美麻南小学校高地分校」がありました。授業が終わった学童たちが、神社を目指して元気よくこの道を登って行った・・・、そんな光景もあったのかもしれません。

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 参道の途中には墓地がありました。風通しのよい尾根の上、大木に抱かれた気持ちのよい場所です。

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 墓石に彫られていた家紋。「」でしょうか?。

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 多くの墓石に混じり、石仏も見ることができました。墓石とともに先立った親類を弔うために建てられたものなのでしょう。ただ、表面は摩耗し、落ち葉の下に埋もれようとしています。

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 地蔵菩薩は遠くに住む末裔たちの幸せを祈り続けているのかもしれません。

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 高地神社に到着。白い花崗岩でできた重厚な社標に圧倒されます。
 この社標は昭和18年(1943年)に立てられました。「高地神社」の文字は海軍中将の小林宋之助が著わしたものだそうです(美麻村誌)。
 小林中将は達筆だったようで、現在もネットショップで作品が流通しています

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 鳥居と玉垣も重厚な花崗岩で造られており、由緒正しい神社であったことを実感します。鳥居は前述の社標と同様、昭和18年(1943年)に建立されました。
 奉納したのは坂井政市という方です。

 また、鳥居左奥の建物は神楽殿と思われます。

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 鳥居をくぐり、振り返りました。
 かつて、狛犬が鎮座していた台座は空になっています。曲尾で出会ったかつての住人の方によると「狛犬は若栗にある高地彰徳神社に移転された」とのことです。また、巨大な鳥居は鉄索を設置し引上げた、とおっしゃっていました。

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 狛犬の台座と神楽殿。
 神楽殿は安政5年(1858年)に建立されたと記録されていますが、離村までの間に丁寧に補修されていたのでしょう。
 
 高地神社では毎年、多くの祭りが開催され、最大の祭りであった例大祭(9月)のほか、春祭り(5月)や秋祭り(11月)でも神楽が奉納されていたそうです。

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 昭和29年(1954年)に撮影された奉納相撲の写真。
 鳥居と神楽殿が写っています。

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 裏側からみた神楽殿。
 賑やかな祭りの要となったこの建物も、残念ながら数年以内になくなってしまうでしょう・・・・。

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  そして、奥には拝殿と思われる建物が見えました。

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 前述の神楽殿と同様に痛みが激しく、ここ数年で崩壊する可能性が高いと考えます。
 ただ、大きくて見ごたえのある建物です。産土神社として高地神社が地域で重要な役割を果たしてきたことがわかります。
 
 余談ですが、我が家では今年、息子の七五三のお祝いを行いました。
 七五三のような節目節目のお祝いをはじめとして、地域住人の方になくてはならぬ存在であったことは間違いないでしょう。

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 この建物の古い写真。手前にある2本の大木は今はありません。また、木の祠が見えますが、これは合祀された地域の小宮だと思います。
 明治41年(1908年)、「イリミチの鹿島社」「柳平の天狗社」「夏目の金毘羅社」「大峰の山神社」などが高地神社に合祀されたという記録が残っています。
 これらの小宮も高地神社の本殿とともに再び移転されたのかもしれません。

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 拝殿に遺された植物が彫られた梁。失われる前に見ることができてよかった。 

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 そして、最奥には神庫が残されています。この建物は昭和10年(1935年)に建てられたようです。
 その壁には「高」の文字が描かれており、高地地区のアイデンティティを感じました。
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 高地地区の歴史に終幕がおろされた後、高地神社の本殿は大町市内の若一王子神社に遷座されました。昭和58年(1983年)のことです。
 秋葉社として明和5年(1768年)に創立された高地神社は200年以上の歴史を経て、一つの区切りがついたのです。
 昭和58年12月30日、遷座祭が開かれ、高地神社は新たな歴史を刻み始めました。
 高地神社の祭神である「火之迦具土神(かぐつちのみこと)」は自身と同じく新天地に散らばっていったかつての住人とその末裔たちの幸せを祈っているのでしょう。

高地神社沿革

明和5年(1768年)  秋葉神社として創立
明治5年(1872年)  村社となる
明治14年(1881年) 「秋葉大権現」から「高地神社」の名称となる
明治41年(1908年) 周辺の小宮(鹿島社、天狗社など)を合祀
昭和57年(1982年) 5月5日、この地での最後の祭礼である春祭り開催
昭和58年(1983年) 大町「若一王子神社」へ遷座し、現在に至る

高地神社祭礼

1月2日    新年祭
5月5日    春祭り
7月15日   合祀祭
9月19・20日 例大祭
11月18日  秋祭り
12月26日  大祓式


・・・・・・・・・ところで、この高地神社は森も美しく素晴らしいところです。来年の春、家族3人でお弁当を持って再訪したいと考えております。

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