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14 現在は「YANABA SNOW &GREEN PARK」という名前で営業しているヤナバスキー場
 その一角に「レーシングビレッジ」とよばれるエリアがありました。

 ヤナバスキー場は昭和47年(1972年)、「ヤナバ国際スキー場」という名で営業を開始しました。
 開業当初は簗場駅東側のロッジがヤナバスキー場の玄関口となり、そこからリフトに乗り、林間コースを滑ってメインゲレンデ(現在のゲレンデ)に出ていました。そして、それらのリフトやコースがあるエリアが「レーシングビレッジ」だったのです。
 
 昭和61年(1986年)に「やなばスキー場前駅」が完成すると、レーシングビレッジは「ヤナバの玄関口」の座を奪われ、マイナーエリアの一つとなってしまいました。そして、2000年代に入り、レーシングビレッジはゲレンデとしての役目を終えることになります。(訪問日2013年01月)
 
 

(探索レポート)

 ヤナバの周辺地図です。「ヤナバスキー場前駅」から右下に向かって伸びるグリーンのエリアが現在のゲレンデです。
 現在のゲレンデの真ん中付近から「簗場駅」に向かって伸びるグリーンのエリアが「レーシングビレッジ」になります。


大きな地図で見る>

 


 レーシングビレッジが健在だった頃のゲレンデマップ。リフトはビレッジ第1ペア及びビレッジ第2ペアの2本。
 コースはFコース(初級)、Gコース(初中級)、Hコース(中上級)の3コースになります。Fコース及びGコースは現在のヤナバでも使用されているコース名です。

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 現在のゲレンデから旧Fコースを辿って「ヤナバレーシングビレッジ」に突入です。Fコースは途中まで雪上車が走行した跡が残されていました。

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 FコースとGコースの分岐からリフト降り場方向を望みました。ゲレンデとしての面影は残っているものの、藪がうるさそうです。

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 そして、レーシングビレッジ側の入り口を目指して、Gコースを滑り下ります。
 雪質は極上のパウダーですが、傾斜が緩いため、2、3回ターンを決めた後は直滑降でした。
 遠くに聳えるのは鹿島槍でしょうか?。手前の鹿島槍スキー場からはBGMが聞こえてきます。

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 そして、滑り下りて振り返りました。
 左から「旧ビレッジ第1ペアリフト」跡、中上級向けのHコース、今、滑ってきたGコース。
 オープン当初はメインゲレンデからこちら側のロッジに戻るのが難儀したとの記録があります。
 おそらく、当初はHコースだけしかなかったのかもしれません。確かに初心者がHコースを滑るのはちょっときつそうです。

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 スタッグインターナショナルプロスキースクール。
 松田聖子さんの元旦那さんである神田正輝さんも指導員として在籍していたこともあったそうです。

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 きれいな雪原にはかつてのスキー場の証が残されています。

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 そして、道を挟んだ反対側には立派すぎる廃墟がありました。ロッジでしょうか?。

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 コンクリートの頑丈そうな建物ですが、2階にある凝った作りの出窓は無残に半壊しています。

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 この建物の裏側に回っていました。座り心地がよさそうなソファーがあります。
 ヤナバがオープンした時、このエリアは華やかだったのでしょう。しかし、玄関口を「ヤナバスキー場前駅」に奪われてから、この地区は急速に衰退していきました。そして、レーシングビレッジが切り捨てられた時、このエリアもスキー場から見捨てられたと言えます。
 このエリアにロッジやペンションを構えた人たちにとってそれは辛いことだったに違いありません。
 ただ、ヤナバスキー場自体の存続が危惧されている現状において、それは仕方がないことなのかもしれません。
 ただただ、現実の非情さに身震いがしてきます。

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 スキー客もこないであろう駐車場。
 「ヤナバレーシングビレッジ」のことを思い出す人も少なくなっていくことでしょう。ただ、「ヤナバの歴史」はこの地から始まったことは変えようのない事実なのです。
 今年は大雪が降りました。Hコースの藪も雪に埋まったようなので、チャンスがあればHコースを滑り下りてみたいものです

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