5 現在は大町市になってしまった旧美麻村の千見地区に「長峰」という廃集落があります。

 大町から善光寺に至る街道「善光寺峰道」からやや逸れた場所にある長峰は少なくとも戦国時代には人が住んでいたと考えられます。
 そして、400年以上を経た昭和30から40年代にかけて、徐々に離村が進み、最終的に集落移転事業により廃村となりました。

 林道が通じ、現在でも車で行こうと思えば行ける長峰・・・。人の気配の消えた廃村を目指しました。

 

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 (レポート)

  ご覧のとおり、長峰へのアプローチは林道をたどっていくことになります。
 女生山和田などの藪と森林に閉ざされてしまった周辺の廃集落と違い、地図読みもせずに林道を歩き続けました。
 
 なお、現在は整備されている長峰へのアプローチですが、1847年の善光寺地震の際、山崩れで道路が寸断されたそうです。
 そして、麻の畑に入る際に藤の蔦を編んで橋を造ったと言われています。

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 集落の入り口に設置された戦没者の碑。長峰集落に住んでいた横川清治氏のものです。
 横川氏は日露戦争に出征し、明治37年22歳でなくなったとかかれています。日露戦争の碑はこのあたり(旧美麻村千見地区)に比較的たくさん残されていますが、どれも立派な石碑ばかりです。

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 長峰の入り口にある小屋。
 造りは簡素ですが、比較的健在です。

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 集落奥にある廃屋・・・。
 限りなく全壊に近い半壊と言えるでしょう。

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 上記写真の廃屋を別アングルから撮りました。中に入るのは非常に危険です。ただ、4年前に村影弥太郎さんが小屋内部の写真を撮影されました

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 美しい花が咲き乱れる長峰集落・・・。長峰にはこんな伝説が残されています。

 「西行法師が長峰を訪れたとき、杖を地面をさしておいたらそれが大きな松になった」

・・・・不思議な伝説ですね。

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 長峰の墓地。

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 墓地の家紋は「蝶」です。
 蝶といえば、この辺では大町の仁科氏を思い出します。長峰の先祖は仁科氏の親族だったのかもしれません。

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 墓石に刻まれた小鳥と花・・・・。
 美しさと清々しさを感じさせてくれます。

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 墓石に寄り添うように安置された弥勒菩薩

 山間の集落でお目にかかることはあまりない仏さまです。もの思いにふける弥勒菩薩は56億7千万年後にこの世に現れるそうですが、それまでは無住となった長峰集落を見守り続けるのかもしれません。その時間は私たち俗世に生きる人々にとっては永遠とも言えるとてつもなく長い時間です。

 長峰集落が朽ちて原野に戻ったとしても、その記憶が永遠に残り続ければ・・・・、そう願わずにはいられません。

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