飯山市の秋津地区は斑尾山麓にあり、豪雪や独特の奥深さがあり、普通の里山とはひと味違う雰囲気があります。そして、この地区は山中にいくつかの廃村集落を有しています。無雪期は林道でアプローチできるこれらの廃村も冬は豪雪により外界とは隔絶された環境になります。
これら、隔絶された廃村を山スキーを利用して訪れれば、楽しいバックカントリーツアーになるのではないか?、そんな思いから、私は秋津地区の堀越集落を訪ねてみました。
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(レポート)
堀越集落は斑尾山近くにある廃村集落です。集落の西には現在休業中の斑尾高原豊田スキー場があります。なお、このスキー場が完成したのは堀越集落の離村よりもずっと後のことになります。
斑尾高原豊田スキー場付近に車をおいて出発します。
道の両脇は2mほどの雪の壁になっていました。雪の壁がわずかに崩された部分を見つけ、そこからまだ見ぬ雪原へ足を踏み入れます。

雪原にのぼり、振り返ると斑尾高原豊田スキー場が見え、スノーモービルの音がしました。スキー場跡で遊んでいるみたいです。

稜線を越え、堀越集落に滑り込みます。南面のため、雪質はいまいち・・、しかも植物が繁茂しているため、あまり楽しい滑りではありませんでした。堀越集落の諏訪社が出迎えてくれました。

ものすごい降雪量で、鳥居の埋まり方を見ると3mほどの積雪があると思われます。飯山市秋津地区の山村が閉村となったのは、豪雪と度重なる土砂災害のためであるとされています。

堀越諏訪社・・・。ご神木が立派です。
堀越集落は江戸初期に当たる正保4年(1647年)の検地帳に記載されているのが最も古い記録です。「佐右エ門」と「五郎助」の2名がこの地を耕していたとのこと・・・。堀越集落は江戸期に新田開発により拓かれた集落のようです。

ゆきに埋まる諏訪社・・・。江戸期の新田開発による集落とはいえ、350年にも及ぶ壮大な歴史を有する集落でもあり、この社も由緒ただしきものと言えるでしょう。
諏訪社の向こうは家屋が残っていますが、めちゃくちゃな積雪によりはっきり言って「集落」というより「雪原」と言った方がしっくりきます。半壊家屋・・。
半壊家屋は雪と一体化し、独特のオブジェとなっています。冬にしか見られない光景です。

いくつかの廃屋がありますが、もう家ではなく小さな雪山となっています。
茅葺きの屋根を有した廃屋・・。
2階部分が顔をだします。

立派な建物です。
集落の別の場所で見つけた鳥居。こちらは「山の神」に関係するものでしょうか?。杉林と赤い鳥居のコントラストがいいですね。
堀越集落が歴史に登場するのは前述のように正保4年(1647年)・・、2名が耕作に携わり、万治4年(1661年)には3名、元禄8年(1695年)には4名・・、徐々に耕作者は増えていったようです。
昭和40年代には9戸数十名の住人がおり、学校まで建てられましたが、昭和55年、豪雪や生活スタイルの変化から閉村されるに至っています。
ちょっとスキーで訪れてみるくらいなら気楽ですが、冬季にこの場所で定住するのは大変だったのでしょうね・・・。
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。今回、実は田草も行ったのですが、現在忙しくて記事を作れていません・・。もう少ししたらupしますので、ご覧になっていただければ幸いです。
私は廃村に浪漫を感じて、時々主人と出かけてます。冬の廃村を生でみたくなりました。