見栄っ張りな作品だった。
「人は誰でもリズであり青い鳥」というビジネス本ライクな文言が頭に浮かんできた。
なんとも残念な感想だが、劇中に描かれたリズと青い鳥パートの描写が平板で、これならば絵本として描いたほうがまだマシだったのではないかと思える出来だった。
それを鏡としたみぞれと希美パートについても、なかなか評価に困るところである。

色々と周囲の登場人物を捨象し、この作品をみぞれと希美のみに着目すると、いささか残念な印象だ。
リズと青い鳥パートが映像化され、実体として前方に見えている中で、そのくびきから逃れて二人を解釈することに難儀を強いられるからだ。

リズと青い鳥パートには、作中冒頭で示された絵本以上の描写は感じられなかった。
わざわざ映像を作成しているのだから、文字や音声、絵よりもよほど伝えたいことがあるのではないかとも思ったが、特段見えるものはなかった。
作中に置いて、絵本の元ネタとなったであろう書籍が明示されたため、むしろ映像によって抜け落ちた部分、青い鳥を離すか離さないか以外のものが気になり、なぜ離すか離さないかの話をしているのだろうと思われた。

みぞれと希美パートについては、中盤から終盤にかけて4回のイベントが発生する。二人の役回りとしてリズと青い鳥がひっくり返る箇所、二人のソロパートでみぞれが叩き伏せる箇所、図書館で異なる本を借りる箇所、階段で振り返って話す箇所の4つで、それぞれが中盤から終盤における起承転結にあたるものと考えていいだろう。

2つ目については、コメントするところはない。役回りをひっくり返したところで生じうる必然的な描写だからだ。まあ、作中外において、エースと4番みたいな感じで、吹奏楽という分野においても部内ランク付けが完了しているのではないか、なんてことも思わないでもないが、封印せし我が力、今こそ放たれんといったところだろう。

問題は、1,3,4にある。この3つはいずれも好ましくない。話の流れという点からすると、1はまだマシだが、3と4は魅せすぎの感がある。

描写方法は、1と3は二人を同時に動かすことによる印象の強さという共通点があり、4は3に付随し、後処理をするための描写である。

まず、1については、みぞれと希美は違う場所に位置していることを考慮に入れる必要がある。
この時点において、新しく検討が進むのはみぞれだけであり、希美は追認するのみだ。新山という就活サイトの如き教師から、音大への話を持ち込まれたのがみぞれだけだった点から生じた序列は動かない。
リズと青い鳥におけるリズの役割と青い鳥の役割が転換するきっかけという意味からすれば、今後の展開における一転換点とはみなせるかもしれない。

しかし、3でも同様だが、そこまで気を張った描写をする必要は感じさせない。タイミングを合わせることは、これまでの時間の流れを転調させることへ繋がる。だが、またすぐにこれまでの流れに戻っていく。
結果として、1と3のようなパートだけが浮かび上がることになり、全体との関係で収まりが悪いという結果につながってしまう。

3については、なんじゃこりゃという印象しかなかった。
図書館で異なる本を借りるだけならいい。それは将来に向けての布石、この作品の結末を示す描写だからだ。
しかし、そこからわざわざ別です別ですというアピールをこれ見よがしにする必要があるのだろうか。

「そもそも別なのだろうか。別ではないのではないか」
というのを感じたあとに、わざわざ用意してされているのが4である。
4において、希美がみぞれに対し、フォローするぞと告げる。
3を描いたために回収しないままになっていた描写を台詞と階段で回収した。
でも回収するならするで台詞で回収する必要があるのかと思うし、また、回収しないままでも良かったようにも思える

2において希美が演奏できなかった時点で、吹奏楽としては未完成品だった。あくまでみぞれの能力を示したにすぎない。
学校生活が続く、部活も続く。過去に辞めた実績があるというが、当時とは状況が異なる。
その中で、3のように露骨な分かつ描写を用意する、そしてアフターフォローの4を用意する。

思い返す。
冒頭の歩き方、上履きに履き替えても甲高く鳴り響く足音。
何度も何度もくどいように出てくる脚の演技。
今考えてみると、全編通じて見栄っ張りな作品だった。