らいおんまるの日記

前回の記事から引っ張ります。
「処分」という言葉に寂しさと違和感を感じるのですが、とにかく手放しました。
母がね、これをどうしようか?
誰か貰ってくれんやろうか?
と、毎日口を開けば言うんです。

うちの母は認知症。周りがどんなに言ってもひとつの事に拘り、ずっとその事から頭が離れません。

でも、供養を引き受けてくれる人形寺へ送るにしても、大き過ぎてケースは破損してなくて…
送る際の箱さえない(探し回りましたがない!)状態。台へはくっついており剥がせない。色んな困難事情がありまして困っていたんです。

が、ひょんな事から解決しました。
もう40年ほども前の話ですが、購入したお店に相談したんです。
そうしたら、持って来てくださいって。
年に1度の人形供養に10月だったかに送ります。それまではお店で大事に保管します。供養代は3000円でした。
それ以上は取られず。

人形供養のアドバイザーさん?
そんな方も(確か?)おられました。

母は肩の荷が一つおりたと安心していました。

最近は飾る事も少なくなり、手放すとなると寂しい感じがしました。
ごめんなさいね、今までありがとう!

そして、親の愛情  ほんとに感じました。

これは、私の親が 私の小さい頃に買ってくれたお雛様です。
私には娘がいるけれども、こんな狭いマンションでは飾る所も仕舞う所もなく、ずっと実家に置いていました。
私自身、女姉妹なので、私のお雛様!って訳ではないのですが、私達姉妹も当然いい歳だし、そろそろ処分をってことになりました。

改めて考えると、実家も狭かったです。それに母は専業主婦で毎月毎月家計はキツくて赤字だったらしいです。

なのにお雛様は今では立派過ぎるものだし、お正月にはよそ行き着のような可愛い洋服を新調してくれました。

大事にしてくれていたのが良くわかります。

本当は、我が家で保管し毎年雛祭りの頃はお披露目するのが一番なんでしょうけれど…せめて思いを知った方に貰われて第二のお披露目場所が見つかればと思っています。

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久しぶりの投稿になります。

昨年は特に忙しくて疲れている時が多かったです。
丁寧に毎日を過ごすという事がなかなか出来なくて、目まぐるしく一日が過ぎて行きました。

当然、雑な中では心も落ち着かず身動きが取れない状態。

今もそう変わりはないのですが、自分で出来るだけ物事を選択する癖をつけるようにしています。

去年から、ある人に刺激されて、楽だけれど生ぬるい世界から思い切って厳しいけれど成長できる世界へ入って行きました。
勿論、悩む事が多くて…選んだ自分を後悔したりもしましたが、今では兎に角一生懸命やろう!それで結果が出なければ止めればいいという考えが浮かびました。一歩を踏み出さなければ結果は出ません。

今は落ち着いていますが、悩んだ時間の苦しかったこと、苦しかったこと。心の苦しさから緊張して身体まで震えてしまいました。

事情を知っている人には随分励まして貰いました。本当に有り難がった。

でも、意外な事に何にも関係の無い所で違う作業をしている時があったから楽になれました。
そっちは、クジ引きで負けて係を引き受けざるを得なくなっての仕方なくという消極的な理由からですけどね…

おかしなもんですね 笑
ハズレを引いての好きでもない仕事で心が落ち着くなんて…
それ以来、好転したんです。

その時、思ったんです。
私、いくつの顔を持っているんだろうって。
仕事に行けば1人のスタッフです。
家庭では主婦であり、母であり、妻である。親から見れば子(娘)である。近所の子供から見れば近くのおばちゃんであり、行きつけの店ではお客さんである。趣味の世界ではプレーヤーであり、部活では一保護者であり、PTAでは一役員である。
他にも沢山顔を持っているはず。
自分でなりたくはない顔もあるけれど、多分そのどれもに嫌な部分や、そこで助けられる部分がある。
ひとつの顔からもう一つの顔に移ることで元の顔を忘れることができる。
元の世界の悩みを忘れることもできる。

面白いなぁー

これまで、息子は他人よりちょっと足が速かったり駅伝の練習を頑張ったり、球技大会、体育大会では大活躍だったので、それだけを情報とするならば、スポーツバリバリの体育会系と思われるでしょう。

でもでも…
運動神経抜群のオタクです。

性格は大人しく喧嘩を好まず、ひたすら平和主義。争うくらいなら自分が我慢するタイプで、しかもかなり人見知りします。

どの位かと言うと、毎日顔を合わせる祖母とも自分からは喋らず、質問されたら答えるけれど、それも最小限の敬語です。

私から見ると、この子は本当に心配です。

でも親がいくら心配したところで、もう大学生。あれやこれや言う年頃でもございません。

それに、今まであれやこれや言って来たことを後悔しています。

この子はこの子、仕方がない

それが私の悩んだ結論。
思えば、息子の中1の担任からもそういう言葉は掛けられていました。

毎年クラス替えをしても新しい友達が出来るわけではなく、遠足に行けば昔からの友達とクラスを問わず一緒に過ごしていた息子。
担任の先生は「お母さんが心配になる気持ちはよくわかります。もしかしたらこの先、大人になってもこの性格のまま変わらない事も考えられます。でも、息子さんがその中で無理をせず居心地がいいと感じられるのならそれはそれでいいんじゃないでしょうか?」

ほんと良い担任を持ったものだと思ったものです。

あれから、息子は担任の言う通り変わる事もなく過ごして来ました。
高校は同じ中学からの子とは其々にクラスが分かれ全く知らない者の中からのスタートでした。
数人気の合う友達は出来たものの高校を卒業すると付き合いはなくなりました。


今は、中学時代の友達と再度繋がりよく一緒に遊んでいます。
そして、同じくゲーム好きの友達が集う場所へ頻繁に出掛けています。

はっきり言ってオタクです。
私はゲームやらアニメやらさっぱり分かりません。
息子は一日中でも遊べます。
仲間とはその話で尽きる事なく喋っていられるらしいです。

世間一般からすればズレた感覚なのかも知れませんが、ある意味極める事があって凄いなとも思います。

まぁ、本業の大学勉強もがんばらんば!でしょうが、この子はこの子なんだとやっと受容しつつあります。

今日は長崎は精霊流しです。

私の周りは初盆が多いです。

去年は、職場で沢山の方を見送りました。
特に大好きだったKさん、、、自分に厳しくて、他人にはとっても優しくて…

ご主人と仲良く過ごしていますか?
ご主人の元へ戻れて良かったね。

ただのお祭りごとだと思っていたけれど、年々亡くなる方も多くなり、この長崎独特の行事、昔よりどんどん地味になりつつありますが、途絶えさせたくないです。

今日も仕事でしたが、Kさんのこと思い出してしんみりしました。

なんやかんやとバタバタしてあっという間に四月。娘、息子の入学式も無事に終わり、其々に新しい生活を送っております。

もう親にいちいち報告するような年齢でもなし。何も言わないという事は順調に学生生活を送っているということだと勝手に解釈しています。

今日、やっとランドセル配送が終わりました。先に寄付金(海外への運送費用含む)を振り込んでおり、今日 現物を送ったという訳です。

娘は学校に通っていた中での発送となり、お礼を言わせなかった事が心残りですが、私が代わりに言っておきました。

このランドセル、女の子らしく細部が刺繍だったりラインストーンが施されていたりと可愛らしかったです。
6年使って、それなりに古くもなりましたけれど、ラインストーンの石一個さえ取れず頑張ってくれました。

感慨深いですね〜

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うちはW卒業、W入学でバタバタやってます。
6年前、息子のランドセル処分に悩み…
結局 発展途上国へ寄付したのですが、、、

今回は上の子の大学入学を控えており、もう経済感覚麻痺しちゃうよ〜と言うくらいアッと言う間に何十万というお金が飛んで行きました。
だから、ゴミに出そうとも思ったのですが決心つかず…(ゴミに出せば無料です)
何せこのランドセル、カラーは水色
これを好んで選んだのは私。
最終的には娘に選ばせたものの、水色を選ぶよう仕向けたのですから。

水色のランドセル、六年間大活躍してくれました。

水色と呼ぶより空色ですかね〜?
青空の下スキップするように通って欲しい!
そんなイメージで選びました。

今、実際に楽しそうです!
卒業してからの春休み、映画にボーリングにカラオケに、友達ん家にお泊まりに〜
色々な計画を立てているようです。

私の願いは十分に叶えられたって訳です。

やっぱり料金は発生するけれど、今回も発展途上国に寄付しようと考えています。

次の子も心晴れやかな日を送れますように。

今日、息子の制服を着てくださる方がいるなら譲りたいと考えました。

点検していると、夏のズボンのお尻が二箇所擦り切れていました。
着ている時は全然気づかなかったのですが…
学ランの袖も僅かですが擦れがあり襟も後ろは割れかけていました。
一見、綺麗に見えるのでそう支障は無いとも思いますが(夏のズボンは流石にアウトでしょうが…)、譲るのは失礼に当たるかなと思って処分することにしました。

何だか寂しいです。

今日は、出身校の合格発表でした。
三年前を思い出し、良く頑張ったなと改めて感じました。

まずは3月に入ってすぐ息子の卒業式がありました。

さあ!これで毎朝の弁当作りが楽になれる!
1番先に考えたのは私的にはこれでした。

入学当時、何よりも心配だったのは弁当作り。と言うのも私は朝早く起きるのが苦手で苦手で…
可愛い子供のため!親なら頑張れる!
残念ながら私はそういう規律正しい親ではなく、テキトー母さん。
どんどんお弁当の中身もワンパターンになりながらも、息子からも呆れられながらも時々サボりつつ頑張りました。
と言うのも、息子から弁当リクエストがあったのです。
同じ中身の弁当を私も職場へ持って行っていますが、こんな弁当どこが楽しみなんかな?と思いますよ。

何しろ、親も子も大変ですな〜
私もよ〜頑張ったわ

生まれてから何から何まで面倒を見なきゃいけなかった幼い頃。
「はよー、大きくなれ!」
「はよー、手のかからんごとなってくれ」

でも、子育てって大きくなればなっただけ?親の悩み上級編とでも言うんだろうか?色々色々出てくるんだわね〜
段々と言うこともきかなくなるし、嫌でも私とは違う人間って事を思い知らされて…

大学生ともなれば親の出る幕じゃないよね?

少しは楽になるかな?

早々に入学手続きの中に父母会会費というものがありまして…10万ほど…

まだまだ親としてのお務めは続きそうです。

息子様、あなた様の御活躍を心から願っています。

自分の考えが纏まらないから言葉に出来ない。
一生懸命?やってきたけれど、芯はしっかり持たなくちゃ!
周りとの調和も大事だけれども自分の気持ち、考えが一番大事。
無理をして我慢していると、何が本当の気持ちか良く分からなくなった。

頭の整理が必要だ、きっと…

なかなか更新も出来てないのですが、元気です。
私の周りも目まぐるしく変わって行っております。
今まで通りにも行かない、覚悟が必要な事も出てきました。

病気しているとか、そういうことではありません。

こんなに更新してないのに、ほぼ毎日訪問して下さる方、ありがとうございます。

うさぎ二匹、大丈夫ですから心配なさらないでね。

先日、地元のおくんちがありました。
長崎くんちと又違って、住んでいる地区の神社のおくんちです。
私達がまだ小さい頃は、それはそれは出店も多く人手も沢山で盛り上がっていました。
いつの頃からか、段々と賑わなくなりました。
あんなに並んでいた出店もほんの10軒もないくらい…盛り上がらない筈です。

それが今年はハチャメチャに盛り上がりました!!!

小学生のコッコデショが披露されたのです。
長崎でコッコデショと言うとファンも多く皆んな目の色変えて喜びます。
実は私はコッコデショより龍踊りが好きなんですけどね…笑
10人に聞けば9人はコッコデショと答えると思います…恐らくね、尋ねた事はないけれど…

だから、今年の小学六年生は当たり年だとおもうのですよ〜

でね…
うちの子、その当たり年で小学六年生なんです。
だけれども、募集があった時に「出たくない」って〜
まぁ、それを聞いた私も正直ホッとした訳ですが、、、

だってね
親も練習を見たりだとか送り迎えとか大変なんです。
仕事で疲れて家の事も実家の事も何もかもが中途半端な私にとっては大変な事です。
元々、身体が丈夫でないこともあります。
無理、無理、無理…
何だか自分の身体が持たない気がする。

だけれども
娘の同級生、沢山参加して盛り上がっています。
滅多にないチャンスでもあります。

夏休みの夕方から遅くまで私の家にも大きな声が聞こえて来ていました。
日を追うごとに揃うようになり、また声にも迫力があります。
うちの家は、練習場である学校からは結構距離があるんです。
それでも大きな声が良く聞こえてきます。

真剣なんだ
グッと気合が入っています。
カッコいい!

声が聞こえて来るたびに、そう感じました。

幸か不幸か?二次募集もありました。
自分の身体の事もあるけれど、出て欲しいような〜そんな気持ちもあります。

でも、やっぱり娘の答えは「NO!」でした。それでやっぱり私もホッとして…
←何なんでしょうね?この気分ってものは?


そして当日。
偶然、外へ出ていた私の耳に一生懸命な掛け声が聞こえてきました。
表通りへは出て居ないので姿は見えませんが、遠くからでもこの盛り上がりだけはハッキリと自覚できます。

こりゃ、すごいことになったぞ〜

数分後、目に前にとうとうお目見えするのですが、えぇ〜 そりゃあ 凄かった!!!

子供なの? 脱帽です!

人だかりをなんとか進んで目的地へ向かいましたが、あれは絶対大人になっても忘れられないでしょう…キラキラの出来事でした。一目見た私も感動!
もう、更年期近くのおばさんは涙腺弱くてウルウルきそうだったわ。

そんなコッコデショ。
テレビでの特集と、地元ではなく長崎市街中での披露が決定したそうです。

ますますの活躍を祈ります。
みんな、見てね!
22日午後におくんち広場で披露だそうです。


それでね
本番の前日だったかな?
稽古に出掛ける近所の親御さんに、私
「大変ね」って声をかけたんです。
返事がありませんでした。

私からすると、夜も遅くまで子供と一緒のTシャツ着て頑張るなんて「大変」な事です。でも、余計なお世話でしたね、きっと…自分の子どもがこんなにもカッコよくて応援するうちに親もきっとはまり込んで行ったんじゃないかと想像します。
あー、余計な一言ですよ、全く!
気を悪くしなかったらいいけれど…
今度会ったら「カッコよかった」とでも言っておきましょう。

そんな大浦のコッコデショ。
youtubeにアップされていたので貼り付けます。カッコいいよ!
何種類もあるので良かったら見てみて下さいね。


先日、あるブログで面白い記事を見ました。

吹奏楽部はブラック部活か?

と、いうものです。

ほぼ毎日、長時間拘束され休みも殆んどないのがそれに当たるのでは?
ざっと要約するとそんな内容です。
元々、テレビ放送で特集されたものだそうです。
私は、その放送は見ていないのですが…
その考えでいうと、ブラック部活に高校時三年間身を置いていました。

朝練に始まり、もちろんバスは始発。自宅から遠かった為、帰りは他の高校へ行った友達とも時間帯が違い滅多に顔を合わせることもありません。たまーに一緒になると何年も会ってないように感じて思い切り手を振って再会を喜びました。

日曜日も勿論、部活!

お盆は休みどころか、合宿があり山の中に篭っていました。音が響かない場所となるも近隣に住宅のない山の中になるものです。

低学年の頃は、先輩のお世話をしなければなりません。先輩の楽譜、譜面台と練習場に運んであげます。私の場合、三年生が三人居たので自分の荷物と合計四人分、途中で持てなくて荷物と共に転んだり、まあ色々ありました。

初めて楽器を持って全く音さえ鳴らせない、口が痛い頃は辛さだけで部活にいかないとと思うと具合が悪くもなってきましたが、段々と音も出て楽譜も徐々に読めるようにもなり上達してくると辛さ、きつさより楽しさの方がグッと上でした。

確かに時間が長いこと、休みがないこと、上下の関係が厳しいこと、上げるとキリがないです。

でも、好きでやっているんだし…
それでブラックだとは思いません。

あんなに一生のうち頑張ることってないよな〜
今では自分の宝になって居ます。

だから、そう考える人がいること、特集を組まれること自体 驚きでした。

でも、今は親の出る幕が本当に多い。
子は好きでやっているけれど、親はすきじやないかも知れない。それなのに楽器運びまで親が関わらなくちゃいけない。
イベントがあれば手伝わないといけない。

先生も顧問になれば、拘束される。

もしかしたら、そんな事が始まりなのかも知れませんね。

目にしたブログではそこの部分について書いてはなかったけれど…

好きならばきっと苦じゃないですよ。

プロにはならなくていいけれど、音楽で自分が慰められる、音楽で人に元気を届けることができる〜

そんな貴重な体験をしてきている私は、いいや そんなことないですよ〜
頑張れ! と、いいたいです。

昨夜、ふと鏡に映った自分の顔。
疲れ切った まるで ババアじゃないか⁉︎

「ばあさん」でもなくて ババア。
これは、ババアの顔だ。

自分が80か90に見えた。
本当に。

大変な事だ!
と、慌てながらも 声をたてるでもなく
心の中で静かに、でも重くショックを受けると、後ろから声がした。

「わ、お母さん ババアじゃなかね?」

娘も全く同様に感じたらしい。

下の子は まだ小学生。
こんな老け顔では申し訳ないくらいだ。

父の死から一年。
まだ一年しか経ってないけれど、随分と生活が変化した。

母の認知症悪化である。

仕事から帰っても、認知症を相手にする事は こんなにも神経をすり減らすものか?と思う。

まだ母の認知症は序の口。
同居もしていない私は、まだまだ愚痴を言うような状況でもない。

でも、疲れる。

少しは、娘のことも考えてあげないと…と反省しつつ休みの日は動きたくない。閉じこもりがちな私である。

この状況、何とかしたいな。

何のことはない。
某ドーナツ屋の景品の皿だ。
もう15年前になるかな?
息子が生まれた後に働き出して間も無いころ、買うとカードが貰えて何ポイントか貯まればその時々の景品が貰えるというやつ。ピングーの大きな皿が2枚セットだった。

それから、大事に取って置くでもなく日常生活にバンバン使った。
よく割れんかったなぁ〜と思う。

このお皿、エピソードがありまして…
景品を手に入れて嬉々として帰って来たら来客があった。
ちょうどお昼時間であって休憩中。
お客さんは私も良く知っている、昔 仕事仲間だったYさん。
10歳ほど歳が離れたYさんは、疲労で辟易している職場の中でいつも明るく その業界には珍しい大らかな性格の持ち主で、仕事の関係性に関わらずキッパリと物を言い…その分上司にとっては煙たい存在で、私達にとっては安心できるお兄さんのような存在だった。

Yさんは30も半ばに入るかな〜と思う頃に不釣り合いな(失礼)大人しい小柄な美人と知り合いささやかな結婚式を挙げた。結婚式の前日にも、社長と仕事の事で言い合いをして「もう明日の結婚式は欠席する!祝辞も断る!」と社長を激怒させ何とか頭を下げて出席して貰った。
その日の社長からの祝辞は、これ又大人気ないが殆どYさんの悪口のようなもので御両親 親戚もいらっしゃる中、聞いている私達も冷や冷やした。

そんなYさんに「あら、良いものば手に入れたね〜」と冷や化され楽しい昼休みになった。今、思い出したが私の花嫁衣装を「綺麗だね」と褒めてくれたのもYさんだった。思えば自分より下の立場の者は本当によく面倒を見て守ってくれた。そんな人だった。

そのYさんが、それから1年だったか2年だったか?その位経って急に亡くなった。連絡を受けた時は「冗談でしょ?は?」と信じられなかった。
元気にしているものと信じていたのに…
実際亡くなった日元気で一人近所に外出して道端に倒れて死んでいるのを発見された。心臓か脳をやられて突然死だったらしい。 
綺麗な可愛い奥さんとはその年結婚10年を迎える予定で、記念に何か出来たらいいね〜と話し合っていたと言う。

突然過ぎて信じられないまま、お通夜 お葬式と行われ、1回忌も声をかけて頂いて…あれからもう何年も過ぎた。

ちょっとしたことだが、皿を手に取る時は毎回Yさんとのやり取りを思い出す。
欠けた皿は処分する予定だが、ありがたいことにもう一枚が残っている。
まだ、Yさんが「俺のこと忘れるなよ」
「頑張れ」と言っているような気がしてならない。

都知事がどうだか?
芸能人が不倫しただとか?
もう、どうでもいいじゃん?
いつまでもくどくどくどくど…

もっと知りましょうよ!

記事を書くには、何しろ疲れ気味。
そういうパワーがありません。

リンクを貼りますので、どうぞ 訪問してみて下さい。

こっちのほうが、よっぽど大事!!

かさこさんのブログ

じゅんこさんのブログ


昨日は、福岡へお出掛け。
目的はこれ。ずーっと楽しみにしていたのです。


みどりさんの音を生で聴くのは初めて。
緊張と期待とでワクワクして来ます。


昨日の音楽は、段々と音が研ぎ澄まされる…そんな感じがしました。
一つ一つ正確な音が静かに響いていました。会場がシーンと静まり引き込まれました。
繊細な音なんですね。
私は席が一番後ろで、ホールのせいなのか?オケでは無かったからか?ちょっと物足りない気もしました。


演奏曲はこちらです。






さて…
話は変わりますが、この日 私は体調が悪く最悪の中で出かけました。
チケットが完売でオークションサイトでやっと手に入れたチケットだったのです。だから、絶対行こう!と思って…
最悪というのは、よりによって15年振り位に出た酷過ぎる蕁麻疹。
何と顔にまで出てしまって、まるでお岩さんなんです!この顔じゃ外を歩けない!痒い!熱っぽい!瞼が開け辛い!
これは、折角手に入れたというのに行くなって事かな?でも…やっぱり行く!
そう決めて、帽子にサングラスと準備したのでした。


そして、そんな私に天の助けか?
アレルギーの薬が2回分残っていた!アトピー、喘息と殆ど完治したかと思われた息子がちょうど2ヶ月前ほどに矢張り酷い蕁麻疹が出て貰った皮膚科の薬が出て来ました。
祈るような気持ちで飲んで、その効きの良さにビックリ!
サングラスの必要もなく出かけましたよ〜


福岡は天神です。
長崎からの田舎丸出し、もうオバさんの域に入ってしまった私は、この日の為に用意したワンピースにヒールですが…頭の中は「ここは一体どこを通ってる?」

つい、1ヶ月前もこの辺り歩いたので分かっているつもりが何しろ通路が何通りもあってサッパリわからん!1時間以上前に到着してお土産も買う時間もたっぷりあると思いきや、刻々と時間は過ぎてばかり。結局3人に道を尋ねました。
が、誰も知らない!と言うまさかの出来事が…
地図では徒歩5分の筈なんです。
FFGホールって、そんなに皆んな知らないの?  因みに私は1ヶ月前にその前を通りちゃんと確認も済んでいました。
でも、一つ地上へ出る道が違うと全くわからん!どこ?

あぁ、こりゃダメだ!と感じてスマホで地図見せてわかって貰えました。
「これなら、すぐ近くよ。真っ直ぐここを行って二つ信号渡ってすぐわかるよ!」本当に親切なおじ様でした。本当にありがとうございます!!

帰り…
今度は元来た道を戻るだけだから、二つ信号を越えればいいだけだから…颯爽とヒール音を立てて歩いたというのに、何故か景色が違う気が…あれ?こんなビル通ったっけ?
着かないんですけど…あら、嫌だ!ここ絶対違うよ、何か知らんけど違うって事だけはわかる…果てどうしたものか?
夜だし、あと3本しかバス無いし…
家に帰るのは23時過ぎるし…ちょっとちょっと…焦ること、焦ること!
そして、お土産 子供に買ってくると約束したのに時間がまた無い。

何だかね…歳を感じましたよ 私。
ボケも始まってる? 私…

近くの若い綺麗なお姉様にちょっと声をかけ、困ったことを話し、「道を教えて頂けませんか?」

この方がまた本当に優しくて親切で…すごくスタイルも良くて美人さんでしたが、心もまた美人さんで…何と目的地まで一緒に歩いて送って下さいました。
「すみません、田舎者で全然わからなくて…」と、謝ると
「わかりますよ。私も鹿児島出身なんで…」と。
本当にありがとうございました!
ちょっとした間でしたが、会話して気遣って下さって、もう感激でした!!


ほーんと嫌になる!
介護の世界ってどこもこんな感じ?
この世界の常識は世の中の非常識、頭おかしいんじゃない?って職員ばかり。
まともに話ができない。

利用者さんのためを思って…
利用者さんの願いを叶えてあげたい…
思うことは立派だよ。

でも、それが休日も出るのにボランティア、夜勤明けでも何でも参加、参加、参加…
自分の家庭を犠牲にして、自分の身体を犠牲にして、全ては私たちの為にしてくれるんだぁ〜なんて、そんなことに感動する利用者さんっているのかなぁ?

私がその立場だったら嫌だよ。
もういいから、自分の事を大切にしなさい!申し訳ない。
そう思うよ。

あんたたち、ドMか?

職業にボランティアとはどんな業界でもあり得ない。それはボランティアにかこつけたタダ働きに他ないと私は思う。

それに、そういうことを率先して行う職員がいる限り、介護の世界って絶対良くならない。自分で自分の首を絞めているってわからないのかな?
???

そう疑問に思ったので、意見を言ってみた。

誰も一言も反論できない。
でも、次の週には夜勤上がりに残って行事手伝ってくれ!って言ったらしいけれどね…
23時間勤務だよ!
「できない」って断ったらしいけれど…
全く懲りない面々だわ。


ふと、ボランティアって考えてみた。
特に2011年の震災の後からボランティアって言葉を聞くことが多くなった。
私も音楽ボランティアは、たま〜にやっている。

ボランティアって何?

私の場合、好きなことをしている。
プロでもなし、そこに報酬は発生しないけれど(楽器の運搬費用は頂くことが殆ど)…チームで動くのでその為の練習も一度や二度ではなく、全くの赤字だけれど…涙を流して聴いて下さったり表情が生き生きとしてきたり、また来て下さいね〜なんて言われると、もう十分だ、私のほうこそありがとう!と言う気になる。毎回毎回感動している。私が!だ。

そう、自分の為にやっている…毎回終わると強く感じる。

ナルシストで結構!自分が好きでやっているから、それでいい。

結局何を言いたいのかわからなくなったけれど、人に強要されて自分が犠牲になることをするのではない。

企業や政党が名を挙げて、いざ出陣!のように旗を振って行くのは好きではない。◯◯の誰々さんと◯◯が付く時点でボランティアとは言えないと考える。
ボランティアと言う事で何でもかんでも美談にしてはいないか?

それに、休日に人にボランティア命令をするのは何様?と思う。仕事が全てではなく、自由な時間をどう使うか?
その人の生き方なのではないかな?


そろそろ、この職場にも見切りをつける時かな?  非常識なのは私ではないのに、狭い世界の中では私は非常識な人になるようだ。

先日、職場の老人施設で作ったら思った以上に簡単で美味しく評判は上々!
何より楽しみながら作って食べられる。
普段は手を動かさない…何事にも興味を示さない方が率先して作る、作る!

今日はホットプレートを出して娘と一緒に〜
勿論、美味しかったよ〜

今日は白玉粉とだんご粉のミックスで…
餡子は市販品。息子が粒餡が苦手なのでこし餡で…
粉に水を注ぎながら混ぜ混ぜ。
耳たぶくらいの柔らかさになったら、餡子を包んで粘土で玉を作る要領でコロコロ。最後にギュッと平べったくして焼く。
簡単!簡単!
買うのがバカらしくなっちゃうよ。

個人的には白玉粉とつぶあんで作った方が好き。

沢山作ったら一個ずつラップに包んで冷凍庫へ。食べたい時にチンして食べると熱々で美味しい。
お試しあれ!


今日の「題名のない音楽会」を見て初めて知りました。
真島俊夫さん、お亡くなりになったのですね。

私の場合、作曲者には学生時代は全く興味がなく(今も大して変わっていませんが…)何しろ一番好きな「波の見える風景」の作者であり、同時にステージで一番盛り上がった「宝島」の編曲者でもあり、兎に角曲が好きだったので名前を知っていました。
勿論、今でも大好きで「波の見える風景」を聴くたびに情景が目に浮かぶし…学生時代の厳しい練習やら上手く吹けなくて泣いた事、先輩の音に感動した事…言葉では表せない思い出が沢山です。

あんな素敵な曲を残してくれた真島俊夫さんに感謝。お会いした事も勿論ないしたかだか一ファンであるのみですが…お亡くなりになった事を知って、寂しさを感じました。

ご冥福をお祈りします。

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