phantasmagoria

読んだ本のこと、それ以上に買った本のこと、ときどきライブのことを書き散らかしてみたりする。

仮面物語―或は鏡の王国の記 (1980年)
山尾 悠子
徳間書店
1980-02

彫刻師の善助は自分の顔を見たことがなかった。それは彼が〈影盗み〉と呼ばれる存在であるがゆえのこと。人は誰しも「たましいの顔」を持っている。それはその人の本質を表すもので、それを目にした者はただちに発狂してしまうのだという。そして〈影盗み〉はその「たましいの顔」を彫り出してしまうのだ。この都市国家の君主である〈帝王〉もまた、かつて〈影盗み〉によって「たましいの顔」を見せられ、発狂こそしなかったものの足を潰し、館に引きこもってしまっていた。その娘である〈館主〉聖夜は、〈帝王〉の制止を振り切って〈影盗み〉を探し始める。しかし時同じくして、秘匿されていた〈影盗み〉の存在を暴く冊子が街に出回り、人々は疑心暗鬼にかられ始めていた……。

作者初の書き下ろし長編として1980年に刊行された本作は、霧と水に沈む都市国家を舞台に、「たましいの顔」を巡って人々が惑い彷徨う幻想的な作品となっている。

死んだはずの〈館主〉聖夜と、〈影盗み〉である彫刻師の善助の存在が、鏡と仮面で覆い隠された都市の真実を暴露していく本作。ふたりはそれぞれ、本当の自分――あるいは自分という存在そのものを探し求めている。事故で死にかけた聖夜は首から下が自動人形に置き換えられているがために、自分が「人間」なのか「人形」なのかを知りたいと考える。そして善助は恐怖と戦いつつも自身の顔を――つまり「たましいの顔」を視ようとする。その中で聖夜はまたしても死に瀕し、そして善助は身体と精神が分かたれ、他者の身体の中に共存してしまう。その一方で、人々は〈影盗み〉の存在を知って暴動を起こし、〈帝王〉は聖夜の葬儀を行うことでこれを鎮めようと画策する。都市は氾濫した水に沈む。彫刻師の不破は善助を、自動人形のアマデウスは聖夜を追い、混乱に巻き込まれてゆく。

その全容を誰も知らぬ「二重館」、隔離された魔術師ギルド、アルビノの魔術師、鉄仮面に覆われたゴオレム、心を持たぬはずの自動人形が紡ぐ物語、そして幻のように現れる虎――それらがちりばめられた都市の描写はあまりにも緻密にして繊細で、それらが砕け壊れていく様すら美しい。物語の筋もさることながら、この世界観だけでも素晴らしいとしか言えない、そんな作品だった。

2度あることは3度あるということで(?)、本日もライブ行ってきた話です。今回は昨日5/11の話です。UNISON SQUARE GARDENの「TOUR2018 MODE MOOD MODE」広島公演@上野学園ホールです。今回はなんと1階の前方! おおーよく見えるー。とはいえ2階席だと全体がよく見えますが、1階席の前方だと自分のいる位置(今回は向かって左、たぶち側)の反対側とか、あと足元はあまり見えません。まあ普通足元を見る必要はあまりないんですが、たぶちさん終盤になるとひっくり返って歌うからさあ(笑)。

ユニゾンツアーの常として、やはり今回はほぼセトリの変動はなし。あ、でもアンコールのラストが変わってました。本編中にMCがないのも同じく。ちなみにアンコ時は多少MCがありまして、今回は「たぶちくんの忘れ物シリーズ」でした。毎回なにかしら忘れてわめき倒している(by 斎藤くん)んだそうで。今回も大変なものを忘れてしまって急遽広島のドンキで買い求めたそうですが(笑)、その間のみ腕組みをしつつ神妙な面持ちで頷いてたたぶち氏かわいい(笑)。まあそれ以外はいつものように目を剥いて暴れ倒してましたが。袖で見守るスタッフさんがちょいちょい苦笑してるのが見えましたよ。

ところで今のところ「夢が覚めたら」をやってないんですが毎回そうなんですかね? そうだとしたらなぜなんでしょうか。「夢」=ライブという捉え方をするならば、最終公演のラストに持ってくるとか……そういうロマンチックなことをしてくれそうな気もするししないような気もするし。

まあそんな感じで夜はライブだったわけですが、昼間は広島市内をうろふら。同行者がいたので一緒に広島風お好み焼きを食べたり、景気付け(?)にカラオケに行ったり、時間が微妙に余ったので喫茶店でアフタヌーンティーセットを食してみたり。あれ?食べてばかりでは?と思いましたがまあいいか。


*ここ1週間の購入本*
田村由美「ミステリと言う勿れ2」(フラワーコミックスα/小学館)
コースケ「GANGSTA.8」(バンチコミックス/新潮社)
荒川弘「アルスラーン戦記9」(KC別マガ/講談社)
紅玉いづき「悪魔の孤独と水銀糖の少女」(電撃文庫/KADOKAWA)
深沢仁「英国幻視の少年たち6 フェアリー・ライド」(ポプラ文庫ピュアフル/ポプラ社)
阿部智里「八咫烏外伝 烏百花 蛍の章」(文藝春秋)


凶犬の眼
柚月裕子
KADOKAWA
2018-03-30

呉原市の暴力団抗争が表向き終息してから2年。日岡は辺鄙な山村地域の駐在所に異動させられていた。平和ではあるが何もすることのない日々の連続で、日岡は空虚感に苛まれるように。そんなある日、叔父の葬儀の帰りに晶子への挨拶がてら「志乃」へ寄った日岡は、2階で尾谷組組長・一之瀬と瀧井組組長・瀧井が会談していることを知る。しかもそこに同席していたのは、関西の暴力団・明石組組長殺害事件の黒幕とされ、現在指名手配中の心和会幹部・国光だった。「建設会社社長・吉岡」として一之瀬たちから国光のことを紹介された日岡は、国光を捕まれば刑事として現場に戻れると考える。そんな彼の機先を制するように、国光自らが日岡に接触。すべきことが終われば日岡に逮捕されてやる、と告げるのだった。国光の経歴や人となりを信じ、日岡は駐在所に戻って以降も、国光の目的について調査を進めることに。するとまもなくして、近くの山のゴルフ場開発の責任者として、再び日岡の前に国光が現れて……。

2016〜2017年にかけて「小説 野生時代」に連載されていた本作は、「孤狼の血」の続編。2年後、地方に左遷されていた日岡が再び極道との抗争に身を投じることになるまでを描いている。

多くの犠牲を払いながら、呉原の覇権をめぐっての抗争がひとまず収まってから2年。大上の死をきっかけに上司に歯向かった日岡は左遷され、今は田舎で駐在暮らし。昇進試験の勉強に励みつつ、何か手柄を立てれば現場に戻れる……と考えていた日岡の前に現れたのは、指名手配犯・国光だった。インテリヤクザという言葉がよく似合いそうな国光は、その性格や振る舞いを見る限り、極道でなければかなりの好人物であることは間違いない。しかし「親」に対する忠誠心も篤く、そのせいでなにをやらかすかわからない男と目されているのもまた事実。そんな国光を逮捕するため、一之瀬や国光本人の力を借りながら情報を集めていく日岡だったが、それと同時に国光への信頼感がどんどん増していくことに。大上とはまた違う「仁義」あるいは「正義」を持つ国光との関係が、大上の「血」を受け継いだ日岡をさらに成長させていくという展開がとてもいい。現在、完結編となる3作目が新聞連載されているとのことだが、日岡がどんな道を進んでいくことになるのか気になって仕方ない。


◇前巻→「孤狼の血」

声優 声の職人 (岩波新書)
森川 智之
岩波書店
2018-04-21

声優歴は約30年、アニメ・ゲームへの多数出演は言うに及ばず、トム・クルーズを始めとする洋画の吹替もこなし、さらにはBLドラマCDの出演回数の多さから「BL界の帝王」とも呼ばれるベテラン声優にして声優事務所社長の筆者が語る、「声優」という職業のこと。

本作は主に筆者が声優を志し今に至るまでの経歴、自主企画イベントの成功や事務所・養成所設立についての2本を柱としながら、「声優」という職業がどのようなもので、そして筆者本人がどのようにこの職業を捉え、努めているかが書かれている。最近でこそ歌って踊ってイベントも出てグラビアも撮って、とにかくアイドルのようになんでもやるというイメージが付きつつあるが、そういうものを目にする前は――または現在のアイドル化しつつある声優像を知らない人にとっては、声優というのは「アニメや洋画の声を担当する人」というくらいの認識でしかなかったと思う。しかし本作を読むと、声優という職業が、自分の身体を使って演技をする「俳優」と何ら変わりのないものであることがよくわかる。特に「アイズ・ワイド・シャット」でトム・クルーズの吹き替えをした際のエピソードは想像を超える内容で、けれどそこまでしたからこそ筆者の今があるのだろうな、と深く頷かされた。

また、何年も前から声優として自主企画イベントをしたり、他の声優と組んで歌ってみたりと、今では当たり前かもしれないことを次々とやっていたというそのバイタリティには恐れ入る。後進の声優をマネジメントし、あるいは育てていくことについてのエピソードも、読んでいるととてもいい上司あるいはいい先生だなあという印象。技術の進歩などにより、これから声優を取り巻く環境や求められるものはまた変わっていくのだろうが、根底にあるのは「声で勝負する」ということだ、というのがよくわかる1冊だった。

孤狼の血 (角川文庫)
柚月裕子
KADOKAWA
2017-08-25

昭和63年、広島。新人刑事の日岡が配属されたのは呉原東署の捜査二課、暴力団係だった。課長に渡されたメモをもとにたどり着いたのは古びた喫茶店。そこで彼を待っていたのは、暴力団係の班長であるベテラン刑事の大上だった。市内外のヤクザたちに広く顔が知られており、一目置かれる存在の大上だが、ひとたび捜査活動に従事すれば強引な違法捜査を繰り返していた。そんなふたりが携わることになったのは、ある金融会社の社員の失踪事件。その会社の背後には加古村組という新興の暴力団があるというのだ。やがてふたりの捜査がきっかけとなったかのように、呉原市内で加古村組と尾谷組による抗争が起き始める。尾谷組に肩入れしている大上は、抗争を食い止めるために加古村組を壊滅に追い込もうと動き出すが……。

第69回日本推理作家協会賞受賞作の長編警察小説。広島の架空の街・呉原を舞台に、正義と仁義を賭けた男たちの戦いが描かれている。

絵に描いたかのような悪徳刑事――あるいはヤクザのような刑事といったていの大上の存在には、日岡だけではなくこちらもおおいに面食らってしまう。しかしヤクザと密接な関係を持っているにせよ、最低限の正義――つまるところカタギに迷惑をかけないこと、そして大規模抗争だけは阻止したいという意志は持ち合わせているのでそこは安心できる。とはいえ相手は死をも厭わず、自分たちの信じる「仁義」のためならどんなことでもやってのける極道が相手。血なまぐさい事件が次々と起きる中、いったいなにをどうすれば「正解」なのか――あるいは「正義」とはなんなのか、見失いそうになってしまう。

各章に置かれた日岡のものとおぼしき日誌には、どのページにも黒く塗りつぶされ削除された部分がある。その真意がわかるラストに救いはないけれど、しかし大上が信じ、日岡が受け継いだ「正義」は確かにそこにあった。たったひとりで走り続けていた狼は、その意志を血脈とし、確かに次代に引き継いでいったのだろうと思う。

先週に引き続きこれまた1週間遅れの話なんですが、4/29(日)にUNISON SQUARE GARDENのライブに行ってきました。「TOUR2018 MODE MOOD MODE」岡山公演です。岡山市民会館ですよ!ここでユニゾンを観るのは初めてです。私が初めて岡山でユニゾンを観たのはペパーランドだったから、そのことを考えると感慨深いですね(と親戚のおばちゃんのようなことを言ってみる)。

同行した妹は、FCでチケ取ったのに2階席ってどういうこと!?と憤慨してましたが、ふたを開ければ2階は2階でもわりと前方だったし、市民会館といってもここは大都会岡山(笑)ですのでそんなに広いホールでもなく、ステージ全体が見渡せるのでわりとよかったのではないかと思います。しかも位置的には向かって左側だったので、いつもたぶちがどれだけ暴れどのように走り回っているのかというのがよーくわかりましたともええ。「ガリレオのショーケース」の1番が終わったころにベースの調子が悪くなるというハプニングがありましたが、あれたぶちの暴れすぎのせいだと思う(笑)。

さておき。レコ発ツアーですので当然セトリはアルバム曲中心。とはいえやってない曲もあったり、アルバム以外だとわりと懐かしめな曲などもあったり。「サンタクロースは渋滞中」→「静謐甘美秋暮抒情」ときたので次は夏の曲か?と思ってたら「クローバー」だったという流れが肩透かしだけど良かったです。「クローバー」好きなので。というかユニゾンで夏らしい曲……なんかあったっけ……。

実は今回のライブ、本編中はMC一切なし。アンコールでちょっとだけ喋ってましたが、今回分かったのは「TKOはスプラトゥーンが好き」「斎藤くんはたぶちが困ると嬉しい」(←ガリレオのトラブルを指して)ということでした(笑)。楽しそうで何よりです。

まあそんな感じで会場が広くなってもユニゾンはユニゾン、そしてたぶちはよく走る。以上です。今回のツアーはあと広島と大阪に参戦予定なので、これまた楽しみ。


*ここ1週間の購入本*
夏目イサク「熱帯デラシネ宝飾店2」(ウィングスコミックス/新書館)
今村陽子「夜鳴きのシィレエヌ3」(ヤングキングコミックス/少年画報社)
中村明日美子「ノケモノと花嫁7」(バーズコミックスEX/幻冬舎)
森晶麿「葬偽屋は弔わない 殺生歩武と5つのヴァニタス」(河出文庫/河出書房新社)
古部族研究会・編「諏訪信仰の発生と展開」(人間社文庫/人間社)
森川智之「声優 声の職人」(岩波新書/岩波書店)
柚月裕子「凶犬の眼」(KADOKAWA)
「定本 夢野久作全集4」(国書刊行会)

先週の日曜(4/22)の話ですがライブに行ってきました。実は今年初だったりします。brainchild’sのレコ発ツアー岡山公演です。なんとブレチャは岡山初だったそうな。メンバーもそれぞれ来岡回数を言ってましたが、メンバーの中にはお初の方もいたようです。わっちは3回くらい?とのことですがたぶん私それ全部見てます(笑)。

さておき。基本的には先日リリースされたアルバム「STAY ALIVE」の曲が中心ですが、もちろん過去曲も。個人的には「春という暴力」「恋の踏み絵」が聴けて大変満足です。直前まですごいめんどくさがってたんですが(←)、行ってよかったなあと。単純だな。

もちろん私もブレチャを生で見るのは初めてなんですが、それよりなによりギターを持たずハンドマイクで歌うわっちというのが大変新鮮でした。特に「Rock band on the beach」のコール&レスポンスは最高です。なんですか「ハッスルキャッスル」って(笑)。ヤキソバではなくデミカツ丼を「食べちゃう」し(笑)。なんというかノリノリで大変でした。また機会があったら行きたいなあと。岡山に来るかどうかはわからないけど……。


*ここ1週間の購入本*
石川雅之「惑わない星3」(モーニングKC/講談社)
松浦だるま「累13」(イブニングKC/講談社)
matoba「ベルゼブブ嬢のお気に召すまま。7」(ガンガンコミックス/スクウェア・エニックス)
浅葉なつ「カカノムモノ2 思い出を奪った男」(新潮文庫nex/新潮社)
篠原悠希「幻宮は漠野に誘う 金椛国春秋」(角川文庫/KADOKAWA)
早瀬耕「グリフォンズ・ガーデン」(ハヤカワ文庫JA/早川書房)
古部族研究会・編「古代諏訪とミジャグジ祭政体の研究」
古部族研究会・編「古諏訪の祭祀と氏族」(以上、人間社文庫/人間社)
「たべるのがおそい vol.5」(書肆侃侃房)

実は今週も(現時点では)本を読んでないという不思議。いやまあ読みましたよ「古代諏訪とミジャグジ祭政体の研究」を。研究書というか評論集というか、主に諏訪信仰についての本です。国書刊行会から最近「諏訪学」という本が出ていたのですが、その紹介文を読んですっかり諏訪信仰というものが何なのか気になってしまったんですよね。だって「日本民俗学史上最大の謎」ってすごくないですか?気になりますよね?よね?

でも知識ゼロの状態で、いきなりこの最新論考から読むのはハードルが高すぎるのではないかと思い、入門編的なものがないかどうかと調べてたところ、この「古部族研究会」の著作3冊に行きついたというわけです。別に入門編というわけではないですが、諏訪地方に古くから残っている信仰形態、そして「ミジャグジ」なる謎多き古神についていろいろと知ることができました。ってまだ2巻の途中なんですけどね。


さざなみのよる
木皿 泉
河出書房新社
2018-04-18

小国ナスミ、43歳。実家は富士山が見える小さな町にある「富士ファミリー」というコンビニ……もといスーパーのようなものを経営しており、若い頃は上京して働いていたものの、結婚してから故郷に戻り、夫と共にその手伝いをしている。現在、癌が発覚したナスミは入院している。姉の鷹子や夫の日出男が出入りするのを眺めたり、知人や親戚のお見舞いを受けながら、彼女は自分のこれまでのこと、そして鷹子や英雄との思い出などを反芻しつつ、やってくる「死」をただ待ち続けていた……。

脚本家である作者の第2作目となる小説作品は、2016年と2017年に放送されたドラマ「富士ファミリー」にまつわる物語。

ドラマではナスミはすでに亡く、そんな彼女の幽霊が鷹子や笑子の前に現れるというストーリーだったが、本作はその前後のエピソード。ナスミが亡くなる前、そして亡くなった後に、彼女本人やその周辺の人々――「富士ファミリー」の面々はもちろん、幼馴染だったり、果ては彼女が出会っていない人物(日出男の再婚相手の娘)などの視点から、ナスミという人物、そして彼女がもたらしたものが描かれてゆく。

どこか蓮っ葉だったり破天荒だったりと、姉の鷹子の堅実ぶりとはかけ離れた性格の持ち主であるナスミ。しかしそんな彼女が生前に発していた何気ないひとことは、残された人々の心の片隅にひっそりと息づいていた。中にはナスミが死ぬまでその言葉を反芻することがなかった者もいただろう。しかしそれは薄情という意味には決してならないと思う。彼女がいたからこそ今があって、そしてこれからがある。人はそこに「いる」というだけで誰かに影響を及ぼしているに違いない。死というのは単純に見ればその存在が喪われることである。しかし喪失は物事をゼロやマイナスにするだけではない。失ったことで再び見えてくるものも、改めて得られるものも、そして先へと続いていくものもある。そんな希望に満ちた物語だった。

今週も先週に引き続き修羅場ってたわけですが、その間を縫って大変すてきなものを買ってしまいました。ネットありがたい。

20180421本

というわけでこちらです。
左は山尾悠子「仮面物語 或は鏡の王国の記」。1980年刊行で、著者第一にして唯一の長編作品。現在は絶版となっているのでまあどこにもない。調べると作者ご本人が復刊や文庫化の意志がないというので、今後新刊書店で入手することも難しいだろう1冊です。自分が行ける範囲の古書店はもちろん、ネット上にもなかなかなく、たまに出てきたと思ったら結構なお値段がついてます。しかし今回、久しぶりに検索したら見つけたので、ついポチっと……(笑)。保存状態はあまりよくないのですがそこは諦めます。見つかっただけ良しとしよう。もう帯に並んだ単語の羅列だけでも震えてきませんか? 私は震えました。とか言いつつ、せっかく買ったのにもったいなくて読めないんですけど……。ちなみに帯当時のお値段が書かれているのですが、約40年前は単行本が980円で買えたんだなあ……と変な感慨にふけってしまいました(笑)。

で、右は野梨原花南「マルタ・サギーは探偵ですか?4 オスタスでのこまごまとした事件簿」。元々富士見ミステリー文庫から刊行されていた同作品が、富士見L文庫から改稿再出版されることになってからはや3年ちょっと。蓋を開けてみれば文庫として出版されたのは3巻までで、4巻は電子書籍としてのリリースのみ。いつの間にか企画自体が立ち消えてしまったようです。私このシリーズが富士ミスの時からすごく好きだったので、このためだけに電子書籍が読める環境を導入したんですよ。だからせめて電書オンリーでもいいから続くことを祈ってたのにいいいいい!

……と思ってたら、作者ご本人が今年の3月に「私家版」として4巻を書籍化してくださっていたようです。そのことにこのたび気付き、とにかくすぐにポチりましたよええ。あとがきを見るに、この続きも私家版として出版する意志がおありのようですので、とにかく楽しみだし出たら絶対買おうと思います。お値段? そんなの気にしたら負けですよ(しれっと)。


*ここ1週間の購入本*
D・キッサン「告別にはまだ早い〜遺言執行人リリー〜1」(プリンセスコミックス/秋田書店)
片瀬茶柴「虚構推理8」(KC月マガ/講談社)
久賀理世「ふりむけばそこにいる 奇譚蒐集家 小泉八雲」(講談社タイガ/講談社)
糸森環「恋と悪魔と黙示録 降り積もる恋のための寓話集」(一迅社文庫アイリス/一迅社)
梨沙「鍵屋の隣の和菓子屋さん つつじ和菓子本舗のつれづれ」
白川紺子「後宮の烏」(以上、集英社オレンジ文庫/集英社)
木皿泉「さざなみのよる」(河出書房新社)
山尾悠子「仮面物語 或は鏡の王国の記」(徳間書店)
野梨原花南「マルタ・サギーは探偵ですか?4 オスタスでのこまごまとした事件簿」(私家版)

読むひまがなくともとりあえず買う(いつものことです)。

先週はものすごく忙しかったので記念……というか備忘録として書いておこうと思います(笑)。
同じ部署の子が3月末から病気で休んでしまっているので、その子の業務を代わりにやってたんですが、2週間ほど経ったところで「あれ?自分の仕事が全然できてなくね?」とようやく気付いたんですよね(遅)。なので先週から自分の業務も平行させてやってたんですがまあ回るわけないよねという。仕方ないので毎日2時間くらい残業して、なおかつ土曜日もがっつり出勤してきたので、今日は1日死んでました。午前中はちょこっと動きましたが、昼からはめぐ○ズムアイマスクして寝こけてましたね。

その昔、自分の業務が多すぎて残業しまくって心身ともに撃沈したときはまだ20代だったんですが、それでもそうなるまでに数年は要してたんですよね。しかしもう30代も半ばとなると1週間しか無理が効きませんね。年齢をひしひしと感じる今日この頃です。

というわけで今週は本買ったものの(昨日、帰りに大型書店に寄ってきました。ストレス解消!)、漫画しか読んでないとか久しぶりですね。あとブレチャとテナーの新譜も出てましたが、こちらは珍しくタワレコオンラインに注文してましたので発売日に届いてました。とはいえ開けたのは木曜夜で聴き始めたのは金曜だったんですけどね。ブレチャの「STAY ALIVE」、なかなかテンション上がる内容です。今のところ「Esper Girl」がお気に入りです。来週のライブ(初参戦!)が楽しみ。

STAY ALIVE(初回生産限定盤)(DVD付)
brainchild's
アリオラジャパン
2018-04-11




*ここ1週間の購入本*
篠原千絵「夢の雫、黄金の鳥籠11」(フラワーコミックスα/小学館)
ジョージ朝倉「ダンス・ダンス・ダンスール9」(ビッグコミックススピリッツ/小学館)
九井諒子「ダンジョン飯6」(ハルタコミックス/KADOKAWA)
黒乃奈々絵「PEACEMAKER鐵14」(MGコミックス・ビーツシリーズ/マッグガーデン)
サメマチオ「魔法少女サン&ムーン〜推定62歳〜」(バンブーコミックスWINセレクション/竹書房)
彩坂美月「僕らの世界が終わる頃」(新潮文庫nex/新潮社)
西牟田靖「本で床は抜けるのか」(中公文庫/中央公論新社)
柚月裕子「孤狼の血」(角川文庫/KADOKAWA)
麻耶雄嵩「友達以上探偵未満」(KADOKAWA)


あやかし絵専門の画家・富嶽北斗には、あやかしを見るだけでなく、自身の描いた絵にそれらを封じることのできる能力を持っていた。しばしばやってくる大学時代の同級生で怪奇小説家の多喜沢にうらやましがられつつ、展覧会に出品する絵を描いたり、多喜沢の小説の装画を担当したりと、それなりに充実した日々を送る北斗。そんなある日、いつものようにネタを求めて押しかけて来た多喜沢と共に、地元である浅草の蕎麦屋へと向かうことに。その帰り道、傘にまとわりつく暖簾のようなあやかしに遭遇し……。(「観音裏の縄簾」)

浅草を舞台に、あやかしが見える画家と見えない小説家が、おいしいものを食べながら様々な怪異に遭遇するという、あやかし&下町グルメ連作集。

タイトルに「グルメ」と付くだけあって、蕎麦、かにコロッケ、揚げまんじゅう……と、なんともおいしそうな単語が連なる本作。個人的な話になるのだが、これを読んでいたのが夜なので、なんともお腹がすいてきて困ってしまった(笑)。

さておき、そんな感じでおいしいものを食べに外出した先で、北斗と多喜沢、そして北斗の姪で同じくあやかしを感知することのできる女子高生・美紗緒たちが遭遇するのは様々なあやかし。かれらは人に害成すモノであることもあるし、そうではないこともある。ただ道に迷っているだけだったり、美紗緒に危険が迫っていることを察知して守ろうとしてくれていたり。いいものも悪いものもいて当たり前――そんな雑多な、しかし人情味のある雰囲気が、舞台である浅草、そして北斗の「あやかし画家」という職業によくマッチしているなあと思う。

子どもの頃のトラウマ的な体験(あやかしが見えることを信じてもらえないとかそういうこと)のことがあるのでわりと人付き合いが苦手なのかと思いきや、ちゃんと彼女がいたりする(ただし本作の時点では別れているが)という北斗の人物像がわりと謎なので、続編があれば元カノなんかにもぜひ登場していただきたいところ(笑)。

雪の王 光の剣 (講談社X文庫)
中村 ふみ
講談社
2018-04-05

天下四国のうち北に位置する極寒の国「駕」。宰相である柳簡に招かれた裏雲は、彼が国王を傀儡としていることや天令を捕らえ監禁していること、そして他の三国へ攻め入るつもりであることを知る。さらに裏雲を自国に取り込みたいと考えている柳簡は、黒翼仙である彼に迫る死の呪いから解き放つ方法があると告げるのだった。一方、裏雲を追って駕へと密入国した飛牙は王宮へ潜入するが、あっさり見つかってしまう。助けに入った裏雲を逃がして自身は捕らえられた飛牙だったが、そこで柳簡の目論見を知ってしまい……。

天下四国シリーズ、第4巻にして完結編。お人好し&人たらしな元王子・飛牙がまたしても他国の政変に巻き込まれ、これを救うという展開に。

今回の黒幕・柳簡の正体やその非道さには驚かされたが、しかし一方で自国を守りたいという一心がそこまでさせたのかと考えると彼もまた「被害者」ではあるのだろう。とはいえ彼の行いでたくさんの犠牲者が出ているのもまた事実だし、その目論見が実現していたらさらなる犠牲が出ていたのもまた確か。なので今回のオチの付け方にはなんというか「それでいいのか?」と言いたくなる半面、「いやこれでよかったんだ」とも思ったりして。同時に「天」の在り方がいまいち見えづらいというか中途半端な感じもするが、まあ神様というのはそういう理不尽な存在なのだから致し方ないのだろう。

それはさておき、気になるのはやはり裏雲の行く末。結論から言うと呪いは解けなかったけれど、でも保留状態になるということでとりあえずはひと安心。今後の飛牙の行い次第、ということではあるが、ふたりの関係がまたこれから続いていく――あるいは元に戻っていくであろうというラストがとても良かった。


◇前巻→ 「月の都 海の果て」

半分世界 (創元日本SF叢書)
石川 宗生
東京創元社
2018-01-22

森野町6丁目84番地に位置する藤原家は、なぜか道路側のおよそ半分が綺麗さっぱり消失しており、家の中身が丸見えな状態で存在している。しかし住人である藤原一家――ケンスケ・ユカ夫妻とその子供であるサヤカとカズアキの4人はべつだん気にすることもなく、普通の暮らしを送っていた。報道等でその事実を知った人々の一部は、藤原家の向かいに立つ森野グリーンテラスに陣取り、静かに一家を観察し始めるのだった……。(「半分世界」)

第7回創元SF短編賞受賞作「吉田同名」を含む短編集。2016〜2017年に発表された短編3本と、書き下ろし1本が収録されている。

表題作は前半分が消失している家に暮らす一家の観察録。なぜ消失したのか、そしてなぜ一家は引っ越しもせずそのまま見世物暮らしを続けているのか(娘は途中で家に寄り付かなくなったが)、というのははっきりしないまま、一家の生活が「フジワラー」と称される観察者たちの視点から描かれてゆく。実際にあったら下世話以外の何物でもない話ではあるが、その淡々とした描写や一家の動じなさを見ていると、なんだか一家は(作中における)実在の人物ではなく、そういう家で普通の暮らしを送るという事態を演じているかのように見える。フジワラーたちが彼らのすべてを余すことなく見つめながらも、基本的に直接接触をせず、さらにはケンスケ氏が読んでいる本と同じものを読んで考察してみたり、ユカさんの着ているブラウスを真似して着てみたり……と、まるでアイドルとファンのような関係になっていることも一因かもしれない。しかしその均衡が崩れた時に何が起きるのか――いったい「見て」いたのは、あるいは「見られて」いたのはどちらだったのだろうか。

個人的にはこの「半分世界」と、創元SF短編賞を受賞した「吉田同名」が特に印象に残った。「吉田同名」は、ある日突然サラリーマンの吉田大輔氏が帰宅途中に分裂・増加してしまうという、のっけから意表を衝かれる短編。この作品の面白いところは、飛浩隆の解説にもあるように、吉田氏が分裂したことが社会にもたらすものを描くのではなく、あくまでも増えてしまった吉田氏本人たちにスポットを当て、彼らがどうなっていくかを描いているところにある。外見はもちろん、思考力も判断力もまったく同じ人間が大量に存在していて、彼らがひとところに集められて共同生活をさせられることで、その内面がどう変化してゆくか。ひとりの人間が自分の意志でその内面を見つめるのとはわけが違い、強制的に自分という存在そのものをすべて目の当たりにさせられるという状況がなんとも興味深い。

町全体が白と黒のチームに分かれ、フットボールのような(しかし実際はどんなものなのか微妙にわからない)球技を繰り広げる「白黒ダービー小史」、999本のバス路線が交錯すると言われる荒野のバス停でバスを待ち続ける人々の連綿たる歴史を描く「バス停夜想曲、あるいはロッタリー999」もそうだが、どの作品にも共通するのは、「で、君たちはいったいどこへ向かうのか?」と問いたくなるということ。予想もつかない「現実」を生きる彼らだが、この先どうなるのかまったく想像がつかない。そんなリアリティあふれる非現実感がたまらない作品集だった。

キッコーマンの豆乳飲料シリーズの味のチョイスが年々エスカレートしてるなあ、とスーパーとかでぼんやり眺めてたわけですが、ちょっと興味を引かれる味があったので久しぶりに買ってみました。

20180407豆乳
まずはチョコミント味。思ったほどミント味はキツくなかったです。思いのほかココアっぽいですが後味はすっきり。

20180407豆乳2
そしてもうひとつ、シナモン味。生八つ橋っぽい……いや違う、シナモン味ですねこれ。まんまですけど。ちなみにふと気になって、生八つ橋に使われている「ニッキ」とシナモンはどう違うのかを飲みながら調べたりして。どちらもおおむね同じ種族の木からとれるのですが、原産地が違うのと、使われる部位が違うそうです。

どちらにせよ、最初は「豆乳ぅ〜?」とちょっと疑問形になりつつ手に取るのですが、飲んでみると思いのほか表記に忠実な味になっているのがミラクルだなあと。そういえば結構前に杏仁味があって、一時期ハマってたんですが、こういうのってもう復活しないんですかねえ。


*ここ1週間の購入本*
池ジュン子「水玉ハニーボーイ8」(花とゆめコミックス/白泉社)
中村ふみ「雪の王 光の剣」(講談社ホワイトハート/講談社)
瑞山いつき「浅草あやかし絵解き 怪異とグルメは飯のタネ」(宝島社文庫/宝島社)
本郷和人「壬申の乱と関ケ原の戦い なぜ同じ場所で戦われたのか」(祥伝社新書/祥伝社)


担当編集・善知鳥の尽力の甲斐あって、怪奇小説雑誌「奇奇奇譚」での連載が決まった熊野。しかしおおまかな設定はできたものの、不安がぬぐい切れず連載そのものに尻込みしてしまう。善知鳥は熊野に「なんのために書いてるんだ」と詰め寄り、一時険悪なムードに陥るふたり。そんな折、雑誌の企画のため、謎のアウトサイダー・アーティスト渡会ヱマが住んでいたといういわくつきのペンションを善知鳥が取材することに。デビュー作の表紙に使われていた絵が渡会ヱマのものだったという縁のある熊野は、その取材に同行したいと申し出る。しかしそのペンションは渡会が孤独死した場所でもあり、さらには彼女の信奉者であった作家や書家、詩人が彼女の死後にそこを訪れ、直後に謎の死を遂げているらしく……。

霊が見える臆病すぎるホラー作家と、霊は見えないのに強力な除霊体質の編集者が、新作のために(文字通り)身体を張って取材する連作短編、第2弾。

フィクションの存在であるはずの「惑星怪人エヴィラ」に追いかけられたり、同業者に会ったかと思ったら「ひざのさらおいてけ」と言いながら追いかけてくる幽霊(?)に遭遇したりと、今回もなかなかな恐怖体験をするはめになる熊野。どちらも熊野に新作を書かせたい善知鳥の親心(?)の賜物なわけだが、絶対にS心がないとは言いきれないような……と思いつつ(笑)。

しかし3本めの「不在の家」になると雰囲気はがらっと様変わり。山奥のペンションを死の直前まで改造しつづけていた謎のアーティスト・渡会ヱマはまさに「本物の幻視者」であり、彼女の遺した「作品」によって熊野はぎりぎりまで追い詰められてしまうのだ。これまで以上に彼岸と此岸のあわいに限りなく近付いてしまうという展開には、恐ろしさと同時にどこか甘美な雰囲気を感じ取ってしまう。視えないものを視るというのは恐ろしいことではあるけれど、同時に知識欲を満たすことのできる危険な罠でもある。しかし彼岸に引き擦り込まれそうになった熊野を引き留めたのは、彼がひた隠しにしている「小説を書く理由」そのものだった。前巻では善知鳥が熊野に「作品を書かせたい理由」が明らかになったが、今巻では熊野が「作品を書きたい理由」を明らかにする。それは善知鳥の「理由」とは対になるもので、そしてこの上なく切実なものでもあった。なんだか堂々巡りな気もしなくはないが、だからこそこのふたりはうまく(?)いっているのだろうな、とも思う。


◇前巻→「奇奇奇譚編集部 ホラー作家はおばけが怖い」

このページのトップヘ