phantasmagoria

読んだ本のこと、それ以上に買った本のこと、ときどきライブのことを書き散らかしてみたりする。

空に咲く恋
福田 和代
文藝春秋
2017-07-07

なまじ顔がいいせいで幼い頃から女子たちの人気が高かったが、いつの間にか女性アレルギーに罹り、家族や高齢者を除く女性たちに近づくことができなくなった三輪由紀。加えて、家業である花火師を継ぐことに抵抗があり、かといってアレルギーのせいで一般企業に就職することも難しいという現状に行き詰ってしまった由紀はとっさに家出し、自転車に乗って新潟県にたどり着く。山古志村のとある無人の民家に管理がてら住まわせてもらい、大家やその近所の人々の手伝いをして暮らす日々を続けていた由紀がひょんなことから出会ったのが、花火師を目指すボーイッシュな女性・清倉ぼたんだった。なぜかぼたんに対してはアレルギーが出ないことも手伝って、何かと声をかけてくれる彼女との距離を縮めていく由紀。そんな矢先、彼女に誘われて観に行った花火大会で、由紀は改めて花火の美しさに気付く。自分も花火を作りたいという思いを抱き始めた由紀は、ついに実家へ連絡を入れるが、もちろん父親はカンカン。さらにぼたんに対しての恋心を自覚した由紀だったが、それと時同じくして、なぜか彼女に対してもアレルギー症状が出るようになってしまい……。

「別冊文藝春秋」に2016〜2017年にかけて掲載されていた、花火師志望の青年が夢と恋に向かって奮闘する姿を描く青春小説。

幼い頃から女子たちの裏の顔を見過ぎたせいなのか、女性に触れられると呼吸困難やら金縛りやら、とにかくとんでもない体調不良に悩まされるということで、なんというかイケメンの持ち腐れすぎる主人公の由紀。しかもそのせいもあってか自己評価も低く後ろ向きで、まさに「ヘタレ」としか言いようのない性格。しかしぼたんと出会い、花火と再度向き合うことで、少しずつやる気を出すようになってくる。父親が廃業するかもとか、恋のライバルが現れたからとかのハプニングが立て続けに起き、そのたびに一念発起するところを見ると、追い詰められると本領を発揮するタイプなのかもしれない。いずれも遅きに失するということがなかったのでまあよかったが……。個人的には由紀とぼたんの恋路以上に、由紀の有能かつ暴君すぎる姉・京と、由紀のライバルでもある実力派若手花火師・児島の存在感が半端ないので、ふたりのスピンオフとかあればぜひ読んでみたい(笑)。


滅びに瀕した「世界」に背を向け、捨環戦を生き抜いてもうひとつの「世界」へ帰還した乾叶――カナエは、逃亡中だった2年前の自分に遭遇したのだった。カナエの「帰還」により《I》は白鬼をめぐるこの戦いから手を引き、《門部》はからくも壊滅を免れる。作戦の一環として海底に沈められていた阿黍も帰還し、また圭や霧島の怪我も、特別措置によって治療が可能となるが、最大の問題はやはりカナエの処遇だった。《教授》に書き換えられた天眼を持つ彼女の存在は高い危険性が懸念されていたのだ。一方その頃、切断された腕もなんとか繋がりつつあった圭だったが、《朧筺》が発動できなくなるという事態に陥っていた。理由はただひとつ――この事態を引き起こしたのが、これまで尊敬し、目標としていた阿黍によるものだったことがわかったため。式務唯一の生き残りである朱鷺川ひかえは、そんな圭を新たな式務の一員として推薦し……。

新章突入となるシリーズ5巻。圭と叶、それぞれが新たな道を模索していくという展開に。

先の戦いの爪痕はとにかく深いが、特に苦しむことになるのはやはり圭と叶――正確には捨環戦を生き延びた方の「カナエ」。いくら《門部》、そして世界の存続のためとはいえ、裏切りに等しい阿黍の行為がふたりの心身に多大な影響を及ぼしていることがよくわかる。さらに叶とカナエという、同じ人物が同時に存在していることで現れる「一角鬼」なる存在が示唆され、新たなる火種が広がりつつあることも明かされる。また、生き残った面々で新たな運営を始めた《門部》という組織そのものにも変化が。これまで封じられていた事実や技術を解禁していく中、果たしてそれを扱う人々が正しい意識でいられるかどうかという、まさに転換点に差し掛かったところ。自棄的になっていたカナエもなんとか立ち直ったはいいものの、相変わらず暗雲立ち込めるこのシリーズ、続きが気になるけど、今後の展開がどうなるか怖いような気も。


◇前巻→「筺底のエルピス4−廃棄未来−」

星星の火 (双葉文庫)
福田 和代
双葉社
2017-08-05

警視庁保安課の上月千里は、警視庁通訳センターに所属する同僚・城正臣を伴い、中国人が経営している池袋の違法パチンコ店の摘発へ向かう。逮捕されたオーナーの李は拳銃を所持していたため、ふたりはその出所とされる梁という中国人の行方を追うことに。一方その頃、城のもとに、別居中の妻・凛子が戻ってくる。なんでも彼女が勤めている美容院に立ち退きを迫る嫌がらせが続いており、店唯一の女性美容師である凛子はストーキングまがいのこともされているというのだ。凛子の頼みを断りきれない城は、並行してそちらの案件の調査も始めるが、そこにも複数の中国人の影が。知り合いの中国人たちによるネットワークに頼りながら両方の捜査を進める中で、城は「竜生九子」なる中国人組織の存在を知り……。

警視庁所属の警官&通訳捜査官のコンビと在日中国人犯罪者たちとの攻防を、彼らの独自のネットワークを織り込みながら描く警察小説。

通訳業務を専門とする警察組織「通訳センター」というものについては本作で初めて知ったのだが、この物語主人公コンビのうち、城はその通訳センターに所属する捜査官。中国語が堪能で、中国人社会にも独自のネットワークを持ち、在日中国人の関わる捜査に携わる際は、それを駆使して犯人を追うというのだからなんともカッコいい。しかしその実態は、美人過ぎる美容師の妻・凛子に逃げられ、男手ひとつで幼い娘を育てることに専念するあまり、自身の見た目は適当すぎる(ってこれは元かららしいが)人物という、そのギャップがなんとなく微笑ましい。そしてそんな彼の相棒役、あるいはブレーキ役ともなるのが、保安課に所属する上月。こちらは絵に描いたようなまっすぐで真っ当で、正義感に溢れたベテラン警官。ともすれば中国人たちに肩入れしがちな城の暴走を止め、堅実に捜査を進めつつも、適切な判断でもって城の独断専行を許容することもあるという、まさに理想の上司といった感じの人物。この組み合わせだけでも読んでいて楽しい。

また、対比されるのはこのふたりだけではない。ふたりとも既婚者であるが、上月の妻・朝子は古き良き警官の妻といった感じで、夫の仕事に理解があり、それを完璧に支える良妻タイプ。一方、城の妻・凛子は絶世の美女で、しかし自由奔放で娘を城のもとに残して家を出て、美容師としてのスキルを磨き続ける女性。そんな凛子の振る舞いを朝子はよく思っていないが、凛子の方はどこ吹く風。そして夫である城もまた、戻ってきてほしいとは思いつつも、自身の仕事にプライドと熱意を持ち、夢のために邁進する彼女を応援したい気持ちもあるという。そんな2組の夫婦関係についてもなかなか興味深かったりする。

そんなふたりが目の当たりにするのは、在日中国人による犯罪と、日本人のそれとはかけ離れた彼らの民族性。彼らの強固な一族意識がふたりの捜査を妨げることにもなるが、それらをかいくぐって真実にたどり着く彼らの手腕には「お見事!」のひとこと。ドライなようでいて、わりと人情に厚かったりもするふたりの活躍をもっと見てみたい。

愛車を修理に出すことになったため代車を借りたんですが、私の車と比べるとそうとう新しい車らしく、最先端の技術が盛り込まれてるのでなかなか乗り慣れません。走行中に謎の電子音が鳴るんだけど意味がわからずびくっとしたり(笑)、エンジンかけて走り出してちょっと経つと勝手に全ドアのロックがかかったり(しかも「ガチャッ!」って結構な音がする)。ちなみに調べたところ、謎の電子音はスマートアシストとかいうやつで、車体センサーによる警戒音らしいんですけどね。対向車をよけようと端に寄ったら壁に接近してて音がする的な。物音にびっくりしすぎです。

あと軽自動車ですがボックスタイプの形状なのでフロントガラスがでかい。ていうか車自体もなんだか大きいきがします。前がよく見えるのはいいことですが、車体感覚が違うので、特にバックするときの感覚がつかみづらいです。自分の車にはバックモニターがついてたけど、代車にはそれがないので、そのせいもあるんでしょうけど。しかしこれに慣れてしまったら、元の車に戻ったとき違和感はんぱないんだろうな……というかやっと慣れた頃に車が戻ってきそうですな(笑)。


*ここ1週間の購入本*
秋山シノ「キスの花束をキミに2」(itコミックス/KADOKAWA)
藤崎竜「銀河英雄伝説7」(ヤングジャンプコミックス/集英社)
荒川弘「銀の匙 Silver Spoon 14」(少年サンデーコミックス/小学館)
オキシタケヒコ「筺底のエルピス5−迷い子たちの一歩−」(ガガガ文庫/小学館)
あさのあつこ「さいとう市立さいとう高校野球部(上)(下)」
小島正樹「ガラスの探偵と消えた白バイ」(以上、講談社文庫/講談社)
福田和代「東京ダンジョン」(PHP文芸文庫/PHP研究所)
福田和代「空に咲く恋」(文藝春秋)

夜見師2 (角川ホラー文庫)
中村 ふみ
KADOKAWA
2017-07-25

「夜見師」である多々良の助手として怨霊を封じた箱を一緒に始末することになった五明輝。しかし怨霊たちに肩入れしすぎるせいで危険な目に遭っては多々良に叱られ、気まずくなるというのを繰り返していた。さらにその頃、多々良の唯一の友人である雪乃の紹介で、彼女の甥である京也が頻繁にやって来るように。民俗学や祟り、呪いといった方面に興味を持つ京也は、将棋やチェスの相手をすることで多々良と親しくなり、「夜見師」について探ろうとしていたのだ。そんな京也の振る舞いに苛立ちを覚えつつも、多々良を怒らせてばかりの輝は、彼に居場所を奪われそうな気さえし始めていた。しかもそんな折、雪乃がフィールドワーク先から中にとんでもない怨霊が封じられているという箱を持ち帰ってきて……。

箱に封じられた怨霊を始末する「夜見師」多々良と、その助手をすることになったお人好しすぎる青年・輝の活躍を描くオカルト長編、第2弾。

名実ともに(?)多々良の助手となった輝だが、そんな雇い主との関係は一進一退。どうしても怨霊の過去を見るうちに彼らに肩入れしては簡単に自分の身体を貸したりして自身も危険な目に遭うのだから、「夜見師」という役割そのものをよく思っておらず、また他人を巻き込むことを厭う多々良が怒るのも無理からぬ話。輝もわかってはいるけどつい……と反省の色が見られないというか、生来の性格は変えられないというべきか――というわけでふたりの関係は平行線。一方で、その身の上ゆえか(だってもう死んでるのだから!)、自身のことに頓着しない多々良を見るにつけ、心配を募らせる輝。単純にお互い心配し合ってはいるが、それを素直に伝えられないから喧嘩になるという、なんというかごちそうさまでした……としか言えない関係は見ていてなんとも微笑ましい。雪乃の甥・京也と「多々良の助手」の座を巡ってライバル心を燃やしてみたり、先代の助手である「バニラさん」こと野際氏に会って多々良の思い出話を聞いたりという輝の行動を見ていると特に(笑)。

一方で、今回も彼らが開ける「箱」は悲しい物語を秘めたものばかり。特に今回は、多々良家に住む幼女の幽霊・ホノの正体がわかるという展開に。そして同時に、今回はホノをこの屋敷に連れてきた多々良の叔父・光比古のエピソードも語られている。憧れの存在であったのと同時に、「夜見師」にならずに死んでいった叔父に複雑な想いを抱いていた多々良だが、きっと輝との暮らしの中で彼も救われるのではないだろうか――救われてほしいと、そう思った。


◇前巻→「夜見師」


人気アニメ「精霊機想曲フォーゲルシュバリエ」を見ていたイラストレーター志望の高校生・水篠颯太。しかしそのさなか画面にノイズが走り、気が付くと颯太はアニメの世界の中にいた。彼の眼前で戦っていたのは、この作品のヒロイン・セレジアと、作品には登場していない軍服の少女だった。少女の攻撃からとっさにセレジアを庇った颯太だったが、次の瞬間、セレジアもろとも自室に帰還。お互いに驚くふたりだったが、そこに軍服の少女も現れ、再び襲い掛かって来る。圧倒的な彼女の攻撃に抗戦一方のセレジアだったが、そこにマント姿の白い髪の少女が現れ、これを退けるのだった。その場はそのまま姿を消した3人だったが、翌日、学校から帰宅した颯太の前に、セレジアと白髪の少女――RPG「追憶のアヴァルケン」に登場する賢者・メテオラが現れる。メテオラいわく、あの軍服の人物――「軍服の姫君」は自分たちのようなアニメやゲームといった作品の登場人物――「被造物」をこの世に「現界」させ、共にこの世界を滅ぼすつもりなのではないか、と……。

2017年8月現在放送中の同名アニメ「レクリエイターズ」の公式ノベライズ。この上巻では第1クール(4〜6月放送)分が収録されている。

人気のある漫画、ラノベ、アニメにゲームといった作品から召喚された登場人物たちが、2つの陣営に分かれて世界の存亡を賭けた戦いを始める――というこの設定だけで面白い本作。しかし召喚されたキャラクターたち――「被造物」はそれぞれの世界で実際に「生きている」ため、自分たちが作者、すなわち「神」によって、他の「神々」の娯楽のために作られた存在であるということに苦悩し、あるいは縛られる。そして「神」の側もまた、そんな「被造物」たちの問いかけを受け止めざるを得ない立場に立たされる。元々は想像の産物に過ぎないのかもしれないが、しかしどのような理由でその「世界」を作ったのか――その覚悟を問われることになるのだ。

そして傍観者にすぎないと思われていた語り手・颯太にもまた苦悩が存在する。想像から作り上げた「世界」が周囲に認められた者はまだいい。しかしそうなれなかった者は?という、クリエイターならきっと一度は通るだろう道の中にいる颯太には、前半部分にあたるこの上巻ではまだ「軍服の姫君との繋がりがある者」というくらいの関係性しか持たなかった。しかしこの先、ようやく自分の過去を見つめ直すことのできた彼は、この戦いにどう関わっていくことになるのだろうか。

ホサナ
町田 康
講談社
2017-05-26

知人の舵木禱子に誘われ、ドッグランで犬を遊ばせながらバーベキューをすることになった主人公の「私」。集められたメンバーは禱子以外知らない人ばかりで、中にはこちらを見下すような態度を取る者もおり、不快な思いをしながらも人生初のバーベキューに参加してみたもののさして面白くもない。と、そんな折に突如光の柱が出現し、彼らのいる場所に近づいてくる。これは栄光だ、と光柱の到来を待ち受けていた主人公だが、それを見た禱子は巨大化し、そばにいた人々の首を鎌で刈り取って柱に投げつけ、さらには自身も突撃するが、柱は消えることなく迫ってきて――そして気付けば散会の時間となっていた。帰り道、口直しに蒸しずしでも食べようと考えていた主人公だったが、そこに「日本くるぶし」と名乗る何者かの声が聞こえてくる。「日本くるぶし」は見えざる力で主人公の足を折りながら、再度バーベキューをするよう脅迫。主人公が観念してその言を呑むと、折れたはずの足はすっかり治っていたのだった。その後、別の事故に遭い体調を崩していた主人公のもとへ禱子から連絡が入る。見舞いも兼ねて仲間たちと訪問したいという禱子を断り切れなかった主人公は、以前「日本くるぶし」に命じられた通り、ここで彼女たちに「正しいバーベキュー」を振舞うべきではないかと考え始め……。

「群像」にて2012〜2016年にかけて不定期連載されていた長編作。約700ページのボリュームで描かれるのは、町田版黙示録ともとれるような世界の終わりと、救いに至ろうとする物語。

あらすじを書いたもののこれは単なる序盤100ページほどの展開で、ここから物語は二転三転どころかまったく予想も想像もつかない方向へと転がり続ける。バーベキューで人々は肉を焼くが、主人公が目にした光の柱もまた、人間のみを選別してその肉を焼き尽くす。犬は主人公にとって愛が動物であり同時に社交のツールでもあったが、その犬を「導く」能力を持つ禱子の娘・草子と、犬の気持ちがわかるようになった主人公は、犬の存在が中心となった彼らの日々においてはまさに「神」に位置することのできる存在となった。しかし草子はいつまでも神として君臨していられたのに、主人公はいとも簡単にその権威を失墜していく。それはなぜだったのか。

やがて主人公は怪しげな地下駐車場に入り込み、そこから奇妙な過程を経て地上へとたどり着くが、その時はもう世界の様相は一変していた。そして同時に、唯一の信頼できる友であった自身の飼い犬と離れ離れになってしまう。殺人毒虫に追われた主人公を救った男は、彼を別の場所に連れてゆく際、これまた奇妙な道筋をたどらせる。屋敷の庭が自然あふれる森から断崖へと続き、かと思えばその先には鉄板を打ち付けられたバーに入り込む……といった具合。かつて「宿屋めぐり」でも描かれていたが、現実とも異界ともとれる道程を経ることで、主人公は自身の意識と何度も何度も向き合うこととなる。それは存在意義や世界の在り方といった深い思索ではなく、あくまでも理解しがたい現状に自分の意識を添わせるための行為。あるいは自分の意識を正として、周囲の異様さをあげつらう行為。もちろん彼に非があってこの状況に陥っているわけでは(おそらく) ないと思うが、それにしてもこの主人公の被害妄想ぶりは度を越しており、剥き出しにされた自意識がこれでもかというくらいに描写されてゆく。やがて再会した飼い犬との意識のもつれ、そして救いを求める言葉のみが余韻として残るラストがとても印象深い。


大手企業ソニカのオンラインゲームの顧客データが流出するという事件が発生。「マギー」と名乗る犯人はツイッターでソニカの批判を繰り返しながら、顧客データを小分けにしつつすべてアップし、そのまま消息を絶ったのだった。Web制作会社エンリの営業マン・鈴木は依頼を受け、ひとりの老女と共にソニカを訪れる。彼女こそ御年82歳のセキュリティ・コンサルタントである吹鳴寺籐子。彼女は瞬く間にソニカのネットワークの穴を指摘してみせる。しかし流出したデータは登録情報にいくつかの誤りを含んでおり、それと合致するデータは下請け会社がキャンペーンのために作り、現在は削除されたサーバーに保存されていたもののみだった。ソニカ側はそのサーバーから流出したものだとして事態を終息させようとするが、籐子はその「誤情報」そのものにひっかかりを覚えていて……。

多くの企業が持つ顧客情報を狙うIT犯罪に、敏腕セキュリティ・コンサルタント吹鳴寺籐子(82)が挑むITミステリ連作。

その外見や口調からは「上品で優しそうなおばあちゃん」としか言いようのない籐子だけに、顔合わせの段階でクライアントとなる各企業のシステム担当者からは不審感を抱かれてしまうのはお約束。しかし最初は見た目で侮っていたクライアントたちも、おっとりとした口調の籐子からは想像もつかないような鋭い指摘を次々と受け、彼女の実力を認めざるをえなくなってしまう……という展開になんだかすかっとさせられる。

しかし彼女が直面する事件はどれも巧妙で、素人にはとても思いつきようもないものばかり。しかも「個人情報を盾に身代金を要求する」的なわりとおおごと感のある事件の展開とは裏腹に、それを成立させてしまう「セキュリティの穴」は思いもよらぬ単純さで浮かび上がってくる。例えば帯にも書かれていたが、保護のかけられたサイトやデータにアクセスする際に使うパスワードを、手帳に書いたり付箋に書いてPCの周辺に貼り付けておいたりする――つまり内部の者であれば、第三者が容易にそれを知ることができる環境になっているという事実。そんな些細な、そして誰もがしていそうなことに魔の手が伸びる……という展開は他人事とも思えずぞっとする。なんでもネットワークに繋がってしまう時代だからこそ、気を付けなければならないことはたくさんあるのだと実感させられた。


巨大なオリハルト鉱石の中から現れた謎の少女・アリス。そしてオリハルトに引き寄せられるかのように現れる移動天体ラジーブ。これらを繋ぐのが、MTシステムの開発者でもある「ケイン・アリスガワ」なる人物だった。彼について調査を進めた結果、オリハルトは人類とは別の知的生命体が生み出した廃棄物であり、ラジーブはそれを回収するための装置であること、よってオリハルトを使い続ける人類はラジーブによってもろとも滅ぼされてしまう可能性があること、そしてそれをケインが予見していたことが判明する。カーラが軍の情報衛星から取得した情報を元に「ケイン・アリスガワ」がいるという研究施設に向かったイドたち。しかしそれは「ケイン・アリスガワ」の罠でもあった。イドたちの前に現れた仮面の男「ケイン・アリスガワ」は、イドこそがケイン本人であると告げ……。

同名SFアニメのノベライズ、完結編。Iマシンと呼ばれるロボットに意識を封じられた主人公・イドが、失われた自身の正体に迫る中で、人類の存亡を賭けた事態に巻き込まれることに。

前巻はアニメのストーリーを追いつつ、主人公である天涯孤独の少女・マヤの内面に迫ってゆく展開となっていたが、今回はもうひとりの主人公であるイドの内面の変化が描かれてゆく。天才科学者ケイン・アリスガワが身体も記憶も奪われてIマシンに封じられ、やがて現在の仲間たち、そしてマヤと出会ったことで、「イド」という新たな人格を形成してゆく過程。かつての「ケイン」は感情であるとか思いやりの心とかいうような情緒面が未発達な人物で、すべてにおいて合理性を優先させるような人物だった。しかしイドはそうではない――最初は記憶も存在意義もすべてを持たない虚無の状態ではあったが、仲間たちと過ごす中でそうではなくなりつつあるというその変化が、周囲にも、そしてイド自身にも目に見えてわかるような状態。だからこそ、彼は常に「ケイン」ではなく「イド」であることを――もちろんかつては「ケイン」であったことを前提にして、ではあるが――選択することができたのだろう。そして、ラジーブを止めて人類を救うことも。そんな彼の大きな変化がとても印象に残った。


◇前巻→「ID-0 1 Cognosce te ipsum.――汝自身を知れ」

どこに出かけてもだいたい本ばっかり買ってるわたくしですが、本日は珍しく衣料品を買いました。つっても靴下(3足1,000円。ストックがなくなったため)と、最終値下げ中のサンダル(税込2,052円。今履いてるのがあちこち擦り切れてきたため)だけですけどね。でもまあ必要に迫られたとはいえ、たまに本以外のものを買うと「買い物した!」という妙な達成感を得られますね。今日もそうでした。なんという安上がりな達成感なんだ(笑)。

そうそう、順番が逆のような気もしますが、ここにきて中野京子「怖い絵」を買ってみました。シリーズ化されていて何冊かありますが、とりあえずはジェーンさんが表紙の「泣く女篇」を。ミレイの「オフィーリア」が表紙のやつと悩んだんですけど(あの絵好きなので)、「泣く女篇」の方が文庫版だったのでこっちにしました。ピカソの「泣く女」が収録されているのでこのサブタイトルになったんでしょうけど、あれも「怖い絵」なのか……まあ見た目だけでもわりと怖いけど(笑)。どんな背景があるのか気になります。

怖い絵 泣く女篇 (角川文庫)
中野 京子
角川書店(角川グループパブリッシング)
2011-07-23



*ここ1週間の購入本*
岩本ナオ「マロニエ王国の七人の騎士1」
篠原千絵「夢の雫、黄金の鳥籠10」
さいとうちほ「とりかえ・ばや12」
田村由美「7SEEDS 35」(以上、フラワーコミックスα/小学館)
コトヤマ「だがしかし8」(少年サンデーコミックス/小学館)
大須賀めぐみ「マチネとソワレ2」(少年サンデーコミックスSP/小学館)
群青「飴菓子4」(KC×ITAN/講談社)
RURU「インフェルノ4」(KC×ARIA/講談社)
カネタケ製菓「ストロベリー・ゴー・ラウンド」(少年チャンピオンコミックス・タップ!/秋田書店)
九井諒子「ダンジョン飯5」(ハルタコミックス/KADOKAWA)
中野京子「怖い絵 泣く女篇」(角川文庫/KADOKAWA)
豊田美加「小説 レクリエイターズ 上」(小学館文庫/小学館)
皆川博子「妖櫻記(上)(下)」(河出文庫/河出書房新社)
福田和代「星星の火」(双葉文庫/双葉社)
一田和樹「御社のデータが流出しています 吹鳴寺籐子のセキュリティチェック」(ハヤカワ文庫JA/早川書房)
「ユリイカ 詩と批評 9月臨時創刊号 総特集・幾原邦彦」(青土社)

お見合い相手に愛されすぎてます (ヴァニラ文庫)お見合い相手に愛されすぎてます (ヴァニラ文庫)
宇奈月 香

ハーパーコリンズ・ジャパン 2017-07-13
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平凡なOL・七宮あゆみのもとに持ち込まれたのは、大手企業会長の次男で、イベント企画会社の社長も務めているという大國道哉とのお見合いだった。あまりにも身分がつりあわなさすぎる相手ではあるが、断り切れなかったあゆみは指定された料亭へと向かうことに。しかしお見合い相手である道哉は、ふたりきりになるなりあゆみに告白し、結婚してほしいと言い出すからさあ大変。あまりの猛攻ぶりに恐れをなしたあゆみはひとまず断ったものの、連絡を入れたその日のうちに道哉が現れ、デートと称して遊園地へと連れていかれる羽目に。遊園地での真摯な態度、そして1か月だけ猶予がほしいという懇願につい負けてしまったあゆみは、以後まめに連絡をくれる道哉のことが次第に気になるように。しかし一方で、あゆみを溺愛するカリスマ美容師の兄・尚人から、道哉に他に女がいるらしいということや、これまで何人もの彼女を作っていたというような噂を聞かされ……。

普通のOL(苦手なもの:イケメン)が、エリートイケメン社長になぜか愛されすぎちゃってさあ大変!?な現代ラブロマンス。

初対面から好きだの結婚だのと言い出す道哉に面食らうのはヒロインだけではないのだが、わりと早い段階で、ふたりが過去に2度会っていることが明らかに。2度目の再会の時に道哉はあゆみに惹かれてしまっており、一方であゆみも1度目のことは記憶にないものの、2度目に会った「ミチ」という青年のことがずっと気になっていたということなのだが、ではなぜミチ=道哉はそのことを黙ってあゆみにアタックし続けるのか?というのが最大の謎だったり。ラストでその理由が明かされると「なるほど」と納得させられるので、とりあえず言えることはあゆみ母GJということでひとつ。

そんな感じですれ違いはあったものの両想いになり、あゆみも道哉のおかげで自分が本当にやりたかったことに目を向け始め、しかしうまくいっているところに別の女の影が……という展開はよくあることではあるが、本作ではここにさらにシスコンすぎるあゆみの兄・尚人(イケメン)が絡んでくる。あゆみのイケメン嫌いの理由となっているのがこの兄の存在なのだが(その妹ということだけで、周囲からあらぬ恨みを買うことが多かったため)、まさかのラスボスが兄というのはなんとも面白い。とはいえ最終的には道哉によってひどい場面を見せつけられるので、とりあえず兄にも幸あれ……と同情心が芽生えてしまった(笑)。


文芸誌「群像」(本作の初出誌)の読者に語り掛けてくるのは、某作家の家の台所に住む荒神、若宮ににだった。彼が語るのは自身の来歴、TPPの正体、そしてこの家に住む作家と飼い猫の現状。4匹いた猫のうち3匹を亡くし、残った1匹の雄猫・ギドウも甲状腺の病を得ているし、作家本人も混合性結合組織病を抱えていた。もしTPPが――あるいはそれが流れたとしても、それに代わるたくさんの「人喰い」条約がやってくれば、薬の価格は高騰し、たちまちこれを買うのが困難になることは目に見えている。そうして弱い物が搾取されていく未来を幻視する荒神と作家。やがて作家はようやく自分の言葉で語り始める。例えば亡き飼い猫・ドーラが生前に自分に語り掛けていた内容を誤訳してしまっていたこと。そんな猫たちと自分のために食事を作るようになったこと。そしてそこから思い起こされる、両親と食に関する記憶……。

今年の「群像」4月号にて発表された同名長編の書籍化。2015〜2016年にかけての作家「笙野頼子」と、彼女の家の台所に住む荒神との視点から「戦前」としか言いようのない現状が描かれている。

前作「ひょうすべの国」同様、TPPの持つ危険性について語る若宮にに様および作家。と同時に、作家本人とギドウの病状、そして生前のドーラのことが語られる。わがまま気まま女王様気質だと思われていたドーラだが、それは勘違いで、実際は病気持ち(当時の本人はまだ知る由もないが)である作家を引き留め、無理をさせないための行動だったに違いない……と作家は振り返るのだ。

ここで繰り返し語られるのは「見えなかったものが見えてくる」ということ。自身の病気を知り、ほんとうのルーツを知ったことで、過去は塗り替えられていく。これまで何度も語られてきた――もちろん本作でも――政治家たち、あるいは人喰いたちによる「見えないものはないことと同じ」「だから奪って食ってなかったことにしてもいい」というような論調。しかし作家がこうして「見えなかったものを見ようとする」ことで、隠されようとしていた欺瞞は暴けるということが証明されているのではないか。病気、あるいは食事といった身近な事柄が取り上げられることで、現実に危機が差し迫っているということをひしひしと感じさせられる。そして同時に、生きていくうえでこれらがどれだけ大事なのかということも。台所は死を生に裏返す場所――死んだ食材を調理し、食べることで生を繋ぐ場所という解釈がとても印象に残った。その台所が生活の中心になっているということは、生きるという決意、あるいは生きてほしいという祈りを示しているような気がした。

舟を編む (光文社文庫)
三浦 しをん
光文社
2015-03-12

玄武書房辞書編集部では新たな中型辞書「大渡海」の刊行を目指していたが、たったふたりしかいない正社員のうちのひとり、ベテラン編集者の荒木が定年退職することに。そこで営業部から引き抜かれてきたのが入社3年目の馬締光也だった。整理整頓が得意なこと、そしてなにより言葉に対する情熱と鋭いセンスを買われてのことだった。日本語学に生涯を捧げる老研究者・松本、ノリは軽いが気配りもできる渉外担当の西岡、事務処理能力の高い派遣社員・佐々木といった編集部の面々と力を合わせながら、そして下宿で知り合った板前志望の美女・香具矢との出会いに戸惑いながら、馬締は「言葉」という大海へと乗り出してゆき……。

2012年の本屋大賞を受賞した、辞書作りに情熱を傾ける人々の姿を描く長編作。

とにかく辞書作りに必要なのは「言葉」を集め、比較し、吟味すること。それをなすための根気と情熱。そして時間とお金――前半では馬締が辞書編纂に関わるようになり、部員たちとの関係を深めたり恋に落ちたりしながらなんとか軌道に乗せていくまでが描かれていたが、後半になるとそれからいきなり10年以上が経過している。そしてまだ辞書は完成していない。気の遠くなるような仕事だと思った。しかしその間、馬締たちの情熱の炎はまったくもって消えていない。トラブルにも遭遇しつつ、ようやく辞書が完成するのだ。物語はとりあえずここで終わる。目標達成、ハッピーエンドだ。

――というのは「とりあえず」というところで、刊行されたからといってハイ終わり、というわけではなく、そもそも辞書に「完成」ということはない。言葉は生き物だから、時間が経つにつれ意味が変化することもある。あるいは新たな言葉が生まれ、古い言葉が消えてゆく。そんな「言葉」たちを常に見つめ続け、集め続けなければならないのだ。またしても思う――気の遠くなるような仕事だ、と。そしてなんという素晴らしい仕事なんだろう、とも。そんな仕事に出会えた馬締たちがどこかうらやましくも思えてしまった。

夏の祈りは (新潮文庫)
須賀 しのぶ
新潮社
2017-07-28

県立の進学校である北園高校は野球部の強豪校としても名を知られている。過去最高成績は、30年前の埼玉大会準優勝。以来、北園高校野球部にとって、甲子園出場は悲願であると言われていた。昭和63年――北園高校創立60周年にあたるこの年は、OBたちからも特に期待をかけられており、ゆえに主将である香山はその重圧を人一倍感じ、同時に忌々しくも思っていたのだった。そして迎えた準決勝、相手は香山の妹がマネージャーを務めている溝口高校。今大会では「逆転の溝口」として連日地方メディアに取り上げられるほどに勢いのいいチームとなっていた。試合中、主将の支倉が実に楽しそうにプレーする姿に、香山はますます苛立ちを募らせ……。

「yomyom」に連載されていた、県立北園高校野球部における、ほぼ10年おきの「夏」を描く年代記的連作集。

すべての元となるのが昭和33年大会での「準優勝」の結果。ここから北園高校は悲願の甲子園進出を目指し続けることとなる。節目ということもあってか、特に10年おきに期待値が高められる部内で、在籍する選手たち、あるいはマネージャー、あるいはそれを支える大人たちの姿が描かれていく。

何十年もの間かけられ続ける「期待」というのは想像を絶する重さだと思う。そんな重みに押しつぶされそうになりながら、それでも選手たちはそこにさらに自分たちの夢を積み重ねていく。大矢博子による解説にもある通り、高校生として実際にプレーするのはたった3年間だが、その夢は、期待は、その先の世代へと連綿と受け継がれていく。たくさんの人々が試合で得た喜びが、悲しみが、悔しさが、すべてが「祈り」となって積み重なってゆくのだ。それぞれの年代で起きる問題を描いているそのかたわらで、「過去があるから現在がある」というのがまざまざと浮かび上がってくるようなエピソード――例えば過去の部員が野球部顧問やマッサージ師として学校に戻ってきたり、女子マネージャーの存在が認められるようになっていたり――が存在するという点でも、時間の積み重ねというものを感じさせられて、なんだか自分もこの高校のOBとして彼らの活躍を見守っているような気さえしてきたのだった。


狭山湖で異様な遺体が発見されたという知らせを比奈子にもたらしたのは、警視庁へ異動となった東海林だった。10歳くらいの少女の遺体であるが、その下半身は魚――つまりどう見ても「人魚」であったというのだ。死神女史による検死の結果、少女は全身を癌に冒されていることも判明。そこで女史はこの遺体を例のセンターへと送ることを決める。一方、東海林不在の厚田班に新人が異動してくる。彼は比奈子たちが所属する署の近くの駐在所に勤めていた新人警官・御子柴で、以前から勤務中にスマホをいじっては先輩警官や比奈子たちに叱られていたような人物。その態度は異動後もあまり変わっておらず、教育係を命じられた比奈子はそんな御子柴の対応に手を焼きつつも、今回の事件に当たることになるのだった。そんな折、別の場所から10歳前後の少女のものと思われる下半身のみの遺体が発見される。鑑定の結果、それが例の「人魚」の少女のものであることが判明し……。

猟奇犯罪を引き寄せてしまう?女刑事・藤堂比奈子の活躍を描くシリーズ8巻。新メンバー・御子柴を迎えた猟奇犯罪捜査班が今回挑むのは「人魚」の謎。

上半身がヒト、下半身が魚の「人魚」遺体からスタートし、下半身のみの部分遺体、変形した白骨化遺体、そして犯人と思しき人物から死神女史へと送りつけられた水かきのある腕の部分遺体……明らかに普通の状態ではない、しかも子供の遺体ばかりが比奈子たちの前にさらされるものだから、やりきれなさが倍増する今巻。センターで比奈子が読んだ異端の研究論文、そして保のプロファイリングから判明する事件の真相は今回も気持ちのいいものではまったくもってないのだが、それ以上に恐ろしいのは、前巻から姿が見え隠れしている犯罪組織?の存在。「スヴェート」というその組織が目論んでいるのはテロ、あるいはその先にある戦争なのか。そして彼らの標的の中に保だけでなく、死んだはずの佐藤都夜までもがいるというのもまた恐ろしい。

スサナがサヴァン症候群の少年・金子に渡し、彼から永久が「もらった」(というか結果的には勝手に持って行った)USBの中身も、そもそもあのセンター自体も、「スヴェート」と関係があるのではと思わずにはいられない。困った新人(とはいえ今回の事件を経て多少は成長したはず?)含む仲間たちと共に、比奈子がどこまで敵に近付けるのか気になるところ。


◇前巻→「BACK 猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子」

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