phantasmagoria

読んだ本のこと、それ以上に買った本のこと、ときどきライブのことを書き散らかしてみたりする。

さて、昨日に引き続き大阪行きの話です。
2日目は太陽の塔を観るため、万博記念公園へ行ってきました。
ずいぶん前に一度だけ、大阪出身の友人に連れられて観に行ったことはあったのですが、その時は外から見るだけだったんですよね。しかし昨年から内部も公開されているということで、ばっちり事前予約して潜入してきました。

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建築基準法の関係で一度に入れる人数に制限があるらしく、ガイドさんの指示に従って10人くらいのグループで入っていくことに。塔内の中心には「生命の樹」と呼ばれるオブジェが立っており、私たちはそれを取り巻くように配置された階段を使い、ちょうど塔の真ん中の顔&腕(?)の付け根部分の位置まで登ることができるようになっています。ちなみにエレベーターでショートカットするコースもあるみたいですが、全部見たいので頑張って階段コースにトライしました。

「生命の樹」はうねる1本の大木に、生命の誕生期から哺乳類の登場に至るまでに現れた様々な「いきもの」の模型が絡み合っているというようなオブジェ。元は50年も前に作られた物ですので、今見ることのできる「いきもの」はほとんどが修復、あるいは改めて作り直されているもののようです。当時は可動式のものもあったようで、唯一当時のまま残されているというゴリラは頭部の機械がむき出しになっていて、時間の流れを感じさせます。

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1階でのみ写真撮影OKなので撮ってみたのですが、まあこんな感じで真っ赤な照明の中、大小様々な「いきもの」が進化の流れに沿って配置されている様にはとにかく圧倒されてしまいます。壁一面に巡らされた突起物(音響設備らしい)もまた、何かの――つまるところ「太陽の塔」の――胎内にいるという感覚を強めてくれます。なんというか非現実感がすごかったです。

最上階まで登ると、腕の内部も見ることができます。かつてはここにエスカレーターや非常階段が配してあったらしく、空洞になっていました。内部の鉄骨の組み方も、螺旋を描く芸術作品のように見えます。ずっと見ていると吸い込まれそうな気持ちに。万博の時はこの腕が通路となっていて、当の外にある「大屋根」内の展示フロアへ通じていたとのこと。さらに塔の地下にも展示があったということですが、それらはすべて終了後に廃棄されているとのこと。パンフ等に写真は掲載されていましたが、そのあたりにも興味が湧いてきますね。

で、ここからはまた階段で下まで降りて、地上に戻るという流れ。出入口は当の背面にあるので、ここで後ろ姿も撮影。入るときは曇り空でしたが、出てきたら快晴でびっくりしました。まあ夕方にはまた曇ってましたけど。

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その後は園内をめぐる「森のトレイン」に乗ってみたり、中央口付近になぜか出店されているヴィレッジヴァンガード(「コップのフチ子」のイラストレーター・タナカカツキと太陽の塔のコラボ商品が置かれてました)に入ってみたり。その後、新幹線の時間までけっこう余裕があったので、ニフレルという動物園&水族館的な施設にも入ってみました。フロアごとに様々なコンセプトがあり、これに沿った魚や動物が配置されているのですが、中には鳥が放し飼いにされているフロアなんかもあり、大きなペリカンが飛ぶたびにみんながどよめくのも面白かったです。

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こちらはコツメカワウソ。かわいい。

そんな感じで動き詰めの2日間、疲れたけど楽しかったです。たまにはちゃんと観光するのもいいですね……って神戸に行った時も書きましたけど(笑)。


*ここ1週間の購入本*
椹野道流「無明の闇 鬼籍通覧」
川上博美「大きな鳥にさらわれないよう」(以上、講談社文庫/講談社)
井上真偽「ベーシックインカム」(集英社)
平野暁臣・編「TOWER OF THE SUN 太陽の塔ガイド」(小学館)

塔のショップでガイドブックを買ってみるっていうね。

先月に引き続き、今月も大阪に行ってきました。ただし今回は泊りがけです。前回と同じく職場の後輩ちゃんをお供に、ライブと観光の1泊2日旅でした。

ということでまずは1日目。10月18日に私たちが向かったのはインテックス大阪。ASIAN KUNG-FU GENERATION、ELLEGARDEN、ストレイテナーの3バンドによる東名阪ツアー「NANA-IRO ELECTRIC TOUR 2019」、大阪公演です。まさかのまさか、1次抽選で当たっちゃったんです。絶対当たらないと思っていたのが功を奏したのかもしれません(笑)。

とはいえ、蓋を開けてみるとなんと私の整理番号は悪いにも程があるという状態。ツアー名にちなんで会場内は色を冠した7ブロックに分けられていたのですが、私のブロックは最後方となる「水色」だったので、入場できたのは開始10分くらい前でした。しかもこの会場、ステージの正面ブロックを囲むように大きな柱が何本も立っているため、水色ブロックからは柱に遮られ、ステージを視認することもできません(かろうじてテナーの時にひなっちとシンペイがちらっと見えた程度)。もちろん立錐の余地もないくらいに人が詰まっているため(少なくとも最後方の2ブロックの整理番号は1400を超えていた模様)、スデージの両サイドに設置されたモニターも見えるかどうか怪しい感じでした。でもまあいいんです。参加できたことに意義があると思うことにします。

で、ライブ。会場ごとに出演順は異なるようですが、大阪ではテナー→アジカン→エルレの順番。1バンドにつきおおむね50分程度という感じです。

ということでトップバッターはテナー。先週出た新譜にインスト的な曲が1つ入っていたので、たぶんそれが登場SEになるんだろうと思っていたら案の定でした。テナーはずっと聴いてるしライブにもちょこちょこ行っているので(とはいえこの1〜2年は行けてないのですが)、いつも通りかっこいいなあという印象です。まさかメロストから始まるとは思わなかったけど、つかみとしてはオッケーだと思います(笑)。前述の新譜の曲も2曲ありましたが、なんというか最近のテナーは軽妙さが増してきた感じがします。もちろん「軽い」といっても浮ついているとかそういうことではなく、あくまでもテナーらしく、しかしどこか肩の力がうまく抜けているような気がするなという感じです。やっぱり好きだなーと。なお、最後には細美さんが登場して「ROCKSTEADY」を一緒に熱唱。まさかのサプライズなのでした。

《セットリスト》
Melodic Storm
DAY TO DAY
Braver
REMINDER
灯り
スパイラル
吉祥寺
シーグラス
ROCKSTEADY(w/細美武士)

お次はアジカン。SEもなくいつの間にか登場しててびっくりしました。前方の人が拍手し始めてそこで気付くっていうね(笑)。で、突然始まりました「君という花」。そんな古い曲からのスタートとは思わず、テンションが上がってしまいました。Aメロの時などにギターから手を放して踊るゴッチが可愛すぎです(笑)。その後もわりと古い曲などを取り混ぜつつ、途中ではホリエさんを召喚し、一緒に作ったという「廃墟の記憶」という曲を披露。私は初めて聴いたんですが、タイトルに反して曲調はわりと明るくてびっくりしました(笑)。あと、最近の自分の外見についてひとくさりくさしたりもしつつ、最近はパーマにヒゲというこの外見に寄せている人が増えているのでは?というホリエテナーからの指摘にまんざらでもなさそうなゴッチがまたしても可愛かったです(笑)。

《セットリスト》
君という花
リライト
荒野を歩け
踵で愛を打ち鳴らせ
廃墟の記憶(w/ホリエアツシ)
FADE TO BLACK(ART-SCHOOLのカバー)
サイレン
Easter/復活祭
ボーイズ&ガールズ

で、トリはエルレです。始まった瞬間にすごい勢いで後方から飛び出してくる人が多発していたので、みんなエルレの帰還を待ってたんだなあ、としみじみ。なおホリエさんもゴッチもそれぞれの出番の時に言ってましたが、彼らも「おかえりなさいエルレ」という気持ちでいっぱいのようです。私も実に12年ぶり(!)にライブを観たのですが、なんというか全然変わってなくて、ブランクをまったく感じさせないパフォーマンスに懐かしさが止まりませんでした。個人的に一番好きな「Salamander」が聴けただけでうれしかったです。毎日残業しまくってやっと休みを捻出した甲斐があったというものです。

《セットリスト》
Supernova
Pizza Man
風の日
Fire Cracker
Space Sonic
Missing
金星(w/ホリエアツシ)
ジターバグ
Salamander
虹(w/後藤正文)
Make a Wish
(En)スターフィッシュ

とまあそんな感じで満喫しました約3時間。会場を出たら土砂降りの雨でえらい目に遭いましたがいいんです。楽しかったので。それになんとなく自分も若返ったような気がしてきました……まあ気持ちだけで、足腰はガタガタでしたけど(笑)。




荒廃の一途を辿る戴国に戻った李斎と泰麒は、かつて暗器使いとして軍で名を馳せていた項梁と共に、各地の道観を頼りながら、驍宗の足跡を追って函養山へと向かう。だがそのさなか、泰麒が項梁を伴い、李斎の前から姿を消してしまう。その泰麒は王宮へと向かい、偽王となった阿選と対峙する。阿選こそが新王であると主張し、台補として王宮内へと戻ることに成功した泰麒だったが、その立場は名ばかりで、幽閉されているのと何ら変わりない状況だった。そして泰麒だけでなく、誰の目から見ても、阿選は政に興味がないようで……。

約18年ぶりとなるシリーズ最新刊は全4巻構成で、10月と11月に2巻ずつ連続刊行される予定。1〜2巻では、李斎による驍宗捜索行と、泰麒による王宮内での状況がそれぞれ描かれてゆく。

李斎による捜索の過程で見えてくるのは、想像を絶する戴国の窮状と軋み。困窮しているのは民だけではなく、かつて民たちを搾取し、国から討伐されようとしていた土匪も同様だった。そもそもが食い詰めて土匪に落ちているのであって、彼らとて元は同じ戴国の民であることにかわりはない。そして彼らの存在は、主だった産業が鉱山の発掘というこの国においては必要悪であり、一朝一夕に攻め滅ぼしていいというものでもないということがわかってくる。このあたりが難しいところで、一概に誰が善で誰が悪かという二元論にできない、現実世界でも問題となりうる事態が浮き彫りになってくる。

一方で、泰麒は一計を講じて自ら王宮へと乗り込み、阿選と対峙し彼を新王だと宣言することで、事態を動かそうと試みる。しかしその内心はとてもではないが測り切れるものではない。最初は自分を襲い、驍宗を弑そうとした阿選を弾劾するためだと思っていた。次は、冬がやってくる前に民たちを少しでも救えるよう、台補としての実権を取り戻したいのだと思っていた。しかし、そのどちらも正解のようでいて、でも少し違うのではないか――あるいはそれ以外にも何かあるのではないかという印象が、物語が進むにつれどんどん膨らんでいく。泰麒は角を失ったことで、麒麟としての本性を失ったとも言われている。かつて、本作で「麒麟は天意の器」あるいは「代弁者」であるかのように語られている場面があったが、だとしたら今の泰麒は、まだその「器」であると言えるのだろうか。王宮内での官吏との押し問答中、一瞬だけ見せた異変。そしてあの心優しかった少年時代とはまったく異なり、不意に見せる酷薄な一面。本当の意味で、泰麒に何が起きているのだろうか。

そんな物語の間に、重傷と思しきある武人がどこかに匿われ、少年に看病されている情景が時折挿入される。もしこれが驍宗なのだとしたら――今のところそう読めるように描かれているが――、彼に訪れた結末はいったいどう解釈すればいいのだろうか。そしてもうひとつ、戴国内の、特に王宮内で起きている異変も気になる。人の流れや繋がりが見えず、知らないうちに人が消え、いつの間にか補充され、そして消えたはずの人が別の場所で働いていることがわかる。どこか茫洋としていて、はっきりと意志を持って行動している風でもなく、ただ「誰か」に命じられたことを伝達するだけ、しかもその「誰か」の意志すらも見えない。その光景はなんとなく「屍鬼」を彷彿とさせる。さらに、王宮内に大量に巣くう鳩の存在も不気味だし……とにかく、来月の続刊が待ち遠しい。


◇前巻→「黄昏の岸 暁の天」


二股かけられた挙句彼氏に振られた「私」は、全身脱毛に通うなどして自分磨きに勤しむように。そんな折、突然やってきたのは親戚のおばちゃんだった。勝手に部屋に上がり込んでやりたい放題言いたい放題のおばちゃんについにキレた「私」は、ある事実を突きつける――おばちゃんが1年前に突如首を吊って死んだことを。しかしおばちゃんはひるむことなく、自殺の原因について語り始める。そして今は化けて出るための「技」を開発中なのだというが……。(「みがきをかける」)。

歌舞伎や落語の演目をモチーフに、様々な「おばちゃん」の幽霊、怪異、etcが困ったあなたのまえに現れる、なんとも不思議な短編集。

冒頭の「みがきをかける」に登場したパワフルなおばちゃんをはじめとして、本作には様々な幽霊が登場する。牡丹灯籠を売りつけるセールスレディの2人組、川でたまたま自分の骨を釣り上げてくれた女性のもとに毎日やってきては仲良く遊んでくれる幽霊、誰の助けも得られないシングルマザーが泣く泣く家に置いていく子供の面倒を見てくれる「彼女」……やっていることはまともだったりめちゃくちゃだったりと多種多様ではあるが、一様に言えるのは、彼女たちは決して、現世の人々を驚かせるためだけに「出る」のではないということ。

「おばちゃん」たちはかつて、現世で周囲から抑圧され、苦しめられてきた「女」たちだった。だからこそ、自分が死んでから長い月日が経っても、なお同じように苦しめられる女性たちのもとに現れ、寄り添い、手助けをしてくれたりもする。「クズハの一生」に登場するクズハが語る「見えない天井」というのはその最たるものではあるが、しかしクズハはある時、「見えない天井」は女性だけでなく、最近では男性にもでき始めていることに気付く。「女と男の絶望の量がもうすぐ同じになる」というクズハの感想にはどこかぞっとさせられるものがある――そうして互いに追い詰めあう世界には、ぃったい何が残るのだろうか、と。


〈魔力〉を持つ〈王族〉や〈貴族〉だけが持つ力によって維持され、治められる世界。その中のひとつであるミルナート王国では先王が即位の直後に亡くなり、残されたひとり娘のレナが王位を継いでいたが、王妃の命で先王の親友でもあった軍人・カーイが摂政代理として彼女と国を支え続けてきた。そうしてレナが15歳になり、まもなく摂政も不要になるお年頃ということで、カーイはレナのために王配候補を集め始める。しかしレナはそれが不満で仕方ない。なぜならレナは昔からカーイのことが好きで、10年前には結婚の約束もしていたのだから。もちろんカーイにとってその約束は本気ではなかったし、そもそも孤児であり〈貴族〉ですらなく、さらには年も離れている自分が、女王であるレナと結婚することはできないのだと説明するカーイだが、レナには納得できるはずもなく……。

「小説Wings」19年冬号および春号に掲載された、一筋縄ではいかない身分差ラブコメ上巻。レナの母親であるアリアの視点で描かれた書き下ろし短編「アリアの独唱」も併録されている。

とにかく「攻めるレナ」と「あっさり躱すカーイ」のやりとりが微笑ましいやらじれったいやら、の本作。今のところカーイにとってのレナは、大事な親友の忘れ形見であり、父親代わり以外の何物でもない……といった感じなのだが、レナにはまったく伝わらず、レナはというと努力を続ければいつか報われると信じ切っている……というような状況。しかし実際のところ、レナに勝ち目がまったくないわけでもなく、時々「父親代わり」あるいは「摂政代理」という立場から(ほんの少しではあるが)逸脱している面も見られるのがなんとも楽しい。カーイの「正体」も相まって、表向きな障害はどんどん増えているような気がするのだが、ぜひ結末はハッピーエンドでお願いしたいところ。もちろんレナの圧勝……と見せかけて、気付いたら攻守逆転している感じで(笑)。

廃墟の白墨
遠田 潤子
光文社
2019-09-18

父親の後を継ぎパン職人として働く和久井ミモザは、入院中の父親宛の郵便物を届けることに。中に入っていたのは黒板に白のチョークで書かれたと思しき薔薇の絵の写真と、「4月20日。零時。王国にて」というメッセージのみ。それを目にした父親の様子が明らかにおかしくなったことが気になったミモザは、父が捨てたその手紙をこっそり拾い、指定された日時に大阪の明石ビルという建物へと向かう。果たしてその古びたビルでミモザを出迎えたのは、このビルに住んでいるという3人の老人――山崎和昭、鵜川繁守、源田三郎だった。この3人とミモザの父・和久井閑は、ある秘密を抱えて生きてきたのだという。ミモザの求めに応じて3人が語り始めたのは、このビルの家主だった女性・明石とその娘・白墨のこと、そして大阪万博の後にこの明石ビルで起きたある事件の経緯だった……。

書き下ろしとなる本作は、ある母娘を巡る男たちの悔悟の物語。

父親に溺愛されて――というよりかは愛玩動物さながらに育てられた明石という女は、おおよそまっとうな感覚や常識を持ち合わせておらず、とにかく何もかもにだらしない人物。様々な理由で居場所をなくした山崎、鵜川、源田、そして和久井は明石ビルに次々と転がり込み、明石と関係を持ちつつ、その日暮らしのような生活を送っていた。それぞれの事情と明石への鬱屈した想いを抱えつつ暮らしていた4人だったが、ある出来事がきっかけで明石が死んでしまったため、残された娘・白墨の処遇を巡ってある決断を下し、長きにわたって秘密を共有することになるのだ。やがて、物語はミモザの過去、そして山崎たちに今回の手紙を送り付けた人物の登場により、のちに行方不明になった白墨の足跡を辿ることになる。

それにしても「白墨」とはなんともひどい名前だとは思うが、これは本名ではなく、常には母である明石に放っておかれ、ひたすら白いチョークで床に絵を描いていたことに由来している――つまり誰も、彼女の本名を知らないのだ。もうこのエピソードだけでも明石という女性のありえなさが伝わってくるのだが、しかし彼女の生い立ちや現状を知るにつけ、ただ彼女を非難するだけで終わる話ではないことも分かってくる。結局のところみんなして「共犯」であり、その罪の意識がさらなる罪を重ねさせていくという流れには、人の持つ業のようなものを感じずにはいられない。

彼らが暮らしていた明石ビルは、建物の中心が吹き抜けになっていて、そこには今、ミモザの木が植えられている。外に通じる空間でありながら、建物に囲まれているこの場所から抜け出すことはできない。その情景はそのまま、このビルに住んでいた人々の境遇と重なって見える。だからこそ、山崎たちはこの場所を解き放とうと考えたのかもしれない。その結末は果たしてこれでよかったのか、と思う反面、こうするしかなかった、こうするのが一番いいのだとも思えてしまう。結局のところ、人が生きる中で正しい答えというものはないのだと、そんな気持ちにもさせられるラストだった。

決算と増税とプレミアム商品券等々のせいでここ1か月ほど残業し続けているので、週末になると眠たくて仕方ないわけですよ。しかしこの週末は「十二国記」の18年ぶりの新刊が出る!ということで、老体にムチ打って出かけてきました。なお、基本的に我が地元では新刊の発売日が公式より2日遅れることになっているのですが、「十二国記」はちゃんと当日に出ていました。そういった特別措置が取られる本がたまにあるみたいですね。私が気付いた範囲では、最近だと「天気の子」の小説もそうなってました。ありがたいことです。

で、帰宅したら職場の後輩から突然LINEが。実はこの数日前、その子から職場で「最近面白い本とかありましたか?」と聞かれたので、もうすぐ新刊が出るから「十二国記」を再読したという話をしたんですね。したらば彼女は新刊が出るということを知らなかったらしく、ものすごい感謝されたんですその時。で、当日に無事新刊をゲットできたとの報告が。なんだか嬉しいですねそういうの。わたし作者でも出版社でもないですけど(笑)。

で、無事に新刊も読み終わったので、今度はレンタルしてきた「Bの戦場」のDVDを観ました。ガンバレルーヤのよしこさん(小雪ではない・笑)が主役の映画です。原作が面白かったので気になってたんですよね。

Bの戦場 [DVD]
よしこ(ガンバレルーヤ)
よしもとミュージックエンタテインメント
2019-10-02

どんな話なのかはこちらを参考にしていただくとして……とにかくよしこさん(なんとなく「さん」付けをしてしまう)の演技が思いのほか自然でよかったのですが、なんといっても速水もこみち演じる久世課長がホント面白すぎてもう……! ハイスペックな超絶イケメンがB専(しかも意識が高い)という設定だけで面白いのですが、香澄に対して後ろハグやら壁ドンやら顎クイやらを繰り出しつつも言うことがいちいちヒドイ(笑)。しかしある時を境に、香澄のことが可愛く見えてきて困惑する……というその動揺ぶりがまたなんともかわいらしいんですよね。原作も完結していることだし、「これは経費で落ちません!」と同じ枠とかでドラマにしてくれればいいのに……と思う今日この頃です。

あ、ちなみに「経費で〜」のドラマも全部見ましたが、あれもすごくよかったです。多部ちゃん演じる森若さんが可愛すぎて毎週悶絶してました(笑)。


*ここ1週間の購入本*
松崎夏未「烏に単は似合わない3」(イブニングKC/講談社)
森井しづき「Fate/strange Fake 4」(TYPE-MOON BOOKS)
斉木久美子「かげきしょうじょ!! 8」(HCスペシャル/白泉社)
篠原千絵「夢の雫、黄金の鳥籠13」(フラワーコミックスα/小学館)
皆川博子「ゆめこ縮緬」(角川文庫/KADOKAWA)
小野不由美「白銀の墟 玄の月1〜2」(新潮文庫/新潮社)
津村記久子「枕元の本棚」(実業之日本社文庫/実業之日本社)


大阪のとある医科大学にて、法医学教室の大学院生となった伊月崇。法医学医師としては完全に新米の伊月は、先輩医師である伏野ミチルにしごかれる日々が続いていた。そんなある日、駅のホームから転落し、電車に轢かれた女性の遺体が運び込まれてくる。警察によれば、彼女――長谷雪乃はホームで電車を待っていたはずが、何者かに追い詰められて後ずさりするように、背中からホームへ落ちていったのだという。しかし彼女を追い詰めていた第三者は存在せず、目撃証言も一切ないのだった。伊月たちが解剖を進めた結果、轢断による多数の損傷の他に、なぜか髪の毛の一部がまとめて引き抜かれたようになっていたことと、左手の指の付け根に青黒い痣のようなものがあることがわかっただけで、彼女が死の直前に見せた謎の行動についてはわからずじまいだった。それから数日後、今度は交通事故で亡くなった海野ケイコという女性を解剖することになったふたり。しかし警察から聞き込みの結果を聞くうちに、その死の状況が先日の長谷雪乃のそれと似通っているうえ、ケイコの遺体にも髪の毛の一部脱落および指の間に痣があることがわかり……。

実際に法医学者である作者による、法医学研究室を舞台にしたミステリシリーズ1巻。1999年に講談社ノベルスから刊行された同名シリーズの新装版となっている。

遺体からその人物に何が起きたのかを探っていく伊月とミチル。とはいえ彼らは警察ではないので、捜査そのものに関わることはできないし、うかつに自分の主観に基づく所見を述べることすらも憚られる職業ではある。しかしこのたびふたりが遭遇した2遺体には明らかに共通点があり、しかしその共通点が何に由来するかわからなくてモヤモヤする……というところから、ふたりの独自捜査が始まっていくことに。刑事になっていた伊月の小学校時代の同級生・筧の助力もあり、ふたりが真相に近付いていく展開はなんともハラハラさせられるし、結果として導き出された意外な結末には、そういう方向性なのか、とすっかり驚かされてしまった。2巻以降も新装版が連続刊行されるということなので、彼らの活躍に期待したい。


三軒茶屋にある小さなビストロ「三軒亭」は決められたメニューがなく、個性豊かなギャルソンに好みや希望を伝え、料理を作ってもらえると評判のレストランだった。舞台役者を目指しているものの、なかなか芽が出ない青年・神坂隆一は、このビストロのオーナーシェフ・伊勢の友人である姉の勧めで、期間限定でギャルソンとして働くことに。しかし初めて接客を担当した初来店の女性客・雅をさっそく怒らせてしまう隆一。しかし落ち込む隆一に対して先輩ギャルソンの陽介が言うには、雅が食事の一部をこっそりバッグにしまっている姿を見たらしく……。

メニューのないレストラン「ビストロ三軒亭」を舞台に、美味しい食事を通じてお客様の悩みも解決してしまうライトミステリ連作シリーズ1巻。

なんといってもメニューがない、オーダーメイドスタイルのお店というだけでもなかなか気になる「ビストロ三軒亭」。そこでは凄腕のオーナーシェフ・伊勢を始めとして、共同経営者でなぜかオネエ口調のソムリエ・室田、ノリのいいイケメンギャルソン・陽介、栄養に関する知識が豊富な眼鏡男子ギャルソン・正輝、そして舞台俳優を目指しつつバイトとして働く主人公・隆一といった面々が客をもてなし、ある時はその客が抱える悩みを解決したりもする。

食事中に謎の行動を見せる女性客・雅、ふとしたことがきっかけで喧嘩してしまった隆一の姉とその友人、常連客でもある「大食いの魔女」3人組のひとり・芙美子が抱える問題……そして最後には、オーナーシェフである伊勢の過去を巡る問題までもが浮上。けれどそれらを図らずも解決していく隆一も、このまま役者を目指すかどうかという問題を抱えているし、先輩ギャルソンである陽介や正輝にもいろいろと訳アリな過去があるような雰囲気を醸し出している。しかしもちろん、完璧な人間などいるはずはないし、そういった問題を抱え、あるいは乗り越えてきたからこそ、他の悩める人への思いやりを持ち、それを救うことだってできるのだろう。なんとも心温まる展開がとても良かった。

黄昏の岸 暁の天 十二国記 8 (新潮文庫)
小野 不由美
新潮社
2014-03-28

王が即位して1年もたたないうちに、戴国はあっという間に復興を遂げた――かのように見えた。しかし泰王の統治の足下では地方での反乱が相次ぎ、ついには驍宗ゆかりの地である文州でも反乱が勃発。驍宗は自ら軍を率いて鎮圧に向かうが、途上で行方不明になってしまう。その知らせを王宮で受け取った泰麒は、驍宗を救うため使令を向かわせようとするが、まさにその瞬間、ある人物によって襲われてしまう。角を失った泰麒は本能のままに蝕を起こし、蓬莱へと流れてしまうのだった。それから約6年、戴の女将軍・李斎が満身創痍の状態で慶国の王宮へとたどり着く。朦朧とする意識の中、戴国を救ってほしいと懇願する彼女の言葉に心動かされた景王陽子は、まず行方不明の泰麒を探そうと試みるが……。

シリーズ8巻は2巻や4巻、そして7巻に収録されていた「冬栄」「帰山」の続編となるエピソード。国王・麒麟ともに不在となり荒れる戴国を救うべく、陽子たちが奔走するという展開に。

困っている国があれば、周辺の国がそれを助けてあげるというのは至極当たり前のことのような気がするが、この世界ではそれができないことがある。物資を送る程度ならいいのだろうが、王が軍を率いて他国へと入れば――それが武力行使ではなく、民たちを救うという理由であっても――、それは「覿面の罪」とされ、王と麒麟の両方がたちまち無残な死に至るという故事があったのだという。ただし、陽子が偽王と戦うため、雁の軍を借りて同行していた件については問題なかったのだとか。明文化されてはいないが、明らかに禁に触れるルールというのがこの世界には存在しており、陽子たちはそのルールをかいくぐりながら、戴国を救うための方策を講じることになる。

しかしそれに納得がいかないのは李斎(そして、もちろん陽子本人も)。天が麒麟を通じて選んだ王がなぜその道を失うのか、あるいは今回のように王を追い落とし、悪政を敷く人物が現れたとしても、なぜ天はそれを罰しないのか――そんな疑問を持つのも当然だし、ましてや蓬山において女仙を統べる存在である碧霞玄君のように、「天」に属する存在を目の当たりにしてしまったらなおさらだろう。しかし李斎の渾身の訴えを聞き、陽子はある答えにたどり着く。すなわち、「天」というものが実在するのであれば、それが完璧であるはずもなく、決してこちらを救ってくれる存在ではないのだということを。だからこそ、自らを救うのは自らしかありえないのだということを。

これまで見てきたような、あまりにも厳然と、かつ漠然としたシステムに支配された世界において、それを決めているであろう存在が、それゆえに例外を許さない存在であることは、理不尽にも感じるが一方で納得できることでもある。そんな世界で唯一のよすがとなるのもまた、王と麒麟という存在なのだろう。「魔性の子」を経て再びこちらの世界に戻ってきた泰麒は、王を探すために戴へ戻ることを決意する。もはやただ人同然となった彼が、しかし麒麟としての使命を胸に旅立つさまは、そのことを強く感じさせる。戴でいったい何が起きているのか、そして驍宗は無事なのか――実に18年を経てようやく続きが綴られることになったこの物語の行く末が気になって仕方ない。


◇前巻→「華胥の幽夢」


王の選定を終え、戴国へとやってきた泰麒。麒麟である泰麒は台輔としての役割も与えられているが、胎果であるためこの世界のしきたりがわかっていないうえ、まだ幼いということもあり、王である驍宗の役に立てないことを心苦しく、悩みに思っていた。その矢先、驍宗から使節として漣国へ向かうよう命じられる。元農夫であるという廉王と接する中で、泰麒は自分に何ができるのかを改めて考えることになり……。(「冬栄」)

シリーズ7巻は2冊目となる短編集。「丕緒の鳥」に収録されていたのは民たちの視点による短編だったが、今回は王やその周辺の視点による短編集となっている。

シリーズ2巻の後日談となる「冬栄」、4巻の後日談となる芳国が舞台の「乗月」、楽俊と陽子の手紙のやりとりを通じ、ふたりの現状(時間軸としては「風の万里〜」の前)を描く「書簡」、かつての才国で起きた新王の登極とその終焉を描くミステリタッチの「華胥」、そして6巻に登場した奏国の王族・利広と、風漢と名乗る流浪の男(その正体はどう見ても延王)との会話から、世界の現状が描かれる「帰山」の5作が収録されているのだが、個人的に一番興味深かったのは「帰山」だった。

いずれも歴代1位および2位の長きにわたって維持を続けている奏と雁の、それぞれから見たこの世界の危うさ。ふたりとも予想もしていなかった柳の現状は一体何を意味するのか。そして王が死んだといいつつその物的証拠が見受けられないという戴では何が起きているのか。それだけでもうすら寒い感じがするのだが、では奏と雁が今後も安泰かというと、そんなこともないというようなことを示唆するふたり。特に利広は、延麒六太と同じようなことを口にする――いわく、延王はいつかその気になって国を滅ぼすのではないか、と。こんなにも危うい地盤の上に、これらの国は成り立っている。あまりにもシステマチックな世界で、しかしその足元は薄氷の如く危ういのだということが、まざまざと感じさせられる短編だった。


◇前巻→「図南の翼」


先王が崩御して27年が経過している恭国。裕福な商家の娘である珠晶は、父を始めとする周囲の大人たちが昇山しないことに苛立ち、ついに家出して単身で蓬山へと向かう。途中で騎獣を奪われたりはしたものの、乾の街で偶然出くわした黄朱の猟尸師・頑丘を護衛として雇い、道中で知り合った旅の青年・利広と共に黄海へと向かうことに。しかし妖魔の潜む険しい山では苦難の連続で……。

シリーズ6巻は番外編的な長編。1巻や4巻よりはこれまた古い時代の恭国を舞台に、12歳の少女が王位を目指し昇山していく姿が描かれる。

これまでに作中で王となったのは慶国の陽子と雁国の尚隆だが、どちらも胎果であり、それぞれの麒麟が蓬莱に迎えに行って登極しているため、一般的(?)な国王選定の流れが描かれるのは本作が初めて。1年のうちに決められた日にしか出入りできず、妖魔が跋扈し人が生きていくには過酷すぎる黄海という山を、その地に詳しい大人が付いているとはいえ、12歳の少女が向かうとなると想像を絶するものがある。そんな無謀な賭けに挑む珠晶はしかし、年のわりには大人びた考え方の持ち主。身近なところでは自身と周囲の貧富の差に疑問を持ち、旅の中では頑丘のやり方に反発しつつも、その身をもって意図に気付く珠晶は、単なるワガママお嬢様ではなく、統治者の器を持つ者としてどんどん成長を遂げていく。だからこそ訪れた結末は納得のひとことだし、そこで珠晶が発した台詞にはある意味すっとさせられるものがある。

それはそれとして、この結末には同時にもうひとつ疑問が湧く――なぜ供麒は珠晶を自ら迎えに行ったのか。供麒に限らず、麒麟たちの中にはなかなかやってこない王にしびれを切らしたのか、自ら山を下り、王を探しに行くことがあるらしい。だとしたらなぜ最初からそうしないのか――昇山というシステムは王たる者を選別するためのふるいであるはずなのに――少なくとも皆そう思っているはずなのに――、この麒麟たちの行為はシステムそのものを意味のないものにしてしまう。これは物語世界の綻びの一部なのか、それとも昇山というのはそういうシステムではないという意味なのか……謎は深まるばかり。


◇前巻→「丕緒の鳥」

先週の話になりますが、9月29日、倉敷市芸文館で開催されていた「声優朗読劇 フォアレーゼン」を観てきました。9月14日に神戸で見てきたのと同じイベントです。元々は岡山公演の方が先に発表されていて、そこに現時点での最推しである佐藤拓也さんが出るというので一も二もなくチケットを取っていたのですが、その後で神戸公演が発表され、それはそれで白井さん目当てで軽率にチケットをとったという経緯があるわけです。ちなみにこのイベント、会場によって演者や演目が異なるのですが、岡山公演の演目は神戸と同じ「嫌がらせ」でした。

岡山公演に出演されている声優は佐藤拓也さん、野上翔さん、石谷春貴さんの3人。神戸と同じ演目にも関わらず、人数が2人も少なくて大丈夫?と思っていたのですが、神戸で村瀬さんが演じていた「謎の声」役が省かれ、ナレーション担当にも役が割り振られていました。ちなみにナレは佐藤さんだったのですが、冒頭から登場する殺し屋役も担当していたため、ナレと役の台詞とを立て続けに演じなければならないシーンなどもあったりして。しかし間髪入れずにナレと役とで声色を切り替えて演じていく姿はさすが!のひとことです。なお個人的には、途中で佐藤さん演じる殺し屋が煙草を喫うシーンがあるのですが、そこで何も銜えていないにも関わらず、銜え煙草のまま喋っているようにしか聴こえない演技をされているのにびっくりしました。さすがプロです。

トークコーナーでは岡山の印象について問われた3人。司会の方から、語尾に「じゃー」が付くこと、岡山出身のお笑い芸人・千鳥が岡山弁を喋っていることなどを挙げられ、3人そろってじゃーじゃー言っていたのが大変可愛かったです(笑)。

あと、この日のピアニストが大学生ということで、ステージに呼んで3人がそれぞれ質問をすることに。しかしピアニストさんがマイクを持たずに来たため、隣に立っていた野上さんがマイクを手渡し。したらば自分が質問する時にマイクがないため、大声かつ生声で質問をしたんです。そうしたら石谷さん、佐藤さんもわざわざマイクを下ろして同じように質問するという流れに。さすが声優なだけあって、3人ともホール中に声が響き渡ってました。そして佐藤さん、ムダにイイ声出しすぎですありがとうございました(笑)。

そんなこんなで約2時間、とても楽しくかつ興味深い時間でした。推しがこんな地方に来ることなんてそうそうないことだろうから(ちなみに佐藤さん曰く、CDのプロモーションで3年前に岡山に来たことがあるそうな)、嬉しさもひとしおです。またこういう機会があればいいなーと。


*ここ1週間の購入本*
中村明日美子「メジロバナの咲く1」(楽園コミックス/白泉社)
矢寺圭太「ぽんこつポン子2」(ビッグコミックス・スピリッツ/小学館)
あき「復讐を誓った白猫は竜王の膝の上で惰眠をむさぼる3」(フロースコミックス/KADOKAWA)

Iの悲劇
米澤 穂信
文藝春秋
2019-09-26

4つの自治体が合併してできた「南はかま市」。この市内には蓑石と呼ばれる、住人がだれもいなくなってしまった地区があった。そこで市長が打ち立てたのが蓑石のIターンプロジェクト。このために新設された「甦り課」に配属されたのは、定時帰宅が信条の課長である西野秀嗣、人当たりはいいがどこか明るく軽い新人・観山遊香、そしてそれなりの出世を願っていたはずが、用地課から転属されられた万願寺邦和のたった3人だった。そんな中、煩雑な手続きと審査を潜り抜け、ついに最初の移住者となる2世帯、久野家と安久津家が決定。しかし2世帯が移住して間もなく、久野夫妻から安久津一家の騒音について苦情が入り……。

2010〜2019年にかけて、雑誌「オールスイリ」ならびに「オール讀物」で発表された短編4本を含む連作短編集。寒さの厳しい限界集落を舞台に勧められるIターン事業を巡る悲喜劇が描かれてゆく。

上役の決定、そして利用者である市民たちの対応に振り回され、時には板挟みになるのがヒラ公務員の常だと個人的には思っているのだが、本作の主人公である万願寺もまた、そのイメージ通りに奔走する日々。「甦り課」などと名付けられ担当者として据えられていても、市長の肝いりということで彼らに何かの決定権があるわけでもなく、とにかく市長や議会やその他もろもろが決めたルールの範囲内でやり過ごすしかないという状況の中、しかし県外からやってきたIターン希望の移住者たちは次から次へと問題を起こす。田舎でのんびり穏やかなスローライフが送れるというのは都会に住む人々の幻想でしかなく、結局ひとつのコミュニティに所属する以上、他者との関係――ひらたく言えば軋轢がないはずもなく、ご近所トラブルは枚挙にいとまがない。しかしだからといって、ここまで立て続けにトラブルが起きるのはなぜなのか――それを疑問に思う間もないくらいに問題は起こり、そして解決した頃には当事者たちが出て行ってしまうのだ。

地方創生が叫ばれる昨今、限界集落をよみがえらせたいという計画そのものは理想的な試みだといえるだろうが、本当にそれだけのことなのだろうか――中盤で挿入された万願寺と彼の弟との会話は、そのあたりに対してかなり示唆的なものを含んでいる。東京でシステムエンジニアをしている弟はいつも忙しく、自分より出来がいいと思っている兄――万願寺が、田舎で先の見えない公務員生活をしていることに対して批判的な発言を繰り返す。それは悪口ではなく、ただ兄の身上を慮ってのことだろうが、そこには大きな問題提起が含まれているし、万願寺自身も、終盤でこのプロジェクトを振り返る中でそのことを強く実感するに至っている。作中で繰り返される「そして、誰もいなくなってしまった」というフレーズのなんと重いことか。ミステリとしても面白いが、それ以上にいろいろと考えさせられる作品だった。


マンション管理士の資格を持つ安宅創士郎は、勤めていた大手マンション管理会社を辞め、独立したばかり。当然顧客はいるはずもなく、開業初日にやってきたのは無料相談者がひとりだった。その客を送り出した直後、ブログを見たという女子高生がやってきて、ここで働きたいと言い出す。もちろんさっさと追い返した創士郎だったが、翌日にもその女子高生――田中紫は現れて、授業の一環として行われているインターンシップを創士郎の事務所でやりたいと懇願。断られたらそのことも丁寧にレポートに書くと脅された創士郎は、しぶしぶ彼女をお供にして営業に出かけることに。そんな中、彼が目を付けたのは、大手不動産会社が手掛ける大規模マンション「プレイシャス・ザ・ガーデン大宮」。派遣されている管理人に難があることを見抜いた創士郎は、そこをとっかかりにマンションの管理組合に入り込もうとするが……。

「Bの戦場」の作者による新作はマンション管理士が主人公のお仕事小説。帯に「マンションは買って終わりではない」と書かれている通り、マンションに暮らし、それを維持する中で起きる、しかし外側からは見えない様々な問題を創士郎が解決していくという展開に。

長く、あまり耳なじみのないタイトルが目を引くが、これは押しかけ女子高生の紫が聖書の授業で聴いたという「不正な管理人のたとえ」という話が元になっているという。主人に不正がバレそうになった管理人が、主人に借りのある人々の証文を書き直させて貸しを作り、自分がクビになってもその人々に助けてもらおうとしたという逸話(しかしオチとしては、この管理人は主人に褒められたとのこと)によるようなのだが、正直言ってキリスト教になじみのないこちらにはわかりにくい例えだし、紫自身もうろ覚えなので、何か隠れているエピソードがあるのかもしれないが……それはそれとして、創士郎はあるマンションの管理組合が抱える問題に真正面から向き合い、理事たちの信頼を勝ち取っていくのだ。

国家資格とはいえどあまり権力がないというか、その資格において具体的にできることは少なく、どうしてもアドバイスのみに偏ってしまったり、あるいはなにをしてもグレーゾーン扱いされてしまうという弱い立場。しかし創士郎はめげることなく、ルールに忠実に従いながら、住人たちの利益を(そしてもちろん自分の利益も)得ようと奮闘する。その秘められた過去――なぜ管理会社を辞めたのかということ――も相まって、彼の頑張りをもっと応援したくなる。もちろん、途中でさんざん苦労したからこそ、いろいろとまるく収まった結末には拍手。続編があれば、今後も問題がいろいろと出てくるであろうこのマンション――例えば今後の修繕計画だとか――を創士郎がどう変えていくのかを見てみたい。

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