薔薇忌 (集英社文庫) 皆川 博子 集英社 1993-11-19 売り上げランキング : 379779 おすすめ平均 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
演劇に関わる人々が視た、現実と虚構のあわいを描き出す短編集。
演劇という「非日常」に接する人々だからこそ、彼らはたやすくその境界線を越えてしまう。「薔薇忌」の木谷もまたそのひとり。彼の書いた戯曲の主人公は腐った男。背徳に満ちたその男を演じるのは苳子のはずだった。しかし上演が決まった直後、彼は首を吊った。腐敗する前の彼を見つけ出したのは苳子だった。
薔薇の葩に埋もれて死ぬ――イメージはとても美しいが、実際は降り積もった葩が腐敗し、それによって窒息死するのだという。そうやって死にたいと願っていた木谷。腐った男を描き続けていた木谷。腐敗の美を追い求めていた木谷。その理由は、彼が死んでから明かされる。その残酷さは、そして美しさはいかほどのものか。
この世ならざるものに、無残にも踏みにじられていく現実。残ったのは破滅という名の光。絶望の中に残った、ひとすじの光。――その光は、他人からは光にすら見えない、ただの壊れものの欠片かもしれない。それでも手にした本人にとっては、唯一無二のうつくしいものなのかもしれない。それは向こう側を覗いた者だけが知りえる真実なのだろう。
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