いまさら翼といわれても
米澤 穂信
KADOKAWA
2016-11-30

ある夜、里志から電話で呼び出された奉太郎は相談を受ける。それはこのたび、神山高校で行われた生徒会選挙にまつわる事件について。総務委員会副会長として開票作業の立会人をしていた里志が目にしたのは、開票後の票数が全校生徒の人数より40票近く多いという事態だった。どの投票用紙も正規のものだったし――とはいえ機会さえあれば誰にでも作れそうなものではあったが――、また投票用の箱は鍵付き木製で何年も前から使い続けられていたものだから、偽造することは不可能。ではどうやって犯人は不正票を紛れ込ませたのだろうか、と……。(「箱の中の欠落」)

〈古典部〉シリーズ久々の新刊は短編集。2008〜2016年にかけて発表された短編6編が収録されている。

基本的には奉太郎が語り手となる作品が多いが、今回は摩耶花が語り手の短編も2編収録。「鏡には写らない」は中学時代の奉太郎の奇妙な行動について摩耶花が探るという内容だったが、「わたしたちの伝説の一冊」は摩耶花自身に焦点を当てた内容。以前、文化祭のエピソードで漫研の内部のごたごたについて描かれていたことはあったが、こちらはその後、ごたごたがさらに悪化している状況が描かれてゆく。しかしこれがやがて、摩耶花の行く先を大きく変えてしまうことになる、という展開に。摩耶花という人物を掘り下げるいいエピソードだったと思う。そして青春だなあ、とも。

一方、後半に置かれた「長い休日」と、表題作でもある「いまさら翼といわれても」は、それぞれ奉太郎とえるに焦点を当てた、今後のシリーズに大きく影響してきそうなエピソード。前者ではなぜ奉太郎が例の省エネ主義を標榜することになったかが明かされ、後者では合唱コンクールに出場するはずのえるが行方不明になるというエピソードを通して、彼女が現在置かれている状況が浮き彫りにされてゆく。いずれも共通しているのは、現在の彼らをかたち作るルーツが明かされ、あるいは揺らがされているということ。進級と同じくして動き出した状況は、この先彼らをどう変えていくのだろうか。


◇前巻→「ふたりの距離の概算」