5まで数える (単行本)
松崎 有理
筑摩書房
2017-06-08

5年生になったばかりのアキラの前に現れた新任のファン先生は、一番好きな教科が数学なのだという。彼女の授業はこれまでのそれとは少し変わっていて、単なる計算練習だけではなく、柔軟な応用問題を多く扱っていたが、数学が苦手なアキラにとっては手ごわい存在となる。物心ついたころから数字を認識できず、指を使ってでさえ数を数えることができない――アキラは親も含めた周囲にそれをひた隠しにしていたのだ。単なる計算問題であれば、答えをまる暗記すればなんとかなる。しかしひっかけのような文章問題となると難しい。そんな折、教会でアキラは突如現れた謎の老人に話しかけられる。アキラのことを「イプシロン」と呼ぶ彼は、自称「数学者の幽霊」だという。最初は彼を恐れていたアキラだったが、彼と話すうちに「数字を使わない数学」の存在を知り……。(「5まで数える」)

2015〜2016年にかけてウェブや雑誌「ちくま」で発表された短編3本を含むSFホラー短編集。

表題作の「5まで数える」は、数字にまつわる障害を持つ少年が「数学者の幽霊」と出会い、悩みを解決していくといういい話系のエピソード。このほかにもホラー寄り、あるいはコメディテイストの短編が5本収録されている。

倫理上の観点から動物を使った生体実験ができなくなった世界で、自らの身体を実験体として不治の病「彗星病」の治療方法を確立しようとする実験医たちの挑戦と苦悩を描く「たとえわれ命死ぬとも」。ゾンビならぬ「アル・クシガイ」の存在を信じる人々の噂が世界にパニックを引き起こす「やつはアル・クシガイだ」。インチキ科学を本物の科学者と奇術師が暴いてゆく「バスターズ・ライジング」。移送中の事故で砂漠に投げ出された少年受刑者たちが生き延びるために砂漠踏破を目指す「砂漠」。そして新型の日焼け止めで九死に一生を得る掌編「超耐水性日焼け止め開発の顛末」。

一番こわいと思ったのは「たとえわれ命死ぬとも」で、そりゃあまあ人間のために動物を犠牲にすることがいいことではないとは思うが、かと言って「なら医者(研究者)本人が自分の身体で実験すべき」というポリシーのもとに「実験医」という存在があり、毎年多数の殉職者が出ている……というのもさることながら、そもそもその世界では科学やら医学やらの啓蒙が進んでおらず、いくら彼らの実験結果によって画期的な治療方法が発見されたとしても、患者たちがそれを受けようとせず、自然治癒だとかまじないだとかの方が効くと信じている――つまり死んだ医師たちがまったく報われないという世界観がとにかくこわいし悲しい。いったい正気なのは誰なのか、と問いたくなるラストにやりきれない気持ちでいっぱいになる。

一方で、同じく科学に対する理解が進んでいない世界(「たとえ〜」と同じ世界?)で、カルトまがいの「科学」を駆逐していく疑似科学バスターズが登場する「やつはアル・クシガイだ」と「バスターズ・ライジング」は、結末こそ苦いものがあったりもするが、バスターズの活躍には胸がすく。どちらにしても、「人は見たいものしか見ない」というどうしようもない事実に真っ向から立ち向かってゆく展開が良かった。